結界の外に出ると、そこはまさに地獄の世界だった。
辺り一面は溶岩の海と化し、宙には星屑が所々で蠢いている。
この場所が、かつては人が住んでいた場所なんて信じられない。
悪魔の住処と言われた方がしっくりくるだろう。
切り立つ岸壁は、草原だったのだろうか、道路だったのだろうか。
無機質な岩肌からは、その断片すら判りはしない。
これを、神がやったんだ。
神って、なんなんだ。
人間にとっての神って、そんなものじゃなかったはずだろ。
もっと、人が安心できるような、素晴らしい存在じゃなかったのかよ。
神樹は、こんなことするやつに比べたら良心的な善い神の部類だろう。
人類を、護ってくれているのだから。
どうしても好きには、なれないけどさ。
皆も衝撃を受けていたようで、数秒沈黙する。
けれどすぐに立ち直り。
皆揃って、さらに上に向かって飛翔して行く。
移動している最中、星屑は襲って来なかった。
もう星屑程度をけしかけても、ほとんど意味を成さないと理解したのだろうか。
着実に、天へと進んで行く。
宇宙にすら到達しそうなほど、天に昇って行く。
そうして――
ようやく辿り着く。
目の前には、紅く熱い太陽。
否、ただの太陽ではない。
『来ましたか』
それは、神々しき聖なる炎を身に纏う。
『戦うのでしょう? 野蛮な人の子よ』
その身総てが焔の存在。
『終わらせますよ。ええ、終わらせます。貴方達を排除して人の時代は終わり、次の、もっと素晴らしい生命体の時代となるでしょう』
焔の身体は、数メートルはある巨人のようで、
『さあ、行きますよ。愚かなる人の子達』
天の神。
またの名を
外の世界を地獄へと変貌させた、人類の敵。
詳しい名前は神樹から聞いた。
聞いたところで、どうなるというものでもないけれど。
神樹から聞いたと言えば、天の神も殺してはいけないと伝えられた。
殺してしまったら天からの恵みが無くなってしまうかららしい。
主に太陽の光とか。
天の神がいなくなったら、世界は暗闇に包まれるのだと。
だからまずは、説得する。
聞き入れてくれなかったら、実力行使しかない。
殺さない程度に力を消耗させ、人類を攻撃しないように確約させる。
そんなただ殺すよりも難しいことをやってのけなければならない。
だけど、やってやる。
不可能ではないのなら、為して見せる。
天の神は見た目通り、太陽――焔を使って来るのだろう。
相手は神だ。
僕も神だけれど、一筋縄ではいかないだろう。
けれど後は、勝って帰るだけなんだ。
絶対に、諦めない。
「待ってくれ。出来れば戦いたくない。人類を滅ぼそうとするのを止めてくれさえすればいいんだ」
返答は――
――爆炎。
爆音。
聖なる炎の波が、押し寄せてくる。
やはり、説得なんて今更か。
何百年も前から変わらず人類の敵なんだ。
そう簡単に意見を変えてくれる訳がない。
それでも一言も無く攻撃とは、にべもなさすぎる。
言葉では、届く余地が無いということか。
だったら、望み通りに戦ってやる。
そうして認めさせてやる。
聖剣を炎に叩き付けた。
だが炎は一瞬では消えない。
バーテックスのように容易に切り裂けない。
これが、神か。
上位存在の力の凄まじさをひしひしと感じる。
少し剣が押され、下がる。
剣で炎を防ぐことを可能としているのは、
神の聖剣でなければ、為す術なく炎に呑まれていただろう。
他の皆も、満開の武装をそれぞれ叩き付け、払い、放った。
全員の攻撃が命中して
「天の神さん、攻撃を止めて! 話を聞いて!」
「そうよ! 話ぐらい冷静にちゃんと聞いてよ!」
「攻撃はその後にもできるでしょうが!」
「意思疎通をしなければ何も始まらないでしょう!」
「アタシたちは、こんな争いをしたい訳じゃない!」
友奈から始まり、風先輩、夏凛、東郷さん、銀とそれぞれ説得の言葉を投げかける。 皆は神の声を聴くことは出来ないが、一瞬の間すらない攻撃に返答が無かったのが解ったのだろう。
だが――
『
天の神は聞き入れない。
「その凝り固まった価値観でこっちは迷惑被ってるんだ!」
『人類の方が、迷惑を掛けているでしょう?』
膨大なる火炎の海が
朱い津波が押し寄せてくる。
先の炎の波よりも、強力な攻撃。
このままでは、防ぎ切るのは難しいだろう。
「ならこっちも、本格的に力を使うべきか」
バーテックスは純粋な聖剣のみで簡単に斃せていた。
けれど今戦っているのは神だ。
今まで温存していたが、ここからは使うべきだろう。
温存していたのは、前までと違ってこの現人神の力は借り物ではない。
だから無限に行使することは出来ず、使える力の量には限りがある。
解りやすく例えるならRPGのMPみたいなものだ。
前までは、そのMPを自分ではなく別の無限貯蔵庫から引き出していたような感覚。
デウス・エクス・マキナの力も、無限ではないだろうけれど。
自らの内へと、念じ、イメージを叩き込む。
そうして、能力が発現する。
やることは、今まで力を使っていた時と然程変わらない。
されど醜悪な代償は、もう在りはしない。
傅く様に漂っていた白金の粒子が、純白なる聖剣に集う。
純白の聖剣が、さらに白く光り輝き、エネルギーが付与される。
その聖剣を、真一文字に振り薙いだ。
白き斬撃が聖剣から放たれ、広範囲に飛翔して
火炎の海へと真正面からぶつかり合った。
轟音と共に白き斬撃と火炎の海は対消滅した。
奴の遠距離攻撃は厄介だ。接近する必要がある。
説得は、あの様子では今は何を言っても頑なな返事しか返ってこないだろう。
ならば、戦うしかない。
一瞬で白金の粒子を体中に行き渡らせ、疾風と成って天の神に肉薄する。
聖剣を振り下ろした。
だが、切り裂く感触は無い。しかし嫌な手応えなら、在る。
天の神は、右手の平に小型の太陽を生成して、僕の聖剣をその太陽を盾の様にして防いできた。
押せない。けれど押し返されることも無い。
『神に成ったばかりの人間風情が、良い気にならないことです』
確かにこちらはつい最近人から神に変わったばかりだ。
向こうは生まれた時から途方もない年月神をやってきている。
格が違う。
けれど、そんなことはどうでもいい。僕はただ、勇気をもって前に進み続けるだけだ。
爆。
聖剣と拮抗していた太陽が、爆散した。
ただの、爆発じゃない。
爆弾の爆発などとは比べ物にならない。
水素爆弾を膨大な数爆発させたような、空間を揺るがす破壊の化身の如き爆発。
数千万度の火炎が荒れ狂う。
一瞬でボロ雑巾の様に吹き飛ばされた。
しかし、大きなダメージはない。
聖剣を楯にしたからだ。
咄嗟に傅く粒子をエネルギーに変換させてぶつけていなかったら、危なかったけれど。
少し肌が焦げはしたが、軽傷で済ます事が出来た。
距離は取られてしまったが。
吹き飛ばされながら体制を整える。
「「大丈夫!? 朝陽(夢河)くん?」」
「問題ないよ。今の僕はそう簡単にやられたりしないから」
友奈と東郷さんに心配ないと返事をする。
確かに少し痛いが、少しだ。
この程度で根を上げる訳がない。
上げてたまるか。
「天の神さんだってこんなことしたい訳じゃないでしょ! もうする必要が無いんだよ! だからちゃんと話を聞いて!」
『黙りなさい』
友奈の声掛けを天の神は一蹴し、
――レーザーのような、炎を凝縮したものを放ってきた。
友奈一人に向けての一点攻撃。
それほど癇に障ったのか、聞きたくないのか。
この攻撃は、速い。
虚を突かれた友奈には対応できそうにない。
ならば僕が、楯と成ろう。
粒子を一瞬で行き渡らせ、瞬間加速でレーザーの前に出る。
聖剣を楯とし、レーザーを受けた。
爆発。
炎に焼かれながら吹き飛ぶ。
「朝陽くん!?」
「今は無理だ。戦ってくれ」
焼かれたが、まだまだ問題ない。
また粒子をエネルギー化させたので直撃を食らった訳じゃない。
身体の動きに支障はないし、熱くて痛いが、耐えられる。
死ぬわけじゃないんだ。
だから何も気にすることはない。
神の力さまさまだ。
「――うん。そうだよね。わかった」
友奈は一瞬の逡巡の後、本格的に戦うことを決めてくれた。
皆も今のを見たなら解ってくれているだろう。今説得しても効果は薄いと。
「行くわよみんな!」
風先輩の号令。
一斉に、全員で天の神に飛び掛かった。
遠、中距離の東郷さんと樹ちゃんは少し離れているが。
銀は満開でないから近づくと危険、それを十分解っているようで斧を一本投擲していた。
勇者部全員の一撃が一気に叩き込まれる。
だが。
風切り音。
空を切る。
手応えが、一切無い。
目の前には天の神の姿が在り、今その場所に聖剣を振ったはずなのに、だ。
すると。
目の前の天の神の姿が
「なんだ……?」
皆も不思議がっている様子。
倒、した……?
――圧迫感。
瞬間的に顕現した圧迫感に、振り仰ぐ。
先に天の神が手の平に生成した小型の太陽よりも一回り巨大な、中型の太陽が複数、僕達を囲んでいた。
奴はまだ倒れていない。
囲んで攻撃したと思ったら、囲まれていた。
まんまと敵の策に嵌められた。
手応えが無かった天の神は、恐らく幻影かなんかだろう。
全方位から僕達に向かって太陽は放たれた。
避けることは出来ない。
逃げ場所が無い。
対処するしかない。
あの太陽は強力だ。
現人神の僕はともかく、みんなは防御出来るだろうか。
けれど、この量を、さらに全方位となると、僕一人で対処することは出来ない。
みんなを信じるしかない。
内に念じ、傅く様に漂う白金の粒子が聖剣に纏わり付いて浸透する。
白よりも白く煌めき輝く大剣と化させた聖剣を振り薙ぐ。
中型太陽を二、三個爆散させた。
皆もそれぞれ満開武装を駆使して太陽の対処に当たっている音が響く。
そして何かが割れる音も鼓膜に届く。
太陽が全て消滅し、静けさを取り戻した空間で振り返る。
そこには、バリアが粉々になって吹き飛んだ状態のみんなが荒い息を吐いていた。
神の力は強力。
それは解っていたつもりだった。
けれど、まさか満開のバリアが一瞬で全員分壊されるだなんて、考えていなかった。
改めて神の桁外れの力を思い知る。
こんな早くから、バリアが無くなってしまったのだから。
「みんな大丈夫!?」
「「「「「大丈夫」」」」」
樹ちゃん以外の全員から一字一句違わない言葉が返ってきた。
樹ちゃんも同じ言葉だと言うように力強く頷いていた。
そんな様子を見たら、これ以上何かを言うのは無粋な気がした。
それにそんな時間を天の神は与えてくれないだろう。
だがここからは、一瞬の油断がみんなの命取りとなる。
精霊のバリアが無ければその身に直接ダメージを受けるのだから。
一緒に来たことを少し後悔した。
けれど今更だ。来てしまったのだから、嘆いている暇があったら護れ。
皆の決意を、無駄にするな。
しかし、皆の安否を確認している間に、追撃の隙を与えてしまった。
天の神は、本物の太陽と見紛うかのような、己の巨大な体よりもさらに巨大な焔の球体を生成した。
破壊力が先までの攻撃より絶大であろうことは、視界に収めた瞬間から理解してしまう。
聖剣で斬撃を伸ばしても、飛ばしても防ぎ切れるかどうか。
爆散した火炎が皆に当たってしまうかもしれない。いや、その可能性が高い。
バリアが無い今、それだけは回避しなければならない。
全員の攻撃を命中させても、やはり被害は免れないだろう。
だけど。
絶対に、誰一人失わせなんてしない。
僕が、護る。
絶対の楯と成ろう。
――そうだ。楯だ。
あまりにも簡単な発想だった。
普通過ぎて、逆に今まで気づかなかった。
太陽が、放たれた。
内に念じる。イメージを叩き付ける。
傅く様に漂っていた白金の粒子。
そしてさらに、靡いていた純白のマフラーが弾け粒子と成る。
膨大な量の煌めき輝く粒子が太陽と僕らの間に集まり、形を成していく。
そうして
――絶対防御の純白の楯。
そんな神器を、形成した。太陽が接近するまでの刹那の間の出来事。
攻撃は楯で防げばいい。
そんなシンプルな発想から生まれたものだ。
焔の球体が純白の楯に激突する。
凄まじい轟音がこの地獄と化した空間に響き渡る。
球体と楯が、攻撃と防御が
数秒の後。
火炎の球体は次第に威力と規模を衰えさせ、消滅した。
純白の楯は
まさに絶対防御。
護る事のみに特化した最強の楯。
されど、何度も易々と使う事は出来ない。
力の消耗が激しいからだ。
形成できるのはあと数回ぐらいか。
火炎の球体が消滅して直ぐに、皆は天の神へと攻撃を仕掛けた。
相手が攻撃を放った直後の隙を狙ったんだ。
だが、空振る。
豪腕も砲撃もワイヤーも大剣も刀も斧も、当たらない。
避けられているわけではない。
先の時と同じで、幻影かと思ったがそれとも少し違う。
太陽神だから、陽炎を神格化させた能力を使えるということか。
さっきの幻影もそれと同じ。
神に成った今だから、同じ存在である相手の能力にそんな推測が立てられた。
しかし、どうやって攻撃を当てる?
このままでは一向にこちらの攻撃だけ命中しない。
一方的な展開へとなるだろう。
されど、敵は待ってくれない。
天の神は陽炎の能力を使ったまま肉薄して来た。
距離や場所が、掴めない。
判らない。
これでは、どの方向に避ければいいのかすら判断できない。
――――でも。
手が無い訳じゃない。
奴は、最大限まで近づいてきた。
僕達の、目の前まで。
この距離まで近づかれれば、流石に場所が把握できないことはない。
ここだ――。
己の内に強く念じる。
イメージを叩き付ける。
天の神は、両掌を
その手の平の前が、眩い光を放った。
巨大新星爆発。
そんな天体すら破壊してしまう超威力の攻撃を、この近距離で放とうとしているのを直感した。
だが僕は、既に手を打っていた。
絶対防御の純白の楯が、天の神の目の前に、刹那の間に形成される。
多大な威力を誇る一撃が、放たれた。
楯は一瞬で罅割れ、バラバラの破片となって消失した。
けれど新星爆発の威力はほとんど軽減され、僕達は吹き飛ばされるだけで済んだ。
東郷さんの戦艦の上に僕は落ち、叩き付けられる。
「ぐっ……!」
衝撃に呻く。
「夢河くん大丈夫!?」
「朝陽、怪我はないか!?」
戦艦に乗っていた東郷さんと銀が声を掛けてくる。
「大丈夫。僕よりもあちらさんの方がやばいんじゃないかな」
「あちらさん?」
天の神の方を振り仰ぐ。
そこには、炎の身体が部分部分に削れている天の神がいた。
結構な傷を負っていることが一目で解る。
どうやら旨くいったようだ。
天の神は爆発を自分の目の前で起こしたんだ。自分には被害が無い前方のみに衝撃が行く攻撃だったんだろうが、そこで僕の楯が目の前に現れた。
それによって新星爆発が跳ね返り、天の神も爆発の被害を受けた。
あの絶対防御の楯が跡形も無く破壊されるほどの威力だったのだから、軽傷で済む訳がない。