聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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それはそうと、さっそくながら謝辞をば。
今回、血に染まったバレンタインになりそうです(
甘い日にこんなシリアスなの投稿して果たしていいのだろうか......


2.

「そうか......行ったか」

 

 リーゼロッテの報告を聞き終えると、グレアムは穏やかな笑みを浮かべ、湯気のたつティーカップに口をつけた。

 彼の大切な部下であり、息子のような存在でもあったローガンが、つい先程忽然と姿を消した。その後の行方は知れず、本局内での彼の部屋の机の上には、二つの辞表と書かれた封筒が残されていたのだという。局内は大騒ぎで、その報告を聞いた彼の部下達が驚いて彼らの上官に問い詰めるという事象が多く発生しているようだ。

 もっとも、ここにいるグレアムと、リンディの夫で昔ローガンに助けられたクライド、リーゼロッテとアリア姉妹には、その事実の裏のことについては、もはや周知の通りとなっていた。彼には、大きな借りがあった。

 

「となると、手がかりは見つけたということでしょうね」

「だろうな。今まで、管理局の調査でも判明することのなかった、闇の書事件の根本的解決の方法と、その実行。恐らく、我々にしてやれることは、後ろから背中を押してやることくらいのものだろうな」

「できる限りのことは、してあげましょう。彼の目標でもあり生きがいでもあり、そして全てでもある、前回の闇の書事件のときにあったことを精算するために。私も、彼に救われましたから」

 

 白い磁器のティーカップを口元に運びながら、クライドはあの時からの彼との思い出の日々を思い出す。

 あの事件のとき、彼には全く自覚が無かったそうだが、図らずとも、クライドは彼に命を救われている。闇の書の暴走が始まったときのことだ。あの絶望と恐怖は、今思い出しただけでも身震いをしてしまいたくなるほどだった。

 死者数は、32人。厳重に封印したはずの闇の書は、闇の書確保と同時に逮捕した当時の闇の書の主、アルベルト・ヴェンスキーのリンカーコアを蒐集することによって完成し、暴走を開始した。警備にあたっていた局員2名を手始めに手をかけ、そしてそれはアースラ艦内を凄まじいスピードで浸食を始めた。

 ついに、諸事情で艦内の医務室にいたクライドとリンディのところまで到達。あと数メートルで巻き込まれる、といった所で......2人は、少年に救われた。

 

「......あれから、もう11年も経ったか」

「はい。あの時、私は多くの部下を失いました。ですが、彼が被ったものは、言うのは申し訳ないのですが、私の負った傷よりも酷く、たかだか9歳の少年にはあまりにも重すぎる現実だったはずです。あの時の彼の悲しげな表情は、今でも忘れられません」

 

 懐かしげに口元を綻ばせたクライドは、まだ中身の残っているコーヒーに映る自分を眺めた。

 あのとき受けた恩を、返すことができただろうか。自分たちは、彼を元気づけたり楽しませたりすることが出来たのだろうか。

 彼は、クライドたちの知りえない大きな荷物を背負っている。それも、1人の青年が抱えるには重すぎる、あまりにも悲惨すぎる運命が詰まったものを。

 今まで、彼を救ってあげようと努力してきた。彼の成そうとしていることを全力でサポートしようとしてきた。だが、彼のために出来たことは、果たしてあったのだろうか。

 そのことは、グレアムとて分かっていた。無論、2人の使い魔、リーゼロッテとアリアも。

 

「......いずれにせよ、物理的に我々に出来ることは無いんだ。今は、彼の思うようにさせるしかない」

「私も同感です。ローガンなら、失敗なんてしませんよ。彼はとても情に熱く、助けを必要としている人には必ず手を差し伸べます」

 

 アリアは、無表情のまま空になったクライドのカップに少し多めに紅茶に注いだ。

 

「私たちだって、彼のために何かしてあげたいですよ。でも、彼はこの重責を1人で負うつもりです。誰にも助けられることなく。唯一、エレンだけを除いて」

「エレン君、か。彼女がローガンの使い魔になった時からだったか......彼が、あんなに穏やかな笑みを見せるようになったのは」

 

 カップを皿に置いたグレアムは、壁に掛けてあった1枚の写真を見た。そこには、笑みと共に立つローガンとエレン......そして、共に映る自分の姿があった。

 

「......そういえば彼女も、ローガンに助けられた使い魔......いや、者の1人でしたね」

「あの治らないと言われた発作が鳴りを止まして普通に過ごせるようになれたのも、彼女の支えがあったからだろうな」

「エレン、お節介者でしたからね」

 

 エレンの主人愛は管理局でもかなり有名な話となっている。

 背が高いし美人だし、しかし誰にも靡かず片時もローガンの側から離れることは無かった。そのおかげで、彼は言われ用もないからかいを受けていたのだけれども。

 しかし、そんな彼女がいたからこそ今のローガンがいるといっても過言ではないだろう。

 彼の健康や魔法の使用量もちゃんと毎日チェックし、怪我をしたらすぐに介抱してたり。傍目から見れば過保護とも言えないこともないほどに、彼女はローガンのことをいつも気にかけていた。普段はおしどり夫婦。任務に出れば最強のスナイパー。そんな肩書きが、いつの間にやら語られ始めたのも昔の話ではない。

 

「彼女だからこそ、彼を支えられるんだ。ローガンも、1度救った命を無駄にはさせないだろう。......我々も、彼女のように手伝ってやれればな」

「......嘆いている暇なんてありません、父様。ローガンには、やらねばならないことがありますから。彼の全てを賭けてまでやらねばならないことが」

「そのためにも、私たちが影で支えてあげなければならないんですね」

 

 アリアの視線に答えるように立ち上がったクライドは、制服のネクタイを締め直した。

 

「では、グレアム提督。私は“例のこと”を済ませてきます」

「うむ。では、そちらも頼むぞ」

 

 そう答えたクライドは、グレアムに敬礼を向け、退出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な室内をまるで昼間のように火花が彩り、風切り音と同時に過激な金属音が静寂を突き破る。

 

「ハアぁぁぁっ!!」

「ッ......!」

 

 シグナムの鋭い突きをナイフ1本で受け流し、この黒い服の男は刃を添わせて彼女の喉元に切っ先滑らせる。

 短刀の戦士と戦った経験がないシグナムにとっては、こんなにも接近してくる彼の一撃を避けることが精一杯だった。

 体を仰け反らせて一閃を躱す。

 しかしそれを分かっていたかのように男は一瞬の判断でこちらに詰め寄り追撃の突きを放つ。

 ギリギリのところで体を反らし、紙一重で通り抜けて行くナイフの刃を見つめた。

 ......やりにくい!

 体制を立て直さなければこの男の有利なままだ。バックステップで彼との以外の間隔を開くと、シグナムはレヴァンティンを鞘に仕舞った。カートリッジをロードして、必殺の紫電一閃で防御ごと一気に振り捨ててしまおうと画策したのだ。

 見たところ、この男が着ている黒い服はバリアジャケットではない。魔力の放出を抑えるための特殊な加工が成されているように思えた。

 だから、シャマルがこの一帯をサーチしたのにこの男は見つからなかった。精度に自信のある彼女のレーダーをだ。それはつまり、この男があの例のスナイパーだということを明確に暗示していた。

 魔力の放出をできるだけ抑え、ステルス性を向上させる。道理で今まで姿を確認することが出来なかったわけだ。だが、今まで姿を見せずに自分たちを苦しめ続けたスナイパーは、目の前にいる。クロスレンジなら、負ける気はしない。

 鍔迫り合いを押し返して切り離し、広報に下がる。そして、レヴァンティンの刀身を鞘に収め......。

 

「紫電......いっ......っ!?」

 

 戦士としての勘かあるいは生けるものとしての一瞬の怯みがそうさせたのか、シグナムは無意識に体を反らせていた。今まで幾度となく聞いてきた、あの凄まじい風切り音が今しがた自分のいた場所を通過していくのを、バック転しながら感じた。

 ......今の一瞬で構えたのか!?

 男の手元から、カシャコン、と金属部の作動する音が聞こえ、金属の響く音が不思議な程に空間隅々まで響き渡った。

 この男は、今までずっと自分たちを苦しめてきた弾丸を放ったようだ。それも、何の予備動作も無く、シグナムに気付かれずに。

 この男、シグナムの思っていたよりもずっと強く、そして今まで相手してきた敵のなかでも群を抜いて危険だ。そう直感した。

 

「っ......ぁああああッ!!」

 

 雄叫びと共に、シグナムは男に斬り掛かる。

 こいつがいれば、自分たちの蒐集に影響が出る。蒐集に影響が出れば、彼女たちの愛する主......はやてを救うことが出来なくなる。

 そしてそれは......11年前に、あの約束を結んだ少年との約束も果たせない、ということだ。それだけは、絶対に嫌だ。

 

「......!」

 

 横薙ぎに切り結ぶその切っ先をバック転でひらりと躱した男は、シグナムから距離を取る。あの長いやつをつかう気だ。

 そうはさせまいと体のありとあらゆる筋肉を駆使して彼がそれを構えるより先に距離を詰める。

 

「ハァっ!!」

 

 体の捻りをふんだんに応用し、シグナムは彼にむけて斜めに斬り掛かる。さすがの男も反応が遅れたのか、構えようとしていたその武器でレヴァンティンの刃に対抗させようとした。

 だが、レヴァンティンの刃はやすやすと彼のそれをぶった斬り、奇怪な金属音と共に真っ二つに両断してしまった。

 男自身はまだ健在のようだ。暗くて表情がよく見えないが、きっと驚愕の色に染めているに違いない。

 ......いける!

 手首を返し、同じ方向に切り上げようとさらに踏み込んだ。それが、甘かった。

 

 バス、バスッ!!

 

 そんな野太い爆発音と共に、シグナムは体をくの時に強制的に曲げらされ、あまりの衝撃に苦悶の声が腹から滲み出た。

 吹き飛ばされたシグナムは懐かしい黒い檻にぶち当たり、糸の切れたマリオネットのように地面に落ちた。

 痛みの激しい腹部をゆっくりと触ってみた。傷は無く、騎士甲冑の破損も見当たらない。出血の心配は要らないようだ。

 

「ぐぅっ......!!」

 

 必死に痛みに耐え、立ち上がったシグナムの目の前には、もうあの男はいなかった。奥の扉が微かに軋む音が聞こえた。逃げたのだろう。

 一安心、とは行かなかった。なにせ、ここは自分と騎士たち......そして、あの少年との思い出の場所なのだ。ここはある意味で忌まわしき場所ではあったが、見知らぬ人間に土足で入られては嫌だった。

 

「......あいつは、必ず仕留める......!」

 

 ギリ、と歯ぎしりを響かせたシグナムは、あの男を追って扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......間一髪だった。

 よろける足を引きずりながら、ローガンはようやくのことであの地下牢から抜け出し、昔は宴会を行っていたホールの端にある柱の根元にぐったりと座り込み、握っていたHG-45とサバイバルナイフを眺めた。

 ずっと強いとは思っていたが、シグナムの強さは予想していたその範疇を凌駕していた。

 まあスナイパーライフルで接近戦をしようなんて考えること自体がおかしな話ではあったが、あのときはいけると思っていた。が、そんなことはなかった。

 相手は、こちらが構えるよりもずっと速くこちらに肉薄し、メインウエポンであったULR-24を真っ二つにぶった斬ってしまったのだ。剛性にはかなり自身があった方なのだが、やはり古代ベルカの技術の結晶には少しだけ届かなかったようだ。あんなのと互角に渡り合えるフェイトを初めて賞賛した。

 とにかく、こっちの手元にあるのはHG-45とサバイバルナイフ、閃光手榴弾だけだ。

 HG-45は45口径弾を使っているから威力は申し分ない。先ほど咄嗟の機転でこれを抜いて引き金を引いたのはもはや神がかり的だった。長年戦場を経験していたからこそなせる技に違いない。

 ナイフの刃を指でなぞると、多少の刃こぼれはあったが、致命的ではなさそうだ。これなら、まだ保つ。

 エレンの支援は期待出来ない。彼女は今別世界にいて、探知を避けるために無線封鎖もしている。連絡は付かない。対して向こうは、シグナムだけでなくもう3人いる。早めにここを出ないと、応援が来られてはまずい。

 ......いや、もう近くにいるかもしれない。

 こうしてはいられない。早く、ここから脱出しなければ。

 身の危険を感じ伏せたのはその瞬間だった。今まで自分の首があった場所が一閃され、切断されたのを見て、背筋が凍りついた。シグナムは、こっちの位置を見切っていたのだ。

 

「どこへも逃がさんぞ。我らには、成さねばならないことがある。そのためにも......お前は、ここで殺す」

 

 ......確実に殺す気で来てるぞ、こいつ!

 暗視ゴーグルのお陰で、彼女の瞳がその本気さを物語っていた。初めて、このゴーグルをぶっ壊そうと思ったのだが、こいつが無ければ彼女に瞬殺される。

 シグナムは恐らくこちらがそんなに見えていない。それを経験と感覚で補っているだけだ。正直正面からサシで戦って勝てる相手ではないとおもっているのだが、勝機は必ずある。

 ナイフとHG-45を構え、彼女の隙を突くためなるべく速く距離を詰め、ナイフを彼女の胸元に突き立てる。無論、シグナムとてそれを見逃すほど愚かではない。驚きの表情を見せたがすぐに体を捻り、一撃を避ける。

 なんとか追い払おうと今度は鞘で殴打してくるが、下をくぐり抜けて足を狙う。

 横凪ぎに払ったつもりがナイフは虚空を切り結び、上からの一撃をもらう寸前で横に滑る。シグナムの剣の切っ先が美しい装飾の施された地面に突き刺さる。

 逃さず追撃。彼女の腹部を狙いナイフを凪ぐ。

 

「くっ......!」

 

 苦悶の表情で辛くも回避。大きく後ろに下がろうとするいつもの癖を見逃さず、右手のHG-45をシグナムに向けて、引き金を引いた。

 ズガン、という反動を軽減させながら放った45口径弾は狙い過たずシグナムの右足に命中。ぐらりとバランスを崩した瞬間に彼女の脇腹を蹴って引き離した。

 ローガンは知っていた。いくら近接戦闘に慣れ親しんでいる彼女といえども、極端に近づけば動きにくくなるということを。

 レンズの焦点距離と同じように、彼女にもピッタリの間合いというものがある。しかし、その焦点距離からさらに近づいた場合、出来上がる像はピントの合わない大きな像......いわゆる虚像となる。

 シグナムのレヴァンティンは刀身約120cm。対してローガンのナイフは25cm。さらに距離が離れれば、こんどは45口径で追撃ができる。

 記憶が正しければ、シグナムはあまり射撃魔法は得意ではなかったはずだ。さらにそれに加えて視界状況も極端に悪い。これなら何とかなるはずだ。

 この戦い、長引けば長引くほどこちらにはとことん不利になる。なるべく早く決着をつけるか、彼女から逃げるかしなければこちらに勝ち目はない。

 もしかすると、向こうの作業が予定より早く終わったエレンがこっちを心配してこちらに来てくれるということがあるかもしれないが、不確定要素の多いこの盤面ではあまり期待はできない。いずれにせよ、自らの力でどうにかするしかないのだ。

 

「くっ......。お前さえいなければ、私たちは闇の書を完成させられるんだ......だから、邪魔を......っ!!」

 

 いつの間にか、シグナムはレヴァンティンを鞘にしまっていた。そして、ガチャン、という音を響かせてカートリッジをリロードし......

 

「するなぁぁぁぁっ!!」

 

 刀身を真っ赤な焔を迸らせて、一瞬でこっちに肉薄していた。

 ......まずいっ!!

 焦ってHG-45の銃口をシグナムに狙いもつけずに向け、引き金に指を掛けた。彼女が今にも刀身を振り下ろさんとしたところで引き金を引くと、弾丸は彼女の鳩尾部分に直撃。切っ先がこっちに当たる直前で吹き飛ばされた。

 

「がっ......!?」

 

 叫びと共に、シグナムは地面に落ちていたテーブルの一部や椅子を巻き込みながら地面を転がり、そして止まったときには動く事は無かった。気絶したようだ。

 彼女のレヴァンティンの刀身から、焔が消えた。

 ......危なかった。

 まさに間一髪。少し前に貰いかけたあの一撃といいいまの一撃といい、どちらにしろ彼女は守護騎士たちの将であった。流石、剣の腕前はとんでもないものだった。

 神経を研ぎ澄ませて挑んでいたが、逆にすり減っていくようで、勝つか負けるかの判断が全く出来なかった。いけるか、と思えばこっちに猛烈な反撃を食らわせてくる。バリアジャケットのないローガンは、彼女の一撃を食らえば即死に繋がる。フェイトやなのはのように、何度も戦うことはできない。

 彼女も彼女でこちらを本気で殺しにきていた。手加減など全く無かっただろう。スタン設定なんて生ぬるいことは絶対にしない。

 それでいて勝てたのは奇跡とも言えた。状況と装備の違いが、勝敗を分けた理由だろう。

 ともかく、壁を乗り越えたあとはすぐにここから逃げなければならない。シグナムの通信が途絶えたことを知った他の騎士たちがここにやって来るはずだ。数で囲まれれば、こちらには勝ち目などない。

 ......時間は......18時52分か。集合時刻まであと8分。

 腕時計を見て、ローガンはHG-45のマガジンを交換した。

 そろそろエレンの作業も終わっているはずだ。あとは合流して、ここの世界から脱出するだけだ。

 

「......何処へ行くつもりだ?」

「っ......!?」

 

 唐突に後ろから放たれたその言葉に、思わず竦みそうになりながらも頭を下げた。上を風切り音が通り抜ける。

 前転の要領で声から離れて、HG-45を彼女に向けた。シグナムは、しぶとくもまだ戦えるようだ。

 放ったエアーショック弾は、急所であるはずの鳩尾を正確に捉えたはずだった。あそこに当たればどんな大男でもたちまち地面に額を落として動かなくなる。

 だが彼女は、未だに地面に足を付いている。

 ......耐えたのかよ、あの一撃に!?

 

「っ......!?」

 

 引き金に指を掛けた。だが、突如として周りに現れた緑色に発光する魔力の糸が腕に絡み付いてその動きを封じ込めた。

 

「捕まえ......た!!」

 

 真後ろの闇から別の女性の声が聞こえた瞬間、ローガンの体はその糸に引っ張られるように真上に引き込まれ、ぶら下げられた。

 糸が腕にくい込み、悲鳴をあげる。

 

「今よ、ヴィータちゃん!」

「オッケー、ナイスシャマル!!」

 

 そのこ声とともに、天井付近についていた夜空を楽しむために設けられたガラスが割れる。それを合図に、弾丸のようなスピードでこっちに小さな少女が突っ込んでくる。その手には......ハンマーのようなものが握られていた。

 ......ヤバイっ!!

 左手に握っていたナイフを手首の回転だけで回し、糸を切断し落下。瞬間、そのハンマーを持った少女の一撃が虚空を空ぶった。

 足のクッションを利用して地面にソフトに落下。反撃のためにHG-45をあのハンマーを持った少女に向け、引き金に指を乗せた。真横から、雄叫びが聞こえた。

 

「でやあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「っ!?」

 

 咄嗟に体を転がして前に躱すと、そこを見たことないくらいに大きな大男が拳だけで地面に穴を開けていた。あのままだったら、今頃ローガンはペシャンコに潰されていただろう。

 

「よそ見してんじゃねえよ!!」

 

 数秒その光景に釘付けにされていたようで、真後ろからの少女の凄みの効いた声で我に返り、彼女のハンマーの一撃を足の裏で止め、逆の足で真上に繰り返す。

 

「なっ......!?」

 

 その反動で滞空したまま、ローガンは体を捻り少女を蹴飛ばす。防がれたものの、遠くに飛ばすことはできた。そして、静寂が訪れる。

 1対4。ローガンの恐れていた光景が、そこにはあった。

 もうこれで、勝てる見込みなど無くなった。残された生き残る道は、彼女たちを撒いて逃げるか......降伏するか。

 生唾を飲んだ。その音が辺りに響き渡るようにも感じられるほど、ローガンは緊張していた。辺りから浴びせかけられる殺気。少しでも動けば殺されるんじゃないかという恐怖。

 もはや、1歩も動けなかった。

 ......さあ、どうするか?

 この状況を抜け出すために、自分は何をすればいいか?それすらも考えが付かないほどに、思考は硬直化していた。

 相手は、歴戦の守護騎士たち。そして......ローガンの、救わなければならない者達。

 できれば傷つけたくない。彼女たちと争いたくない。しかし、状況はそんな甘い考えを許してはくれないだろう。

 今この状態を抜け出すには......彼女たちの思い浮かばないような、何か派手な作戦が必要だ。

 

「......どうした?怖くて動けないのか?」

 

 真後ろにいたハンマーを持った少女が煽るように激を飛ばす。が、応じないローガン。無闇に誘いに乗れば、死ぬ。

 あの少女の性格はどんなものだったか?攻撃手段は?それを考えると彼女はここからどうしてくるか?

 一瞬の間に判断をつけたローガンは、HG-45のグリップを軽く握り直した。

 

「そうか......ビビって動けないのか。じゃあ、こっちから......行くぜ!!」

「!!」

 

 時は満ちた。少女が地面を蹴ると同時に他の騎士たち、後方支援役の女性を除いて全員がローガンに向けて走り出す。

 少女は一瞬のうちにローガンに肉薄し、ハンマーをこちらに向けて凪いでいた。

 ......予想していた通りだ!

 少女の一撃を避けるとローガンは、腰のポーチにぶら下げておいた閃光手榴弾に手を伸ばし、一瞬でピンを抜いて地面に落とした。

 耳をしっかりと塞ぎ、目をきゅっと閉じた。そして......閃光弾は、爆発した。

 

「なっ!?」

「ぐっ......!?」

「な、何っ!?」

「目潰しかっ......!」

 

 騎士たちの呻きは、ローガンには聞こえなかった。恐らく目と耳を同時に奪われているはずだ。

 地面に着地したローガンは、まずは1番ダメージの通りやすい小柄なあの少女に向けて45口径を放った。

 

「うぁっ!」

 

 少女は簡単に吹き飛ばされ、近くの柱に衝突した。

 ......次っ!

 

「ぐっ......ウオオオオオアアアーーーッ!」

 

 大柄の男に照準をつけた瞬間、そいつがかなりのタフなやつだったということを身をもって思い出した。

 咆哮をあげたと思ったら、こっちが銃口を向けていることもお構い無しに突っ込んできたのだ!

 

「くっ......!」

 

 躊躇いなく引き金を引いた。凄まじい反動が腕を襲い、彼の鳩尾部分に狙い通りヒットした。......だが。

 

「ぐっ......うおぉぉぉぉぁぁぁあああっ!!」

 

 大男は、その着弾の凄まじい衝撃に何と耐えてしまった。そして、その勢いを緩ますことなくこちらに肉薄し......その巨大な拳をこちらに向け、構えた。

 あの拳は、地面を抉るほどの力を持っている。あれに当たればひとたまりも無い。

 

「......!」

 

 焦らずに、相手の拳の機動を読んだローガンは、紙一重でこの重撃を躱し、右頬を擦り切る。そして、その勢いをそのまま利用させてもらい、大男の顎に手のひらをぶち当てる。勢いを顎の一箇所で止められた大男の体は、ローガンの力の配分の微調整のおかげで軽々と浮かび上がり、そして......地面に叩きつけられた。

 

「ザフィーラっ!」

 

 シグナムの叫びが聞こえる。彼女はまだ閃光弾の衝撃から立て直していない。

 やるなら、今しかない。

 

「っ......!」

「っ!?」

 

 持てる全力で、ローガンは足を駆動させ、シグナムの元に詰める。

 それに気付いたシグナムは、咄嗟の判断でレヴァンティンを構え、刺突のため切っ先を引いていた。しかし、彼女がそれを繰り出す前にローガンのスタン設定を施したナイフが彼女の首元に命中するだろう。勝ちは、確定だった。

 シグナムの首元とナイフが近づく。これが当たれば、シグナムの体に電撃が走り、昏倒する。

 ナイフが彼女に当たる寸前。

 

 脳裏に、シグナムの優しい笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾプッと、不気味な程に重い音がホールに響いた。

 それが何の音か、シグナムには理解出来ていなかった。あのナイフが、自分の喉に刺さったのだろうか?そうであれば、こうしてシグナムは思考を及ばせることは出来ていないだろう。

 

「......?」

 

 ふと目の前を見ると、視界が何者かによって遮られていた。

 そこまで大きくないが、自分たちを倒すのに造作もないほど中肉中背の、男の体が。そして、彼からは......どうしてか、懐かしい匂いがした。

 地面に、水音が響く。気づけば、自分の手元......いや、目の前からそれは聞こえていた。

 その音に、シグナムは聞き覚えがあった。

 

「シグ......ナ、ム......」

 

 目の前の男は、どうやって知ったのか、何故か聞き覚えのある声で自分の名前を呼ぶと、力なくシグナムの胸元に糸の切れたマリオネットのように、落ちた。

 ......私は、やったのか?

 

「シグナム!」

「平気か!?」

 

 心配そうにこちらに駆け寄ってきたヴィータとシャマルに、シグナムは力無く答えた。

 今しがた何が起こったのか、全く理解が出来なかった。

 あの激しい閃光で目を奪われたシグナムは、目の前にこの男がナイフを構えて突っ込んでくるのが見えた。咄嗟にレヴァンティンを突き出したものの、彼の方が速く、当たらないと直感した。しかし......倒れたのは、彼の方だった。

 シグナムは男を地面に横たえさせると、レヴァンティンを男の胸から抜いた。苦悶の声が滲み出され、地面に血溜まりが出来上がる。

 彼はこれで、死ぬだろう。

 今まで自分たちを苦しめてきたスナイパーは、今、こうして......。

 

「......いずれにせよ、勝利か」

 

 誰にも聞こえないように呟いたシグナムは、レヴァンティンを鞘に仕舞った。勝ったのだ。

 しかしシグナムの心は、どうしてか......素直に喜べなかった。何か得体の知れない不吉な塊が、シグナムの胸をずっと停滞し、「何かがおかしい」と警告にも似た声をかけ続けている。

 

「シグナム......?」

「......」

 

 自分たちを祝福するように、雲が晴れていき、月がシグナムたちを照らした。

 ふと、決着がつく寸前を思い返す。

 あのとき、シグナムは確実に負けたと思った。だけれども、彼の瞳を見た時......何故だか分からないが、妙に懐かしいものを覚えた。そう......昔、何処かで会ったことがあるかのような錯覚に陥ったのだ。

 どうしてか香った、懐かしい匂い。どうしてか聞き覚えある声。そして......どうしてか、見覚えのある瞳。

 

「......まさか」

 

 冷や汗のようなものを覚えた。何故だろう、とてつもなく、嫌な感じがする。この拭えない重苦しい気持ちはなんだ?

 仰向けに倒れていた男を、抱き起こした。

 その時、雲が全て流れていき、夜空を綺麗な星空が彩った。月の恐ろしいほどの明るさが、シグナムと......その青年を、照らすのだった。

 

「そ......そんな............」

 

 その月夜は、柔らかくシグナムたちを映し出した。

 嘘だ。そんなはずない。

 だって、彼は......体が弱かったはずだ。

 

「嘘だ......嘘だ......」

 

 その青年の腕時計のアラームが鳴り響いた。月夜が優しく、青年の顔を照らした。そして、その青年の顔が......しっかりと見えた。

 シグナムの心の中で、警告は確信へと変わった。

 

 黒い瞳。黒い髪。そして、大きくなっても全く変わることのない、その優しい表情。

 その青年は......

 

 

 11年前、シグナムたちと共に地獄を過ごし、あの約束を結んだ、あの時の少年......ローガンだった。




作品の質向上のため、評価を下さいな〜。悪いところとか直すべきところがあれば、コメントも下さると大変嬉しいです。
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