片付けを終え、会議室から出て直ぐに、首元のネクタイを緩めた。こんな物をつけていたら息苦しくてたまらん。つけているだけで肩が凝る。
ああ、今はとりあえず煙草を吸いたい。
「おう、ご苦労さん。でも、ネクタイはまだ取るなよ。またウチの悪いうわさが広まる」
部屋を出て直ぐ、ボスからそんな声をかけられた。
なんとか問題なしに終わらせることはできたけれど、内容の良い発表ではなかったせいで、どうにも居心地が悪い。それでも、短期間でよく頑張った方だとは思う。発表中、2回ほど意識が飛びかけた。流石に徹夜明けでの発表は厳しかったか。
「これ以上悪くなることないんで大丈夫ですよ。それにボスだってネクタイ外してるじゃないですか」
ウチの職場の評価なんて既にどん底だ。これ以上はどうやっても下がりやしないだろう。それに本部の奴らと関わることは少ないし、今更気にしたところで仕様が無い。
「俺は別に良いんだよ。上から色々言われるほど低い立場じゃないし」
それは羨ましい限りだ。俺もそんなことを言えるほど偉くなってみたいものだねぇ。
「それにしても、相変わらずプレゼンは上手いんだな。あんな材料でよくもまぁ、彼処まで引っ張れたもんだよ。詐欺師の才能とかあるんじゃないか?」
たぶん褒められているんだろうけれど、なんだろうか。全然嬉しくない。詐欺師ってあんた……
俺のプレゼン能力は……どうなのだろうか? 下手だとは思わないけれど、自分が上手いと感じたこともなかった。
「後輩君の方がよっぽど上手いですよ」
「確かにアイツは上手いが、ちょっと硬すぎる。お前くらい適当な方が良いことが多いんだよ」
すみませんねぇ。適当な性格で。
うん、やっぱり褒められている気はしない。まぁ、褒められたところで、どう反応して良いのかわからないんだけどさ。
「とりあえずご苦労だったな。せっかくだし昼飯奢ってやるよ。何食いたい?」
「鰻重が怖いです」
鰻なんてここ数年食べていない。久しぶりに食べるのも悪くない。
「了解。牛丼だな。ほら、行くぞ」
何に了解したのか全くわからない。特盛で豚汁をつけてやる。まぁ、いつものことなんだけどさ。ボスが昼飯を誘ってきた時は必ず牛丼だ。
いや、俺だって牛丼は好きだけどさ。
「あっ、お疲れルー君。どうだった?」
ボスとの昼飯兼反省会も終わり、職場へ戻るとまずお嬢に声をかけられた。身長140数cm。どう見ても中学生。そんな見た目のせいか、必ず年齢確認されるから、一人じゃ飲み屋へ行き難いなんて愚痴をよく零している。
因みに、“ルー”って言うのは俺のことらしい。どうしてそう呼ばれるのかは知らないけれど、お嬢と先輩ちゃんさん、それとたまにだけど同僚とボスが俺のことをそう呼ぶ。
「なんとか乗り切ったよ」
これで当分は楽ができる。今日はほとんどやることは残ってないし、午後はずっと寝ていようかな。
「そかそか、それは良かった。これで安心してスキー行けるね」
そう言ってお嬢は嬉しそうに笑った。どうやらお嬢もかなり楽しみにしているらしい。そう言う俺も楽しみではある。
「そう言えば、スキー場はどこへ行くんだ?」
泊まりで行くってことは聞いていたけれど、何処へ行くのかは聞いていなかった。住んでいる県が県だけに、スキー場なんて其処ら中にある。今年は暖冬の影響でどこも雪不足だと聞いているし、場所によってはほとんど滑ることができないかもしれない。
「あれ? 聞いてなかったの? 野沢温泉だよ」
ああ、野沢か。それなら雪は問題ないだろう。
それに彼処は温泉もあるしなかなか楽しめそうだ。此処から遠くないって言うのも運転手としては有り難い。
「ルーは野沢温泉へ行ったことあるんだっけ?」
同僚が入れたと思われるコーヒーを啜りながら、先輩ちゃんさんが聞いてきた。俺も後でいただこう。同僚のいれるコーヒーは好きだ。
「そうですね。何度か行ったことがあります。てか、一昨年に俺、同僚、お嬢の三人で行ってます」
お嬢は滅茶苦茶スキーが上手く、ソレについて行くのが大変だったことをよく覚えている。俺も同僚もそれなりに上手い方ではあるけれど、それでもついて行くのがやっとだった。まぁ、喫煙の影響が大きい気もする。
「あら、そうだったんだ。それなら丁度良いじゃん。ああ、あと、今日飲み行くよ」
「行ったことはありますが、記憶はかなり曖昧ですよ? それと僕、徹夜明けで死にそうなんですけど……」
こんなボロボロな状態でアルコールなんて入れたらどうなるかわからない。たぶん寝不足のせいだけど、頭痛いし。
お酒は好きだけど、今日は流石に辛い。
「ルーなら大丈夫でしょ。じゃあ、行けるってことで良いね」
相変わらず強引な人だ。少しは俺の意見も聞いてもらいたいところ。
ただ、そんな性格も嫌いにはならない自分がいた。
「他には誰か行くんですか?」
「いや、誰も誘ってないよ」
なんと、サシ飲みですか。正直、先輩ちゃんさんとのサシ飲みはちょいと遠慮したい。この人、酔っ払うとかなり面倒くさいんだ。
「同僚も行こうぜ」
「すまんが今日はサオリちゃんのところ行くって約束してるんだ」
サオリちゃん(男)。なるほど、またコイツはオカマバーへ行くのか。そうなると、ボスも無理だよなぁ。いつも同僚と一緒に行ってるはずだし。オカマバーねぇ……楽しそうではあるけれど、行く気にはならない。
「因みに私も今日は無理かなー」
そんなお嬢の声。あら、残念。
俺一人じゃ先輩ちゃんさんを止められる気がしないし、もう一人くらい来て欲しいところ。
「後輩君は?」
「すみませんが、僕も今日は……」
ああ、そっか。今日は木曜日だったか。生活が不規則になると、どうにも曜日の感覚が狂ってしまうね。
毎週木曜日、後輩君は彼女さんと一緒に過ごす日と決めているらしい。羨ましい限りだ。
しゃーない。ちょっとどうなるかわからないけれど、先輩ちゃんさんと二人で飲むか。
「ちょっ、ちょっと先輩! 私がまだ聞かれてませんよ?」
急に騒がしい声が聞こえ、何事かと思ったら後輩ちゃんだった。
別に後輩ちゃんのことを忘れていたわけじゃないけど、後輩ちゃんも後輩ちゃんで酔うとアレなんだよなぁ……そろそろそのことを自覚してもらいたいってのに、毎回のように潰れてくれるし。
「あ~……ごめん。忘れてたわ。それで後輩ちゃんは行けそう?」
「えっとぉ、私、忙しいですしぃ、ちょっと厳しいかもしれないです。あっ、でも、頑張れば行けないくはないんじゃないかなぁって思いますよ」
一応、聞いてあげると、途端に嬉しそうな顔となった後輩ちゃん。なんなんだコイツは……
放っておいても騒がしいし、構っても騒がしい。毎日が楽しそうで何よりだ。
「ああ、忙しいなら別にいいや。じゃ、今日は二人で飲みに行きますか」
「嘘。嘘です! 超、暇です! 私も連れてってください!」
初めからそう言いなさいよ。
ふむ、つまり今日の飲み会は3人か。面子が面子なだけに今日は荒れそうだなぁ……
「先輩ちゃんさん。何処で飲みますか?」
「おばちゃんのところで良いでしょ」
おばちゃんのところってのは、俺たちが会社帰りによく寄っていく店。焼き鳥と漬物が美味しい。あと値段がとても安く、申し訳なくなるくらいサービスしてくる素敵なお店です。
色々言っていても仕方無い。身体の調子は決して良くないけれど、せっかく一山越えたんだ。今日くらいは楽しませてもらおうかな。
人生、楽しんだもん勝ちってのは確かなことだと思うから。