愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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五十二話 乃木園子という少女

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 …………?

 

 いつもと違う。

 景色が違う。

 在り方が違う。

 

 根が無い。

 大樹が無い。

 僕は立っていない。

 

 壁に寄りかかって座ったまま、首を動かす気力すらすでになく、目だけで辺りを見回す。

 

 部屋内に二台だけある机。

 パソコン。

 脚立。

 スライドドア。

 棚に掛けられた濃い緑色のカーテン。

 

 有り体に言ってしまえば、勇者部の部室だった。

 

 そして、友奈が居ない。

 僕一人だけだ。

 なぜ?

 あの地獄は終わったのか?

 終わったのなら、それでいい。

 でも、友奈はどうしたんだ。

 生きているのか。ちゃんと無事なのか。

 それが分からない。

 生きていると良い。

 それで、あの空間から解放されているといい。

 けど、楽観は出来ない。

 いつもいつも、痛い目に遭って来た。

 楽観していても、裏切られた時の反動がでかいだけだ。

 

 そもそも、あの時から意味わかんないんだよ。

 いきなりいつもと違う感じで樹海にいるわ、戦える術はないわ、何度も殺されて過去に戻るわ、そしたらまた急に別の場所に飛ばされるわ。

 うんざりだ。御免だ。もう沢山だ。

 終わってくれ。

 何もかも、もう嫌なんだ。

 やりたくない。動きたくない。考えたくない。思いたくない。

 圧倒的な力の前で、無力な人間は、何も出来ない。

 思想も、信念も、決意も、正義も、想いも、優しさも、悲しみも、怒りも、憎悪も、総てが意味を成さない。

 力が伴わなければ、結局潰されるだけなんだ。

 

 

「朝陽くん、大丈夫……じゃないよね」

 その時、誰も居ないように見えたこの部屋に、声が響いた。

 綺麗な声だ。優しい声だ。耳に心地いい。

 棚の陰になって、ここからでは見えなかった場所から、その声の人物は現れた。

 一人の女の子が、その場所にはいた、その子は、綺麗な茶色の長髪をした、おっとりしたような可愛い子だった。

 讃州(さんしゅう)中学の制服を着ている。

 靴下にフリルが付いていて、可愛らしい。

 

「だ……れ……?」

 声が、うまく出せなかった。

 気力が、湧かない。

 体の機能を動かしたくない。

 それでも、誰か知りたかったんだ。

 

「私は乃木園子だよ」

「乃木……さん……?」

 確かに、言われてみればその金色掛かった黒の瞳は、見たことがある。

 この声も、聞いたことがある。

 でも、乃木さんは全身包帯だらけで、身体を全く動かせなかったはずだ。

 だからこそ、乃木さんだと判らなかったともいえるけれど。

 綺麗な茶髪も、白い肌も、見るのは初めてだ。

 こんなに、可愛かったのか。

 呑気だが、心の底からそう思ってしまった。

 

 乃木さんは歩み寄ってくると、壁に(もた)れて力無く座る僕の横に、ちょこんと膝を抱えて三角座りをした。

「乃木さん、これはどうなっているんだ。何もかも、解らないんだ……判らないんだ」

 乃木さんがいる理由も、何が起こっているのかも、一片たりとも、何も。

 

「園子でいいよ」

「え……?」

「私の呼び方」

「そんな、いきなり……」

 

「私も朝陽くんのこと『ゆめゆめ』って呼ぶから。敬語もいらないよ」

 

 ……?

 ゆめゆめ。

 え? あだ名?

 ていうかなんでそんな可愛いあだ名なんだ。

 僕には似合わないよ。

 

「え、ゆめゆめ……? なんで、それ……?」

 だから思わず、聞き返してしまった。

 

「ゆめゆめはかわいい顔してるから、なんかゆめゆめだと思ったんだよ。他にも『さっひー』とか『あさりん』とかあったんだけど、やっぱりゆめゆめだよ」

 なんでそんなにも女の子みたいなあだ名ばっかりなんだよ。

 と思ったが。

 そう思いはしたけれど。

 そんなほんわりとした笑顔を見せられたら、まあ、いいや。となってしまった。

 女の子の笑顔には、敵わない。

 僕は女ったらしだろうか。

 でも、みんなそうなんじゃないかな。

 知らないけど。

 

「でもほんとなんで急に、そんな親しみを込めた呼び方にしようと思ったんですか……?」

「んー、わっしーのお友達だし、これから話していくんだからそっちの方がいいかなーって」

 ほんわり笑顔。

「そ、そうですか……」

 なんだか気が抜けてしまった。

 

「あと、まだ敬語になってるよ、ゆめゆめ」

「……あ、うん」

 自分ではない地球外生命体の名前で呼ばれているようで、一瞬反応が遅れてしまった。

 でも。

 だけれど。

 

 いやじゃない。

 

 素直に、そう思った。

 むず痒くも、暖かい。

 そんなかんじ。

 

 閑話休題。

「園子……さん、それで、結局今、どうなっているの?」

 話を戻して、事情を聞いた。

 なんだか気恥ずかしくて、さん付けしてしまったけれど、いいよね。

「んむ~、さんもいらないんだけどなあ。ちゃんと園子って言ってよ。それかあだ名」

 ()くなかったか。

「じゃ、じゃあ、園子……」

「うん、園子だよ~」

 パッと笑顔。

 何だこの子可愛すぎる。

 

「って、それはそうと誤魔化さないでよ。僕は現状を聞いてるんだ」

 さっきから聞いても別の話に上書きされているような気がした。

「んー、誤魔化していたわけじゃないんだけどね、結論からいうと教えることは出来ないんだよ。ごめんね」

 園子は困り顔で言った。

 

 …………。

 え。

 教えられないって。

 それだけ?

 

 なんだよ。

 

 なんだよ、それ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……いくらなんでもそれはないよ。今まで僕がどんな目にあって来たか分かってるの!? 地獄だったぞ。いや、地獄すら生ぬるいほどだった」

 思い出したくもない光景が脳裏にフラッシュバックする。

 

 痛み。

 血。

 絶望。

 肉の潰れる音。

 死の恐怖。

 守れない。

 無力。

 化け物。

 

 精神を苛んで、犯していく。

 園子と会って少し戻っていた気力が、ごっそりと削ぎ落とされていく。

 

「ううっ……あ、ぁぅ……うぁ……」

 頭を抱える。

 蹲る。

 何も、考えたくない。

 記憶を、消し去りたい。

 消えて、無くなりたい。

 

 

 ――――。

 ふわっと、甘く好い香りが鼻孔を包んだ。

 柔らかく、暖かい感触。

 聖母に抱かれているような、安心感。

 

 僕は、園子に抱きしめられていた。

 

「辛かったよね。だから、焦らなくてもいいよ。ゆっくりでも。時間はあるんだから」

 一つ一つの言葉を、丁寧に届けるように。

「ここではお腹が空くことも、眠くなることもないから。ゆっくり、ね」

 かけられる言葉は暖かく、憔悴した心に染み込んでいく。

「でも、また立ち上がって、頑張ってね。いくらでも休んでいいから、何度でも弱音を吐いていいから、絶対に頑張って。酷なのは解ってるけど、頑張って」

「うん……うん……ごめん、ありがとう」

 情けなくも、熱い液体が眼孔から流れ出てしまう。

 僕は一体、女の子の前で何度泣けば、気が済むんだ。

 かっこ悪いのは解ってる。

 我慢したいけど、せき止めたいけど、無理なんだ。

 止めたくても停めたくても、涙は理性とは裏腹に、体内で生成されて頬を伝う。

 

 僕はしばらくそのまま、園子に抱きしめられながら嗚咽を漏らした。

 

 

 ――涙が出なくなり、高ぶる感情が静まった頃。

 僕と園子は、二人並んで体育座りをしていた。

 しばらく沈黙に包まれる。

 でも、その沈黙で落ち着かないという感情は生まれなくて。

 穏やかな、時だと思った。

 ずっとこの空間に身を委ねていたい。

 心やすまる。

 でも、僕は頑張らなくてはいけないみたいだ。

 結局、何も解ってはいないけれど、とにかく頑張らなくてはいけないみたいだ。

 

 だが、どうすればいい?

 敵うことがないことをやって、何の意味がある?

 何も出来ないならば、辛い思いをするだけじゃないか。

 なのに、頑張るって、無理だよ。

 

「あれはいったいなんなんだ? 僕はもう、死にたくないし、死なせたくない。あんなのもう沢山だ」

 何も解らなければ、対処のしようもないじゃないか。

 それでどうやって立ち上がれっていうんだよ。 

 僕はそれを踏み越えられるほど、強くはないんだ。

 教えてくれなくちゃ、判んないよ。 

 

「それでも、立ち向かって」

「でも――」

「本当に、ゆっくりでもいいから」

「…………」

「教えてしまったら、意味が無いんだ。だから、本当にごめんね……」

 

 そんな顔されたら、もう、何も言えないじゃないか。

 優しく、悲しく、悔しく、労わるような、そんな表情。

 色々な感情が混ぜ込められた、しかし強く優しい、表情。

 僕のことを思って言ってくれてるんだっていうことが、ありありと伝わって来て。

 何も、それ以上言えるわけがない。

 言ったら、とことん最低に堕ちていく。

 

「そうだ。今は、楽しいことを話そう」

 そんな事を、唐突に園子は切り出した。

「私、この制服着るの初めてなんだ~。可愛いよね~ここの制服」

「なんで、急に……?」

 そんなことを言いだしたのか。

「ゆっくりでいいんだよ。だから、今は心を回復させることに専念して。嫌なこと考えないで、楽しいこと考えるんだよ」

 ふんわりと、微笑みながらそんな言葉をくれた。

 

 楽しむ、か。

 確かに、今は何も嫌なことは考えたくない。

 だったら、その言葉に甘えても、いいのではないか。

 少なくとも今ぐらいは、いいのではないか。

 そう、思った。

 思ったから、そうしよう。

 楽しいこと。楽しいこと。

 頭の中から嫌なことを排斥して、楽しいことで埋めていく。

 

「うん。そうだね。楽しいこと、今は考えるよ」

「今はそれで、いいんだよ」

「うん。ありがとう」

 心が、少しだけ穏やかになったような気がした。

 

 

「話は戻るけど。ここの制服は可愛いんだけど。男の子の制服は、地味ーだよね」

「は?」

「なんか全身鼠色で、面白みのある装飾も柄も何もないっていうか~」

「ちょっとまってよ。制服良いでしょ」

「ええ~、ゆめゆめあの制服っていうか、その制服好きなの~?」

 僕は今、讃州中学のその制服を着ている。

 今というか、いつもだけど。

「ああ、そうだよ。いつも、休みの日にもずっと着ているぐらいだよ。なんなら一生着ていたい」

「そこまで!? ……そう思うほど好きになる要素あるかな~?」

「なくてもあっても、僕は制服がいいの」

「いいの?」

「うん。制服はいい。制服だ」

「なんでそこまで好きなの?」

「なんでって、そりゃあ――」

 なんでだ?

 

 自分の趣味に合ってるから。違う。

 灰色が好きだから。違う。

 勇者部のみんなと同じ学校の制服だから。これも違う。

 ならば、なんでだ?

 

「ゆめゆめの言動からして、その服というよりも制服に重きを置いているように聞こえるんだけど」

「制服…………」

 

 そうか。

 僕は、制服だから好きだったんだ。

 制服だから、着たかったんだ。

 

 それは、前にいた世界での、心の変化だったのだろう。

 あの日、地震が起こった日。

 その時に。

 僕は死の間際の状況になって、分かったんだ。

 あの日常が、つまらない退屈で平凡な学校生活を、結構気に入ってたんだ、と。

 友達も、大していなくて、打ち込むことも特になかったけど。

 それでも、その日常が、大切だったんだ。

 失くしてしまってから、もう戻れなくなってから、気づいた。

 それに、高校三年だった。

 大学に行くお金もなかったし、もうすぐ学校に行くという日常が終わってしまう時だった。

 そんな時に、あんなことが起こった。

 だから僕は、制服に執着していたんだろう。

 終わらせたくなかったんだ。

 制服を着ているのが当たり前の日常を。

 必死に繋ぎ止めておかないと、すぐに終わってしまいそうで、怖かったんだ。

 だから僕は制服を、いつもいつも、着ていたんだ。

 

 そんな、別に言わなくてもいいことを園子に伝えた。

 ついでに、ついでにしていい問題ではないけど、園子も知らないであろう神樹から聞いて、皆にも話したことを伝える。

 話を伝える前提として、説明が必要だと思ったからだ。

 

「そうだったんだ……辛かったよね」

 白く柔らかい手が、僕の頭にのせられた。

 そのまま撫でられてしまう。

「…………」

 子ども扱いされているようで、少し釈然としないけれど。

 嫌じゃなかった。

 むしろ、心地よかった。

 

「――って、今はそういう話じゃなくて、楽しい話をするんだったよ。暗い話は一旦忘れよう」

 園子はそう言って、話を変えた。

 

「そういえば、わっしー達の居る部室ってこんな感じなんだね~。私始めて来たよ~」

 部室内を見回しながら園子は感慨深げに言った。

「ここでわっしーも、ミノさんも、皆と一緒に楽しくやってるんだね~。いいな~」

 その言葉は、寂しさを帯びているように感じた。

「園子も来ればいいよ」

 だから、そんな言葉が自然と零れた。

 けれど園子は苦笑しながら。

「無理だよ、私は。動けないもん。それに、大赦の人たちが許してくれないし」

「そんなの、解決すればいい。僕が……僕たちが、何とかする」

 僕一人では、何も出来ないことは解っている。

 思い知っている。

 だから、勇者部の皆と共に解決するんだ。

 

「ゆめゆめは、優しいね……」

「僕は、そんなんじゃないよ……」

 優しくなんて、これっぽっちもない。

 自分の好きな人たちは、大切にしたいだけだ。

 

「――って、まただよ。気づけば暗い話だよ。楽しい話しないと」

 と、また園子は気を取り直して。

「それじゃあお互いのことを話してみよう」

 そう話を振ってきた。 

 

「お互いのこと、といわれても僕の話なんて面白いこと何にもないと思うけどな」

「そんなことないよ。これから仲良くする相手のことは色々知りたいよ。いいから話してみて。なんなら私の方から話すけど」

「ん、じゃあ、園子からお願い」

「うん、ゆめゆめがそういうなら私から」

 一間置いて。

 

「私は、ぼーっとすることと小説を書くのが趣味なんだよ」

「そうなんだ。ぼーっとすることって趣味に入るのかな」

「多分入るんじゃないかなあ」

「そっか」

「まあ、小説は身体が動かなくなってから書けてないんだけどね」

「じゃあずっとぼーっとしてたの?」

「ううん、大赦の人とカードの麻雀を手伝ってもらいながらやったりして、それなりに暇は潰せてたよ」

「そっか……」

「書いてたのは恋愛小説なんだけどね、ゆめゆめもよければ読んでみてよ~無理にはいわないけど」

「いや、読むよ。僕もそういうの好きだから。まあ僕が基本好きなのはオタクコンテンツだけど、そういうのもいける口だから」

「そうなんだ。でも大丈夫。百合だからオタクさんにもぴったり合ってると思うよ~」

 満面の笑み。

「え? 百合?」

「うん、百合。女の子同士の恋愛だよ~」

「へ、へぇ……百合かあ~……」

 笑みを顔に張り付けながら、頬に汗が垂れる。

 やばい。百合は好きじゃないなんて言えない。

 この流れで言えるわけないじゃないか。

 言える人は空気読めなさすぎか、鋼の心を持っているかのどっちかだよ。

 

 ――いや、まてよ。

 逆にいいのではないだろうか。

 ここは読んでみて、百合を好きになってみるのは。

 園子が書いたものなら、どんなものでも読んでみたいし。

 僕はこの短時間で、それほどの事が思えるぐらいに、園子に心を許していた。

 それで好きになれれば、万々歳ではないか。

 楽しめるものは、多い方が良いし。

 いろんなジャンルを楽しめるようになりたい。

 ここは、新しい境地を開拓してみるのも悪くない。

 その小説が面白ければの話だけれど。

 

「それじゃあ今度読んでみるよ」

「ありがと~感想聞かせてね」

「うん。必ず」

 一間置いて。 

 

「今度はゆめゆめのこと聞かせてよ」

「僕のこと、ね。やっぱりそんな面白い話じゃないよ。それにさっき趣味は言ったし」

「面白いとか面白くないとかじゃないよ。趣味以外にも聞かせて」

「……まあ、いいけど。といっても、言えることはそんなにないけど」

「そのそんなにない少しでもいいよ」

 

 目線を斜め上に向けて少し思考を巡らせてから、話し出す。

「僕は勇者部の皆のことが好きで、その活動とかみんなと遊ぶのが楽しかったよ」

 かなり小学生並みの言葉が僕の口から吐き出された。

 もっと良い言い方があったのではないだろうか。

「そのゆーしゃ部って、どんな活動してるの?」

「人のためになることを勇んで実施するクラブ、だから依頼があったら雑用からなんでも、大体のことはするよ」

「だから勇者部なんだ」

「うん。そこで過ごす日々は、すごく楽しかったよ。一緒に遊ぶのは当然として、ゴミ拾いだろうと、なんだろうと」

「私もわっしーとミノさんと過ごした毎日は、本当に楽しかったな~」

「だよね。やっぱり皆だと楽しいよね」

「うん。本当に」

 そう言って園子は、感慨深げに目を細めた。

 

「それでね――――」

 

 それから。

 

 園子と、しばらくこの穏やかな時間を過ごした。

 長い時間、話した。

 結構な時間、園子と共に過ごした。

 それはとても、心やすまる時であったのは、確かだ。

 

 だから。

 それがあまりにも、楽しかったものだから。

 僕は聞いた。

「なんで、僕にこんなことしてくれるの?」

 話に水を差すようだったけど、思わず口から出た。

 あんまりにも、僕は救われてしまったから。

「ゆめゆめはわっしーとミノさんの大切な人だから、だから私も助ける――――最初は、そんな気持ちだったけど。今は私自身も本心から、助けたいと思うよ」

 園子は陽だまりのような笑顔で、そう言った。

「ありがとう……」

 涙が出そうになるのを我慢しながら、僕はそう返した。

 

「まだ、頑張れそうにはない?」

「…………頑張るって、やっぱりあの樹海のことだよね」

「うん」

「……星屑とかいう化け物から、逃げるか倒すかしないといけない状況のことだよね」

「うん。逃げるんじゃなくて、倒すじゃないといけないんだけどね」

「無理だよ……」

 

 無理だ。

 倒すって、どうすれば倒せるんだよ。

「何の力も無い状態で、敵なんか倒せないよ……」

「それでもなんだよ。たとえそうだったとしても、立ち向かうことが大事なんだよ」

「どういうこと……?」

「これ以上は伝えられないよ」

「そう……」

 結局、解決する方法を教えてくれるわけじゃないってことか。

「それでも、勝たないとずっとこのままなんだよね…………」

「そうだね、でも、さっきも言ったようにゆっくりでもいいよ。時間が迫ってるわけじゃないから」

「ゆっくり、か……具体的にはいつまでいいの?」

 

「いつまででもいいけど、永遠は駄目だよ。それに、これを言っちゃうのは躊躇われるんだけど、ゆめゆめだってあの樹海にいる友奈ちゃんを助けたいでしょ?」

 

 確かに、そうだ。

 確かにどころじゃない。そうなんだ。

 僕は友奈を、助けたい。

 今までこの場所に来てからは考えないようにしていたけど。やっぱり助けたいのは変わらない。

 だって、好きな女の子だ。

 なにをしてでも、守りたい。

 だけど、その何をしてでもの、何をすればいいのか分からないんだ。

 だから逃げていた。

 考えないようにして、ここに居る今は大丈夫だって勝手に思って。

 優しい時間に、身を浸らせていた。

 自分の為すべきことから、目を逸らして閉じ籠っていた。

 

 でも僕は、友奈をあの悪夢から守りたい。

 あの地獄を、消し去りたい。

 それは、何も変わっていない。

 僕は、友奈のことが大好きなんだから。

 

 されど、恐怖心は蝕む。

 こびりついて離れない死の恐怖が、痛みへの忌避が、心を揺さぶり、いたぶる。

 何度も殺された。歯に肉が食い込み、千切られ、命が刈り取られていく感触。

 あんなもの、一度だって味わいたくないのに、何度も何度も味わった。

 考えるだけで、身体が震えてくる。

 立ち上がりたいのに、立ち上がれない。

 僕の決意は、こんなものだったのか?

 僕の想いは、この程度のものだったのか?

 立ち向かわなければならない。

 それは分かっている。

 そうしたいと思っている。

 なのに、動き出す事が出来ない。

 なんでだよくそ。

 終わってる。

 終わりたくない。

 僕はどうしていつもいつも……。 

 

「ゆめゆめ。怖い?」

「怖いよ……」

 素直な気持ちを吐き出した。

「まだ時間かかりそう?」

「時間かけたところで、どうにかなるのかな……」

 ゆっくり心を落ち着けて、やる気になって、それで?

 その後、やる気出してやったところで、何も出来ないのは変わらないじゃないか。

 また、殺され続ける。

「さっきも言ったけど、立ち向かう意思が重要で、必要なんだよ」

「そんな意思持てないよ。僕は強くないから……」

「それでも、だよ」

「そんなのは蛮勇だ。無謀だよ」

「ゆめゆめは、強くなりたい?」

「そりゃなれるならどうにかして強くなりたいよ。でもさ――」

 

「ゆめゆめ」

 

 その声色は、今まで以上に真剣味を帯びていて。

 しっかりと僕の瞳を覗き込んで、心に強く伝えるように、言葉を紡ぎ始めた。

 

「強くありたいと願うゆめゆめの気持ちはわかるよ。私も、昔に強くないせいで失ったことがあるから。でもね、そんな無理をしてわざわざ強くなる必要なんてないんだよ。強くなることは本当の気持ちを消すことじゃない。そんなところで、強がらなくてもいいんだ。だから、弱くてもいいんだよ」

 

 僕は、しばらく声も出せず、園子を見つめた。

 弱くてもいい。

 そんな発想、今まで一欠片も無かった。

 いつもいつも、強くなりたい。強くありたい。強くあらなければ。

 そんなことばっかり考えていた。

 だから、その考えは天啓のように、新しい道だと意識の中に滑り込んだ。

 

「弱く、てもいい……」

「うん。弱くてもいいんだよ。ありのままで、やっていけば」

「ありのままで、どうにかなるの……?」

「気持ちを無理に変える必要がないだけだよ。どれだけ弱い気持ちを抱えてても、正しいと思って決めた行動を止めなければいいんだよ」

「行動を、止めない……」

「うん。行動することを止めさえしなければ、何かを成すことが必ず出来るとまでは言わないけど、後悔だけはしないはずだよ」

「後悔しない、か……それでもするかもしれないよ」

「たとえしたとしてもだよ」

「正しいと決めても、間違うことだってある」

「間違ってもだよ」

「矛盾してるよ……」

「矛盾してたとしてもだよ」

 なんだそれは。

「弱いままだと、そのうち破綻する。擦り切れる」

「だったら、他の誰かに支えてもらえばいいんだよ」

「助けてくれる人なんて、いないかもしれない。今いたとしても、というかいるけど、必ずどこかで別れが来る。やっぱりどこかで破滅するよ」

「ゆめゆめは、わっしーたち信じられない?」

「……ずるいよ、そんな言い方」

「うん。私も言って思った。ごめんね」

「なんで謝るんだよ……」

「ゆめゆめはめんどくさいね」

「そうかもね……」

「でも、私だって支えるよ」

「……僕たち、会って間もないよね。前に会った時を含めても」

「時間なんて、関係ないよ」

「僕はそんな短時間で慕われるような人間じゃないぞ」

「それを決めるのはゆめゆめでも、他の誰でもないよ。私が決めるよ」

「……結局、どうすればいいんだよ」

「無理に強くならなければいいんだよ」

「でも、強くならないとそのうちこの理不尽な世界に潰される」

「そんなの無視して、自分なりの正しさを以って進み続ければいいんだよ。行動は止めないで」

「君の言い分は穴だらけだ」

「それでも、何もしないよりはいいと思うけどな」

「それだって詭弁だ」

「詭弁じゃない意見なんて、この世のどこにもないよ」

「屁理屈だ」

「屁理屈だよ」

「認めるのかよ」

「何の支障も無いからね、私たちはただ決めて、行動するだけだよ。結局正解なんて、誰にもわからないんだから」

「ははっ、なんだよ、それ…………」

 一度息を吐き、脱力する。

 

 

「でも――――」

 

 

「めちゃくちゃ憧れる」

 

 

「そんな生き方、できたらいいなって思う」

 だって、悩みがほとんど吹っ飛びそうだ。

「できるよ。誰にだって、それをやってやれないことはないよ」

「できない人だっているだろ。僕みたいに弱いやつとか。いうほど簡単なことじゃないだろ」

「でも、この世界で生きて行く限り何かしらしていかないといけないんだよ」

 …………。

「本当に、弱くてもいいの……?」

「うん。案外なんとかなるものだよ」

「なってないから、聞いてるんだけどな……」

「それでも、自分で決めて、前に進み続けるんだよ。結局それしかできないし、後悔しても、間違っていたとしても、何もしなければ、やっぱり同じことだから。だったら、何かをちゃんと、自分がしてた方が良いよ。信じて、突き進むんだよ」

「そう、かな……」

「少なくとも私はそう思うな」

「…………」

 

 僕にはまだ、わからない。

 それで本当にいいのかも、疑ってしまう。

 

 けど――

 

 今よりは、変われる気がする。

 

 園子の言った考え方は、今の僕よりは、少しでも良い方に傾くんじゃないか。

 そんな気も、するんだ。

 何の解決にもなっていないような考えだけど、それでも。

 自分の心を騙しているだけだったとしても。たとえ開き直りの一種でも。自棄でも。

 

 僕は、その思想に救われるのかもしれない。

 

 目を閉じ、思考を、感情を、整理する。

 息を深く吸い、ゆっくりと吐き出す。 

 

 弱くてもいい。

 正しいと思って決めた行動を止めない。

 開き直りでもなんでも、ぶっ潰れて再起不能になるよりはマシ。

 

 僕は、諦めない。

 敵うとか、適わないとかじゃないんだ。やるんだ。

 出来る出来ないじゃない。

 やるかやらないかだ。

 出来るからやる。出来ないならやらないなんて、甘えだ。

 やるんだ、僕は。

 望んだ結末を掴み取るために、行動するんだ。

 そう、決めた。 

 

 目を開ける。

「でも、あと少しだけ、少しだけでいいから、まだここに居てもいい?」

 決めたけれど、この安らかな空間に、まだ留まっていたいと思ってしまった。

 僕は、弱いから。

 でも、もう無理にその精神性を直す気は、ない。

 向上心を無くすのは良くないだろうけれど、そこは無理をするところではない。

 それを園子に、教えてもらったから。

 

「うん。いいよ。好きなだけ休んで。その後に、また立ち上がってくれればいいから」

「ありがとう。なら、遠慮なくそうさせてもらうよ」

 そう言って、後。

 僕はしばらくの間、この空間に身を委ねた。

 園子と、二人肩を並べて座りながら。

 

 

 ――――――――――。

 

 

「よし」

 どれくらい経ったのか。

 感覚では、それなりに。

 数十分か数時間かは分からないけど、十分に休めたと思う。

 言葉と共に、僕は決然と立った。

 

「もういくの?」

 園子は僕を見上げて、微笑みながら言った。

「うん。いつまでもは、駄目だし。友奈が待ってるから」

「そう。頑張ってね」

「うん。頑張る」

 

 前を向いて歩き出そうとした。

 けど。

 なんとなく伝えたくなって、振り返る。

 

「僕は、君も好きになってしまったよ。絶対に守りたい一人。だから、何かあったら遠慮なく言ってくれ。全身全霊で以って助けるから。動かない身体だって、なんとかして見せる。僕一人では無理だけど、きっと、勇者部のみんなとなら」

 僕は君に助けられた、だから今度は、僕が助ける。

 

 沈黙。

 音が無い時間。

 返事が少し待っても返ってこなかったので、ん? と思って見ると。

 園子はポカーンと少し頬を染めながら目と口を開いていた。

 

「ゆめゆめ、それってみんなに言ってるの?」

 そして、良くわからないことを聞いてきた。

「え。思ってはいたけど言ったのは初めてかも。なんか気分で」

「初めてならまだいいけど、あんまりそういうこと、女の子にほいほい言うものじゃないよ。勘違いされちゃうからね」

「勘違い? いや……ないって。僕なんかがそんなの、ありえないって」

 僕みたいな人間に惚れるとか、むしろどういう思考回路からそうなったの? って問い質したくなるぐらいだし。

「ゆめゆめ、そういうのは謙遜とはいわないよ。逆に相手を傷付けることもあるんだから」

「そう、なの……? でも、僕は自分を良い風には思えないよ」

「なら、相手のことを考えて」

 やけにマジな顔で言われてしまった。

 そこまでのことなのか?

「う、うん。努力する……」

 けれど一応、そう答えた方が良い気がして、圧倒されながらも口を動かした。

「うんっ。努力して。でも、嬉しかったよ。男の子にそういうこと言われたの初めてだったから。最初の一言二言以外は、別に言ってもいいと思うし」

 柔らかい微笑みでそう言われてしまった。

 嬉しかったんなら別にいいんじゃないかとも思うけれど、反論はしないでおこう。

「じゃ、じゃあ、僕行くから」

 気を取り直して僕は言った。

 

「この部室のドアを開けて出れば、また行けるから」

「わかった」

 

「いってらっしゃい」

「うん。いってきます」

 

 園子は手を振って、見送ってくれた。

 僕はドアに真っ直ぐ向かって歩き。

 

 時。

 

 ――弱くてもいいなんて言ったけど、それも、一つの強さなんだよ――

 

 そんな言葉が、極々小さな声で聞こえた気がした。

 でも、きっと気のせいだろう。

 きっと。

 

 だって僕は、強くなんてなれないから。

 

 僕は聞こえなかったふりをして、自分を騙す。

 僕は弱いまま、好きにやっていい。

 そう思わないと、この先やっていけないから。

 心の防衛。先に、進む。

 

 目の前のスライドドアを開け放った。

 ドアの外は、白く染まっていて、何があるかも分からない。

 けれど、一歩を踏み出す。

 この一歩は、ただの一歩じゃない。

 僕の気持ちが定まった、新たなる一歩だ。

 

 もう僕は、迷ったりなんてしない。

 弱さを背負って、生きていく。

 

 ドアの外に出るとともに、意識は一瞬、飛ばされた。

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