愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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三十五話 大赦へ

 翌日。

 大赦関係の病院で、朝から勇者部の五人は検査を受けていた。

 検査なんかしても、結局散華で失った機能が戻るわけじゃないのに。

 それでも一応しておかなければならないのだろう。

 それに、友奈と夏凛と風先輩は、戦闘で傷をそれなりに負っていたみたいだ。

 それはちゃんと病院で診てもらった方がいいだろう。

 

 僕はその間に、やっておかなければならないことがある。 

 通勤ラッシュが過ぎた後の道を、僕は歩く。

 

 昨夜銀から、聞き逃していた昨日の戦いの最中の記憶の欠落の部分を聞いた。

 暴走しているみたいだった、と銀は言っていた。

 やはりあの力は、危険だ。

 不安定で不確定で、自分の力な気がしない。

 

 それより、僕は、あろうことかみんなに剣を向けてしまった。

 暴走とか、関係ない。

 僕は守りたい人たちを殺してしまうところだった。それが事実だ。

 どうしようもない。駄目な野郎だ。

 償わないと。 

 みんなを守らないと。

 焦る。

 胸が不快にざわざわする。

 早く、みんなをあのクソ野郎共から救わないと。 

 

 僕は今、大赦に向かって歩いている。

 大赦の場所は、スマホの地図を見ればわかった。

 一般にも認知されている組織だ、場所が分からないということにはならなかった。

 自転車は持っていない、バイクも車も乗れない。

 だから、歩くしかない。

 走って体力を消耗してしまうのも得策ではなかった。

 これから、存分に体力を使わなくてはいけないのだから。

 

 僕が大赦に向かう事は、大赦の人間と勇者部のみんなに、知られるわけにも、怪しまれるわけにもいかなかった。

 だから、みんなが検査を受けている今が行動するには望ましかった。

 できることなら昨日の内にも、行動したくて堪らなかったけど。

   

 ネットのニュースを、僕は早朝に見てしまった。

 後悔した。

 もう完全に騒ぎのレベルになっていた、昨日数百人の死者が出たと。

 また水死体や、あと生き埋めとからしい。

 なんで、苦しみが長続きする死に方ばかりなんだ。

 乃木さんは絶望が形を成して襲うと言っていた。絶望させたいからそんな殺し方なのか?

 狂ってる。

 それと、戦闘の最中に派手に樹海も壊してしまった。

 その結果、大事故が起きた。

 ニュースで見た情報だけど、死者が数十人は出たらしい。

 それも入れれば死者の数はさらに上乗せされる。

 僕の所為で、前のと合わせてもう四桁も人が死んだ。

 耐えられない。考えたくない。

 僕の所為じゃないと言われたけど、素直にそうと思えない。

 だから、考えたくない。

 心の奥に無理矢理押し込み続ける。

 そう簡単に、忘れられなんてしないけど。

 でも今は、勇者部のみんなのことを考えなければ。

 そのことだけを考えていればいい。

 今はその問題の解決が先決だ。

 そうして今、大赦へと向かっている。

 

 勇者部のみんなに知られてしまったら、絶対に止められる。

 大赦に知られてしまったら、何をされるかわからない。

 捕らわれるか、殺されるか。

 

 僕が考え至った方法は、実にシンプルで脳筋な方法だったからだ。

 神樹に直談判する。

 これだけだ。

 

 僕の力についても、バーテックスや天の神についての解決方法は思いつかなかったが、散華についてはこれだけ思いついた。

 解決方法ともいえないような、お粗末な考えだが。

 それでも、可能性があるならやるしかない。

 どっちにしろ待っていても悲劇しかないのだから。

 

 神樹は、大赦に祀られていると聞いた。

 だから、神樹に散華を止めさせるように、友奈や東郷さんの体を返せと、声高々に言うだけだ。

 もちろん、簡単ではないだろう。

  

『朝陽、どこに向かってるんだ?』

 最初の障害が君か……。

 忘れていたわけじゃない。

 だけど、いつも一緒にいると案外気づかないものだ。

 あの五人が止めるなら、銀が止めないはず無いじゃないか。

 しかも遠ざける事もできない。僕と銀は一心同体だから。

 

 いや、本当に気づいていなかったのか?

 違う、結局僕は、自分のしている事に正しいか確信が持てないんだ。

  

「どこでもいいだろう」

 どこに行くとも言えず、そっけなく返してしまう。

『どこでもいいって…………もしかして、何かよくないこと考えてるんじゃないだろうな?』

 どうしてこうも、女の勘というやつは鋭いのだろう。

 それともそれは関係ないか? 僕が分かりやすいだけなのだろうか。

『こっちは、大赦の方向だな』

「そうだね」

『昨日、大赦の位置を調べていたな』

「そうだね」

『さっき、地図を確認したな』

「そうだね」

 

『朝陽……お前大赦に行って何をするつもりだ?』

 …………。

「なにも」

『そんなわけないだろう! やめろ朝陽考え直せ、みんなに相談するんだ!』

 必死の叫びに、不安とか、色々張り詰めたものが、一気に爆発した。

 

「相談してなんになる!? どうしようもないだろう!? だったら僕がこうするしかないじゃないか! そうしないと、勇者部のみんなが……」

『みんなで考えれば何か方法が見つかるはずだ! 一人で突っ走るな!』

「そんなうまくいくはずないだろ! みんなで考えて、結局方法が見つからなくて、肩寄せあって終わりまで震えてろってのか!? 冗談じゃない」

『なんで見つからないなんて思うんだ! 一人で考えて無茶するよりもみんなで考えれば何かもっといい手が出てくるだろ!』

「出てくるわけないよ! だってどう考えたって絶望しかないじゃないか!」 

『この程度絶望なもんか! そうやって諦めて自暴自棄になっても破滅するだけだ!』

「諦めなくたって同じだよ、いくら強い意思を持っていてもどうにもならないこともある」

『だったら今やろうとしてるその方法でいいから、みんなを頼れ。どうして一人でやろうとするんだ』

 

 その言葉に、一瞬迷いそうになった。

 だけど。

 脳裏に、東郷さんの弱々しく折れそうな泣き声、泣き顔、友奈の悲壮な決意の表情。

 フラッシュバックのように、その光景が瞬いた。

 

「もうみんなを傷付かせたくないんだ。辛い思いをさせたくない。そうなるぐらいだったら、全部僕が請け負う」

『それはみんなだって同じだ、アタシだって朝陽には傷ついて欲しくない。みんな大切な人に傷付いて欲しくないから、協力して頼って、一緒にやるんだ』

「それでも、勇者部のみんなだけは、守りたいんだ、笑っていて欲しいんだ」

『お前が不幸になったらみんな笑えないぞ、意地でも行かせないからな』

 

 そう言うと銀は姿を実体化させて、僕の腕を後方に引っ張った。

「やめてくれよ。もうここまで来たんだ、今更引き返せるかよ」

「まだ余裕で間に合うだろ、大赦に乗り込んだわけじゃないんだ」

「でも、やること決めてここまで歩いてきたんだ。なのにすぐに意見を変えるなんて馬鹿げてる」

「別に馬鹿げてないだろ。元々よくない意見だったんだ、すぐに変えていいだろ」

「行かせてくれ、僕はみんなを守りたいだけなんだ」

「意地になるなよ、取り返しが付かなくなるぞ」

「もうなってるよ」 

 

 話している間にも、ぐいぐいとお互い引っ張り続けている。

 もう、何を言ったところで行かしてはくれそうにない。

 だったら――

「本当なら君も連れて行きたくなんてないんだ。銀だって大切な人の一人だ」

「そうかよ、残念だったな、アタシはどこまでもついていくぞ。それでも今は絶対に行かせないけどな」

 

 能力を発動する。

 手の平に拳を打ち付けて白銀の聖剣を引き抜く。

 マフラーが翻り、瞳が白銀に煌き、白刃がその手に携えられる。

 

「なっ!?」

「悪いけど、黙っててもらうよ」

 この能力は、かなり万能だ。

 まあ、その代わりにくそったれな代償があるんだけど。

「その力は使っちゃいけないって園子が言ってただろ!」

「でも使わないと何もできない」

 結局、僕は……。

 

 頭の中でイメージを強くする。

 内に在る銀の存在を、一時的に閉じ込めておくような感覚で。

 強く強く、想像する。

 その空想が、力を引き出す感覚と、重なり合った。

 そして、白銀の力が発動する。

 

「――わっ!?」

 銀は僕の中に強制的に戻され、出て来れなくなった。

 声も聞こえない。

 成功したようだ。

 

 ……これだけで何人死ぬんだろう。

 この力の代償は、いやらしく狡猾だ。

 知らない誰かが死ぬ。関係ない誰かが死ぬ。

 僕と、その周りの大切な人が被害を被ったことがない。

 もしかしたら偶然かもしれない。たまたま友奈たちや僕に何も起こらなかっただけかもしれない。

 けれど、夜の学校で黒い靄に出くわしはしたけど、追ってはこなかったし。

 そのことも考えると、偶然じゃない可能性も十分にある。

 そして、偶然じゃなかったら、この代償は本当に性格が悪い。

 犠牲になるのは、知らない誰かなんだ。大切な人じゃない。

 だから、必要に迫られた時には切り捨てられてしまう。

 そうやって何度も何度も使ってしまう。

 自分や近しい人が犠牲になるのなら、すぐにでも使うのを止めてしまうだろう。

 だけど、知らない誰かだ。どうでもいい誰かだ。

 だから使う人は、使ってしまう。弱い人間は、特に。どんどん殺人という罪の沼に沈んでいってしまう。

 

 この剣は、いかにも聖剣といったような神聖な白銀色をしている。どこが聖剣だ、こんなの醜悪な魔剣じゃないか。

 聖剣面するな。僕は聖剣が良かった。

 本当に、その遠い遠い異国の神とやらは、狡猾でくそったれな神様だ。

 

 ――考えるだけもう無駄だ。

 僕は使ってしまった。

 自分の意思で、使った。

 自分の意思で、殺したんだ。

 知らなかったわけでもない。

 知っていて、やった。

 僕は正真正銘の殺人者だ。

 大量殺人者だ。

 人殺し。

 

 …………善人が良かったはずなのにな。

 もう、意味がない。

 勇者部のみんなを守れれば、それでいい。

   

 そうして僕は、走り出す。

 大赦までは、もうそれなりに近い距離だ。

 能力を発動した今なら、もう走ったほうがいい。

 この超化された身体能力なら、すぐに着くだろう。

 一般人に少し見られるかも知らないが、かまいやしない。

 今はそれどころではないのだから。

 まあ、大した騒ぎにはならないだろう。

 非現実を少し見た程度で、人は簡単にそれを信じられるものではないし。

 見間違いとかで済まされてしまうだろうね。

 僕は、無心で跳び走った。

 

 

 

 ――大赦の手前まで来た。

 和風な、寺のような、旅館のような、そんな巨大な建物だ。

 巨大といっても、縦には長くない。

 二階建てかな、だけど、横に長い。

 

 どこに、神樹は祀られているのかな。

 多分、予想でしかないけど、建物の中心辺りか、それとも最奥か。

 神樹っていうぐらいだから木だろうし、神を祀るのならそこらへんだろう。

 一般人にそうそう見せられるものじゃないと思うし、もしも傷でも付けられたら大事だ。

 内や奥に、隠しておきたいだろう。

 だから、中心を調べた後、一番奥の方だ。   

 

 建物の、側面辺りから入ろう。

 スニーキングなんてしたことないけど、正面から突っ込むよりは戦闘を避けられるだろうし、なるべくなら、戦いたくない。

 そう決めて、大赦の建物に近づいた。

 塀の側面に、足音を極力立てないように、慎重に回った。

 僕はプロじゃないから、完全に足音を消すなんてことはできないけど。

 それでもできるだけ音を立てず、身を屈めながら小走りした。

 何とか塀の側面に着く。

 

 大丈夫、ここまで気づかれていないはず。

 しゃがんで、一度深呼吸して緊張を解す。

 そしていざ、最大限の警戒をして塀に手をつこうとした。

 

 

 できなかった。

 何故なら――

 

 ブオッ。

 風を切る音。

 振り向く時間など無かった。

 咄嗟に飛び退く。

 顎を擦れ擦れで拳が空を打った。

 

 最大限の警戒をしていたはずなのに、直前まで気づけなかった。

 振り向いて姿を確認してからでは、確実に命中していただろう。 

 

 剣を、構えなんてわからないから適当に前に構えて、突然襲ってきた敵と相対する。

 白い着物に、名称は知らないが縦に長い黒い帽子のような物、そして樹木が描かれた白い仮面。   

 大赦の人間だ。

 銃を持たず、拳を構えている。よほど自分の武技に自信があるのだろう。

 そして警戒していたにも拘らず、僕に気付かせなかったこと。

 これらの情報から、相当な手練れだと解った。

 

 それでも何故、と別の疑問が浮かんだ。

 僕は誰にも怪しまれないようにここ(大赦)まで来たはずだ。

 なのに待ち伏せされたかのように襲撃を受けた。

 いや、待ち伏せされていたのか。

 なぜ?

 バレていた? どこで?

 所詮は素人なりの怪しまれないようにという心掛けだ。

 プロからしたら分かってしまう綻びでもあったのだろうか。

 

「何故ここに来る事がわかったんだ? と言いたげな顔をしているな」

 仮面の下からくぐもった声が飛んできた。

「――っ」

 思考が読まれた?

 顔に出ていたのか?

 僕はそこまでわかりやすいだろうか。

 

 いや、それよりこの声は……。

「お前の持っているスマートフォン、それに発信機が埋め込まれている。だからお前の居場所なんて全部筒抜けだったというわけさ」

「なん、だって……」

 即座にポケットからスマホを取り出して見る。

 何も変わっている様子はない。埋め込まれていると言っていたから当然だ。 

 

「汚いぞ!」

「大人は汚いんだよ」

 怒りに任せて持っていたスマホを地面に思い切り叩きつけた。

 ガシャンッ! と音を立てて壊れる。

 ああ……もう樹ちゃんの歌が聴けない。

 少し後悔した。

 でも、結局壊す以外に無かっただろう。

 

「なんでそんなこと僕に教えるんだ」

 教えなかったらこれからも僕の位置は筒抜けだっただろうに。

 教えた所為で、現にこうして発信機入りのスマホは僕に壊された。

 これから先同じ手は通用しない。

 また渡されても壊すだけだ。

 

「俺なりのお前に対する情とか親しみってやつかもな」

 仮面の下で、少し寂しげにそう言った。

 もう、完全に察した。

 たとえ声がくぐもっていても、分かってしまうものなんだなと思った。

 

「…………やっぱり、あなたは……」  

「ああ……」

 大赦の武人は、仮面を取って答えた。

 その下の顔は、

「俺は大赦で働いてるんだよ」

 

 数日だけだけど、一緒に暮らした――

 

 友奈パパだった。

 

 

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