愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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四十五話 初恋

 夢を、見ていた。

 遠い昔のように思える。

 だけど、それは昔なんてほど離れていなくて。

 少し前程度だろう時間しか、経っていない。

 そんな、少し前に見ただろう、夢。

 

 そう、僕が勇者部のみんなと出会う前の、少し今から、前の話だ。

 

    

 ――僕は、夢を見ていた。

 地震で絶望した日に、就寝した夜。

 なかなか寝付けなかったけれど、疲れからなんとか意識が落ちた、夜。

 不思議な、夢を。

 通例なら、僕にとって夢とは、見たとしてもどうでもいいものか、訳の分からないものか、悪夢か、大抵それくらいしか見れない。

 それに、起きたら忘れていることなど、多くの人と同じように日常茶飯事だ。

 特にその日は、悪夢を見るだろうと思っていた。

 絶望した日だ、当然と言える。

 だけど、その夜に見た夢は、違った。

 どうでもいい夢でも、訳の分からない夢でも、悪夢でも、なかった。

 そのどれとも、全く違ったんだ。

 

 意識は鮮明。

 圧倒的な現実感。

 まるでそこで、生きているかのようだった。

 僕はその場所で、幽霊みたいな存在だった。

 扱いがとかではなく、存在として。

 幽霊みたいに彷徨(さまよ)いながら、時には勝手に場面転換され、その世界を見て渡った。

 

 いや、その世界というよりも、五人の少女たちのあらゆる行動、場面を見て回った。

 勇者部の、五人の事だ。

 僕が望んで、見て回ったわけではない。

 まるで、『見ろ』と強制されているかのように、勇者部の活動を、勇者たちの戦う姿を、何度も見た。

 勇者部の部室。街の至る所。樹海。全て渡り歩いた。 

 

 そうして僕は、その中で、勇者部に惹かれていった。

 他人のために、ここまでやれる勇者部を、眩しく思った。

 依頼があれば、何でもやりとおすその心根を、見習いたいと感じた。

 命を賭けた戦いにまで身を投じれる、その心が羨ましかった。

 あらゆる人に手を伸ばす、その善性に憧憬(しょうけい)の念を抱いた。

 仲間同士で仲が良くて、その中に混ざりたいと思った。   

 

 勇者部のその在り方に、どうしようもなく憧れたんだ。

 

 その中で、特に一人の女の子に、強く惹かれた。

 友奈だ。

 僕は友奈の、勇者部の活動に取り組む姿を、バーテックスと気丈に戦う姿を見て、色んな友奈の発した言葉を聞いて――

 時間が経つにつれて、徐々に、強く、惹かれていった。

 簡単に言えば、好きになってしまったんだ。

 結城友奈という女の子のことを。

 他のみんなも魅力的な女の子だったけど、僕は、友奈を好きになったんだ。

 想いが溢れ出して、止まらなかった。

 初めて僕は、恋なんてものをしたんだ。

 自分でも恥ずかしくなった。だって、夢だ。

 夢に出てきた子を、しかも初めて夢に見た女の子を、好きになるなんて。

 誰かに知られたら、笑われるか、気持ち悪がられる。 

 それに高三の癖に、初恋を中学二年生にしてしまうなんて、とんだロリコンだ。

 だけど今の僕は中学二年生だ。詭弁だけれど。

 実際に高三だったのは変わらない。十八歳だったのは変わらない。

 

 それでも僕は、好きになってしまったんだ。

 想いを止めることなんて、出来なかった。

 初恋なら、尚更。

 好きなものは、好きなんだ。

 ――だけど、夢には終わりが、やって来る。

 

 そうして僕は、その想いを胸に抱いたまま、眠りから覚めた。

 気づいた時には、記憶が無かった。

 

 

 

 ――意識が、暗闇から浮上していく。

 瞼を、ゆっくりと開ける。

「朝陽くん!」

「夢河くん、起きた?」

 目の前に、友奈と東郷さんの顔があった。

 心配そうな顔。

 何度も、そんな顔をさせてしまっている気がする。

 もうできるだけ、そんな顔はさせたくない。

 

「うん。起きた」

 上体を起こす。

「ここは……勇者部?」

 広がった視界を見ると、勇者部の部室にいた。

 みんな、居る。全員揃って、もう少しで夜になりそうな部室にいた。

 夕日は、沈みそうだ。空に紫が混じっている。

 完全下校時刻まで、あと少しなんじゃないだろうか。

「急に倒れた夢河くんをみんなで運んだのよ。それより、身体とか大丈夫?」 

 東郷さんが説明してくれる。

 身体の調子を確かめてみる。

「……大丈夫。何か不調というわけじゃないよ。でも、変わったことはあるかな」

 

 そう、さっき、起きた時からすでに気が付いていた。

「変わったこと?」

 友奈が首を捻る。

「説明してみなさい朝陽」

 風先輩が僕に言葉を向ける。

 僕は説明を始める。

 

「はい。多分、いや確実に。僕に与えられていた力は無くなりました。そして、記憶が全て戻りました」

 

 一瞬の静寂。

 薄暗い部室に、そんな隙間の静が立ち込めた。 

 そして時、一瞬経て。

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 五人の驚きの声が、重なった。

「ほ、ほんと?」

 友奈が確認してくる。

「ほんと」

「あの力が無くなったのはよかったけど、記憶って、全部? 小さい頃のまで?」

「うん。そうだよ東郷さん」

「急に倒れたと思ったら、本当急に思い出したわね」

 風先輩が思案するように言った。

「何が起きたのかしら」

 夏凛も腕を組んで考え込んでいる。

 樹ちゃんも難しげな顔。

 

「あの、多分ですけど、僕分かります」

「そうなの朝陽くん?」

「それは、取り戻した記憶から?」

 友奈と東郷さんが言葉を放つ。

「記憶の方とは関係ないと思うけど。神樹に伝えられた事と、あと感覚で」

「感覚って……でも、神樹様に伝えられた事って?」

 風先輩が聞いてくる。

「そういえば戦いが終わったら話すって約束してましたけど、それと関係あるんです。実は僕、皆が検査受けてる時に大赦を襲撃してきたんですけど、その時に――」

「ちょ、ちょっと待って! 大赦に襲撃!? アンタそんな事したの!?」

 皆驚愕する。

 当然だ。馬鹿な事をしたってことは分かってる。

「えっと……言い訳もできません」 

 僕は、やってしまった。

 それは、変わらないから。

 償っていくしかない。

 償いきれなくとも、償っていくことに意味がある。

 そのはずだ。

 

「そういえば大赦の建物がボロボロになってたけど、あれって朝陽くんがやったの?」

「まあ、うん……」

「もうしないでね……?」

 また心配そうな顔。

「うん……」

「私達を絶対に頼ってね、皆で何とかするんだよ」

「悩んだら相談だよ、夢河くん」

 東郷さんも続いて言ってくる。

「わかってるよ」

「それならよかったよ」

 友奈は笑顔になり、そう言った。

 記憶が戻った今、友奈の笑顔は前よりも僕の心を揺らめかせる気がした。

 

「友奈ちゃんを、あまり心配させないでね……?」

「うん。東郷さんにも、皆にも、極力心配は掛けさせないようにするよ」

 笑っていて、欲しいから。

 切迫した状況だと、難しいかもしれないけど。

 それでも、心配は掛けさせないように努力すべきだ。

 一呼吸置いて、また僕は話し出す。

 

「話を戻していいですか?」

「あ、ああ、いいわよ。話して」

 風先輩に聞くと、まだ戸惑いが残っていながらも了承の返事をくれた。

「襲撃とは言いましたが、神樹に散華を取り消させるために直談判しに行った、という方が正確ですね、まあ襲撃でも間違いはないんですが」

 なにしろ大赦の人と戦って建物も壊した。むしろ襲撃以外の何物でもないだろう。

「その時に、神樹から聞いたんですけど――」

 僕は神樹から聞いた色々な情報を皆に伝えた。

 

 銀の事。

 僕はこの世界の人間ではなくて、別の世界からデウス・エクス・マキナという神に目を付けられて転生させられて来た事。

 バーテックスがどんどん強くなっていったのは、僕が使う力をデウス・エクス・マキナが利用したからという事。

 友奈の家に最初連れられて行った理由、は言う必要は無いから言わなかったが、大方先程見た夢が原因だろう。僕が何か反応を示したからと、神樹は言っていた。デウス・エクス・マキナは、その一番反応を示した人間の家に住まわせるつもりだったのだろう。それが友奈だったというだけだ。

 神樹に攻撃された事も、伝えた。

 信じている神に友達が殺されそうになったなんて、伝えるのは躊躇われた。

 けど、これからのためにも情報共有は必要だ。

 

「だから多分、力が無くなったっていう事は、そのデウス・エクス・マキナに返却された事で僕の記憶が戻って来たんじゃないかと思います。記憶も、力の代償で奪われたんだと神樹が言っていましたから。なんでデウス・エクス・マキナがそんなことをしたかは、分からないですけど」

「そうだったんだ……」

「夢河くん……」

「デウス・エクス・マキナ、か。聞いたこともないわね」

「どうしようもない神ね、そいつ。神樹様も神樹様だけど」

 友奈、東郷さん、風先輩、夏凛、樹ちゃんがそれぞれ反応を示す。

 樹ちゃんはこくこくと夏凛の言葉に頷いていた。 

 

「でも、大丈夫。私たちがついてるよ。力になるから、何でも言ってね」

「うん……」

 友奈は、友奈たちは、勇者部の誰かが危機的状況に陥れば、こうして全力で力になるのだろう。

 それが、誰でも。

 今は、僕なんだ。

 これからは、頼る。

 ちゃんと、あの時そう決めた。

 だから僕も、皆に頼ってもらえるように、強くならなければ。

 

「とにかく、力が無くなったんですけど、僕はこれからどうやって戦えばいいのかな……」

 なにしろ、唯一の力だった。

 あの力がなければ、僕はただの凡人だ。

 何の力もない。 

 再起を決意したはいいけど、最初から躓いている。

 

「あんな力は、ない方が良いよ」

 友奈が、言った。

 確かに、そうだ。

 あれを使えば、人が死んでしまう。

 僕は一度やってしまって、もう後戻りは出来ないけど。

 だけど、一度やってしまったら、後は何回やっても同じだなんて考えてはいけない。

 もう、そんな風に考えるのは、駄目だ。

 これ以上、罪を重ねてはいけない。

 だから絶対に使ってはいけない。

 善人なら、そんな思考をするだろう。

 勇者なら、きっとそう考える。

 だから僕も、そう考えよう。

 使いたくても、もう使えはしないけれど。

 一度使ってしまった時点で、善人とは言えないけれど。

 それでも。

 

 でも、この先どうやって戦う?

 誰とも戦わずに済むとは思えない。

 敵はまだ、存在しているのだから。 

 

「朝陽、大丈夫だ」

 その時、僕の肩にポンと手が乗せられた。

「銀……」

 銀だった。

 先程までずっと話に加わってなかったけど、このタイミングで僕に話しかけてきた。

 今は、姿が現出している。

「余計な力が無くなったおかげで、アタシの力が使えるようになった」

「銀の、力……?」

「ああ。アタシが勇者やってた時に使ってた力だ」

「それがあれば、僕はまた戦える?」

「百人力だろ?」

 銀は不敵に笑って、そう言った。

 頼もしい。

 素直に、そう思った。

「うん、そうだね」

 だから僕も、笑った。

 

「じゃあ朝陽はこれからも戦えるってことね。なら、問題はこれからどうするかってことか」

 風先輩が仕切り直すように言葉を放った。

 皆で、考える。

 

 デウス・エクス・マキナや天の神とは、戦闘に持ち込むことすら今はできない。

 何しろ奴らは天高く、結界の外に存在するのだろうから。

 だから、目下の問題は最後の一つ、神樹のことだ。散華のことだ。

 僕はまだ神樹に狙われているだろう。

 僕の力はもう無いけれど、神樹がそれを把握しているかは分からないのだから。

 把握していれば別かもしれないが、悪い方の可能性を考えて行動した方がいい。

 そうなると、まともに動くこともできない。

 だから、神樹の元にまた行って、説得するしかない。

 僕一人では無理だと諦めただろう。

 だけど、皆がいる。

 

 話し合って、そういう結論が出た。    

 後は、皆とやり遂げるだけだ。

 

「行くよ。朝陽くん。私たちでなにもかも、なんとかしよう!」

 友奈の言葉と共に、僕は勇者部部室のドアに歩み寄った。

 

 

 プツンッ――――――

 

 

 刹那の間すらなく、場面が、視界が、

 

 ――変容した。

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