「ねえ、おじさん。将棋しようよ」
「うん? ああ、いいぞ」
昼飯を食べ終わり、食後のコーヒーを楽しんでいると、姪っ子ちゃんが将棋のお誘いをしてきた。
それにしても、このバリスタで淹れたコーヒー美味いな。インストコーヒーなはずなのに味が全然違う。同僚が淹れてくれるコーヒーに味は負けるが、アレはインスタントではないし。手入れなんかの掃除は面倒そうだが、俺も買ってみようかな。
さてさて、将棋か。今度こそ本屋へ行って文庫本でも買って来ようと思っていたが……まぁ、姪っ子ちゃんのお誘いを断るわけにはいかない。
てか、姪っ子ちゃんってまだ小学1年生なはずなのに、もう将棋を指せるのか。将棋って結構難しいと思うんだがなぁ。
押入れから将棋盤とその駒を取り出し、炬燵の上で姪っ子ちゃんと対局。
「おお、将棋か。懐かしいなぁ。そう言えばお前、将棋なんて指せたのか?」
コーヒーを啜りながら父親がそんな言葉をかけてきた。
「まぁ、これくらいはできるよ」
駒の動かし方とか将棋のルールは知らないが、なんとかなるだろ。それにチェスなら何度かやったことがある。たぶん、将棋もチェスも似たようなものだ。
そんなお気楽な気分でいたが、問題が発生。姪っ子ちゃんも俺も駒の並べ方がわからなかった。最初からもう残念な匂いが漂い始めている。
駒を並べなきゃ将棋が始まらないため、父親から並べ方を聞きながら、ようやっと準備が完了。
「おじさんは大人だから飛車と角なしね」
ふむ、初心者相手に容赦ないな。
まぁ、相手はまだまだ小さな子供。例え俺が将棋を知らないだろうが、負けることはないはず。手なんて抜かない。全力でやらせてもらおう。
そして、当たり前のように姪っ子ちゃんの先手で始まった将棋なのだが――
「あっ、そこだと角が取られちゃうよ」
とか。
「ん~……桂馬をその銀の横へ置けばいいんじゃねぇかな」
とか。
父親と従妹のする姪っ子ちゃんへのアドバイスがヤバい。てか、やめてください。此方は将棋初心者なんだ。駒の動かし方を一々調べなきゃいけないくらいの実力なんです。
ああ、もう。俺の陣地が竜王に蹂躙されていく……寄って集って俺をいじめているんじゃないだろうか。泣くぞ。
結果。
「おじさん。弱いね」
ボコボコされた。歩兵以外何も取れなかった。将棋ってこんな一方的なゲームだっただろうか。
「姪っ子ちゃんに負けるなんて情けねぇなぁ」
あんたのせいだよ。張り倒すぞ。
しかし、これはちょいと悔しいな。歳取ってそういう感情ってのは減ってきたものだと思っていたが、そういうわけでもないらしい。
結局のところ、俺は何も成長していないのかもしれない。その成長がいつから止まっているのかわからないが、そもそも大人になるってどういうことだろうな。
姪っ子ちゃんとの将棋も終え、ようやっと自分の時間を作ることができたと思ったが、どうやら姪っ子ちゃんに懐かれてしまったらしい。一人でモンハンをしようにも、買い物に出かけようにも、トコトコとつきまとわれるようになった。それはそれで可愛らしいとは思うが、俺はゆっくり休みたいんだよなぁ。
とは言え、流石に無視するのは可哀想である。
そんなことで、甥っ子君とその母親……つまりお義姉さんも誘って一緒にトランプをすることに。従妹と兄も誘ったが、従妹は宿題があり、兄はせっかく地元へ戻って来たと言うことで同級生と会って来るらしい。
「トランプなんて久しぶりだ。ふふっ、たまにはこう言うのもいいね。それで何をやるの?」
そんなお義姉さんのセリフ。お義姉さんはサバサバとして魅力的な女性だ。兄も良いお嫁さんをもらったものだと思う。しかし、甥っ子君や姪っ子ちゃんと家でトランプをすることはないのだろうか? まぁこの時代、ゲームが広く普及しているしトランプで遊ぶってことも少なくなったのかもしれない。
俺だってここ最近は全くと言って良いほどやっていない。
「ババ抜きでもやろうかと。甥っ子君や姪っ子ちゃんでもできますし」
「まぁ、そうなるよね。私は久しぶりに大貧民とかやりたかったけど」
大貧民はローカルルールが多過ぎてちょっと……。酷い時は役のないカードの方が少なくなる。それに甥っ子君や姪っ子ちゃんには難しいだろう。
そんなこんなでババ抜きのスタート。
ババ抜きは5回ほど遊んだが、お義姉さんが3回、甥っ子君と姪っ子ちゃんが1回ずつ最後までババを持ち続けた。
「むぅ、結局義弟君は一度も負けなかったね」
「今日は運が良かったみたいです」
どうしてなのか知らないが、昔からババ抜きだけは負けることが少なかった。別段自分は運の良い人間でもないし、ババ抜きで勝つコツも知らない。それでも負けることはほとんどない。不思議なものだ。
トランプ遊びも終わり、そのトランプでタワーを作っていると、母親からビールを買って来いと言われた。休みに来たはずなのに全く休めない。
「あんたが一番飲むんだからさっさと行ってきなさい」
ビール大好きです。
従妹なんかの未成年を酒屋へ連れて行くのは気が引けたので、一人で買い物へ出発。500mlのビールを24本買ってから帰宅すると、香辛料の香りが家の中に広がっていた。どうやら今日の夕飯はカレーらしい。
お金のなかった学生時代は、具無しカレーを良く作ったけれど、それでもなかなかの味にはなった。どんな人が作ってもそこそこの味にはなるカレーは偉大だ。
「あら、お帰り。ビールは冷蔵庫へ入れておいて。今は順番にお風呂へ入っているところだから、あんたもさっさと入っちゃいなさい」
現在、この家にいるのは8人と大人数。全員が風呂へ入り終わるのにはなかなかの時間がかかるだろう。それなら最後に入ってゆっくり浸からせてもらうのもアリかもしれない。
そう思っていたのだけど――
「おじさん。お風呂一緒に入ろ」
なんて姪っ子ちゃんが声をかけてきた。
……いや、どうなんだこれは。俺は既に社会人で、相手はまだ小学1年生の女の子。普通なら通報待ったなしだが、姪なら許されるのでは?
ふむ、これは難しいな……アウトか? それともセーフか?
「アウトに決まってるでしょ」
冷めた視線を従妹から向けられた。
その日は甥っ子君と一緒にお風呂へ入りました。
風呂から上がると、何かしらのメッセージが届いていたらしく、俺のスマホのランプが緑色の点滅を繰り返していた。
少しの期待と少しの不安。そんなものを抱きながらスマホの電源をつけると
――ごめんっ! 仕事を代わらなきゃいけなくなっちゃったから、今年も帰れなくなった。
なんてメッセージがアイツから届いていた。
期待していた分、気持ちは落ち込む。隣に住んでいる大学生と言い、アイツと言い、年末年始まで仕事とはご苦労なことだ。今くらい休めば良いのに……
アイツのメッセージへなんて返信しようか少しばかり悩んだが、短く無難な言葉を返しておいた。
むぅ、せっかく帰ってきたのに、楽しみが消えてしまった。仕方の無いことだとは思うが、どうにもやりきれない。
そんなモヤモヤとした気分が嫌だったため、こっそりと家を抜け出し、冬の夜空へ何かしらの思いを馳せながら煙草を吹かした。もう真冬と言っても良いような季節にも関わらず、外の気温は妙に暖かかったことを覚えている。
夕飯も食べ終わり、大人組でお酒を飲んでいる時、明日は何をするのか尋ねたら、どうやら明日は近場のスキー場へ皆で行くんだと。今年の冬はやたらと暖かいせいで、スキー場も雪不足が続いたが、最近になって漸くオープンすることができたらしい。年末年始はスキー上の稼ぎ時。きっと頑張ったんだろうな。
父親の影響もあり、スキーは小さなころからやっていた。今でも年数回は滑りに出かけるくらいは好きなスポーツ。体力が落ちたせいで、昔より下手になってしまったが、中級者と上級者の間程度の実力はあると思う。
ただ、残念ながら今回はスキーではなくスノーボードをやれとのこと。最近の若者らしく従妹がスノーボードを覚えたいのだけど、俺以外にボードで滑ることができる人はいない。だから俺が教えることになった。
スキーならまだしも、ボードは下手なんだが……
まぁ、たまには年上ぶってみるのも悪くはないのかもしれない。