気づいた時。
急に。
脈絡なく。
ぶつ切りの様に。
一寸で。
一瞬で。
刹那の間すらなく。
僕の意識は、在った。
生きていた。
立っていた。
けれど、先までの光景とは、繋がりが無い。
僕は、星屑という化け物に喰い殺されたはずだ。
なのに、無傷で立っている。
上半身と下半身も、繋がっている。
なぜだ?
わからない。
混乱して、困惑する。
生きていたのはいい。それはいい。
死にたくなかったし、死は途轍もなく怖かった。
だから、生きていたのは泣いて歓喜したいほどの幸福だった。
けれど、意味が解らない。
死んだのに、生きていた。
矛盾している。
それに、目の前の光景は。
最初にあの、この樹海に来た時と全く同じで。
まるで時間が巻き戻ったかのような、そんな錯覚に囚われる。
――いや。
巻き戻っているのか?
もしくは過去に意識だけが戻った。
要するにタイムリープ。
どっちでもいい、今の僕にとって、然程大きな違いなどない。
周りを見渡してみる。
友奈が、居た。
先の時に、最初にこの樹海に訪れた時に、見回して友奈を見つけた時と同じ場所。
その場所に、彼女は立っていた。
強烈なデジャブ。
いや、デジャブよりも鮮明。
再度見回しても、友奈以外はいない。
それも同じだ。
本当に、戻ったのか?
まだ確証はできない。
だから、先の時と同じ行動をとってみる。
「友奈!」
背を向けている友奈に走り寄った。
「朝陽くん……?」
困惑した表情の友奈が振り返る。
ここまで、同じ。
「戻ってるよね?」
ストレートに、聞いてみる。
さっきとは違う言葉だが、これが一番手っ取り早い。
「え……? なにが?」
「だから、星屑とかいう奴がやって来て、僕がそいつに殺されて……」
「朝陽くん、何のことを言っているの?」
怪訝そうな顔。
友奈は、『前』の記憶が無いのか?
「友奈は、ここに来る前どこにいたの?」
「多分、勇者部の部室を出て、そこから先はすぐにこの場所にいたと思う。朝陽くんは違うの?」
さっきと同じだ。
僕もさっきまでは、そうだった。
だけど、今は違う。
何が起きたのかは分からないけど、恐らく過去に戻った。
それも、僕だけが。
妄想じみた話だけど、現に僕は身体を二つに別たれたのに、生きている。
デウス・エクス・マキナの力のように、強力な人知を超えた力が働いたのなら別だけど、光景も場所も全て戻っている意味がそれだと説明が付かない。
人知を超えた力っていうのは、同じかもしれないけれど。
だって、時間遡行だ。
普通ならあり得ない。
だけど、超常の力というものは、得てしてそういうことを起こすものだ。
身をもって、知っている。
なら、これは神が起こした現象なのだろうか?
それなら、誰が?
神樹か? デウス・エクス・マキナか? はたまた天の神か?
普通に考えれば、僕に都合のいい現象なのだから、人類の味方である神樹か?
でも、神樹は今、僕を殺そうとしているはずだ。なのに助ける意味がない。
ならば、デウス・エクス・マキナか? けど、デウス・エクス・マキナは僕から力を全て強制返却させた。なのに、まだ生き長らえさせてくる意味が解らない。
天の神の線は、まず理由が何も思い浮かばないし、その線は無いだろう。
なら、誰が起こした現象なんだ?
分からない。
情報が少なすぎる。
――けれど、今はそんなこと、どうでもいいのかもしれない。
もうすぐ、星屑という化け物がやって来る。
僕を喰い殺した、化け物が。
遠くの空を、振り仰ぐ。
空を飛ぶ影が、見えた。
「銀! やっぱりいないのか!? 銀、返事をしてくれ!」
必死に、決死に、呼びかける。
されど返答はさっきと同じで全く無く。力は亡く。心は泣く。
戦える力は、ない。
だけど、また殺されるのは嫌だ。
あんな死の恐怖は、もうごめんだ。
頼ってはいけないと分かっていて、右拳を何度も左掌に打ち付けるも、一向に白銀色は見えてこない。
「友奈、変身はできる……?」
淡い期待を込めて、聞いてみる。
「…………できない」
友奈はまたスマホを何度もタップしているけれど、変身ができないのは変わらないみたいだ。
焦りを込めた表情で、僕を見てくる。
結局戦えないのも、変わらない。
力を持った状態でやり直せてたら、どれだけ安堵しただろう。
だけど、無理だ。
何も、良い方向に変わっていない。
今すぐ、逃げないと。
逃げるのが遅ければ、『前』の二の舞だ。
「逃げるよ友奈」
友奈の手を取って、すぐに走り出す。
「え? え?」
戸惑ったまま足を縺れさせて、それでも何とか体勢を整えてついてきてくれる友奈。
「朝陽くん、逃げるってどこへ?」
「分からない。だけど、戦える術がないのなら、逃げるしかない」
「うん……そうだね」
地を蹴り、走る。
走る、走る、走る。
星屑は、どこまで来ている?
気になって、振り向いた。
振り向かなければよかった。
後悔した。
星屑は、まだ少し離れている。
先程視認した時よりも、ずいぶん近くだが、それでもまだ攻撃される位置ではない。
だけど、僕は、星屑のその姿を、見てしまった。
見てしまったんだ。
巨大な歯がズラリと並んだ大口。
白い袋が付いたような形状。
顎に、髭のような数本の糸状の物体。
目も鼻も耳もない、
それを、視界に収めた瞬間。
僕は、動けなくなった。
「朝陽くん!?」
いきなり僕が止まったことで、手を繋いでいた友奈がつんのめるが、構う事が出来ない。
何故か。
全身が震えて、動けないからだ。
恐怖に、支配されてしまった。
見るまではまだ大丈夫だったのに、視認した途端にこれだ。
死の恐怖が、化け物に対する恐怖が、一度死んだ記憶と共に刺激された。
怖い。
無理だ。
こんな恐怖、押し殺せない。
だって、僕はあいつに、殺されたんだ。
あの巨大な歯で、喰い千切られたんだ。
あの時した決意も、全て恐怖に押し流されて、薄れていく。
「朝陽くん! お願いだから今は走って!」
友奈が叫ぶ、しかし体は呼応してくれない。
星屑が、近づいてくる。
接近してくる。
もうすぐ、ここに到達する。
僕たちを殺しに。
さっきみたいに、あの歯を血で汚すために。
「うああああああっっ…………」
情けなく呻きながら、蹲る。
「こうなったら、私が引っ張ってでも連れてくよ!」
腕を引っ張られる。
「んーっ……んーっ……!」
全力で、唸りながらも持ち上げようとしてくれている。
けれど変身していない今の状態で、女の子が男の体を持ち上げることなどできない。
加えて友奈は散華で左腕が使えない。絶対に不可能だ。
僕が立って、走れればそれでよかったのに、まだ身体はいうことを聞いてくれない。
本能が、警鐘を鳴らしているというのに。
もうすぐ死んでしまうから走れと、警笛が鳴っているというのに。
それでも、恐怖に竦んだこのどうしようもない木偶人形のような体は、動いてくれない。
少し経つと、引っ張って連れていくことは諦めたのか、スマホをいじりだした。
「お願い、お願いだから、変身してっ……」
けれど、呼応は無く。変身はできない。
僕が、立てれば、いいのに。
何故、立てない?
恐怖ぐらい、吹き飛ばせよ。
何なんだよ僕は。強くなるって、決意しただろ。
諦めないって、躓いても迷っても、立ち上がるって。
なのに、なんでだよ。
立てよ。クソ野郎。
このクズが、早く立てよ。
――――影が、差した。
「朝陽くんは、殺させない!」
振り向くと、友奈が僕の前で、大口を開く星屑の前で、両手を広げて立っていた。
駄目だ。
そんなことしたら、友奈が死んでしまう。
許容できない。駄目だ。駄目だ。
駄目なのに。
身体は動いてくれない。立って、くれない。
どうしようもない僕の心は、恐怖に染まったまま。
化け物の、深淵のような穴が、友奈をそこへ
今すぐ、立て!
立って、友奈を突き飛ばせ!
そうしないと、あの化け物に友奈が殺されるぞ!
何度も自分の心に叫ぶ。
なのに。
それなのに、足が竦んで立つ事が出来ない。
立とうとしても、足に力が入らず無様に地を転がっただけだ。
死ねよ、友奈を守れない僕など死んでしまえ。
役立たずが。
這ってでも、友奈を護ろうとした。
無様でも、守れればいい。
そう思った。
けれど、だけど、しかし、されど。
その願いは、叶わなかった。
敵わなかった。適わなかった。
僕の目の前で、星屑の凶悪な歯が閉じられ、血飛沫が上がった。
「あ……ああ……」
友奈が……友奈が……。
「あああああ……ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
僕は、立ち上がった。
遅い。
今さら体が動いた。
怒りで体が動いた。
怒り、悲しみ、憤怒、憎悪、悲哀、悔しさ、無力感。
ごちゃまぜに心を掻き乱し、心を狂わせる。
憤怒に任せて、友奈を失わせた、存在してはいけない化け物に突っ込む。
血に濡れた歯が、再度開き、閉じられた。
気づいた時には、僕の右腕は亡くなっていた。
「ぎいいいいいいいいいいいい!!」
血があり得ない量、噴き出す。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
怖い。恐い。
思い知った。
戦いが、こんなにも悲惨なものだと。
死とは、こんなにも酷く、醜く、恐く、悔しく、悲しいものだと。
心の奥、魂までに、思い知らされた。
今まで戦って来れたのは、感覚が麻痺していただけだ。
強力な力に頼って、増長していただけだ。
戦いとはこういうものだった。
痛みとはこういうものだった。
死にたくない。誰か、変われるものなら変わってくれ。
けれど、変わってくれるものなどいるはずもなく。
大切な人も、もう居なく。
深淵のような、闇を讃えた口腔は、僕を飲み込んだ。