前に進み出た姉。
私の代わりに盾になろうとしている。
けど、お姉ちゃんは今、精霊のバリアが一片もない。
そんなことしたらお姉ちゃんが死んでしまう。
駄目だ。
私が盾になった方が、二人とも死なずに済むのに。
大きなダメージにはなるだろうけど、そっちの方が天と地ほどの差もマシなのに。
なのに、お姉ちゃんは前に出てしまった。
駄目だ。危ない。死んじゃやだ。
その背中に手を伸ばそうとする。
けれど、その手が届く前に、
――閃光と衝撃が辺りを包んだ。
吹き飛ばされる。
爆風が視界を塞ぐ。
思わず目を瞑る。
直ぐ目の前にいたお姉ちゃんも、私の正面にぶつかってきて、二人一緒に吹き飛ばされる。
私は、お姉ちゃんであろう柔らかいものを抱きしめると、さらに来る衝撃に備えた。
地面に激突する。
爆風は収まった。
でも、目を開けられない。
怖い。
今目を開けたら、目の前に血塗れのただの物体となった姉がいるんじゃないかと思うと、怖くて目を開けられない。
身体が震える。
涙が出そうになる。
早く目を開けて立たないと、バーテックスにこのままやられてしまうかもしれないのに。
動けない、立てない。
自分に怪我は対してなく、身体は十分動いて戦えるのに。
目を開けるのが怖くてなにも出来ない。
ああ、いっそこのままお姉ちゃんと――
「樹、早く放してくれると嬉しいんだけど……」
――――。
「ふぇ……?」
涙の溜まった瞳を開ける。
「ふぇ、ってなにかわいい声出してんのよ」
苦笑と共に声を発するお姉ちゃんは、血塗れどころか少しの傷すら負ってなかった。
ピンピンしていた。
そういえば、今思い出してみると、抱きしめていた時に一滴も血みたいな液体の湿った感触はなかったし、そんな臭いもしなかった。
気が動転していて、そんなことにも気づかなかった。
私の心配や恐怖はなんだったのかと言いたくなるほど、その姿はいつも通りだった。
いや。
違う。いつも通りの姿ではない。
いつもの戦闘服とは違う、もっと神聖さを直に感じる、巫女さんっぽい服に変わっている。
というか満開だろう。
傷を負っていない状況からして、簡単に推測できる。
全損していたバリアも、全快している。
さっきは所在なく浮遊していた犬神が、今は自信満々に胸を張っている。
ゲージがもう溜まっていたんだ。
これにも気づいてなかった。
私はやっぱりまだまだだなあ。
「ほら、敵が来ちゃうわよ。そろそろ放して、立って」
「あ、うん」
お姉ちゃんを腕から解放して、先に立ったお姉ちゃんが手を差し伸べてくれたので、その手を取って立ち上がる。
怪音波不愉快バーテックスは、また地面を潜行しているようだ。
そうしてまた、怪音波を鳴らし続けている。
とことん慎重なバーテックスだ。
もう臆病者のレッテルを貼り付けてもいいぐらいだと思う。
お姉ちゃんは満開をしているからか、さっきほど怪音波に苦しんでいる様子はない。
「樹も満開をしておいた方がいいわよ」
「うん、そうだね。しておくよ」
私のゲージも溜まってるんだった。
言われるまでそのまま戦うつもりでいた。
わたしも満開をできることを少し失念してしまっていた。
バーテックスの怪音波の所為だ。
きっとそうだ、と思いたい。
私はそんなにドジじゃない。
そういうのは友奈さんの役目だ。
友奈さんには悪いけど。
そうこうしていると、不愉快バーテックスの爆弾が十個ほど一気に飛来してきた。
まだこっちが話してるのに。
その話してる間に、爆弾を用意していたんだろうけど。
とにかく。
待ってくれないのなら、とことんやってやるだけなのだ。
「満開」
ゲージが満タンになった状態で、満開をしようと強く意識した時、それは訪れる。
体から力が湧き上がってくる。
先ほどまでとは比べ物にならないほどの力。
魂が
それと共に、衣装が変わっていく。
私も巫女さんっぽい装束に、再変身した。
背中の直ぐ後ろに、
ワイヤーが、さっきまでのが駄菓子のひもグミレベルの量だとしたら、大盛りうどんをひっくり返したかのような無数の量に変化している。
さらに強度も格段に上がっている。感覚で解った。
これで勝てない敵なんていないと思えるほどのパワーアップ具合だ。
怪音波の影響も、だいぶ軽減されている。
頭のキリキリとした痛みは、頭痛ほどまで抑えられている。
それでもただの頭痛というほど軽くは感じないけど。
相手は腐っても人類の敵だということだ。
もうそこまで迫る爆弾。
お姉ちゃんが大剣を横薙ぎに振るって、六個ほど一度に掃い落とし、爆散させた。
残った四個が、私に迫る。
だがそんなものは、今の私たちには通用しない。
無数のワイヤーで、絡め捕り、刻む。
爆弾は私に辿り着く前に、四散した。
超余裕だ。
負ける気がしない。
あまり調子に乗りすぎると痛い目に遭いそうだけど。
とりあえず冷静に、慎重に。
バーテックスが再度地面に潜る。
だけど、私は既にワイヤーを辺り一帯に張り巡らせていた。
あの不愉快な存在がどこにいるか、手に取るようにわかる。
バーテックスの学習能力は凄いはずだったけど、ワイヤーで居場所がバレているのは知られていないのか、馬鹿の一つ覚えのように怪音波を発し続けている。
そのバーテックスが、戦法を変えてきた。
私たちからどんどん離れていく。
そうして逃げながら、時折発射口を地面から顔を出させては、爆弾を射出してきた。
引き撃ち。
自分の身の安全だけを考えた戦い方。
満開の力を強大と見たバーテックスは、完全な逃げの一手を出してきた。
私は、臆病者のレッテルを、あの不愉快なバーテックスに、思い切り、念入りに、貼り付けてやることにした。
いや、安全な戦法は必要だというのは解ってるけど。
無謀に正面から戦って死んでしまったら意味がないのだし。
でも、あのバーテックスが音を侮辱しすぎてるにも程があるので、ついキツイ言い方になってしまう。
存在が許せないのだ。
音は、みんなを幸せにするもの。
音楽は、みんなが楽しい気持ちや、色々な感情になれて、尊いもの。
それが私の信念だ。
それを、ただ害をなすために使うなんて、殺すために使おうなんて、許せない。
これを最大限の侮辱といわず、なんといおうか。
だから、絶対に倒す。慈悲なんて少しも掛けない。
もとよりバーテックスは倒すべき人類の敵だけど。
とにかく、追いかける。
逃げるのなら、追いかけて倒す。
「お姉ちゃん、敵はずっと逃げながら攻撃してきてるから、追いかけるよ! 私が先に行くから付いてきて!」
「了解よ樹!」
敵の位置がわかる私が先導して、バーテックスに接近していく。
バーテックスは魚雷のような速さで逃げながら、爆弾を何度も引き撃ちしてくる。
それを私たちは、ワイヤーと大剣で爆発四散させながら、追いかける。
満開の力で、スピードも上がっている。
けれど、ほかよりも強化度が低いのか、それとも魚の姿をしているバーテックスの泳ぐ速度が度を越して速いのか、なかなか追いつけない。
攻撃範囲に入れることが、難しい。
このままでは延々と追いかけっこを続けることになってしまう。
ワイヤーで釣り上げようにも、直ぐに発射口を地中に引っ込めてしまって、空振りに終わる。
さっきまでとは違い、バーテックスは警戒度を著しく上げている。ワイヤーで絡め捕ろうにも、爆弾を発射して即座に戻られては、何回やっても同じだ。
先に釣り上げることができたのは、その警戒度の違いということなんだろう。
何か手はないのだろうか。
追いかけながら、爆弾を掃い落としながら、考える。
…………。
ドッ。
爆弾を切り刻む。
…………。
ボンッ。
爆弾が大剣に叩き潰される。
…………。
ボボンッ。
ワイヤーと大剣で爆弾を薙ぎ掃う。
――思いついた。
過去の記憶から参考にした。
前回の戦いの記憶だ。
さて、思いついたはいいけど、お姉ちゃんに伝えなきゃ始まらない。
一人でできるものではないから。
と、ここで、思い出す。
この前朝陽さんから借りた本に、パロールというものがあった。
ちなみにアニメとか漫画みたいな、かわいい女の子が表紙になっている小説である。
かなり重くてハードでエグさ満天な話だったけど、面白かった。
読んだ日はちょっと怖くて、お姉ちゃんの布団で一緒に寝たのは内緒だ。
とにかくそれはいいとして。
パロールだ。
それは、簡単に言えば、人が何を言いたいか、どんな意思を伝えたいか、いや、伝えたくなくても、どう思っているか、そういうものが、言葉じゃなくても、仕草とか、表情とか、別のいろんな要素で伝わるというものだった。
後でネットで調べてみたら言語がどうたらとか出てきたけど、よくわからなかった。
言葉じゃなくてもとか言っちゃったけど、まあそこらへんはいいや。
ここまで色々考えておいて、つまり私が何をしたいかというと。
アイコンタクトというものをしてみたい。というだけなんだよね。
アイコンタクトも、パロールの一種だろう。だから、長年姉妹をやってきた私たちなら、できると思ったんだ。
もちろん、悠長だとは自分でも解っているけど、あの不愉快なバーテックスにはこのぐらい余裕を持って、侮辱して、敵としての尊厳を貶めて倒すのがちょうどいいんだもん。
満開もしているから、多分大丈夫。
その慢心はいけないかもしれないけど。
とにかく、こうするって決めちゃったんだ。
それに、喋るよりもアイコンタクトで瞬時に情報伝達できたほうが、戦闘時の隙があまり生じなくていいとも思うし。
というちょっとした言い訳を付け加えてみる。
爆弾を切り刻み、お姉ちゃんの方に顔を向ける。
お姉ちゃんも、私が顔をじっと見てることに気づいてこちらを向く。
そして、目に意思を宿らしてアイコンタクトを送る。
こうして欲しい。こういう作戦なんだ、と。
念のために、腕や目の動きも使ってなんとか伝えようとしてみる。
ブンブンッ。
チラチラッ。
これじゃあアイコンタクトじゃなくってジェスチャーかな? まあいいや。
――果たして、結果は。
――お姉ちゃんは、苦笑を漏らした。
これは、伝わったと考えていいのかな。
それとも、自分でも思ったけど意味不明で奇怪な動きをこの戦闘の最中でしている馬鹿な妹に、苦笑を禁じえなかったということなのかな。
やばい。考えてみたら、どう考えても後者としか思えなかった。
どうしよう。なんで私はあんなことをしたんだろう。
今になって冷静になったが、これではただの頭のオカシイ人だ。
だってやってみたかったんだもん。
そんなことを思ってみても、こんな命に関わる状況なときに、ふざけた行動をとってしまったことに変わりはない。
いくら強力な力を得ても、どんな予想外なことでも起こって、命を落としたりすることがあるのが戦場なのに。
すごい自己嫌悪が湧き上がってくる。
こんなところで奇行をするなんて、本当にどうかして――
――お姉ちゃんにがっしりと体を抱えられた。
「ふぇ?」
――うそ。
お姉ちゃんの身体は弓のようにしなり――。
――まさか。
引き絞り――。
――伝わっていた?
そして――勢いをつけてバーテックスの方向へ放った。
私の、身体を。
「えぇ……?」
本当にまさかと思うが、私が考えていた作戦通りな行動に、信じるしかない。
ちょっと、引いてしまったけど。
あれで伝わるのか。
お姉ちゃんはどういう神経をしているんだろう。
それほど私たちの絆が深いということなら、悪くはないけど。
とにかく、作戦が動いたなら、気を引き締めないと。
私が思いついた策は、要するに、前に友奈さんが夢河さんを投げたのと一緒のことをしているだけだ。
これで、足りないスピードを補って、バーテックスに届く。
近づけば近づくほど、怪音波の影響で頭の痛みが増すけど、満開をして影響が軽減されているおかげか、まだ耐えられなくもない痛みだ。
そして、辿り着く。
潜行しているバーテックスの、真上に。
ここから全力で集中だ。
一瞬の見極めが大事。
一秒でも遅れたら駄目。
発射口を出した瞬間が、勝負の時。
発射口が、爆弾を今にも射出しようと、地面から顔を出した。
――今だっ。
ワイヤーを真上という至近距離から放った。
発射口をぎゅうっと締め上げ、絡め捕る。
よしっ、成功した。
そのまま、先のように釣り上げる。
発射口を直ぐに切り刻む事もできるけど、ここから確実に仕留めるために、まだ大きく釣り上げるだけに留める。
天高くへ向けて、バーテックスを投げ上げた。
ワイヤーの拘束で勢いが止まらないように、ワイヤーを解いた。
バーテックスは空を跳ぶ。
次は――
バーテックスが、怪音波を鳴らし続けるベルを、体から切り離した。
落下するベル。
そのベルが、
爆発した。
砕け散るベル。
これでベルはなくなった。
けど。
リ゛イイイイイイイイイィィィィィィィィィィン!!
「――――――っ!!」
先までの怪音波とは違う、大音響の、数千人規模の人間の脳を破壊し尽くしてしまいそうな、不快も不愉快も通り越した、殺人的な怪音波が響き渡った。
立っていられない。
耳を塞ぐ暇もなく、かなり近くで耳に入ってしまった。
満開をして凄まじいパワーアップをしたとはいえ、これほどの攻撃を受けたらひとたまりもなかった。
頭がグチャグチャだ。
痛みが反射するように何度も来て、立とうとする筋肉を弛緩させる。
回復するには、少し時間が掛かる。
――光が、輝いた。
落下してくるバーテックスが、爆発を起こそうとしているんだろう。
離れないと、まずい。
でも、動けない。
さすがに至近距離大爆発は、満開でも耐えられるか怪しい。
普通の爆発なら大丈夫だろうけど、バーテックスの起こす爆発は、前提として攻撃の次元が違う気がする。
動けない。
空しく緩慢に、手や足を少し動かすことしかできない。
ここから移動は、とてもではないが今は不可能。
落ちてくるバーテックスの影と、その体から発される光が、地に落ちた視界に写る。
なんとか、精霊のバリアがもってくれることを祈るしかない。
ふと。
影と光が、遠ざかったように見えた。
違う。
遠ざかったんだ。
少し、顔を上げる。
お姉ちゃんが、巨木のような大剣の平を向けて振り切って、バーテックスを天へ叩き飛ばしていた。
天高くで、大爆発が起こる。
暴風と衝撃波が吹きつけたが、それだけだった。
助かった。
お姉ちゃんは離れた位置にいたから、あの怪音波の影響は、全く受けなかったわけはないと思うけど、私よりは軽微だったんだろう。
だから、動けた。私を助けてくれた。
やっぱりお姉ちゃんはすごい。
再度落ちてくるバーテックス。
陸に揚げられた魚のように、空しく尾をしならせながら。
そのバーテックスが、また、光を放ちだした。
――二連続爆発。
さっきまでそんなことできていなかった。
なぜここにきて。
隠していたのだろうか。
ここぞという時のために。
それとも、ベルがなくなったことでリミッター的なものがなくなったとか、そういうのなのかな。
――今は、そんなことはどうでもいい。
お姉ちゃんは、大剣を振り切って直ぐだから、あの爆発には対応できない。
私は、今なら、少しは動ける。
ワイヤーの操作くらい、できる。
お姉ちゃんのためなら、そのぐらいわけない。
今度は、私が助ける番だ。
ワイヤーを瞬時に操り、お姉ちゃんよりもっと上、バーテックスの落下してくる地点に、蜘蛛の巣のように、だけど鉄板のように厚く、張り巡らせた。
そのワイヤーの盾に落ちるバーテックス。
爆発。
衝撃波と爆風がこちらまで来たけど、怪我をするレベルじゃない。
爆発によって、ワイヤーの盾は全て吹き散らされた。
また、落下し始めるバーテックス。
――そこに。
――大きな大きな、巨木のような大剣が、突き刺さった。
お姉ちゃんが、最大まで巨大化させた大剣を、思い切り投げ槍のように投げたんだ。
その大剣は、あの不愉快だったバーテックスを貫通している。
装甲を砕き、身体の芯にある
まるで
一瞬のあと。
バーテックスは砂となって、消えた。
勝った……。
私たちは、なんとか勝利を勝ち取った。
生き延びることができた。
身体も、結構動けるようになってきた。
お姉ちゃんも、大事無い。
あの怪音波不愉快バーテックスは――もういない。
私の信念の方が、
音は、みんなを幸せにするものだ。
「よかったぁ……」
一息吐く。
――――地が、揺れた。