愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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四十四話 歯を食いしばれ

 樹海から戻ると、学校の屋上だった。

 夕暮れの太陽が、屋上のコンクリートを朱く染め上げている。

 

「みんなは!?」

 見回すと、勇者部五人とも、倒れていた。

 全員身体から、血を流している。

 煤けている、ボロボロだ。

 友奈の腕が、樹ちゃんの足が、あらぬ方向に曲がっている。

 内臓は、大丈夫だろうか。

 全員、満身創痍だ。

 特に友奈の怪我が、酷い。

 すぐに救急治療室にでも行かないと、死んでしまうのではないか。

 

「なんでだよ……」

 なんで、こんなことになってるんだよ。

 可笑しい。僕はちゃんと引き付けた、御霊も破壊した、敵を倒したんだ。

 なのに、なんでみんなは今にも死にそうなんだよ。 

「ふざけてる」

 馬鹿げてる。

 なんでこうも救いのないことばっかり……。

 嫌になる。

 

「朝陽、くん……大丈夫……?」

 友奈が顔を上げて、そんなことを言ってきた。

「僕は大丈夫だよ。そんなことより自分の心配してよ。今にも死にそうじゃないか」

 こんな時まで、僕なんかの心配しないでくれよ。

「私は大丈夫だよ。きっと、病院に行けば……いっ!」

 友奈が少し身じろぎをした途端、苦痛の声を上げる。

「やっぱり大丈夫じゃないじゃないか! そのまま動かないで」

 どうしよう……。

 僕は友奈の傍にしゃがみ、考える。

 いや、考えている暇があったら早く救急車を呼ぶべきだ。

 それとも病院じゃなくて大赦に電話をした方が良いか?

 勇者の事なら大赦に任せた方が良いのかもしれない。

 でも。

 

 ――――僕なら、治せるんじゃないか?

  

 僕は自分が死にそうになった時、全回復する。

 大きな代償と引き換えだけれど、どんな傷も完全に治せる。

 だったら、僕以外にも使えるのではないか?

 試してみる価値はある。

 

「待ってて、すぐに治すから。みんなに辛い思いなんて、させないから」

 僕は、意識を集中する。

 力を、呼び起こす。

 白銀の粒子が、湧き出てくる。

 黄昏時の空に、白く光る粒達が舞う。

 それはさぞ、幻想的な光景に映っただろう。

 

「夢河くん、駄目だよ。どうして……」 

 東郷さんが、僕に悲しそうな顔を向けて言葉を投げかけてきた。

 僕がやろうとしていることを、悟ったらしい。

「このままだとみんな危ない。だから僕が助ける」

「駄目だよ。人を殺してまで今しなきゃいけないことじゃない。救急車を呼んで。そうすればみんな助かるから」

「分からないよそんなの。内臓が傷ついてるかもしれないじゃないか。僕がここで行動しなかったことで、後遺症が残ったり死んでしまったりしたら、悔やんでも悔やみきれない」   

「後悔するのは、人を殺してしまっても同じだよ……」

「もうすでにやってしまった事だ。今更少し増えたところで大して変わらない」

「それでも、無闇にやっていいことじゃないよ。そうやってずるずるとやっていったら、本当に取り返しがつかないところまでいっちゃうよ……」

「それでも僕は、みんなが一番大切なんだ。勇者部が、僕の全てなんだ。だからやる」

「夢河くん……」

 

 東郷さんは悲痛な表情をして、それ以上何も言わなかった。

 白銀の粒子は五人の元に集まってゆき、身体に染み込んでいく。

 見る見るうちに、五人の傷は治っていく。 

 あらぬ方向に折れていた腕が、足が、正常な位置に戻り、固定される。

 血が流れていた傷が、塞がっていく。

 足りない血も、補充される。

 まるで時を巻き戻すように、ビデオの巻き戻しをするように、治っていく。

 修復されていく。

 そして。

 みんなは、完璧な健康状態へと、成った。

「これで……大丈夫だ」

 それでも、散華を治すことは出来ないんだろうけど。 

 

「治っ……た……?」

 風先輩たちが、体を起こして身を動かしたり触ったりして、確かめている。

 どうやら、問題無いようだ。

 でも、散華で失った部位は失ったままのようだ。

 それでも、命に関わる怪我は、ちゃんと治った。

 

 緊張の糸が、切れた。

 そして、ふと冷静になった。

 冷静になって、頭に強く浮かんできてしまった事がある。

 

 ――嫌われた。

 

 僕は、人殺しだ。

 今も、人殺しの力を使ってしまった。

 事情を知っている友奈と東郷さんの方を見る。

 二人とも、悲しそうな顔で僕を見つめていた。

 

 僕にはそれが、非難しているように見えて――。

 

 やめてくれよ……。

 嫌わないでくれ。

 そんな目で見ないでくれ。

 嫌だ。

 (いや)だ。

 厭だ。

 嫌われたくない。

 僕はみんなに笑っていてほしくて。

 みんなに、一緒にいてほしくて。

 ただ僕は、それだけなのに。

 

「……っ」

 僕は、走り出す。

 屋上の扉へと、走り出す。

 これ以上、この場に居られなかった。

 耐えられそうになかった。

 嫌われていることを確信してしまったら、僕は潰れてしまう。

 だから、見ないようにした。

 聞かないようにした。

 逃げ出したんだ。

 

「朝陽くん!」

「夢河くん!」

 後ろで友奈と東郷さんが僕を呼んだが、振り返らない。

 屋上の扉に手を掛け、開ける。

「待って! 待ってよ! 私たちは――」

 

 ガタンッ。

 屋上の扉が閉まる音で、それ以上は聞こえなかった。

 

 

 

「はあっ……はあっ……はあっ」

 走る、走る、走る。

 走り続ける。

 階段を何段も飛ばして下り。

 学校から飛び出して、道路を走っていく。

 逢魔が時の空は、気分をさらに落ち込ませ、悲しみに拍車をかける。

 ただただ僕は、(うつむ)きながら、足を動かし続ける。

 何もかもから、逃げだすように。

 嫌なこと全部、考えないように。

 どうしようもないほど弱い心を、守るために。

 息が切れても、苦しくなっても、足を動かし続けた。

 汗が滝のように溢れても、走れなくなっても、ずっと――。

 

 

 どれくらい、走っただろう。

 走れなくなってから、どれくらい歩いただろう。

 僕はいつの間にか、先程の樹海に行く前にいた高架下(こうかした)に、また辿り着いていた。

 歩くのも限界に近かった僕は、なんとなくまた同じ高架下にとぼとぼと入った。

 そのまましゃがんで、(うずく)る。 

 そうすると、(いや)な思考がぐるぐると回り、精神を掻き乱す。

 

 ――絶対に、嫌われたと思った。

 だから怖くて、僕は逃げ出したんだ。

 だってそうだろう、僕は人殺しだ。

 犯してはならない、罪。

 重い、罪。

 一度やってしまったら、絶対に戻ることができない一線。

 それをやってしまった。

 一度どころか、何度も何度も何度も何度も。

 僕は、勇者部失格だ。

 人のためになることを勇んで実施なんて、出来なかった。

 害しか与えていない。自分とみんなの事しか考えていない。

 

 

 ――いや……自分の事しか、考えていない。

 

 

 死にたい気分だ。だけど自殺なんてしたくない。僕は生きていたい。

 みんなとずっと一緒にいたい。

 一緒に楽しく笑っていたい。

 だけど、僕はもう嫌われてしまっただろう。

 それどころじゃ済まないかもしれない、だって人殺しだ。大量殺人者だ。

 生きてみんなと一緒にいたいのに、嫌われるのは怖い。だから戻る事ができない。

 怖い。

 戻って嫌われている事を完全に認識してしまったら、僕は壊れてしまう。

 それこそ自殺してしまう。だけど死にたくない、それでもみんなと共に在りたい。

 どうすればいいかわからない。

 分からない。

 判らない。

 わからないよ……。

 僕はどうすればいいんだ……。

 

 

 ――――そもそも、なんで僕がこんな目に合わなくてはならないんだ。

 どうして、僕なんだ。

 平穏に暮らしたいのが、そんなに駄目なのか。

 みんなの傍に居たいだけなのに、それはいけないことなのか。

 ふざけるな。

 ふざけるな。

 巫山戯(ふざけ)るな。

 理不尽だ。

 不条理だ。

 こんな世界、消えて無くなれ。

 理不尽なのが普通なのか?

 だったら、そんなものが普通だなんていうのなら、そんな世界死んでしまえ。

 そういうもんだ、なんて割り切れるわけがない。

 もう嫌だ。

 

 嫌だ。

 

 嫌だ!

 

 嫌だ!!

 

 誰か、助けて……。

 もう僕は、立ち上がれない……。

 涙が、濁流の様に頬を伝う。

 嗚咽が、漏れ出ていく。

 なんで、僕は泣いてるんだよ。

 泣く資格なんか、無いのに。

 無理矢理にでも、我慢するべきものなのに。

 僕が泣いたら、死んでしまった人達をさらに侮辱することになる。

 だから絶対に、泣くなんて行為はしてはいけないのに。

 自業自得なのに、なんで涙が溢れて止まらないんだよ。  

 拭っても拭っても、残りの一滴まで流そうとするかのように、次から次へと溢れてくる。

 泣くなよ。泣くなよ! 泣くなよ!!

 少しでも我慢しようと、下唇を思い切り噛む。

 切ってしまい、鉄の味を舌で感じる。

 情けない。

 僕は僕が嫌いだ。

 大っ嫌いだ。

 こんなに弱く卑怯な自分が、殺したいぐらい嫌いだ。

 でも、死にたくはない。

 そんなところも、嫌いだ。

 でも、しょうがないじゃないか。僕は中学生だぞ。いや、高校生だったか? どっちでもいいよ、僕はとにかく弱いんだ。

 そんな言い訳が一瞬で浮かんでくるところも、本当に大っ嫌いだ。

 嫌いだから、変わりたかったんだ。

 けれど、僕は変われなかった。

 変わりたかった、でもそう簡単に変われなかった。

 たいした努力もできなかった、愚か者だ。

 そもそも、努力する気なんてあったのか?

 それすら疑わしい。

 強く、優しく、かっこよくなんて、結局僕には無理なんだよ。

 善人になんて、成れない。

 僕は、自分勝手だから。

 エゴの塊だから。

 クズだから。

 愚か者だから。

 

 

 ――でも、善人がよかったんだ。

 善人。

 強い人間。

 優しい人間。

 かっこいい人間。

 好かれる人。

 ヒーロー。

 救世主。

 英雄。

 主人公。

 

 僕は、そんなものに成りたかったんだ。

 空々しいその空想に、狂おしいほど憧れたんだ。  

 僕はそれが、好きだった。

 そういうのが好きだから、成りたかった。 

 醜い現実なんて、全てそれで塗り替えてしまいたかった。

 でも僕は、成れなかった。

 本音だって、かけ離れてる。 

 

 みんなの、傍に居たいよ。

 他の人間なんてクソくらえだ。死んでしまえ。どうでもいいんだよ知るかよ。僕の見る世界には勇者部のみんなさえいればいいんだよ。他は路傍の石と同じ価値しか持たない。みんなを不幸にするようなやつがいたら殺してやる。代償を伴う力だって何度も使ってやる。邪魔するやつは皆殺しだ。みんなが笑っていればいい。

 

 ほら、僕は自分の事しか考えていない。

 だってみんなは、自分だけが良ければそれでいいなんて考えていないから。

 僕に、そんな事して欲しいなんて思っていないから。

 だって彼女たちは、勇者部なんだ。

 人のためになることを勇んで実施できる人達なんだ。

 身内他人関係なく、みんなはそれができる。

 だからこれは、僕がそうしたいだけ。

 みんなの意思なんて関係無く、僕がみんなの傍に居たいだけ。僕がみんなに笑っていて欲しいだけ。

 そのためにどんなことでもする。

 そんなものが、受け入れてもらえるわけがない。

 嫌われてしまう。

 もう何もかも嫌だ。

 たすけて。

 助けて。

 (たす)けて。

 僕はどうす――――

 

 

「歯ぁ食いしばれぇ!!!!」

 

 

 頬に、強い衝撃。

 何をされたのかも解らないまま、冷たいコンクリートに倒れこむ。

 左頬がジンジンする。

 痛い。

 何が起きたのか確かめようと、顔を上げる。

 

 そこには、右拳を振り切った姿勢の銀がいた。

 

 僕は、銀に殴られたのか。

「僕の中に、封じておいたはずなんだけどな」

 痛む左頬に手を当て、起き上がりながら言葉を零す。

 あの時、力を使って銀を封印した。今まで出てこれなかったはずだ。

 

「時間が経つにつれて力は弱まっていたんだよ。ようやく出てこれるようになった」

「そう……」

 常時強く封印しておいてくれるパターンじゃなかったのか。

 今となっては、どうでもいいけど。

「それで、何の用だよ、銀」

 投げやりに言葉をぶつける。

「何の用、だって? ふざけるなよ朝陽。お前ならわかってるはずだろ」

「…………」

「アタシを頼れ。みんなを頼れ。なんとかしてやるし、みんなもきっとなんとかしてくれる」

「無理だよ……」

「無理じゃない。絶対に」

「無理なんだよ! 僕は人殺しだ! もう取り返しがつかないんだ!」

「そうだ、もうやってしまった事に取り返しはつかない。だけどな、何も出来ない訳じゃない」

「何が出来るっていうんだよ」

「それをみんなで考えるんだ。頼って頼られて、お互いの力を合わせればどんなことでもなんとかなる」

「綺麗事だよ。実際は無理だ。どうにもならないこともある」

「綺麗事でもなんでも、そうやって何もせず縮こまってるよりは何倍もいいだろ」  

「やっても無理で、また絶望するよりはいいよ」

「勇者部五箇条を忘れたのかよ! あんなに好きだっただろ! 引くぐらい熱く語ってただろ!」

「勇者部……五箇条」

 

 そんなこと、頭の中からすっぽり抜けていた。

 確かに僕は、いい言葉だと思っていた。

 なのに、いろんなことがありすぎて、好きだったそれを、忘れていた。 

 考えている余裕なんて、なかった。

 弱さが表出しすぎて、それに流されているだけだった。

 行動の指針にしたいぐらいだったのに。

 勇者部五箇条、実践したかったのに。

 弱さに、押し隠されていた。

 愚かすぎて、嫌になる。

 勇者部五箇条、今でもちゃんと、覚えているのに。

 

 挨拶はきちんと。

 なるべく諦めない。

 よく寝て、よく食べる。

 悩んだら相談。

 なせば大抵なんとかなる。

 

 その五つだ。

 一字一句、間違ってなどいないはずだ。

 なのに僕は、どれ一つとしてやれていない。

 いや、挨拶はきちんとと、よく寝てよく食べるは出来ていたかもな。

 最近は出来てないか。

 でも、一番重要な三つが出来ていなかった。

 悩んだら相談なんて、特にそうだ。

 一人で突っ走って、一人で失敗して、一人で絶望して。

 今も一人で、(うずくま)っていた。

 

 だけど。

 銀がいてくれた。

 僕を、今も引っ張り上げようとしてくれている。

 どん底まで落ちた僕を、強い瞳をして、手を差し伸べてくれている。

 なのに、僕はこのままでいいのか?

 一人で潰れて、このまま終わって、いいのか?

 でも……。

 でも…………。

 

「朝陽くん…………」

 銀とは違う声がして、顔を上げる。

 そこには友奈。それに、東郷さんも、夏凛も、樹ちゃんも、風先輩もいる。

 僕を、追いかけてきたのか。

「私たちがいるよ。みんなが、朝陽くんを助けるよ。だって、朝陽くんは勇者部の一員なんだから」

「僕は、自分の事しか考えていないのに……か?」

 不安で不安で、何もかも不安で、そんな事を聞いてしまった。

 

「たとえそうだったとしても、それでも、朝陽くんがしてくれたことは本当だよ」

「僕が、何をしてやれたっていうんだよ。散華は治らない。敵はまだまだやって来る。挙句の果てに人殺しだ」

「一人一人の人間に出来ることなんて限られているよ。だから協力して、みんなで頑張るんだよ」

「僕は自分が嫌いだ。死ねばいいのに。殺してやりたい。今すぐ死にたいぐらいだ」

 嘘だ。死にたくなんてない。

「そんなのダメだよ! 朝陽くんは私たちにとって、大切な人だもん!」

 大切な……人。

 

「僕……が? そんな馬鹿な。こんなに弱いのにか……?」

「弱くてもいいよ。これから強くなっていけばいいんだから。私たちも協力するから……もしも無理でも、みんな嫌ったりしないよ」

「僕の未来は、破滅だぞ……?」 

「どんな未来に進んだって、私たちはずっと友達で、仲間で、勇者部だよ」

「…………」

 なんで……そんなに……。

 

「夢河くん、私も一緒だよ」

「東郷さん……」

 顔を向けると、東郷さんは優しく微笑んでいた。

「あなたは、私たちのために戦ってくれた。いつも、私たちのために行動してくれていた。だけど、辛い思いを一人で背負わないで。もっと、私たちを頼って」

 東郷さん、この前、泣いてたはずだろ。

 なんで、なんでこんなにも、優しいんだよ。

 自分が、何とかしてほしいはずなのに。

 なんで、僕にそんな顔を向けてくれるんだよ。

 

 夏凛も、少し前に踏み出して言葉をぶつけてくる。

「そうよ。朝陽がいなかったらバーテックスにやられていた戦いがあったもの。もっと自分に自信を持ちなさい。アンタがやらなきゃ、人類滅亡だったわよ」

「自信を持つって、人殺しておいて自信なんてつかないよ……」

「私たちも背負うわ。償え切れなくても、それでも償っていけばいい」

「なんでみんなに背負わせなくちゃいけないんだよ。そんなの疫病神じゃないか」

「ああっもうっ! わからず屋ねアンタは!」

 

「朝陽」

 すると夏凛を遮って、いつになく真剣な顔で風先輩が前に出た。

「アタシたちもさっき友奈と東郷から話を聞いたけど、まだ困惑している部分もある。けどね、これだけは確かよ」

 一呼吸置いて、風先輩は言った。

 

「アタシたち勇者部は、困ってる人を助ける。もちろん、それは部員だって同じよ」

 

「あ――――」

 そうか。

 みんなは、

 どこまでいっても、勇者部なんだ。

 僕とは違って、勇者。

 そう生きれる。そう在れる。そんな存在。

 だから僕は、好きになったのかな。

 何よりも、何を犠牲にしてでも守りたいと思うほど。

 

『私たちは、みんな朝陽さんの味方ですよ。どんなことがあっても、みんながあなたに手を伸ばします。だから、立ち上がってください。そしてみんなで、何もかも打ち砕きましょう』

 樹ちゃんも、微笑みながら優しい表情をして、スケッチブックに書いた文字を見せて来た。

 樹ちゃんは今喋れないから、文字に書いてまで、僕にそんな優しい言葉を伝えてくれた。

 

 こんなに、駄目な所を露呈(ろてい)させてるのに。

 こんなに、どうしようもない人間だってことをさらけ出しているのに。

 それでも、みんなは、手を伸ばしてくれる。

 どうしてこんなにも、みんなは優しいんだ。

 再び、涙が出てくる。

 女の子の前で泣くなんて、最悪にかっこ悪いのに。

 滂沱(ぼうだ)の如く、涙は流れる。

 僕は、勇者部が大好きだ。

 友奈が、東郷さんが、銀が、樹ちゃんが、風先輩が、夏凛が、

 みんな、大好きだ。

 

「君には殴られてばっかりだったね」

 銀に、そんな言葉を向ける。

 過去を思い返せば、さっきので通算三回目だ。

「お前の言葉を借りれば、アタシは暴力ヒロインだからな」

 そんな皮肉で返してきた。

「ははっ……そうか」

 泣きながら、少し笑ってしまった。

 

 一息吐いて、僕は聞く。

 一つ一つの言葉に、友奈は言葉を返してくれた。

 

「僕は頼りないけど、折れそうになることも山ほどあると思うけど、それでも、みんなは一緒にいてくれる……?」

「折れそうになったら支え合えばいいんだよ。大丈夫、みんな一緒だよ」

 

「僕は善人に成りたかった。でも、成れなかった」

「成りたいなら、私たちが協力するよ。成れなくても、傍にいるよ」

 

「人を、殺してしまった……」

「赦されないことだよ。だけど、逃げちゃダメなことだよ。背負ってでも、生きて行かなくちゃいけない。それでも罪に耐えきれなくて、辛くなったらそばにいるから、どんなに辛くても、一緒にいるから。それに、本当に悪いのは朝陽くんに酷いことした神様だよ。大丈夫。朝陽くんは後悔をしている。自分のしてしまった事を悔やんでいる。正しくないことだって解っている。だったら、まだ大丈夫。怖くなくなってしまったら、迷いがなくなってしまったら、それこそ終わりだから」

 

「僕、後悔してないぞ……駄目じゃないか……」

「ううん、朝陽くんは後悔してるよ。だって、そうじゃなかったらそんなに悩まないし、辛そうな顔なんてしないから」

 

「のうのうと生きていくことを、殺された人に近しい人は絶対に赦してくれない」

「私たちは、絶対に生きていてほしいよ。だから生きて。朝陽くんがどんなことをしてしまっても、嫌いになんてなれないよ」

 

 友奈はそう言って、右手を伸ばしてくれた。

 その手は、力にみなぎって、希望に満ち溢れているような気がした。

 僕はその手を、掴む。

 友奈の左腕は、今もギプスで固定され、動かない。

 それを見て、改めて思う。

 終わらせない。終わらせてたまるか。 

 絶対に、何とかする。

 みんなを不幸になんて、させない。

 

 散華も、天の神も、デウス・エクス・マキナの事も、全部なんとかして見せる。

 僕一人では絶対に無理だったけど、みんなと一緒なら、きっとなんとかなる。

 重い罪を背負ってでも、生きていける。

 終わらない償いの日々を、潰れずに歩いて行ける。

 生きていてほしいって、こんな僕に言ってくれたから。

 手を掴んだ友奈に引っ張られ、立ち上がる。

 みんなの顔を、一人一人見ていく。

 誰一人、絶望なんてしていなかった。

 その瞳の輝きは、強い。

 

 僕はもう絶対に、諦めたりなんてしない。

 躓いたって、倒れたって、何度でも立ち上がって見せる。

 何もかもみんなと共に打ち砕いて、希望を掴み取ってやる。

 何が神だ。全部ぶっ飛ばしてやろうじゃないか。勇者なら、それが出来る。

 みんなと一緒なら、なんだって。

 

 ――――刹那。  

 

 何の前触れもなく、全身の力が抜けた。

 何もかも、ごっそりと奪い取られるような感覚。

 何もかも、元の場所に戻されるような感覚。

 変えられていた詰め物が、元の馴染んだ詰め物に変えられていくような、不思議な感覚。

 強制的に、身体を弄り回されているような、不快感。

 時は一瞬。

 されど感覚は永遠。

 どこまでも続くかと思われた不快感は、意識の途絶と、

「朝陽くんっ!」

 友奈の声を最後に、終わりを告げた。 

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