新・外史 銀河英雄伝説   作:山桜

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ちゃんと木曜更新できました、山桜です。

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第八話 戦斧の誇り

帝国暦482年(宇宙暦791年)

8月24日

銀河帝国帝都・オーディン

オフレッサー大将宅

 

-side エーレンフリート-

 

 その日のうちに俺はオフレッサー大将に連絡を取り、九日後の今日、オフレッサー大将宅で会うこととなった。

 この日は風が強く今にも雨が降りそうな天候で、そんな怪しい天候とは違い面と向かって自己紹介した後の最初の会話は、ごくごく普遍的なものであった。

 

「本日は御忙しい中、御時間を割いていただき誠に申し訳ありません」

「こちらこそ、大したもてなしもできず申し訳ない限りだ」

「いえ、お構いなく」

 

 オフレッサー大将はその二〇〇センチに、巨体と呼ぶに相応しい体躯の持ち主であり、彼が座るソファは明らかに軋んでいる。

 和やかとも厳かとも言い難い、互いにどんな相手かを見定めているような空気の中、俺はその口火を切った。

 

「単刀直入に話に入らせていただきます。私は――」

「少し待たれよ」

 

 突き出された右手は俺の顔ほどもあり、ただの手であるはずなのに強烈な圧迫感があった。機先を制さん、とばかりに話に入ろうとした俺はものの見事にその出鼻を挫かれたのだ。

 

「ベルクヴァイン侯の嫡子殿である卿がなにゆえ小官のような無骨者の元に来たかについては皆目見当もつかぬが、聡明と名高いベルクヴァイン侯の名代としてではなく、嫡子殿御本人からの御用であるとのこと。今回嫡子殿が参られたのはベルクヴァイン侯とは一切の関わりのないことである、と考えてもよろしいか」

「はい、そのように考えていただいて結構です」

 

 即答した俺を睨むように見据えるオフレッサー大将は、まさに熊のような眼光だったーー野生の熊は見たことはないがーー。心臓がけたたましく鳴り、部屋全体に響いているような錯覚を覚える。

 

(これが……これが自らの手で人を殺す勇者の威圧……!)

 

 表情には出してはいないだろうが、間違いなく圧倒されていた。汗が背筋を凍らせ、喉が異様なまでに渇く。目の前の男を敵味方問わず“野獣”、“悪魔”と呼ぶ者が多いと聞いていたが、その印象はまず違ってはいない。

 だが彼は味方だ。味方を怖れるようで、人を従えられる道理はない。強張った肩から力を抜き、静かに呼吸を整える。

 

「……では、話を始めてもよろしいですか?」

 

◇ ◇ ◇

 

同日

同所

 

-side オフレッサー-

 

「……では、話を始めてよろしいですか?」

 

 目の前に座る孺子(こぞう)はきっぱりとそう言い切った。俺が戦場で敵と相対する時のような気迫で以て孺子に臨んだというのに、動じずに話を進める。正確には動揺を押し隠しているだけだが、それだけでも見所のある孺子だ。

 

(貴族連中は少し睨むだけで『野獣』だの『化け物』だのと、裏でこそこそ悪評を蔓延らせようとしおるが……)

 

 そのような悪評に触れたことがないということはない、と俺は半ば確信している。

 ベルクヴァイン侯は多くの貴族から頼られている存在であり、そういった話も少なからず聞いているはずであるというのが俺の確信に近い推測で、たとえ知らずとも、この対面で身を以て知ったはずである。だが孺子は引かず、むしろ向き合ってきた。

 

(なるほど。門閥貴族の中にもこれほど骨のある者がいるのか)

 

 俄かに楽しくなってきた。

 このような骨のある男が、いったいなにを語りにわざわざ俺の元へ来たのか興味が湧いた。

 

「うむ、始めてくれ」

 

 戦場へ向かう時のような昂りを抑え、平静を装う。孺子は恐怖心や畏怖心を抑えて平静であり続けているようだが、弱冠一五でこれだけの精神力を持っているということが、俺の評価を上げ続けていた。

 

(さあ、俺を失望させるような提案をしてくれるなよ?)

 

 目の前に座る少年はおもむろに口を開いた。

 

「では改めて……。

私が帝国の現況を鑑みるに、既に銀河帝国の基盤であり、藩屏であるはずの門閥貴族にはそのような機能はもうないものと考えています。同じく軍務省や内務省も、門閥貴族への対応や帝国臣民を蔑ろにするような政策や出兵を見ても、もはや意義のあるものとは思えません。

したがって私は帝国の未来のためにも、そういった貴族や官僚を将来的に排除したいと考えており、そのために大将閣下の御力をお借りしたいと御願いに上がった次第でございます」

 

 言いたいことは言ったとばかりに俺を見据える少年に、俺は二つの感情に挟まれていた。

 

 一つは、この言葉がゴールデンバウム王朝に対する叛意ではないかという怒りと憤り。「銀河帝国のため」とは言っても、「ゴールデンバウム王朝のため」とは言わなかった。このことが、ゴールデンバウム王朝よりの禄を食んでいる者としての憤りを感じた。だがそれと同時にこれはあえて言わなかったのだろうと俺は推測していた。何故なら彼奴が話していた時の気迫は、命を捨てにきているような、死兵のように見えたからだ。ただ「腐った連中を叩きのめす」というだけでは、これほどの気迫は湧いてはこないだろう。

 もう一つは、彼奴がなにを目指しているのかを知りたいという好奇心。気に食わない官僚連中や貴族連中を排除した後、彼奴は帝国をどんな国にするつもりか。未だ一五歳の若僧が、このおれの威圧に耐えた者が、どんな帝国にしようと夢想しているのか。

 好奇心は怒りや憤りを上回った。

 

「ほう、そのために卿は俺の力が借りたいと?」

「はい、その通りです」

 

 あっさりと頷いたのを見て、自分でもらしくないと思うほどに頭と舌を回す。

 

「だがあんな貴族どもでも、いなくなれば帝国全体を統治するのは容易ではなくなるぞ?」

「はい、それは心得ております。故に今は、見極めの時と考えております」

「見極め……?」

 

 これにも頷いてみせたが、その答えは端的に過ぎた。頭上に疑問符を浮かばせていると、少年はさらに続けた。

 

「貴族たちの中でも、私と同じように今の帝国を憂いている者たちがいるはずです。私はその者たちを見極め、私たちの陣営に加えたいと思っています」

「つまり卿にとって都合のいい者たちだけを集めることと同義ではないのか?」

 

 睨んでみせるが、少年はただ首を横に振るだけだった。

 

「それは少し違います。“私にとって”ではなく、“帝国にとって”です。あるいは“帝国臣民にとって”と言い換えてもいいでしょう」

「なに?」

 

「帝国臣民のため」とは、まるで叛乱軍の常套句のような言い分だった。掴みかかって投げ飛ばしてもよかったが、彼奴の言い分を聞いてからでも遅くはないと激情を抑え込んだ。

 

「それは一体どういう意味だ?貴様は叛乱軍と通じているのか?」

「それは全くもって違います。銀河帝国であろうと自由惑星同盟を僭称する叛乱軍であろうと、どんな世にあってどのような国でも民は宝です。民衆を大事にできなかった国は、例外なく滅んでいます。帝国が滅ばないためには、彼らを“生かさず、殺さず”用いなければなりません」

 

 「生かさず、殺さず」。一見すれば酷いように見えるが、文字通り「死ななきゃ安い」といった、それこそ安い考えではないことと、「生かさず、殺さず、ただ活かす」ことを考えたであろうことは、俺でも察せられた。極めて道理と合理に満ちた考えであると感じた。

だが、

 

(ベルクヴァイン侯はいったいどのような教育をすれば、今の帝国で、しかもこの歳でこのような考え方のできる子を育てられるのか……?)

 

 心底不思議に思ったが、それを問いても目の前の少年が困惑するだけと思い直し、問うのをやめた。

 代わりに一つ、最初から問いたかったことを問うてみることにした。

 

「なぜ卿は、装甲擲弾兵の指揮官である俺を味方につけようとする?戦争の花形は艦隊戦だ、擲弾兵である俺が敵に回ったところで、艦砲で吹き飛ばせばそれで片がつくだろう」

 

 俺の問いに少しばかり驚いたように目を見張ったが、すぐに表情を戻すとそれに答えた。

 

「たしかに戦闘の大半は艦隊戦であるのは事実ですが、要塞や基地の攻略と防衛、あるいは星系のそれらにおいて陸戦部隊は必要不可欠です。できれば内乱などのような国が荒れるようなことは避けたいですが、起こすとなれば戦力に乏しい吾らには陸戦部隊の精鋭である装甲擲弾兵の御力が必要です。

そしてなにより……」

「なにより、なんだ?」

 

 やや間を空けて、少年は微笑んだ。

 

「なにより装甲擲弾兵の価値と力量、そして運用を知っているのは他ならぬオフレッサー大将、貴方ですから」

 

 微笑みながら放った言葉は決して長々とした言葉ではないが、俺と装甲擲弾兵への賛辞であった。それは建前や世辞という類のものではないと察せられるものであり、誠意と覚悟を持って俺の前に現れたことを改めて実感させた。

 

「……ふ、ふふっ、ふふふふふ」

「……?」

 

 俺は笑いを堪えきれず漏らしてしまう。嫡子殿は首を傾げて不思議そうにしており、それを見ると尚のこと笑いがこみ上げてくる。

 そして次の瞬間にはそれが決壊した。俺をして天井が震えるような笑い声であった。これほど底の抜けた笑いはいつ以来だろうか、と思いながら嫡子殿を見やる。ぽかんと口が塞がらない様子でこちらを見ているのを目の当たりにして、また笑った。

 笑い声はしばらく部屋に響き渡っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

帝国暦482年(宇宙暦791年)

9月12日

銀河帝国帝都・オーディン

リューネブルク准将宅

 

-side リューネブルク-

 

 数日前に面会の申し出があり、先ほどその面会が終わった。相手はかのベルクヴァイン侯爵の嫡子でエーレンフリートという一五歳の小倅。

 亡命して一、二年ほどしか経っていない俺の元にいったい何の用かと思えば、「帝国の安寧のために卿の力が必要だ」という。俺はこの申し出に心躍った。亡命してからというもの、任務を預かることは少なく、任ぜられても出世にはならないような添え物程度の任務ばかり。これでは到底出世など望めそうになかった。

 焦り始めた矢先のこの申し出であった。これは乗るしかない、そう思った。

 だがーー

 

(あの装甲擲弾兵総監のオフレッサーも話に乗っかっているのか……)

 

 装甲擲弾兵総監・オフレッサー大将。

 この申し出を受け、内乱の際での戦闘で功を挙げれば出世は確約されたようなものだ。だが俺の上には必ずオフレッサーがいる。皇帝だのなんだのに惹かれるほど野心家ではないが、俺の独壇場である白兵戦闘分野において、オフレッサーがいる限り俺は装甲擲弾兵のトップにはなれない。俺はどうせなら一番になりたい、という人並みの欲はあったのだ。

 

(そのためにはオフレッサーが邪魔だ……)

 

 かと言って暗殺しようにも、オフレッサーが簡単に死ぬとは思えないし、どれほど激しい戦闘でも奴が雄叫びのような豪快な笑い声を上げて、生きて帰ってくる姿も容易に想像できる。

 言うまでもないが、オフレッサーが退役した後に、俺にその座が譲られるという可能性は勿論ある。あるが、本当にそれを譲ってくれるかはまた別の問題だ。皇帝であるフリードリヒ四世が命ずればさもありなんだが、譲ってもらえるという確約がない以上は、この申し出に首を縦に振れなかった。

 

(話をした時に聞けばよかったか)

 

 今更ながらそんな後悔をしたが、終わってしまった時は二度と戻ってはこない。今から確認しても、と思ったが、あの小倅は清廉な性根をしているように感じた。確認はしたいが、すれば心象が悪くなるやもしれない。口惜しくはあったが、ここは噤むほうがいいと思い、思考の踵を返した。

 

◇ ◇ ◇

 

同日

銀河帝国帝都・オーディン公道

 

-side エーレンフリート-

 

「随分と、お疲れでございますな」

 

 ふとそう声をかけられ、埋没しかけた思考が起き上がる。今は同盟からの逆亡命者で元“薔薇の騎士連隊”連隊長だった、ヘルマン・フォン・リューネブルク准将と話してきた帰りの車内。運転手の執事がそう話を切り出してきたのだと理解すると、俺はいつもより重たく感じる頭を振って返答した。

 

「少しな。やはり欲の深い相手との会話は疲れる」

「そうでございましたか」

 

 まだ若いーーと言っても、俺より十つは上だがーー執事はそれ以上会話を広げようとはせず、俺の思考は再び沈んでいく。

 オフレッサーはともかく、リューネブルクは野心の人間である。十中八九、オフレッサーを退けて自らが装甲擲弾兵の頂点に君臨したいと考えているだろう、と予測していた。その座を要求されれば、オフレッサーが現役を退く際の後任にと考えてもよかったが、リューネブルクはそれについて聞いてはこなかった。

 万が一、リューネブルクの欲が擲弾兵の長に留まらなかった場合、その際はどうするべきか。

 

(できれば“最後の手段”は使いたくないが……)

 

 そんなことはしたくはないが、内乱が起こり、それが終わった際の信賞必罰が満足にできなければ、それはまた帝国内部に不和と火種を抱えることになる。彼がすぐにでも総監の座を欲した時、俺はどちらかを切り捨てなければならないのだろうか。

 

(暗いことばかり考えても仕方がないな)

 

 思考の堂々巡りに気づいて、俺は軽く頭を振った。どうにも考えすぎている気がする。それもきっと、オフレッサーとリューネブルクが別れ際に放った言葉が原因だろう。

 

「吾が戦斧とその誇り、卿に預けよう」

 

 その言葉は異なる時間、場所、そして人物の口から出たまったく同じ言葉であった。この「戦斧の誇り」が俺を惑わせていた。

 

(ヘルマン・フォン・リューネブルク、か。味方でいてくれるなら頼もしいが、我が強すぎればむしろ害悪だが、さて)

 

 車内に差し込む夕陽は皮肉なほどに輝きを増していた。




いかがでしたか?

しばらく地味な回が続きます。
一応本作の帝国側の視点は外伝作品の「決闘者」まで続く予定です。
同盟視点が少ないのは、外伝がラインハルト視点のものばかりだからね、仕方ないね。

次の投稿は3月3日木曜までの投稿を予定していますので、お楽しみに!

次回、第九話 決闘者と調停者

守るべきものは、誇りか、夢か、それとも愛か。
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