「あさ――く――起き――」
意識が、暗い底から、浮上していく。
「朝陽く――きて」
ぼんやりとした脳が、覚醒していく。
「朝陽くんっ」
瞼を開ける。
「朝陽くん! 起きて!」
目の前に、友奈の顔があった。
「うおあっ」
飛び起きて後ずさる。
前にもこんなことあったような……?
――ああ、前に銀とも同じことがあったなあ。
もう、懐かしく感じる。
それほど前の出来事じゃないはずなのに。
「あれ? そういえばどうしてこんなところにいるんだ?」
周りを見回す。
夕日が漂う空が少し眩しく、鳥居と
友奈と、東郷さんと、実体化した銀がいる。
みんな変身していないし、見える景色的にここは樹海じゃない。
何が起きたんだ?
僕は東郷さんと一緒にバーテックスと戦っていて、それで――
そうだ、大地震をバーテックスが起こしたんだ。そしたら頭が痛くなって、記憶が一部戻って、それから――――
思い出せない。
その先は、ぽっかりと開いた黒い穴のように、思い出せない。
地続きに、さっき起きた時からの光景に繋がるだけだ。
「一体、何が起きたんだ……?」
困惑する。
「朝陽くん」
「え?」
友奈が、真剣そうな、心配そうな表情で話しかけてきた。
「大丈夫? 体のどこも痛くない?」
「あ、うん……」
体のあちこちを触ってみたが、特段痛い場所はない。
「よかった~」
安堵したように溜め息を吐く友奈、東郷さん、銀。
「夢河くん、さっきの事は、覚えてる……?」
東郷さんが、少し歯切れ悪く聞いてきた。
「さっきの事? っていうと僕、バーテックスが地震起こした後の記憶が何故かないんだけど、そのときに何かあったの?」
「覚えて、ないんだね……」
「うん……なんかごめん……」
東郷さんは、不安げに俯いた。
そのただならぬ様子に、僕も不安を抱いた。
「なにがあったの……?」
恐る恐る聞く。
不安げな東郷さんを気遣ってか、銀が口を開いた。
「朝陽、それはアタシから説明す――」
「ずっと呼んでいたよ~、わっしー、ミノさん、会いたかった~」
そこに、聞き覚えの無い声が割り込んだ。
みんな一斉に驚き、振り返る。
祠の裏の方から声がした。
「まさか……」
銀が呟いた。
四人で顔を見合わせて頷き、声の方へと向かう。
――その時に、少し友奈と東郷さんの挙動がおかしいような気がした。
いや、明らかにおかしい。
だけど、今は声の元に向かうのが先決だと思った。
それについては、後に回す。
祠の裏の方に着くと、そこには、白いベッドが景色とのアンバランスさを醸し出しながら鎮座しており、
そのベッドに、病衣の下の体がほとんど包帯で隠された少女が上体を起こしていた。
口と左目だけは包帯に巻かれていなくて、可愛らしい金色がかった黒の瞳が覗いている。
儚げで神秘的な姿に、こんなところにベッドと大怪我を負った少女がいたという驚きもあったが、それよりも、名画を鑑賞したかのように引き込まれ、見惚れた。
「ようやく呼び出しに成功したよ~わっしー、ミノさん」
間延びしていて、聞いていると心が落ち着く声だ。
「え、わっしー……? 鷲? 三野さん? っていうか、なんでこんなところにベッドがどーんと……」
友奈が不思議そうに言葉を零す。
「園子……園子じゃないか!」
銀が叫んで、ベッドの少女に走り寄った。
「どうしたんだよその怪我は……!?」
そのまま控えめに抱き付く。
「わあっ、ミノさん大胆~」
「茶化すなよ、ずっと会いたかったんだぞ」
「うん、私もだよ~。ミノさんの話を聞いた時は、本当にびっくりしたよ」
前に大赦の人から聞いた話の記憶を手繰る。
園子……? 確か先代勇者だっけか。
ということは、わっしーとミノさんって何のことかと思ったけど、鷲尾須美と銀のことか。
あれ……? でも、東郷さんの記憶って刺激したらまずいんじゃなかったっけ?
僕も乃木さんに近づいていって、東郷さんに聞こえないように小声で耳打ちする。
「あの、東郷さんの記憶って刺激しない方がいいって聞いたんですけど、わっしーとか言っちゃっていいんですか……?」
乃木さんは、眉を八の字にしたような顔をして、
「あ~……多分それ嘘だよ、大赦の人から聞いたんだよね?」
そう言った。
「え……? 嘘なのかよ!?」
すぐ近くにいた銀が驚く。
僕も驚く。
え?
嘘?
――――そうか……考えてみれば十分すぎるくらいその可能性があった。
僕は、大赦に殺されかけたんだ。
今まで与えられていた情報も、嘘がある可能性は非常に高くなっていたんだ。
それに、前にイネスに行って少し記憶が刺激されていたけど、なんともなかった。
思えばあの時から疑って掛かるべきだった。
というかそもそも最初の最初に銀がそのまま銀として東郷さんの前に現れたときに、何もなかったんだ。
何も問題なく進んでいたから、そのときは気づきもしなかった。
あまりにもスムーズに銀を紹介してしまっていたけど、あれは軽率だった。
まあ結局は、銀を最初に紹介したことに問題はなかったんだけど。
大赦に騙されていたわけだし。
本当に、何を馬鹿正直にさっきまで信じていたんだ。
「じゃあ、伝えて思い出させても大丈夫ってことですか?」
乃木さんは微妙な表情をして、答えた。
「う~ん、思い出してもらう事ができたら、それはその方が絶対いいんだけどね~」
「無理、なんですか……?」
「わかんない……でも、思い出せないなら、無理に伝えてもわっしーが辛いだけだと思うんだ……」
「あ――そうですよね……」
納得し、聞きたいことを聞き終えた僕は少し下がる。
乃木さんがみんなに向き直る。
「私はわっしーとミノさんが戦ってたのを感じて、ずっと呼んでたんだよ」
「……えっと、朝陽くんと銀ちゃんの知り合い……?」
友奈が戸惑った様子で聞いてきた。
「僕は一応初対面だよ。話には聞いていたけど……」
「アタシは前からの友達だ。須美とも一緒に……」
「じゃあそのわっしーって誰ですか? ミノさんは銀ちゃんってわかったけど、この場でもう一人って、朝陽くん……?」
「ううん、僕じゃないよ」
消去法で言ったんだろうけど、鷲要素が僕には一切無い。
「なら、東郷さんの知り合い……?」
東郷さんは、ゆっくりと首を振った。
「いいえ……初対面だわ」
「あ~……」乃木さんは一度溜め息を吐きながら目を閉じて「ははっ……」無理矢理笑ったように、力無く笑みを浮かべた。
恐らく伝えることは、今諦めたのだろう。
僕は、こういう空気は苦手かもしれない。
悲しいのは、誰でも嫌だろうけど。
「わっしーっていうのはね、私とミノさんの大切なお友達の名前なんだ。いつもその子のことを考えていてね、最近は、ミノさんのことも一緒に考えていたけど。つい口に出ちゃうんだよ。ごめんね」
友奈が一歩前に出て。
「あの、私たちを、呼んだんですか……?」
「うん、その祠」
視線を祠へと向けて乃木さんが言う。
「これ、うちの学校にもある……」
「うん、同じだね」
東郷さんが同意する。
「あ、あれか」
僕も思い出す。
そういえばどでんと屋上の風景に不釣合いに置いてあったな。
神とか嫌だったからスルーしてたけど。
「バーテックスとの戦いが終わった後なら、その祠使って呼べると思ってね」
驚いたように友奈と東郷さんが乃木さんを見る。
二人で顔を見合わせ、少し前に出る。
「バーテックスを、ご存知なんですか……?」
僕は、乃木さんが話すのに任せることにした。
といっても、乃木さんについては銀たちと同じ先代勇者って事ぐらいしか知らないけど。
「一応、あなたの先輩ってことになるのかな、私、乃木園子っていうんだよ」
「さ、讃州中学、結城友奈ですっ」
「友奈ちゃん」
「東郷、美森です」
「美森ちゃん……か」
「あ、僕は夢河朝陽です」
「朝陽くんについては実はちょっと前から知ってるんだ。その辺も含めて今から話すんだけど」
そうなのか。大赦の人が話したのかな。
元々新しい協力者という体だったし。
その辺も含めて話すって僕の事で何かあるのか。
あるか。大赦に殺されかけたし。
友奈が喋りだす。
「先輩というのはつまり、乃木さんも」
「うん、私も勇者として戦ってたんだ。二人のお友達と一緒に、えいえいおーってね、今はこんなになっちゃったけどね」
「夢河くんと銀は、知ってたの……?」
少し非難するような視線を東郷さんに向けられた。
なんで教えてくれなかったのか、と言いたいんだろう。
東郷さんの記憶を刺激しては駄目だと思ってたし、言う必要も無いと思っていた。
東郷さん以外には言って置けば良かったかもしれなかったけど、バーテックスさえ倒せば、そんなことは関係ないと考えて結局言わなかった。
でも、今では事情も変わってくるか。
倒したはずのバーテックスは出てきたし、なんか合体してるし、前より格段に強くなってるし。変な黒い靄もいたし。
情報はなんでも多い方がいい。先代勇者や、以前の戦いのことなら、なにかのヒントになるかもしれなかった。
だけど、ちょっと前までは東郷さんのことも考えて言わない方が良いと思っていた。
言い訳だろうか、僕の過失だという事に変わりはない。
やっぱり言っておいた方がよかったかな、仲間なんだし、友達なんだし。
そういう事情は伝えておいた方が信頼関係的にも良かったな。
後悔の感情が湧いてくる。
いたたまれない気持ちで一杯になる。
「知ってはいたけど、言う必要は無いと思っていたんだ。ちょっと前までははただバーテックスをすべて倒して解決だと考えていたから。今は……色々あるからわからないけど……。でも、やっぱり言っておいた方がよかったよね。ごめん……」
頭を下げる。
「アタシも、朝陽と一緒で……ごめん」
銀も続いて頭を下げる。
「そうなんだ……」首を振って、「ううん、謝らないで。事情があったんだろうし。私こそ、考えが及ばなくてごめんなさい」優しく微笑んでくれた。「そうだよ、落ち込まないで」友奈も。
僕の様子から、言ったこと意外に事情があると察したのだろう。結局は、大赦に騙されていた事情なわけだけど。
二人とも、優しい。
でも、失敗は失敗だ。たとえ結果的には大きな失敗とはいえなくても。
僕の判断だから、銀も悪くない。
ちゃんと受け止めて、次に備えないと。
じゃないと、繰り返すだけだ。
「あの、バ、バーテックスが、先輩をこんな酷い目に合わせたんですか」
友奈が眉を八の字にして悲しそうに尋ねる。
「ああ、うーんとね、敵じゃないよ、私これでもそこそこ強かったんだから。えーと……あ、そうだそうだ、友奈ちゃんは満開、したんだよね」
「え……」
「わーって咲いてわーって強くなるやつ」
「あ、はい、しました。わーって、強くなりました」
「私も、しました」
僕のは、違うな……。
勇者システムとは違うのだから、当たり前だけど。
「そっか……咲き誇った華は、その後どうなると思う?」
乃木さんは、意味深に言葉を放つ。
「満開の後に、散華という隠された機能があるんだよ」
「散、華……華が散るの散華」
東郷さんが呟く。
「満開の後、体のどこかが、不自由になったはずだよ」
「……っ」
「え、それって……」
二人とも、あっと言うような顔をした。
「なに、まさか、どこか変に、なってるの……?」
僕は言葉が途切れ途切れになってしまいながら、二人に聞いた。
さっき挙動が少しおかしいと感じたが、まさかそれなのか?
「私がいた時は、無かったよな……?」
「うん、ミノさんがいなくなっちゃってからすぐ後に完成したものだからね」
銀の疑問に乃木さんが答える。
そして友奈と東郷さんが、
「実は、さっきから左腕が動かないんだよね……他は、わかんないけど……」
「私は、多分左耳が聞こえない……あと、息が、さっきより少し苦しいかも……」
そう、言った。
息が苦しいって、もしかして、肺か……?
肺は一つでも生きていけるっていうけど、普通に歩いただけでも息切れするらしいし、当然スポーツなんてもってのほかだ、東郷さんはすでにスポーツできる体ではなかったが、でも……。
それだって、きっと、元々その散華の所為だろう。
過去にも、勇者として戦っていたみたいだし。
話の流れから推測すると、園子もそれなのか?
それと、友奈は左腕だけと言ったが、本当にそれだけだろうか?
東郷さんが新しく二つ失ったのに、友奈だけ一つだなんてありえるだろうか?
恐らく、無い。友奈は後一つ何かを失っている。
今じゃ気づけない場所なのだろう。たとえば味覚とか。
「それが散華。神の力を振るった満開の代償。華一つ咲けば、一つ散る。華二つ咲けば、二つ散る。その代わり、決して勇者は、死ぬ事はないんだよ」
「死なない……」
東郷さんが、深刻そうに呟いた。
死なない……か。
「乃木さん……それはもう、その安全はもう、なくなってしまったよ」
「え……?」
「今回来たバーテックスは、壊れないはずの精霊のバリアを、壊してきたんだ」
乃木さんは目を見開き、深呼吸してから、
「――その怪我は、そういうことだったんだね…………」
東郷さんと友奈の擦り傷を見て、乃木さんは悟る。
「うん、だから、死なないなんてことは無いんだ……死ぬ可能性は、あるんだ……」
「そう、なんだね……」
「うん……」
「ひどいね……」
酷く悲しげに、呟いた。
「うん…………」
また乃木さんは深呼吸をして、一間置いた。
「そして私は、戦い続けて今みたいになっちゃったんだ。元からぼーっとするのが特技でよかったかなって、全然動けないのはきついからね」
「い、痛むんですか……」
友奈は震える拳を握り締めている。
「痛みは無いよ、敵にやられたものじゃないから。満開して、戦い続けてこうなっちゃっただけ。敵はちゃんと撃退したよ」
「満開して、戦い続けた」
「じゃあ、その体は代償で」
「うん」
「「「――っ」」」
少し強い風が、通り抜けた。
みんなの髪を、揺らしていく。
「ど、どうして……どうして私たちが……」
友奈はスマホを握り締めてそう言った。
「いつの時代だって、神様に見初められて供物となったのは、無垢な少女だから。穢れ無き身だからこそ、大いなる力を宿せる。その力の代償として身体の一部を神樹様に供物として捧げていく。それが勇者システム」
勇者、システム……。
じゃあ僕の力は、なんだ?
僕は、無垢でも、少女でもない。
「私たちが、供物……?」
東郷さんの体は震えている。
「大人たちは神樹様の力を宿す事ができないから、私たちがやるしかないとはいえ、ひどい話だよね」
「ひどすぎるだろ……」
銀は顔をしかめながら、歯を食いしばって、拳を握り締めていた。
「なんだよ、それ……」
理不尽じゃないか。
力の代償? 知るかよそんなこと。
勝手に戦わせて、勝手に奪うなんて、ひどすぎる。
たとえ戦えるのが皆しかいなくても、戦わないと人類が滅ぶとしても、そんなことはどうでもいい。
勇者部の皆が笑って過ごせないのなら、意味がない。
他がどうなろうと、皆が幸せじゃなければ意味がない。
東郷さんが震える声で言葉を零した。
「それじゃあ、私たちはこれから、体の機能を失い続けて……」
友奈が東郷さんの震える手を即座に握る。
「でも、十二体のバーテックスも、後から来た強いバーテックスたちも、倒したんだから、大丈夫だよ東郷さん」
「友奈ちゃん……」
「倒したのは凄いよね、私たちの時は追い返すのが精一杯だったから」
「そうなんですよ! もう、戦わなくていいはずなんです……!」
園子は静かに瞬きして「そうだといいね……」
本当に、そうだろうか……?
まだ、来るんじゃないのか……?
全体倒したと思ったら、また来たんだ。
なら、まだ来る可能性は十分にある。
結局は、今の言葉は気休めなのだろう。
来る可能性もあるが、来ない可能性もある。来ない可能性は限りなく薄そうだけど。
悪い可能性の方が、大体当たるものだ。
「そ、それで、失った部分は、ずっとこのままなんですか? みんなは、治らないんですか……?」
「治りたいよね、私も治りたいよ。歩いて、友達を抱きしめに行きたいよ」
「園子……」
銀は悲しげに親友を見つめてから、抱きしめた。
「今は、アタシだけでごめんな……」
「……ううん」
乃木さんは瞳を潤ませながら、弱々しく小さな声で言った。
そこにいつか、東郷さんが――鷲尾須美さんが加わる事ができたら、どれだけいいことか。
僕は、切に願う事しかできなかった。
「友奈ちゃんっ」
東郷さんが声を上げた。
振り向く。
大赦の人たちが、両手の指じゃ足りないくらいの人数で、やってきた。
囲まれている。
「大赦の人たち……」
友奈が見回して、困惑している。
何をしに来たんだ……?
さっきみたいに僕を殺しに来たのか……?
それとも、この真実を知ってしまった僕たち全員を口止め、または殺すのか……?
いや、そんなことをして何の意味がある?
人類を守る兵を無駄に減らすだけだ。
でも、僕を殺すというのはするかもしれない。
かもしれないじゃない、事実殺されかけた。
なんで殺されなければならないのかはわからないけど。
どうする、どうする。
――もう、『やってしまおうか』?
殺されるぐらいなら……。
「彼女達を傷付けたら、許さないよ」
その一声で、大赦の人間達は乃木さんの方へ一斉に顔を向けた。
「私が呼んだ、大切なお客様だから、あれだけ言ったのに、会わせてくれないんだもん、だから自力で呼んじゃったよ」
大赦の人たちは、また全員一斉に跪いた。
まるで軍隊のような統率された動きだ。
僕を攻撃してくる様子は……ない。
乃木さんに助けてもらったのか?
とりあえず、助かった。
「えっ、え……」
たった一人の少女に大の大人達が跪いたものだから、友奈が戸惑っている。
「私は、いまや半分神様みたいなものだからね、崇められちゃってるんだ」
神? 崇める? 馬鹿げている。
神なんて、嫌いだ。
乃木さんは神なんかじゃない。
「安心してね、あなた達も丁重に、元の町に送ってもらえるから。悲しませてごめんね、大赦の人たちも、このシステムを隠すのは、一つの思いやりではあると思うんだよ」
思いやり? そんな、馬鹿な。
たとえそうだったとしても、みんなに酷い事態を強いている事に変わりはない。
僕はそんなことで、彼女達を害するものを許しはしない。
「……でも、私はそういうの、ちゃんと、言って欲しかったから」
乃木さんの手の甲に、滴が落ちる。
涙が、静かに流れていた。
「園子……」
銀は抱きしめる力を、強めた。
「わかってたら、友達と、もっともっと、たくさん遊んで……だから、伝えておきたくて」
東郷さんが車椅子を動かして、乃木さんのすぐ側まで近寄った。
そして、手で涙を掬い取った。
「……ふふっ、そのリボン、似合ってるね」
「ああ、前から思ってたけど、すごく似合ってるよな……」
優しく微笑みながら乃木さんと銀が、東郷さんにその言葉を向けた。
東郷さんが震える手で水色のリボンを触りながら、言った。
「このリボンは、とても大事なものなの……それだけは覚えてる、けど、ごめんなさい。私、思い出せなくて……」
東郷さんの両目からも、涙が流れ出している。
「す――東郷……」
「仕方がないよ」
銀と園子がそう言葉を掛けた。
「方法はっ! このシステムを変える方法は無いんですか!」
友奈が、悲痛に叫んだ。
「神樹様の力を使えるのは勇者だけ。そして勇者になれるのはごくごく一部、私たちだけなんだよ」
友奈の瞳も、潤んでいる。今にも涙が零れ出しそうだ。
「――だったら、僕が戦う。僕だけで、何とかしてみせる」
僕には満開の代償なんてものは無いから、戦える。
だから、決然と、言ったつもりだった。
大切な女の子たちを守るために戦う、そう男らしく宣言したつもりだった。
だけど――
「それも、だめなんだ……」
乃木さんから返ってきた言葉は、そんなものだった。