サアッと、風が吹き抜けたような気がした。室内なのに。
その部屋――部屋と言っていいのかわからないが――の中には、芝生が敷き詰められていた。
当然外ではなく壁もあるが、かなり広い。天井の高さも何階分か位ある。
外から建物を見たときは、二階建てに見えたのに。
見えない部分に在ったのか?
まるで草原のようなその場所の中心に、ポツンと大樹が一本立っていた。
――あれが、神樹か。
神樹とか大層な名前で呼ばれるほどの大きさはないように見える。
精々普通の木よりは一周りも二周りも巨大だというだけだ。
けれど、何か普通の木とは違うものを感じるのも事実だった。
よく説明できないが、何かが、違う。
これが、神ってやつか。
その時。
突然、聴覚ではなく脳内に、声が――声というよりも直接言葉が送られるみたいな感じだけど――響いた。
『憐れな使者よ、我が幹に触れよ』
ざわざわと、神樹の葉が揺れた。
「今のは、神樹か……?」
状況、伝えられた言葉、言葉使いから、推測した。
『
やっぱり、そうか。
というか憐れなってなんだよ。喧嘩売ってんのか。
「神って、喋れるもんなのか?」
『これも喋っているわけではないが――人間相手なら信託を受け取れる者でも曖昧さは否めない。お主はやはり混じっている』
「混じっている?」
……まあいい。それはともかくだ。
「あんたに話がある」
単刀直入に切り出す。
『その前に、我が幹に触れよ。我が体内で話そう。追手が来ては
確かに、そうだ。
話を邪魔されては意味がない。
体内というのが少し気になるが、背に腹は代えられない。
「わかった」
神樹の目の前まで行き、幹に手を触れる。
すると。
ずぶずぶと、手が幹に沈み始めた。
「……っ」
少し驚いたが、そのまま入り込んでいく。
これは攻撃では、ないはずだ。
頭が入った瞬間、平衡感覚が崩れ、視界が真っ白になり、世界が歪んだような感覚に襲われた。
しばらくするとそれは収まり、視界が開けた。
目に映るもの全て、根だった。
巨大な円筒の中みたいなところだ。
円筒といっても、狭くはない。何百メートルも横幅があるように見える。
上はどこまであるかわからない、横と下は全てが根だった。
僅かに虹色に光っている。
まるで樹海だ。
樹海は神樹が生み出したものだから、当然か。
ここが神樹の体内。
『まずは、全ての情報を伝えておこう』
情報?
「なんでそんなことするんだ?」
僕にそんなもの与える理由が思いつかない。
『知って置いた方が良いと考えたからだ。我にもそれぐらいの慈悲はある』
慈悲?
「いったいなんなんだ……?」
うまく意図が掴めない返事だ。
『まず最初に、お主はこの世界の人間ではない』
「は?」
いや――は? ではない。
多分、薄々感付いていた。
過去からか、別の世界からか、と。事実は後者のようだけど。
だって、バーテックスとの戦いの時に戻った、一部の記憶。
――首都直下地震って、どこだ?
この四国で、過去にそんな未曾有の地震があったと聞いたことはない。
調べたわけではないけれど、あの記憶の僕の体格からして、まだ地震の爪痕がどこかに残っていなければ可笑しい。
それに、年齢も可笑しかったような。
僕は中学生のはずなのに、高校生ぐらいだったような。
そんな気がする。
『この世界とは別の、天の神に人類が蹂躙されなかった平行世界。そこにお主は住んでいた』
平行、世界。
違った未来を歩んだ、別の世界。
『お主を送り込んだ異国の神が、そこで巨大な地震を起こしたのだ』
な――――
「あれが、神の所為だっていうのか!?」
『如何にも』
奥歯が無意識に噛みしめられギリッと音が鳴った。
「一体……そのくそったれな神はどういう奴なんだよ!」
『機械仕掛けの神、『デウス・エクス・マキナ』という名前だ』
「デウス……エクス……マキナ……」
どこかで聞いたような聞かないような、そんな名前だ。
前の世界で聞いたことがあるのかもしれない。
創作物とかでだろうけど。
中二臭い長ったらしい名前だ。
『デウス・エクス・マキナは、それから選別した。この神世紀の世界に転生させる人間を』
「なんで、そんなことしたんだよ……地震とか、転生とか、そんなことしてそいつに何のメリットがあるんだよ」
『奴は、己の享楽のことしか考えていない異端の神だ』
そんな奴が、神でいていいのか。
本当に、神って何なんだ。
天の神といいデウス・エクス・マキナといい、ふざけた奴らばかりだ。
死んでしまえ、全て。
『そして、デウス・エクス・マキナはこの世界のことを、勇者達のことを、夢として多くの人間に見せた。その中で自分が気に入った反応を見せた人間を一人、転生させた。つまりその人間が、お主だ』
だから、か。
だから、僕はみんなのことを少し知っていたのか。
最初に見た時から、話してもいないのに、あんなにも守りたいと思ったのか。
「気に入った反応って、どんなのだよ」
『そこまでは我でも知るところではない。ただ、推測はできる。お主が一番戦う意思を持っていたのではないのかと』
みんなを、守りたいと思ったことか……?
わからないが、そんな気はする。
だって、僕が戦う気概を見せなければ、デウス・エクス・マキナの享楽として意味がないから。
やる気のないやつを見ても、面白くもなんともないだろう。
『最初に結城友奈の家にお主を住まわせろと伝えたのも、その時は敵だと知らなかったデウス・エクス・マキナがそうしろと言ってきたからだ。大方、お主が結城友奈に何か反応を示したからであろう』
「僕が、友奈に……」
確かに、少し気になってはいるが。
そんなことまで、そのくそったれな神に仕組まれていたのか。
ふざけるな。どこまで人を嘲笑って、翻弄すれば気が済むんだ。
『転生させるために元の世界のお主をデウス・エクス・マキナは殺した。そして、勇者たちと同じぐらいの年齢に調整し、元勇者である三ノ輪銀の魂を騙されていた我から受け取り、その魂を使ってお主をこの世界に転生させた。勇者ほどの強い魂でないと転生させても支障が出るからだ。だからお主の中には三ノ輪銀がいたのだ』
な、ん……だよ、それ……。
僕が、元の世界で一度殺された?
銀の魂を使った?
さっきから、情報が多くて、ぶっとんでて、目眩を起こしそうになる。
――僕は、そもそもなんであんなにも神が嫌いだったんだ?
色々と知った今ならともかく、前から僕は嫌っていた。
無神論者だったとしても、少し過剰に過ぎるほどだろう。
つまり僕は、デウス・エクス・マキナにされた事を、心のどこかで感じ取っていたんじゃないのか?
デウス・エクス・マキナの力が僕の中にあるんだ、だからそうだったとして不思議ではない。
だから僕は、忌避して、嫌悪していたんだ。
『記憶がほとんど無かったのは力の代償であろうな、それ以外の理由もある可能性があるが、あの享楽的な神の事だ、確信は持てん』
代償か、僕はデウス・エクス・マキナに、勝手に殺された挙句、代償として記憶を奪われて、代償で沢山の人を殺して…………なんなんだよ、ちくしょう。
『本来無垢な少女のみが授かる事の出来る神の力をお主が扱う事が出来たのは、三ノ輪銀の魂がお主の内に在ったからであろう』
乃木さんは、勇者システムは無垢は少女のみが扱えると言っていた。
その時浮かんだ疑問が、今神樹から答えられた。
『バーテックスが、回を追うごとに強くなっていたのは分かったか?』
「強、く……」
思考の中を、神速のバーテックスが過ぎった。
『それは、お主が使った力をデウス・エクス・マキナが利用して、自分が鑑賞する舞台をより自分好みするためにバーテックスを強化していたからだ。自分の力を直接干渉させることはできなかったようだが、お主と力が繋がっておるからな、それを利用してお主が使った力を応用してバーテックスを変化させたのであろう』
最初の頃は、僕の攻撃でバーテックスは再生しなかった。
だけど、最近戦ったバーテックスは、早くはなかったが
強くなっていた証拠だろう。
「つまり、僕の所為ってことじゃないか……」
結局それは、変わらない。
真実を知って、デウス・エクス・マキナが元凶だとわかっても、変わらない。
『お主の所為かは意見が分かれるところだとは思うが、無意識とはいえその一端を担っていたのは事実であろう』
「…………」
『これで我の話は終わりだ。お主も言いたいことがあってここまで来たのだろう?』
そうだ……僕の本命は今の話じゃない。
僕の所為だとか、デウス・エクス・マキナとか――そういうのは今はいい。
それよりも、勇者部のみんなのことだ。そっちの方が何よりも優先すべきことだ。
僕はここに来た要件を、話す。
「みんなの散華を取り消せ」
簡潔に、ただ一言述べた。
『断る』
そうして返って来たのは、簡潔な一言だった。
「どうして……!? 彼女たちは何も悪いことをしていないのに……!」
『悪いことをしているしていないの問題ではない。満開とは、人の身に余る人知を超えた力だ。それを扱うためには供物が必要だ。大きな力を貸す代償なのだから、そう簡単に取り消す事はできない』
「そんな…………」
他の手は……。
何かないか。
考えろ。
散華を取り消す。
体を返してもらう。
人知を超えた力。
供物が必要。
力の代償。
そんな色々な言葉の羅列が、脳内を駆け巡る。
思考がぐるぐると回る。
あ――。
「だったら、僕の力をあんたに捧げて取り消す事はできないか?」
これなら、代償を肩代わりできる。
供物を別のものにして、みんなの体は返してもらえばいい。
そうすれば解決だ。
けれど――
そう簡単に物事は進んでくれなかった。
『不可能だ。その力はむしろ悪影響を及ぼす。我がデウス・エクス・マキナの力を取り込んだら、最悪の事態になる可能性が出てくる』
無理、か。
だったら、どうすれば。
何か。
何か……。
焦る。
息が荒くなる。
心臓がドクドクと脈打つ。
どうしようもない不安に胸を掻き毟りたくなる。
『お主の命を捧げれば、あるいは可能かもしれんがな』
「な……!?」
嘘、だろ。
「僕の力は悪影響を与えるんじゃなったのか!?」
『お主が死んだ後なら別だ。その後に余計な力とお主の体と魂を分ければいい』
そんな……そんなこと……。
……いや、みんなを助けたいのならするべきだ。
それだけが目的なら迷わずすべきなんだ。
僕はそれだけを願って、ここまで来たんじゃないか。
――なのに。
なのに僕は、決断できないでいる。
なんでなんだよ。
なんで、僕はこんなにも……。
こんなにも、弱いんだ。
――いや。
「僕が死んだら銀はどうなる」
それが、まだ分かっていなかった。
銀まで消えてしまったら、意味がない。
みんな悲しむし、僕もそんなこと認めない。
だから、神樹に聞いてみた。
『我の下に魂が戻るだけだ』
分かり難いな。もっと分かりやすく話せよ。
僕はイラつきながら再度聞いた。
「それで、銀の意識はどうなる。消えてしまうんじゃないのか?」
それが、重要なんだ。
『確かに、消えるな』
「それならまた死んでしまうのと同じじゃないか!」
『そもそも一度尽きた命だ。元に戻るだけだろう。勇敢な勇者だったが、仕方がない』
「ふざけるな」
仕方がないわけがない
僕が犠牲になって、銀も死んだら意味がない。
そんなことは、あってはならない。
そもそも、たとえ意識があったとしても、銀がみんなと離れるのも駄目だ。
銀が一人になってしまうし、みんなも銀と離れたくないだろう。
最初の質問だけで十分だった。
――――いや、違う。
僕は卑怯だ。臆病者だ。
確かに銀のことは、看過できない重要事項だった。
けれど、それとは関係なく。
――結局僕は、自分が死にたくないだけだ。
自分の命を投げ出す事が、できないだけだ。
だって、死ぬのは怖い。
みんなと一緒にいられないのは嫌だ。
みんなの傍に、いつまでもいたい。
あの勇者部という居場所は、これ以上なく、心地良いんだ。
今まで戦って来れたのは、自分とみんなの命を守るためだ。
みんなも自分も、誰一人としていなくなったら意味がないんだ。
だから、命の危険が常に付き纏っていても、戦って来れた。
だけど、今回のは違う。
自分の命を差し出すというのは、自分の死が確定してしまっている。
今までみたいに我武者羅に戦えばいいってもんじゃない。
それを決断したら、確実に死ぬんだ。死んだら意味ないじゃないか。
みんなと一緒にいられないなら、何も意味がないじゃないか。
だから、僕は決断できない。
自分が死にたくないから。
大量殺人を犯しておいて、絶対に自分は死にたくないんだ。
誰かこんなにもクズな僕を殺してくれ。でも、死にたくない。
「ははっ……」
変な笑いが出る。
自分の愚かさに嫌気が差す。
僕が何も言えず
『――まあよい。聞いてみただけだ。どちらにしろ、先程お主は全てを知っていた上で、自分の意思で力を使ってしまった。これは、我にとって看過できることではない』
大体返答の予想はつくが、言ってみる。
「それで、どうするんだ?」
『すまないが殺させてもらう』
はっ。結局それかよ。
聞いてみただけとか、だったら最初から聞くな。
死んでしまえ。神なんか。
碌な奴らがいない。
僕も碌な奴じゃないけど。
交渉は、決裂だ。