私は、少し離れた位置にいる、今戦うべきバーテックスを見る。
魚のように身体が伸びていて、尾の部分には何かの発射口が付いている。
人でいう首の部分に巨大な白いリボンが巻かれて、ベルが下げられている。
そして、頭部には綺麗な曲線を描いた太い角が二本突き出ている。
どこかで見た事あるような敵だ。
部分部分が、完全に前に戦った事があるバーテックスに酷似している。
前と同じで、合体バーテックスなのかな。
分からないけど、今はこのバーテックスを倒さないと。
「樹、来るわよ」
お姉ちゃんがそういった瞬間、バーテックスが動いた。
硬い地面に何の抵抗もなく潜った。
まるっきり、頭の先までその姿が見えなくなる。
これではどこにいるか分からない。
いつどこから襲撃されてもいいように、身構える。
潜行する音も、振動も、何も感じ取れない。
全てが無音。静寂。
風も吹かず、ただ私とお姉ちゃんが身構えて立っているだけ。
だけど敵は存在している。
闇に紛れ、
緊張する。汗が頬を垂れて来る。
――そして。
その不気味な静寂の空間に。
不可解で、不快な音が、響き渡った。
前に一度、聴いた事がある音。
二度と聴きたくなかった、音。
勇者システムを持たない常人が聞いたら、脳神経の隅々まで破壊されてしまいそうな、そんな狂音。
束縛の怪音波が、鳴り響いている。
頭が痛い、脳が揺さぶられる。
思わず耳を塞ぐ。
不快で痛くて、動けない。
なんとか気力を振り絞って音の発生源を探ってみるけど、わからない。
辺りに反響して、どこからなのか見当すら付けられない。
こんな音、在ってはならないのに。
音は、みんなを幸せにするものなのに。
瞬間――。
視界が全て、白に覆われる。
間髪入れずに来る、衝撃。
叩き飛ばされた後、解った。
間近まで接近したバーテックスのリボンが、思い切り薙ぎ払われたんだ。
さらにバーテックスは、尾の先の発射口を地面から出す。
その暗い深淵のような発射口から、丸い物体を複数射出してきた。
吹き飛ばされながらも私はワイヤーで、お姉ちゃんは大剣で迫る物体を切り払う。
爆発。
丸い物体は、爆弾だった。
爆風に、さらに吹き飛ばされる。
なんとか地に足を付けて、体勢を整える。
バーテックスは、また爆弾を複数射出してきた。
今度は、さっきよりも数がずっと多い。
「ここはアタシに任せなさい!」
お姉ちゃんがそう言って、前に出る。
お姉ちゃんは大剣を巨大化させて、面の方で大量の爆弾を薙ぎ払った。
だけど、少しその範囲内から外れて残った爆弾があった。
私がフォローしないと。
ワイヤーを操って残った爆弾を切り刻む。
爆発の嵐で、爆煙が辺りを包み込む。
周りがよく見えない。
お姉ちゃんが前から下がって来た。
「ごめん樹、フォローありがとう」
「ううん、お姉ちゃんをフォローするのは私の役目だから」
お姉ちゃんは頼れるけれど、少し失敗したときは私が支える。
もう追いかけるだけじゃないと、決めたんだ。
煙が晴れていく。
完全に煙が無くなった頃には、バーテックスの姿は消えていた。
また地面を潜行しているんだろう。
そして、怪音波がまた鳴らされる。
脳髄を揺さぶられるような不快感が突き抜ける。
「ああもう! 鬱陶しい戦い方ね!」
お姉ちゃんが頭を抑えながら悪態をつく。
本当にその通りだ。私も今回ばかりは怒りのボルテージが高い。
音のこんな使い方、やっぱり許せない。
音はみんなを幸せにするもの。
こんな音はこの世界に存在してちゃいけない。
なんとしても、消滅させなければ。
私は、考える。
こんな音を発するバーテックスを倒す方法を。
地中にいるバーテックスを見つける方法を。
考えている間も、頭が軋む中バーテックスの居所を探すけど、やっぱりわからない。
思いつけなければ、ジリ貧だ。
なにか、なにかないのかな。
今あるものを考える。
といっても、そこまで多くはない。
お姉ちゃんの大剣、スマホ、私のワイヤー、樹海の大樹。
ん? ワイヤー……?
ワイヤー……ワイヤー……。
そうだ!
「お姉ちゃん、私に考えがあるから、試させて」
「わかったわ。一発かましてやりなさい、樹」
そう言ってお姉ちゃんはニカッと笑った。
私はバーテックスに気づかれないように、慎重に行動に移す。
行動に移すといっても、場所はここから一歩も動かない。
ワイヤーを辺り一帯に静かに張り巡らせる。
ワイヤーは、音で振動するはず。
つまり、その振動が一番強くなっている場所。
怪音波の発生源。
そこに、バーテックスがいるということなんだ。
普通のワイヤーでは、どこの部分が強く振動しているかなんて解らなかったと思う。
でも、この黄緑色に煌くワイヤーは、普通のワイヤーじゃない。
神樹様に与えられた力、いわば神の力を借りたものなんだ。
ワイヤーに感覚を集中させれば、きっと必ず解るはず。
勇者の力を、見せてやります。
怪音波に集中を乱されながらも、感覚を総動員させて振動が一番強い箇所を探る。
どこ。
どこ。
どこ。
探り続ける。
早く見つけなければ、また不意に姿を現して攻撃を仕掛けてくる前に。
怪音波が蝕み続ける中、集中力を間断なく無理矢理絞る。
そうやって、ワイヤーの感覚を辿って行った。
――そうして
「――見つけた」
とうとう、敵の居所を探り当てた。
かなり近くだった。
敵は着実に接近していたようだ。
その一寸後に、敵が地中から姿を半分だけ現した。
危なかった、あと少し見つけるのが遅かったら、不意の攻撃を受けていたところだった。
だけど居場所を探り当て、出てくる事を予期していた私には、対処は容易かった。
「ええいっ!」
振るわれた巨大質量のリボンを、ワイヤーで瞬時に絡め取り、締め上げる。
魚を釣り上げるように、地面から引き摺り出した。
これでバーテックスの動きは封じられた。
「ナイスよ樹!」
お姉ちゃんが、威信伝心とわかっていたように、バーテックスに肉迫する。
そして、その巨大質量の白いリボンを、大剣を思い切り振り下ろして、叩っ斬った。
――よし、ここで始めて、この不愉快なバーテックスに一撃入れることができた。
ここからだ。
ここから一気に、畳み掛ける。
――――刹那。
世界が一瞬にして、真っ白に塗り潰された。
・
・
・
焦る。
焦る。
夢河くんが、敵のカウンターをもろに受けてしまった。
今、倒れて動けない状態の夢河くん。
その夢河くんに、牙の四肢を持つ神速のバーテックスが、止めを刺そうと迫ろうとしている。
私が何とかしないと、夢河くんが、死んでしまう。
――怖い。
親友になれるかもしれない人が、死んでしまう。
――怖い。
大切な人がいなくなるのは、嫌だ。
――怖い。
――だけど。
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
全ての思考を遮断して、冷静に集中しなければならない時だ。
そうしなければ、失ってしまうだけだ。
深呼吸なんてしている時間もない。
心を殺し、急速に落ち着ける。
あのバーテックスは、恐ろしく疾い。
だから、軌道を読む。
でなければ当たらない。
幸い今は、最大のチャンスと言っていい。
バーテックスは必ず、夢河くんに止めを刺そうと迫るからだ。
その軌道上に、照準を滑らせる。
――直ぐ後に、神速のバーテックスが動いた。
戦闘において、一番隙ができる瞬間がある。
それは、敵を仕留めたと確信した、その瞬間。
今が、その時。
自分の銃の腕にも自信がある。
勇者部の皆と共に、今までこれで戦ってきた。
そんなプライドもある。
だから。
そう何回も避け続けられてたまるものですか。
舐めないで下さい!
バーテックスが照準に入る前に、引き金を絞った。
ダアンッッ!!!
敵の疾さと、軌道を読んで放たれた長距離銃の弾丸。
そのアンチマテリアルライフルを優に超える威力の銃弾は。
――見事神速のバーテックスに命中し、装甲を欠損させながら奴は吹き飛んだ。
命を刈り取りに来た天からの使者は、僕の視界から消えていった。
東郷さんが、助けてくれたんだ。
後でお礼を言わないと。
そのためには、立って、戦って、勝たないといけない。
奴はまだ生きているだろう、あれで倒せたとは思えない。
けれど、今ちょっと体中が痛すぎて、動けない。
当然だ、骨が何本も折れていて、内臓も傷ついているんだから。
苦しい。
息もひゅーひゅーと鳴って、上手く呼吸が出来ない。
――だが。
そんな事は、関係なかった。
気にするほどの事ではなかった。
白銀の光が溢れ、僕の体に集束していく。
体中が暖かくなり、充足感と安らぎに満ちていく。
あっという間に、骨も、内臓も、元通りになった。
痛みも完全に無い。
馬鹿げた力だ。
そう思った。
でも、今はその馬鹿げた力を利用させてもらう。
全快した僕は、立ち上がって戦線に復帰する。
バーテックスも、立ち上がってきた。
見ると、バーテックスの体の再生はすでに始まっていて、銃弾に打ち抜かれた装甲は見る見る修復されていっている。
倒せているとは思っていなかったけど、思わず舌打ちしてしまう。
やはりそう簡単には倒せないか。
だけれどここまでダメージを受けていないと、どうやって倒せるか分からなくなってくる。
だからといって、戦わないわけにはいかないのだけれど。
逃げ場なんて、無いのだから。