愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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六十二話 二人へ届け

 ゾクッ――――――

 悪寒が奔った。

 警鐘が煩く叩き鳴らされる。

 警笛が荒々しく吹き鳴らされる。

 

 闇。

 闇が視えた。

 それは闇黒。

 闇黒の、粒子。

 

 気づいた時。何時の間にか。

 デウスが目の前にいた。

 漆黒の光に染まった魔王の右手が、振り下ろされる。

 聖剣を振り上げたい。

 されど、不可。

 身体が動く前に、デウスの魔手は僕に届く。

 斬撃。

 受けた傷は惨劇。

 黒き爪に裂かれた僕の身体は、血を噴出させながら人形のように力無く倒れ行く。

 

 ――内に念じる。イメージを叩き付ける。

 全回復魔法と言える現象を起こした。

 そして、それでは終わらせない。

 今の状態のままでは即座に殺される。

 

 さらに施す力の装飾。

 ――速く疾く、今までよりももっと速く。デウスに対抗できるほどの速度。そして、デウスの攻撃に対抗できるほどの破壊力を聖剣に。

 白金の粒子をふんだんに消費する。

 

 現人神だって、神なんだ。

 相手が神二柱分とはいえ、いつまでもやられたままでたまるか。

 

 身体を起こすと共に月白(げっぱく)に煌めく聖剣を振り上げた。

 再度振り下ろされる漆黒の爪と聖剣が激突する。

 力は拮抗……やや押され気味。

 

『ほう? 楽しませてみろよ?』

 剣と爪が弾き合う。

 その後何度も切り結ぶ。

 やはり全体的に押され気味。

 

 ワイヤーがデウスの左腕に絡まる。

 友奈、風先輩、夏凛がそれぞれの武器を振りかぶりながら肉薄した。

 その間もデウスの右手は僕と交戦したままだ。

 魔王の左腕が、闇黒色に輝く。爪が黒の光刃と化す。

 その黒は、ワイヤーをも侵した。

 縛られているにも拘らずデウスは左腕を飛び掛かってきた三人に向かって薙ぐ。  

 バリアを割られながら三人は吹き飛ぶ。

 ワイヤーもその攻撃で千切られた。 

 そのままデウスは左腕を切り返し、右手と渡り合うのに精一杯だった僕に漆黒の爪が命中する。

 腹を裂かれ、僕も吹き飛ばされる。

 回復。

 腸が垂れていた腹は元に戻る。

 

『あれ? あれあれ? ワレを殺すのではなかったのか?』

 端的に言うと強い。

 むかつくことを言って来るが、強いことに変わりはない。

 どうすれば対抗できる?

 解答なんて、考えている暇もない。

 ならばシンプルに、単純に。

 数だ。

 

 でも、出来るか?

 それよりも、彼女をまた戦いの場に出してしまっていいのか。

 しかし、僕は全力で頼ると決めた。

 だが、彼女には頼れなどと言われていない。その場合はただの迷惑でしかないだろう。

 助けたいと一度だけは言われたけれど。

 でもそれはその時のことで、今ではない。

 なら、頼るのはいけないのでは?

 

 デウスの体から暗黒色の粒子が溢れ出す。

 総てを呑み込み、事象を変革する力。

 僕の前の力の、母体となる能力。

 一応今の力の、元でもあるのか。

 こんな奴の力と同じだなんて、認めたくないけれど。

 

 僕は勇気の神という現人神だ。こんな邪神なんかではない。

 まだまだ抵抗のある名前ではあるが。

 

 闇黒の粒子がデウスの両手に纏わり付き、発光し、定着する。

 漆黒の凶爪(きょうそう)と化した。

 視界からデウスが、消失する。

 

 後ろに聖剣を振った。

 鋭い爪に受け止められた。

 デウスは一瞬で僕の後ろに回っていたのだ。

 だが流れるような動作で左の爪がこちらに向けて薙がれる。

 そのスピードは、この世に例えられるものなど無いほどの速さ。

 だけど。

 

「う、おおおおおおっ!!?」

 右の爪と押し合いながら体を少し無理をして倒し、何とか避けることに成功する。

 身体擦れ擦れを鋭き漆黒の凶爪が通り過ぎ、風に煽られる。

 

 そうして視界の端に移る、三人の姿。

 一瞬の隙を見抜いて、デウスの背に向けて友奈、風先輩、夏凛がそれぞれの武器を繰り出す。

 されど、簡単に攻撃を通らせてくれる魔王ではなかった。

 

 (しな)る竜の如き尾。

 魔王を打ち取ろうとした勇者達を、風を切って放たれた鞭のような一撃で弾き飛ばす。

 バリアの割れる音と共に三人は吹き飛ばされた。

 結局、さっきとほとんど同じ流れだ。 

 

 腹に、途轍もない衝撃。

 

「か――はっ……!」

 身体が、くの字に折られる。

 魔王の黒き強靭な足が、僕の腹に食い込んだ。

 杭のように、足先の爪が腹を裂き突き刺さる。

 肺の空気が全て吐き出される。

 胃液と血が逆流し、吐血した。

 そのまま蹴り飛ばされる。

 

 東郷さんの砲撃が放たれた音が聞こえた。

 だが、命中した爆発音は聞こえない。

 当たらなかったのか。

 避けられたのか。

 全員で掛かって、これなのか。 

 

 錐揉(きりも)みしながら風圧に翻弄される。

 痛ってえ……。

 手に爪が在るのなら、足にも当然、人の体など瞬時に(むくろ)と化させる事の出来る鋭い爪がある。それは解っていた。

 闇黒色の粒子で強化されていない部分だったとはいえ、警戒はしていた。

 それでもこのざまだけれど。

 けれど、まだ回復を使う時じゃない。

 ここで使っては、力の無駄遣いだ。

 吐血したし、腹から血は出ている。

 でも、今の僕はただの人間じゃない。

 これぐらいで死ねるか。耐えれるだろ。いや耐えろ。

 痛いのは、嫌だけれど。

 本当にやばくなったら、即使うけれど。

 力が枯渇して負けるのは、もっと嫌なんだ。

 

 痛みに耐えながら体制を整える。

 骨が折れていないことを祈るしかない。

 多分、ギリギリ折れていないと思うけど。

 

『弱い! 弱すぎるぞ道化と勇者達よ! もっと強いはずだろう? そこを叩き潰すのが良いというのに!』

「うるさいぞこの異常者」

 

『もっと本気出せ。やはり何か切っ掛けが必要か?』

 僕はさっきから本気だ。

 命が掛かっているのに本気にならない奴なんているわけないだろうが。

 

『ならば話そう。ワレの与えていた力に人を殺す代償が在ったであろう?』

「……それが、どうした?」

 思い出したくもないこと。

 されど、忘れてもいけないこと。

 僕は背負っていかなければいけないのだから。

 

『その代償な、実はワレが殺していただけであって、代償でも何でもないのだよ』

「――え」

 そんな、馬鹿な。

「本当、なのか……?」

 

『本当だ』

 

「…………お前のことだ。どうせ嘘なんだろ?」

『いや? 嘘ではないぞ? これを知れば希望が湧くだろう? だからそれで本気を出してもらおうと思ってな』

「本当に、本当なのか?」

『嘘を吐いてなんになる? 道化に本気を出してもらわねばならないのだぞ』

 

 本当、なんだ……。

 ちゃんとした理由があるのならば、嘘ではないのだろう。

 僕は、背負わなくてもいいのか?

 もっと、楽に生きれるのか?

 希望の光が、見えた気がした。

 安堵の息を吐く。

 僕は、この戦いが終わっても終わらない償いの道を歩まなくてもいい。

 なら、今前方に存在する魔王に打ち勝てば、僕はみんなと楽しく、何を気にすることも無く生きて行ける。

 背負って生きて行くつもりではあった。終わらない償いの道を歩む覚悟は出来てはいた。

 けれど、その重荷が無くなると分かると、やはり嬉しく思ってしまう。

 辛いのなんて、誰だって嫌だから。

 僕は――――

 

 

 

 

『――ま、嘘なんだがな。フハハハハハハ!』

 

 は?

 脳が理解を遅らす。

 心が信じることを拒む。

 けれど次第に解っていく。

 分かりたくない。

 

『善良な一般人が道化の所為で無残に苦しみながら死んだのは本当のことだぞ。真実だ。紛れもなく変わらない事実だ。フハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 嘘。

 嘘、嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそうそウソ。

 

『ねえ? どんな気持ち? 今どんな気持ちだ道化よ? フハッ!』

 

「――貴様あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 …………っ。

 平常心、冷静。

 ――――無理だッ!

 

 デウスに向かって疾駆(しっく)する。

 風を追い越し、一秒と経たず。

 目の前まで肉薄した。

 こいつは動かない。

 なら。

 

 今すぐぶっ殺してやる。

 

 全ての白金の粒子を、聖剣の刀身のみに集める。

 纏わり、染み込み、浸透し、直視できないほど月白色に強く輝く。

 今出せる、最強の一撃だ。

 現人神の力を攻撃の一点に特化させ創り上げた。

 

 死ね。悪神が。

 

 月白の聖剣を、全身全霊を以って振り下ろした。

 

 空振った。

 

 避けられた。

 容易に、簡単に、児戯だと言わんばかりに。

 身体を少し逸らしただけの動きで、回避された。

 聖剣の斬撃は何にも届かず。

 ただ空しく空を切って――空間を断裂させた。

 

『ん?』

 破壊された空間は、世界の復元力によって修正される。

 その時に、何が起こるか。

 

 ブラックホールのような、周囲に在るもの全てを巻き込んだ吸い込み。

 その余波の、何ものをも破壊する衝撃波。

 

 意図的ではなかったが、僕ごと巻き込んで、そんな現象が起きる。

 筈だった。

 

 闇黒色の粒子が、刹那の間にデウスの身体から溢れ出し。

 断裂した空間に殺到し、眩く光り輝いた。

 その光が治まった時には。

 空間の断裂は影も形も無くなっていた。

 

「朝陽(夢河)(くん)!!」

 友奈達の叫ぶ声。

 

 腹に違和感。

「ごふっ…………」

 血を大量に吐き出した。

 震える頭をゆっくりと動かし、下方を見る。

 

 デウスの右手が、僕の腹を貫いていた。

 

『今のは危なかったぞ道化。容易に避けて講釈の一つでも垂れてやろうかと思っていたが、予測より強力な一撃であった。だが――』

 右手が無造作に振られ、放り投げられた。

 腹と口から血を撒き散らしながら吹き飛ぶ。

『ワレには、届かなかったな』

 ちく……しょ、う……。

 

 意識が…………。

 乱暴に、重力に逆らえずに吹き飛んでいると。

 背中に、クッションがぶつかるような感覚。

 その後、柔らかい感触。

 身体に回される両腕。

 

 僕は友奈に、抱き留められていた。

 

「朝陽くん、死んじゃだめだよっ」

 今にも涙が溢れ出そうな顔で言う友奈。

「死な、ない……よ。これ、ぐらいでは、僕は、死ねない……」

 意識が飛びそうになるのを胆力を総動員して耐えながら、内に念じる。

 イメージを魂に叩き付ける。

 

 僕の周囲に漂う白金の粒子が身体に染み込み全身に浸透し。

 傷は総て、癒えた。

 腹に空いた穴は元通りの綺麗な状態に戻っている。

 無くなった血も十分な量、体中を行き交っている。

 

「これで大丈夫だ」

 体を起こしながら僕は言った。

「どこも痛くない?」

 だけどまだ友奈は心配げな顔。

「全く」

 だから僕は、余裕だ平気だと示すように、拳を胸に当てた。

「ならいいんだけど……」

 少しは安心してくれたのか友奈は微笑した。

 集まってきた皆にも、大丈夫だと示すように身体を大きく振った。

 

 酷くやられて少し冷静になった。

 友奈の心配そうな顔をまた見てしまった影響の方が大きいかもしれないけれど。

 今は怒りに翻弄されている場合じゃない。

 切り替えだ切り替え。

 元々罪を背負う覚悟も、終わらない償いの道を歩む決意も済んでいたことなのだから。

 今更だ。今更解放されようだなんて、考えてはいけない。 

 

 

『それで? 道化よ、いつまでも待ってくれてると思うなよ。どうやってワレを倒すのだ? 早く覚醒しろよ。お前主人公が良いんだろ?』

 待ってくれるだなんて甘えたことは考えていなかったけど。

 デウスへ向けていた意識は一秒とて外してはいない。

 

 けれど、先のように迷っている場合ではないのかもしれない。

「だったら、魅せてやるよ。僕たちの力を」

 僕は銀の方を向く。

「銀! ちょっと体(いじく)るけどいいかな!」

「ええっ!? なんでだ!?」

「覚醒してみないかって聞いてる!」

「オーケーだ!」

 

 即答した銀に向けて、そして、もう一人の仲間に向けて意識を集中する。

 やってみなくてはやれる確証なんてなかったけれど。やれる気がするんだ。

 いや、絶対に為せ。

 失敗など考えるな。

 現人神の力は強大なんだ。何せ神の力だ。

 荒唐無稽な、ありえない無茶苦茶を起こしてやる。

 覚醒って、そういうもんだろう?

 恰好よくて、相手にとっては理不尽で。

 それでいて最高の希望に溢れた、必然の奇跡。

 今の僕になら、それぐらい出来る。

 むしろ出来なければ可笑しい。

 なせば大抵なんとかなる。

 なんとか、してみせる!

 

「さあ! 来てくれ、園子! そして二人とも、満開だ!」

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