「あの、そういえばあの人、あのままにしておいて良かったんですか?」
「ん? ああ、心配ないよ。他の者が運んでくれてるから」
大赦の建物内部を歩きながら、三好春信さんに外で倒れたままであろう大赦の人について聞くが、一先ず安心できる返答が返って来た。
あのまま野ざらしなのも何だし、意識を取り戻してまた襲われるのも勘弁してほしい。
無言で皆揃って歩いて行く。
所々壊れ、崩壊している建物内を、練り歩く。
そうして何時しか、辿り着く。
神樹が居る部屋の、両扉の前に。
「ここからは君たちだけで行ってくれ」
三好春信さんはそう言って、踵を返そうとした。
どうやらここまでのようだ。
後は僕たちと神樹だけで、話を済ませということか。
その去っていこうとしている姿を目で追っていたら、あるものが視界に入った。
夏凛の、いつもと違う、見たことも無い表情だ。
口もパクパクと開閉させている。
何かを言おうとして、でもなかなか言い出せない。
そういう感情を体現している様子だ。
僕が見てまるわかりなのだから、誰が見ても解ってしまうほど、夏凛はその感情を表に出している。
風先輩はニヤニヤとしているし、友奈と東郷さんと樹ちゃんは微笑ましいものを見つめるように、銀はあまり良く解ってない様子。
それでも三好春信さんは気づかずに、というか視界に入ってないから気づけって方が無理なんだろうけど、足を進めていく。
夏凛はまた口を開き、声が少し出たが、結局口をつぐみ。
もう話す前に彼女の兄は去って行ってしまうだろうと思った矢先。
「あ、アニキ!」
「ん?」
ようやく夏凛は、つっかえながらも叫んだ。
三好春信さんはその声に振り向く。
「なんだい夏凛?」
「え、えっと……」
口ごもり。
「すぅーはぁーすぅーはぁー」
深呼吸をして。
「あ、案内してくれて、ありがと……」
と、頬を赤くしながら小さな声で言った。
「うん」
兄は微笑みの表情を妹へ向けて。
今度こそ、踵を返し去っていく。
僕は、二人の関係を一切知らないけれど。
なんだか暖かいものを感じた。
良好な関係なのかは分からないけれど、少なくとも悪い関係ではないと思った。
「夏凛やったじゃないっ」
「頑張ったね!」
「事情はよく知らないけど、良い選択が出来たと思うわ」
『夏凛さんかわいいですっ』
「よくわからなかったけど、兄貴のことが大好きってことだな」
「あんたらうるさいわよ!」
やいのやいのと皆が喋っていき、夏凛が耐え切れなくなったのか最後に顔を真っ赤にしながら反応する。
なんだか、一時流れた穏やかな空気が、心地いい。
「とにかく、さっさと行くわよ」
夏凛がそう言って早々と歩き出す。
「あ、ちょっと夏凛」
風先輩が言うのも聞かずに、夏凛は両開きの扉の片方を押して開けていく。
「それじゃあ僕たちも行きましょう」
このまま留まっていても意味はないと思い、僕はそう言った。
「まあ、そうね。行きましょう」
風先輩はすぐにそう応え、自分も歩いて行く。
皆もそれに倣い、友奈は東郷さんの車椅子を押して、歩き出す。
そうして入る、神樹が中心に根を張っている、草原のような部屋へ。
全員が入った後、バタンッと音を響かせて扉が閉まる。
風も無いのに、サアサアと神樹の葉が揺れる。
『来たか』
「おう、来てやったぞ」
直接感覚へと送られるような意志を受け取り、僕はぞんざいに応える。
どうも、神相手だと態度が悪くなってしまう。
嫌いなのが隠し切れない。
それを直す気も無いけど。
『一つ提案があって、今回は呼ばせてもらった』
「提案?」
神樹が僕に何を提案することなんて在るというんだ。
全く見当がつかない。
「朝陽くん、神樹様の言葉が解るの?」
「え?」
友奈がそんなことを言ってきた。
「もしかして友奈には解らないの?」
「うん」
「友奈ちゃんだけじゃないわ。私もよ」
「アタシも」
「私もよ」
「アタシもだ」
東郷さん、風先輩、夏凛、銀と、喋り、樹ちゃんは頷いていた。
え、それって。
「つまり朝陽だけが神樹様の言葉を理解できるってこと?」
風先輩がそんな結論を口にした。
「……どうして?」
僕だけ?
『お主は、混じっておるからな』
「前にも聞いたけど、その混じってるってなんなんだよ?」
神樹の迂遠な言い方に少し苛立ちながら聞く。
『それが今から伝える「提案」に関する事だ』
なら、それをさっさと言えよ。
そう言葉に出す前に、話を遮って大声が木霊した。
「それはそうと、神樹様! 樹の声を戻して下さい! こんなの納得できません!」
風先輩だ。
樹ちゃんのことがとても大切なのだろう。
数刻前に、僕がやらなきゃやってたと言ってたことからも。
樹ちゃんは、悲しげなような、心配げなような表情をしている。
風先輩のことが、気がかりなのか。
姉妹揃って、お互いのことが凄く大切なんだ。
『それに関しても、今から話す事と関わりが在るといえる。待っておれ』
「今から話す事とも関係あるから待っててくれと言っています」
神樹の返答を伝える。
「……なら。いいけど」
風先輩は逸る気持ちを抑えるように、渋々と一旦引き下がった。
『あまり長く待たせても意味は無い。話すぞ』
僕は頷いた。
「今から話し始めるみたい」
皆に伝える。
少し緊張感が漂った。
『まず、天の神のみでも厄介だったことが、デウス・エクス・マキナが加わった事で早急な対処が必要なほど追い詰められた状況だ』
神樹が前提から話し始める。
もう本題だけ言ってくれればいいのに。
でもそれだと解らないか。
『そこで、お主のデウス・エクス・マキナの力は、失われた』
『それによって可能となった方策がある。それが成れば最短で
『だが、それは非常に危険な方法だ。お主も、勇者達も、我にとっても』
『具体的に説明をすれば、お主の中には、デウス・エクス・マキナの力が染み付いておる』
「え?」
あんな力が、まだ……?
「どういうことだよ」
『今話している途中だ。待っていろ』
僕は黙った。
『そしてその馴染んだ神の力を己の物とする事が出来れば、お主は
「現人神?」
『人で在るにも拘らず、神でも在る者の事だ』
神って……。
僕が神だなんて、お笑いだ。
絶対に崇拝したくない。
「でもそれだったら神の力を何度も使っていた友奈達も同じじゃないか?」
『勇者たちの力は我が貸し与ええているに過ぎない。お主は完全に一度譲渡されていた。そして、何度も神の力を行使した。だから馴染んでおるのだ』
そういうものなのか。
『混じっていると言ったのは、そういうことだ。我の意思が完全に伝わるのも、神に近い存在へと既に成っているからであろう』
だから、僕が神とか笑えない冗談だって。
「でも代償があったら使えないぞ」
またあのような力を使うわけにはいかない。
『代償はない。自らが神と成るのだから、己の力を行使するのにそんなもの必要にはならない』
「神に成る事への副作用、デメリットは?」
「無い。力を持った、上位の存在へと成るだけだ」
なら、問題ないか。
『今すぐにでもお主を現人神にして、天の神達を屠って来てほしいところだが、なにしろ危険が伴う。そう簡単に実行に移すことは出来ない」
「……だったら、どうするんだよ?」
『お主に試練を与える。それをもし成し遂げる事が出来たら、その方法を実行しよう』
「試練? そんなもの受けてなんになる?」
『それを成し遂げる力が在りさえすれば、その方法の成功率は格段に上がる』
「だから、それをしろってのか?」
『そうだ。最初に提案と言ったはずだ。だが、断るのならそれでも構わない。他の方法も在ることは在る。非常に可能性は低く、厳しいがな』
「樹ちゃんの声については――散華の話とは、どう繋がるんだよ」
『敵である二柱の神を斃してしまえば、もう代償は必要ない。その時には勇者達の全ての供物を返すと約束しよう』
そういうことか。
試練…………。
受けて、僕がそれを為せれば、天上に存在する神共を殺す事が出来る。
他の方法って、本当にあるのか? 非常に厳しいとか言っているが。
結局、提案と言っておいて強制なような気がしてならない。
でも、それで僕が力を手に入れて、敵をすべて斃したらもう後は辛いことなんてないんじゃないか?
みんなの身体も元に戻って、平穏が訪れて、ハッピーエンド。
大嫌いな神になんて成りたくないけれど、背に腹は代えられない。
なら、受ける以外に選択肢なんて、無いじゃないか。
だが、一人でこんな重要なこと決めていいのか?
良くないだろ。
悩んだら相談だ。
僕は振り返る。
「みんな、今聞いたことを話すよ」
そうして、少し時間は掛かったが、説明した。
「なるほどね……」
風先輩はそう呟き、皆も考え込んでいる様子。
「本当に、現人神に成ることに何も悪い影響はないの……?」
東郷さんがいち早くそう聞いてきた。
「ないと聞いたよ」
「でも、別の存在になっちゃうんでしょ?」
「そうだとしても、僕は僕、だと思うよ。ただ他の人と違った力を持ってしまっているだけの。それだったら今までと大差ないんじゃないかと思う」
「でも…………」
そう言ったあと数秒の間を置き。
「危険な方法、とは具体的にどのような?」
質問を変えて来た。
「あ、そういえば聞いてなかった。今から聞くよ」
「頼むね」
そうして神樹に向けて、口を開こうとして。
『話は聞こえておる。具体的に説明すると、我の力をまず勇者達を経由してお主に送り、デウス・エクス・マキナの力を我の力を以ってしてお主の制御下に置く。この方法の危険点は、お主の精神が鈍り耐え切れなくなった時、デウス・エクス・マキナの力が勇者達と我に逆流し、悪影響が在るという点だ』
「なんでみんなを間に挟む必要があるんだ?」
直接僕に送ってくれればみんなへのリスクはないのに。
『直接送ると、力が多く強すぎて制御が出来ん。我の力を何度も使っての戦闘経験のある勇者達を通して力を縮小してからでないと、九割九分失敗する』
「……そうか。悪影響っていうのは具体的には?」
『良くて精神や記憶の異常、悪ければ死ぬ』
死ぬ、ね…………。
どっちだろうと、必ず回避しなければならない。
「……わかった」
言ってから、今聞いた話を皆に再度説明した。
「――そのリスクは怖いけど、でも、このままでも結局……だけど、神に成るってそう簡単に…………」
東郷さんは考え込んでしまった。
「う~ん……」
風先輩も思考の海に潜ったみたいだ。顎に手を当てて眉間に皺を寄せている。
「私は――朝陽くんがそうしたいなら、いいよ」
「え?」
「朝陽の心は決まってるんだろ? だったらアタシもそれに従うよ」
「え? ……え?」
「どうして僕がやる気前提なの?」
友奈と銀が言って来ることが、わからない。
僕は、一言もやるなんていってないのに。
すると二人は、僕の顔を同時に指差して。
「「顔に書いてある」」
なんて言ってのけた。
僕は本当に、そこまでわかりやすいのだろうか。
確かに、やるしかないのではないかと考えてはいた。
けれど、絶対にこうしなければならないと確信をもって思っていた訳ではない。
だというのに、僕の顔はやることしか考えていなかったみたいだ。
全然全く、自覚はないけれど。
「そうね、ここは、そうするしかないのかも……」
風先輩が顎に当てていた手を下ろして、そう言った。
「本当に、いいんでしょうか……」
東郷さんはまだ納得はし切れていない様子。
「確かにリスクは大きい。けれど、得るものも多い。ハイリスクハイリターンよ。でも、そのリターンを得られれば、一気に解決へと道は開けるわ。酷い戦闘だって、最短で終わらせられる。散華だって、取り戻すのに一番の近道よ」
「…………」
風先輩のその言葉に、まだ思案気に渋る様子の東郷さんだが。
「大丈夫だよ東郷さん。みんなで頑張れば必ず成功するって。なせば大抵なんとかなる、だよ」
「安心しろ東郷。やってやろう、みんなで」
「友奈ちゃん、銀……」
友奈と銀が笑顔を向けてそう声を掛けると、表情が和らいだ。
数秒の間。
「うん。そうね。やってみるべきかもしれないわ」
東郷さんが、承諾してくれた。
「私はもちろん構わないわよ。なんだって乗り越えてやるわ」
『私も、みんながいるし、みんながそう言うならやってもいいと思います』
夏凛と樹ちゃんも、それぞれ声と文字で応えてくれた。
「これで全員の意向は決まったわ。朝陽、それでいいわね?」
「あ……はい。結局、やるしかないと思いますから」
「最初は朝陽くん一人で頑張らなくちゃいけないけど、いける?」
「多分――いいや、絶対にやってみせるよ」
友奈の言葉に、決然と返した。
「それなら、信じて待ってるね」
目の前の微笑みがあれば、頑張れる。
そう思った。
「よし、決まり。勇者部ファイトよ」
風先輩が喋り終わると、誰からともなく手を前に出した。
その手の平を重ねていく。
「勇者部ーファイトー!!」
「「「「「「おおーーーーーー!!!」」」」」」
一斉に手を挙げて、叫んだ。
久しぶりに、やった気がする。
前にやったのは肩組んでのやつだったか?
一呼吸して、僕は神樹の方へ振り向く。
「決まったぞ神樹。僕らはやる」
『よかろう。では、試練を始める』
どんとこい。
なにが来たって、諦めてたまるか。
僕は、成さなければならない、為すべきことを、成して見せる。
そうして、意識は一瞬、無へと落ちた。
・
・
・
記憶を辿った僕は、ようやく現実へと帰還する。
確かに、そんな事があった。
記憶が、戻っている。
ならば、あの樹海や星屑は、試練だったというわけか?
何度も殺されて、何度も戻るあの世界が?
神に成る為の試練だ。そう簡単なものではないとは思っていた。
けれど、あれほどのものとは思っていなかった。
いや、想像していなかった。
漠然とした苦難を脳裏に描いていただけだ。
先見が甘すぎる。
もっと、慎重になれ。頭を働かせろ。
まあ、合格したみたいだし結果オーライではあるのだけれど。
後悔は、していない。だって僕は、大切なことを知れたから。
それでも、二度とあんなことは、御免だ。
『思い出したか?』
「…………ああ。とんでもないもん用意してくれたな」
『そうでないと試練の意味が無い』
「はは……そうか……」
もう何か言う気にもなれない。
文句を言ってもしょうがない。
「そういえば、なんでさっきまで部室を出た先の記憶が無かったんだ?」
『試練だと知っていたら試練の意味が薄くなるからだ』
だから、少し前までの状態にするために記憶を途切れさせたのか。
しょうがないとはいえ、勝手に記憶を弄らないでほしい。
もう終わったことだし抗議しても話が長くなるだけだからどうでもいいけど。
嘆息しながら、周りを見回す。
この神樹がいる部屋には、試練の前同様、勇者部の六人がいた。
けれど、試練前とは違う点が一つ。
園子もいたのだ。
ベッドごと、寝たままで。
どうやって来たんだろう?
「やったね朝陽くんっ!」
友奈が東郷さんの車椅子を押しながら小走りで寄って来て、満面の笑顔で言葉を送ってくれた。
「夢河くん、すごいよ」
東郷さんも微笑みを湛えて。
「朝陽、やればできるじゃないか!」
銀も。
「あとは、力を制御するだけね!」
風先輩も。
「よくやったわ。けど、まだ気を緩めるんじゃないわよ」
夏凛も。
樹ちゃんも、笑みを募らせながら走って来た。
「みんな……。そうだ、まだ終わってないよね」
本格的に喜ぶのは、力を制御出来てからだ。
だから、まだ。
「園子は、なんでここに?」
僕はとりあえず、今ある疑問を解消したかった。
「私は、ゆめゆめ達が色々大変なことになっているのを知って、精霊の力を使って様子を見ていたんだけど、ゆめゆめがあんまりな状態だったから助けちゃった」
「ゆめゆめ?」
友奈達が首を傾げていたが、まあいい。
「助けるって、どうやってやったの?」
別に聞かなくてもいいことかもしれないが、なんとなく気になった。
「私の精霊はいっぱいいるんだけどね、その子達の力を使って神樹様の試練に割り込んだんだよ。そうして創った空間が、あの場所」
園子と居た勇者部の部室のことか。
「神樹様は私のしたことを強制的に止めさせることも出来たんだと思うけど、黙認してくれたんだよ。でも、試練についての情報は伝えちゃ駄目だって伝えられてね、だから話せなかったんだ」
「そう、だったんだ」
僕は、色んな人に助けられて今ここに居るんだ。
そんなことを、再確認した。
「それと、最後の銀は何だったんだ? 僕は星屑に負けて殺されそうになったのに、銀が合格だって言って力を使って倒したけど、つまり倒す前に合格してたってことだよね?」
『試練の合格条件が、神の手先である絶対的な、普通の人間では敵うことがない敵に、何の力も無くとも一矢報いること、だからだ』
「一矢、報いる……」
確かにあの時、星屑の腹の中で食い殺される前に。
僕は奴を怯ませることに、一矢報いることに成功していた。
だからか。
園子があの部室で、立ち向かってと言ったのもそういう理由か。
『ただの人間が、神の手先を怯ませることなど、ほとんど不可能だからな』
そんな無理難題を仕掛けたのか。
試練だから、そのぐらいでないと意味が無いのかもしれないけれど。
『だが、試練を乗り越え、その中で胆力、精神力が鍛えられた今のお主ならば、為すべきことを成し遂げられるであろう。さあ、現人神にしてやる』
「待て」
『なんだ?』
「まだ一つだけ疑問がある」
『言ってみろ』
「友奈が積極的に狙われていた理由だ。それと、あの樹海の友奈は今ここに居る友奈と同じなのか?」
『最上位に守りたいと思っている者を守り通せるか、守る為に最後まで抗い、動けるかが重要だった。だからお主以外に守られるべき存在が必要だったのだ。だが心配する必要はない。あれは我が創造した同じ人格と記憶を持つ試練の中だけの複製に過ぎない』
「…………」
たとえ複製でも、友奈をあんな目に遭わせるのは許しがたい。
神とかいう存在は価値観から人間とは異なっているのかもしれない。
だからそんな言葉を易々と吐けるんだ。
「みんなは試練を見ていた訳じゃないんだよな?」
『乃木園子以外は見ていない。三ノ輪銀も最後に力を貸した時だけだ』
「そうか…………」
もし見ていたら、東郷さんが神樹様という呼び方をすることは一生なくなっていただろう。
『余計な話は終わりだ。早速始めるぞ』
「……ああ」
『勇者達は我の幹に身体の一部を触れさせ、そしてお主は勇者達の身体の一部に触れていろ。三ノ輪銀と乃木園子はしなくてよい。三ノ輪銀は今やお主の一部でもあるし、乃木園子は耐えられる肉体にないからな』
「わかった」
皆に伝える。
「じゃあ、やるわよみんな!」
「「「「はい(おう)!」」」」
すぐに行動に移った。
勇者部の五人――友奈、東郷さん、夏凛、風先輩、樹ちゃんは――神樹の幹に手を触れて、もう片方の手で僕の手を握った。
『では、始めるぞ。気を最後まで、強く持て。そして必ず耐えろ』
そうして、始まる。
別の存在へと至る、儀式が。
――――伝わってくる。
理解し得ない、大きな力が。
勇者部のみんなと握った手を通して、膨大な何かが。
僕の身体を通り、その奥の魂にまで、辿って来る。
それは、己の、絶対に誰にも触れられない場所に触れられる不快感。
心臓を、いつでも握り潰せるぞと言わんばかりに撫で回される途方もない恐怖。
少しでも気を緩めたら精神崩壊してしまいそうな、心を圧迫する膨大。
神の力が充満し、十分に、重要な部分に滞る。
目の前にいる五人も、顔を歪めて耐えている。
皆だって、直接奥まで送られる僕ほどではないにしろ、この力に耐えているんだ。
この程度で根を上げてたまるか。
僕は、乗り越えて、くそったれな神共なんかぶっ殺して、平穏を勝ち取るんだ。
そのためなら、神でもなんでも成ってやる。
化け物を倒すには化け物に成るしかない。そういえばそんな言葉があったな。
神を倒すには、神か。
上等だ。
僕は最強の神に成って、敵を殲滅する。
だから、こんなところで立ち止まってなんていられないんだ。
「ぐ……っ……く――ッ、あ……」
それでも呻き声は漏れてしまう。
されど、奥歯を噛み締めて耐える。
耐える、耐える、耐える。
体の中で、蠢く力。
強制的に魂にまで染み付かせる、強大な不定。
強烈なだるさ、耐えるために力む力さえ奪われていく。
それでも耐えなければいけない。
理論も道理も跳ね返して、為さなければならない。
「あ――」
力が、強まった。
神の、浸食。
意識の望郷。
白の視界。
見える終末。
忘却彼方。
墜ちる星々。
錯綜意識。
歪む海原。
沈む大地。
暴風縦横。
人々営み。
生物輪転。
精神軋む。
心の崩れ。
魂揺れる。
「――――っ!」
膝を突く。
されど手は離さない。
皆と繋がっているこの手だけは、離してはならない。
「朝陽くん、頑張って……!」
「夢河くん……!」
もう周囲の音も、ほとんど聞こえない。
今誰かが何か言った気もするけれど、誰が喋ったのかも、その内容も分からない。
このまま、この時点で、前までの僕なら、屈していただろう。
だけど、今の僕は、違うんだ。
違うはずなんだ。
違っていなきゃいけないんだ。
試練を経て、少しは変わっている。
僕は、必ずこの苦難を乗り越えなければならない。
無様に膝を突いても、這い蹲ってでも、為さなければならないことがある。
絶対に、諦めない。
負けるかよこの野郎。
ぶっ飛ばしてやるよこんちくしょう。
――あ、きつい。
きつくない。
辛い……。
辛くない。
もう無理だ。
無理じゃない。
きつすぎるんだよ。
僕は元気だ。
こんなん耐えられるかよ。
余裕だ。
もう何も考えたくない。
感じろ。
投げ出そう。
投げ出すかよ馬鹿野郎。
諦めよう。
絶対に諦めるわけない。
己の存在全てに移動し、定着し、振動し、細胞結合のような過程。
さらに、浸食が、強まる。
「……っ! ――っ …………ッ ――――ッ」
辛い。
きつい。
辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい。
もういやだ。
嫌だ
やめてくれ終わりにしてくれ助けてくれ守ってくれ救ってくれ愛してくれ優しくしてくれ包んでくれ抱いてくれ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
それでも。
この手は、離さない。
・
・
・
「――くん」
意識が。
「あ――くん」
徐々に。
「あさ――くん」
表出。
「朝陽くんっ」
意識が、浮き上がって来た。
「…………っ」
瞼を開ける。
「見たことない、天井だな……」
いや、あるか。
遠く、高い。
神樹が立っている、広い部屋だ。
敷き詰められた草が、背中にチクチクとする。
これ人工なのかな。
そんなふうな、どうでもいいことばかり頭に浮かんでくる。
で、何があったんだっけ?
なんか、ふわふわする。
高揚感とも違う、全能感。
今の僕なら、なんか、凄いこと、出来るんじゃない?
よく、わかんないけど。
頭が、回らない。
もう少し、寝ていたい気分。
「朝陽くん! やったね!」
柔らかく、暖かい感触。
甘くいい香り。
安らかな、心地。
視界に、赤髪が映る。
友奈か。
おう、僕はやったぞ。
何をやったか知らないけど。
でも、とにかくやったんだ。
成し遂げた。
力が漲る。
有り余るほどに。
『あと少しで危なかったが、よく耐えた。これでお主はもう
「あら、ひと、がみ…………」
ああ、そうだった。
僕は、耐えきったのか。
神、ね……。
実感、湧かないなあ。
ただ、なんか、凄い感じというか。
人じゃないんだってのは、漠然と感じる。
それと途方もない力。
今の僕なら一瞬で町一つ破壊しつくせそう。
そんな事絶対にしないけど。
たった一人の人間がこんなに大きい力を持っていてもいいんだろうか。
いや、僕はもうただの人じゃないか。
神だ。
何も知らない人に言ったら一笑に付されそうだけど、神なんだ。
人と神が合わさった存在、現人神。
一応人間でもあるから、完全に別者に成ったわけではない。
多分、だけど。
とにかく僕はそう信じる。
だって、力とか存在以外は――人間としての夢河朝陽は――何も変わってなどいないと確信できるから。
記憶も感情も、何もかも前と同じだ。
だから、僕は僕だ。
神なんて存在が半分を占めているけれど、それでも僕なんだ。
そう思えるから、僕は前を向いて、歩いて行ける。
『