愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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三十八話 僕はクズだ

 神樹の言葉が届いてから、一瞬の間が空いた。

 一寸の静寂。後。

 空気が、変質した。

 

 ――刹那。

 大地が、鳴動した。

「――っ」

 僕はたたらを踏んで、膝立ちになる。

 鳴動は加速する。

 そして――

 

 巨樹の根が、四方八方、地面と壁から、無数に飛び出してきた。

 

 視界一杯に、根、根、根だ。

 巨根は一本一本が、横幅だけで何メートルもあるだろう。

 長さは、目測で到底図れるレベルではなかった。

 その全ての巨根の先が、杭の如く鋭く尖っている。

 あれで僕を刺し殺そうって魂胆か。

 あのでかさだと、刺し殺すというよりも押し潰すになりそうだけど。

 

 ――どうすればいい。

 神樹と戦っても、意味がない。

 たとえ倒せたとしても、神樹がいなくなってしまったら、人類は滅亡だ。

 勇者部のみんなも死んでしまう。

 だからといって、こいつは散華を取り消してくれない。

 どうすればいい。

 それなら、どうすればいいんだよ。

 

「散華を、取り消せよ!! みんなの身体を、記憶を、返せよ!!」

 天に向かって、叫んだ言葉は、空しく響き。

 返答は、巨樹の杭によって為された。 

 

「――っ!」

 速、過ぎるっ……。

 横に大きく飛んだが、余裕を持って避けれなかった。

 真横を、新幹線が通ったかのようだった。

 そのぐらい擦れ擦れのところでしか、避けれなかった。

 少しでも飛距離が足らなければ、確実に串刺しになっていた。

 あの質量で、どうしてこんな速さが出せるんだ。

 神だからか、超常の存在だからか。

 くそったれめ。

 

 このままでは、何もできずにやられる。

 すぐに決断した。

 能力を発動させる。

 変身は元からしたままだったが、そこからさらに超速と技術を、力によって引き出した。

 白銀のマフラーが弾け、粒子化し、体に染み付き、浸透する。   

 

 これで、戦える。

 無数の、巨根の杭が迫る。

 それは、やはり速い。

 さっき新幹線に例えたが、それなんか目じゃないほど速い。

 超速と成った僕をして、まだ速い。

 それが、無数だ。

 尋常ではない。

 

 僕は、何とか避ける。

 寸でのところで、避け続ける。

 それでも、数が多い。圧倒的に多い。

 全部は、無理だ。

 無理だったものは、白刃で斬り付けた。

 

 斬れた。穿ったし、抉れもした。

 だが、完全に破壊はできなかった。

 現にまだその杭は健在で、動いてもいる。

 すぐにまた攻撃に加わってくるだろう。

 一本だけで、これだ。

 この強度の巨根の杭が、数え切れないほどの量、空間を縦横無尽に行き交い、狙いを定めてくる。

 

「こんな力があるなら、何故みんなに戦わせた! 自分で戦えよクソ神!」

『この自らの体内だからお主に対して攻撃ができるのであって、普段は世界への恵みの供給と結界に力を使っている影響で、バーテックスや天の神と戦うことは出来ない』 

 

 だからか。だから僕を体内に誘い込んだのか。

 話をするためだとか理由を付けて。

 くそっ、まんまと嵌められた。

 

 無数の杭が、襲い来る。

 避け、掠れ、また紙一重で避け、白刃を叩き付けて迎撃する。

 ジリ貧だ。

 このままでは体力を消耗していって、いずれやられる。

 どっちにしろ勝てたとして、神樹を殺してしまっては不味い。

 散華を取り消させたいが、了承させる前に僕が死んでしまう。

 

 今は、逃げるしかない。

 逃げた先で、どうすればいいかなんてわからないけど。

 それでも今ここで死んでも意味がない。

 とにかく、逃げる。そう決めた。

 

 壁に向かって、跳び奔る。

 無数の杭が、追い縋って来る。

 それに、前からも巨根の杭が迫る。

 だが、止まってはいけない。

 止まったら、後ろから串刺しにされるか、押し潰される。

 前からくるやつは、何とかするしかない。

 

 超速の流星と成って、ただひた走る。

 前から来た杭は、片っ端から白刃で跳ね除け、穿ち、道を開いて行く。

 横からも、来た。

 前から、横から、巨大な杭が、間断なく迫って来る。

 

 僕は肩を、脇腹を、抉られながらも、迎撃し、奔ることは止めない。

 抉られた腹からは腸が飛び出し、血を口から吐き散らしながらも、止まらない。

 

 もうすぐ、壁だ。

 だが、出口があるわけじゃない。強固な、神樹内の壁だ。

 結界ぐらい高硬度な可能性は高い。

 それでも、破壊して脱出する以外に生き延びる術はない。

 

 力を、使う。

 強力な、一撃。

 それが今必要なんだ。 

 過去に、レオ・ジェミニやアリエス・アクエリアス・クラスターを一撃で粉砕してきた、強力無比な一撃。

 イメージし、魂に繋げ、引き出す。 

 

 身体に浸透していた白銀の粒子が、身体から抜け外へ放出された。

 それから、無数の粒子が白刃へと移る。

 白刃が、純白に光り輝く。

 光の剣と化した聖剣を、前方に力の限り振り下ろす。

 剣閃は伸び、元の剣の大きさでは届かないところまで、白刃を届かせる。

 凄まじい衝撃音が鳴り響き、 

 

 壁の根の一部を、白い一撃は跡形も無く消し飛ばした。

 これで、出られる……。

 血を流し続けて、息も絶え絶えになりながら、足が(もつ)れそうになりながら、開いた出口へと無心で走る。

 

 

 ――急に、暗くなった。

 曇り空になったみたいに。

 辺りに影が、差したんだ。

 何故?

 考えるまでもなかった。

 咄嗟に、剣を頭上に掲げた。

  

 その一瞬後に来た、衝撃。

 無数の巨根の杭が、四方八方、横から、上から、後ろから、さらに斜め前からも、逃げ場なく一斉に突き出された。

 強力無比の一撃を放つために、超速と技術が解けていた。その隙を、突かれた。

 

 グシャッ、と嫌な音が聞こえた。

 僕の身体が潰れる音だ。

 咄嗟に頭だけはガードしたので、即死は免れた。

 だが、痛みなんて感じる余裕がないほど、徹底的に潰されている。

 頭以外は、ぐちゃぐちゃだ。

 身体が弛緩し、意識が急速に遠のいていく。

 普通なら、ここで数秒立たずと死ぬ。完全に助からない。

 ――そう、普通なら。

 

 白銀の粒子が、ズタボロな身体から拡散し、湧き出る。

 手に持っていた剣が、光の剣と成って、自動的に周りの杭を切り散らす。

 そして、身体に粒子が大量に入り込み、傷が見る間に回復していく。

 本当に、ゲームのHP完全回復魔法を使用したかのように。不気味に再生する。

 強制的に、生き長らえさせられる。

 僕は生きていたいから、今はそれに文句は言えないけれど。

 

 回復後、僕は間髪入れずに走り出し、開いた壁の外へと、脱出することに成功した。

   

 

 

 

 ――それから。

 僕は大赦から逃げ帰って、かといってどこにも行けず、真昼間の街を、ただ彷徨っていた。

 マンションの借りていた部屋は、大赦に抑えられているし。

 かといって勇者部のみんなに会いに行くことも、できなかった。

 僕は、失敗した。

 一人で突っ走って、一人で自滅した。ただ無駄に力を使っただけだ。

 みんなに合わせる顔がない。

 みんなに会うのが、怖い。

 何人死ぬんだろう……。  

 かなり、力を使ってしまった。

 もう考えたくない。

 考えたくなくても、思考は次々と出てきてしまうけれど。

 

 力無く幽鬼の様にふらふらと河川敷を歩いていると、高架橋があった。

 その高架下が、ちょうど陰になって隠れやすそうな場所だと思った。

 大赦は、僕を探しているだろうから。隠れないと、見つかって襲撃される。

 ふらふらと、河川敷の雑草を踏み締めながら下って、高架下に辿り着く。

 壁に背を預けて、倒れるように座った。

 

 

 ――――もう何もかも、嫌だ。

 何も、考えたくない。

 全部全部、放り出したい。

 

 懐に入れてある、友奈に最初に会った時に貰った栞を取り出した。

 潰さないように、大切に握りしめた。

 樹ちゃんの歌が、聞きたくなった。

 スマホを取り出そうとした。

 どこを探してもなかった。

 ああ、そうだった。

 壊してしまった。聞けないんだった。

 

 脳内で、流すことにした。

 歌詞は、覚えている。

  

 ――出会えてよかった。

 ――木漏れ日、眩しい森の中。

 ――風はいつもあったかくて。

 ――心ほぐれてく。

 ――こんな日々がずっと続きますように。

 ――広がる空は、愛や希望で溢れて。

 ――この声が届くまで、歌い続けるから。

 ――いつも、いつも、ありがとう。

 

 本当に、あんな日々がずっと続けばよかったのに。

 みんなと勇者部の活動をしたり、遊んだりした日々が頭の中を駆け巡っていく。

 

 ――もう、戻れないのかな。

 嫌だな。

 嫌だよ。

 嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 なんとしてでもあの日々に帰りたい。

 

 

 ――――――どうやって?

  

 

 もう、戻れない。

 僕は自分の意思で、人を殺してしてしまったんだ。

 前までの、あの力にそんな代償があるなんて知らなかったからという言い訳も通用しない。元々知らなかったでは済まされないことだったけれど。

 僕は、みんなを守るために他の人間を切り捨てた。僕が、殺したんだ。

 結局僕は強くも、優しくも、かっこよくも、成れなかった。

 ただの弱い凡人で、クズだ。殺されても文句が言えない。

 僕はそれだけのことをしてしまった。むしろ殺してくれ。

 

 ――――いや、嘘だ。死にたくない。みんなと一緒にいたい。他の人間なんてどうでもいい。

 結局それが本音だ。僕はそんな、正真正銘のクズなんだ。

 だって、みんなを失うぐらいなら力を使った方がよかった。

 僕は後悔をしていない。

 楽しかった日々に戻れないことは、後悔してもしきれないほど後悔しているけれど。

 それでも、力を使わなかったところで散華はそのままだから、結局あの日々へは戻れない。

 力を使っても、散華を取り消させることは失敗してしまったけれど。

 何も、成せていない。

 ただ無駄に力を使って、無駄に人の命を犠牲にしただけだ。

 どうしようもないほど愚か者だ。

 

 ――だけど。

 だけれど。

 もしもやり直せたとしても、僕はまた、同じ選択をするだろう。

 みんなを救うための、守るための行動をするだろう。

 唯々(ただただ)、愚直に。

 だから、僕はもう既に終わっている。  

 自分とみんなのことしか、考えていないのだから。――いや。

 僕は、じぶ――――考えたくない。

 その先の思考を、握り潰した。

 破滅一直線だ。

 引き返せないところまで、破滅の道を辿って来てしまった。

 もう、終わりだ……。

 

 ……僕は、終わった。

 そう、終わったんだ。

 終わったということは、もう何もないってことだ。

 だから、何もないはずなんだ。

 ――けれど。

 終わったけれど。

 それでも。

 せめてみんなだけは、絶対に、必ず、守ろう――。

 

 

 ――――――――――いや。

 そんな殊勝な考えは、持てなかった。

 どうしようもない愚か者だ。

 

 

 僕は、みんなと一緒にいたいんだ。

 みんなと、楽しく生きていきたいんだ。

 他の事なんて、どうでもいい。

 死にたくないし、みんなと共に在りたい。

 ただ、それだけだ。

 

 ………………僕は、クズだ。

 

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