愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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三十二話 漆黒の三日月

 ――僕は……自分が割と悪人ではないと思っていた。

 事実、普通に生きてきた。

 普通の、凡人だった。

 特に悪い事もせず、ただ普通に過ごし、普通に学校へ行って、普通にアニメや漫画が好きで。

 無神論者な、ただの、少し人見知りな一般人として生きていた。

 

 なのに。

 変わってしまった。

 いや、誰でもきっかけさえあれば、そうなったのかもしれない。

 いつもの毎日を過ごしていた僕は、突然、唐突に、脈絡もなく――非日常に遭った。

   

 ――首都直下型大地震、震度八。

 未曾有(みぞう)の地震の前に、日本は崩壊しかけた。

 そんな馬鹿げた、だけどいつ来ても可笑しくなかった、ありふれた非日常は、僕の全てを壊した。

 両親も祖父母は、僕の知らないところで死んだ。

 少なかった友人も、死んだ。

 特に仲が良くもないクラスメイト達も、何人か死んだ。

 

 それも大きな事だった。無視できないほど、大きな事ではあった。

 だけど。

 僕の根底からの変革が起きてしまったのは、それが原因ではなかった。

 

 それは、一面瓦礫の山と化した景色を、虚ろにふらふらと、歩いている時だった。

 家族が全員いなくなった僕は、どこに行けばいいのかもわからないまま、ただ歩いていた。 

 避難所か何か、ないかと、探していたのかもしれない。

 良く考えなくても学校とかに行けばよかったんだと思うが、その時は気が動転していて、そんな考えすら浮かんでこなかった。

 避難所とか、意識したことが特になかったのもあるだろう。

 そうして、幽鬼(ゆうき)のようにふらふらと進んでいた僕の耳に、声が聞こえた。

 

 ――た……す、け……て……。

 

 僕はゆっくりと辺りを見回した。

 その小さな声は、瓦礫の下から聞こえてきていた。

 よく聞こえなかったけど、多分少女の声だったかもしれない。 

 直ぐに助けようかとも思った。けど。

 その瓦礫は、下手に動かすと僕まで巻き添えを食らいそうな、不安定さだった。

 でも――善人なら、普通なら、なんとか助けようと試みただろう。

 たとえ無理で諦めてしまったとしても、誰か他の人も呼ぶか、とにかく、試みるぐらいは普通するだろう。

 

 ――僕は、しなかった。

 

 無視して、聞かなかったことにした。

 無気力に、そのまま歩き始めた。

 意気消沈していたから、そんな余裕はなかったから、傷付いていて何も考えられなかったから、そんな風にいくつも言い訳は考えられるけど、結局僕が助けられたかもしれない人を、見捨てたことに変わりはない。

 他人に、無関心すぎた。

 どうでもいい。って、思ってしまったんだ。

 知らない他人の命なんて、どうでもいいと。

 もう大切な人たちなんて、いなくなってしまった。近しい人たちは、全員死んでしまった。

 だから、もう全てがどうでもよくなっていたんだ。

 

 そのまま僕は、歩き続けた。

 呻く人たちに、手を何回も伸ばされた。

 その度に、無視して、振り払って、視界から遮断した。

 明らかに助けられる人だって、誰かがやるだろうと見捨てた。

 女だろうと、子供だろうと、見捨てた。

 泣いていても、通り掛った僕だけが希望と救いを求めた人も、見捨てた。

 他の無事な人が、なんとか助けようと必死になっている中、僕はただ俯いて、歩き続けた。

 

 ――――僕は、どうしようもないクズだ。

 

 その結果、そんなことに気がついた。

 わかってしまった。

 自分が、善人なんかじゃないって。

 その上、普通でもないって。

 いや、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。

 みんな、結局他人なんてどうでもいいのかもしれない。

 でも、僕は、凡人でも一般人でもなくなってしまったと、思ったんだ。

 

 ――ただの、クズだ。

 ――本物の小者、愚か者、クズだ。

  

 それを、理解してしまった。

 だって、助けられた人を無視して見捨てた。僕が殺したようなものだ。

 本当に、どうしようもない。

 

 そうして、歩き続けていたら、ふと立ち止まって、思った。

 

 ――嫌だ。

 ――善人がよかった。

 

 そんな感情が、強く湧き上がってきた。

 ならなんで、僕は見捨てたんだ。

 もう、取り返しが付かなかった。

 頭の中が、グチャグチャだった。

 それでも善人がよかった。だからなんとか挽回できないかと、必死に走った。

 歩いてきた軌跡を戻った。

 無気力にぼうっとしながら歩いていたけど、必死に記憶を辿って、戻った。まだ助けられるんじゃないかって。 

 長い道を、息を切らせながら、足が棒のようになっても、走った。

 

 ――死んでいた。

  

 僕は無神論者だったけど、改めて、神なんていないと思った。

 助けて神様なんて言っても、この状況は覆らない。

 

 鉄筋が腹に突き刺さっていて、出血多量で死んでいる人。

 足が瓦礫に潰されていて、こちらも恐らく出血多量。

 瓦礫に埋もれていた人は、手が切れて血が出ても、必死に掘り起こした。

 すでに、死んでいた。また出血多量なのかな。

 

 僕に助けを求めていた人たちは、ほとんど事切れていた。

 ほとんどに入っていない人たちは、その場にいなかった。

 誰か僕以外の人に、助けられたのかもしれない。

 でも、ほとんど僕の所為で死んでいた。

 僕が助けようとしても、死んでいたかもしれない。

 でも、死んでいなかったかもしれない。

 僕が、殺した。

 完全に取り返しが付かない。

 死んだ人は戻ってこない。

 僕は善人には成れない。

 愚か者。

 愚かすぎて、笑いが込み上げてきそうだ。

 全然、笑えないけど。

 

 ――でも、善人がいい。クズは嫌だ。凡人も少し違う。やっぱり善人だ。

 ――強くて、優しくて、かっこいい。理想の、存在。

 

 それが、よかった。

 他なんて、考えられなかった。

 でも僕は、そんな存在とは程遠い。

 こんなことをしておいて、まだ善人でいたいとか思ってしまっている、愚か者だ。

 それでも醜いクズは嫌だ。 

 だったら、どうすればいい。

 なんとか、するしかない。

 そうして思い至ったのが――

 

 理想の仮面を被る。

 

 これしかないと思った。

 偽りでも、ずっと実践していれば、事実になると思った。

 性格も、矯正できると考えた。

 だから僕は、それから、強く優しくかっこよくを念頭に置いた。

 

 ――――結果的に言うと、僕はそれをまともに出来ていなかったわけだけど。

 

 

 

 頭が、ものすごく痛い。

 激痛が、絶え間なくやって来る。

「う、ううう……あ、う゛あ゛あ゛……!」

 頭が粉砕されるような激痛に呻き声が漏れる。

 

 思い出してしまった。

 こんな記憶なら、思い出したくなかった。

 一部に過ぎないけど、まだ全部わかったわけじゃないけど。

 こんなもの思い出しても、何の特にもならない。

 それになんで、頭が痛いんだ。

 記憶が刺激されて思い出しただけじゃないか。

 なんでこんなに、気が狂いそうなほどに、痛いんだ。

 

『朝陽、どうした!?』

 銀の心配そうな声が聞こえる。

 でも、答えている余裕はない。

 ただ、痛い。

 

 痛い。

 いたい。

 イタイ。

 

 痛い、だけじゃない。

 気持ち悪い。

 吐き気とかではない、形容しがたい気持ち悪さ。

 ぐるぐると、体の中をかき混ぜられているかのようだ。

 何かがせめぎあっているような感覚も、する。

 でも、よくわからない。

 わからないけど、得体の知れない気持ち悪さと、喰い散らかされているような頭痛、それらが絶え間なく、蹂躙してくる。

 

 耐え……られナイ……。

 キツイなんて……もんじゃない。

 そんなこと……考えている余裕すらなくなっている。

 思考が……どんどん……うまくできなくなっていく。 

 

 地震……。

 テキ……。 

 センメツ、しないと……。

 こんな、地震なんかオコスヤツハ、消さなイト……。

 テキは……コロさないと……。

 

 まだ、地は揺れ続けている。

 大樹が、何本も倒れていく。

 地割れが、起きる。

 

 テキが、こちらに顔の部分を向けた。

 レーザーじみた極太(ごくぶと)の怪光線が、放たれた。

 テキのコウゲキが、ボクをコロそうと迫る。

 コロ、サレル……?

 ボクを、コロスノカ……?

 ミンナと一緒に、いられなくするのか……?

 ボクは、大切なミンナがいれば、それでいいのに――。

 

 ――フザケルナ。

 フザケルナ、フザケルナ、フザケルナ、フザケルナッ!

 ――コロシテヤル。

 テキは全て、コロシテヤル!

 何もかも、コロシテヤル!!

 

 ガチリと、スイッチが切り替わったような、奇妙な感覚。

 その一瞬あと。

 刹那の時の中で、暴走的な、変化が起きる。

 

 反転。

 変色。

 変わる世界。

 

 穢れ無き白銀が、歪んだ漆黒へと変色していく。

 純白のマフラーが、顕現したと同時に、漆黒へと変質した。

 瞳が、白銀から、漆黒の光へと、反転する。

 白銀の聖剣、その白刃が、変質する。

 漆黒の刃へと堕ち、形状が、大きく変化していく。

 粒子化した後、両の腕に纏わり付き、形を形成していく。

 白銀の剣よりも、一回りも二回りも巨大になる。

 鎌のように、反った形状に変化、鎌そのものではなく、曲刀のような、逆鎌の形。

 

 ――漆黒の三日月が、両の腕に、侵食、住み着き、固定された。  

 

 その姿は、死神の様。

 瞳は暗黒に不気味に光り、闇よりも黒い深淵のごときマフラーが邪悪な粒子を漂わせながらなびいている。

 両腕の三日月は、死神の鎌のようで。

 破滅的な、変身を遂げた愚者が、たたずむ。

 いや――――

 動いた。

 

 

 襲い来る怪光線。

 漆黒の三日月を、叩き付けた。

 瞬間。

 跡形もなく、怪光線は、消滅した。

 地を、蹴る。

 蹴った地面が、砕ける。

 

 敵の前に、一瞬で来た。

 ――シネ。

 漆黒の三日月を、再度叩き付けた。

 吹き飛んだ。

 相手に対応など、させなかった。

 ――いや、対応してたか。

 ヤツの防御に回した牙ごと、破壊しながら叩き飛ばしただけだ。

 

 吹き飛びながらテキは、無数の緑光弾を、放ってきた。

 再度地を蹴り、そのまま弾幕に突っ込む。

 両の三日月を、薙ぎ払う。

 一瞬で弾幕は、塵も残さず消えた。

 ヤツに、肉迫する。

 

 この一発で、決めてやる。

 深淵のマフラーが、弾ける。

 その暗黒の粒子が、両腕の三日月に、集中していく。

 漆黒の三日月が、深淵で、暗黒な光の輝きを、纏った。

 

 右腕のの三日月を、思い切り叩き付けた。

 爆発。

 漆黒の爆発が、起こされた。

 一瞬で、視界が黒に染まる。

 僕に、ダメージは無い。

 これは僕の内から出る、能力だ。

 その能力で、傷は負わない。

 ボクの……ノウリョクじゃないけど。

 誰かの、チカラだ。

 気味が悪い。強い、チカラ。 

 

 黒い大爆発が、治まった。

 治まった時には、   

 辺り一面が、クレーターと化していた。

 樹海が、滅茶苦茶になっている。

 バーテックスは、装甲が跡形もなく蒸発し、再生も追いつかずに無残に御魂(みたま)を晒していた。

  

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

 痛い。 

 痛い痛いいたいいたいイタイイタイ。

 サッキヨリモ、頭が、イタイ……。

 カラダモ……イタイ……。

 ナン、デダ……。

 このチカラを、ツカッタカラ……?

 ソンナ……バカナ。

 

「■■■■■■■■!!」 

 

 ア、アァ……。

 ――コロス。

  

 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス。

 

 スベテ――コロシテヤル。

 

 漆黒の粒子纏う三日月を、振り下ろした。

 

 

 

 ――――テキハ、ドコダ。

 動くものが目に写る。

 テキハ、コロサナイト。

 何か、言っている。

 

「ゆ――わく――目を――して!」

 ナンダ?

 ワカラナイ。

 マア、イイカ。

 テキガナニヲイッテイヨウト、カンケイナイ。 

『やめろ朝陽!!』

 ウルサイ。

  

 一瞬で肉薄。

 漆黒の三日月を、薙いだ。

 防がれた。

 フセガレタ?

 新手ノテキダ。

 その豪腕と、漆黒の三日月が、押し合っている。

 

「あ――ひ――くん――どうし――んなこ――の! 元にも――て!」

 ウルサイ。

 テキハダマッテ、ボクニコロサレテイレバイインダ。

 もう片方の三日月を、叩きつける。

 ――また別の敵が現れて、フセガレタ。

 一体何体イルンダ。

 ツギカラツギヘト、テキガデテクル。

 五体か――。

 ――カンケイナイ。

 コロス、ダケダ。

 

 縦横無尽に、超速で移動する。

 テキハ、翻弄サレテイル。 

 イッキニ、コロス。

 

「満――い!」 

 テキノチカラガ、イッキニツヨマッタ。

 早く一体でも数を減らさないと、マズイカモシレナイ。

 

 動き回り、テキに斬り付け続ける。

 だが、多くは防がれる。

 バリアのようなもので、まともに傷が付けられない。

 なんだ、コイツラハ……?

 五体、バリア。

 

 ――――ッッ!!

 イ、ツア゛ッ!

 頭が、痛い。

 僕は動きを、止めざるを得なかった。

 記憶。

 みんな。

 テキ。

 痛い。

 コロサナイト。

 勇者部。

 

 ――っ。

 気づいた時には、敵五人に囲まれていた。

 

「目を覚ましなさいっ!!」

 砲撃、豪腕、刀、大剣、ワイヤー、それらが一斉に、僕に叩き込まれた。

 漆黒の三日月をクロスさせて防いだ。

 

 ――意識が、途切れた。

 

 

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