聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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先程、閃きました。

わしの文章、会話文のとこまで地の文大杉。
多分今まで感じていた違和感はこいつなんでしょうね。堅苦しくなるのはそのせいか......

というわけで今回は後半からちょっと考えてみました。
いろいろと。そう、いろいろと(
微エロ注意か?これは




2.

 砂塵に紛れて硝煙の香りが鼻を刺した。

 柔らかな砂地の上に伏射姿勢を取っていたローガンは、命中を告げるエレンの声を聞くとULR-24のボルトを開き、排薬した。

 スコープには、砂漠の稜線と粉塵と共に倒れ行く巨大なモンスターがレティクルに乗っている。あの倒れ方からして、命中した場所は狙い通りの脳天を突いたようだ。

 距離にして、約2100m。最大射程が悠に3000mにも及ぶこのボルトアクションライフルULR-24には、そんな距離ならば命中させることは造作もない。50口径と.338弾の中間に位置する大口径の.408弾は、あの頑丈な鎧を意図も簡単に撃ち抜いたのだ。

 

「よし、終わったな。エレン、警戒しながら偵察だ」

 

 こちらを見ているように見える、シグナムのその宝石のような瞳を見詰めながらローガンは倍率を下げる。エレンは端末で小型無人機を操作しながら目を細めた。

 

「レイヴンの生命探知センサーによれば、今のあのデカブツが暴れたおかげで周りの生物を刺激してしまっている。急いで彼女を回収した方がいいかもしれない」

「だな。この辺りなら、肉食中型生物が反応してる可能性が高い。奴らに見つかる前にとっととフェイトを回収してここを出よう。あんなやつらの餌になるのはゴメン

だからな」

 

 そう薄く笑ったローガンは弾効をシフトして『ホーリングバレット』に切り替え、日差しの強い中もう一度スコープを覗き、倍率を上げた。

 砂に埋まらないように体の下に敷いているゴム製のマットの位置を調節すると、ゆっくりと息を整える。

 

「距離は1986m。風速、南西に4。上昇気流が強まっている。さっきよりもふわりと上に上がる弾道になる。旋回角+0.21°、仰角-0.11°だ。合図を待て」

 

 スコープについた二つのノブを僅かなクリック感と共に回して自らの頬付の位置に合わせたチークパッドにゆっくりと頬を付ける。

 

「......ファイア」

 

 引き金を引き切り、爆音と共に砂塵が舞い上がる。

 すぐに次の行動に移動できるように一瞬で排薬と再装填を済ませると、スコープを覗く。

 音速で飛翔する弾丸とはいえ、こんなに距離が離れていれば発射から着弾まで数秒掛かる。遠くで紫色の光が視認できた。

 

「......エレン、頼んだ」

「わかった。『回収』」

 

 真上に毎日紫色の魔法陣を展開し、ひざ立ち姿勢のエレンの腕元に、そこから小柄な金髪の少女がゆっくりと落ちてくる。

 所々を血に染めながら、フェイトは無事に回収された。

 

「......傷は大したことない。表面の切り傷と打撲だ」

「それなら良かった。とっととずらかるぞ、転送魔法の用意を......っと」

 

 スコープの中に小さな点を捉えたローガンは、口を噤んだ。

 目の前にあるのは、馬鹿みたいに広大な砂漠。その黄色い世界の中にぽつりぽつりと黒い豆粒のようなものが動いている。

 肉眼では確認不可能なほどに離れているが、エレンにはそれが何なのかすぐに分かったようだ。

 

「まずいな。『ハイエナ』だ。よりにもよって、あいつらに狙われたか......!」

「肉食系のあいつらか?それなら地球にもいるよ」

 

 彼女の言う『ハイエナ』とは、便宜上このような俗称がついている、この世界にいる肉食の中型動物で、地球にいるそれとは違うけれども似たような動物だ。肉であれば何でも食らい、こっちでも掃除屋とも呼ばれているそのハイエナだが、地球のそれと決定的に違う点がいくつかある。

 まず、獲物を定めると永遠に追いかけ続けること。あいつらに狙われたら、この世界のどんな場所に逃げようともその超越した嗅覚で追い回してくる。有名な話では、ここである探検家がハイエナに襲われたとき、半球分も逃げたにも関わらずハイエナに食い殺されたとか。

 次に、群れの数が尋常じゃない。地球のハイエナは群れることは無い。こっちの世界のハイエナは、一つの群れに数10頭もいる。囲まれれば、命の保証は無い。

 最後に、あのハイエナ1個体の牙には強力な毒が含まれているということだ。神経毒の類いのそれは、元々は狩りに特化させて発達したものだが、もちろん人間にも効果はある。噛まれれば神経が殺られてゆき、やがて心臓が止まる。細胞が腐っていくタイプのものではないため噛まれたら一見穴があいて血が出てるくらいにしか思わないのだが、その間にも毒が回り、血清の投与が遅くなれば死に至る。

 

「まずいな。長距離転送には準備に時間がかかるぞ」

「いずれにせよあいつらを殲滅させなければならないみたいだな。全く、ツイてるな本当に」

 

 悪態をつきながら急いでライフルを構える。

 奴らは足が速い。距離は秒刻みでグングン縮まっていく。

 こちらにたどり着かれる前に、できるだけ多くの、出来れば4分の3以上は数を減さなければならない。

 

「エレン!」

 

 セミオートライフルのBMR-9を呼び出したローガンは、それをエレンに投げて渡す。コッキングレバーを引いて初弾を装填すると、ローガンの隣で膝立ちで構えた。

 距離、凡そ1800m。風速は変わらない。刺すような日差しの元、ローガンは背筋に冷たいものを流す。

 人間なら走るのに多少苦労する柔らかな砂地をまるで滑るように駆け巡るハイエナに、十字線を合わせ、風速と距離、敵の速度に合わせて射線をずらす。普通はレティクル調節ネジを回して射線調節するものを、それ無しでやっただけのことだ。

 スコープのレティクルをゼロイン状態に戻したローガンは、ゴム製のクッションにしっかりと体をあずけて引き金を引く。

 咆哮と共に砂塵が舞い上がり、.408弾はライフリングにより回転を掛けられてULR-24の顎から吐き出される。

 ノーマーク(ロックオンせずに)で放たれた弾丸は、風や重力、上昇気流によって流されてゆき、狙い過たずハイエナの胴体を撃ち抜いた。体をくねらせて吹き飛ばされたハイエナは、真紅の鮮血を散らした。

 

「次っ!」

 

 ローガンは腹立たしげにカチャン、とボルトをコッキングして排薬再装填、次に狙いを定めて引き金を引く。

 相手はハイエナ、走る速度は人間の比ではない。手を休めることが、それ即ち判断の遅れにもなり、そして敵の進行を止めることが出来ず、食い殺されてしまうことにも繋がりかねない。

 今は必死に、引き金を休まず引き続けるしかないのだ。

 次の射撃までの装填時間が、まるで無限に続くのではないかと思えるほどに長く感じられた。

 再び射撃。今度は、ハイエナの脳天をぶち抜いた。

 排薬と再装填を幾度となく繰り返し、10発装填のマガジン1本を使い果たす。舌打ちしながらリロードしたローガンは、目の前に対峙している敵の数にいら立ちを覚えた。

 

「エレン!あと何匹いる!」

「この辺りでも1番デカいとこと当たったみたいだ。まずいな、まだ30はいるぞ!」

「こりゃ、ヤバいぞ」

 

 本気で焦りを覚えた青年は、無我夢中で引き金を引いた。

 ボルトアクションライフルは、作りもオートマチックと比べれば遥かに簡単で、それでいて桁外れの命中精度を誇る、長距離狙撃には欠かせないライフルだ。

 だが、その数少ない欠点の中でも1番ネックなのは連射に向かないことだ。

 知ってのとおりボルトアクションライフルは、1発撃てばカチャカチャと排薬と再装填をしなければ次が撃てない。命中精度と引き換えにそれを克服したのがオートマチックライフルなのだが、このような複数の敵に狙われているときは、そちらの方が圧倒的に有利なのだ。

 距離は1400mを切った。隣から爆音と衝撃が感じられる。エレンが狙撃を開始したのだ。

 負けじと引き金を引き続ける。敵はこちらの正確無比な射撃に恐れをなすことなくどんどん近づいてくる。あいつらには、恐怖などないのだ。

 

「リロード!」

 

 エレンが叫ぶ。さすがのエレンでも、小刻みに動くハイエナどもを捉え切るのには苦戦を強いられているようだ。

 だがその数は徐々に少なくなり、距離が1000mを切ったときには元いた半分の20頭近くまで減っていた。

 

「行けるぞっ!ローガン!」

「HEグレネードを使って牽制しろ!少しでも時間と数を稼げ!」

 

 広大な砂地に幾度となく咆哮が放たれる。

 エレンはアンダーバレルのグレネードランチャーに40mm炸裂弾を詰め込むと狙いをつけ、引き金を引く。数秒後、ハイエナたちのど真ん中で噴煙が巻き起こる。

 6匹がその爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされるのが見えた。その周りにいたハイエナたちもその衝撃波で転げ、足を一瞬止めた。

 

「今だ撃ちまくれ!」

 

 足を止めた敵などもはや的だ。そんな好機を彼らが見逃すはずもなく、食らいつくように敵を狩り続ける。もはやどちらがハイエナなのか分からなくなるほどに、辺りに爆音がまき散らされる。

 

「残敵11距離600!」

「ゴリ押すぞ!」

 

 黄色い砂地の上を駆け抜ける黒い塊が肉眼でも見れる程度にようやく形を成してきた。

 禍々しい顔つき。恐ろしい程に尖った牙。あの牙に、無色透明の殺人マシーンが備わっている。安心できるほどの支援が期待出来ないこんな場所であれに噛まれれば、危険だ。

 こっちにはフェイトもいる。

 彼女は、過去のトラウマをようやく克服し、そして仲間を守り、誰かを救うために戦うための技術を身につけ、努力を続けてきた。

 こんなにも優しい彼女の命を、失わせるわけにはいかないのだ。

 

「あと300!」

「最後のマガジンだ!!」

 

 悲鳴にも似た雄叫びがローガンの口から放たれた。もはや伏せ撃ちしていては咄嗟のことに対応出来ないくらいに、奴らはすぐそこに迫っていた。

 邪魔になった被っていた砂漠迷彩のポンチョを捨てるとフェイトを守るように立ち上がり、座射姿勢でライフルを構え、親指と人差し指の間でボルトを挟んで引き、神速のごときスピードで再装填を終わらせる。

 

「ヘッドショット!」

「上手いぞ!あと7頭!」

 

 もはや何も考えていなかった。ただ目の前にいる敵を撃ち抜くために引き金を引き続け、腕を動かす。もはや、レティクルにハイエナが乗った瞬間に弾丸を放つ、いわゆる作業になっていた。

 

「距離、100!」

 

 エレンが悲痛な叫びを上げながら銃声を響かせる。

 残りはあと、4匹。ようやく希望が見え始めた。だが、ハイエナたちはもう目と鼻の先にいた。急いで仕留めないとまずい。

 ボルトを引いた瞬間、しかしローガンは軽い絶望を覚えた。

 薬室内には、弾丸は1発も残されていなかった。

 元々支援狙撃のために持ってきたため、予備の弾薬はそれほど用意してこなかったのだ。

 ......弾切れかよ!!

 悪態をつきながらも、慣れ親しんだ動作で、レッグホルスターから愛用の45口径ハンドガンHG-45を抜き取り、目の前で飛び掛らんとしていたハイエナの脳天を狙い、引き金を立て続けに引く。

 

 ガン、ガガン!

 

 腕を震わす激しいリコイル。悲鳴を上げて血飛沫を上げたハイエナは、後ろにバック転するように吹き飛び絶命した。

 

「左側面!」

 

 エレンに言われたように銃口を左に向ける。あと5mというところにいた獲物を素早くエイムし、射撃。飛び掛ってきたハイエナを体を捻って避ける。その牙が間一髪で自分の胸元数センチ上を過ぎ去った。鋭利な牙にはなんとか触れずに済んだようだ。

 最後は、飛び掛ってきたハイエナの脳天を冷静に狙い、銃声を轟かせた。地面に叩きつけられ、足を痙攣させるハイエナを見て、ローガンはようやく息を吐いた。

 先程まで見ていたあの広い箱庭を見ると、フェイトが倒れていた場所からここに向かうように、至るところに黒い点が見える。あれだけいたハイエナの群れは、その半数以上を道中で失っていた。

 ......せめて俺たちを狙っていなければ、こんなことにはならんかっただろうに。

 同情と哀悼の念を心に抱き、ゴム製のマットに置いていたULR-24を取ろうとした、その時だった。

 

「ローガンさん!」

 

 いつの間にか目を覚ましていたフェイトの叫びに似た大声が聞こえた。

 振り向きざま、ローガンはフェイトと『そいつ』の間に体を滑らせ、HG-45を握る逆の腕をそれに突き出し......

 

「ぐっ......!!」

 

 その黒い物体の激しいタックルを腹で受けた。

 その凄まじい運動エネルギーにそいつ共々吹き飛ばされたローガンの腕に食らいついていたのは、黒い物体だった。その衝撃に、ハンドガンの引き金を誤って引いてしまい無駄弾が流れた。

 そう......ちょうど、あのハイエナたちと同じくらいの大きさの。

 ローガンの左腕を引きちぎろうとしているのか、そいつは彼の腹に乗っかって必死に顎を振り回している。鮮血が飛散し、腕に激痛が走った。

 

「ローガン!!」

 

 最後の1匹に止めを刺すため離れていたエレンが気付き、声を上げた。どうにかして引き離そうとしたのだろうが、それをしてしまえばローガンの腕はもぎ取られてしまう。悔しながら、動くことは出来なかった。

 その間にもハイエナは首を振り回している。痛みに耐えながらハンドガンをハイエナに向けるが、そこでホールドがオープンしていることに気づいた。さっきの無駄弾が、最後の1発だったようだ。

 やむ無くハンドガンを捨て、腰にあった大型サバイバルナイフに手を伸ばし、柄を握った。振り抜くと、即座にハイエナの首元を刺し、返り血で顔が塗れた。

 甲高い悲鳴を上げて、ハイエナは首を引いた。......ローガンの腕を、引き裂きながら。

 

「がっ......!!」

 

 身を裂かれる、というのは初めてだった。鮮血が地面に紅い薔薇を咲かせ、しかし乾燥地帯の砂により一瞬で固まってしまう。

 ......動脈をやられたかな。

 考える力までが毒されていったローガンの脳裏には、そんな楽観的な言葉しか出てこなかった。

 視界がぼやける。見ているはずの自分の腕が、まるで粘液状のようにグニャりと曲がって見えた。

 

「ローガン!!」

 

 ハイエナは、喉元を刺されたというのにまだ生きていた。最後の力を振り絞るようにローガンに向けて口を開くハイエナ。しかし、それは許されなかった。

 野太い銃声が1発響く。離れたハイエナにエレンが発砲したのだ。放たれた弾丸は脳天に直撃し吹き飛ばされる。今度こそハイエナは絶命し、その場で倒れて動かなくなった。

 

 

「ローガン!ローガン!!」

「ローガンさん!」

 

 安全を確認したエレンはローガンの元に走り、彼を抱き上げた。フェイトも重たい体に鞭打って駆けつける。

 意識が朦朧としているのか、力のない黒い瞳をぼんやりと開けているローガンは、しかしやるべきことは体に染み付いているのか、傷ついた腕をしっかりと抑えていた。

 

「まずいな、失血が酷い!応急手当......こんな酷い傷じゃ抑えられない!」

「リンディ提督に、支援部隊を送ってもらいましょう!衛生班なら、出られるはずです!」

 

 そう伝えると、出血を何とかして抑えようとしてフェイトは彼の左腕を精一杯抑える。が、かなり広い範囲で傷ついているようで、抑えても抑えきれていない。

 血塗れた手でディスプレイを開いたエレンは、急いでリンディ提督に連絡を取る。

 

「ローガンさん、しっかりしてください!ローガンさん!!」

 

 必死に呼びかけるフェイト。彼の呼吸も心無しか弱々しくなっていくように感じられた。

 太陽が南中し、その陽ざしはより一層強くなり始めた。

 

「......了解、頼みます。フェイト、そのまま抑え続けてくれ!あと5分もしないうちに衛生班が血清を持ってこっちに来てくれる!」

「わかりました!」

 

 僅かに差し込んだ光に思わず笑みを浮かべる。

 孤立したときの仲間の支えは何にも変え難いくらいに励みになる。あと少しで、私をずっと助けてくれていた人は助かるんだ。

 もう少しです、頑張ってください。そんな心の声は、虚しく終わった。

 振り向いたとき、腕を握り続けていた彼の手が、力無く地面に落ちていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管理局が誇る医療機器の塊でもあるメディカルルーム。その中でも、重傷を負った局員の治療に専念するために存在する集中治療室の入口の前に設けられた椅子に座っていたのは、絶望したように頭を垂れるエレンと、そんなエレンを心配そうに見守るフェイトだった。

 あの砂漠での戦闘から4時間。ここに運び込まれてから3時間半が経過しようとしていた。彼の治療は、まだ終わっていない。

 あの時、一度ローガンの心臓が止まりかけた。

 動脈から侵入した毒の量が多く、心臓に到達するのがかなり早かったのだ。

 すぐに管理局の衛生班が到着し、止血と血清投与を迅速に行ってくれたおかげで一命は取り留めた。だが、予断は許されない状況であった。

 

『発作がまた起これば、次はない』

 

 ローガンの専門医から言われた言葉が、エレンの中で何度も反芻されていた。

 今回のはまったく関係ない話なのだが、それでも『もしそれが......』と考えると不安が心を閉じ込めて、苦痛にまで発展していた。

 そんなエレンのやつれ具合を心配したフェイトは、こうしてエレンの側で座っていたのだ。

 そうして数時間経って。集中治療室の『治療中』のサインが消えると、重そうな鉄製の扉から主治医の男性が出てきた。

 飛び起きるように反応したエレンは、男性の元に歩み寄る。

 

「......どうなったんですか?」

「一応、1番危険な山場は超えました。恐らくこれが原因でまた発作が起こる、ということはないと思っていいでしょう」

 

 主治医の苦労顔に、安堵のため息をついたエレン。

 これで、彼が死ぬ時は先延ばしになった。

 

「ローガンさんの精神力は本当に大したものですよ。あんな怪我をすれば、普通の人間ならショックでポックリ逝ってしまうってことの方が多いんですよ」

「ローガンは、それよりも酷いことを経験してきましたから。それくらい、何てこと無いんでしょう」

 

 見習いたいものです、と肩をすくめる主治医は、エレンの腰あたりに不安そうに隠れているフェイトを見つけると、安心させるように口を開く。

 

「あと数時間もすれば、麻酔も切れるので目覚めると思いますよ。彼の精神状態は何事も無かったかのように安定していますし、普通なら無理ですが、面会は可能ですよ」

「ほ、ほんとですか?」

「ええ。管理局の魔導師たち全員が彼ほどの精神力があれば、こっちとしては楽なんですけどねぇ」

「ご心境、お察しします」

 

 事件などで重傷を負った局員の半数以上が、見たことのない自分の血と傷によってショック死してしまう。去年では、負傷した局員の3分の1が亡くなっている。

 最新技術で精一杯治療を施しても、助かるか否かは最終的に本人の胆力によって決まるのだ。

 

「それでは、また後で。病室は108号室です。行ってあげてください」

「あなたの人力に感謝します」

 

 エレンは、主治医に敬礼をすると、踵を返してフェイトと共にその場を去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう......わかったわ。あなたも大変だったわね。もう、動けるの?エレンさんが......なるほど。ともかく、みんな生きて帰って来てくれて嬉しいわ。また後で、私もローガンのとこに御見舞に行くから、その時にでも詳しく状況を聞かせて頂戴。じゃあフェイトさん、しっかり休んでなさい」

 

 通信を切ったリンディは、椅子の背もたれに深く腰掛けてため息をついた。

 ローガンが負傷し、集中治療室に担ぎ込まれたと聞いた時は、心臓が止まる思いをしていたのだが、一命は取り留めたということでその心労が一気に押し寄せたようだ。

 

「......でも、私なんかよりもエレンさんのほうがよっぽど疲れているのでしょうけどね」

 

 壁に立てかけてある、ローガンとエレンと一緒に撮った家族の写真を見詰める。

 彼がこれほどまで痛めつけられるのは、初めてだった。

 まあ、相手が数の差で敵を喰らい尽くすあの中型生物なのだから、苦戦するのも仕方ないとは思うのだが......先日の発作があってのこれである、心配だ。

 

「......それでも貴方は、平気平気って言って、1人で抱え込むのよね」

 

 寂しげな笑顔を思い出して、思わず苦笑する。

 あの不器用な青年は、誰にも心を広く接する。しかし、彼の心に秘めている不安や孤独感、悲しみは決して外には出すことは無かった。

 その姿が痛ましくて、気がつけば頬に冷たいものが流れていた。

 

「......終わらせるのね。それでも。あなたの愛した、『彼女たち』のために」

 

 彼と初めて会った時の言葉を、リンディは忘れない。

 彼が9歳だったとき......そう、あの事件の時保護された彼がうわ言のように言っていた、あの言葉。いや......『あの日』、と呼ぶべきかもしれない。

 ローガンがその日に並々ならぬ思いを馳せていることは、リンディやクライドには周知の事実だった。だからこそ、リンディたちは......彼のことが心配だった。

 ふと、リンディは電子カレンダーに目が向いた。

 

「......あと、4日

 

 本来ならば、この地球に住む人たちには楽しいはずの日が、そこにはあった。

 

 ......どうしても、行くのね。

 

 呟いたリンディの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 彼を保護してから今日まで、彼を救おうと努力してきた。呪われた運命から開放してあげるために。

 けど、管理局の持てる技術を駆使しようとも、彼を救うことはできなかった。結果として彼は、果のない永い旅に足を踏み入れようとしている。

 自分の無力さに、腹が立った。

 けれども、彼にとっては成さなければならない運命なのだ。彼が今まで築き上げてきた努力と技術。血を流してまでも彼が欲しいもののために。

 

「......貴方には、借りしかないわね。これを機に、返させてもらおうかしら」

 

 無理やり笑顔を浮かべたリンディは、涙を吹いた。

 最後にもう一度彼に会うために。リンディは、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、目の前には心配そうにこちらをのぞき込んでいる美人の姿があった。

 

「......エレン?」

「ローガン!良かった......無事に目を覚ましたな」

 

 その美しい金色の瞳に涙を浮かべると、ローガンの胸に飛び込んできた。

 その表情は少しやつれているように見える。どうやら、ここに運び込まれてからずっと隣にいたようだ。

 

「......ありがとうな」

 

 毒がまだ影響を及ぼしているのか、重たい右腕で彼女の美しい茶髪を撫でながら、うっすらと笑みを浮かべる。

 ふと思い出して、ローガンはあのとき噛まれた左腕を見てみる。包帯が巻かれていてどんなに酷い怪我だったのかは分からないが、全く感覚のない指先がその酷さを物語っていた。

 

「お前が死んでしまうんじゃないかと思って、心配で心配で......」

「心配かけたな。こうして生きてるんだし、まあ、安心してくれよ」

「......誰のせいでこんなになってると思ってるんだ」

「......ごめんって」

 

 腹に顔をこすり付けながらこっちを見てくる鷹さんに、寝そべりながら顔を動かして穏やかに笑った。

 本当に、彼女には心配かけてばかりだ。

 

 

「それで、あの後どうなった?」

 

 エレンの助けで起き上がったローガンは腕を組む。

 

「お前が倒れてから衛生班の局員が駆けつけてくれたんだ。血清をその場で投与してくれて、処置もやってくれた」

「流石、衛生班の連中は作業が早いな」

 

 ようやくまともに動かせるようになってきた左手に目を落とした。

 毎日のように出動するわけではないが、局員の死の危険に携わる彼らの練度は素晴らしいものだ。研修を受けた時には、その技術と早さに驚いたのを思い出す。

 

「それで、ここに担ぎ込んできて......今に至る」

「ということは、フェイトは無事なんだな?」

 

 エレンが顔をミリ単位でしかめさせた。

 ......何か気に触ることを言ったのだろうか。

 

「......無事だ」

「それなら良かった。ところでエレン、何でそんなキレてんだ?」

「別に、どうということは無い」

 

 といって、エレンはツーンとご機嫌斜めになってしまった。彼女らしくない。いや、考えてみれば......こんな感じなこと、最近結構見た気がした。

 そういえば、なのはとフェイトとよく話すようになってからそんなことが多くなったような......。

 

「......なあ、ローガン」

「ん?」

 

 唐突に神妙な面持ちになったエレンの鋭い視線が、ローガンの瞳を射抜いた。

 

「『あの日』まで、あと4日だ。そろそろ、動くんだろ?」

「......ああ」

 

 言われて、思い出すようにカレンダーを見た。

 今日は20日。ハイエナに噛まれてから意識が朦朧としていたので、すっかり忘れていた。

 

「お前に救われてから、私はずっとお前を支えてきた。お前も、私のことを家族のように接してくれて、支えてくれた」

「......まあ、いろいろあったけどな。お前が1人で突っ込みすぎて死にかけたり」

「お前も、発作で倒れたり、ハイエナに噛まれて生死をさ迷ったり。お互い、いろいろあった」

 

 懐かしがるように柔らかな笑顔を見せるエレン。普段とは違う美しさが、ローガンの鼓動を一瞬加速させた。

 

「お前は、11年前の約束を果たすために。私は、お前に借りを返すために。ずっと戦ってきたし、努力してきた。そして、お前と共に......過ごしてきた」

「当たり前だろう。俺がお前を使い魔として契約してからは、お前は家族だ。弟と共に、お前は俺のかけがえの無い家族だぜ。どうしたんだ、急に」

 

 何だか不思議なムードになり始めたのを感じた。

 エレンは、その表情のままゆっくりと頭を垂れた。

 

「お前から『エレン』という名前をもらった時......私は、嬉しかった。ずっと一人だった私を助けてくれて、家族として迎え入れてくれて、そして私に暖かい心をくれた。お前には、感謝しかない。......だが」

 

 唐突に、エレンはキリッとした表情をこちらに向け、唐突に言った。

 

「お前と私は、今日から家族じゃない。今までは家族として、お前は私を受け入れてくれた。だけど、今日からはまた、別になる」

「......は?」

 

 ......こいつは何を言ってるんだ?

 いまいちエレンの発言がよく理解出来ないローガンは、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 家族ではなくなる?縁を切る、ということなのか?

 彼女の意味してることを探ろうと頭を回転させていると、エレンは何故か不機嫌そうに眉を潜めた。

 

「......本当に鈍感な男だな、お前は」

 

 そして、こっちを向いて、抱きついてきて......唇を重ねてきた。

 

「......?!」

「ん......」

 

 柔らかな感触に包まれ、口元にミントのような甘い香りが広がった。心地よい水音が耳に届く。

 目の前に、というか本当に目と鼻の先に、エレンの美しい綺麗な顔があった。

 一体どれくらいの時間が経っただろうか。全く脳が状況を飲み込んではくれない。エレンのその白い腕が自分の腰に回されていて、彼女がこっち側に四つん這いの要領で乗っかってきていることしか理解出来なかった。

 ......いや、それほどまで理解出来てるなら出来てるのか?そうじゃなくて今のこの状況は一体何なんだ......。

 もはや考えるということがゲシュタルト崩壊を起こしかけたその時、エレンは酸素を求めるように口を離した。

 

「はぁ......」

「......??」

 

 唾液で濡れた唇を舐めて拭き取りながら、エレンはゆっくりと引き下がり、しかしその場から動こうとはしなかった。

 ローガンはといえば、今何が起きたのか全く理解出来ていなかった。

 ただワタワタと目を右往左往させていた。

 

「......まだ、分からないのか?」

「え、えっと......どうしたのでしょうか?」

「安心しろ。私も初めてだ。お互い初めてだろう?」

 

 何が安心なのかサッパリ分からない。

 

「......いやそうじゃねぇだろ!」

「嫌、だったか?」

「いや、そういう......えっと......うぅ......」

 

 エレンに悲しげな目を向けられて言葉が繋がらなくなる。そんな目で見られると、罪悪感しか沸かないのだ。

 その様子に安心したのかなんだかは分からないが、エレンはいつも通り凛々しい表情をこちらに向けていた。

 

「......私は、お前の使い魔だ。だから、私はお前が支配しなければならない。お前になら、どこへでも着いていく。お前となら、どこにだって行ける。どんな、危険な場所でも」

 

 金色の瞳は、先程行った行為を感じさせないような冷静さと、限りなく死に近い、それでいて揺るがない確固たる決意の色が見えた。

 

「今日から私は、お前の家族じゃなく......お前の使い魔として、共に運命に向かって歩く。この命が尽きるまで。この身は、いつもお前と共にある。お前と一緒なら、何も怖くない」

 

 そう言うとエレンは、悲しさと嬉しさが入り乱れたような......しかしそれでいて穏やかで心強い笑顔を見せた。

 この時見せた笑顔は、もしかすると......彼女なりの動揺なのかもしれなかった。

 死は、誰でも恐ろしいものだ。エレンは昔、死の一歩手前まで傷ついたことがあった。あの時彼女が感じたものは、恐らく誰にも理解することは出来ない。彼女も、死に対する恐怖は持ち合わせていることだろう。

 だけれども、彼女は今、その恐怖を乗り越えていた。いや、もしかすると......封じ込めていただけなのかもしれない。

 しかし、エレンは過去の記憶を胸に刻みながらも、ローガンと人生を共にすると決めた。彼の運命に、共に付き合うと。

 お世辞にも、それは良い選択とは一概には言えないだろう。

 今から彼女の主人がしようとしていることは、彼女にとっても彼にとっても、とても辛いものであるに違いない。救いの無い、旅路になるかもしれないのだから。

 それでも、エレンは彼と共に居たかった。彼がいるのなら、そんな恐怖や不安は消し飛ぶ。

 心も体も彼に捧げ、エレンは今から、共に旅立つのだ。

 

「......本当にいいんだな?」

「一度言ったことは取り消さない。私は、お前が死んでもお前と共に居たい。側に居たい。お前が......好きなんだ。使い魔と人間がそのような関係になれるわけが無いってことは分かってる。けど、私はそれでも、あなたが好きなんです。だから......」

 

 再びエレンは、ローガンに抱きついた。その瞳に、一筋の光が流れた。

 

「最後に私に、一番綺麗な思い出を下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 局内の動きは、慌ただしかった。

 それはそうだろう。つい先程までここで入院していたローガン・ハンニバルとその使い魔のエレンが唐突に消えたのだから。

 彼の病室は、片っ端から捜索された。そして、リンディは......二つの置き手紙を見つけるのだった。

 

 

 『辞表』と書かれた、封筒と共に。




作品の質向上のため、評価とかバンバンくださいです〜

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