聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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皆様おはこんばんにちわ、NEW BOSSです。

今回のは、MGSのよりもかなーりシリアスで、鬱展開も有り得ます。
明るい作風になってるかなぁ......ともかく、初めての挑戦とも言えるA's編。わたしのSS、もし変なとことかありましたら報告お願いします

評価とかお願いします


第1話 始まりの夜
1.


 果たさなければならない、約束があった。

 

  随分と昔に......そう、ちょうど11年前のあの日に、“彼女たち”と結んだ、最初で最後の約束。

 

 生まれも育ちも違う彼女たちは、境遇も運命も違う俺のその世迷言とも取れる約束を、必ず、と言って結んでくれた。その宝石のように美しい瞳に、涙を浮かべながら。

 

 しかし結局、その時は......その約束は、果たされることは無かった。

 

 彼女たちは消え、俺は......『あの事件』の、負の遺産としてこの世に残された。今ではたった1人の家族となった、弟と共に。

 

 あれから、もう11年も経つのだ。あの凄惨な事件から......そして、今の俺の人生を狂わせた、“彼女たち”との出会いから。

 

 あのときの約束を、この生涯で忘れたことは一度もない。

 

 あの、地獄のような日々の中で。“彼女たち”は、俺を優しく支えてくれた。家族のように慕ってくれた。不遇な環境に置かれているその身を、削ってまで。

 

 あの時、俺は誓った。

 

 『“彼女たち”を、これ以上哀しませてはいけない』と。

 

 俺の家......ハンニバル家に伝わる、御先祖の御言葉を信じて。

 

 彼女たちと分かれてから今まで。彼女たちを、凄惨な運命という呪縛から解き放つために。

 

 俺は、俺の人生を......彼女たちを、救うために捧げるのだ。

 

 俺は、あの日を忘れることはないだろう。

 

 

 

 そう......あの、雪の降る寒い日を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1話 何処からともなく

 

 

 

 

 1.

 

 

 

 

 

 

 眼下には、この国でも有数な夜景の観光スポットでもある海鳴市が広がっていた。

 森の木々のようにそびえ立つ高層ビルは雲をも突き抜けんばかりに立ち尽くし、住宅街にはどこもかしこもライトや装飾品の類いが飾られ、もうクリスマス一色になりつつある。まだイヴまで1ヶ月はあるのだけれども。

 極つきは、正面に伸びる大通り。黄金のバージンロードが、そこには敷かれていた。イルミネーションの色とりどりの装飾が、俺の目を焼き付くさんばかりに燦然と輝いている。

 ふと、真下の夜景から目をそらすと。雲一つ無い虚無の空間に、悠々と鎮座しているのはオリオン座だ。

 街の明るさに負けないくらいにその輝きを放つ彼は、神話の中では月と狩りの女神アルテミスと仲がよく、いつか結婚すると言われていたが、それを知ったアルテミスの兄アポロンはそれを認めず、2人を引き離すために海から出ているオリオンの頭を黄金の岩と偽り、アルテミスに弓をいらせる。オリオンは、何も知らないアルテミスが放った矢で死んでしまい、その事を大変悲しんだアルテミスが大神ゼウスに頼んで、オリオンを星座として夜空に上げてもらったんだとか。

 もう一つ別の話では、オリオンはサソリが嫌いで、あるとき神様が放ったサソリの毒で死んでしまったというのも残っている。そっちとこっちで、オリオンの待遇が全く違うのに、少し前までため息ついていたのを思い出す。

 

 ......俺は、そのどっちになるのやら。

 

 暗く、美しい夜空を冷気を浴びながら眺めていた青年は、その切れ長の瞳を懐かしげに細めていた。

 

『ローガン・ハンニバル一等陸尉、聞こえる?』

 

 耳に付けた小型無線機から彼、ローガンの直属の上官にあたる、リンディ・ハラオウン提督の声が響いた。珍しいことに、管理局本部からでなく、彼女からの直接通信だ。

 

「はい。よく聞こえてます」

『貴方今何処にいるの?』

「海鳴市の建設途中のビルの上で定時偵察です。どうかなされましたか?」

『よかった......貴方のいる場所の近くで、捕獲結界が張られたわ。その中にいると思われる、管理局嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサさんと......半年前のPT事件で私たちに力を貸してくれた、高町なのはさんとの連絡が取れなくなっているの』

「フェイト・テスタロッサさんと、あの高町なのはさんが?」

 

 リンディ提督の言葉に、思わず聞き返す。

 その二人の名前は、多分局員なら誰でも知っている。半年前にこの星を滅ぼしかけた、プレシア・テスタロッサ事件で活躍した二人だからだ。

 確か、かなりの魔導師ランクを持っているとか聞いたことがある。彼自身彼女たちに直接は会ったことはないが、腕の立つ者に違いない。

 彼女たちは今、ここ、第97管理外世界、通称地球で生活をしていると聞く。

 となると......二人は、何者かに狙われているということになる。

 

『ええ。残念だけど、今アースラには応援に回せるスタッフがいない。到着まで時間がかかる。貴方が一番近いわ。現場に向かって、状況を確認してきてもらえるかしら?』

「分かりました。すぐに向かいます」

 

 急を要していることが即座に理解出来たローガンは、通話を切ると、こんなとこでの事件にため息をついた。

 この第97管理外世界には、魔法という概念は存在しない。ゆえにこんなところで捕獲結界なんて使われることは絶対に無いはずだ。

 ということは、その捕獲結界を張ったその何者かとやらは、何らかの目的意識をもって違法に渡航してきた人間か、もしくはここにずっといて、二人が現れるタイミングをずっと待っていた人間......可能性としては殺戮者とかその辺の類の面倒なやつらということになる。

 そうなると、こんなところでの事件は完全にヤバイやつになるわけで......本気で物騒な話になるのだ。正直、できるだけ関わりたくないレベルだ。

 

「......まあ、仕方ないな」

 

 半ば諦めるようなため息をついたローガンは、紫色の魔法陣を展開する。一瞬で真っ黒な野戦服、黒いブーニーハットを被り、自慢のその黒光りする長物のスリングを伸ばす。

 彼は......『そういった類いの事件』を解決する部署にいるのだから。

 装備を整えるために、ローガンは腰を下ろしていた建設途中のビルのコンクリートから立ち上がる。

 長物のマウントレールに取り付けていた高性能スコープのキャップを外し、バレル下部に備え付けていたバイポッド(二脚)を立てて高さを調節し、もう一度折りたたむ。

 膝立姿勢でグリップを握り、ストックを自らの肩に押し付け、スコープを覗く。調整済みのレティクルはしっかりと固定されて、風の影響等の計算如何によっては、すぐにでも使える。

 最終作動チェックを終えると、ステルス性向上のために兼ねてより使用している小型無線(インカム)を開く。宛先は、彼の優秀な使い魔......エレンだ。

 彼女が偵察している区域は、リンディ提督からの情報によると、ちょうどその範囲内にいる。状況なら、彼女がよく知ってるだろう。

 

「エレン、聞こえるか?」

『感度良好』

「お前の今の位置、捕獲結界の真っ只中だろ。気分はどうだ?」

『最高だ。目の前では花火だって見れてる』

「わかった。俺も今からそっちに行くから、転送してくれ。場所は、結界範囲内の南端にある海鳴市展望タワー」

 

 左手でディスプレイを開き、エレンに位置情報と転移先のデータと写真を送る。

 そこは、海鳴市のシンボルとも言えるタワー。その展望台の高さは地上110mで、海鳴市全域、いや捕獲結界内を見下ろすには丁度いい位置関係にある。

 あの結界の範囲内で、ローガンが知る限り......狙撃には、丁度いい場所だ。

 

『了解した。行くぞ』

 

 通信が切れると同時に、ローガンの足元に紫色の魔力光に彩られた、四角形の魔法陣が現れる。エレンの魔法だ。

 目を閉じると、一瞬彼の体は、ジェットコースターの落下のあの感覚と同じ、ふわりと浮くような感覚に包まれ、そして次に目を開いたときには......目の前には、少し赤っぽい視界が広がっていた。

 

「現着。エレン、そっちからはターゲットの様子が見えるか?」

 

 愛銃BMR-9を伏射姿勢で構えると、倍率を高くして相手の様子を伺う。戦闘は終わったようで、結界内は気味が悪いほどに静まり返っている。エレンは、苦笑しながら言うのだった。

 

『お前は私の“目”をよく知っているだろう?多少の距離であれば、見えないものなど無いさ』

「......そうだったな。頼りにしてるよ、相棒」

 

 彼女の言う多少、とは一般的に人が思うそれとは全く違う。彼女は、ローガンの自慢の使い魔。何の使い魔かと言われれば、夜の覇王との呼び声高い、『鷹』の使い魔だ。

 鷹という生き物はとんでもない猛禽で、遠距離での急降下奇襲がとても有名だ。あれは見てるだけでも恐ろしい。

 だが、彼女はローガンの大切な仲間であり、家族であり、そして戦友である。その強さはいつも彼を窮地から救ってくれる。その鷹の目も、スナイパーであるローガンの場合は心底助かるのだ。

 

『敵は、魔導書型のデバイスを使って撃墜された少女から何かを吸収しているようだ。あれは......リンカーコアか?見た感じ、ミッド式じゃない。ベルカ式の魔法だろう。赤い髪の、小さい少女......片手には、ハンマーらしきデバイス。

 もう一人......こっちは、長い髪を後ろで束ねた騎士のようだ。片手には剣。こっちも交戦後、魔導師を1人撃墜している。道路がメチャクチャだな』

 

 エレンの視覚的アウェアネス(人が何らかの情報について気付いた事を言語で説明できる状態)とリンクさせた映像が、ローガンの目の前にディスプレイとして提示された。そこに映っていた少女の姿を見て、彼はどちらの意味でも心を締め付けられるような痛みに襲われる。

 壊れた噴水に突っ込むように倒れている、白いバリアジャケットを纏った小さな少女。ぐったりとして、動く気配はない。

 彼女もまた、魔導師のようだが、身体中に傷を負い、少女のデバイスは彼女の周りに無残にも砕け散っていた。恐らく、撃墜されたときに破壊されてしまったのだろう。

 そして、噴水にめり込むように倒れた少女の目の前に立ちはだかる紅いバリアジャケットの少女の手には、『あの本』が浮かんでいた。

 少し視線を落とすと、そこにはやはりエレンの報告通り別の女性がいた。ピンク色の綺麗な髪を後ろでポニーテールのように結わえ、凛とした武人面の美しい女性。その目の前には、まるで隕石でも落ちたんじゃないかと思えるくらいに大きな陥没痕が見える。あそこに、女性と交戦した魔導師が落ちているようだ。

 エレンの報告の少女と女性。そして、ローガンが今見ている紅いバリアジャケットの少女と、剣を持った凛々しい女性。

 エレンの情報を頼りにその方角を覗くと......いた。そこには、映像にあったように、赤いバリアジャケットに身を包んだ少女がいた。

 

「......確認。間違いない、ターゲットだ」

 

 そこには。

 

 

 

 

 

 かつて、地獄の日々を共に過ごした友人たちがいた。

 

 

 

 

 

 

『......ローガン?』

「......すまん、何でもない。ターゲットが行動に出たらこっちも動くぞ。準備しろ」

『わかった』

 

 ......少し、考え事をしていたみたいだ。

 命令しながら、ローガンは腰のウエストポーチに手を伸ばし、.308口径魔力弾マガジンを取り出し、愛銃のセミオートマティックスナイパーライフルBMR―9に差し込み、左面のチャージングボルトを引いた。

 

「よし、ターゲットが作業に集中している。狙うなら今だな。エレン、AF(3,6)地点の高層ビル上で長距離偵察。極力魔力は使うな」

『了解』

 

 赤い少女が、あの白い少女の胸の光るもの......恐らくリンカーコア......に何かをしているのを見て、スコープ内蔵型の測距レーザーと暗視装置を起動させる。

 高く小さな金属音と共に暗がりが昼間のように明るくなり、スコープ内に対象物との距離とそれまでの風速が表れる。

 風速3m/s、距離621m。彼のBMR-9なら、ちゃんと射程圏内だ。

 倍率をさらに上げて、十字線中心にターゲットを捉える。側頭部に照準を合わせ、発生する魔力を極小まで絞り反応をとらえられないようにして、『魔力弾』の弾種を変更する。

 

「ターゲット、マーク。ロック......魔力弾弾効シフト、『ショックボルト』」

 

 ゆっくりと、息を乱さないように一言一句朗々と声を絞る。

 魔力弾。それは、彼の祖先が代々積み上げてきた特殊な魔法形式『ハンニバル式』の応用で作り上げた特殊合金だ。

 予めマーク、ロックオンしたターゲットに命中して初めて魔法が効果を発揮し、設定した弾が弾種に準じた能力を発生させるというものだ。

 弾は、これも彼の魔法で作り上げた特殊合金のガンパウダー(いわゆる火薬)をライフル基部の撃針が薬莢の信管を叩くことで爆発させ飛ばす。まあ、一般的に言う軍隊とかが使う銃と同じようなものだ。

 弾には2種13郡あり、さらにライフルの口径によって威力も貫通力も全く違う。

 弾種『ショックボルト』はそのうちの1つで、ヒットした瞬間にターゲットに高圧電流を流すことでスタンもしくはバインドを狙うことが出来る。

 

「......」

 

 ゆっくりと息を吸い、吐く。心拍を落ち着かせ、呼吸による僅かなブレをも抑制させる。

 ストックのチークパッドに頬をしっかりと付けると、スコープ上部のレティクル調整ダイヤルを右に0.82°、右側面のダイヤルを上に1.01°回す。

 風は一定に吹いてくれている。ブレはない。湿度も計算通り、全く狂いは無い。筋肉の硬直も無い。引き金を引く指に、狂いは起きなさそうだ。

 この距離でなら、ライフルの顎から吐き出される咆哮は風と距離が消してくれる。今引き金を引けば、ターゲットは音を聞くこともなく倒れることになる。

 

 引き金に指を掛けた。

 ふと......“あの時”のことを思い出した。地獄のような日々だったが、少年にとってはとても大切な日々だった、あの時を。

 思えば、あれからもう11年も経つのだ。当時9歳だった青年が、今となっては大の大人となってしまった。全く、年月が流れるのは早い。

 その長い、長い年月もの間。彼は、“彼女たち”のことを想って辛い訓練と、研究を繰り返してきた。何度となく失敗し、何度となく怪我をし。実戦を積み、経験を積み、勉強を積み。

 遂にやってきた、“この日”のために。

 ......この引き金を引けば、彼の“勤め”が終わる。そして、『全て』が始まる。

 この日のために、ローガンは自らを削ってまで待ち続けていた。今、その日々が終を迎えるのだ。

 

「サクッとやろうか」

『了解。お供します』

 

 これが、全ての幕開けであり、全ての終焉だ。

 スコープの十字線越しに少女の側頭部を凝視するローガンは、静寂を貫き、運命を果たすべく......引き金を引いた。

 銃口から吐き出された硝煙はコンクリートの地面に砂塵を舞わせた。軽い反動と共に、MBR-9の308口径魔力弾が爆音と共に射られた。

 風を割き、無限に広がる微睡みを射抜き、黒色の弾はライフリングにより回転を掛けられて飛翔する。

 音速を越えた弾丸は、吸い込まれるように紅いバリアジャケットの少女の側頭部に弾着。表面で水面を波立たせるように彼女の頭部で紫色の魔法陣を広げた瞬間、少女は一瞬体を仰け反らせ、その場に倒れ込んだのだった。

 

「......命中」

 

 エジェクションポートから吐き出された空薬莢がようやく地面を軽い金属音と共に転がる。

 その冷酷なようにも聞こえるローガンのつぶやきは、その場の空気を凍りつかせるようなものだったに違いないだろう。

 

『ヘッドショット確認。ターゲットに負傷は見られない。電撃により昏倒している模様。......お見事です』

「そりゃどうも」

 

 肺に溜まっていた空気を一気に吐き出し、真新しい新鮮な空気と交換する。

 だが、浮かれてはいけない。ターゲットは、もう一人いるのだ。今の1発で気づかれてはいないとは思うが、念には念をという言葉がある。

 警戒しながらだ次に目を移したとき......しかし、肝心なそのもう一人が、先程いた道路の上から消えていた。

 

「もう一人は何処へ?」

『第1射に気付き、近くのビルの影に隠れた模様』

「対応が早いな。......流石、優れた『将』だな」

 

 素直な嬉しさに、思わず笑みが零れる。

 彼女は、“今も昔も”変わらず強いようだ。

 

「移動する。リモートスナイパーとリンク。エレン、擁護頼むよ」

『了解した。気をつけて』

 

 優しい声を耳に浴びながら、ローガンはライフルを掴んで立ち上がる。

 夜間戦闘に特化させるため特殊な素材を用いて作り出した黒い野戦服とアーマーにストリングを掛けて、BMR-9を背中に担ぐ。

 そして次には。

 元いたビルを背後に向けて、まだ壁のない開けた部分から体を投げ、外に飛び出した。

 高さ20階分を一気に落下した俺は、着地直前に壁を『掴んで』一気に速度を落とし、地面に音も無く着地した。

 

『どうする?』

「......人命救助を先に行おう。まずはあの剣の騎士にやられた少女、通称救出対象Aから救出する。誘導頼む」

『了解した』

 

 BMR-9を構えたローガンは、足音を立てないように素早く移動を開始した。

 姿は上からじゃ確認出来なかったが、あの撃墜された少女までは500mあるかないかくらいだったと思うから、それなりに時間はかかるかもしれない。

 500mなら銃声は割りと聞こえるのかもしれない。風があったからそこまで音は通らないはずなんだが。とはいえ、ターゲットがそれを聞いて警戒し何処かに隠れるとまでは予想外だったが、いずれにせよ、目的を撃墜された魔導師の救出に変更した今の彼にとっては、この状況はとても好都合だ。

 

『次の路地を右へ』

『そこを真っ直ぐ』

『塀を超えて、そこから真っ直ぐ侵入』

 

 エレンの的確な誘導の下、ローガンは安全でなおかつ最短距離を最短で突っ切ることが出来た。気がつけば、目の前には上で見た、貫通し陥没した道路が見えていた。

 どうやら、ここが現場のようだ。

 

「目的地を視認。これより救出対象Aへ向かう」

『気をつけてくれ。まだあの騎士を捕捉出来てない。何処から出てくるかは私にも分からない』

「その辺は任せとけ。俺が何とかするから」

 

 気丈に振る舞いながらも、彼の精神はギンギンに研ぎ澄まされていた。

 相手は、相当優れた剣士。仮にも本局にいるような魔導師をものの数分で撃墜せしめた彼女は、いわゆる強敵であるのには間違いないだろう。

 向こうは近接戦で攻めてくるだろうが、こちらはどちらかというと遠距離専門。正面からの真っ向勝負になれば、あまり勝てる自信は無い。

 できる限り見つからず、隠密に行動を行うのが今一番効率が良く、そして安全な行為であることは言うまでもないだろう。

 左右の視界に入るもの全てに気を配り、僅かな衣擦れも聞き逃さぬよう極言まで耳をすませながらクリアリングしていく。

 幸いにも誰にも見つかること無く目的地までたどり着けた俺は、すぐ様救出対象Aの元に向かう。

 

(凄まじい威力だったようだな)

 

 頭上を見ながら内心そう呟くローガンの視界には、まるで人1人が貫通したようには思えないぐらいデカい穴がぽっかりと空いていた。

 この威力なら、撃墜された魔導師は相当な怪我を負っているに違いない。下手に動かせば臓器を傷つけ最悪内出血を起こす可能性もある。そうなる前に急いで治療しなければならなさそうだ。

 

「救出対象Aを確認......っと、不味いな」

 

 辺りを見回すと......いた。金髪のツインテールをした、黒いバリアジャケットを身に付けた小さな少女があの陥没した穴を目掛けて亀裂を伝って這い上がっていた。

 恐らく、あの子がリンディ提督に言われた、フェイト・テスタロッサだ。半年前の事件でこの前まで裁判に掛けられていたが、保護観察処分となり、今は嘱託魔導師をやっている、アニメや漫画に出てきそうなくらい、悲劇的な運命を過ごしてきた女の子。

 暗がりでよくは見えないが、彼女が手をついていた壁には出血による血痕が。これはかなりの傷を負っているに違いない。

 急いで治療しなければ。そう思って声を掛けようとしたのだが......。

 やはり物事とはそううまく行かないのだと、ローガンはエレンの焦りの混じった報告で痛感するのだった。

 

『ローガン。例の騎士がそちらに向かっている。急いで隠れろ!』

「ちっ......!」 

 

 舌打ちしたとき。確かに、少し大きな物体が風を切る音が聞こえてきた。奴だ。隠れてこちらの様子を見ていたのだろうか。

 いずれにせよ、今見つかれば面倒なことになるのは間違いない。ここは、早くあの少女を救出してあいつをやり過ごすことが最善の策だ。

 

「頼むぜ......!」

 

 やむ無し。ライフルを背中に背負って両足に力を込めたローガンは、少女のもとに一気に跳躍。あと少しで道路上に手が掛からんとした寸でのところで彼女を引き離し、抱き留めた。

 

「っっっ!?」

「しっ......」

 

 思った通り、傷は深いように見える彼女は、突然のことで悲鳴を上げようとした。その小さな口を優しく左手で包み込むようにして、もう片方の指を自分の口に当てて「喋るな」とアイコンタクトを送る。

 両手で包み込むように抱いている少女の両手には、やはりこちらも真っ二つにへし折られた斧型のデバイスが握られていた。主人同様に、彼も傷を負ったのだ。

 彼女は、一体この人は誰なのか?と言ったふうな困惑した表情をこちらに向けていたが、今この状況を判断したのか、こちらの指示通り声を発しなかった。

 そうだ。今はそれでいい。彼女が下手に動かなければ、向こうにこちらの位置がばれることなく、この少女も助かる。

 

(さて。向こうはどう来るのかね)

 

 サッと近くの陥没した柱に身を隠したローガンは、少女をなるべく傷つけずに自分の体と密着させ、隠蔽効果を発揮させる。

 このボディースーツは、闇に溶け込めるように黒い迷彩を施している。様々な能力に加えて、これ単品だけでもしっかりとカムフラージュ効果を持たせる設計になっているのだ。ここで動かなければ、ターゲットをやり過ごせる。

 近くに人の気配がしたのは、ちょうどその時だ。

 

(来たか......)

 

 体の力をなるべく抜き、筋肉の震えを極限まで抑える。

 息もなるべくしない。まるで岩のように体を微動だにさせない。

 感じられる気配からすれば......行動に一貫性がない。ターゲットはこちらを見失っているみたいだ。移動をしながらこちらを探しているようだが、どうもこちらからは遠ざかっている。これなら、撒けるか。

 

 カツーン......。

 

 近くの、割れた柱から落ちたその欠片が地面に当たった音が、不気味なくらいに静かな橋の下に響き渡ったのはその瞬間だった。

 額に冷や汗のようなものが流れる。

 追跡者の歩みが、止まった。向こうもこの音が聞こえていたようだ。

 不味い......そう直感した。音がしたのは、ちょうど彼らの真下からだった。その音は、彼とこの少女が発したわけでは無いが、それを足がかりに見つかる可能性は十二分にある。この迷彩も完璧じゃない。近場で見られれば、確実に見つかる。

 一歩、また一歩と彼女はこちらに近づいてくる。その異様なまでの殺気は、彼の背筋に冷たいものをたれ流させるには充分過ぎた。

 そしてついに、向こうがこちらの真下にまでやって来た。

 しゃがみこみ、たった今落ちた石を拾い上げ、立ち上がり、そして......。

 

 

 

 

 

 

 

 バチィィィンッッ!!!

 

 まるで何かに弾かれるような音が共鳴した瞬間、ターゲットが吹き飛ばされていく音が聞こえた。

 銃声の爆音が聞こえたのは、ちょうどその瞬間だった。

 ......ナイスショット!!

 窪みから飛び出して駆けるローガンは、遠くにあるはずの『それ』に向けて親指を立てた。

 今の銃声。あれは、ローガンが海鳴市全域を囲うように設置したリモートスナイパーライフルの銃声だ。

 50口径の弾薬を使う半自動の設置型スナイパーライフルで、普段は辺りの偵察をさせている。恐らく今の一撃はエレンが遠距離操作して食らわせた狙撃だ。

 着弾と銃声がこれほど離れている。50口径エアーショック弾による凡そ1.5kmの長距離狙撃だ。流石、としか言いようがない。

 まあともあれ、これで振り切れそうだ。少し距離のある場所に位置する狙撃地点に猛ダッシュしながら、ローガンは背後のあのターゲットの気配を感じた。

 追いかけてきているわけではなさそうだ。起き上がり、さっき彼が狙撃したターゲットの方に向かっているようだ。

 そうなれば、早くあのもう1人の魔導師の少女を救ってやらなければならないだろう。

 蒐集を再開されれば、せっかく彼が止めた意味が無くなってしまう。

 

「あ、あの......」

 

 ビルに到着し、階段を駆け上がっていると、たった今救出した魔導師の少女が、まるで子猫のように、悲しそうな表情をこちらに向けていた。

 

「助けて下さって、ありがとうございます......でも、まだもう一人.....私の、大切な友達がいるんです......!」

「分かってる。安心しろ。お前もあの子も傷が酷い。今はあまり喋るな。もう一人を救出したら手当するから、それまで我慢してくれ。お前の大切な友達は、俺たちが必ず助ける」

 

 そう優しく声をかけると......紅い瞳の美しい少女は、両目一杯に涙を浮かべた。

 よしよし、とローガンは少女の頭を優しく撫でてやる。......相当苦労したんだな、とその煤に汚れた人形みたいに可愛らしい顔を見て思った。

 最上階、屋上の狙撃ポイントに到着した俺は、少女の頭を撫でてやりながらゆっくりとその少女を地面に寝かせた。

 

「今は安心して眠ってろ。後のことは、俺がやる」

 

 嗚咽を漏らす少女を背中に、ローガンは再びBMR-9を構えた。

 今度は300mの、狙撃をするにしては少し近い距離での立射になる。この距離では銃声で位置が露見しかねないので、エレンが予めそこに置いてくれていた小さなバッグからお手製のサイレンサーを取り出し、マズルに取り付けた。

 

『例の騎士が、紅い少女のもとに到着。少女の方もバインドから復活。立ち上がって騎士と共に魔導書を手にしています。......あの魔導師の少女を何処かに連れていくつもりのようです』

 

 ......彼から離れた安全か場所で再開するつもりだな。だがそうはさせない。

 スコープを覗いた彼は、十字線をポニーテールの背の高い女性の後頭部に合わせ、ダイヤルを絞り、調整する。無線を開いた。

 

「合図でお前は紅い少女を撃て。俺は将をやる」

『了解。スタンバイ』

 

 マークしているターゲットが、倒れてぐったりとしている魔導師の少女に手をかけようとした、その瞬間に。

 左目を半分閉じたローガンは、引き切れるまで引き金を引いた。

 バシュッというサイレンサー付けたとき特有の射撃音と共に、魔力弾ショックボルトが放たれ、同時にエレンの遠隔操作するリモートスナイパーも唸りを上げた。

 狙い過たず、ローガンの弾はマークしたターゲットの後頭部に直撃し、電撃を放つ。その一瞬後に、思わず倒れた女性に振り返った少女の胴体にエアーショック弾が命中。50口径のあまりの威力に吹き飛ばされ、地面を2度バウンドして近くの木にぶつかり、そのまま動くことは無かった。

 

「ナイスショット」

『そちらも。では、後ほど落ち合おう』

「ああ」

 

 通信を切り、ローガンは弾の効果を変えた。

 

「弾効シフト、『ホーリング』」

 

 つぶやくと同時に、彼はその銃口を“魔導師の少女”に向けて、引き金を引いた。

 着弾。しかし、弾を当てられた少女は電撃に身を包まれるわけでもなく吹き飛ばされるわけでもなく、まるで消滅するように体を異空間に転送されていった。

 ライフルを下ろすと、ローガンはそれを背中に背負う。

 

「『回収』」

 

 そう言葉を発した瞬間、彼の真上に空間の歪みが発生した。そこから紫色の光と共にゆっくりと落ちてきたのは、あの白いバリアジャケットの魔導師の少女だった。

 お姫様抱っこの容量で少女を受け止める。

 この少女が、多分高町なのは。聞いた話では、なんだかとんでもない魔法量を持ち合わしているという。こんな魔法とは無縁の地球で育ったことが関係でもしているのだろうか。

 その白いバリアジャケットにも、やはり出血の痕が見られる。怪我も、重傷とまではいかないだろうが深いと見られる。

 後ろのあの少女共々、早急な治療が必要だ。

 

「もう少しの我慢だ。耐えてくれよ」

 

 金髪の少女の隣に寝かせ、これもエレンが置いていてくれた応急セットの箱を開き、包帯や消毒液を取り出して手短に処置を済ませる。

 二人とも、見た目の割には傷は深くはなかった。裂傷や骨折が見られるものの、これならエレンの治癒魔法を使えばすぐにでも治りそうだ。

 

「ローガン!無事か?」

 

 空を飛んできたエレンが後ろから合流した。

 彼よりも10cmほども身長が高いエレンは、艶のある綺麗な茶髪を腰の辺りまで下ろし、黒い特製の空気抵抗をなるべく減らすようなバトルスーツに身を包んでいる、ローガンよりもだいぶ年上に見える女性だ。

 鷹のような茶色い大きな翼を畳んで、切れ長の、やはり鷹を思わせる金色の瞳を心配そうにこちらに向ける彼女を安心させるように笑みを向ける。

 

「大丈夫だ。そっちも無事そうで何よりだ」

「ああ。私は貴方ほど前には出ないからな。それより、この二人が......」

 

 ぐったりと寝かされている、包帯を巻かれた二人の小さな少女の前に歩み寄った2人は、そこに膝を下ろした。

 

「この二人が......」

「ああ。リンディ提督に二人の保護を任されている。だがこの傷じゃあ転送のショックには耐えられないだろうな」

「あの例の魔導師はどうする?」

 

 エレンが、公園のところで倒れている敵魔導師二人を指さす。

 彼女たちはこの二人を襲い、そして怪我をさせている。充分逮捕するのに値する罪人になる。だけれども......少女たちの救助もやらなければならないこの状況では、それと同時に二人を逮捕することは難しいだろう。

 一応表立って動いている二人を無力化した。これで今自分たちを襲う勢力は、表面上消えたことになる。だが、問題は、その二人を無力化したにも関わらず結界が解けていないことだ。

 それが意味することはつまり、結界を作り出している魔導師が他にいるということになる。恐らく、結界に結界を重ねているようにローガンは直感する。

 

「いずれにせよ、相手にはまだ戦力が残っている可能性がある。今二人を逮捕しても、その残りに襲われる危険性が無視出来ない。まだ俺達は籠の中のネズミなんだ。先に人命を救助した方がいいと思う」

「そうだな......では、ローガンの家に運ぶか?こちらの転送魔法は妨害を受けて使えなくなっている。いずれにせよ、外には出れない」

「その方がいいだろう。連絡も出来ないし、うちなら絶対にバレないからな」

 

 そう口にしたローガンは、既にバリアジャケットを解放して私服姿に戻っていた金髪の少女を抱き上げた。エレンも、栗色のツインテールの少女を抱き上げ、翼を広げていた。

 

「もちろんだが俺は陸路で向かうぜ。そっちは空から......なるべく低空を維持してステルスモードで家に向かってくれ。ここからは二手に分かれるぞ」

「わかった。気をつけて」

「そっちもな」

 

 羽毛を舞わせながら飛び立つエレンを見送ったローガンは、ふとあの公園に目を向けた。

 砕かれた噴水。その前に倒れている、ピンク色の長い髪を背中まで流した女性が見える。

 彼女は、彼が予想していたよりも格段に強かった。聞こえないだろうと判断した500mという距離で、彼女はローガンの放った弾の銃声をしっかりと聞き取り、視界から消えた。直接戦闘をしたわけでは無いが、あの判断は見事なものだったと思う。

 

「......流石、変わってないな」

 

 しみじみと呟くように、ローガンは旧い“友人”に語りかけた。

 もちろん、彼女たちには聞こえて無いはずだ。だけれども......何処かローガン達には、通じるものがあると信じている。

 あの......地獄のような辛い日々を生き抜けたのも、彼女たちが支えていてくれたお陰だということを、俺は決して忘れることは無い。

 振り返ればこの11年間。彼は彼女たちを毎日のように思い続け、この11年間は彼女たちのために生き抜いてきたようなものだということを改めて思い知った。

 彼女たちには、感謝してもし切れない程の恩を受けてきた。例え、家族を目の前で“殺した”恨みを向けるべき相手であっても。

 今の彼には、彼女たちに対する憎しみや恨みは無い。

 むしろ、尊敬の念さえある。病気などでは無い。

 あの地獄のような日々を共に生き抜き、互いに支え合いながら生きてきた“家族”だったからこそ、彼は彼女たちのために......命を捨てられるのだ。 

 

「待っててくれ......シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ......そして、夜天の書」

 

 手を差し伸ばしながら、ローガンはこんな形での“再会”に、人知れず涙を流した。

 不運な境遇に置かれた彼女たち......ヴォルケーンリッター。

 貴女たちを助けるために。そして......『あの約束』を、果たすために。

 

 彼は、涙を拭いて彼女たちに背を向けるのだった。

 




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