仕事を辞める決心がついたので改訂していきます。近々、二話以降も改訂します。
主な変更点としては
・三人称視点の統一
・文章の改訂
の二点です。銀河英雄伝説をアニメリメイク版ほどしか知らない方でも読みやすくしていければと思います。
今作のスタート地点は「銀河英雄伝説」時系列上最初の作品「螺旋迷宮」から、外伝部分等は数話ごとに同盟視点と帝国視点を、戦闘や本伝部分は時系列を合わせて書いていく予定でしたので、そのように改訂しつつ新しく書いていきます。
初見の方はこれから、前作からの方はまた、お楽しみいただければと思います。
宇宙暦七八四年(帝国暦四七五年)
とある日
国立ハイネセン士官学校
ヤン・ウェンリーが彼と出会ったのは、士官学校に入学して一年半の月日が経った頃だった。この頃ーーいや、これからもそうだったがーーヤンは筆記や実技に関わらず、講義が終われば図書館へと足を運んでは入り浸っていた。それこそ毎日である。周囲の人間は彼を「本の虫」と半ば詰ったが、データ化されていない書籍の探し方を聞きに来る人はたまにいた。
「いやぁすまないな。ここの紙の本はたくさんありすぎて探すのが億劫になるんだ」
「ははっ、たしかに。でも探し方を覚えればすぐに見つかるようになるよ」
今目の前にいる人物もその一人だった。
名前をローラン・ルクレールといった。
ヤンの母親と同じ姓ではあったが特に親戚ではないらしい彼は、童顔と呼ばれるヤンよりも若く、あるいは幼く見え、一五五センチほどしかない身長もあってジュニア・ハイスクールの生徒かハイスクールの新入生にしか見えなかった。
しかし学科の所属はヤンの戦史研究科ではなく、軍人としてのエリート街道を歩める戦略研究科の所属であり、成績順位も一桁台の秀才であった。この学科の人間はーーヤンの多少の偏見も含めてーーその多くが自らの誇示し、人となりが傲慢だったり他者を見下したりする者がばかりだが、その中で彼はまともな人格者であるといえた。学科や性別問わず人気があり、誰にでも話しかけては誰とでも仲良くなれるという一種の才能の持ち主だった。
「それにしても、探していたのはその本であってるのかい?」
「あぁ、この本だよ。あとはこれとこれと、あとはこれだ」
木製の本棚から取り出した本のタイトルはそれぞれ「地球史概略〜中世編〜」「宇宙暦のはじまり」「交易経済学」「フェザーンの歴史」であり、三冊目を除けば歴史関連の書籍ばかりだった。
「歴史が好きなのか」
「まぁね。歴史の教師か研究者かなにかになりたかったが、このご時世じゃ難しそうで。だから軍人になってしばらくしたら退役して、年金もらいつつ勉強してそこから教師になろうって考えてる」
世知辛そうに笑う目の前の少年のような同級生に、ヤンは仲間を見つけたような気持ちになった。彼自身も、戦史研究科で歴史を学んでゆくゆくは歴史学者になれればと夢見ていることもあって、同じような考えと進路を目指したいと考えていた彼には、数少ない同類だと思ったのだ。
「歴史って、いつ頃のが好きなんだ?」
「俺は特にどこがっていう時代はないが、北欧や極東の神話は面白かったな」
「なるほど、私はーー」
これをきっかけにヤンはローランを数少ない友人の一人として数えるようになり、お互いに夢を、歴史を語り合うようになった。
◇ ◇ ◇
宇宙暦七八八年(帝国暦四七九年)
一〇月某日
自由惑星同盟首都・ハイネセン
「ーーおい、ヤン」
ヤンはハッとなって顔を上げた。地上車の助手席にあってどうやら眠ってしまっていたようだ。
声がした運転席の方を向くと、友人ーーローラン・ルクレールが運転していた。自身の母と同じ姓を持つこの友人も士官学校時代から僅かだが身長が伸び、見た目もやっとハイスクールの在学生くらいになっていた。
「ごめん、眠ってたみたいだ」
「だろうと思った。そろそろ本部に着くぞ、今のうちにしゃんとしとけよ」
旧来の友人は運転しながらそう言った。そもそもこの国の地上車は基本的に自動運転なのだが、彼はそれを嫌っていつも手動で運転していた。
本部ーー統合作戦本部へは、ヤンたちが士官学校に在学している時に赴任してきた事務次長だったアレックス・キャゼルヌに呼ばれて向かっていた。
「それにしても、あれからもう二ヶ月近く経つのか」
それを聞いてヤンも「あぁそんなに経つのか」と感慨深くなった。
「あれ」とはエル・ファシル星域で起こった戦いのことである。
二○○○隻を超える帝国軍艦隊から惑星エル・ファシルの住民およそ三○○万人を無事に救出したことで、ヤンとローランは「エル・ファシルの英雄」などという虚名と共に祭り上げられてしまっていた。
無論二人も、百万人を殺して英雄と呼ばれたくはない質であるし、遥かにマシだが、帰還してすぐ記者会見やインタビューや表彰式や、およそ一週間は寝る時間もまともにとれていなかった。
「命からがら帰ってきた途端にあの狂乱騒ぎ。それがやっと落ち着いてきたと思ったら、今度はキャゼルヌ先輩にお呼ばれとは。人気者は辛いな」
「それにしてもなんの用なんだろう。執務室へ来いってことは、私的な話ではないだろうけど」
「たしかに。私的な話なら、コニャックを土産に家まで来いと言うだろうしな」
「言いそうだ」とヤンは目を細め、目の前にそびえる本部を見つめた。
◇ ◇ ◇
後日
国立図書館
「……つまり、第二次ティアマト会戦で戦死したはずのブルース・アッシュビー元帥が、実は謀殺だった可能性が出てきたから、俺たちに調べろと?」
「有り体に言えばそうだ。毎週火曜日に届くこの火曜日通信に、そのような旨が書かれているのが軍部にとっては目障りらしくてな。そこでお前さんたちには非公式ではあるが、調査委員に選任されたわけさ」
ローランとキャゼルヌのこの問答が、今回二人が執務室に呼ばれた理由を端的に表していた。
元々、エルファシルで手柄を立てすぎた二人の配属先に軍上層部が困り、正式な配属先が決まるまでの臨時の処遇という顛末だった。
二人はまず、ハイネセンの国立図書館での調査を始めた。
ブルース・アッシュビー元帥はリン・パオ元帥、ユースフ・トパロウル元帥と並ぶ同盟軍の英雄である。
彼の司令部は彼の士官学校時代の同期で固められており、彼らが卒業したのが宇宙暦七三〇年であったことから「七三〇年マフィア」と呼ばれている。
彼の最期の戦いである「第二次ティアマト会戦」では「同盟軍史上最高の勝利と最悪の損失」と評され、今なお小説や伝記、さらには立体映画まで作られ続けている。
歴史家志望の二人だったが、この調査任務に対して知的好奇心はさほど刺激されなかった。
ヤンの場合は、歴史の定説が確立されている以上、根拠のない異説は数多くある内の可能性の一つでしかなく、それも確実性の低い異説であるからだった。それを自己の興味ではなく、「軍部の沽券にかかわるから調査せよ」ではそれほどやる気は起きなかった。
ローランは、もしも自分が退役して夢だった教師になった時に、教える内容がころころ変わるのは無責任だと考えているために、あまり気は乗らなかったが、それなりに励んでいた。
「調べれば調べるほど、俺たちとは正反対だな。……なになに?
『士官学校を卒業するときは、もちろん首席で、開校以来の秀才といわれていた。三年次に次席に落ちたときは、「一生の恥辱だ」と叫んで無念がった』、か。
ヤンは落第ぎりぎり、俺は学科の教授に睨まれなきゃいいくらいにしかやらなかったから、雲泥の差だな」
「女っ気も正反対だね。
『愛人や情人のたぐいは、自称他称をあわせて一個中隊の人数ではきかない』
結婚も二度やって二度離婚してるし、随分とまめな人だったんだなぁ」
「その感想は少し違うような気がするが、英雄色を好むの実例だな。俺たちのようなインスタント・ヒーローとは格が違うな」
「違いない」
苦笑しつつも、彼らは図書館でブルース・アッシュビーについて調べていた。
同盟軍史上最高の英雄は資料に事欠かない。軽く検索をかけただけでも何千という関連書物や映像作品がヒットするほどである。
「うーん、これ以上ここで調べても新しいことはわかりそうにないな」
「どうやらそうらしい。どれも書き方を変えただけで、中身や結びは似たようなものだし」
本を棚にしまい、私たちは図書館を出ようとした。すると本棚にもたれかかって本を読む、見覚えのある男がいた。
「ワイドボーン!マルコム・ワイドボーンじゃないか!」
「ローランか!それにヤンも!久しいな、立体TVで見たぞ。素晴らしい活躍だったそうじゃないか」
ワイドボーンは二人にとって士官学校の同期生で、ローランと同じ学科ーー戦史研究科が廃止された三年次からはヤンも同じ学科ーーだった。
ローランとは入学した頃からの付き合いで、ローランから話しかけている。
成績は常に首席で、かのアッシュビー程ではないが「一〇年来の秀才」と持て囃された人物だ。
現在は順当に中尉の階級章を肩と襟につけており、エル・ファシルでの事がなければ、二人も同じ階級章をしていたはずである。
それどころかそもそもあの戦いで帰ってこれてない可能性も多分にあった。
「まったく、まさかお前に出世でも負けるとは思わなかったぞ」
「俺としちゃあ望んだ出世じゃないけどな。するにしても、もう少し穏やかに緩やかに出世したかった」
「贅沢な悩みだな、俺もそんな悩みを持ってみたいものだ」
ローランとワイドボーンとの間に四年来の友誼があるように、ヤンとワイドボーンにもちょっとした繋がりがあった。
それは士官学校の時分に講義の一環として戦術シミュレーターで対戦した際、ヤン艦隊はワイドボーン艦隊の補給線を断ち、補給切れによる攻勢限界を早める作戦で僅差ではあったが勝利した。
シミュレーションを観る側にとっては多分に味気ないものだった。だが当然ながら実際の戦場では時間制限などなく、補給の切れたワイドボーン艦隊がその後どうなったか想像すると、この時すでにヤン・ウェンリーという後に「不敗の魔術師」と畏怖される才幹の片鱗が垣間見えていたのだ。
だがワイドボーンはこの判定とヤンの戦い方に納得がいかず猛抗議した。そんな彼を静めたのがローランだった。
「戦争で相手がどのような手を打ってこようと、それに文句を言うことはできない。お前が今文句を言えるのは、これがシミュレーションだったからだ。
それに一〇年来の秀才さんなら、これを教訓にできるんじゃないか?」
その言葉で、ワイドボーンは渋々ながら矛を収めて去って行った。
ローランはワイドボーンの話し相手とブレーキ役を兼務しており、暴走したり、横暴な態度を取ろうとすると自制を促していた。
教育者になろうとしていたこともあって、その素質があったか、あるいはそう意識していたかは後世の歴史家たちの見解に相違が生まれているが、ともかくそれからヤンは幾度となく挑まれては逃げ、捕まれば勝ってしまい「次こそは勝つ!」と言われてリベンジを誓われるという奇妙な学校生活を二年も続けることになった。
その間「俺を負かせた相手が、こんなひょろい奴だと思われるのは俺の恥でもある」とヤンに対し白兵戦の特訓まで強行し、その甲斐もあってか、壊滅的だった彼の白兵戦の点数は割と余裕で卒業分を取得できたわけであるから、ヤンの中では嫌悪はしていないが面倒くさい知人というくらいに収まっている。
あるいは、この程度で収まっているのはローランに教育と調和にも才幹があったから、と力説する歴史家も存在し、定説となり始めている。
「それで、エル・ファシルの英雄の二人が図書館で何してるんだ?暇潰しに来たわけじゃないだろ?」
「なに、ちょっと頼まれ事をな」
「頼まれ事?」
ローランは事の顛末を簡単に説明した。
機密の一端ではあったが、軍人気質のこの男の口が軽くはないことを彼らは知っていたし、そもそも軍内部でも火曜日通信を含め噂自体はあったため、別に問題はないと考えたからである。
「なるほど、それなら俺も聞いたことがあるな。上官に酒の席でそんな噂があると言われた気がする」
「そういやお前はどこの部署の所属なんだっけか?」
「統合作戦本部の作戦参謀の末席さ。お前たちのように前線に出る機会があれば、功の立てようもあるんだが」
ワイドボーンは小さくため息をついた。
正確には二人が配属されていた惑星エル・ファシルは前線というほどではない。
実際、襲来した帝国軍も偵察や哨戒が目的の艦隊であったため、エル・ファシルを占領しようとまでは考えていなかったとされている。
とはいえ、ワイドボーンのように本部勤めでは安定して出世できるエリート街道ではあっても、戦場で自らの艦隊を持つまで少なくとも一〇年近くはかかると云われている。
陸戦は艦隊戦以上に戦死率が高いのと、艦隊戦ほど戦果が評価されないために、最前線では逆に出世がしにくい。
ヤンは思った。
もしかすればエル・ファシルという場所はある意味で出世に近い場所だったのかもしれない、そして私たちはそのチャンスを見事手にしたわけだ、と。
思わず渋面になった。同じことを考えたのか、それはローランも同じだった。
「おいおい、こっちは死ぬような思いをして帰ってきたんだ。もうあんなのは御免こうむる」
「同感だ。私もあそこで一生分の勤勉さを使い果たしてしまったしね」
「お前にそんな殊勝な心がけがあったとは露ほども知らなかったぞ?」
くすくすと笑うローランとワイドボーンにヤンはむっとした。
自分で言うには構わなくても、人からそう言われるのは違う話である。やはり後者はあまりいい気はしない。これは誰にでもある感情と経験ではなかろうか、とそっぽを向きながらもそう思った。
二人はひとしきり笑うと、その片割れたるワイドボーンがそういえば、と唐突に話を始めた。
「七三〇年マフィアといえば、一人だけまだ生きている方がいたはずだな」
「そういえばそうだな。たしか、アルフレッド・ローザス提督だったか」
「大将で退役して、今はこの星のどこかで隠居生活をしていると聞いたことがある。話を聞いてみたらどうだ?」
「そうだね、明日にでも行くとしよう」
「それじゃあ俺は別行動をとるとするか。頑張れよ、ヤン」
軽くのびをしながら何気ない顔をしてローランは言った。
「なんで私で決まりって顔をしているんだ?」
「別行動で調べた方が効率がいいっていうのと、俺じゃあ高校の自由研究で話を聞きに来たと勘違いされるかもしれないからだ」
何気ない顔から一変、心底嫌そうな顔をして彼は言い、私とワイドボーンは心底納得してしまった。
「……本当なら俺がお話を伺いたいというのに、この童顔と低身長のせいでいつも割を食うんだ」
遂にはいじけ始めたローランを二人で宥めながら、同期三人は図書館を出た。
よもやこの三人を筆頭にした「ヤン・ファミリー」が後世に「七三〇年マフィア」以上の衝撃と勇名をもたらすことになろうとは、この時誰も知る由もなかった。
いかがでしたか?
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次回、第二話 過去への旅とささやかな出逢い
人は歴史を作りだし、人は歴史を語り継ぐ。