愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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三十四話 真実

「え……だめって、どういうことですか……?」

 予想外の返答に、わけもわからずただ疑問を返す。

 僕が戦って勝ちさえすれば、みんなは何も失わずに済む。

 だったら、そっちの方が絶対に良いはずだろ。

 なんで……。

 

 嫌な予感が(つの)った。

 まだ、乃木さんから聞いてない話がある。

 さっき、僕のことを知っていて、その辺も含めて話すと言っていた。

 僕の知らない僕のことについて、なにか乃木さんは知っている。

 動悸が激しくなっていく。

 嫌な予感は、全く拭えない。

 

「こっちの話も、酷く辛い話になっちゃうけど、ごめんね……」

 そう前置きを乃木さんはした。

 

 やめてくれよ。

 そんなこと言われたら、より不安になっちゃうじゃないか。

 さすがに、さっきの話ほど悪いわけがない。

 そうそう散華みたいな悪い話があってたまるか。

 だから、そんな辛そうな顔をしないでくれ。

 そんな辛い話じゃないはずだろう?

 ねえ、そう言ってよ。

 

 乃木さんは一呼吸置いて、話し出した。

「最近起きてた、猟奇事件とか、数百人の水死体の話は知ってる?」

 

「あ、はい……一応話には聞いてます」

 話が飛んだように思えて、返答が歯切れ悪くなってしまった。

 カラオケの時に聞いた話を思い出す。

 でも、何故ここでその話なのだろう。

 言ったからには、僕に関係があるのだろうけど。

 

「それについて大赦が動いて、合体して現れたバーテックスの所為だっていうことになってたのも知ってる?」

「知ってます」

「それね、実際は違ったんだ」

 

 違う……?

 そんな馬鹿な。 

「バーテックスの所為じゃないなら、他に何が原因になれるんです……?」 

 他の原因が思い当たらない。

 バーテックスみたいな超常の理不尽でもなければ、あんなふざけた事はできない。

 

 ――いや。

 僕は、目を逸らしている。

 そんな簡単な推測ぐらいできている。

 でも、考えたくないだけだ。

 だって、もしそれが本当だったら――

 

「朝陽くん、あなたの力が、原因だったんだ」 

 

 ほ、ん……とう、だった、ら……。

「そんな……そんな馬鹿な話があるわけ……っ!」

 

「無理かもしれないけど、落ち着いて聞いて。大丈夫、朝陽くん自体の所為じゃないから」

 動揺する僕に、乃木さんは安心させてくれようとしたのか、そんな言葉を掛けてくれた。

 でも、安心できるはずもなかった。

 動悸は、さっきよりも激しく、心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらいに、バクバクと暴れている。

 それでも、なんとか深呼吸して、聞く体勢だけは整える。

 

「続きを、お願いします……」

 膝が崩れそうになりながら、話を促した。

 

「朝陽くん……」

 友奈が、僕の右手を握ってくれた。

 いくらか、心が和らいだ。

 東郷さんと銀も、僕に心配そうな顔を向けていた。

 僕は一人じゃない。

 一人じゃないけど。

 

「うん、じゃあ続き……その力はね、使ってしまうと、強力な希望の力の、奇跡の対価として、絶望が形を持って襲って、その襲われた誰かは、絶望を味わった上で死んじゃうんだって……それが、朝陽くんたちが見た黒い靄の正体なんだよ」

 

 なんだよ、それ……。

 意味わかんないよ……。

 あれが、僕が生み出したもの?

 

 ――――だから、なのか……?

 だから僕は、あれに他の人以上の忌避と恐怖を感じたのか?

 あれの危険度を、自分が一番知っていたから。

 自分が生み出してしまったものを、本能的に感じ取っていたんじゃないのか?

 どうしようもないそれから、意識は逃げたかったのではないか?

 だから気絶までした。その現実から逃げるために。

 自己防衛本能が、働いたんだ。

 真実は分からない。

 普通ならそんなことで気絶するなんてありえない。

 しかし、超常の力だ。

 どんなことでも起こり得る可能性がある。

 だから、そんな気がする。

 ふざけんな。

  

「そしてその力は、神樹様じゃない別の神様から与えられたものなんだって」   

 

「はは……は……」

 乾いた笑いが漏れてしまう。

 あんなに強い力が、何のリスクも代償もなく、使えるわけがなかったんだ。

 そんな当たり前の論理に、気づけなかった。

 友奈の握る力が、強くなった。

 僕は力なく言葉を吐き出す。

「別の神って、なんですか。他にも神なんてものがいるんですか……」

 

「うん、いるよ。まず、先に言っておかないといけない事があるんだけど、四国以外、結界の外はウイルスだらけで、そこからバーテックスが生み出されてやってくるって聞いてるよね」

「そう聞いてはいます……」

 全面的には信じてはいなかったけど。

 

「それも嘘で、本当は神樹様じゃない別の神、『天の神』が、人類を滅ぼそうとして、四国以外を死の世界に変えてしまったけど、大地に根付いた土着神(どちゃくしん)の神様が寄り集まって、神樹様になって、結界を張ってなんとか四国だけは守ってくれた。そして、バーテックスはその天の神が創り出した存在なんだ」

 

「天の神、ね……」

「神様が……」

「マジかよ……」

「そんなのって……」

 

 僕、友奈、銀、東郷さんがそれぞれの反応をする。

 やっぱり神なんて、碌なもんじゃない。

 

「よく考えたら、ウイルスから出たものに頂点(バーテックス)なんて名付けるはずないよね」    

 

 全く持ってその通りだった。

 思慮が足りなかった。

 浅慮だった。

 もっと、色々考えておくべきだった。

 それが分かっていたとしても、だからどうするという話にはなってしまうけど。

 

「そしてね、朝陽くんに力を与えた神様は、その天の神とも違う神なんだよ」

 

「まだ、いるんですか……」

「うん、いたみたいだね。私も聞いたとき耳を疑ったよ」 

 

 確かに、神話では神は何柱もいる。

 けど実際にそんなに神がいるなんて聞かされても、酷く現実味がない。

 一柱でもいる時点で僕にとっては異常だったけど。

 記憶が無くても、馴染みがないというのはなんとなく分かった。

 戻った一部の記憶でも、僕は無神論者だったし。 

 

「その神はね、遠い遠い異国の神らしいんだけど、最初は神樹様に協力するといって、朝陽くんを送り込んだんだ。それでね、朝陽くんはバーテックスを倒すのに協力してくれたでしょ?」

 

 思い起こされる三度の戦い。僕はみんなとバーテックスを倒してきた。

 どの戦いも死にそうな目にあったけど、なんとか切り抜けてきた。

 だけど、それは……。

 

「でも朝陽くんの力は、人を何人も殺してしまう恐ろしい代償を持ったものだった。それを知って神樹様は異国の神を問い詰めようとしたんだけど、もうコンタクトを取れる場所にはいなかった。そして神樹様は気がついたんだ」

 

「――その神は、天の神と同じ敵だって」

 

 ああ…………この世界は、なんて無慈悲なんだ。

 僕は、敵の、神なんかの手先だった……?

 なんなんだよ……。

 本当に、なんなんだ……。  

 

「だから、朝陽くんは力を使わないで欲しいの。使ってしまったら、また多くの人たちが死んでしまうから……」

「――でも、それだったらみんなはどうすれば助かるんだ……!」

 どうしようもない現実に、苛立ちをぶつけてしまった。

「それは……」

「無理だろ! だったら、僕が戦うしかないじゃないか……!」

 乃木さんはなにも悪くないのに。言っても仕方ないのに。

「でも、朝陽くんはその所為で狙われたんだよ!」

「え……?」

 

 狙われた?

 もしかして。

 

「大赦の人でね、水死体の時に家族を失った人がいたんだよ。その人が、朝陽くんを殺そうとしたでしょ……? その人に続いて、大赦の強硬派な人たちが動いたんだ。今は他の大赦の人が鎮圧しているところで、だから襲われる心配はないけど」

 

 僕を撃ってきたあの人たちか。

 『お前の所為だ』、そう仮面の奥で、憎悪を煮え滾らせながら言っていた。

 ……本当に、僕の所為じゃないか。

 

「だったら……だったらどうすればいいんだよ…………」 

 どうやったら、みんな笑っていられるんだ……。

 どうやったら、勇者部のみんなは……。

 

「とにかく力は使わないで。朝陽くんは悪くないよ。知らなかったんだから、悪い神様に操られていただけなんだから」

「悪くない!? そんなわけないじゃないですか! 知らなかったじゃ済まされない事もある……!」

 取り返しが付かない事が、あるんだ。

 近しい人を殺された人たちは、誰も赦してはくれないだろう。 

 人が死んで、知らなかったからと、はいそうですかとはならない。

  

「それでも、みんなを守ろうとしてくれただけなんだよね。私の大切なお友達を守ってくれて、ありがとう」

 

「……っ」

 その優しい言葉に、(すが)りそうになる。

 僕の罪を赦したばかりか、ありがとうなんて……。

 そんな言葉、僕には送られる資格なんて無いのに。

 

 友奈が動かない左手を乗せて、無理矢理両手を使って僕の右手を握りながら、

「朝陽くん、大丈夫だよ」

 ふわりと微笑んで、そんな言葉を向けてくれた。

「そうだぞ朝陽、アタシたちがついてる」

「夢河くんは、ただ必死に守ろうとしてくれただけよ」

 みんな暖かく、僕を優しい言葉で包んでくれる。

 その優しさに、浸かりたくなる。胸に飛び込んで、泣き喚きたくなる。

 けど。

 けど……。

  

 強く優しくかっこよくは、どこに行ってしまったんだよ……。

 こんなの、強くも、優しくも、かっこよくも無い。

 情けない。ただただ情けなくて、弱い。

 ここは本当だったら、かっこよく解決策を見出して、みんなを助けるはずなのに。

 散華の不安もあるだろうに、なんで僕なんかに優しくするんだ。

 そんな余裕無いはずだろう? 友奈も東郷さんも、みんな不安なはずだ。

 なのに、なんで……。

 なんでそんなに、優しいんだ……。

 

「でも……僕は、僕は…………」

 上手く言葉が紡げない。  

 

 頭がぐちゃぐちゃになる。

 でも、ここで逃げ出すのは駄目だ。

 どうすればいいか考えろ。

 誰かに聞くんじゃなくて、自分で答えを見つけ出せ。

 悪人じゃなく、凡人でもなく、善人がいいのなら。

 それぐらい、やって見せろ。

 何か方法は無いか。

 散華がいけない、僕の力を使えないのがいけない、バーテックス、天の神という敵がいけない。

 いけない事だらけだ。

 どれか一つでも、まず解決する方法は……?

 

「返してあげて。彼女達の町へ」

 何も言えず黙っていると、乃木さんがそう話を終えた。

 それを受けて、了解しましたとでも言うように、大赦の人たちが合掌した。

 ふざけるな。

 神、神、神と、もううんざりだ。

「いつでも待ってるよ。大丈夫、こうして会った以上、もう大赦側も、あなたの存在をあやふやにはしないだろうから」

 最後に向けた言葉は、東郷さんに向けてだろう。

 色々とまだ疑問もあった。けど、伝えられた真実が衝撃的すぎてこれ以上聞く気力が出なかった。

 

 

 

 大赦の人が運転する、帰りの車の中。

 銀は僕の中に戻っており、後部座席に友奈と東郷さんと三人で座っている。

 戦闘中に壊れたスマホは、新しいのに変えて貰った。

 こんな状況になっても、いまだに大赦の恩恵を受けなければならない事実にやるせないものを感じる。

 記憶を保存するカードは壊れていなかったので、データは引き継げている。

 樹ちゃんの歌を入れていたから、それが消えなくて良かった。

 パソコンも持ってないし、バックアップは取れていない。

 このスマホから消えたらもう無くなってしまうんだ。

 また頼んでデータを貰えばいいのかもしれないけど。

 再度頼むのも、なんか恥ずかしい。そこまで聴きたいのかと思われるのも。

 

 友奈が決意を固めたような顔をした後、東郷さんと僕にいきなり抱きついてきた。

「ゆ、友奈ちゃん」

「ど、どうしたんだ……?」

「勇者部五箇条、なるべく諦めない」

 なるべく……諦めない……。 

 

「友奈ちゃん……」

 東郷さんからも擦り寄って、涙がまたその目から出ている。

 不安が決壊したのだろう。

 僕も、泣きそうだ。

 この、人の温もりは、容易く涙腺を弱くする。

 二人の女の子の、暖かくて柔らかくて安心する匂いがして、安らぎに身を投げ出したい。

 このまま、わんわん泣きたい。

 でも、泣いてはいけない。

 友奈の動かない左腕が、僕の体に当たっている。

 それによって嫌でも散華を想起させられる。

 優しい暖かさに、冷水を浴びせられたように。

 だから、僕は今、泣いている場合じゃない。

 僕は、みんなを守らなくてはいけないのだから。

 強くならなくては、いけないのだから。

 

「東郷さん、朝陽くん、大丈夫だよ。私、ずっと一緒にいるから。何とかする方法を、見つけて見せるから」

「友奈ちゃあん、夢河くぅん……」

 弱々しく、東郷さんは僕たち二人に身を委ねていた。

 決然と前を見る友奈。

 友奈は、強い。

 まだ希望を捨てず、他人を気遣っている。

 

 僕は――。

 僕は…………。

 

 二人を抱き返した。

 涙は流さない。

 ただその瞳には、暗い炎が宿っていた。

 方法は、ある。

 

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