愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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二十六話 樹と風

 私は、少し離れた位置にいる、今戦うべきバーテックスを見る。

 魚のように身体が伸びていて、尾の部分には何かの発射口が付いている。

 人でいう首の部分に巨大な白いリボンが巻かれて、ベルが下げられている。

 そして、頭部には綺麗な曲線を描いた太い角が二本突き出ている。

 

 どこかで見た事あるような敵だ。

 部分部分が、完全に前に戦った事があるバーテックスに酷似している。

 前と同じで、合体バーテックスなのかな。

 分からないけど、今はこのバーテックスを倒さないと。

 

「樹、来るわよ」

 お姉ちゃんがそういった瞬間、バーテックスが動いた。

 硬い地面に何の抵抗もなく潜った。

 まるっきり、頭の先までその姿が見えなくなる。

 これではどこにいるか分からない。

 

 いつどこから襲撃されてもいいように、身構える。

 潜行する音も、振動も、何も感じ取れない。

 全てが無音。静寂。

 風も吹かず、ただ私とお姉ちゃんが身構えて立っているだけ。

 だけど敵は存在している。

 闇に紛れ、虎視眈々(こしたんたん)と命を狙っている敵が。

 緊張する。汗が頬を垂れて来る。

  

 ――そして。 

 その不気味な静寂の空間に。

 不可解で、不快な音が、響き渡った。 

 前に一度、聴いた事がある音。

 二度と聴きたくなかった、音。

 勇者システムを持たない常人が聞いたら、脳神経の隅々まで破壊されてしまいそうな、そんな狂音。

 

 束縛の怪音波が、鳴り響いている。

 頭が痛い、脳が揺さぶられる。

 思わず耳を塞ぐ。

 不快で痛くて、動けない。

 

 なんとか気力を振り絞って音の発生源を探ってみるけど、わからない。

 辺りに反響して、どこからなのか見当すら付けられない。

 こんな音、在ってはならないのに。

 音は、みんなを幸せにするものなのに。

 

 瞬間――。

 視界が全て、白に覆われる。

 間髪入れずに来る、衝撃。

 叩き飛ばされた後、解った。

 間近まで接近したバーテックスのリボンが、思い切り薙ぎ払われたんだ。

 

 さらにバーテックスは、尾の先の発射口を地面から出す。

 その暗い深淵のような発射口から、丸い物体を複数射出してきた。

 吹き飛ばされながらも私はワイヤーで、お姉ちゃんは大剣で迫る物体を切り払う。

 爆発。

 丸い物体は、爆弾だった。

 爆風に、さらに吹き飛ばされる。

 

 なんとか地に足を付けて、体勢を整える。

 バーテックスは、また爆弾を複数射出してきた。

 今度は、さっきよりも数がずっと多い。

 

「ここはアタシに任せなさい!」

 お姉ちゃんがそう言って、前に出る。

 

 お姉ちゃんは大剣を巨大化させて、面の方で大量の爆弾を薙ぎ払った。

 だけど、少しその範囲内から外れて残った爆弾があった。

 私がフォローしないと。

 ワイヤーを操って残った爆弾を切り刻む。

 

 爆発の嵐で、爆煙が辺りを包み込む。

 周りがよく見えない。

 お姉ちゃんが前から下がって来た。

「ごめん樹、フォローありがとう」   

「ううん、お姉ちゃんをフォローするのは私の役目だから」

 お姉ちゃんは頼れるけれど、少し失敗したときは私が支える。

 もう追いかけるだけじゃないと、決めたんだ。

 

 煙が晴れていく。

 完全に煙が無くなった頃には、バーテックスの姿は消えていた。

 また地面を潜行しているんだろう。 

   

 そして、怪音波がまた鳴らされる。

 脳髄を揺さぶられるような不快感が突き抜ける。

 

「ああもう! 鬱陶しい戦い方ね!」

 お姉ちゃんが頭を抑えながら悪態をつく。

 本当にその通りだ。私も今回ばかりは怒りのボルテージが高い。

 音のこんな使い方、やっぱり許せない。

 音はみんなを幸せにするもの。

 こんな音はこの世界に存在してちゃいけない。

 なんとしても、消滅させなければ。

 私は、考える。

 こんな音を発するバーテックスを倒す方法を。

 地中にいるバーテックスを見つける方法を。

 考えている間も、頭が軋む中バーテックスの居所を探すけど、やっぱりわからない。

 思いつけなければ、ジリ貧だ。

 なにか、なにかないのかな。

 今あるものを考える。

 といっても、そこまで多くはない。

 お姉ちゃんの大剣、スマホ、私のワイヤー、樹海の大樹。

 ん? ワイヤー……?

 ワイヤー……ワイヤー……。

 そうだ!

 

「お姉ちゃん、私に考えがあるから、試させて」

「わかったわ。一発かましてやりなさい、樹」

 そう言ってお姉ちゃんはニカッと笑った。

 

 私はバーテックスに気づかれないように、慎重に行動に移す。

 行動に移すといっても、場所はここから一歩も動かない。

 ワイヤーを辺り一帯に静かに張り巡らせる。

 

 ワイヤーは、音で振動するはず。

 つまり、その振動が一番強くなっている場所。

 怪音波の発生源。

 そこに、バーテックスがいるということなんだ。  

 普通のワイヤーでは、どこの部分が強く振動しているかなんて解らなかったと思う。

 

 でも、この黄緑色に煌くワイヤーは、普通のワイヤーじゃない。

 神樹様に与えられた力、いわば神の力を借りたものなんだ。

 ワイヤーに感覚を集中させれば、きっと必ず解るはず。  

 勇者の力を、見せてやります。

 

 怪音波に集中を乱されながらも、感覚を総動員させて振動が一番強い箇所を探る。

 どこ。

 どこ。

 どこ。

 探り続ける。

 早く見つけなければ、また不意に姿を現して攻撃を仕掛けてくる前に。    

 怪音波が蝕み続ける中、集中力を間断なく無理矢理絞る。

 そうやって、ワイヤーの感覚を辿って行った。

 ――そうして

  

「――見つけた」

 

 とうとう、敵の居所を探り当てた。

 かなり近くだった。

 敵は着実に接近していたようだ。

 

 その一寸後に、敵が地中から姿を半分だけ現した。

 危なかった、あと少し見つけるのが遅かったら、不意の攻撃を受けていたところだった。

 だけど居場所を探り当て、出てくる事を予期していた私には、対処は容易かった。

 

「ええいっ!」

 振るわれた巨大質量のリボンを、ワイヤーで瞬時に絡め取り、締め上げる。

 魚を釣り上げるように、地面から引き摺り出した。

 これでバーテックスの動きは封じられた。

 

「ナイスよ樹!」

 お姉ちゃんが、威信伝心とわかっていたように、バーテックスに肉迫する。

 そして、その巨大質量の白いリボンを、大剣を思い切り振り下ろして、叩っ斬った。

 

 ――よし、ここで始めて、この不愉快なバーテックスに一撃入れることができた。

 ここからだ。

 ここから一気に、畳み掛ける。

 

 ――――刹那。

 

 世界が一瞬にして、真っ白に塗り潰された。

 

 

 

 

 焦る。

 焦る。

 夢河くんが、敵のカウンターをもろに受けてしまった。

 今、倒れて動けない状態の夢河くん。

 その夢河くんに、牙の四肢を持つ神速のバーテックスが、止めを刺そうと迫ろうとしている。

 

 私が何とかしないと、夢河くんが、死んでしまう。

 ――怖い。

 親友になれるかもしれない人が、死んでしまう。

 ――怖い。

 大切な人がいなくなるのは、嫌だ。

 ――怖い。

 

 ――だけど。 

   

 今は、そんなことを考えている場合じゃない。

 全ての思考を遮断して、冷静に集中しなければならない時だ。

 そうしなければ、失ってしまうだけだ。

 深呼吸なんてしている時間もない。

 心を殺し、急速に落ち着ける。

 

 あのバーテックスは、恐ろしく疾い。 

 だから、軌道を読む。

 でなければ当たらない。

 幸い今は、最大のチャンスと言っていい。

 バーテックスは必ず、夢河くんに止めを刺そうと迫るからだ。

 その軌道上に、照準を滑らせる。

 ――直ぐ後に、神速のバーテックスが動いた。

 

 戦闘において、一番隙ができる瞬間がある。 

 それは、敵を仕留めたと確信した、その瞬間。 

 今が、その時。

 

 自分の銃の腕にも自信がある。

 勇者部の皆と共に、今までこれで戦ってきた。

 そんなプライドもある。

 だから。

 そう何回も避け続けられてたまるものですか。

 舐めないで下さい!

 

 バーテックスが照準に入る前に、引き金を絞った。

 

 ダアンッッ!!!

 

 敵の疾さと、軌道を読んで放たれた長距離銃の弾丸。

 そのアンチマテリアルライフルを優に超える威力の銃弾は。

 

 ――見事神速のバーテックスに命中し、装甲を欠損させながら奴は吹き飛んだ。

 

 

 

 命を刈り取りに来た天からの使者は、僕の視界から消えていった。

 東郷さんが、助けてくれたんだ。

 後でお礼を言わないと。

 そのためには、立って、戦って、勝たないといけない。

 奴はまだ生きているだろう、あれで倒せたとは思えない。

 

 けれど、今ちょっと体中が痛すぎて、動けない。

 当然だ、骨が何本も折れていて、内臓も傷ついているんだから。

 苦しい。

 息もひゅーひゅーと鳴って、上手く呼吸が出来ない。 

 

 ――だが。

 そんな事は、関係なかった。

 些末事(さまつごと)だった。

 気にするほどの事ではなかった。

 

 白銀の光が溢れ、僕の体に集束していく。

 体中が暖かくなり、充足感と安らぎに満ちていく。

 あっという間に、骨も、内臓も、元通りになった。

 痛みも完全に無い。

 馬鹿げた力だ。

 そう思った。

 

 でも、今はその馬鹿げた力を利用させてもらう。

 全快した僕は、立ち上がって戦線に復帰する。

 バーテックスも、立ち上がってきた。

 

 見ると、バーテックスの体の再生はすでに始まっていて、銃弾に打ち抜かれた装甲は見る見る修復されていっている。

 倒せているとは思っていなかったけど、思わず舌打ちしてしまう。

 やはりそう簡単には倒せないか。

 だけれどここまでダメージを受けていないと、どうやって倒せるか分からなくなってくる。

 だからといって、戦わないわけにはいかないのだけれど。

 逃げ場なんて、無いのだから。

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