気づいた時。
急に。
脈絡なく。
ぶつ切りの様に。
一寸で。
一瞬で。
刹那の間すらなく。
僕の意識は、在った。
この場所にいるのは、これで三度目。
さっきと、この樹海に来た時と、また同じ光景。
確信する。やはり最初に、戻っていると。
なら――――
「友奈っ!?」
友奈が、いるはずだ。
生きているはずだ。
生きてなきゃ可笑しい。
生きてなければ僕は死ぬ。
目を血眼にしながら、探す。
はたして――――
「朝陽くん……?」
友奈は、いた。
寸分違わぬ姿で、前の時と全く同じ場所に。
生きていた。
生きていたんだ。
生きていたんだ!
「友奈!」
すぐさま走り寄る。
「わぷっ!? 朝陽くん!? どうしたの!?」
思わず、抱きしめてしまった。
僕の胸に顔が
嫌がっているかもしれない。
でも、本当にここにいるのか確かめたかったんだ。確信したかったんだ。
大丈夫だ。友奈の感触も、匂いも、温かさも、ちゃんとある。
友奈は、ここに、存在している。
意思を持って、何者にも侵される事無く、存在している。
「朝陽くん……? 泣いてるの……?」
「え……?」
心配そうな友奈に指摘されて気づいたら、僕の頬は濡れていた。
けれど、これは嬉し泣きだ。
だって、友奈が生きていたんだ。
嬉しすぎて、涙が出るなんて当然のことだ。
友奈が、ぎゅっと抱き返してきた。
「私がいるから、大丈夫だよ。みんなで立ち向かうって決めたもんね。だから、泣くことなんてないんだよ。何かあったら、みんなで解決すればいいんだから」
「うん……うん……」
僕は二度、頷いた。
ここにみんなはいないけれど、友奈しかいないけれど、それでも、僕はその言葉に救われる。
だからまだ、立ち上がれる。
もうあんな思いはしたくない。
友奈が殺される光景なんて、見たくない。
絶対に、守って見せる。
この命に、代えてでも。
「友奈、悪いけど今は何も聞かずに一緒に逃げてくれ」
抱きしめていた友奈を話し、精一杯の真面目な声色を出して言う。
「うん、いいよ」
友奈は、即答した。
「え、自分で言っといてなんだけど、そんなすぐに判断しちゃっていいの……?」
「だって朝陽くん、今すごく焦ってる。きっと時間が無いんだよね」
確かに、時間は無い。
星屑は今も接近しているだろうし、変身も前に二回ともできなかったから、今回もできない可能性は高い。
だからすぐに逃げて、隠れる必要がある。
変身ができるかどうか確かめるのは、隠れてからでもいい。
「けど、それにしたって――」
「私は、朝陽くんを信じてるから」
桜咲く微笑み。
「あ…………」
こんな状況だってのに。
僕は、見惚れてしまった。
「だから早く、行こう」
硬直していた僕は、友奈に手を引かれて走り出す。
僕が手を引いて、守らなければならないのに。
僕の方が、守られているみたいだ。
だけど。
友奈のその信頼には、応えなければいけない。
「朝陽くん、どっちに行けばいい?」
「こっち」
今度は僕が、友奈の手を引っ張る。
とにかく、星屑がやってくる方向から、できるだけ反対方向に。
行けるところまで、遠くに。
そして隠れて、それから解決策を考える。
走る、走る。
今回は恐怖に足が竦むことなく立って、走れている。
もうあんなことは、繰り返したくないから。
二人で一緒に、両の足を動かし続けた。
僕たちは今、樹海の、大きな根の下。
影になっている部分に、隠れている。
星屑の方が圧倒的に速いから、奴に視認される前にどこかに隠れる必要があった。
ここは神樹の根が跋扈する樹海だ。だから、こういう隠れる事ができる場所はいくらでもある。
「はぁっ……はぁっ……」
友奈と二人で、影に座り込んで息を整える。
しばらくすると、喋れるほどになった。
「友奈、変身はできる?」
希望は薄いけれど、一応聞いてみた。
もしも変身できたら、跳び上がって喜ぶけど。
「ちょっと待っててね」
友奈はスマホを取り出して、画面をタップする。
けれど、変化はない。
何度もタップするが、何も起こらない。
「無理みたい……」
「やっぱり、そうか……」
期待はあまりしていなかったが、それでも落胆は隠せない。
僕も銀に呼び掛けたり、拳を掌に打ち付けてあの力が使えないか試してみたが、無理だった。
銀からの返事は依然として無いし、白銀色は出てこない。
白銀色は、出てきたとしてどうするんだということになってしまうけれど。
この状況を打開する事が出来る力に縋りたいんだ。
だけど、もう絶対に使わないと決めたんだ。
どっちにしろ使えないから意味の無い葛藤だってのは解っている。
けれど、使えたとしてまた僕が使ってしまうようなら、変われていない。
同じような間違いを繰り返すだけだ。
人間そう簡単に変われるものではないと解ってはいる、しかし、変わろうとする意識さえなくなったら、終わってしまう。
だからあの力が在ったとしても、絶対に、必ず、何が遭っても、行使してはいけない。
「朝陽くん、それで、何があったの?」
思考の波を泳いでいると、友奈が話しかけてきた。
そうだ。まだ友奈に一緒に逃げてきた理由について話していなかった。
「そうだね、話すけど、すごく荒唐無稽だよ?」
「それでも話してみて。それに、荒唐無稽なら今さらだよ」
それは、この樹海に来てからのことか、それとも最初にバーテックス関連の問題に巻き込まれたときからのことか。
どっちでもいいことだけれど。
だけれど、友奈の言ったことは、それもそうかと思うには十分だった。
本当に、今さらだ。
「じゃあ話すけど。星屑っていう、バーテックスと同類だと思う化け物が来てるんだ。そして、今も確認したように変身はできない。戦う力がないんだ。他のみんなもいない、僕たちだけなんだ。そうして僕は、僕たちは、殺された。だけど、最初にこの樹海に来た時に戻っていたんだ。つまり、時間が戻っていた、過去に戻っていた。今は、三回目だよ」
一気に話してしまったけれど、もっと順序立てて説明すればよかったかな。
こんなこと一気に捲し立てられても理解が追い付かないだろう。
説明とか、苦手だ。
「えーっと、つまり、バーテックスみたいなのが今も私たちを探してるってこと?」
「まあ、簡単に言えばそうだね。目下の問題はそいつが襲って来るからだし」
死んでもループするというのは、問題というよりもただ不可思議だというだけで、むしろ助かっている。
戻っていなければ、あの時に死んでそれで終わっていたはずだから。
「それで、三回目? 過去に戻ったっていうのが、荒唐無稽なこと?」
「うん。そうだよ。信じられないかもしれないけど」
友奈は僕の下手な説明でも、順番になんとか噛み砕いていってくれている。
「本当に荒唐無稽だけど、信じるよ。だって、朝陽くんの様子を見れば一発でわかるもん」
「わかる?」
「うん、嘘を吐いてないって顔に書いてあるから」
友奈は笑って、そう言った。
「え」
やはり僕は、そんなにもわかりやすいのだろうか?
前にも、顔を見ればわかるとか言われた。
でも顔に出やすいとか、自分ではわからない。
普通にしてるつもりなんだけどな。
「とりあえず信じたけど、これからどうしよう?」
「どうしよう、か……僕も分からないんだ……だから隠れてるんだけど」
しばらく二人で黙り込む。
けれど、黙って考え込んでも、打開策は僕の脳から弾き出されてこない。
「一体どうすれば…………」
「そうだ! ここは樹海なんだから、神樹様に助けてもらうのはどう?」
「神樹に……?」
「変身できないのは、神樹様に何かあったからかもしれない。だから、直接助けてもらえばいいんだよ」
「そう、か」
そうなのだろうか?
確かに、変身ができないのは、理由があるはずだ。
神樹に何かあったのなら、その理由に直結する。
けれど、何かあったなら何かあったで、僕たちを助けれる状況なのだろうか?
そもそも、友奈はともかく僕を助けてくれるだろうか?
でも、僕にはもうあの力がない。ならば可能性はあるか?
色々な疑問が、懸念事項が、頭を流動する。
「それか、この樹海が今までの樹海と違うなら、探し回っていれば何か解決する方法がある可能性もあるよ」
この樹海内に、解決法。
今までと違うのなら、確かに何かあるかもしれない。
薄い希望だけれど、零ではない。
化け物を斃せる何かが、在るかもしれない。
「だから希望を捨てず、二人で頑張ろう。力を合わせれば、きっとなんとかなるよ。なせば大抵、なんとかなるだよ」
「うん。勇者部五箇条は、忘れずにいないと」
それを意識して、実行していかないと。
「それじゃあ――――」
とりあえず立って動こうか。
そう言おうとした。
言おうとしたんだ。
けど。
言えなかった。
「あ――」
星屑が、恐悪な歯をギラつかせながら、僕たちのいる根の陰を、覗き込んでいた。
奴に目なんてないけれど、目が合った気がした。
「朝陽くん……あれが……?」
友奈の言葉には、受け答える事が出来なかった。
声が思うように出せない。息すら詰まる、止まる。
状況にのまれてしまっている。この後呑まれることになるんだろうけど。
慣れない冗談が思考から出た。
全然笑えない。
大口を開け、獲物に飛び掛かる猛獣の如く突っ込んでくる。
猛獣など可愛いものだ、と思えるほど、星屑という化け物の歯は、口腔は、狂気に
今の僕たちの速さなど、星屑に比べれば赤子のようなものだ。
ここまで接近されて逃げられるわけがない。
避けられるかも怪しい。
というか無理だ。出来るわけないだろ。
でも。
誰かが代わりに襲われていれば、別かもしれない。
どっちにしろ今は、奴は友奈に一直線に突進している。
飛び出す以外の選択肢など、無かった。
地を蹴り、跳び、友奈を突き飛ばす。
「あ……」
友奈の声。
聞こえる同時。
また一回目と同じような状況だな、と、そんな冷静だか呑気だか分からない思考が、脳裏で浮かんだ。
当然、友奈を突き飛ばしたらその位置に僕が来るわけで。
友奈の元いた位置に僕がいれば、どうなるかなんて誰でも解る。
僕は兇器に、喰い千切られた。
血飛沫が上がる。
一瞬で、意識は闇に呑まれた。