聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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学級閉鎖なう。テスト週間とも被ってるという。最悪だぜ(白目

とはいえ、更新は続けていきますよー


第8話 思い出は遠くの日々
1.


 

 薄いレースから差し込む月の明るい光が、暗闇に塗れた彼女たちの心を照らした。

 時折月を隠す薄い雲が彼女たちを遮り、一刻一刻映りゆく影の形を印象的に覆った。しかし、守護騎士たちにはその幻想的風景には目が向かない。

 その視線は、シグナムのものだったベッドの上に寝かされている青年に向いていた。その顔色は優れず、この夜空のように落ち着かない。

 そしてそれは、守護騎士たちの心も同じだった。

 たった1人、彼の治療をしていたシャマルは、青年の首筋から脈を取ると、安心したように息を吐いた。

 

「......一応、山場は乗り越えたみたい。あとは、この子......ローガンがどこまで保つか、ね」

 

 少し隠れていた月がようやくその顔をのぞかせる。

 シグナムの隣で唯一落ち着かない様子で見ていたヴィータは、シャマルがそこを退くとすぐに駆け寄り、力のない青年のその手を握った。

 昔は弟分としてよく面倒を見ていたあの時の少年の手は、ヴィータのその手が小さく見えるほどに大きく、たった11年という長い間にこんなにも成長したことがうかがえた。

 

「......こんな形で、再会なんて......」

 

 嗚咽を上げながら青年に語りかける。しかし当たり前のように、彼の口からは苦しみに満ちた荒い息が染みだしていた。

 静かに、シャマルは少女の肩に触れた。エメラルドグリーンのその瞳も、薄く光に照らされていた。狼の形態でそこに静かに座っているザフィーラが彼女たちに寄り添うように移動する。彼も、彼なりにその青年の身を案じているのだ。

 あの死の島......トートエンゼールでの戦闘は、守護騎士たちの勝利で終わった。あの邪魔だったスナイパーは仕留めることが出来、これで蒐集活動も邪魔をされなくなる。そう思った、矢先のことだった。

 あそこで仕留めたあのスナイパー。その男が、11年前に自分たちと共に地獄を過ごしたあの時の少年だったなんて、一体誰が予想出来るというのだろうか?

 11年前のことは、今でも忘れない。

 自分たちが全てを狂わせ、そして悲劇的な運命を課してしまった、あの少年のことを。

 その罪の意識と後悔の念はいつまで経っても消え失せることは無かった。それはまるで、自分たちを永遠に罰しているかのように、今もなお、その痛みに苦しみ続けている。どれだけ藻掻こうとも、どれだけ罰を受けようとも。彼女たちから、あの日奪ってしまった彼の『本当の笑顔』は、いつまでも彼女たちの心に残り続ける。

 

 

「......私のせいだ」

 

 1人、シグナムは俯き拳を握りしめていた。

 その場にいた誰もが、彼女の心境を察して無言でその哀愁漂う女性を見詰めた。

 全ての発端。それが何だったのかを、守護騎士たちは改めて思い返すのだった。

 

「シグナム......」

「またしても......私は、彼を手に掛けた。それも、この手でな。相手が誰だかの検討もつけずに戦い、そして......傷付けてしまった。私はもう一度、あの時の地獄を彼に強いてしまったんだ」

 

 1階のリビングルームにある掛時計が、音を響かせて時を刻んだ。街の明るさは何処へやら、もう今彼女たちを照らすのは美しくも憎たらしい丸い月だけだ。

 その場にいる誰もが、それは違うと言いたかった。シグナムには非は無い、と。

 確かに......彼の運命全てを直接的に狂わせてしまったのは、シグナムなのだろう。それは彼女の中でも一番の汚点であり、地獄であり、トラウマでもある。彼女は誰にもその心の内を話すことは無かったが、そのことは守護騎士全員、そして......闇の書にも分かっている。

 だけれども、その罪全てが彼女の罪ではないということも知っていた。だからこそ、“あの後”私たちは、ローガンをできる限り支えてあげてきたんじゃないのか。彼女の罪は、即ち自分たちの罪なのだから。

 

「......主はやては?」

「もう深夜も深夜だから、寝ているわ。大丈夫、はやてちゃんがこの部屋に入らないように、意識を向けないようにしてあるから」

 

 ふと、自分たちが守るべき、助けなければならない優しい主はやてがよく会って親しんでいた“ロー兄”と呼ばれる男性のことを思い出した。

 思えば、はやての言っていたロー兄という人物は、彼だったに違いない。

 通訳の仕事をしていて、たまたまここにいるという彼はとっても面白くて優しい外国人。違和感があったのは、それが理由だった。

 仕事が忙しくあまり会えないそうだが、通訳という仕事をしているのなら、まず会うことすら出来ないはずだ。様々な場所での仕事を任される彼らは、一箇所に滞在する期間は短い。

 一年くらい前に窃盗に遭った時に助けてくれたことで知り合いになったというのだが、あのはやてが気を許すくらいに親しかったのだから、はやてが彼に寄せる思いは大きいのかもしれない。だって......自分たちがそうだったのだから。

 そんな彼を怪我させて、なおかつここに運び込んだということが彼女に露見すれば、どうなるかはシグナムにもわからない。だから、出来るだけ早く彼は目覚めて欲しかったのだが......。

 

「ローガンは、心臓を貫かれてる。早く処置を済ませられたから良かったんだけど、普通なら死んでるような怪我なの。いつ目覚めるかは、私にもわからない。明日かもしれないし、何ヶ月後かもしれない。はやてちゃんに知られる前に何とか起きて欲しいんだけど......」

「......立場上、私たちはローガンの敵、だもんな」

 

 彼から手を離したヴィータは立ち上がり、力無く答えた。

 彼は、今までのことから推測するに、管理局の人間でほぼ間違いないだろう。そして自分たちは闇の書事件の主犯格に等しい。対立は、免れないのだ。

 歴戦の、しかも古代ベルカが誇る守護騎士たち4人を相手に互角以上の戦いを繰り広げ、あの謎の武器を使った機転の効いた戦闘により自分たちを追い詰めた彼が、怪我をしているとはいえ抵抗してくる可能性が否定し切れない。彼は私たちの敵だ。

 

 月の明かりが雲に遮られる。ふと、あの時のことを思い出した。

 あの地獄のような日々を共に過ごしてきた彼。ローガンは、私たちのことを忘れてしまったのだろうか。

 確かに、前回の闇の書事件は今から11年も前。それに、彼はその時、まだ9歳の子供だった。忘れていても無理はない。

 もし、覚えているとしたら......彼が私たちに武器を向ける理由は、何なのだろうか。

 自分たちを恨んでいるのか。おかしい話ではない。守護騎士たちは、彼の全てを奪った。命じられるがままに、彼の肉親を殺した。あの時の少年の瞳を、今でも忘れることは無かった。

 自分たちは、彼に恨まれて当然のことをした。恨まれても、反論は出来ない。彼は、自分たちを恨んでいる。

 潔くそう決めつけようとしても、その思考はまるでくっつかなかった。

 

「私があの時、よく考えていれば......ローガンは今頃、どんな風に暮らしていたんだろうか」

 

 呟くシグナムは、握った拳を胸に置いた。

 

「あの優しい笑顔は......哀しい笑顔にならずに済んだのだろうか」

 

 頬に流れるそれは、月の明るさに反射して流星のごとく煌めいた。

 脳裏には、あの時の......全ての発端となった、あの日の光景が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローガン・ハンニバルが産まれたのは、無人世界と言っても過言ではないほど人のいない世界の辺境の小さな小屋だった。

 魔導師であり一流の狙撃手であった父と、ミッドチルダでも有名な歌手であった母親との間に産まれたローガンは、温かい家庭で健やかに育った。貧しくもなくかといって裕福でもなかった家だったが、それでも親の愛情を一心に向けとったローガンは、幸せな生活を送っていた。

 病弱だったローガンはあまり外に出る事はなく、家の中で本を読んで過ごしてきた。学校に行くことは出来なかったが、父親から勉強というものを教えて貰ったり、何より家系が元々頭が切れる血筋だったことが幸いして、ローガンは才能があった。だからこそ、ローガンの父親は彼に特殊な魔法形式、ハンニバル式を教え込んだ。

 魔法というものにのめり込むようになり、家では常に魔法を使った訓練や技術の習得に励んできた。病気すら忘れるほど熱中していた。

 7歳になる頃には、現在の技術の基礎が出来上がり、父親の言ったものを作り出すことが出来るようになった。その時には、ローガンは父親のような魔導師になることを夢見ていた。

 ローガンの父親は、とても優しくて......とても強かった。狙撃手でもあった父の背中を見て、ローガンは狙撃も教わるようになった。

 いつしか、彼にとって理想の男とは父親のような人間となっていた。優しくて、強い。信頼のできる人間に、彼はなりたかった。

 あるよく晴れた日。当時かかっていた病気が治ったローガンは、両親とともに近くの丘にピクニックに出掛けた。

 その丘で花に囲まれながら透き通った空気を楽しんでいたローガン。その時、彼の父親は言った。

 

『大切な者は、命を賭けてでも守り抜け』

 

 いい香りの風に包まれながらそう言った父親は、今自分たちが座っている丘のことについて教えてくれた。

 大昔、そこで大きな戦争があった。ベルカという世界が行き過ぎた技術力で内戦を初め、それが各世界にも広がったのだという。

 そして、彼らのいる世界もその標的となり、侵略を狙うとある国の軍勢がここに攻めてきたのだという。物凄い戦力で。何千という兵士を動員して、この小さな世界を侵略しに来た。

 それを、ハンニバル家の御先祖様が1人で押しとどめた。それも、狙撃銃1丁だけで。この丘に陣取った敵兵を遠距離から狙撃し、そこで1週間以上も耐え抜いたのだという。そして救援に駆けつけた味方が敵を掃討。ここは、奪われずに済んだのだとか。

 バカげてる、と一瞬思った。だって、たった1人で数千の敵を迎え撃つのは理論的に考えても不可能だ。

 しかし、御先祖様はやってのけた。記録も一応残っている。

 当時のハンニバル家の党首で敵軍を1人で押しとどめたその男性が、戦う原動力にしたもの。それが、『大切な者』の存在だった。そのおかげで、彼は1人で何千もの敵兵を相手にする勇気を持てた。

 

『大切な者は、命を賭けてでも守り抜け』

 

 その言葉は、彼が遺した言葉だという。

 何のことかわからないローガンに、父親はお前にはまだ早いかもしれないと苦笑した。まだ8歳の少年には、確かに少し重い話かもしれなかった。

 だけれども、いつかはわかる日が来る、といって少年の頭に手を乗せた。その手の温かさを、少年は忘れない。

 戦うためには、理由がいる。それをその時初めて知ったのだ。

 ......お父さんにはあるの?

 あどけない少年は問うた。

 優しい笑顔で、父親は少年を抱き寄せた。

 ......愛する者の、家族のためだよ。

 父親のような言葉は、少しだけ重く感じた。

 いつもは優しい父親が、その日だけは......とても強い男の人だった。

 後ろから自分たちを呼ぶ母親の声が聞こえた。

 父親に連れられて、少年は温かな家族に囲まれた。

 

 ......僕も、こんなふうに強くなれるかな。

 

 こんなにも、温かい人に囲まれて。こんなにも、幸せな家庭に恵まれて。

 自分は、いつか父親のようになるのだろうか。大きくなって、病弱な体も治して。頭も良くなって。結婚して。子供を作って。

 そしたらその時は、今度は僕が自分の息子や娘に向かって、大切な者を守る意味を説くのか。

 家族のために。優しい人のために。自分は、父親のように強くなるんだ。

 まだ幼かったが、病弱だった少年の瞳には、明るい未来が見えた。楽しいのかは知らないが、今まで受けてきた優しさを今度は自分が伝えていくのだ。

 優しい両親から離れていかなければならないのは寂しいが、それでも、自分にはいつかやるべき事を持つに違いない。

 温かくて、強い人になって。僕は、幸せな人生を掴むんだ。

 彼には、明るい未来が待っていた。

 ......はずだった。

 

 あれから、1年が過ぎたある日。

 1年に1度訪れる雨季。

 憂鬱なほどに降り注ぐのは恵の雨。空はどんよりと浮かばれない、雷鳴の轟く夕方あたりのことだった。

 少年の瞳には、住み慣れた小さな小屋の壁に真っ赤な液体が付着しているのを見た。視線の下には、服を裂かれて同じ赤い液体を体中に塗られた父親......だったものが転がっていた。

 何度呼びかけても、あの優しい父親は返事をすることはなかった。いつもは呼んだら笑顔を向けてくれる父親は、そこにはいなかった。

 そこにいたのは、鉄の鎧を纏い、赤い液体をべっとりと濡らした一振りの剣を持った、美しい女性だった。

 長い髪を背中まで流したその女性の瞳は、濁っていた。

 今起こったことを、ローガンは理解出来なかった。否......理解したくなかったと言った方が語弊が無かった。

 すごい剣幕で父親が部屋に入ってきた瞬間、何かを言おうとした父親の胸から銀色のナニカが突き出た。倒れた父親は、動く事は無かった。

 後ろにいた女性が剣を父親から抜いた瞬間、辺りに鮮血がまき散らされ、彼女は汚れた。

 その時から、全ては理解していた......本来なら。

 誰もが認めたくはないだろう。目の前で肉親を殺されたという事実を。

 あの優しかった父親が。あの温かかった父親が。いつも自分を励まし、導いてくれた父親が。今はもう、いなくなった。

 

『......お前が、ローガン・ハンニバルか』

 

 事実を突きつけるように、女性は鋭い声を上げた。震えはなかった。心さえも......。

 

『我ら守護騎士が主、アルベルト・ヴェンスキーがお呼びだ。我々と共に来てもらおう』

 

 女性は、青年に歩み寄ると優しく少年を抱き上げた。

 その瞳には......僅かな悲しみと無念さが垣間見えた。

 

 そして、それが......少年をいつまでも苦しめる地獄の日々の始まりとなったことは、もはや言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ローガン・ハンニバルとその使い魔エレンが管理局を抜けてから少し経った。

 闇の書事件解決に向けての改修工事が終わった次元航行艦アースラは地球へと向かっていた。

 静かな艦長室には、4人の男女が椅子に座り、テーブルに置いてある2通の封筒......『辞表』と書かれた手紙を見つめていた。

 

「......どうして、こんなことに?」

 

 状況が掴めていないのか、なのははボソリと呟いた。それは、隣でショックに打ちひしがれているフェイトも知りたい質問だった。

 その2通の封筒を最初に見つけたのは、他でもないこの2人だ。だからこそ......彼女たちは、その中身を見てしまっていた。彼がどんな人間で、どんな過去を持っているのかを知らない彼女たちにとっては、実に衝撃的なものだったに違いない。

 

『俺には、俺達には、まだやらなければならない事がある。もう、誰も失わない。大切な者は、命を賭けてでも守り抜く。そのためにも、俺はあなたたちから離れなければならない。俺にはもう、かかわらないで欲しい。出来ないことだとは思うが、出来ることなら......闇の書事件は、俺が全てを終わらせるから、手は出さないで欲しい。すまない。そして......今までのこと、決して忘れない。』

 

 その封筒の中を無言で読み通したリンディとクライドは、手を震わせていた。そして、リンディは......ダメだった、と言わんばかりに瞳に涙を浮かべて俯いた。

 

「......また、こうなってしまったか」

 

 顔を覆って嗚咽を漏らすリンディの隣に座るクライドは、彼女の肩を支えながらそう呟いた。

 2人は、昔からローガンの面倒を見ていたそうだ。彼女たちは、ローガンのほとんど全てを知っているはずだ。2人なら、教えてくれるはずだ。

 ローガンとエレンが、管理局を辞めてまでしてやりたい事とはなんなのか。そして、彼らが闇の書事件にそこまでして関わろうとする理由はなんなのか。

 

「......11年前の闇の書事件。闇の書の主の邸宅に突入した我々管理局は、当時の主、アルベルト・ヴェンスキーを取り押さえ、闇の書を覚醒直前で封印することに成功した」

 

 泣き止んだリンディの背中を撫でながら、クライドは重い口を開いた。

 

「その時、送り込んだチームは地下の施設で、意識不明のボロボロになった少年を発見した。それも......粗悪な檻のような籠の中に」

「それが......ローガンさん、なんですね?」 

 

 なのはの察しに、クライドはゆっくりと頷いた。

 

「アースラに送って精密検査をしたんだけど......彼が意識不明になっている理由は分からなかった。その日は闇の書の主も捕縛して、闇の書も厳重封印したから安心していて、だからその少年が目を覚まさない理由はゆっくり調べればいい、と思ってた。だけど、その闇の書護送中に......アルベルトは、自らのリンカーコアを蒐集することで闇の書を完成させ、厳重封印したはずの闇の書がアースラ艦内で暴走。侵食のスピードは凄まじく、僕とリンディ、そしてローガンがいた病室まですぐに到達した」

「逃げなきゃ、と思ったんだけど......救ったばかりのローガンを置いては行けなかった。それで、逃げ遅れて。もうダメだ、って思ったんだけどね」

「その時、ローガンが目覚めたんだ。見たことのない魔法陣と共に。すごい力だったよ。室内にあったもの全てが吹き飛ばされて、9歳くらいの少年には到底出せないような魔力量だった。静まったとき......あの闇の書の蛇のようなものは、完全に動きを停止させていた。そして、次第にそれは後退していって、艦内のアラートが消えたんだ」

 

 クライドがネクタイを緩めた。

 

「それが、11年前の闇の書事件の真相?」

「ああ。図らずとも、僕ら2人はローガンに救われたんだ。その後、ローガンは完全に復帰して、管理局で保護することになった。それでそれから、恩返しも含めて、僕らがより近くで彼の面倒を見れるように、彼を引き取るために申請したんだ。それからだ。僕らが彼の真実を知り始めたのは」

 

 少し間を置いて、クライドは息をゆっくりと吐いた。

 その表情はどこか険しく、そして哀しそうに見えた。

 

「彼と過ごしているうちに、僕らは気づいた。彼は......僕らの思うよりも、遥かに壮絶な過去を生きてきた、ということに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこには見慣れた風景が広がっていた。

 青い空。透き通るように美しい空には、雲一つ見ることは出来ない。立っているのは、短い草木に覆われた土地。広大な草原地帯が、目の前に悠々と鎮座していた。生涯を通して忘れるはずもない光景が、今自分の視界に飛び込んできていた。

 この匂い。この美しい大地。忌々しくも懐かしい、この気持ちは一体なんなのだろうか。

 間違いない。ここは、かつてローガンが地獄のような日々を過ごしてきた場所......アルベルト・ヴェンスキー家の邸宅。そして、その庭先だ。

 彼が小さい頃は、ここでシグナムやヴィータ、シャマル、ザフィーラたちとよく遊んだものだ。

 だが、今のヴェンスキー家邸宅はもはや見る影もなく廃れていたはずだ。あの忌まわしき、11年前の事件以来に。

 となれば、これは......夢?

 

「......お目覚めですか?ローガン」

 

 ふと、聞き覚えの無い透き通るような女性の声が配合から響いた。

 振り向くと、そこには......見たことがない、しかし、何故か初めて会ったとは感じない不思議な銀髪の女性がいた。黒い服に身を包んだ彼女は、ローガンを見て微笑んでいる。

 ......どうしてだろう。彼女とは初めて会うはずなのに。どうしてか、初めて会った気がしない。まるで、昔から......守護騎士たちと共に過ごしていたあの時から、ずっと知り合いだったような、妙な懐かしさを覚えた。

 

 ......貴女は、誰ですか?

 

 そう喉を震わせたつもりだったが、その声はまるで出ていないかのように霧散した。

 おかしいな、と思ってた声をもう一度出そうとすると......女性がこちらに近寄ってきて、目線を合わせるように地面に膝を着くと、小さな少年を抱き寄せた。

 

「貴方は、辛い運命を背負いながらも......私の騎士たちのために、精一杯努めて頂きました。そのお姿、小さな本の姿のまま見守っておりました。貴方に、辛い人生を歩ませてしまったこと......深くお詫び申し上げます」

 

 少年の頬に、1粒の冷たいものが落ちた。

 

「私には、もう自分を止める術などありません。騎士たちが愛する我が主を、もうじき私は......私の手で殺めてしまうことでしょう。ですが......騎士たちを、そして我が主を苦しめるものの“半身を受け継いでいる”貴方なら......優しい騎士たちを、そして我が主を救うことが、できるかもしれません。

 貴方の全てを奪ってしまった私がそう申し上げるのは、ご無礼だと弁えております。ですが、どうか......貴方の信念を曲げずに、前にお進み下さい」

 

 最後に銀髪の女性は、笑顔でこう付け加えるのだった。

 

「『大切な者は、命を賭けてでも守り抜け』」

 

 風が吹き抜けた。温かく、しかし懐かしい香りの心地よい風が。

 その風は、確かに......『祝福の風』だった。

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