気づいた時。
急に。
脈絡なく。
ぶつ切りの様に。
一寸で。
一瞬で。
刹那の間すらなく。
僕の意識は、在った。
七回目。
幸運の数字だ。今回でどうにかなってくれてもいいんじゃないか?
ははははは。ねえ、なってよ。
どうにかなってよ。
ならなきゃ死ね。死ぬ。死なない。死にたくない。
もう嫌だ。
友奈の手を取る。
「え? 朝陽くん? どうしたの?」
引っ張って、走る。
「ねえ、なんで何も言わないの……?」
走る、走る。
「少し恐いよ……今の朝陽くん……」
ただただ無心で、全力疾走した。
とりあえず、どうすればいいか分からない。
友奈と二人で協力? そう言った友奈は殺されてしまった。
僕の目の前で。
優しく笑ってくれていたのに。
なのに、一瞬にして消えてしまった。
いとも容易く、簡単に。
それなのに、友奈をさらに危険な目に合わせるなんて、出来るわけないじゃないか。
あの笑顔が、何の慈悲も躊躇いもなく、ゴミみたいに潰されてしまうんだ。
突然にして、理不尽に。
そんなことがあっていいはずがない。
誰が認めようとも、僕は絶対に認めない。
走った先。
当然、何もない。
大樹と根しかない。
ここは樹海なんだ。当たり前だ。
当たり前じゃなければよかったのに。
薄い希望が実現すればよかった。
それがよかった。
僕はそれがよかったんだ。
なんでそうならない?
……大樹と根しかないなら。
その大樹と根に、活路を見出せばいい。
自分でも何を言っているか解らない。
でもそれしかないんだから、仕方がないじゃないか。
他に案があるのなら、それを選んでいた。
でも、無かったんだ。
僕はそこら中に跋扈する根の一つを適当に選んで、近寄る。
道具なんて何もない。
スマホすらない。
だから、素手だ。
根を、殴る。
掻き毟る。
手が痛い。凄く痛い。
けど殴る、掻き毟る。
結構頑丈だ。
そりゃそうか、神樹の根だもんな。
ただの根なわけがない。
「朝陽くん!? なにしてるの!?」
それでもこの根の中に、何かあの化け物を斃せる武器とか力とか便利アイテムとか眠ってるかもしれない。
そんな可能性ゼロに等しいってことぐらい解っている。
でも、何をすればいいのかも分からない。
どうやったら友奈を守れるのか、分からないんだ……。
だから、思いついたのならその方法を実行するしかないじゃないか。
たとえ希望とも言えない希望だったとしても、手を伸ばすしかない。
意味の無い行為でも、せざるを得ないんだ。
何かしてないと、気が狂いそうなんだ。
もう狂ってるかもしれないけど。
「止めて!! 手がボロボロだよ! なんでそんなことするの!」
友奈が僕の手を掴んだ。
「待ってて」
その手を、振り払う。
「きゃっ」
友奈が尻餅をついてしまった。
罪悪感が沸き上がる。
でも、今は一刻を争うんだ。
言葉を掛けている時間も惜しい。
殴る。殴る。
掻き毟る。掻き毟る。
たとえ拳が潰れようとも、爪が剥がれ落ちようとも。
痛くとも辛かろうとも。
その先に希望があると信じて行動を止めない。
また、爪が一個、剥がれ落ちた。
僕の血に塗れた根は、まだ一センチも削れていない。
いったいいつになったら、中程まで削れる?
分からない。途方もない。
けど、やるしかない。
削る。削る。
「朝陽くん……!」
友奈が涙を流しながら、僕の腰に抱き着いてきた。
だけど僕は止めない。
無心に、無感情に、
殴る。掻き毟る。削る。爪が剥がれる。血が噴き出す。痛すぎる。削る。手の感覚が無くなっていく。手がただの削るための道具と化す。削る。
削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る。
それでも、一センチいかない。
だが削る。
赤い手を、動かす。
「朝陽くん! 私だって怒るんだからね!」
頬に衝撃。
作業は中断され、僕は倒れる。
痛む頬に手を当てながら、顔を上げる。
触った頬が、血に塗れた。
どうやら友奈に殴られたようだ。
衝撃の感触と、拳を固めていることから本気で殴られたのだろう。
結構、痛いし。
爪が剥がれた手ほどじゃないけど。
「どんな理由があるかは知らないけど、そんなことしちゃだめだよ。自分を痛めつけるだけで、何にもならないよ……」
酷く、悲しそうな顔だ。
僕は、君に笑っていてほしいのに。
誰が、悲しませた?
僕だ。
――影が、差した。
友奈の、後ろ。
白い化け物が、いた。
「? 朝陽くん……?」
僕の様子が急変したのを不思議に思ったのか、友奈は首を傾げている。
傾げた後、僕の視線が後ろに行っていることが解ったのか、振り向こうと――
星屑が、大口を開き、喰らい付こうとした。
僕はすでに、動作に入っていた。
友奈を引き倒し、巨大な歯の前に、僕が立つ。
その後は、前の何回ともと同じ。
僕は喰い千切られ、血の噴水を上げて絶命した。
気づいた時。
急に。
脈絡なく。
ぶつ切りの様に。
一寸で。
一瞬で。
刹那の間すらなく。
僕の意識は、在った。
八回目。
一度、地面を掘ってみようかという思考が浮かんだ。
だけど、その後すぐに友奈の酷く悲しそうな顔が、馬鹿な思考を上書きした。
地面を掘るなんて、根を削るのと、大差ないじゃないか。
道具もないから、また素手になる。
また、大して進まずに手がボロボロになるだけだ。
石を永遠と積み上げる行為に似た、意味の無い事じゃないか。
確かに根や地面の中に何かある可能性はゼロではない。
けれど、それは悪魔の証明だ。
確かめる事は出来ない。
――――だったら、どうする?
分からない。考えても思いつかない。考えたくない。どうすればいい。誰か教えてくれ。
こんな無能で役立たずな凡人でも、友奈を助ける事が出来る方法を教えてくれ。
されど、誰も教えてくれるわけがない。
ここには僕と、友奈しかいないのだから。
だから、友奈に聞けばいい。
さっきもそう思っていたじゃないか。
馬鹿か僕は。
悩んだら相談だろうが。
なせば大抵なんとかなるんだよ。
なるべく諦めるなよ。
挨拶はきちんとしろよ。
よく寝てよく食べろよ。
勇者部五箇条、忘れるな。
忘れない。忘れたくない。
とにかく相談だ。
――たとえ、すでにしていて解決していないとしても。
「友奈……」
「……朝陽くん?」
友奈が振り返って、顔を心配そうに歪めた。
また、その顔か。
僕のせいなんだろうけど。
「友奈、どうしたの……?」
「顔色が、すごく悪いよ。大丈夫……?」
大丈夫じゃない。
「大丈夫だよ」
全然大丈夫じゃない。
「本当に大丈夫……?」
「大丈夫……」
「でも――」
「大丈夫だって言ってるだろっ!!」
「ひぅっ!」
友奈はびくっと身を震わせた。
「あ――」
怯えさせてしまった。
怒鳴ることなかったのに。
友奈は何も悪くないのに。
悲しむ顔はもう見たくないって思っていたのに。
守りたい人に当たるなんて、最低だ。
最低最悪の男だ。
「ごめん……ごめんなさい……僕は、そんなつもりじゃなかった……」
ただただ、狼狽えて謝る事しか出来なかった。
なのに。
「ううん、私こそごめんね。でも、何があったか話して。全力で力になるから」
また友奈は、そんな優しい言葉を掛けてくれた。
こんな最低な野郎に。
力強い瞳をして、僕を見据えてくる。
その瞳には、何もかも打ち砕いてしまいそうな、物語の主人公のような意志の強さが垣間見えた。
僕は、その友奈の思いに、応えなくてはいけない。
絶対になんとかしてくれると信じて。
僕がなんとかしなくてはいけないのに、何も出来ないから。
何も出来ない、弱い人間だから。
だから、自分以外の人間を頼って、力を貸してもらうしかない。
そうしなければ、弱者は潰されるだけだ。
弱者が潰れないためには、自らが何とかして強くなるか、誰かに力を貸してもらう。
そのどちらかが必要なんだ。
「事情まで話している時間はない。だから、今必要なことだけを話すよ」
「うん。それでいいよ」
「とりあえず走りながら話そう。その理由も今から説明する」
「わかったよ」
僕は、友奈の手を取って走り出す。
「あっ」
友奈が、手を握った瞬間に声を出したが、気にしない。
今は、手を握ることに照れている場合じゃないから。
走りながら、話し始める。
「端的に説明するよ。今、化け物が僕たちを殺そうと迫ってきている。そして、ここには僕たち以外には誰もいないし、変身も出来ない。けれど僕たちはその化け物を倒さないと助からない。何の力も持たない僕たちはどうする? っていう話なんだ」
「そう、なんだ……」
友奈は深刻そうに黙り込む。
「前にも、相談はしたんだ……けど、その時に話した方法では駄目だった。神樹を頼るのも、この樹海に何かないか探すのも」
「前?」
「それは今はいい。とにかくそれ以外の何か解決策はないの? 僕には分からないんだ……」
友奈はしばらく考えた後。
「なら、二人で何とか協力してそいつをやっつけるっていうのは?」
「無理だ」
あんな化け物、ただの何の力も無い人間が倒せるわけがない。
兵器を持ってきても、バーテックスみたいに再生するやつだったら倒せないんだ。
超常の力でもないと、無理だ。
そのことを、友奈に伝えた。
「なら、樹海の端まで行って、なんとか結界の外に出てみるっていうのは? みんながここにいないなら、結界の外にいるかもしれないし、そのみんなは変身出来るかもしれない。外は天の神が滅ぼしちゃったって言ってたから敵がいる可能性は高いけど、今の状況からして背に腹は代えられないよ」
それは、いいかもしれない。
結界の外に出られるかは分からないけど、出られなくて無意味な結果になってしまうかもしれないけど。
試してみる価値はある。
結局、他に方法なんて、思いつかないのだから。
「じゃあ、それにしてみるよ。他に方法はもうない?」
最終確認。
「う~ん、多分ないと思う。とりあえず今は、思いつかない」
「そうか……」
これが失敗したら、もう他の手は無いのか……。
本当にないのかは分からない。
けど、友奈は思いつかないと言った。
これ以上可能性のある案なんて出てこないだろう。
とにかく。
やるしかない、か。
「それじゃあ今から、壁に向かって隠れながら移動しよう」
「うんっ」
そう言って僕たちは、根に隠れるために方向転換した。
――移動した。
何度も隠れながら移動した。
前の時と同じように、星屑に見つかりそうになりながら、慎重に慎重を期して、移動した。
そうして――。
衝撃。
額に、顔に、身体の前面に。
前からの反発があって、後ろに倒れこむ。
「朝陽くん!? 怪我はない?」
「いつつ……うん、多分ないよ」
衝撃と反発があって転んだだけだ。
「よかった……」
友奈は安堵したように一息吐く。
でも、壁にぶつかったような衝撃があったんだ。
立ち上がって、手を前に伸ばしながら少し先に進んでみる。
何か、硬いものに触れた。
それは平面で、縦に伸びている。
つまり。
「ここが樹海の端……」
そういうことなんだろう。
端がどういう風になっているかは知らなかった。
透明な壁のようなものがあったのか。
この先は、見えているとおりの光景なのか?
違うだろう、多分そう見えるだけ。
外は、天の神に滅ぼされた。
だから、見えている範囲みたいな、今は樹海化しているから具体的には分からないけど、こんなに、結界内と大差ない状態じゃないはずだ。
とにかく、この壁を何とかして、外に出なければ。
とりあえず思い切り殴ってみる。
右の拳を引き絞って、放った。
透明な壁に、結界に、僕の拳がぶち当たる。
一瞬の衝撃の後。
跳ね返された。
たたらを踏む。
「いってえっ…………」
殴った拳は、凄まじく痛かった。
まるでダイヤモンドを殴ったかのように、硬く、痛く、壊せる気がしない。
「待って。これは神樹様が創った結界なんだから、神樹様に頼めばいいんだよ」
でも、神樹は助けてくれなかった。
友奈は結界に手を当てて、言葉を発した。
「神樹様、私たちをこの外に出してください」
数十秒、待った。
沈黙が、静寂が、支配する。
何も、変化はない。
「無理、みたい……」
友奈は落胆した表情をして、結界から手を放した。
やはり今神樹は、一切頼りにならない。
けれどすぐに気を取り直したように顔を上げて。
「なら、私も!」
友奈も拳を握って、振り抜いた。
「勇者パンチ!」
結界に拳が衝突するが。
「わぁっ!」
跳ね返され、尻餅をつく。
「いったああああいっ!」
右の手をぶんぶん振りながら痛がっている。
――無理、なのか?
結界を破ることは出来ない?
ただの人間が、神の創った結界を破るなんてことは、不可能?
そうかもしれない。
でも。
それでももう、この方法しかないんだ。
なんとしてでもやるしかない。
「なるべく諦めない、だろ。諦めるな。諦めるな。諦めるな!」
自分に、言い聞かせる。
拳を叩き付ける。
跳ね返される。
拳を殴り付ける。
反発作用が働く。
拳を振り抜く。
反動が襲う。
何度も何度も、拳をぶつけ続けた。
友奈も、一緒になってパンチを繰り出している。
どこも強度は同じだと解ったら、一箇所だけを集中して、一緒に叩き続けた。
それでも、ビクともしない。
一切、ダメージが蓄積されているようにも思えない。
無理。無意味。無駄。痛いだけ。徒労。終わった。絶望。死ぬ。助からない。助けられない。守れない。護れない。救われない。救えない。何も出来ない。
そんな
「お願い。開いて。壊れて。外に出して!」
友奈が叫ぶも、変わらない。
「友奈、もういい。こればっかりは無理だ。物理的に無理だ。だから、無理しないでくれ」
友奈は、左腕が使えない。
だからずっと右の拳だけで叩き付け続けている。
きっと僕より痛いはずだ。
「今無理しなきゃ、いつ無理するの。無理でもなんでも、やるしかないよ!」
そういって、まだ右拳を振り続ける。
「確かにそうなんだけど、これはしょうがないだろ。それだったら別の方法を考えるべきだ」
結界は、少しも揺らいでるようには見えないんだ。
いくら諦めなくたって、壊せるものではないだろう。
少なくとも、ただの人間には。
今の僕たちでは、確実に不可能だ。
「別の、方法……」
そこでようやく、友奈は殴るのを止めてくれた。
友奈の右手は、赤く腫れあがっている。
「別の方法だ。何かほかに、ない……?」
さっき、無いと言われたし、今は思いつかないとも友奈は言っていた。
それは覚えているが、結局他の解決策を考え付けなければ、ここで終わりだ。
だから、僕も考える。
「やっぱり、何が何でもその敵を倒すしかないと思う」
友奈はそう言う。
結局、それなのか。
「でも、無理なんだ……。前までの、超常の力を振るえてた僕たちなら容易に倒せてたかもしれない。けど、今の何の力も持たない僕たち二人でかかったとしても、勝てる確率はゼロと言っていい。五分五分でも、一分ですらもない。ゼロなんだ。あんなの倒すなんて、絶対に不可能だよ」
事実、何度も殺されて来た。
あの歯に、何度も噛み千切られて来たんだ。
あそこまで殺されて、絶対的な力の差を体の芯にまで思い知らされて、斃せると思う方がどうかしている。
友奈は何も知らないけれど、無理だと分かってもらうしかない。
あの化け物には、勝てない。
「でも! それでも! それ以外に方法なんて…………」
友奈は黙り込んでしまった。
ないのか。
なにかないのか。
方法。解決策。逃げ道。抜け道。弱点。
なにか。
弱点?
星屑には、弱点はあるのだろうか?
いや、在ったとしても今の僕たちでは圧倒的に力量不足だ。
どの道斃せない。
本当にそうなのか?
弱点があるのなら、たとえ何回失敗しても続ければ、なんとかどこかで斃せるんじゃないか?
でも、まず弱点が分からない。
そんなものがあるのかも分からない。
知る方法も分からない。
じゃあ、どうすればいいんだよ。
他に方法なんて、あるのかよ。
友奈は思いつかないと言った。
僕も思いつかない。
何度頭を捻っても、出てこないんだ。
焦りも疲労もあるけど、それでも何とか案を引き出そうとこねくり回しても、何も閃きなんて来ない。
知恵熱が出そうなぐらい考えても考えても、良い回答は弾き出されない。
色々、試したんだ。
何回も何回も死にながら、試したんだ。
でも、そのどれも旨くいかなかった。
何もできずに、殺されてきた。
それでも、戻れたんだ。
何度も過去に。
やり直す機会が何度も与えられてきた。
だから、今までずっと、足掻いて来たっていうのに。
なのに。
もう、手は尽きたのか?
こんなにも早く、終わるのか?
ふざけんなよ。
嫌だよ。
でも、何か手はあるのか?
ない。
ないんだ。
なにも、ないんだよ。
――影が、差した。
「あぁ…………」
もう、来たのか。
随分、早いんですね。
遅いくらいか?
なら、随分遅いんですねえ化け物さん。
ははははは。
なんで僕はくっそ遅いアンタに勝てないんですか?
オカシイじゃないっすか。
おかしいでしょ。
可笑しいって。
ふざけんなくそ。
星屑は、友奈に飛び掛かった。
いつもいつも友奈ばかり狙いやがって。
死ねよ、ロリコンかよこの屑が。
星屑だけにお前は屑だ。
そんな意味不明な悪態をついても、この化け物は倒せない。
どんな罵詈雑言を並べても、敵を斃せるわけじゃないんだ。
それでも死ねよこの化け物。
「あさ――」
友奈をこれまで通りに、突き飛ばす。
そしてこれまで通りに、僕は喰い千切られる。
これまで通りに鮮血が噴き出し、舞い。
これまで通りに意識が、閉ざされた。