愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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三十六話 仮面の武人

 その顔を。

 友奈の父親の顔を見た瞬間。

 沸々と、怒りが腹の底から湧き上がって来た。

「なんで……なんで、なんだよ!!」

 今までの、友奈の両親に対する疑心。忘れていた、不安。

 全部、今戻ってきて、解放された。

 これじゃあ、あの時の僕の嫌な想像が当たってると、突きつけられているようなものじゃないか。

 

「知っていたのか!? 傷付くと、死んでしまうかもしれないとわかっていて、友奈を戦場に送り込むことを良しとしたのか!?」

 あの時に聞けなかったことを、怒りと失望を籠めて叩き付けた。

 

「俺だって嫌だった。でも仕方がないんだ」

 友奈の動かなくなった左腕と、苦しそうな東郷さんが脳裏に過ぎる。

「仕方がない!? ふざけるな! 仕方がないなんてことがあるものか! 自分の娘の命だぞ!?」

「友奈は勇者適正が一番高い。そして数いる勇者候補の中から選ばれてしまった。バーテックスと戦えるのは勇者しかいないから、友奈たちが戦わなければどっちにしろ人類は全滅だ。人類が全滅したら当然友奈も死んでしまう。だから戦ってもらうしかない」

「それでも、まだ子供なのに、女の子なのに、戦わせるなんてひどいだろっ!」

「それしか手はないんだ、たとえ酷でも、やってもらうしかない」

「ふざけんなよ! それでも何とかするのが大人の役目だろ!」

 

「喚くなガキが!!」

「――っ!」

 突然怒鳴られて、畏縮してしまった。

「青いんだよ、お前は。結局お前も子供なんだよ。世の中にはどうにもならないことがある。どれだけ願っても、神樹様に祈っても、どうにもならないんだ……」

 その悲痛な表情は、やりきれないものがありながら、諦める事しかできなかった感情を浮き上がらせていた。

 

 分かっている。

 

 大赦は、悪ではない。

 たとえ道理に反することをしていたとしても、必要悪だって。

 人類を守るために、四苦八苦しているんだって。

 心を痛めながら、誰かがやらなければいけないことをやっているんだって。

 みんなのことだって、最大限に気遣って、本当は傷付かせたくなんてないことは。

 分かっていた。

 そんなことは、分かっている。

 十分に、分かっている。

 だけど、僕は納得しない。

 そんなことどうでもいい。

 みんなが不幸なら、意味がない。

 人類の存亡なんて、知らない。

 みんなが犠牲になって、人類が生き残るのなら。

 そんな人類、滅んでしまえばいい。

 人類が滅んだら、みんなも死んでしまう?

 でも、このままでいてもみんなは不幸なままだ。

 結局、僕がすることは変わらない。  

 

「引くんだ朝陽」

「なにを……」

 そんなことできるわけ――

「俺が一人で来た理由がわからないのか?」 

「…………」

「大赦の連中は、お前を容赦なく殺すぞ」

 重苦しい声で、そう断言された。

「何しろ害を撒き散らす敵の使者だ。今まで先走った奴ら意外に見逃されていたのは、園子様に言われたのと、力を使いさえしなければ害は無いからだ。だから自分の意思でこれからも使っていくと思われたら最後、殺される」

 様ってなんだよ、いい年したおっさんが女子中学生相手に様付けって、これだから宗教ってのは解らない。

 乃木さんは神なんかじゃないんだぞ。

「もう使ってるよ。見ればわかるだろ」

 僕はその白刃を見せ付けるように掲げた。

「それでも俺は、お前を説得しに来た。少しとはいえ、同じ屋根の下で暮らしたんだ。そんなんで死なれちゃ寝覚めが悪いからな」

「放っておいてくれ、どっちにしろみんなに酷いことをした時点で、大赦は敵だ。戦闘になることはわかっていた。殺そうとするなら、こっちも殺すだけだ」

「――朝陽、ここが最後の引き返せるラインだ。これ以上は無い。今すぐ考え直して帰るんだ」

 

「答えはNOだ。僕は進ませてもらう」

「そうか――」

 そう言って友奈パパは仮面を付け直した。

 雰囲気が、一瞬で変わった。

「なら俺も、容赦はしない」 

 圧倒的気迫を背負った武人(ぶじん)に様変わりした。

 

「お前がその力をこれからも使っていくというのなら、俺もお前を殺す。これ以上犠牲を出すわけにはいかない」

 さっきまでの私的な言動をしていた情を持ったおっさんから、冷酷に仕事をこなす戦闘員へと変貌する。

 

 

 ――姿が、消えた。

 いや、消えたわけじゃない、そう見えただけだ。

 仮面の武人は、僕の左前に一瞬で移動した。  

 別に何か特別な能力を持っているわけではないはずだ。

 なのにこの動き、尋常じゃない。

 友奈は武術をお父さんから教わったと言っていた。

 やはりさっき思ったように、相当な手練れ、武術の達人、そんなところだ。

 多分あの動き、一瞬で距離を詰める動きは、縮地(しゅくち)というやつだろう。

 本で読んだりした事ぐらいはある。

 武術に精通したものでないと使えない歩方だ。

 でも、能力を発動した僕は超人的な身体能力を持っている。

 

 繰り出された拳を、ギリギリで避けた。

 避けれたが、ギリギリだ、この人間を超えた身体能力を以ってしても。不意を突かれたのもあるだろうけど。

 続けて二打、三打と拳が放たれる。

 それを避ける、避ける。今度は不意を撃たれたわけでもないのに、まだギリギリだ。

 速さはこちらの方が圧倒的なはずなのに。

 それなのに、擦れ擦れで避ける事しかできない。

 

 つまり、技術はあちらの方が圧倒的な所為で、開きが埋められている。

 そういうことなんだろう。

 鍛錬だって、僕は結局、あの一回しかしていない。

 一回しただけでは、意味がないのに。

 血肉に、成るはずがないのに。

 それでも、超常の力のおかげで、今までなんとかなって来た。

 それに、色々あって、鍛錬なんてする暇が無かった。

 ――いや、あった。

 でも、僕はみんなとの日常を優先してしまった。

 楽しくて楽しくて、他に意識なんて、向けたくなかった。

 そのツケが、今やってきている。

 

 ――でも、こっちだって圧倒されてばかりいるわけじゃない。

 拳を避けて直ぐ、白刃を横薙ぎに振った。

 能力で底上げされたこの速度を、何の能力も持たない人間ごときを捉えられないはずがない。

 向こうが殺そうとしてくるなら、僕も殺してやる。

 その憎たらしい仮面に白刃が直撃する。

 ――その筈だった。

 

 鉄を叩くような、鈍い音。

 ありえない。

 僕は瞠目した。

 仮面の武人はあろうことか、剣の腹を殴って軌道を逸らしたのだ。

 言ってやれるほど簡単な事じゃない。とんでもない技巧(ぎこう)だ。

 迫り来る剣閃を正確に捉えて殴るなど、人間業じゃない。

 しかもただの剣閃じゃない。能力で身体能力が人を超えた状態での剣閃だ。

 技術は何もなくとも、普通の人間には目視できるかも怪しいほどの剣だったのに。

 でもこの人は人間のはずだ。

 それほどの、武術家なのか。

 超越した武技を会得した人間。

 いったいどれだけの年月をそれに費やしたんだ。

 結局、バーテックスと戦えていないくせに。

 みんなに戦わせるしか能がないくせに。

 バーテックスを倒し続けた僕がどうして、こんなところで躓かなきゃならないんだ。

      

 何度も白刃を振る、振る、振る。

 その度に剣の腹が殴られ、軌道を逸らされ回避される。

 白刃を振り切った後の隙に、拳を入れられる。

 それを何度もギリギリで回避する。

 

 ――やっぱり、使わずに勝てはしないよね。 

 まだ中途半端に迷っていた。

 本当に僕は駄目だ。

 でもこんなジリ貧を続けている場合ではない。

 こうして戦っている内に、もしかしたら別の大赦のやつらも来てしまうかもしれないし。

 それはこの人が来ないようにしてくれたのかもしれないけど、最初から一人で来たんだし。

 それでも絶対に来ないとも言い切れない。

 だから、早々に終わらせてもらう。

 

 技術が足りないのなら、神速のバーテックスと戦った時のように技術も能力で引き出せばいいだけのことだ。

 強く己の内側に念じる。

 剣の、戦闘の技術をその身に宿せと。

 内に存在する醜悪な力へと、そのイメージが注ぎ込まれた。

 ――そうして、発動する。

 

 刹那の間にマフラーが弾け、粒子化する。

 白銀の粒子が体中に染み渡り、身体が、存在が変革されていく。

 一気に、高みへと技術が成った。

 本来なら、人生を剣に捧げて、何十年修行してようやく辿り着けるか着けないか、それほどの剣の腕が宿る。

 後は、容易だった。

 

 仮面の武人の拳をいとも容易く回避し、剣の柄を頭に叩き込んだ。

「ぐぅあっ……!」

 仮面が割れて、破片が飛び散った。

 その一撃だけで、仮面の武人は倒れて動けなくなった。

 簡単だ。簡単すぎる。

 バーテックスという化け物に比べたら、何の超常の能力も持たない人間なんて、所詮雑魚に過ぎない。

 だけどこれで何人も死ぬ。

   

「どうした……? 殺さないのか……?」

 そのまま歩き出そうとした僕の背中に、倒れ伏した仮面の武人の声が掛けられた。

 しばらくは動けないだろう。

 技術が伴った僕には、手加減ぐらいできた。

 殺さずに無効化する技術すら持っているから。

 でももしかすると、早く病院に連れて行かないとやばいかもしれない。

 ……知ったことじゃないけど。

「うるさい……」

 振り返らずに立ち止まって一言だけ言うと、僕は塀を飛び越え、大赦の建物へと走り出した。 

 

 

 ――結局、殺せなかった。

 明確に、この手で、目の前で、人を殺すなんてできなかった。

 もう数え切れないほどの人を殺したのに、さらに増えたところで大して変わりはしないのに。

 なのにまだ僕は、中途半端だ。

 見えないところでの死は実感がないから、力が使えているだけなのだろうか。

 そうでなければ、さっき殺せたはずだ。

 それとも友奈の父親だったからなのか。

 殺して、友奈に嫌われるのが嫌だったのか。

 そうかもしれない。

 でも、今この瞬間、知らない誰かをこの手に握る剣で切り殺せるかと考えたら、わからない。

 結局、決意も覚悟も何もかも、中途半端なんだ。

 ぐらぐらと揺れて、固まらない。

 強い芯が、欲しい。

 願ったところで、手に入れれるものではないけど。

 自分自身が変わらない限り。

 

 それでも、みんなを救いたくて、守りたいというこの感情だけは本物だから。

 そうだと、自分で確信できるから。

 だから、それだけは間違えずに、唯一の行動の指針にして、進むんだ。   

 僕にはそれしか、無いから。

 

 もうすでに来ていることがバレているなら、隠れながら進んでも意味がない。

 だから、大赦へそのまま走って突っ込んでいく。

 側面から来たので、わざわざまた正面に回りなおしてドアを開けて入るのも馬鹿らしい。

 だから、そのまま側面の壁に向かって走る。

 接近し、壁に白刃を横薙ぎに叩きつける。

 木製の壁が爆散し、辺りに木片が飛び散った。

 開いたその穴から大赦内部に入り込む。

 少し前に進むと、すぐに大赦の連中が数人やってきた。

 

 数は――七人か。

 その全てがごつい銃を持っていた。

 お前らは軍隊かよ。宗教組織じゃないのかよ。

 いや、むしろだからこそ持っていても不思議じゃないのか?

 ハンドガンではない、あれは、サブマシンガンだかアサルトライフルだか、そういう系のやつだろう。形と大きさからして。

 少し距離があるから、どっちなのか明確には分からない。

 そもそも近くで見れたとして、銃の種類とかそんなに詳しくはないから、解るわけでもないだろうけど。

 とにかく今重要なのは、あの銃はハンドガン――拳銃より強力な銃だということだ。 弾数も拳銃よりも大幅に多い。連射もできる。

 

 ――それが一斉に、七人の銃からばら撒かれた。

 今僕がいる場所は、四、五メートルの幅がある廊下みたいなところだ。というか多分廊下だ。

 この狭い場所では、走り回って避ける事ができない。 

 さっきの、剣や戦闘の技術が身に付く力は、一旦消してしまっていた。

 だから、銃弾を正面から避けることも切り落とすこともできない。

 一旦消したのは、持続させていればいるほど人が死ぬと思ったからだ。

 未だに、僕はそんなことを気にしている。

 馬鹿だ。

 その所為で窮地に陥っていたら意味がない。

 そして今からイメージして発動させる時間も無い。

 弾丸の速度は、侮れないから。

 どうする?

 考えている時間は無い。

 今は命の危機に思考時間が加速されているが、それでも時間が無い。

 切り抜ける方法、何か方法――

 

 あった。

 簡単な事だった。

 先にやった事と同じ事をすればいいだけだった。

 僕は即座に、自分の横にある壁に白閃を奔らせた。

 剣を振り切る前から、直ぐに砕けて無くなった壁の向こうに身を投げ出す。  

 後ろを銃弾の軍隊が通過していく。

 転がって受身を取り立ち上がる。

  

 奴らの方へは向かわず、そのまま建物の中心を目指す。

 銃を持っているし、力を使わずに簡単に無力化するのは厳しい。

 奴らは組織だ、何人いるか分からないんだ、いちいち相手をしていられない。

 

 中心へ向かうだけなら、わざわざ用意された道を通る必要はない。

 だから壁を剣で壊しながら一直線に中心へ向かう。

 壁が破砕されるかなり大きな音が出てしまうが、構うものか。

 途中で鉢合わせても、構わず突き進む。

 仮面の武人ならともかく、他の連中相手なら、速さは僕の方が圧倒的に上だ。    だから壁を壊す音を立てようが鉢合わせようが、全力で進んで距離を話せばいいだけのことだ。

 

 そうして中心部。

 たどり着いたそこは、いかにもな両開きの扉がある広間だった。

 神樹がいるのは奥の方ではなく、中心部で正解だったようだ。

 だけど、この広間には大赦の連中が十人待ち構えていた。

 そうだよね、一番入られたくない部分に人を配置しておくのは当然だった。

  

 ――だから、僕はすでに力を使っていた。

 ここを突破すればすぐなんだ。行かせて貰う。

 先に武人との戦いで使った能力をその身に宿し、一瞬で正面にいた一人へ間合いを詰める。

 サブマシンガンだかアサルトライフルを撃たせる暇など与えない。

 剣の柄を、死なないように頭に叩き込んだ。

 他の奴らが急いで僕に銃口を向けるが――遅い。

 一人、また一人と、剣の柄で殴り倒していく。

 放たれた銃弾も、易々と切り伏せる。

 

 ――そして、全員を地に伏せさせた。

 追っ手が来る前に、早く行かなければ。

 少し重い両開きの扉を押して、中に入った。

 

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