愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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四十九話 凡人は抗う

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。   

 

 僕の意識は、在った。

 

 四度目の景色。

 また、戻った。

 いつまで、戻れる?

 あと何回、失敗してもいい?

 有限? それとも無限?

 わからない。

 分からない解らない。何も。

 

 

 でも、やるしかない。

 友奈は、殺させない。

 たとえ何回身代わりになっても、護って見せる。

 僕が先に死ねば、戻るのだから。

 友奈を殺させないようには、出来る。

 

 とにかく、今は友奈が言っていた、神樹に助けを求めるという方法を実行してみるべきだ。

 それが無理だったら、この、見た目だけはいつも通りで、来る過程が違った樹海で、何かないか探すしかない。

 

「友奈! このままだとやばいからついてきてくれ!」

「え? 朝陽くん!?」

 説明は最小。

 何か言うのは助かった時でいい。

 一々戻るたびに説明などしていられない。

 星屑は今も迫っているのだから。

 強引に友奈の手を取り、走り出す。

 

 大赦にいた時の姿より、何倍も巨大な巨樹の元へ。

 幸い、神樹が見える方面は星屑がやってくる方向とはちょうど逆方向だ。

 走りながらも、叫ぶ。

 

「神樹! 聞こえてるなら、僕たちを助けてくれ!」

「朝陽くん!?」

 友奈の言葉に、応じてあげる事が出来ない。

 今は、何が何でも助からなければならないから。

 だから、叫ぶ。

 神樹に、声が届くかもしれないと考えたからだ。

 ここは樹海、神樹の結界内のはずだ。

 自分の結界内のことは全て把握しているという可能性に、期待した。

 全てでなくても、ある程度は把握している可能性でもいい。

 どっちでもいいから、声が届いて、助けてくれればそれでいい。

 

「神樹! いるんだろ!? なあ、いるって言ってくれよ! この目に姿は見えてるんだぞ! 助けてくれよ! …………もう、友奈だけでもいいから!!」

 自分も、死にたくない。

 死にたくないし、みんなと共に在りたい。

 けど、僕を助けないといけないことで、どちらも助からないのなら。

 友奈だけでも、助かってほしい。

 死にたくない。でも友奈にはもっと死んでほしくない。

 だから。

 僕も絶対に助かりたいだなんて、厚かましいことは言わないから。

 友奈だけでも、助けてくれ。

 

 されど、返事はない。

 無反応。

 無反動。

 無感情。

 空しく自分の叫びだけが、木霊する。

 

「神だから敬えって言うんなら、敬うから……敬いますから! 毎日祈って、毎日お供え物して、感謝を忘れませんから! だから、どうか、友奈だけでも助けてください! 神樹様!!」

 

 情けなく、最悪にかっこ悪いことだって叫ぶ。

 返事はどれだけ待っても、先と同じで来ない。

 ここまで言ったのに、助けてくれる様子が一切ない。

 助ける気がないのか、聞こえていないのか、それとも助けられる状況にないのか。

 巨大な神樹を見た限り、何もいつもと変わっている様子はない。

 けれど、見えないところで何かが起こっている可能性もある。

 

 もっと近づいてみるしかないのか。

 真下ぐらいまで行って話しかけないと聞こえないというのもあり得る。

 

「朝陽くん、さっきからどうしたの……? あまりにも必死だったからついてきたけど、何があったの?」

 心配そうな顔。

 そんな顔ばかり、見ている気がする。

 もうさせたくないって、思ったはずなのに。

 切羽詰まっている今の状況では、どうすることもできない。

 

 気になって、振り返った。

 星屑は、もう視認できるところまでやって来ていた。

 ここから走って、あの巨樹の元に僕らが着くのが先か。

 それとも奴が僕らを食い殺すのが先か。

 そんな勝負に、なってしまった。

 神樹までの距離は、まだ遠い。

 

 

 ――当然、間に合わなかった。

 星屑の速さは僕たちより圧倒的。

 加えて神樹までの距離もあった。

 次第に距離を詰められて行き。

 

 もう、目の前だ。

 星屑が。

 化け物が。

 僕を何度も殺してきた、巨大な歯が。

 

 ――友奈に、迫る。

 もうこのまま逃げ切ることは不可能。

 結局僕は、前の時とまた同じ行動をとるしかない。

 

 友奈を突き飛ばす。

 奴の射線上に僕が来る。

 喰い千切られる。

 血飛沫が舞う。

 感覚が無くなる。

 生命が亡くなる。

 意識が、なくなった。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 五回目のトライ。

 直ぐに行動に、移すべきだ。

 時間が惜しい。

 何事も素早く。

 相手はこっちより何倍も速いんだ。いくら急いでも足りない。

 

「友奈!」

 説明せず、手を取って引っ張った。

「――!? 朝陽くん!? どうしたの? どうして引っ張るの?」

 僕は何も言わない。言えない。 

 話している時間が惜しい。

 迅速に行動する。

 

 樹海に蔓延(はびこ)る根に、隠れながら、息を潜めながら、慎重に進む。

 あの歯の化け物に、絶対に気づかれないように。

「朝陽くん、今からどうするかだけ教えて……」

「話している時間はない。けど、とにかく今は息を潜めて、音をあまり立てないで、僕と一緒に来て」

「うん……なら今は、そうするよ。後で聞くからね」

「そうしてくれ」

 根の陰に隠れながら、意識を研ぎ澄ませる。

 僅かな音でも聞き取れるように。

 奴が飛行する音が、聞き取れるように。

 何も聞こえなくて、視界に奴が映らなかったら、足を進める。

 そして、隠れる。

 そしてまた、意識を研ぎ澄ませる。

 問題ないと判断したら、進む。

 友奈も黙って、付いてきてくれた。

 

 幾らか進んだとき。

 根に隠れて、聴覚を研ぎ澄ませる。

 少し、違和感があった。

 陰から空を見上げる。

 

 星屑の白い身体が一部、視界に映った。

 見えた瞬間、即座に隠れる。

 危なかった。

 奴は今、振り向こうとしていた。

 少しでも隠れるのが遅ければ、見つかっていただろう。

 僕は友奈に振り向いて、自分の口に指を一本立てて当てた。

 絶対に今は喋ってはいけない。音を立ててはいけないということを示すポーズだ。

 友奈は解ったようで、最小限の動きで頷いた。

 そのまま、しばらく僕と友奈は息を潜める。

 心臓が早鐘を打ち、見つかったら殺されるという緊張感に胃が悲鳴を上げる。

 熱くもないのに、汗が頬を伝う。

 どれくらい時間が経ったか、分からない。

 一分か、数分か、十数分か。

 とにかく、いなくなったと判断して、陰から少し出て確認した。

 

 星屑は、いなくなっていた。

 別の場所に探しに行ったのだろう。

 ほっと一息吐き、また友奈と移動を開始する。

 

 

 

 そうして。

 辿り着いた。

 慎重に慎重を積み重ねた結果だ。

 途中危うく見つかりそうになったが、なんとか辿り着けた。

 これで、助かるはずだ。

 

 念のため神樹の幹に手を当てながら、話す。

 こうしとかないと僕の声が聞こえない可能性も否定できない。

「神樹、助けてくれ。今の僕たちではあの化け物は倒せない。だから、僕たちを助けてくれ」

 返事はない。

 さっきまでと、同じ。

 

「神樹様、私からもお願いします! どうか私たちを助けてください!」

 友奈も、僕がしようとしていることを察して声を上げてくれた。

 けれど、返答はない。

 

「神樹…………神樹様、友奈だけでもいいので、助けてください。なんでもしますから……」

 返答は、無い。

 何も、無い。

 

「駄目だよ朝陽くん、私だけなんて。二人で助からなきゃ意味ないよ」

 だけど、どうすればいいっていうんだよ。

「聞こえてるんなら、早くしてくれ! もうそこまで迫ってるんだ!」

 神樹は、葉さえ揺れていない。

 一切。一枚たりとも揺れていない。

 全部見えるわけではないから見える範囲では、になってしまうけど、何も動いていない。

 前に大赦で見た神樹みたいに、他とは違う何か、みたいな感覚もしない。

 神聖さが無いんだ。

 神って感じがしない。

 幹に触った時にも思ったが、生命を感じなかった。

 まるで造花を触っているようだった。

 ただの、でかいだけの木にしか思えない。

 もっと言えば、普通の木にすら思えない。

 死んだ大樹。

 そんな言葉が似合うような様間(さまあい)

 神樹は、どうしたんだ?

 生きているのか?

 とにかく、応えは無い。

 つまり、助けてはもらえない。

 神樹は、頼れない。

 意図的に助けていないにしろ、助ける事が出来ないにしろ。

 どっちにしろ、神樹に助けてもらえる可能性はゼロだと思っていい。

 そんな結論に、達した。

 

 ここまで、苦労してきたのに……。

 そもそも友奈が変身できない時点で、助けてもらえる可能性は低かった。

 勇者システムは、神樹の力を借りて作ったものなのだから。

 でも僕は、小さな可能性に縋りたかった。

 手が無かったから。

 けれど、とんだ骨折り損だ。

 

 

 影が、差した。

 僕は、察した。

 諦めの気持ちを抱えながら、振り向く。

 

 狂気に兇器(きょうき)じみた巨歯(きょし)を持つ、化け物が目の前にいた。

 

 星屑は友奈に狙いを定め――

「させるかよ」

 僕は友奈の前に立つ。

 瞬間。

 喰らい付いてきた星屑に噛み千切られ、

 

 血飛沫を撒き散らしながら、僕の意識はまた暗い闇の底へと落ちた。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 六回目。

 まだ僕は戻れる。

 やり直せる。

 だから諦めてはいけない。

 何か方法があるはずだ。

 躓いても立ち上がるんだ。

 僕はやる。

 やり遂げる。

 やらなければならない。

 友奈を、守る。

 

 今回は、どうする?

 確か、友奈はもう一つ言っていた。

 神樹に助けを求める以外に、もう一つ。

 

 この樹海が今までの樹海と違うなら、探し回っていれば何か解決する方法がある可能性もある。

 だったか。

 確か、そうだった気がする。

 なら、それを行動に移そう。

 まだ、手が無いわけじゃないんだ。

 薄い希望でも、縋れる希望がある。

 それなら僕は、手を伸ばす。

 

 それと、気づいたことがある。

 星屑は、友奈を執拗に、優先的に、狙っている。

 なぜかは分からない。けど、奴はまず友奈を狙う。

 今までも僕が先に死ぬのは決まって友奈を庇った時だ。友奈が先に殺された時はその後すぐに僕も殺されたから、友奈だけを狙っているわけではないんだろうけれど。

 気づきはしたが、だからといって、何がどう変わるわけでもない。

 僕のやることは、変わらない。

 友奈を守る。

 先に友奈が殺されるというのなら、身を投げ出してでも護る。

 それだけだ。

 

「友奈!」

 僕はまた、友奈の手を取り走り出す。

 

 

 

 ――――どれぐらい動き続けただろう。

 何十分? 何時間?

 よくもまあ今まで見つからないで移動し続けれたものだ。

 

 隠れる。

 走り、探す。

 息を潜める。

 奔り、探す。

 気配を消す。

 はしり、探す。

 

 そんな行動を。ずっと続けていた。

 何度も奴に見つかりそうになりながら、気を張り詰めて、何か解決策がこの樹海にないか、探し続けた。

 

 けど。

 けれど、見つからない。

 何もない。

 大樹や、巨大な根があるのみで、他の何かなど見つかることは無かった。

 

 

「どうしよう…………」

 途方に暮れた。

 何をすればいいか分からなくなった。

 打てる手は打つ。

 だけど、打てる手が分からない。

 それが無ければ、何も出来ない。

 

「朝陽くん……ずっとついてきたけど、困ってるなら私を頼って」

 立ち尽くす僕に、友奈がそう言ってきた。

 けれど、友奈に教えてもらったことをしたんだ。

 それが二つとも、無理だったんだ。

 今話して、なんになる?

 

 

 いや。

 ――――勇者部五箇条だ。

 悩んだら相談。

 話してどうにかならないとしても、話すべきだ。

 一度話したことがあったとしても、その時に話したことを試して無理だったとしても、話すべきなんだ。

 結局、やるべきことが分からないのだから、話した方がいい。

 だから、話しても何にもならない訳が無い。

 少なくとも、心の整理は出来るはずだ。

 

 僕は今までの経緯を全て話した。

 

「そう、だったんだ……」

 友奈は沈痛な表情をして少し俯く。

「辛かったんだね……すごく、辛かったんだね……ごめんね、覚えていなくて」

 なんで、いつも……。

「なんでこんな時なのに、そんなこと言うんだよ……友奈が優先的に狙われてるんだよ? 怖くないの?」

「怖いよ。けど、朝陽くんが辛そうだから……なんとかしてあげたいんだよ」

「僕はただ、友奈を守りたいだけなんだ。守れないから、辛いんだ。だから、そんなこと言ってくれなくても、僕に弱さをぶつけてもいいんだ。僕が絶対に、守るから」

 

 でも、力がない。

 前みたいに、超常の力なんて一切ない。

 ただの凡人な知力と身体能力しか持ち合わせていない。

 何の力も無い一人間でしかない今の僕に、誰かを守れるわけがない。

 けど、守りたいんだ。

 幸い、何の力がないとは言っても、何度もやり直せるんだ。

 だから何回やっても、何度失敗しても、チャンスは巡って来る。

 その中に、ただの弱い凡人でも何かできる一回が、在るかもしれないんだ。

 だから僕は、諦めるわけにはいかない。

 友奈を失うわけにはいかないんだ。

 生きて、一緒に帰るんだ。

 

「朝陽くんは優しいね。なら、一緒に頑張ろう。一緒に考えて、二人の力を合わせて、あんな変なやつやっつけよう」

 友奈は、咲き乱れる桜の様に、優しく微笑んだ。

 

 僕の心は、その桜に包まれるように軽くなった。

 その笑顔さえあれば、どんな困難にも立ち向かえる気がした。

 何度躓いても、転んでも、立ち上がれるような気がした。

 絶対に諦めない思いが、湧き上がって止まらない気がした。

 気がした。

 気がした。

 

 なのに。

 

 視界が鮮血に染まる。

 笑顔が、無に帰す。

 儚く散る桜のように、その笑顔は一瞬にしてこの世界から亡くなった。

 飛び散った赤いナニカが、僕の身体を、顔を汚す。

  

 目の前には、兇器の口。

 赤く濡らした、凶悪で醜悪な歯。

 

 白い化け物が、(わら)った様に見えた。

 

 

「このやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」

 

 

 僕は殴りかかった。

 

 喰われた。

 

 

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