聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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第7話 夜は優しく舞い降りて
1.


 自分は世界に見放されたのではないかと思えるくらい不気味な程に辺りは静まり返っていた。

 足元には、初体験の人には耐えられないくらいに形の奇妙な虫がいたり、ツル科の植物ではあるようだが一般的なそれとは似ても似つかない気持ちの悪い植物が辺り一帯に植生している。

 長い間、『あの日』から全く手入れをされていないので草は生え放題の居心地の悪い場所だ。

 地球にいた時の方がなお優しく感じるような夜に、黒い野戦服を着込んだローガンは溶け込んで、偵察に出たエレンの帰りを待っていた。

 何があっても対応出来るように息を殺せば懐かしい、キリギリスのようだが禍々しい虫の音が耳に響き、空からは鳥の鳴き声が谺する。明かりのないこの世界では、それが何なのかを確かめる術は無い。

 このような場所には、暗視ゴーグルは大いにその役目を果たしてくれる。ライト無しで数メートル先も見えはしないこの暗さでも、まるで真昼並みの明るい視界を提供してくれる。感覚さえ研ぎ澄ましていれば、隠れている敵にも気付ける。

 フランツ・カフカの著書『変身』の中に、こんな言葉がある。

 

 “夜である恐怖、夜でない恐怖”

 

 それが指し示す真の意味とは全く違うかもしれないが、今のこの状況はまさにそれだった。

 これほど暗くても、まだ夕方なのだ。これに関しては、『11年前』とは全く変わっていない。長い間ここの領主をしていた人間が、趣味趣向と防衛機能の強化を企てて、ある時設定した時間軸は、今のローガンにとっては少し厄介なものだった。

 夜であるということは、スコープに内蔵している暗視機能がなければ狙撃をすることは出来ない。さらに、今から閉所空間で活動することになるのに、暗視ゴーグルのおかげで視野が狭くなり、咄嗟の判断に遅れが生じる可能性もある。

 これだけ暗ければ、日中は寝ている生物たちも起きて活動を活発化させる。それこそ、あのハイエナよりも面倒な獣たちが、この世界には溢れるほどいる。もうあんな怪我はゴメンだ。

 この間噛まれた左腕に力を入れる。拳に力を込めたつもりなのだが、指先は微かに震えるだけで曲がることは無かった。腕の筋肉が、あの時ズタズタに引き裂かれたからだ。

 思わずため息をついた。左ならまだ良かったが、狙撃に支障が出ないか心配になり、ブーニーハットを深くかぶる。

 エレンの応急処置と衛生班の適切な対応が無ければ、今頃ローガンはこの世にはいない。あの毒は強烈なのだ。

 本来なら、病室で絶対安静でなければならないほど彼の怪我は深刻だった。それを少しの治療と根性だけで押しのけてここにいるローガンは一種の馬鹿とも言えよう。

 

「......それでも、やるしかないんだ」

 

 膝の上で、左手を右手で包み込み無理やり拳を作る。 俺には、まだやる事があるんだ。

 聞き覚えのある羽音を聞いて右腕を空に突き出すと、大きな猛禽がそこに留まった。エレンだ。偵察が終わったらしい。

 

「どうだ?」

「細かいのを抜きにして、この辺りには敵性生物は認められない。センサーにも反応は無かった。赤外線センサーでの屋内のスキャンもして見たが、今のところ敵はいないようだ」

「まあ、11年前から廃墟だしな。いてもらっちゃ困る」

 

 金色の瞳を見つめながら肩をすくめると、エレンは魔法陣を展開して人間モードに転換する。

 ローガンより10cm近く背の高い彼女を見上げると、暗視ゴーグル越しに空には厚い雲が広がっていることに気づく。

 鳥の鳴き声や虫の音もいつの間にか止んでいる。

 

「これは、一雨来そうだな」

「ここの世界じゃこれが普通さ。雨降らせて敵の戦意を挫くんだ。陰湿な“奴”らしいやり方だよ」

 

 薄く笑うと、エレンは全くだと肩を震わせた。

 初めてここに来るはずのエレンでも、この世界の異常さが分かってるようだ。

 そんな彼女の様子を見て、ローガンは思い出すかのように俯いた。心には、モヤモヤとした複雑な感情が過ぎっていた。

 

「......やっぱり、ここは嫌いか?」

「......そうじゃない。確かに懐かしい場所だ。この辺りも、『彼女たち』と共に走ったことがある。とても、楽しかった。でも同時に......忌々しい場所でもあるのは確かなんだ。二度と来たくは無かったんだけど......今日の日がいつか来ることは、あると思ってた」

「どうして?」

「何れにせよ、いつかは闇の書事件が発生することが分かっていたから。そうすれば、前の事件の時の情報を集めたりすることにもなるだろうから。......まぁ」

 

 エレンに肩を借りながら立ち上がったローガンは、目の前の崖からその先に続く広い大地......そして、その中にポツリと浮かぶ、一つの屋敷のようなものを懐かしげに睨んだ。

 

「こんなにも綺麗な形で残ってるとは、思いもしなかったんだけどな」

 

 屋敷の背景で、暗い雲の切れ間から光が一筋迸った。

 暗視ゴーグルでようやく見えるその館は、見た目は廃墟のように古ぼけているが、作りは昔と全く変わらず、そこにどうどうと鎮座していた。

 ローガンにとってそこは、『彼女たち』との大切な思い出の場所であり、同時に......全てを失い、解けることのない永遠の呪いを掛けられた、彼の全ての始まりの場所でもあった。

 ローガンの目尻が、鋭く尾を引いた。

 

「11年間、俺はあんたの呪いに耐えてきた。今度は、俺があんたの全てを奪う番だ」

 

 背中に背負っていたスナイパーライフルULR-24を手に持つと、コッキングレバーを引いて初弾を装填した。

 

「第11無人世界、俗称死の島......トートエンゼール。そして、あの日、俺の全てを奪った......『アルベルト・ヴェンスキー家旧宅』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベルト・ヴェンスキー。

 この第11無人世界がそうでなかった頃のこの世界の唯一の領主で、11年前の闇の書事件の主であった男の名前だ。

 彼は、闇の書の主として選ばれた後、その圧倒的な強さの欲にすぐ様守護騎士たちに蒐集を命じ、様々な世界の人間や動物を殺した......残虐な人間だった。その犠牲者と殺された生物の数は、確認できる歴代の闇の書事件のなかでも最も多い数値だったとか。

 昔からそのような性格であったらしく、ヴェンスキー家の当主に抜擢されてからは、ここに住んでいた者達を弾劾し、この世界を彼ひとりの住みやすい空間にしてしまったのだ。

 当然そのような行為を管理局が許すはずが無く、幾度となく局員を送り込んだが尽く失敗、その大半が帰ってくることは無かった。

 アルベルトは、闇の書の主に選ばれるだけあり、膨大な魔力量を誇り、なおかつ使用する魔法も特殊だった。

 あの見事な屋敷の構造からは分からないかもしれないが、ヴェンスキー家は代々『錬金術』を使う家系であった。この屋敷も、アルベルトが直々に作り上げたものだ。堅牢な壁や鉄骨も全て彼が1から作っている。ある意味でローガンのハンニバル式とも似通っているが、錬金術とハンニバル式とは全く似て非なるものである。

 そんなアルベルトは、闇の書の完成のためにどんな手も尽くしてきたが、闇の書完成間際という所で管理局の侵入を許し、捕まってしまった。まあご存知の通り、後にアースラ艦内で自分のリンカーコアを蒐集させることにより闇の書を完成させ、暴走させてしまい、彼自身は命を落としたのだが。

 事件後、管理局は闇の書の情報を探るためにこの屋敷を徹底的に家宅捜索。書斎やアルベルトの部屋を組まなく探したのだが、ついに見つかることは無かった。

 調査後なにも見つからなかったことを公表した管理局は、アルベルトは管理局突入以前にその闇の書事件に関する情報の一切を消去した、と報じた。

 ......だが、ローガンは知っていた。彼らが、大きな見落としをしていることに。

 

 

「......」

 

 屋敷の中に侵入したローガンは、暗視ゴーグルをしっかりと付けてHG-45を下ろしてゆっくりと進んだ。

 エレンには、脱出用に別世界の偵察に出てもらっている。今ここにいるのは、ローガンだけだ。

 重たい鉄製の扉を開けて中に入ったらまず目に止まったのは、金色の煌びやかな装飾品だった。シャンデリアだけでなく、赤や金でコーディネートされた壁に床。廊下にまで、美しさに目を向けた配慮がなされている。

 

(......変わってない。昔と)

 

 ローガンのその目には、ロウソクで照らされた美しい廊下の幻影が見えていた。

 あまりこの中を歩くということが無かった彼にはあまり馴染みのない場所だったが、『彼女たち』の計らいでたまに通っていたのを思い出す。

 懐かしさの中で、視界が半等身以上小さくなっているように思えた。

 廊下を足音を立てずに進んでいき、左右の木製の、長年の風化で蝶番から外れた扉を横目に真っ直ぐ進み、曲がり、階段を降りる。

 静粛性に優れているはずのブーツの裏が、床から離れる度にこの長い廊下を反芻する中、ふととある部屋が気になった。

 その部屋、というよりその扉は、ほかと比べると割と綺麗に磨かれていた。やはり古ぼけていて年季を感じさせるカビも生えていたが、そこだけ明らかにおかしいのは目に見えていた。

 アルベルトは、普段は掃除などしなかった。メイドか守護騎士に任せて、自分は専ら自分のことしか考えず過ごしていた。

 掃除を任されたメイドは部屋だけでなく扉も綺麗にしてくれていたのだが、1箇所だけ無駄に綺麗にするということは無いだろう。ということは、ここは故意にずっと磨かれ続けたのか......あるいは、魔法によって綺麗に保っていたのかのどちらかに違いない。

 

(......あいつらの部屋かな)

 

 大体の目星はついていた。

 壁に張り付き、外れることなくその機能を果たしていた扉のノブを開き、一気にしかし静かに中に突入。クリアリングし、誰もいないことを確認すると、その広い部屋に踏み入れる。

 大理石の床はこれも少しだけ皹が入っていたが、綺麗に保たれている。棚には、古代ベルカに関する書籍が並んでおり、その下の大きい机には何かを手入れするための道具のようなものが、ほぼ当時のまま残されていた。ここも、調査されていなかったのだろう。

 床に膝をつき、グローブを外して撫でる。

 

(やはり......彼女たちの部屋だ)

 

 確信したように立ち上がると、ローガンは書籍に目を向けた。そこには、古代ベルカの歴史書だったり、医学書だったり、兵器のことについての本も置いてあった。

 言わずもがな、守護騎士たちの部屋だった場所だ。

 

(ご丁寧に犬用の櫛まであるぞ)

 

 木製のそれを拾い上げて眺める。

 一体誰が使っていたのかは分からないが、それでも当時の状況を知る手掛かりになるかもしれない。思い出の品だったりするといけないので、とりあえずポーチに突っ込んでおく。

 さらに奥に進むと、これも木製の椅子が置いてあり、テーブルにはチェス盤のようなものが置いてあった。古代ベルカで流行っていた、チェスや日本の将棋に近い遊びだったそれは、駒と一緒にやはり残っている。ひとつ拾って眺めると、鉄で出来ていたことに気づく。これで、シグナムと誰かが遊んでいたのだろうか。

 

(......ん?)

 

 駒を置いたローガンの目に、他よりも小さなテーブルを見つけた。鏡の備え付けられたそれの下には、何やら宝石のようなものが数個置いてある。手に取ると、それは指輪とピアスだった。

 そして、そこにしゃがんだ。まるで隠すように置いてある......その下にある、何か長い紐のようなものを掴むとそれを引き抜いた。

 

「これは......!」

 

 あまりの驚きに、思わず声を上げてしまった。

 暗視ゴーグルを外してそれをまじまじと見つめる。黄色の細長いそれは、埃を被っていて薄汚くなっているが、紐にしては11年という歳月を綺麗に残りすぎだと思ったローガンは、その正体を知っていた。否......覚えていた。

 埃を払うと、それを抱き寄せるように胸に置いた。

 ......ああ、こんな所で眠っていたのか、お前は。

 忘れるはずもない。その紐は、ローガンが幼い頃に、覚えたてだったハンニバル式魔法で作り上げたリボン。そして、それは......ローガンが、いつも自分を励ましてくれた、シグナムのために作ったものだったのだから。

 

(......そうか、『あの後』彼女たちは......)

 

 このリボンがここに落ちた経緯を推測したローガンは、胸を痛めた。自分のせいで、彼女たちを余計苦しめてしまっていたのではないか。

 いや、事実そうなのだろう。そうしなければ、彼女たちは......“あんな結末”を迎えることはなかったはずだ。11年前に出会った大切な人たちは......今も、その苦しみを味わっているに違いない。

 そう思うと、いても立ってもいられなくなる。リボンをポーチに仕舞ったローガンは、立ち上がって部屋を出た。この部屋には、もう用はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷鳴が轟いていた。

 辺りは雷に照らされ、その全貌をフラッシュバックさせるが如くシグナムの瞳に映った。

 全く変わっていない風景にため息をついたヴィータが、相棒であるグラーフアイゼンを杖替わりに立ち尽くした。

 

「ここに来るのも、実質11年ぶりってことなんだっけ」

「ああ、そうみたいだな。眠っていて気づかなかっただけか......彼に、申し訳が立たないな」

 

 無垢な少年の笑顔を思い出し、シグナムは懐かしげに笑った。彼の笑顔を見ていると、自然と自分たちまで笑顔になっていたのを思い出す。

 そんなシグナムの様子を見て、彼女の隣でレーダーをチェックしていた湖の騎士シャマルが、手を止めて俯いた。

 

「......でも、彼の笑顔はときおり真意のわからないときがあったのよね。私たちには到底分からない、深いものが」

「......」

 

 その言葉は、たった1度の過ちで......彼を地獄にたたき落とした張本人と言っても過言ではないシグナムの心に深く突き刺さった。

 そんなつもりはなかったシャマルは慌てて弁解したが、シグナムは彼女がそんなことを言う人間ではないと信じているので、そこまで気にも留めなかった。

 が、彼女の犯した大きすぎる罪は、いつまでも消えることなく残り続ける。今もなお、こうしてシグナムの心を痛める原因となっているほどに。

 彼女は、幼かったローガンの全てを奪ってしまった。家族も。本来の心も。そして......未来も。

 それに、彼が生きていれば、あの男......前の主が闇の書の力を手に入れるために意図的に作り出した闇の書の、いわゆる『負の遺産』として苦しめられていることだろう。出来ることならば、昔のように、あの子の傍にいてあげて、その痛みも苦しみも和らげてあげたい。そして......『あの約束』を果たしてあげたい。

 彼は今、何処にいるのだろうか。

 

「......シグナム。ここで嘆いていても仕方がない。我々には、まだやるべき事があるだろう」

「ザフィーラ......」

 

 腕を組んだ大男、守護獣のザフィーラが低い声で言った。彼もまた、あの少年のために全てを尽くした者であった。

 

「そうね......私たちには、先にやるべき事があるわ」

「はやてを......助けなきゃならないんだよな」

 

 痛みを噛み締めるようにヴィータは呟いた。

 

「我々がここで止まれば、主はやてとも会うことが出来なくなる。その上、ローガンとの約束も、また果たすことができなくなる。闇の書の完成をすれば、ローガンを探すことだって出来るようになる。今は、我々の成すべきことをするしかない」

 

 ザフィーラの言うことももっともだった。

 守護騎士たちには、今の主、はやてを助けるという崇高なる理念と定めがあった。二兎を追う者は一兎をも得ず、ということわざがある通り、二つを追い求めれば、下手をすれば両方を失いかねる。そうなれば......彼女たちは、深い闇に引きずり込まれることになる。それだけは、嫌だった。

 

「......そうだな。ありがとう、ザフィーラ」

 

 息を吐いて、内に溜まった負の感情を晴らしたシグナムは、ゆっくりと立ち上がった。

 そうだ。こんなところで止まって入られない。はやてを助けるために闇の書を完成させ、ずっと静かに暮らすのだ。その後、彼を探せばいい。

 希望の沸いた彼女たちは、シャマルを囲むように立った。

 

「この近くには、魔力資質の高い獣が多く生息しています。それらから蒐集すれば、もっと効率よく稼げると思う。前のあのスナイパーも、さすがにこんなところまでは追ってこないでしょうし。管理局が反応してくるまで、結界は張らないでおくわ」

「ここなら、夜行性の動物たちを一層出来る。完成までひとっ飛びだ」

「ここに生息している生物たちは......何度となく戦ってきている。11年間放置されていたのだから、数は当然増えているはずだ」

「問題は、知ってのとおり......ここの動物たちの中には毒を持ってる個体もいることと、集団で攻めてくるから囲まれると面倒なことになること。これらさえ気をつければ、後は作業だ。我々は、ザフィーラの言う通り何度も奴らと対峙してきた。場数は踏んでいる。それでは、取り掛かろう」

 

 シグナムの合図と共に、彼女を除いた守護騎士たちは、光の尾を引きながら各方面へと飛び去っていった。

 1人取り残されたシグナムはふと、すぐそばにあった崖からこの広大な大地を見下ろした。

 こう見てみると、本当に昔と全く変わっていない。あの子と遊んだ庭先も、森も、そして......あの館も。何もかもが懐かしい。と同時に、それは彼女の胸を強く締め付けた。

 胸の前で拳を握った。この世界が無ければ、あの悲しい事実は消え去っていたのだろうか。出来ることならば、あの日に戻って全てをやり直したい。それができれば、どんなに嬉しいことか。

 ......少し、思い出して行こう。

 シグナムは、蒐集を前に別方向へと足を向けた。

 彼女の視線には、懐かしいあの館が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音と共に、あれだけ暗かった廊下が一瞬真昼のごとく明るくなった。

 鉄製の扉を爆破し鍵を壊したローガンは、その重たい扉を押し開いて中に突入した。当然のごとく、中には誰もいない。

 HG-45をレッグポーチに仕舞うと、暗視ゴーグルを外して腰からペン型のライトを取り出してスイッチを入れた。1000ルーメン越えのライトは明るく、この暗い部屋を照らしあげた。

 最初に目に入ったのは、縦に伸びた本棚に並べられた古代ベルカに関連する書物と、魔法薬学やヴェンスキー家の歴史書、そして錬金術の術式の書かれた書物だった。丁寧に手入れがしてあってなのだろうか、そのひとつひとつはとても綺麗に保管されており、相当古い文献でも傷一つなく残っていた。

 その中の1冊、緑色の背表紙で、古代ベルカ文字で『魔術公式』と書かれた本を手に取り開いてみると、そこには同じく古代ベルカ文字で書かれた術式とその説明、魔法陣の展開の仕方などが書かれてあった。が、錬金術には全くの無知であるローガンには、単なる訳の分からない文字の羅列にしか見えなかったからすぐに元に戻す。

 だが、これでここがアルベルトの書斎だった場所だと確信した。あの重たい鉄製の扉は、誰も入らないように管理局が設置したのだろう。

 ここに、ローガンの欲しがっている資料があるはずだ。

 もとより、旧体制の管理局の調査班は、恐らくアルベルトのような錬金術師の作り出した技術には到底適わなかったはずだ。彼は、錬金術に関して言えば、間違いなく天才の部類に入っていた男だ。アルベルトの錬金術で作り出されたものは、今でもなお調査が進められており、謎も解明されていない。ここにある本も調べられたのだが、元来古代ベルカ文字を読める人間なんてそうそういないため、解明の手助けにすらならなかったはずだ。

 そして、アルベルトの性格からして、彼は本当に大切なものはこんな誰でも入れて(当時のここの扉は木製でいつも鍵が開いていた)誰でも手に取れる場所に置くはずがない。この書籍たちだって、彼の持っていたもののほんの一部でしかないはずだ。

 アルベルトは、彼の正妻ですら自分に深く関与することを拒んでいた。そんな彼が、管理局に狙われていると分かっていても重要な書物を大っぴらに置いておくはずがないのだ。

 ということは、彼はどこかにまだ本を隠していることになる。それがあるのは恐らく、この部屋のどこかのはず......例えば、隠し部屋とかがあるはずだ。

 ライトを照らしてくまなく壁を探す。もしかすると、こういったところにスイッチのようなものがあるかもしれない。その期待に反して、壁にはどうやらそういった類のものはなさそうだ。

 

(何処だろう)

 

 ふと、本棚の上あたりにあった専門的な本の一覧に目を向けた。

 そこには、雑学や宇宙といった難しそうな本がずらりと並んでいたが、そのなかでも1番数が多かった......ミステリー系の本を手に取って中を覗いた。

 小説のような書き方のそれは、300ページ以上あったが、そのなかでも一際目に付いたのが、魔法に関するミステリーだった。そして、お目当ての情報を手に入れたローガンは......思わず笑みをこぼした。

 ......なんだ、意外と子供っぽい趣味持ってんじゃねぇか。

 全てを理解したローガンは、ちょうど彼の胸あたりの本1列をずらりと目を通す。その中で、1冊だけ背表紙に何も書かれていない本を見つけると、すかさずそれを『押し込んだ』。

 狙い過たず、その本はカチリという音と共に本棚の奥に吸い込まれていき、そしてギミックの組み合わせた歯車のような音を響かせて棚は動いていき、そして......そこに、扉が現れた。

 

(ビンゴ)

 

 ライトの光を小刻みに消したりつけたりしながらゆっくりと素早くクリアリングし、奥に到達すると......そこには、やはり思った通り、先ほどよりも大きくそして円柱状の部屋360度全てを囲むように本棚が配列されていた。

 その本たちは、外のよりも古めかしく、相当年季の入ったものに違いなかった。歴史書や魔道書の類も大量に羅列されている中で、ローガンはとある本を探していた。

 あの日から11年と11ヶ月。彼女たちを救うために研究と勉強を重ね、闇の書事件解決のための策をついに編み出した。その最終完成のためにどうしても必要な情報が、書かれた本である。

 このためにユーノから教わった探索魔法をフルで活用しながら、それに関係しそうなありとあらゆる本を漁った。

 数分、数十分と時間は過ぎていき、そしてもうじき1時間が経とうとしたとき......それは、見つかった。

 

「......あった」

 

 あまりの喜びに声を出すと、さっそくそれをじっくりと眺めた。

 それは、長年ローガンが欲してきた情報で、無限書庫にすら無かったとても貴重な情報だ。これをオークションにでも出せばとんでもない額で売れたりするというわけではない。しかし、彼にとってこの本は、それにも値する程に素晴らしい価値を持っていた。

 

「......これで、全てが完成する」

 

 にやけ顔を浮かばせながら、スナイパーライフルULR-24を立てかけて背中のバックパックからノートパソコンを取り出すと、地面において電源をつけた。マイクロチップを入れ、起動と同時に情報を整理すると、その本の1番大事なページを開いた。

 ......ようやく、全てを始められるんだ。

 その高揚感にキーボードを叩く手が震える。彼女たちを、ようやくその苦しみから開放できるのだ。そう思えば、11年という膨大な時間は、決して無駄ではないことが実感できた。

 

 そして......時は進む。

 やるべき作業を終えたローガンは、完成したマイクロチップを取り出すと、涙とともにそれを抱きしめた。

 ようやく、完成した。11年前のあの日から、彼女たちを救うために生きてきた。このマイクロチップを作るために、血のにじむような努力をしてきた。全ては、あの日......あの約束をした日のために。

 パソコンを閉じてバックパックに仕舞ったローガンは、警戒を継続させながらHG-45を構えて書斎を出た。ここにはもう、用はないのだ。

 あとは帰るだけだ。そして、闇の書事件を終わらせる。そのためのプランは、もう考えつていた。

 廊下をゆっくりと進み、先ほど降りてきた階段を登ろうと足を掛けた、その時だった。

 

「......」

 

 妙な違和感を覚えると、ローガンはふと後ろを振り返った。

 そこは、昔......何度となく通った場所であったことは、来た時から気づいていた。だけれども、どうしてかこの先に、何かがあるような気がして、心のどこかに引っ掛かりを覚えたのだ。

 ......敵かもしれない。

 ローガンの緊張は一気に高まる。こんなところでエンカウントしたくはないのだが、帰投する際に支障が出るならば、先に排除しておきたかった。

 違和感を感じる方向に神経を最大に研ぎ澄ませて歩く。僅かな足音も出さず、どこから襲われてもカバー出来るように数歩数歩で体の角度を変えながら、ゆっくりと移動する。

 すると、目の前に見覚えのある巨大な扉が現れた。鍵は締まっておらず、重たそうな外見とは裏腹に少しの力だけで開いた扉にやはり違和感を感じながら、ゆっくりとそれを開き、中をクリアリングする。

 ......クリア。

 心の中でそう呟くと、ローガンはHG-45の銃口を下げた。

 

(杞憂だったかな)

 

 軽く息を吐いて、ローガンは拳銃をホルスターに仕舞い、そこを去ろうとした。

 だが、そこでやはり......心のどこかに引っ掛かりを覚えた。

 何故だろう。ここは、どうしてか俺の心を引きつける。いや、これは......恐怖?不安?いつだって、そんな感情は捨て去ってきたじゃないか。

 そう言い聞かせつつも、心は正直に体にそれらを震えとして伝えていた。

 一帯、なんだと言うのだろうか。今、ローガンの心は恐怖に囚われている。寒気も感じてくるほどに、今この部屋という空間が、彼にとってはとてつもなく恐ろしいものに感じた。

 おかしい。こんなに恐怖を感じたのはいつだろうか。11年前の......『あの実験』以来だろうか。

 

「......まさか!?」

 

 そのワードが出てきた瞬間、ローガンの頭の中で、今まで浮かんでいたモヤモヤとした不思議な恐怖が晴れた。

 天井近くにあった窓から、雷の光が差し込む。それが映し出したのは......

 

 鉄製の錆びた檻。地面にはボロボロになった木の板が置かれており、鉄製の柱には古びた手錠や千切れた縄が掛けてある。ベッド替わりに置いてあったのだろうその鉄製のテーブルのようなものは、“小さい子供であれば誰でも乗れる”ほどの大きさであった。

 

 ......そんな。

 

 それは、ローガンにとって......良くも悪くも、最も見慣れたものだった。

 

 ......そんなそんなそんな。

 

 彼女たちが話しかけてくれる時、いつも僕に悲しそうな瞳を向けていた。その宝石のように美しい瞳に、涙を浮かべながら。

 

 ......そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな。

 

 そして、辛い暴力にいつもそこに寝ていた僕に、手を差し伸べてくれるんだ。どんなに辛い時でも、諦めるな、と。

 

 

 

 

 ......そんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんな!!

 

 

「......うっ...ぐっ..................!!」

 

 胃袋がひっくり返るような痛みに、思わず全てを吐き出した。

 思い出した。いや、正確には“思いだして”しまった。

 どうして忘れていたのだろうか。忘れても当然だったのだろうその事実を。しかし、彼にとって......あの時代の悲劇そのものを証明する、地獄を。

 彼の目の前にあるその檻は......

 

 

 

 

 11年前、ローガンが9歳だった頃に住まわされていた、檻だったのだから。

 

 

 

 

 あまりのショックに、言葉が出ない。思わずホルスターの拳銃をどこにでも撃ちまくりたくなるような衝動に駆られたが、なんとか抑えた。

 しかし、不幸というものは、連続で続くものなのだろうか。

 

「......おい、貴様。こんな所で何をやっている?」

「っ!!」

 

 凛々しくも美しい女性の声に、ローガンは素早くHG-45を抜いてその声の主に向けた。シルエットが見える。だが、暗すぎて容姿は見えない。暗視ゴーグル越しに、長い一振りの剣が見えた。

 

「ここは、私と......守護騎士たちと、そしてある少年との思い出の場所だ。ここを荒らそうとするような無粋な者は......」

 

 女性のドスの効いた声が静かな空間に谺した。

 その時、ローガンの真上の窓から再び雷鳴と閃光が轟き、その女性の顔を照らした。その女性とは......。

 

「っ......!」

「叩き切るまでだ」

 

 

 

 

 

 

 11年前、ここで共に地獄を過ごしてきた、彼の大切な人......守護騎士が将、シグナムだった。




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