僕の女装という名の公開処刑と衣装作りが一区切りつき、昼になった。
皆でかめやにうどんを食べに行こうとなり、昨日ぶりに行くことに。
こんな短い期間にまた行って飽きないのだろうか。
そうして着いた後、僕はまたうどんうどんと呪詛の様に言われないか戦々恐々としながら蕎麦を頼み、ズルズルと麺を啜る。
昨日ざる蕎麦を頼んだので、今日は温かい露のどんぶりに入った蕎麦を堪能した。
こちらもざる蕎麦同様、美味かった。
心配していたうどん呪詛は唱えられることなく、完食できた。
…………頼んだとき少しピクッと反応はしてたけど。
まだ僕以外に風先輩とかが食べ終わってなかったので、待ってる間に気になった事があったから聞いてみる。
「午後は何かするんですか?」
午後に何をするかまだ何も聞いてなかったのだ。このまま解散か、午後にする活動がまだまだあるのか。
特に誰を対象としてした質問ではなかったが、三好さんが答える。
「そうね、まだ伝えていなかったわ。みんな食べ終わったら夢河の鍛錬をする事になっているの。そのために衣装作りは午前の内に一区切りつけさせてもらうように言っていたわけ」
あれ忘れていなかったのか……。
嬉しくはあるが、正直いって僕は忘れかけていた。
昨日の事なのに忘れんなよ。
痴呆かな?
……いや、色々と濃いイベントが起きてたら無理はないと思うんすよ、うん。
「私もお父さんから習った武術があるから、朝陽くんの鍛錬に協力する事になってるよ」
あのお父さん武術習得していたのか。どうりで大柄で屈強な体をしているわけだ。
言動からはとてもそうは見えなかったけど。
いや、意外とそういうもんなのかな。
同じ人間なんだし。
「アタシたちも今日は特に急ぎの依頼も無いし、鍛錬とかした事無かったから一緒にやってみる事になったわ」
「勇者システムが優秀だったから今まで戦ってこれたけど、やってみる価値はあると思いますね」
「私は鍛錬はできないですけれど、見ているだけでも学べる事はあると思うので」
『アタシも一緒に鍛錬はできないけど、アドバイスぐらいならできるかもしれない』
三好さんは自分で行った手前、僕の鍛錬に付きっ切りで付き合ってくれるみたいだけど、結局皆で鍛錬する事になったみたいだ。
僕達は今、青い海が望める砂浜にいる。
どうやら三好さんがいつも一人で鍛錬をしている場所らしい。
僕と三好さんは二人で向かい合っていて、他の四人は少し離れたところでそれぞれ鍛錬や見学をしている。
広々とした砂浜は、確かに鍛錬に最適に思えた。
結構いい場所に思えるけど他には誰一人としていない。
実は穴場だったりするのかな。
「まずは私と一対一で勝負してみましょう。それからまた改善点を見極めるわ」
「うん、わかった」
木刀を一本渡され、お互いに距離を一定に取り構える。
三好さんは木刀の二刀流だ。
それがいつもの戦闘スタイルらしい。
確かに最初にあの、樹海って言ってたっけ? に来た時に二刀流の女の子を見たような見てないような気がする。
戦う事に必死だったからね、あまり覚えていない。
そして当然変身はしない、僕も能力は使わない。誰かに見られてもまずいからね。
それにこれは戦闘技術を鍛える鍛錬だ、変身しようがしまいが大して変わらない。
それにしても、二刀流とはかっこいいね。
卓越した技術を持った人じゃないと二刀流は上手く扱えないと聞いた事があるような気がする。
だから二刀流を使うために訓練した人じゃなければ一本だけの方が良いらしい。
なんか妙な事だけ覚えてるな僕。
重要な事は何一つ思い出せないのに。
「じゃあ、いくわよ!」
「…………っ」
そんなことを考えてたら、試合が始まってしまった。
緩んでいた思考を戦闘に適したように張り詰めらせ、走ってくる三好さんを目で捉え続ける。
少し出遅れたので、僕は自分から接近をするのを止め三好さんの一挙手一投足を注視しながら待ち構えて機を窺う。
「ふっ!」
三好さんが右手の木刀を僕に打ち込んできた。
それを僕は木刀で防ぐ。
「ぐっ……」
一撃が結構重い。防ぐために筋肉が全力で張っていて、腕が痛い。
女の子なのになんて力なんだ。変身してもいないのに。
すかさず三好さんは左手の二刀目も打ち込んでくる。
僕は一刀目を防いでいる所だから迫りくるもう一撃を防ぐ事ができない。
どうする?
考えている暇は無い。
――ええいままよ!
僕は、ぐちゃぐちゃと回る思考を放棄して、無理矢理斜め右前に出た。
獣が突進するように、極限まで前かがみになりながら、自分の木刀を手放し一刀目の一撃を強引に避ける。
「なっ!?」
僕の無謀な動きに三好さんは驚愕の声を上げる。
その動揺の隙に、自由になった僕は迫りきていた二刀目を持っている三好さんの手首辺りを掴む。
よし!
そのまま掴んだ腕を振り回し、全身全霊の力を振り絞って投げ飛ばそうとする。
三好さんは小柄な女の子だし、僕でも全力さえ出せば投げ飛ばせるかもしれないと思ったからだ。
「舐めるなあっ!!」
だが――そう簡単に旨くいってはくれなかった。
投げられた勢いを利用して三好さんは体を一回転させ右手に持った木刀の一撃を放ってきた。
こんな業に僕が対処出来る筈も無く、こめかみの辺りで寸止めされて、僕は尻餅をつく。
「私の勝ちね」
「ああっくそ……!」
天を仰ぎながら、悔しくて自然とそう言ってしまった。
これが、日々鍛錬を積んできた者と何もしていない者との差か。
ちょっと、いやかなり、厳しいな。
僕は何も努力をしてこなかった。だから努力をしてきた三好さんに敵わないのは当然だけど。
僕は能力を使っていない時ただの一般人ほどの身体能力しかないのだから。
それでもこうも現実を正面から突きつけられると、きついものがある。
女の子相手にこんなに簡単にいなされる自分が情けない。
また傲慢なフェミニストの思考になっているが、そんなことはどうでもいい。
強く優しくかっこよくを目指す僕としては、どうにも受け入れがたい。
自分が未熟なだけなのはわかっているけれど。
「やっぱり夢河はまだまだね。身体能力が大して無いのは変身すればいいとして、技術の方が問題だわ。というかさっきにのなに? 無鉄砲すぎない?」
三好さんが駄目出しをしてくる。
まあ無鉄砲な事をしたのは自覚しているが、咄嗟にやってしまったのだ。
あと、僕のは変身というほどのものではないの思うけどね。目の色が変わってマフラーが付いただけだし。
目の色が変わったかどうかは僕からは見えないけど、感覚でなんとなくわかるんだ。
それはともかく。
「えっと、頭で色々と考えてる時間も無くて勢いでやってしまったといいますか……」
「そう、確かに考えている時間が無い時もあるわ。でも無鉄砲な行動は実践では生きるか死ぬかの賭けよ。無闇にやるものではないわね」
「そう、だね」
正論だ。返す言葉も無い。
「――――だけど、無鉄砲でもその『大胆さ』は活かせれば強力な武器になるわ。それを伸ばしていきましょう」
全然駄目だと思っていたけれど、なんか褒められてしまった。
少し嬉しい。いや、少しではないかもしれない。
強くなるための指針を示してもらった事でも、やる気が段々と上がってくる。
「うん! それじゃあ、それを伸ばすためにはどうすればいいかな?」
「そうね……まずは観察よ。観察眼を鍛えるのよ」
「観察眼?」
「そう、夢河の無鉄砲ともいえる大胆さを活かすためには、相手の動きをよく見て、ここならいける、という隙を見出すことよ。そしてその後迷い無く大胆に行動に移す事。これが肝になるわ」
「それは具体的にどう重要なの?」
「大胆な行動は危険を多く伴うわ、ましてや戦場、一つ一つの行動が生死を二分の一に分ける事もある。だから絶対にいける隙間を見極める事は凄く重要なのよ」
「なるほど」
「――でも、これには一つ難しい部分があるわ」
「……それは?」
「見極めるといっても、戦闘中は考えている時間があまり無い、いや、ほとんど無いと言っていいわ。戦闘中は一秒の遅れですら重大な危機に陥る事がある。だから直感レベルで見極める事ができるように何度も何度も反復練習をする必要があるのよ」
「本能レベルで可能なように体に刷り込ませるってことだね」
「簡潔に言ってそのとおりよ」
ふむ。これは本当に、難しいな。
それが出来るようになるまでは、膨大な時間が必要だろう。
だけど、バーテックスはいつ攻めてくるのかわからない。
今日か、明日か、数日後か、数ヵ月後か。
今すぐにだって来るかもしれないのだ。
それなのに、悠長に鍛えている暇なんてあるのだろうか。
やっぱり、そう簡単には強くなれないんだな。
わかってたつもりだけど、痛感する。
でも、何もしないよりはいいとは思う。
能力があってこのままでも戦えるとはいえ、少しでも強くなる方法があるのならそれをやるべきだ。
それを三好さんに伝えると、少し考えるそぶりを見せてからすぐに言葉を返してきた。
「そうね、時間が掛かるし、敵の襲来に間に合わない可能性の方が格段に高いわ。それでも、やらないよりはマシな筈よ」
「うん、そうだよね……」
「そうと決まったら、今すぐやらなくちゃね。――――友奈ー!」
「はいはーい!」
三好さんが呼ぶと、風先輩達と鍛錬をしていた友奈がそれを切り上げて、走りよってきた。
「友奈、アンタも夢河の鍛錬に協力する事になってたわよね」
「うん、そうだよ!」
「なら、交代よ。夢河と一戦交えなさい」
「わかった!」
「え? どういうこと?」
いきなり友奈と戦えと言われて困惑してしまう。
「観察眼を鍛える反復練習をするためよ。友奈の動きをよく見て攻撃の隙を見定めなさい!」
「そういうことか。うん、わかったよ」
「友奈は
「うん、じゃあやろうか、友奈」
「望むところだよっ!」
友奈とお互い一定の距離を取り、三好さんは少し横に離れたところ、僕と友奈の中間ぐらいの位置に立つ。
「それじゃあ」
三好さんが片手を挙げ、
「始め!」
振り下ろすと同時にそう声を張り上げた。
友奈が走り出す。
僕はさっきと同じで動かず、身構える。
まずは、観察だ。
友奈から一瞬たりとも目を離さず、動きを見続ける。
そして、何か隙を窺うんだ。
――だけど、隙とかなにもわからない。今は走ってきてるだけだし。
そうこうしている内に、友奈は僕に接近する。
そして、拳が放たれる、かと思いきや、
友奈は、鋭い回し蹴りを繰り出してきた。
それをギリギリでしゃがみ、避ける。
友奈の足が頭を掠めていった。
――危なかった。
来る攻撃の予想が外れたとはいえ、友奈の
ちゃんと見極めようとしていなければ、この最初の一撃で僕は負けていただろう。
――――それはともかく。
――――それはともかく。
今僕は、友奈の、回し蹴りをした後の勢いよく伸ばされた足に釘付けだ。
身体が触れそうな近距離で、黒ニーソでつくられた素晴らしい絶対領域から覗く、白くて柔らかそうな太もも。
これに反応しない男はいない。
み、見え、見えっ……。
ギリギリでスカートの中は見えない。
だが、それがいい。
「はっ!」
ドゴオッ。
「ぐへあっ!?」
そんなことに意識を割いていたら、友奈の次の一撃。
拳を腹に入れられ吹き飛び、ノックアウトさせられる。
「友奈の勝ち!」
「あっ、ごめん! ちゃんと寸止めするつもりだったんだけど、加減を間違えちゃった……」
友奈に腹パンされた……。
でも、しょうがない。煩悩に支配された僕が悪い。
友奈をよく観察していたが故の、失敗だ。
ハニートラップかな?
少し違うか。
意図的ではない。
『やっぱり朝陽はヘンタイだったんだな……』
――はっ!!?
銀と視界を共有しているのを忘れていた。
「ち、ちがうんだよ銀。これは、その、なんていうか……」
『ふ~ん?』
「すいませんでした!!!」
冷たい声に全力で謝る。
『アタシに謝られてもなあ、被害者は友奈だし』
被害者て……。
くっ、わざわざ自分から、あなたの太ももをガン見していましたすいません、とでも言えっていうのか。
なんだその拷問は。
羞恥プレイか。
鋭く冷たく、それでいて静かな声が僕の耳に届いた。
「夢河くん……? ちょっといいかしら……?」
ヒエッ…………。
「ヒエッ…………」
心の声を外に出してしまうほど、震え上がった。
振り向いた視線の先には――微笑んだ東郷さん。
あの、友奈に関する事なら結構クレイジーになるお人である。
その笑みはまるで暖かくなく、凍える冷たさを宿している。
っていうかどんな眼力だよ! あれが見えたっていうのか!
『あ~あ、ご愁傷様』
銀うるさいぞ。
「友奈ちゃん、夏凜ちゃん、少し夢河くん借りますね」
「うん! いいよ~!」
「? わかったわ」
了解しないでよ!!
ガタガタと震えていると、東郷さんが、
「夢河くん、こちらへ、来て……?」
その言葉に僕は逆らう事ができなかった。
その
東郷さんに近づくと、開口一番にこう聞かれた。
「友奈ちゃんの太ももを見ていましたね?」
「……っ、見ていません」
「見ていましたね?」
「見ていません」
「見ていたんですよ」
「み、見てませんっ」
「見たの」
「…………」
「見たの」
「………………はい」
「女性の体をいやらしい目で見るだけでなく、堂々ともせずこっそりと見るなんて、重度の軟弱っぷりね」
「別にこっそり見てたわけじゃ……」
「言い訳はよろしい!!」
「はいぃ……!」
「これは徹底的にその腐った根性を叩きなおさないといけないようね……」
「やはり基礎訓練から始めましょうか? それとも精神教育からにしますか……??フフ……」
だ、だれか……助けてくれ……。
っ! そ、そうだ。
「銀! 銀、助けてくれ!」
最後の頼みの綱へと、手を伸ばす。
『合掌』
「ぎんんんんんんんんんんんんんんんんんんんッッ!!」
終わった……。
「立派な日本男児になるまで、最後まで逃がさないわよ……集合~~ぉ!!」
え!? なに、何が始まるの!??
東郷さんが急に変なことを叫んだ。
いや、さっきから十分変なことを言ってると思うけど。
「夢河朝陽! 気をつけぇーーーい!! 右向けぇーー、右っ! いち、にぃ!!」
何故にフルネーム!?
「なんですかそれ!? 軍隊か何かの真似事ですか!?」
「私の言う事が聞けんのか! 右向け、右ィ~~ッ!!」
「う、うわああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」
僕は逃げ出した。