愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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四十六話 なにもわからなくて

「――――――――――っ」

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。 

 

 場面が、変わった。

 変わる世界。

 視界は酩酊。

 思考は強直。

 心音は早鐘。

 

 ――――僕は、決意を新たに、部室を皆と共に出たところのはずだった。

 その、はずなんだ。

 それ以外、ありえないはずなんだ。

 ありえてはいけないんだ。

 

 なのに。

 なんだ、これは。

 どういう、ことだ。

 訳が、分からない。

 誰か説明してくれ。

 思考を放棄したくなる。

 

 ――――――だけど。

 だけど、僕はもう、絶対に諦めないって決めたんだ。

 躓いても、立ち上がって見せるって。 

 強くなるって。

 皆に手を伸ばしてもらったあの時から、誓ったんだ。

 

 だから、何とかするんだ。

 今の現状を。

 現実を直視して、対処に当たる。

 冷静に、状況を把握して、行動する。

 それを、確実に実行に移さなければ。

 

 とりあえず、見える視界から判断すると、ここは樹海。

 樹海化警報は鳴っていない。

 飛ばされる前の世界の停止も見ていない。

 けれど、樹海にしか見えない場所。

 それが、ここだ。

 不思議な色合いの根っこが跋扈(ばっこ)する、樹海だ。

 

 周りを見回す。

 友奈が、居た。

 

「友奈!」

 背を向けている友奈に走り寄った。

「朝陽くん……?」

 困惑した表情の友奈が振り返る。

「こ、ここ。どこなんだろうね?」

 少し噛んでしまったが、友奈に聞く。

「私も、分からない……勇者部の部室を出て、そこから先はすぐにこの場所にいたと思う」

 どうやら友奈も僕と同じ認識みたいだ。

「一体、何が起こったんだ……」

「やっぱり、樹海にいるなら樹海化かな?」

 

 確かにここは樹海にしか見えない。

 けど、樹海に来る前に起きる現象は何もなかった。

 本当に、気づいた時にはここで突っ立っていたんだ。

 まるで時間が切り取られたかのように。

 なら――

「樹海化の前の現象が無かったけど、樹海に来ている。つまり、樹海化ではあるけど、いつもの樹海化とは違うものなのかな……?」

 わからない。

 憶測でしかない。

 けれど、推測しか今はできない。

 というかそのまんまで、何も解っていないのと変わらない。

 

「……あれ? 他のみんなは?」

 友奈が、ふとそんなことを言った。

「え……?」

 僕も見まわして、僕ら二人だけだと今更気づく。

 遠くにいるかもしれないと目を凝らしても、耳を澄ましても、誰もいる様子は無い。

 風も吹かない樹海に、不気味な静けさだけが充満している。

「あ、銀は!?」

 自分の内にいる女の子に、呼びかける。

「銀! ねえ銀! 聞こえてるなら返事してくれ!」

 

 無音。

 返ってくる返事など、一切なかった。

 自分の内に銀がいる感覚は、あるような、ないような、良く分からない感覚だ。

 でも、いくら待っても返答は無いし、出てくる様子もない。

 ということは――

「銀も、居ない……?」

 一体、どういうことなんだ?

 

「今まで、音すら届かないほど遠くに離れて来たことって、あるかな……?」

 銀以外のみんなは、すごく遠くにいる可能性もあると思って、聞いてみる。

「最初に樹海に来たとき――でも、そんなに離れてたわけじゃなかったし、やっぱり、なかったと思う……」

「そうか……」

 だとしたら、僕たち二人だけしかいない?

 決めつけるのは早いが、最悪を想定しておいて損は無いはずだ。

 でも、そうだと仮定して、なぜ?

 僕ら二人だけしか樹海に来てなくて、樹海にくる過程も可笑しかった。

 何が起きている?

 

「くっそ……わからない……」

 片手で額を押さえる。

 考えても考えても、結論は出ない。

「友奈はこの状況、何か分からない?」

 勇者部五箇条の、悩んだら相談だと思って、友奈に聞いてみる。

「ううん、さっぱりだよ。でもやっぱり、敵が来るのかな?」

 

 敵。

 そうか、敵は、樹海化だとしたらやって来る。

 状況は不明瞭なことばかりだけど、敵が来る可能性があるのなら、最大限に警戒をしておかなければ。

 訳が分からない状況に陥った時点で、警戒はしていたが、さらにそれを強める。

 

 友奈は、こんな状況だけど混乱せずに気丈に振る舞っている。

 僕も、負けていられない。

 

 

「あ――」

 友奈が一音を喉から漏らした。

「なにかあった?」

 

「向こうに、何か見える」

 と、遠く遠くの空を、指差す。

 僕も、目を凝らす。

 空中にある、小さな影が見えた。

 まだ距離は遠く、小さな飛ぶ影の全容は見えない。

 だが、徐々に徐々に、近づいてきている。

 僕たちの方に――。

 

 結構な速さで、接近してきている。

 近づくにつれて、その影の姿が、露わになった。

 

 巨大な白い口に、白い袋が付いたような形状。

 顎に、髭のような数本の糸状の物体がぶら下がっているが、目も鼻も耳もない。

 バーテックスか?

 でも、それほど大きいわけでもない。

 人間からしたら十分に巨大だが、バーテックスほどではない。

 けれど樹海にいる人間以外の動くものなど、バーテックス以外にありえない。

 

 とりあえず、スマホで確かめた方がいいだろう。

 けれど僕は、スマホを持っていない。

「友奈、あれが何なのか確かめてくれる?」

「もう確かめたよ」

 そう言って、すぐにスマホの画面を見せてくれる。

 

 『星屑(ほしくず)

 

 そんな文字だけが、地図上の僕ら二人から離れた位置にあった。

 とにかく、星屑という名前は分かった。

 バーテックス関連なのかは分からないが、『星』と名が付いているのなら、星座の名が付いているバーテックスと同類だろう。

 ならば敵だ。戦わないと。

 

「友奈、変身するぞ!」

「うん!」

 右の手を拳にして、左の掌に打ち付ける。

 徐々に両手を話していくと、白銀の色が――

 出てこない。

 忘れていた。

 僕はもう、あの力は使えない。

 いつもの癖で自然に使おうとしてしまったが、たとえ在ったとしてもあの力はもう使わないと決めたはずだ。

 なのになんで僕は使おうとしてるんだよ。馬鹿か。

 

 頭を振って意識を切り替える。

 今は自分を責めている場合ではない。

 敵がやって来てるんだ。

 

「銀。銀の力が使えるようになったって言ってたよね? それを今貸してくれよ」

 戦う術を求めて、自らの内にいる銀に呼びかける。

 されど、返事は無い。

 さっき確かめたとおりに、銀はいない。

 これでは、戦えない。

 僕は今、ただの凡人だ。

 友奈に、任せるしかない。

 

「あれ? ……変身できない!」

「え?」

 見ると、友奈は何度もスマホの画面をタップしているが、何も起きていない。

 いつものように、不思議な光が沸き上がって、衣装が変わらない。

「え、変身、できないの……?」

「うん……」

 焦った瞳で、友奈は答えた。

 

 なぜ?

 なんで変身できない?

 ここは樹海のはずだ。

 神樹の結界内のはずだ。

 ならば、神樹の影響下にあって変身が出来ないなど、起こり得るわけがない。

 起こり得てはいけないんだ。

 なのに、変身できない。 

 

 不味い。

 僕は今、ただの凡人。

 友奈も、変身できない。

 これでは、戦える者がいない。

 他のみんなは、なぜかいないし。

   

 されど、星屑は迫る。

 けれど、戦う術がない。

 超常の力を持たない僕らは、憐れな捕食対象に過ぎない。

 立ち向かっても、即座に殺されるだけだ。

 逃げないと。

 

 けど、何処へ?

 ここは樹海だ。

 恐らく樹海だ。

 敵を殲滅しなければ、元の世界へは返れない。

 逃げて、意味があるのか?

 しかし、奴を倒せる算段があるわけでも無く。

 

「朝陽くん! とにかく今は逃げるしかないよ!」

 友奈に手を取られ、最初は足を(もつ)らせながら、走る。

 友奈の言う通り、今は逃げるしかないのかもしれない。

 逃げて、どうにかなるのかなんて、分からないけど。

 

 でも、今ここにいない皆が、見つかるかもしれない。

 そして他の誰かは、変身が出来る状態かもしれない。

 もしそうだったら万々歳だ。

 そんな都合のいいこと起きてくれたら、泣いて喜ぶ。

 けど、現実は甘くなくて。

 

 まず、逃げようと走り出すのが遅かった。

 そして、星屑という化け物は、普通の人間よりも圧倒的な速さで飛来している。

 地を走るしかない人間とは違って、空も自由自在に飛んでいる。

 

 追いつかれないはずが無く。

 星屑の大口は、もうそこまで迫っている。

 ゴパアッと開かれた顎門(あぎと)

 その口腔は、何もかも飲み込んでしまいそうな暗さを秘めていた。

 

 ――――追いつかれる。

 

 確実に。

 結実に。

 現実に。

 一寸後には、暗い口腔に飲み込まれてしまうだろう。

 

 だけど、友奈にそんなことはさせない。

 させてたまるか。

 友奈がいなくなったら、意味が無い。

 化け物風情が、友奈を失わせていいはずがない。

 誰だろうと、友奈を殺させていいはずがない。

 

 だが、今この瞬間に目の前の敵を屠れる術など、持ち合わせていない。

 けど、友奈だけは絶対に殺させてたまるか。

 

 僕は友奈を、横に突き飛ばす。

「わっ!?」

 友奈は驚いた声を出した後、化け物の直線範囲から外れて転がった。

 擦り傷とかを負ってしまったかもしれないが、死ぬよりはいいと無駄な思考を振り解く。

 この後逃げ切ってくれることを、祈るしかない。

 

 ――僕はもう、駄目だから。

 

 走る速度を落とさないために、後ろは今振り向けないが、目の前にあるのは、全てを覆ってしまいそうな影。

 僕を飲み込む、影だ。

 星屑がすぐ後ろまで迫っている証拠。

 

 がくんっ、と僕の動きが強制的に止められた。

 星屑の巨大な歯に、(くわ)えられたんだ。

 僕の下半身は、今化け物の暗い口腔の中だ。

 あ、怖い。

 と、一瞬そんな思考が浮かび上がった後。

 

 巨大な歯と歯の間の距離が、零になった。

 

 ぐしゃっ、と嫌な音が、聞こえた。

 僕の肉が、潰れる音だ。

 痛みは、どうだろう。

 感じる余裕もないのかもしれない。

 でも今は、ただただ怖い。

 死は怖すぎた。 

 こんなにも、怖いと思ってなかった。

 怖い、怖い、怖い。

 けれど、いくら怖がろうと、僕にはもう来ることが確定してしまっていて。

 あの不気味な力がなくなった僕は、ただの人間は、上半身と下半身を別にされたら、死ぬ。

 当たり前のことだ。

 身体が二つに分かたれ、上半身だけの僕は、地面に落下していく。

 どちゃっ、と地に血と共に、落ちた。

   

 薄れゆく最後の視界の中に映ったのは。

 目を見開いて呆然とした、友奈の姿だった。 

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