気づいた時には、視界は晴れていた。
そこら中に乱立する不思議な色合いの根。
青くない空。
樹海だ。
あの樹海に、戻って来た。
僕は、ここで起こる地獄を乗り越えなければならない。
当然怖いし、嫌だ。
今すぐ逃げだしたい。
けれど、その弱い感情を抱えて、消さなくても、強くなくてもいいから、行動するんだ。
前に、進むんだ。
結局、逃げるではなく倒さないといけないと園子は言っていた。
そういえば友奈も、方法を全部試した後倒す以外に思いつかないと言っていた。
なんだ。道はその時から決まっていたも同然じゃないか。
僕が決断できていなかっただけだ。
でも今は、違う。
斃すしかないのなら、そのための行動を止めない。
奴を斃す、作戦を考える。
何の力も無くて、道具も兵器も無くて、出来ることなんて限られている。
それでも、思考し続ける。
無かろうが何だろうが、やる。
蛮勇でもなんでも、やる。
やるしかないのだから、やる。
僕は星屑を、必ず、殺す。
ならば
その方法を、考える。
無くても、考える。
亡くとも、思索する。
なにかないか?
なにがある?
考えろ。
考えろ。
考えろ。
化け物をこの世から消滅させる、手を。
「友奈、来てくれ」
いつも通りに振り返った友奈に説明を最小限して、走り出す。
まずは、隠れる。
そこからだ。
逃げのようにも見える隠れるという行為。
だけどこれは、逃げるための隠れじゃない。
徹底抗戦のためのだ。
隠れるという行為をするうえで、友奈を置いていくのは下策だ。
だからついて来てもらった。
僕だけ隠れても、友奈が見つかったら意味が無いから。
友奈と走り、適当な、陰になって身を潜められそうな根を探す。
見つけた。
ここは根が氾濫する樹海だ。すぐに見つかるのは当然といえた。
即座に身を低くして入り込む。
そして、片膝立ちにしゃがんで影の外の様子を窺う。
星屑は、まだこの辺には来ていない。
少しの間、息を潜め、待つ。
そうして、時間が幾ばくか、経った。
――来た。
白の化け物は、僕らを食い殺そうと、辺りを見回しながら飛行し探している。
後は、隙を見て実行するだけだ。
けれど、高い。
奴の飛行する高さが、上過ぎる。
これだと、実行に移せない。
しかし、焦ってはいけない。
焦ったところで、状況は良い方向に傾くわけではない。
待つんだ。
チャンスが、降って来るのを。
そしてそのチャンスを見逃さず、掴み取るんだ。
何度も来るようなものではないから。
だから、集中して、息を最大限に潜めて、待つ。
そして隙を見逃さず、確実に行動する。
それだけだ。
それだけを、やればいいだけなんだ。
待つ。
控える。
待機する。
集中。集中。集中。
星屑は、もっとよく見ようとしたのか、下の方に降りてきて、探し始めた。
そして、今は僕らの方に背を向けている。
――今だ。
これこそが、チャンス。
待っていた、見逃してはいけない隙だ。
その隙を認めた瞬間。僕は走り出す。
根の陰から姿を晒し、大地を踏みしめながら化け物へと突撃していく。
まだ、奴は僕に気づいていない。
いける。
とんだ間抜けだ。
絶対的な力を持っているが故の傲慢。
ならば、その隙を遠慮なく弱者である僕は突かせてもらうだけだ。
奇襲。
戦闘において最も有効であろう、戦法。
僕の考えた作戦など、幼稚を通り越しているかもしれない。
けれど、考え付いたのなら、手がまだあると、その思考に至ったのなら。
やるべきなんだ。
僕は星屑に、肉薄する。
もうすぐ、手を伸ばせば触れる事が出来る距離だ。
奴は、今頃僕の接近に気づいたようで、振り向こうとしている。
だが、遅い。
僕は右腕を、振りかぶる。
武器なんて無い。
力なんて亡い。
在るのはこの身一つだけ。
だから、殴る蹴るの肉体攻撃しか、僕に出来る攻撃は、今ない。
それでも、やると決めた。
だから僕は、右拳を振り抜く。
白く曲線を描く、袋のような胴体部分に、打突を激突させた。
手に伝わる、感触、衝撃。
感触は、硬くも無く、柔らかくも無いような、不可思議な感覚。
衝撃は、反動の痛みが在るような、無いような、気持ちの悪い感覚。
手応えは、あまりない。
化け物は、完全に振り向く。
口以外は軟らかいなんて、一縷の希望を願った策だった。
けれど、そんなやわな体を、この化け物はしていなかった。
凡人の拳は、化け物には届かない。
「くそっ」
喰らい付いてくる星屑を、なんとか横に転がって避ける。
友奈がこっちに来ているのが見えたが、見ていられなくて飛び出してきたのだろう。僕はあまり説明をしていなかったから。特攻するなんて言えるわけが無かった。
だが、今は一瞬の油断が命取りだ。意識の外に、飛ばす。
まだ、攻撃できないわけじゃない。
瞬時に立ち上がり、胴体へと拳を叩き付ける。
されど、奴の皮膚を拳が貫くことはなかった。
怯ませることすら、出来ていない。
さらに二打、三打、拳を全力で殴り付ける。
だが、結果は同じ。
こいつは平然と、僕へと
くそっくそっ!
再度白の化け物は、喰らい付いてきた。
為す術なく僕は、その巨大な口腔の餌食となった。
血飛沫が舞い。肉が潰れ。
意識が、黒に染まった。
僕の意識は、在った。
まだやれる。
死の恐怖はある。
痛みの恐怖はある。
けれど、やる。
行動は、止めない。
それで、いい。
次の手だ。
次にすることを考えろ。
何か、無いか。
思案、思索、思考、し続ける。
――――――――――。
――――――――――――――――――――。
思いつけなくて、喰われた。
僕の意識は、在った。
諦めなどしない。
策なんて無くて、無残に殺されようとも。
僕はもう迷わないって、決めたんだ。
ただやりたいことを、やるべきだと思ったことをやる。
それだけだ。
愚直に、進み続ける。
――――――――――。
――――――――――――――――――――。
策はまた、閃くことはなかった。
喰われた。
僕の意識は、在った。
考える考える。
脳が焼き切れてもいいといわんばかりに。
知恵熱なんて通り越せ。
希望の光を灯す事の出来る策を。
道を切り開ける可能性を。
探り出せ。
―――――。
思い至った。
考え付いた。
天啓のように閃いた。
と同時。
時間は着実に迫っていたようで。
僕はまた友奈を庇って、喰われた。
僕の意識は、在った。
たった一つだけ、至る事の出来た策。
殺されてもなお考えることを止めなかった結果、勝ち取る事の出来た方法。
これ以上の策は、無いのではないかと思う。
だから、これが最後の、チャンスだ。
この作戦を、戦法を、成功させる。
それに全身全霊を掛ける。
もしも無理だったとしても、諦めることはないけれど。
たとえ魂がすり減ろうとも、必ず奴を殺す。
僕は即座に、実行に移した。
走り出す。
友奈には話し掛けずに、そのまま置いていく。
今からやることに、逃げる必要も、隠れる必要も、一切無いからだ。
まずは走る。
とにかく突っ込む。
愚かな蛮勇。
されど、道を切り開こうとする英雄。
考え無しの特攻ではない。
これは、希望へ向かって走る、抗う者の進行だ。
走り続けた。
大地を踏み締め、風を裂き、凡人の速度で、ただ足を動かし続けた。
疲れる、汗が出る。
僕は別に、足が速いわけではない。
凡人の凡人なりの、遅すぎも無ければ早くも無い足。
そんな面白味の無い走り。
されど、心は奮い立つ。
やってやろうじゃないか。
思い知らせてやろう。
凡人だろうが弱者だろうが、噛み付けない訳じゃないってことを。
なんの力も無くても、抗えるんだってことを。
あのふざけた化け物に。
星屑に、存在の奥まで、嫌というほど教えてやる。
空を悠々と浮遊する、白い影が見えてきた。
こちらを視認したのか、一直線に下降してくる。
さあ、こい。
僕は今、最高に負ける気がしないぞ。
肉薄する大口。
見る者を慄かせるその巨大な口腔が、目一杯開かれた。
白く恐ろしい歯が、あと数秒も無い内に僕を潰すだろう。
けれど、その時こそが最大の好機。
僕は、その闇よりも暗い
失敗した。
速さが、足りなかった。
僕は閉じられた歯に引っかかり、喰い千切られた。
僕の意識は、在った。
間抜けだ。
飛んで火にいる夏の虫とはまさにあのことだろう。
でも、まだやる。
肉に歯が食い込むあの気持ちの悪い感触は、一瞬とて感じたくはない。
けどやる。
絶対にこの程度で、いや、もう何があろうと、諦めてたまるか。
行動だけは、止めてたまるか。
たとえ思考停止だったとしても、動き続けるんだ。
弱くてもいい。心が磨り減ってもいい。やることは、やれ。
もう一度、挑戦だ。
何度失敗しようとも。
何度だって、やり直せるのだから。
むしろ、恵まれているといえる。
辛かろうと、痛かろうと、チャンスがもらえるんだ。
一回死んで終わりという現実は、今ここにはない。
それに慣れてしまってはいけないけれど、今はそれを最大限有効活用させてもらうだけだ。
幾度殺されようと、奴を、化け物を、必ず殺してやる。
僕はまた、走り出す。
一直線に、迷いない足取りで。
まだまだ、僕は行ける。
どこまでだって。
だけど。
今度も、駄目だった。
僕は星屑が目の前に迫ると、前に飛んで、突っ込んで、足が奴の歯に引っかかって千切られた。
その後は、胴体も一緒だ。
僕の意識は、在った。
まだまだ。
まだまだだ。
心が折れようとも。
やるに決まってんだろ。
やれないわけがない。
僕は、やれるんだ。
自分に言い聞かせ続ける。
僕は弱いから。
けれど、身体は動かせ。
何も考えなくったっていい。
嫌なこと全部、今は思考から飛ばせ。
恐怖も無力も、何もかも。
消し飛ばして前に進め。
―――――。
僕は肉薄する星屑の眼前に飛び出した。
今回は、服が歯に引っかかった。
そのまま空高くまで星屑は浮遊していく。
徐々に遠くなる地面。
暴れたとしても、落ちて死ぬだけだろう。
怖い。
高いって。高すぎるって。
これ絶対死ぬって。
けれどすぐに星屑の身体に掴まるのは、巨大な歯に一瞬躊躇してしまった。
その一瞬の躊躇が、命取りとなる。
そうして、星屑は口を大きく開けた。
歯に制服が挟まっていた僕は当然、重力に逆らうことなどできずに自由落下する。
暴力的な風が吹き付ける。
心臓にきゅっと嫌な感覚がした。
落ちる夢なら見たことはあるけれど、実際に落ちるのなんて初めてだ。
こんな体験、一度とてしたくなかったけど。
最近、一度も体験したくないこと体感しすぎだろ。
地が驚異的な速度で迫り。
最後に見た光景は、何の変哲もない地面だった。
僕の意識は、瞬時に暗転した。
僕の意識は、在った。
―――――。
死んだ。
僕の意識は、在った。
――――――――――。
喰われた。
僕の意識は、在った。
愚直でいいんだ。
今は、それでいいんだ。
何度も何度も何度も何度も殺されても、立ち上がってやる。
どうだ、ゾンビみたいだろクソ野郎。
恐れ慄け星屑。
化け物風情が、人間様に楯突いてんじゃねえよ。
必ず刃を、その命に突き立ててやるからな。
だから、震えて待ってろ。
僕は通例通りに、走り出す。
走り続けていると、前方の空から星屑が飛来してくる。
目の前にまで下降し、迫る化け物。
ここまで、先までの展開と同じ。
だけど、今度こそ。
奴は、巨大な上下の歯の距離を、最大限まで開かせる。
無力な人間を呑み込まんとする深淵、口腔。
呑み込もうってんなら、思い通りにしてやる。
僕の作戦は、それ自体なんだからな。
地面を全力で蹴る。
跳ぶ。
暗い口内に向かって、己から突っ込む。
さっきまでの数回は、ここで失敗した。
速度が足りなかったりして、歯に喰い潰され、分断されてきた。
だけど。
今回は、違った。
僕は星屑の大口の中へと、身体を滑り込ませることに成功した。
これが、僕の拙い作戦。
外側が駄目ならば、内側から攻撃を加えればいい。
そんな単純な、けれど唯一の道。
凡人でも出来る、無謀な戦法。
けれど無限にやり直せるのなら、試してみる価値のある方法。
されど、完全に旨くはいかなかった。
左腕が、上腕辺りで歯に挟まり、強力な圧力により僕の左腕は千切られた。
「――っ! ……っ! ぁあっ!」
必死に、耐える。
無理矢理、痛みなんて思考から弾き出す。
そんなこと、簡単にできないけれど。
死に物狂いでやれ。
消せなくてもいい、極力気にするな。
気にしないなんて無理だ。けど行動だけは止めるな。
今が、やっと掴み取った最大のチャンスなんだ。
暴れろ。
とことん暴れろ。
一寸法師のように。
この化け物の闇よりも
「ああああああああああああ!!」
叫ぶ。痛みなんて、知るか。
アドレナリンを掻き出せ。
ドバドバドバドバ、溢れ出させろ。
殴る。蹴る。噛み付く。我が侭な子供のように、ジタバタと暴れまわる。
獣のように、食らい付く。
星屑の体内は、ブニュブニュとしたような感触だ。四方八方気持ちの悪い肉が囲んだ世界。
その肉に、本能を剥き出しにした無力な人間が、噛み付く。
けれど、食い千切ることは出来ない。
僕の顎の力など、たかが知れている。
顎だけ強かったとしても、歯が折れる。
今も折れそうだ。だけど、それでも食らい付く。
拳を叩き付けようとも、肉を突き破ることは出来ない。
だけど、殴るんだ。
蹴っても、、この化け物の体を傷つけることは出来ない。
しかし、蹴るんだ。
こいつはバーテックスと同じような存在だからか、血も出ない。通っている様子も無い。
されど、殺せない存在ではないはずだ。
左腕から着実に、壊れたスプリンクラーのように僕の血液は失われていっている。
だが、まだ動けるんだ。
だったら、最後まで全力で足掻くんだ。
星屑は体内にいる異物が鬱陶しいのか、先程から常時暴れ回っている。
いいぞ、もっと鬱陶しがれ。
そして僕を敵と認識しろ。
僕は憐れな捕食対象じゃない。
僕は、お前の命を脅かす敵だ。
お前を殺す、明確なる脅威だ。
暴れる。暴れる。暴れる。暴れる。
血で血を洗う、暴れ合い。
僕はお前を、殺す。
絶対に、殺す。
必ず、殺す。
なにがなんでも、殺す。
貴様みたいな化け物が存在するなど、誰が許そうとこの僕が許さない。
僕の大切な人を、一度でも殺した罪は重いぞ。
お前の生命を、魂を以ってして、償わせてやる。
――刹那。
星屑の体内が、
心臓が跳ね上がるのではないかと思うほど、その不意の現象に驚愕した。
何が起こって――
奴は、この期に及んで最後の手を持っていた。
僕は体内の振動に身体を転がり回され、翻弄されながらその脅威を、視認した。
星屑の大口から漏れる僅かな光を受けてギラつくのは、歯。
無数の、小さな歯。
星屑は、体内で大量の口を、肉を変形させて生み出した。
膨大な数の気持ちの悪い粘ついた口腔が、視界を埋め尽くす。
これは、まずい。
思った瞬間。
その兇器達は、一斉に僕の身体に喰らい付いて来た。
異物を排斥しようと、消化しようと噛み付く、咬み付く。
「うぐっあああああ!!」
全身を貪られる痛みに、喉の奥から声が吐き出される。
もう、無理なのか。
また、いつものように殺されるのか。
それで再チャレンジって?
そんなに簡単に諦めていいのか?
次があるからって、今回は駄目だったから諦めようって。
そんなんで、いいのか?
――よくない。
全然、よくないんだよ。
人生、そうやり直せるものじゃないんだ。
今はやり直せる、けれどこの先は、一回きりなんだ。
今に、全てを掛けろ。
今に、魂を燃やし尽くせ。
今しかないと、駆け抜けろ。
これで駄目だったら、何もかも駄目だと思い込め。
振り返る暇なんて与えてくれないんだ。
世界は残酷だ。
だけど、それでも――
やるしか、ないんだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああっっ!!」
斃すべき敵に、爪を突き立てろ。
なんでもいい。こいつの命を削る事が出来る、そんな方法。
目に映る全てから、探り出せ。
視界は、ほとんど暗闇。
そして、無数の粘ついた口。
それだけだ。
だが、それだけでいい。
「喰らえ、化け物ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
固め、引き絞った拳を、無数に在る小さな口の一つに、解き放った。
ドンッ、という音が聞こえたような、感覚。
まるで内臓に直接打撃を与えたような、手ごたえ。
「――っ」
星屑は声を出さない。
そんな器官この化け物には無いだろう。
けれど僕には、こいつが悲鳴を上げたように、思えた。
現に今、身を捩らせているのか、苦しんでジタバタと暴れているのか、体内は目まぐるしく動いている。
――きた。
今が、今こそが、転機だ。
この絶対的だった化け物に、一矢報いる事が出来た。
怯ませる事を成した。
やってやる――。
口腔に突っ込んだ手を、滅茶苦茶に動かす。
口の中を、ぐちゃぐちゃに掻き回す。
爪を突き立て、肉をブチブチと削ぎ落とす。
引っ掻き回し、ズタズタにしていく。
「――ッ――ッ」
星屑が、悲鳴を、苦鳴を、強めたような感覚がした。
「ははっ、死ねよ、死ね、このまま死んでしまえ化け物!!」
掻き回す掻き回す掻き回す。
もうこいつの内臓は、修復不可能な状態だろう。
それでも、さらに掻き回す。
この化け物が、消滅するまで。
星屑が、命を終わらせるまで。
僕はこいつを殺すための行動を、止めない。
絶対に、殺してやる。
――――血飛沫が、舞った。
僕の顔を紅い液体が汚す。
むせ返るような嫌な臭い。
なにが、起こった?
僕は小さな口の中を、掻き回すことができない。
なぜ?
僕の右手が、その小さき口腔に生えた歯に、喰い千切られたからだ。
「あああああ!!」
僕は、両手を失った。
足は、無数の口に喰らい付かれていて。ピクリとも動かせない。
――万事休す。
ここで、終わるのか?
また死んで、戻るのか?
駄目だろ、そんなの。
次があると思ってはいけないんだよ。
そんなことでは、この先やっていけないんだ。
今、この化け物を殺さないと、この先の戦いを乗り越えられない。
心が、負ける。
されど、体中が無数の口に食い破られていく。
「ぐっ――ぎぃ――」
痛い。
何度も痛みは味わってきた。
けれど、こんなものには一生慣れることはないだろう。
だって、凄く痛いんだ。
叫んで暴れ回りたいほどの、嫌な厭な痛みなんだ。
やっと、一矢報いる事が出来たのに。
怯ませて、これからだって時なのに。
こんなところで、終わるのか。
ふざけるな。
嫌だ。
僕は乗り越えて、踏み越えて、先に進むんだ。
こんなところで、諦められるか。
僕は、弱くたって、潰されずに生きて行きたいんだ。
弱者は弾き出されて、潰されて、勝手に消えていけなんて。
そんな現実、くそくらえだ。
「僕は、生きて行くんだ! 前に、進むんだ! だから邪魔するな化け物!!」
されど、その空しい叫びは、
そのはずだった。
僕はここで、どれだけ諦めなかろうと。膝を絶対につかないと意地を張ろうと。
何もできずに、死ぬはずだった。
一矢だけ報いて、終わるはずだった。
けれど。
だけど。
されど。
僕は、一人ではなかったみたいだ。
『朝陽、よく頑張ったな。合格らしいぞ』
ポン、と。
僕の頭に、優しく強く、柔らかい小さな手が、乗せられた気がした。
この声は――。
瞬間。
僕の右手が存在した部分に、眩い光が、集束した。
一寸後には、僕の右手は在った。
そして、その手に握られている、剣のように刃が縦に長い、幅広の斧。
超常の力。敵を殲滅するための、武器。
『朝陽。やってやれ!』
僕は一瞬、戸惑った。
けれどすぐに、色々無駄なことを考えるのは止めた。
今はやるべきことを、やる。
「ああ! 銀!」
ありがとう。
そう小さく呟いて、僕はその手に握りしめた斧を横薙ぎに振り払った。
たったそれだけで。
僕に喰らい付いていた無数の口は、斬り散らされ、四散した。
笑ってしまうぐらい、強力過ぎる超常の力。
「これで、終わりだ化け物」
斧を、一閃、二閃、三閃目は過多。
振った、斬り付けた、叩き付けた。
星屑という化け物の身体は易々と切り裂かれ、致命的なダメージ、欠損を負い。
絶対的だった化け物は、人を捕食する脅威は、簡単に、あっさりと、それが自然だというように。
粒子となって消滅した。
死んだ。
星屑の身体が亡くなり、宙に放り出された僕は。
迫り来る地面を眺めながら、ひとりごちた。
「やっぱり、雑魚だったんじゃないか。あの化け物」
今まで戦ってきたバーテックスに比べたら、全然大したことない。
なんだか拍子抜けしてしまった。
でも。
「ああ……よかった……」
一歩、乗り越える事が出来た安心感と共に。
視界は、刹那の間に白く染まった。