視界が徐々に、不明瞭から明瞭に。
鮮明になった時には、僕は立っていた。
「ここは……?」
芝生が敷き詰められた、広い部屋。
真ん中に一本だけポツンと立っている大樹。
僕はその大樹の、目の前に突っ立っていた。
『我の、神樹の間だ』
伝えられる一瞬前には結論に至っていた。
わざわざ言ったりしないけれど。
『合格だ。お主を神にしてやろう』
「は?」
こいつは何を言ってるんだ?
神の癖に頭がイカれたのか?
いや、それよりこの状況はどうなっている?
僕はあの地獄を終わらせた。
そして、今神樹の目の前にいる。
その上、神樹は訳の分からないことを
つまり、どういうことだ?
『記憶は戻っているはずだ。思い出してみろ』
記憶?
記憶…………。
あ。
フラッシュバックのように。
色々な情景が、頭に次々と浮かんで来た。
そうして僕は、思い出す。
事の経緯を。
あの時。
星屑という化け物が存在する樹海に飛ばされる直前。
勇者部のみんなと共に部室を出たところから記憶は始まる。
そこでは、部室を出た瞬間に場面が変わったりなどしなかった。
皆と共にそのまま学校を出て、大赦へと向かうために歩き出した。
リノリウムの廊下を歩いていき、夕方の人のほとんど居ない校内に七人の足音が反響する。
しばらく歩いていると、無言で歩くのに耐えかねたのか誰からともなく喋り始めた。
「なんか、いつの間にかこんなところまで来てしまってたわね……」
風先輩が感慨深げに呟く。
「確かに、大赦に乗り込むとか訳の分かんない状況になってるわね」
夏凛がその返答を求めているのかいないのか分からない言葉に応える。
「いつからでしたっけね」
「色々あったからね」
東郷さんと友奈も話に加わる。
『諸行無常、ですね』
「なに
メモ帳に書いた樹ちゃんの言葉に風先輩が返す。
スケッチブックだとポケットに入らないので、今はスケッチブックよりも小さいが動き回っても問題ないメモ帳にすると樹ちゃんは部室で言っていた。というか書いていた。風先輩も言ってんのよとか言ったけど。どっちでもいいよね。実際言っているようなもんだし。
「ほんっと、朝陽は騒がせてくれたからな~」
「……言い返しにくい冗談はやめてくれよ銀」
「事実だしな~」
だからなんだって。
「それはともかく銀は誰かに見られたらまずいだろっ。僕の中に戻っててくれ」
「今はほとんど人居ないんだから別に良いだろ」
「念のためだって」
「しょうがないな」
そんなことを話している内に、昇降口に辿り着き、寂寥感の漂うオレンジの光差す靴箱で上靴から外靴に履き替える。
僕は倒れたみたいだけど、わざわざ靴まで履き替えさせてくれてたんだな。
なんだか少し悪いような気がする。考えすぎか。
トントンとつま先を地面につけて、足の位置を整える。
そうしてみんなで、歩き出す。
校庭を抜け、正門へ。
その間も、黙っているのが嫌なのか、それぞれ言葉を発している。
正門を抜けると、普通の道へ。
「そういえば朝陽、大赦に乗り込んだって言ってたじゃない?」
風先輩がサアサアと木を揺らす風に乗せて、言の葉を僕に流した。
「そうですね……早々と黒歴史入りした出来事ですけど……」
軽々しく冗談で流していいことではないか。
黒歴史とかふざけたこと言ってる問題じゃない。色々やってしまったし。
友奈パパ大丈夫かな。
僕が気にする資格はないだろうけど。
大赦の建物も、修理費とかどうなんだろう。
これも気にする資格はない。
自己嫌悪。
そんな気分が下降する思考をしていた。
「それさ、朝陽が行ってなきゃ、アタシが行ってたわよ」
だから、その風先輩の言葉は、すぐに頭に入ってこなかった。
「え?」
「だからさ、アンタが行ってなきゃアタシが大赦に乗り込んで、ぶっ潰してたわよっていうこと」
「はあ」
まだ状況を理解しきれていなくて、気の無い返事をしてしまう。
すると。
『お姉ちゃん!? そんなこと考えてたの!?』
樹ちゃんが風先輩の前に物凄い速さで出てきて、メモ帳を眼前に突き付けた。
「あ……」
しまったというような表情。
「確かに風ならやりかねないわね」
「それどういう意味よ夏凛」
「どうして乗り込む可能性があったんですか?」
友奈が根本的なことを聞く。
「だって、樹の声がでなくなっちゃったじゃない。それを今でも
怒りを声に滲ませて、風先輩は語った。
『お姉ちゃん。やらなかったから良かったけど、そんな事絶対にしないでよね? 私はそんな事して欲しくないから』
眉を下げながらメモ帳を再度突き出す樹ちゃん。
「樹……」
『わかった?』
「……わかったわよ。大丈夫。もう朝陽がやっちゃったしやることもないわよ」
うっ……。
なんか心が痛い。
樹ちゃんは納得したのか、頷いてメモ帳を仕舞った。
「何はともあれ、今こうして全員で歩けているのは良いことですね」
「だね、東郷さん」
東郷さんと友奈が会話を一旦締めた。
そのままみんなで他愛もない話をしながら歩いて行く。
夕空は、いつしか夜空へと変容し。
大赦の建物が次第に見えて来た。
その建物は、まだ修復作業が進んでおらず、なんとか体裁を保とうとしているレベルだ。
これを僕がやったんだ。
後悔してはいけない。
気にしないのもいけない。
ただ事実として、受け止めるんだ。
修理の手伝いは……全てが終わってからでないと無理だけど。
僕なんかが手伝っていいのかも分からないけれど。
そうして、辿り着いた大赦前。
誰も、歩いている姿は見受けられない。
あんなことがあった後だ、色んな人が走り回っていても可笑しくないと思ったのだけど。
何なら僕を探しているとも思っていたのに。
というかその方が自然だろう。
だけど、誰も見当たらない。
少なくとも外には。
「さあ、行くわよ」
風先輩が切り出し。
皆揃って敷地内に足を踏み出す。
今は考えても仕方ないか。
とにかくやることをやるだけだ。
そうして歩き出す。
神樹の元に辿り着くために。
大赦の建物へと一直線に、六人からなる集団は歩く。
走りたいところだけど、東郷さんもいるので無理だ。
変身は、今はしないみたいだ。
別に戦いに行くために行くわけではないのだから。
説得だ。出来るのかは分からないけれど。
皆がいる。
――翻る影。
前方。
視界に割り込む人物。
「誰!?」
「とりあえず止まるわよ!」
友奈と風先輩がそう言葉を発し、皆一斉に足を止める。
「殺してやる……クソガキが……」
その人物から発される憎悪の言の葉。
聞いたことのある声だと、思った。
大赦の人だということは分かる。
大赦の着物を着ていて、大樹の描かれた仮面に黒い縦長の帽子を被っているからだ。
全員大赦の人はその恰好をしているから、区別がつかない。
精々声か背格好ぐらいでしか。
でも――
「お前は絶対に、赦さない……」
この声は……。
忘れたくとも、忘れられなかったのかもしれない。
心に黒くこびり付いた、罪の証。
罪状は、殺人。
この人は、きっと――。
「みんな、ここは僕にやらせて――いいや、僕がやらなくちゃならない。それがきっと、責任だから」
僕は皆より前に出て、そう伝える。
「朝陽くん……この人は……」
「夢河くん、大丈夫……?」
雰囲気と、僕と仮面の人の言動で察したのか、友奈と東郷さんが気に掛ける言葉を掛けてくる。
「大丈夫だよ。僕はもう、そこに目を背けたりなんてしないから」
僕が、近しい人を、力を使ったことで死なせてしまった、残された人を。
僕の住んでいたマンションの部屋に押し入って、殺そうとしてきたあの人を。
「そうね、アンタがやらなきゃいけないことだわ。ちゃんと責任を全うしてくるのよ」
「向き合ってきなさい朝陽。みんなで、見守ってるから」
『頑張ってくださいっ』
夏凛、風先輩、樹ちゃんもメモ帳に書いて、言葉を送ってくれた。
僕は前を再度向き、口を動かす。
「銀、力を貸してくれ」
『おう。思う存分、使ってくれ』
銀が言った刹那の後。
僕の両の掌の前が光る。
その光が収まった時には。
両の手に剣のような幅広の斧が顕現していた。
両方とも順手に握り込む。
これで僕は、戦える。
あんな力なんて無くても、脅威を退ける事が出来る。
銀のおかげだ。
「人生最後の会話は終わったか?」
拳銃を懐から取り出しながら、大赦の人は言葉を発した。
この人は、僕を襲撃した後鎮圧されて、多分あんなことをしたのだから拘束されていたはずだ。
よく知らないから、恐らくという予測でしかないけれど。
けれど、そうだと仮定して、拘束されていたところを抜け出して、その上銃まで奪ってきたとなると、尋常ではない意志力が必要だ。
それは、想像もできないほどの執念。
大切な人を殺された怒り、恨み、憎しみ、悲しみ、悔しさ、全ての負の感情を燃料にして、復讐心という炎を燃え上がらせた結果なのだろう。
それほど僕を殺したいのか……。
当然だ。僕だって勇者部の誰かを殺されたら、目の前の復讐鬼と同じになると確信できる。
やりきれない思いがこみ上げてくる。
けれど。
僕は同情する資格などない。
悲しむ資格などない。
僕がやったことなのだから。
それでも、僕はこんなところで死んでやるわけにはいかない。
前へ進むために、邪魔するものは排除しなければならない。
それが誰であろうと踏み越えて、目的を達成しなければならないんだ。
でも、ならば何故、視認してすぐに攻撃を仕掛けてこなかったんだ?
わざわざ話が終わるのを待つなんて、漫画の中だけだろう。
他のみんなを巻き込まないため? それとも本当に最後の会話ぐらいはさせてやろうという考え?
わからない。
結局他人の理論など、解り得ない。
分かりたくとも、解れない。
それでも僕は、阻むのなら敵対するだけだ。
「今すぐ、死ね」
発砲。
僕は擦れ擦れで、弾丸を避ける。
一瞬にして、戦闘の火蓋は切って落とされた。
ここからは、復讐者と僕の戦いだ。
何者も入る余地のない、一つと一つのぶつかり合い。
どちらが悪かと聞かれれば、僕の方かもしれない。
殺された者と、殺した者。
百人中百人が、後者と答えるであろう。
されど今は、そんな事関係なく。
お互いの目的のため、絶対に許容できない相手を潰し合うだけの戦闘者。
ただの一人と一人の、戦い。
勝つのは悪でも善でもない。ただ強かった方が勝つ。それだけの、争い。
正義など、何処にも無く。
感情以外は、とうに亡く。
戦う者の心は泣く。
どちらかが倒れるまで、戦い続けるだけ。
身体能力は、銀の力のおかげで少し強化されている。
でなければ弾丸を避けることなど出来なかった。
こんな大斧を振り回すなど不可能だった。
されど、デウス・エクス・マキナの力ほど、動けるわけでもない。
弾丸をギリギリ避けれる。そのぐらいの速さ。
二本の斧を振り回せる、そのぐらいの腕力と技量。
それ以上は、無い。
けれど、それで十分。いや、十二分。
少なくとも、この戦いでは。
銃弾を避けた後、僕は即座に、一直線に復讐者へと走る。
向こうは飛び道具、こちらは近接武器だけ、離れていれば不利になるだけ。
逆に近距離戦になれば、身体能力で勝るこちらに分がある。
ならばいち早く、接近しなければならない。
「殺してやる! 殺してやる!」
発砲。発砲。
瞬間的に飛来する銃弾。
今度は幅広の斧二本を、面を横にしクロスして盾にした。
キンッキンッ、と金属同士の衝突音が間近で弾ける。
手に伝わる衝撃。けれどそれで斧を手放すことはない。
発砲。発砲。
今度は足を、狙ってきた。
斧を盾にしている位置とは違う箇所。
いくらこの斧が巨大だからといって、体全体を覆えるほどではない。
だが、銃口を常に凝視し、次に何処へ撃ってくるか事前に知っていれば、対処できない攻撃ではない。
簡単なことではないけれど、今の身体能力ならそれが可能だ。
僕は斧の盾の位置を下げ、防御した。
また金属質な音が火花と共に弾ける。
その後も発砲されるが、悉く斧でガードする。
「くそがっ!」
弾が無くなったのか、拳銃を苛立ちの言葉と共に投げつけてきた。
けれど、そんなもの避けるまでもない。避ける必要が無い。
それでも一応前方に構えていた斧に当たって、地面に落ちた。
これで敵の武器は、無くなった。
後は、僕が目の前の敵を倒せばいいだけ。
それだけだ。
僕は肉薄する。
武器の無い超常の力を持たない者になど、負ける要素はない。
これで終わる。
時。
仮面を被っているから判らない。
けれど。
復讐者が、ほくそ笑んだような気がした。
刹那の後。
――――復讐者は、懐から拳銃よりも大型な銃を取り出してきた。
サブマシンガン、かアサルトライフル。
とにかく中距離銃。
きっと、そんな戦争でしか見ないような銃。
僕が肉薄してくるのを待った、隠し玉。
意識は、その銃を一瞬で見ていた。
けれど僕の身体は、反応してくれない。
前屈みに走っていたから、急に止まることも、方向転換も出来ない。
いや、今の身体能力なら無理矢理やれば出来るかもしれないが、一瞬では無理だ。
目の前の復讐者は、その一瞬の間に引き金を絞って弾丸を僕の身体に撃ち込めてしまう。
どうする――
考える間も無く、引き金は絞られた。
「朝陽!!」
激突。衝撃。反発作用。
体は左へと、移動。突き飛ばされる。
銀が実体化して、僕を突き飛ばしたんだ。
反動で銀も後退している。
その僕と銀の間を、弾丸の特攻部隊が通り過ぎた。
突き飛ばされたことでバランスを崩し、倒れる。
だが、即座に立ち上がろうとする。
次の銃弾が来る前に、片を付けなければならない。
さすがにあの量は、避け切るのは至難の業だ。
立ち上がりながら走り出す。
走り出すといっても、敵はすぐ目の前だ。
左の斧を、峰を向けて横に振り抜く。
中距離銃を弾き飛ばす。
パパンッ。
その時に引き金が少しの間絞られ、僕の腕を銃弾が掠めていく。
けれど、大した怪我じゃない。
今度こそ。
右の斧も、峰を向けて相手を行動不能にしようと薙ぐ。
だが、彼の執念は桁が違うのか、まだ終わらない。
懐に手を入れ、ナイフを抜き出してきた。
そうして突き出されるナイフ。
向こうの方が獲物が小さい分、速さは相手の方が上。
だが、身体能力は僕の方が上。
されど、このままだと結果的に相討ちだ。
今だけは、スピードの差は埋められている。
けど、ここで負けてやる訳にはいかないんだ。
もう片方の斧を盾にし、ナイフを防ぐ。
金属音。
僕の獲物は、二つだ。
この程度のこと、造作もない。
即座にもう片方の斧の峰を打ち付けた。
ナイフを手放しながら、倒れる復讐者。
空しくカラカラと音を立てながら、ナイフは地へと落ちた。
戦闘不能。
多分、そのはずだ。
彼は、倒れたまま動けずにいるのだから。
「殺してやる……娘を、返せ……」
それでもまだ呪詛を言の葉にして、僕にぶつけ続けてくる。
僕は、娘さんを失わせてしまったのか。
…………。
受け止めなくてはならない。
受け止めたくなくとも、受け止めなくてはならない。
大丈夫、皆がいる。
辛くなったら、一緒にいてくれる。
そう言ってくれたのだから、信じて突き進むんだ。
「僕は、赦されなくてもいいですよ……」
「殺してやる」
「そう思って貰っても構いません」
「なんでお前が生きている」
「生きたいからです」
「死ね」
「嫌です」
話すことなど無い。
僕は償いをする、ここで死んでやるわけにはいかない。たとえ悪人でもいい。僕は自分の願いのために、目的のために、大切な人たちのために、他人の思いを踏み躙る。恨んでくれて構わない。たとえ許されなくても僕は償いをする。クズでも悪人でも醜い凡人でもいい。ただ、前に進む。
今は償いよりも、目的を達成しなけらばならないけれど。
いや、それも償いの範疇か。
多分だけれど。
「朝陽くん、終わった……?」
友奈達が歩み寄って来た。
「終わったよ」
「その人は、大丈夫だよね?」
「多分」
「多分?」
「生きてはいるよ。ちゃんと刃は当てなかったし」
「だったら、問題ないかな……?」
「うん。問題ないよ。じゃあ、行こうか、みんな」
そうして、歩き出そうとした。
「後ろ!」
「え?」
唐突に夏凛が叫んだ。
後ろと言うからには、振り返ってみた。
眼前に、刃物の切っ先が迫っていた。
一瞬後には、鮮血が宙を彩るであろう。
倒れていた大赦の人は、落ちていたナイフを拾って再度手に持ち、僕に突き出してきたのだ。
行動不能確認が、甘かった。
確りと、何かで縛っておくとかするべきだった。
もう遅い。
無意味な仮定。
愚かさ肯定。
僕はどこまでも、まだまだだった。
されど。
その刃は、僕の眼球をズタズタにする前に、止められた。
横から伸びてきた手に。
けど、勇者部の誰でもなかった。
精悍な顔つきをした、凛々しい男性。
大赦の服を着ているが、仮面を付けていない。
年齢は、わからない。二十代ぐらいだろうか?
「ふっ」
息を吐き、その男性は復讐者の関節を極めた。
「あっぐっ……」
仮面の下から苦鳴が聞こえた。
そして仮面の人の体を倒し、首に手を回してスリーパーホールドを男性は仕掛けた。
しばらく経つと。
意識が落ちたのか、だらんと仮面の人の身体が弛緩した。
「ふうっ……」
完全に意識が無いのを確認した後、凛々しき男性は息を吐きながら立ち上がった。
一瞬の間。
そして。
「アニキ!?」
夏凛のそんな叫びが空気に響いた。
え? アニキ?
兄貴ってことは、あれか。
夏凛のお兄さんか。
いたのか、兄。
兄弟がいるってことすら初耳だ。
いや、まだそうと決まったわけではない。
そう呼んでいるだけの親しい人という可能性もある。
「やあ夏凛。元気にやってるか? そちらの人達は初対面だね。初めまして、夏凛の兄、三好
本当に兄だった。
「夏凛ちゃんの、お兄ちゃん!?」
友奈が心底驚いたような表情を見せる。
「この人が……」
「話には聞いてたけど、会ったことはないのよね」
「さっきの動き、結構やるな」
そして、東郷さん、風先輩、銀、と喋り。
樹ちゃんが物珍しそうな顔で三好春信さんを見ていた。
「この人はこちらの不手際で抜け出してしまってね。迷惑掛けてしまった事は謝るよ」
倒れている大赦の人を見ながら、三好春信さんはそう言った。
だけど、迷惑ならこちらの方が掛けているような気がする。
復讐者との対峙も、元はと言えば僕が撒いた種なのだから。
「僕を、殺さないんですか……?」
今の状況で僕にとって一番重要かもしれないことを聞いた。
「ああ、それはもう大丈夫だよ。先程神樹様から神託が下ったんだ。言い訳するわけではないけれど、それに対応する影響でこの人が抜け出す隙を作ってしまった事は否めないね」
「神託? どんな?」
気になり過ぎて、思わず敬語が抜けてしまった。
「夢河朝陽君の歪な力はもうないから、殺す必要はないという神託だよ」
殺す必要はない。
必要があったら、この人は僕を殺していたのだろうか。
なんだか、半歩下がってしまった。
僕はやっぱり、大赦があまり好きになれない。
そういえば、最初ここに来たとき大赦の人が全く見当たらなかった。
一人も姿が見えなかったのは、その神託が浸透するまでの間だったということか。
「それと、もう一つ。神樹様からの御達しがある。夢河君を連れてきてほしいというね。だから今から神樹様のところに案内する、付いて来てくれ」
話を早々と先に進められて、対応が追い付かない。
「それって、問題ないんですか? 夢河くんに本当に何もしないんですか?」
東郷さんがまだ疑いが完全に晴れていないことを示すように、質問した。
僕は一度神樹に殺されかけている。
確かに神樹の元に今から行こうとはしていた。
けれど、向こうから来いと言われると、警戒してしまうのは当然だ。
「そこは信じてもらうしかないね。けれど、力はもうなくなったのだろう? だったら、こちらが危害を加えるメリットが無いと僕は思うけどね。人を一人殺すデメリットもある」
メリット。デメリット。
こういう話でのその単語は、嫌な言葉だ。
「う~ん……信じていいのかしら?」
風先輩が難しい顔で唸る。
「信じましょう」
夏凛が、話に割り込むように言い放った。
「けれど、夏凛ちゃん……」
「私が保証するわ。アニキは、多分そういう卑怯なことはしない人だから」
すぐには納得できない東郷さんに、俯きがちにそう言った。
というか、僕のことなのに、なんで東郷さんに話任せてるんだよ。
馬鹿か。
すぐに行動に、言動に移す。
「なら僕は、夏凛を信じてみるよ。東郷さんも、それでいい?」
「……うん。夢河くんがそう決めたのなら」
少し間が空いたが、納得してくれたかは分からないけれど、了承してくれた。
「大丈夫だよ東郷さん。夏凛ちゃんが信じてるなら、きっと、絶対大丈夫」
「うん。ありがとう友奈ちゃん」
友奈の言葉に、東郷さんは顔を綻ばせる。
「話は終わったようだね。それじゃあ、ついて来て」
そう言って、三好春信さんは先に歩き出した。
僕たちは、無言でその後に続く。
この先に、想いを馳せながら。