――――伸ばされる手、手、手。
――――振り払い、無視し、視界から遮断する。
――――僕は、クズだ……。
――――ぉ――。
ん……。
――お――ぃ。
んん……。
――お~い。
ううん……。
「起きろおおおおおおおお!!」
「うおあっ!」
ガバッと布団ごと上体を起こし、跳ね起きる。
「な、なんだ……?」
しょぼしょぼする目で、辺りを見回そうとする。
「…………」
――――目の前に、女の子の顔があった。
「うおあっ!」
ビクッと体を
本日二度目のうおあっ! である。
「やっと起きた。他の人と会う前に色々と話しておかなきゃならない事があるんだ。だから悪いけど早めに起こさせてもらったよ」
「だれ…………?」
その人は、見た事もない銀髪の女の子だった。
服は黒を基調としたフードや紐が赤いパーカーに、裾と襟に赤いラインが在る薄いピンクのシャツ、下は赤いショートパンツに生チョコのように薄いブラウン色のストッキング。可愛い。
ここは結城さん家だ。なら友奈の姉か妹だろうか。でも、昨日全く会わなかったし。
髪型は友奈と似ているが、ポニーテールの位置が下の方だし、ポニーテールというよりは
「だれとは酷いな。銀だよ、三ノ輪銀」
「は……?」
え、三ノ輪さん? マジで?
僕の中にいたはずじゃ?
寝起きな上にいきなりな事を言われて頭が追いつかない。
でも、確かに三ノ輪さんの声に似ているような……。
似ているようなっていうかそのまんまなのか?
今までは自分の内側から聞こえてくる感じだったから、普通に外から聞くと感覚的に違う声のように思えてしまう。
昨日はあれから喋ってなかったけど、立ち直ったのかな……。
「本当に、三ノ輪さん? だとして、なんで出てこれてるの?」
「正真正銘の三ノ輪さん家の銀さんだよ。時間が経つにつれて、なんか自分に出来る事がわかってきたんだよ」
「出来る事って?」
「今やってるように姿を現したり、また消す事も可能。そしてほら、浮いたりなんて事もできる」
三ノ輪さんが浮いている。
床から三十センチほど浮いている。
「今こうやって姿を見せているけど、本当の肉体ではないんだ。それに君とは繋がったままだ。そっちもわかるだろ?」
確かに、三ノ輪さんとはまだ『切れた』というような感じがしない。
「うん」
「そして、姿を消してる時は、また君の中に戻る感じになると思う」
昨日までの状態と同じになるという事か。
「姿を現す事はできるけど、一定距離までしか君と離れることも出来ないみたいだね」
つまり、ほとんど離れて行動する事は不可能ということか。
「ふむ、わかった。それで、話しておかなきゃならないことってそれだけ?」
「いや、それもあるんだけどさ。まだ君の名前を聞いてないと思ってね。アタシは名乗ったんだから教えてくれても良いだろ?」
ああ、そういえばすっかり忘れていた。
あの時は三ノ輪さんの名前を聞いた後すぐに色々とあったから、言いそびれてしまった。
友奈に名前を言った時には銀は考え込んでいて、聞いてなかったのだろう。
相手の名前だけ聞いて自分だけ名乗ってないとか、酷く不躾なことをしてしまった。
「ごめん。すっかり忘れてた。僕は夢河朝陽。どう呼んでくれても構わないよ」
「そうか。じゃあよろしくなっ! 朝陽! アタシも三ノ輪さんなんて堅苦しく呼ばなくても銀でいいからな。これから一緒にやっていかなきゃならないんだし」
昨日から女の子に下の名前で呼んでくれと連続で言われている。
なんだ、春の到来か? これがモテ期ってやつか?
違いますね、はい。
「わかった。それじゃあ銀。これからよろしく」
「おう! 色々あるけど頑張ろうな!」
自然とお互いに手を出し、握手をした。
・
・
・
スマホで時間を見ると、七時になっている。
そろそろ友奈たちも起きだしてくる頃合かと思い、着替えようと思ったが、ここで問題発生だ。
その問題とは――――着替えだ。
昨日風呂に入るときは、完全に失念していたし、銀も考え込んでいた時だから大した問題も無くスルーしてしまったが。
僕が着替えている時と、風呂に入る時、銀には見えているのだろうか。
ちなみに風呂に入るときに寝巻きは受け取った。大赦が着替えも用意してくれたみたいだ。
「ねえ、今から着替えたいんだけど銀には見えちゃうのかな……?」
『ん? あ、あ~~、そうか。たぶん、大丈夫だと思うよ。目立った共有をしているのは視覚だけだから。感触までは伝わらないから、朝陽が自分の体とかを見さえしなければ、問題ないはず……』
歯切れ悪く恥ずかしそうに返答してくる。
やっぱり銀も女の子なんだな、と思うがそんな反応されるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
銀はちょっと前にまた姿を消して僕の中に戻っている。
「そう、じゃあ見ないように気をつけるよ。あ、銀は着替えとか必要ないのか?」
『まあこんな状態だから必要ないと思うよ。身体が汚れているような嫌な感じもしないしな。あと、多分食べ物は食べれるけど、食べなくても大丈夫だと思う』
ふと気になって聞いてみたが、銀は精神体のようなものだろうから着替えも食事も必要ないんだろう。
危なっかしくもなんとか制服に着替え終えた僕は、部屋を出る。
階段を下りて洗面所に向かう。
洗面所に入り、鏡の前に立つと、自分の姿が視界に入る。
黒灰色の制服に身を包んだ、僕の童顔な顔が鏡に映し出されている。
その姿に、ほんの少し違和感を感じた。ような気がする……。
気のせいだとは思うけれど。デジャブみたいな感じで。
それはともかく。
ブレザーの上も下も黒めの灰色で、全身ねずみ色だけれど、地味オブザ地味ーな制服だけれど。
それでも、この制服はそれなりに気に入った。
ちょっとポーズをとってみる。イケてる学生っぽく。
『朝陽…………アタシがいること忘れてないか?』
あ……………………。
「さ、歯ブラシ歯ブラシ……」
『ごまかすんなら何もいわないけど……」
その冷たい声を無視して、歯ブラシと洗顔を終わらせた。
・
・
・
リビングに入ると、友奈のお母さんとお父さんがいた。
リビングと繋がったダイニングの方のテーブルに新聞を開きながら親父さんが座っていて。
友奈ママは、ダイニングにあるキッチンで朝食を作っている。
もうめんどくさいから、呼び名は友奈ママと友奈パパでいく。
友奈ママが僕に気づいて振り向く。
「あら、起きたのね。おはよう」
「おはようございます」
友奈パパも新聞から顔を上げる。
「おう、ちゃんと起きれるんだな。おはよう」
「おはおはおはざっすっ!」
「あ゛?」
「すみません! おはようございますっ!!」
昨日のちょっとした仕返しもこめてふざけて返したが、即座に謝った。
どうにもこの親バカな友奈パパはからかいたくなってしまう。
お世話になる家の
まあ、ちょっとぐらいはいいんじゃないかな、うん。
からかうのって楽しいからね、シカタナイネ。
「朝陽君は起きたのに、友奈はいつもどおりまだ起きないのね。悪いけど朝陽君、友奈を起こしにいってもらえる?」
「え、あ、はい。わかりました」
反射的に返答してしまった、けど。
友奈を、起こす? え? いいの?
起こすためには部屋に入らなければならない。それも女の子の部屋に。
僕が入ってもいいのか……? 友奈はまだ寝ている状態なのに……?
まあ頼んできたぐらいなのだから良いんだろうけど。
じゃあ、行こうか……。
踵を返して直ぐ。
「おい…………」
後ろから低い声が聞こえた。
「こいつを友奈の部屋に行かせるとはどういうことだ。襲ったりしたらどうする」
デスヨネー。やっぱりそう来ますよねー。
「あら、朝陽君はそんなことしない子よ。ねー」
「あ、はい。そうですね」
「昨日あったばかりのやつの何が分かるんだよ……」
それはごもっともだけども。
「はいはい、でもあなたもそろそろ娘離れしないと友奈から嫌われちゃうわよ?」
友奈ママがやれやれといった感じに諭す。
「それは……いや、でも、しかし…………」
友奈パパが唸っている所に。
「朝陽君、頼んだわよ?」
意味ありげな視線を友奈ママが送ってくる。
――ああ、今の内に行けという事か。
そそくさと部屋を出る。
「あ! こら!」
後ろから友奈パパの声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。
・
・
・
僕の借りている二階の部屋の隣、そこが友奈の部屋だ。
その部屋の前に立ち、まずはノックする。
コンコンッ。
「友奈、起きたか?」
返事は無い。中から音も聞こえない。
うん。これは完全に寝てるな。
「入るよー?」
一応確認を取ってから、ドアノブを回す。
鍵は掛かってなかった。
会って間もない男が止まったっていうのに、無用心すぎるだろ……。
まあ、それだけ信頼されたっていうなら嬉しいけどさ。
そもそも中学生が襲う度胸なんて持っているわけが無いと言われたらもう何も言えないけど。
それはともかく、開いたからには入る。
入った瞬間、かいだ事の無い良い香りが鼻腔をくすぐった。
これが、女の子の匂いというやつか……。
安心する匂いだ。あと少し煩悩が刺激される。
『ヘンタイ……』
「え!? なんで!?」
心の中を読めるなんて聞いた覚えは無いぞ!?
『いや、なんとなく、勘というか、朝陽の雰囲気でそう感じただけだけど……図星だったのか?』
「え? いやあ……あはは…………」
女の勘って奴かな? 怖いなあ……。
部屋の中は電気が消えていてカーテンが閉められているので、朝とはいえ薄暗い。
ドアの横にあるスイッチを押して、電気を付ける。
すると部屋の中がよく見えるようになった。
八畳ほどの部屋には、女の子らしい小物やぬいぐるみがある。
時計一つ取っても花の絵柄で、とてもかわいらしい。
うお、バランスボールなんかもある。
ただ、部屋の隅に異彩を放つ物が飾ってある。
絵画でも飾るような一メートルぐらいの額縁に、押し花が入れられている。
それは、名称はわからないがピンク色の花だったり、スペードみたいな形をした葉っぱだったりと様々だ。
押し花が趣味なのかな? 僕もプレゼントされたし。
あ、キノコのもある。よかった。やっぱり僕がキノコの押し花を貰ったのも、友奈が少し特殊な感性を持っていただけなんだな。
受け取った押し花は今もポケットに入れられている。
自分の事に関して全く記憶が無い状態で、始めてもらったプレゼントだ。やはり大事にしたい。
少し前に進むと、ピンクのチェック柄のベッドから頭を出した友奈の姿が見えた。
幸せそうな顔で眠っている。
もう起きなきゃならない時間なんですけどね……ぐっすり寝すぎでしょ。
起きるそぶりがまったく無い。こりゃ誰も起こさなかったら遅刻確定だな。
「起きて、友奈」
――反応なし。
「おーい、友奈ー」
――またまた反応なし。
「ゆーうーなー!」
――反応ないオブザ反応なし。
うん。
どうしよう。
あ、そうだカーテン開けなきゃ。
シャッと緑地に白い水玉のカーテンを全開にする。
朝の陽光が部屋へと、友奈の顔へと降り注ぐ。
「ん、んう……」
ちょっと唸って寝返りしたが、起きようとはしていない。
もう揺すって起こした方が良いんじゃないですかね……。
でも、女の子の体に許可無く触っていいんだろうか。
「なあ、銀。これもう揺すって起こした方が良いよね?」
『まあ、そうだな』
銀もこのままでは埒が明かないことはわかっているのだろう。すぐにゴーサインが出た。
「友奈ー! 早く起きないと遅刻するぞー!」
野郎とは違って小さな肩を揺すりながら耳元でがなりたてる。
「んうぅ……なあにぃ……?」
目をしょぼしょぼさせながら起きかけている。
「友奈、朝だ。起きて」
「ん~……わかったぁ……」
そしてやっと起き上がった。
もう大丈夫そうだな。
「じゃあ、僕は先に一階で待ってるから」
そう言って、部屋を後にした。
ダイニングに戻った。
「ありがとうね、朝陽君」
「いえ、お礼を言われるような事では無いですよ」
友奈パパはふてくされていた。
大人気ねえよあんた……。
朝食はもう出来ていたが、友奈を待ちたいのでまだ食べないで置く。
献立は食パンに目玉焼き、ソーセージ、サラダといった一般的なものだが、美味そうだ。
でも友奈が来るまでは、コーヒーでも
何気なく見たがとんでもないニュースが流れていた。
『昨夜、深夜十二時ごろに猟奇的な方法で殺害されたと見られる、男性の遺体が発見されました』
事務的なニュースキャスターの声がテレビから吐き出されている。
猟奇殺人……それだけならまだ、大して気にしなかっただろう。
でも、それが起きたのはこの地域らしい。
犯人もまだ捕まっていないようだ。
自分のいる場所の目と鼻の先であった話で、まだ解決していない。
気をつけないと。
――思考に、あの黒い影の事が過ぎった。
……まさか、ね。
すぐに結び付けるのは早計だ。
何でもかんでも関連付けるのは馬鹿のすることだ。
愚かな行為なんだ。
早計だ。
早計だ。
早計なんだ。
思案に耽っていると、友奈がやってきた。
「おはよう!」
もうすっかり目は覚めたようだ。元気に挨拶をしてくる。
「おはよう」
そして一緒に、朝食を食べた。