――っ!?
なんだ?
聞いたことのない、不快な声。
声というよりも、意思そのまま。
反する、相容れない存在だと、一瞬で理解する。
正体に至り、確信する。
「ここで、くるのか……!」
アイツは。
天の神が、中心から黒く染まって行く。
まるで、乗っ取るかのように。
融合を為していく。
そうして、渦巻き、凝固し。
完全に、黒に染まる。
姿の変貌。
全身漆黒に包まれた、異様。
巨大さは、天の神と変わらず数メートルの巨人。しかし。
黒い太陽の様に黒く昏く燃え盛り。
悪魔のような二本の捻じれた
巨大な、禍々しくも雄々しい悪魔のような羽。
伝説に在る竜のような、泰然と揺られている尻尾。
異様を威容と魅せる、
強靭な二本の足で宙に立ち、その四肢から伸びる爪は鋭利。
死肉のような赤の、両の瞳。
その姿は正に、『魔王』という名が相応しい暗闇。
総てを仕組んだ張本人。
僕にとっての宿敵。
絶対に存在を認めてはならない相手。
『魔王らしいであろう? やはりラスボスはこうでなくてはな』
得意げに言うクソゴミクズ神。
「おいお前」
『ん?』
「デウス・エクス・マキナだな?」
『その通りだ。道化よ』
「そうかい…………そうかいそうかい」
ぶっ殺す。
けれど先走って突っ込んではいけない。
さすがにそれぐらいは学んでいる。
「確かに魔王ってゆーか悪魔ってゆーか、そんな感じだな」
「あれが、朝陽くんにひどいことした神……」
「禍々しくて、凄く嫌な感じがするわ。けど、許せない。絶対に倒さないと」
「これは天の神よりも強いかもしれないわね。でも、これで本当に最後よ」
「そう、あと一回勝てばいいのよ」
銀の暢気な言葉から始まり、友奈、東郷さん、風先輩、夏凛と口を開く。
最後にこくこくと頷く樹ちゃん。
「そんな姿をしていたなんてね。通りで非道なことも平気でする奴だと納得したよ」
『いや? この姿はついさっき創り上げたものだが。ラスボスらしさを演出したのだよ。普段のワレは形など無い不定形だ。それでどうだ? 正に「悪」であろう?』
なんだ、こいつ。
楽しむような、嘲笑うような、
こんな奴が神とか世界終わってんな。
僕が神な時点でもう終わってるかもしれないけれど。
というか既に四国以外は終わってたなそういえば。
「なぜそんな姿をする? 意味は? 意図は?」
奴が答える理由なんてないだろうけど、思わず口から出た。
『ラスボスとは、第二形態があるものだろう? だから天照というラスボスの第二形態として登場したまでだ。ゲームのようにやられてはやらないがな』
しかしわざわざデウス・エクス・マキナは答えた。本当に何を考えているのか。
前々から思っていたがデウス・エクス・マキナは長い。デウスでいい。
むしろクソ神でいい。
「お前、なにがしたいんだ」
『最後の最後まで順調に話を進ませ、終わり間近で全てを破壊し強制的に終焉へと導く。それがワレの目的!』
そういえば、神樹がデウスは享楽的な神と言っていたな。
まさかこれほどそのまんまだとは想像していなかったけれど。
「天の神は無事なのか? 合意ではなく無理矢理に見えたけど。まさか消したとか言わないよな?」
少し焦りながら聞く。
天の神がいなくなったら、色々と不味い。
『いや? 死んではおらんよ。融合した。傷を負い力を消耗した天照を乗っ取っただけだ』
「何のメリットがあるんだよ」
『だ か ら! その方が真のラスボスっぽいであろう?』
ぽいってなんだよぽいって。
神のくせにお前はどっかの艦隊か。それともぴょんぴょんしてんのか。
そんな理由で人――ではないけど意思ある存在の身体乗っ取って良いと思ってんのかよ。
イカれてる。とても解り合えるものではないし、分かりたくもない。
神ってこんな奴ばっか。
神すら生み出す創造神とやらがもしいたら、そいつは馬鹿だ。真正の馬鹿だ。
もしくは性格がボロい針金よりも捻じ曲がっている。
「もういい。お前みたいな奴と話しても無駄だ」
一呼吸。吸って吐く。
これで、本当の本当に、最後だ。
なら、あと少しだけ頑張れるはずだろう? 勇気の神。
「みんな、行こう。ここで、全員で、終わらせる」
皆の返事が耳に届くか届かないかの内に、僕はもう動き出していた。
力は結構消耗している方だ。
天の神と戦う前の五割くらいには。
けれど神の力は膨大。五割とはいえ元が多いからまだまだ戦闘に支障はない。
一回の戦闘分の力なら、残っているはず。
だがデウスは天の神よりも強いだろう。
元がどっちが強いとかは知らないが、天の神の身体と融合を果たしたのなら、単純計算で神二柱分の力を持っていることになる。
ならば出し惜しみなどしない。最初から全力で行かせてもらう。
内に念じる。イメージを叩き付ける。
聖剣が白よりも白い光を纏――
「……っ!!」
背中に衝撃。
速度を増し、吹き飛ばされる。
デウスは、前方にいたはず。
何が起きたのか、何をされたのか、解らない。
食らい合い増殖だけを繰り返していた星屑の群れに頭から突っ込んだ。
視界が
「きゃあっ!!」
見えないところで、みんなの声。
僕みたいに吹き飛ばされたのか?
『もう少し話させてくれてもよいだろうに。折角の終章なのだぞ?』
上の方から脳に伝わってくる、腐海の様に不快な声。
言葉からして今のはデウスにやられたことは間違いないだろう。
しかしどうやって?
星屑共を聖剣の一薙ぎで消滅させて、体勢を整え見上げる。
自らは絶対者だと言わんばかりに悠然とデウスは宙に佇んでいた。
動きが読めない。次にどう行動してくるか分からない。
それよりもみんなだ。辺りを見る。
皆は少し距離がある前方にいた。
大きな外傷は見当たらないが、というか遠くて良く見えないけど、大丈夫そうではある。
多分だけど。そう思いたい。
もしかして、僕達は、手加減されたのか?
僕も防御していた訳でもないのに怪我なんてないし、みんなも怪我はなさそう。
あんな奴に、僕は手加減されたのか。
くそっ……。
「話ってなんだよ……何を話したいんだよ」
思考も何も読めない相手だ。
話をしたいというのなら、話させてやろう。そこから隙を窺う、見つけ出す。
『何でもよいぞ。何を話したい?』
は?
「お前が話したいって言ったんだろうが!」
『それはそうだなフハハハ。で? 何を話したい?』
このクソ神が。
「死ね」
『嫌だが?』
「なんなんだよ!」
ふざけやがって。
『フハハハ』
「殺す」
聖剣を構えた。
『話はさせてくれないのか?』
「お、ま、え、が、ふざけた応対するからだろ!!」
「朝陽くん落ち着いて!」
頭に血が上っていた僕は、いつの間にか近くにいた友奈の声で黙った。
神相手だと、どうしても感情が制御できずに刺々しくなってしまうが、デウスはさらに気にくわない性格をしている。
そのせいで冷静さを欠いてしまったが、友奈が引き戻してくれた。
あのままだったらいいように感情を誘導されていただろう。
そしてそのままなんらかの策に嵌められていたかもしれない。
奴のからかいに乗るな。
冷静、冷静にやるべきことをやれ。
「ありがとう友奈。僕は大丈夫だ」
「うん。しっかりね」
一間開けて。
「なら聞くが、なぜあの時、力をお前に、記憶を僕に戻した?」
河川敷の下で倒れた時のことだ。
『ん? ああ、あれか。劇のシーンの一環だよ』
「は?」
待て、冷静だ冷静。
深呼吸。
「劇? シーン? ちょっと、いやかなり分からない」
『分からないのか!? この程度のことが!!?? プフーーーーww道化よwwお前頭悪すぎwwww』
ぷっつん。
「ぶっ殺すぞオラァ!! なめてんのかこのクソ神が!!」
馬鹿にしやがって! 正面から話せよ! 斜に構えて見下して適当に応対しやがって!
一歩間違えば死ぬ緊張感とか、色々吹っ飛んで訳が分からなくなった。
「朝陽くん!」
「夢河くん!」
「「「朝陽!」」」
「――は。あ……ごめん、みんな」
即冷静さなんて壊されてしまった。
落ち着け馬鹿。なにやってんだ。
僕はここまで沸点低くなかったはずなんだけれど。
「何を言われたのか知らないけど、とりあえずアイツの口車に乗るのは止めなさい。気にすることじゃないわ。ましてや敵の言うことよ」
「そう、ですね……」
風先輩の言うことはもっともだ。
気にしない。気にするな。
デウスは敵だ。
出てくる言葉なんて
反感ではなく、ただただ一蹴。
「それより天の神さんはどうなったの?」
東郷さんが聞いてきた。
そういえば神と話せるのは僕だけなんだから情報の共有をしないといけないのを忘れていた。
普通に神と話していると、ついみんなも話を全部把握しているものだと錯覚してしまうことがある。
デウスを警戒しながら、奴から聞いた、今は乗っ取られて融合しているということを皆に伝えた。
「つまり、天の神さんを殺さずにあの神を倒す方法を探さないと、このままだと何も手が打てないということね」
「そう、だね」
そうだった。
方法なんて考えずに、デウスを斃すことだけ考えていた。
しっかりしろ僕。
最後くらい、しっかりやれ。
勇気の神なんだろう?
だったら、体現して見せろ。大言して魅せろ。
僕は、なにがあっても、とりあえず、やりたいことはやる。為すべきことは、為す。 今やりたいことは、デウスを斃し、天の神を救出し、この不毛な戦いを終わらせることだ。
そして第一に、みんなを護ることだ。
他は良いから、とりあえずそれだけは為せ。
良くないこともあるけど、とにかく今はそれをやれ。
だが天の神の救出は、どうやれば出来る?
融合しているんだ、そうそう簡単に切り離すことなど不可能。
デウスが自分からしない限りは、難しい。
――難しい?
何故、僕はそう思った?
難しいではなく、不可能だろう。
なのに、僕は自然と、難しいと思った。
つまり、簡単ではないが、出来なくはないと思ったということ。
出来るのか? そんなこと?
でも、そんな気がした。
現人神の直感とか、そういうのなのかもしれない。
自分の力のことは、感覚レベルで理解しているのかもしれない。
生まれつき体の動かし方を知っているのと同じように。
とにかく、可能ならば、やるとしよう。
大言して、魅せろ。
「とりあえず方法なら、僕が何とかするよ。みんなはアイツを斃すことに集中して欲――――」
『――そろそろ終わったかあ? 待ちくたびれてしまうのだがフハハハ』
気だけはデウスの方に配って警戒していたが、ここで水を差されるとは思っていなかった。
いやむしろ、アイツならそういうタイミングで声を掛けるのか。
「どうも……待っててくれて嬉しいよ。涙が出るくらいにね」
話は終わってないけれど。
『そうか! なら泣け! 鳴け!
うっっっっっっっっっっぜえ!
平常心、平常心。
「でも話はまだ終わってなかったんだよなあ」
『そうか、なら終われ!』
「お前が終わらせたんだよ」
『そう! ワレは終わらせる者! フハハハ』
「はははは」
『フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』
もうこいつとコミュニケーション取るのやめようかな。
そうだ、ここは戦場なんだ。
死地。死ぬかもしれない血生臭い場だ。
なのに、デウスはそれを相手に感じさせない。
意味の無い会話に相手を引き込む。
これは奴の作戦なのだろうか。
好き勝手やってるようにしか見えないけれど。
「――つまり、天の神さんのことは夢河くんがなんとかするってことでいいのかな?」
僕が言いかけていた言葉を途中までの部分で――と言ってもほとんど伝えることは出来ていたと思うけど――理解してくれたのか東郷さんが確認して来た。
「あ、うん……」
「なら、私たちは気にせず戦えばいいんだね」
「うん。そうだよ」
友奈の言葉に、僕は断言する。
失敗など考えない。
そんなのは失敗した時でいいのだから。
「それじゃあやりますか! 天の神を救出してアレを倒して終わりよ」
風先輩がそう締めた。
『なあ』
あ?
回転。
凄まじい痛み。
瞬時に消失。
吹き飛ぶ。
血を撒き散らしながら。骨や内臓を落としながら。
潰れた果実の様に、無残に堕ちる。
内に念じる。イメージを叩き付ける。
粒子が体中に浸透し、全快する。
即座に吹き飛ぶ体を静止させた。
僕の数メートル下は、溶岩が蠢く様に流れていた。
危なかった。
後少し遅ければ溶岩に突っ込んでいた。
デウスを見上げる。
みんなは見当たらない。
警戒はしていた。気を配っていた。
なのに、反応できなかった。
不意ではなかったというのに。
来た瞬間に聖剣を叩き付けてやろうと考えながら話していたというのに。
奴の動きが、分からなかった。
『なに? 敵の前で会話とかなめてんの? さすがのワレも何度も待たぬぞ?』
「黙れよクソ野郎……」
それでも共有しなきゃいけない情報があるんだ。
『だが今のワレは魔王。王というからには少しは寛容であらんとな。
「ふざけるな!」
『い、や、だ、な! フハハハ!』
もう、なんなんだ。
一向に話が進まない。
奴との会話は無意味だとさっき解ったはずなのに。
気づけばまた相手にしている。
ペースに乗るな。自分のするべきことだけ覚えてろ。
『本当にふざけてなどいないぞ? 偽りなく感謝はしているからな』
「は? なんでお前が僕に感謝するんだよ」
『するさ。ワレの敷いたレールの上を順調に運行してくれて感謝する! 面白いように確りと望み通りに動いてくれたぞ。実際に面白かったがな。フハハハハ!』
「ああ、そう。死ね」
あくまで心は乱さない。
アイツは劇の監督気取りの
変なやつの言うことに、真正面から受け止めるのは無駄だ。
――と。
みんなの姿が、視界の向こうに映った。
無事だったようだ。
合流しようと宙を駆ける。
『まあ、そろそろいい加減、始めるとするか。ずっとこのままでは退屈だしな』
魔王の薄ら寒い、そんな言葉が脳に伝わった。