あ、途中の記号◆は時間軸がズレてるのを表してます
11年前
雨の降る、午後のこと。
地下に続く石造りの階段を、穴を開けるだけの窓から聞こえるノイズを聞きながら、鉄製の鎧を身にまとった女性は歩いていた。
ロウソクで照らされた階段に、自らの足音が響き渡る。まどろみに包まれたような心は、酷く落ち着かない。前に出す自分の足が、泥を掻き分けているようだった。
「失礼します」
木製の扉をノックすると、中から低い中年の男の声が聞こえた。シグナムは一礼し、彼女の主の書斎に足を踏み入れた。
視界に飛び込んでくる数多くの本たちに圧倒されつつも視界を落とす。そこには、割と大柄な男性が、不釣り合いな程に小さい椅子に座り、机に向かってなにやら作業をしていた。
「お呼びでしょうか」
「ああ。お前の功績は聞いた。あのハンニバル家の党首を落としたのはお前だそうだな。よくやった」
こちらに向かずに讃える男は、シグナムたち守護騎士の主、アルベルト・ヴェンスキーだ。昨日、とある無人世界にいたアルベルトの敵性勢力である男を殺害するよう命じたのは他でもないこの大柄の男だ。
「お褒めに預かり、光栄です」
礼儀正しく一礼する。ロウソクの火が、シグナムの横顔を濡らした。
「お前のおかげで、私の今後に干渉してくるであろう邪魔者を排除できた。これで、闇の書の完成も目前か?」
「はい。あの男は非常に多い魔力を保持していました。蒐集も、思ったより捗りました」
「あと何頁残っているんだ?」
「目測ですが、あと100頁ほどかと」
アルベルトは羽ペンをペン立てに突っ込む。含み笑いが僅かに聞こえると、男は本棚にあった本を1冊取った。
「そうか......あと、少しなんだな。私の研究も佳境に入った。お前達の頑張りで、私は、いやヴェンスキー家は何処の誰にも負けない力を得る」
「貴方の夢見る世界が実現することを祈っております」
鎧の微かに擦れる音が耳に響く。赤い光が、男の引き攣った笑みを照らした。
このアルベルトという男がどんな野望を持っているかはシグナムですら知らない。それが悪意のあるものなのか、それとも善意あるものなのか。彼は、ここの館の誰にもそのことを話していないのだという。彼の正妻ですらも。
とはいえ、シグナムたちに彼の野望をとやかく言える権利は無かった。闇の書の主に仕える守護騎士たちは、ただ主の命じるがままに人を殺し、魔力を蒐集することしか出来ない。
ロウソクの火が揺れた。扉を押し開ける音と共に入ってきたのは、あの時の少年の母親だった。赤い炎に照らされて見える彼女の表情は、何処か色がなかった。
「おお、来なさったか。相変わらずお美しい」
大袈裟な程に声を大きくするアルベルト。そんなものは知らない、とばかりに彼女は目を伏せた。
「......息子は、ローガンは、助けて下さるのですね?」
「勿論。丁重に持て成すよう命じております。会うことは叶いませんが......ご安心を」
それを聞いて安心したのか、彼女の顔に小さな笑みが戻った。
「寝室でお待ちください。こちらの仕事を終わらたら、そちらに向かいますから」
「くれぐれも、よろしくお願いします」
退出した彼女を見つめながら、シグナムは内心で男を罵った。
彼女は、彼の母親は知らないだろう。今彼女の息子がどんな生活をしているかなんて。
「......良いのですか?」
彼女が遠ざかったことを確認してから、少しでも事が変われば、と思いシグナムはつい口を挟んだ。
「要は、生きてさえすれば良いのだ。本来なら父親共々殺してやっても良かったんだがな。私は心が広いのでな」
......下衆が。
決して口にすることはなかったが、シグナムの中でのこのアルベルトという男の評価はそれだった。
自分の私利私欲のために他者を押しのけ、殺し、略奪し、犯す。この男は、今までシグナムが経験してきた中でも指折りの野心家だった。
先日の襲撃も、本当の目的はあの母親を奪うことだった。
彼女は、シグナムすらも驚いてしまうほどの美女であった。そんな彼女と共に歩むことを決意したあの父親は、よほどの人間であったに違いない。
あの家。小さくこじんまりとした木製の小屋のようではあったが、その外見や内装からは、あの少年が本当に愛されていたことがよく分かった。
もし先日、アルベルトがあの命令を下さずいたら、何年もすればあの少年は立派な男に育っていたに違いない。親の寵愛を一心に受け、健やかに育つことが約束されていたのならば、シグナムはとんでもない殺人者となっているのだろう。
だけれども、それが......シグナムたち守護騎士の運命であった。彼女たちは、一生解けることのない呪いに縛られてるのだから。
「あの少年、病弱のようです。昨日から高熱を出していて、今はシャマルが手当をしています」
「......全く。あの憎たらしい家系の人間は私の邪魔ばかりしおって。時が来れば、必ず殺してやる。私の行く道を塞ぐものは、この世にはいらん。本来なら医者すらも付けたくはないのだが......この際仕方がない」
本をいらだたしげに閉じると、アルベルトは本を棚に戻した。
「......もう、いいぞ。あの餓鬼の監視に戻れ」
「わかりました、我が主」
木製の扉を開いたシグナムは、一礼してアルベルトの部屋を出た。
雨は先程よりも酷くなっていた。耳に響くノイズはコンスタントに鼓膜を叩き続け、霧のような重い塊がシグナムの胸を覆った。
ふと、あの少年の瞳を思い出した。
彼は今まで、どんなふうに暮らしてきて、どんなふうに生きてきたのか。温かい家庭で健やかに育っていれば、どんな大人になっていたのだろうか。
自分が摘み取ってしまった命のことなど、考えたこともなかった。
今までのように、ただ命じられるがままに人を殺め、魔法を蒐集してきたシグナムたち守護騎士にとって、そんなものは記憶するに値するものでは無かった。
だけれども、その日初めて、自分が摘み取ってしまったものの重さがとてつもないものであったことに気付いた。
あの少年の父親は、家族を大切にしてきたに違いない。
その父親の死は、あの少年にどんな風に映っているのだろうか。死んだ父親も、愛した家族がこうして引き裂かれているのを見て、どんな風に思っているのだろう。
......私は、とんでもないことをしてしまったのだろうか。
階段を登らずに、ロウソクの明かりに照らされた薄暗い石の廊下を歩く。そこに響くのは、重苦しい自分の足音と、背後から遠く聞こえる雑音だけだった。
◆
「......そんな、事があったんですか」
あの時、プレシアとアリシアが次元断層に落ちていくときと同じものが、クライドの言葉に驚くフェイトの心を覆った。
温かかった家庭を引き裂かれた少年が辿っていくことになった、悲劇。
彼の少年期の姿と今の自分の姿は、どうにも重なっては見えなかった。
「彼の父親は、素晴らしい人だったわ。クライドの上官で、決して仕事に手抜きは許さず、どんなことにも誠意をもって接してきた。家族を思う気持ちは、多分誰よりも強かったはずよ」
「そんな彼が死んだという報告が飛び込んできたのは、僕がまだ管理局の提督になって間もないくらいだった。あの人は死んで、その家族は何者かに連れ去られたと聞いたときは......ゾッとした。あれほど凄かった魔導師が、たったの一晩で殺されるなんて。それが理由で、その日から闇の書事件の捜査が本腰を入れて始動したんだけどね」
その時、闇の書事件という言葉は有名になった。
連続魔導師襲撃事件。その被害者たちが物語っていたのは、その事件の悲惨さではなかった。
管理局の調査が進んでくると、その犯人がどんな人間なのかということが分かってくる。そして、闇の書には、守護騎士と呼ばれる騎士たちが存在して、その人たちには主と呼べる人間が存在することも分かってくる。
ある程度調査が進むと、今度は守護騎士たちの捕縛に動くようになったのだという。
「まあ、そんなことは良いか。話は逸れたけど、ローガンは両親から本当に多くの愛情を受けて育っていた。あの事件が起きる前に、彼の父親からローガンの写真を見せてもらったんだ。家族写真をね。
僕が初めて彼と会ったのは闇の書事件の後だったんだけど、その時とは比べ物にならないほど幸せそうに笑っていた。僕らが羨ましくなるほどに。その時初めて、彼が失ったものの重さを知ったんだ」
クライドは、首にかけていた少し大きめの金のロケットを取り出した。開くと、そこには2人の男女と、1人の男の子が写っていた。
「僕らにくれたんだ。もう、振り返らないって言ってね。ローガンが10歳になった頃のことだ」
たった10歳の少年が手放した、かつての家族の写真。
彼は、一体どんな気持ちで2人にこれを渡したのだろうか。
「ローガンは、父親に似てとても優しかった。他人のことをよく見ていて、誰にも分け隔てなく助けの手を差し伸べたわ。でも、その癖不器用で......自分の辛い感情は、誰にも見せないようにしていた。このロケットを渡した時のあの子の顔を、私はまだ覚えてるわ。誰にも苦労を掛けたくない、って思ってたのかもしれないのだけど......ひたむきに隠す姿は、見ていて痛々しかった。できるだけ、支えてあげたいと思って、ずっと過ごしてきたんだけどね」
悲しげに、リンディは笑っていた。
......また、こうなってしまった。
先ほどの言葉を思い出す。リンディとクライドは、ローガンに助けられた。2人がローガンに抱く感情は、親そのもののようにも思えた。
クライドは、重苦しいく息を吐くと、なのはとフェイトの瞳を見た。
「ローガンがどんな思いで、あの日々を過ごしてきたのか。それは、僕らにも分からない。でも、一つだけ分かったことがある。彼には、命を賭けて守りたいっていう人達がいたことだ」
◆
数日もすると、あの少年の病気が治った。
毎日のように魘されていた少年は静かな寝息をたてて眠るようになり、いつしか言葉を交わすようになった。自分の全てを奪った守護騎士たちのことをどう思っているのかは知らないが、彼なりに感謝をしているのではないか、というのがシグナムの考えだった。
「お体は、もう大丈夫なのですか?」
ロウソクに照らされて紅く彩られた、広い地下室。相変わらず檻の中に閉じ込められている少年の元に跪くと、少年は笑みを浮かべてベッドから起き上がった。
「もう、大丈夫。シャマルのおかげで治ったみたい」
「そうですか......それは良かった。貴方に万が一のことがございましたら、母君がご心配なさいますから」
「親切にありがとう、シグナム」
ローガンの肩から、ぼろ布のような衣服がずり落ちた。ゆっくりと手を伸ばした少年よりも先に、シグナムの綺麗な腕で落ちた服を掴み、肩にかけ直した。
「ごめんね。僕がこんなだから迷惑をかけて」
「いえ。これも、我ら守護騎士の使命の一貫ですから」
シグナムはそう言うと、再び横になったローガンに毛布を掛け直した。
ローガンは、形だけとはいえ、アルベルトの息子と同じ立場にある。彼の世話は、アルベルトの命令で彼女たち守護騎士たちがするようになっていた。
食事の提供、服の交換、そして病気になったときの看病などなど。今まで戦うだけだったシグナムたちに出来ることは範囲が狭いが、それでも......少年の傷ついた心を癒すことができるのなら、精一杯の努力をするに苦労は無かった。
自分たちが犯してしまった罪は、彼の心に深い傷を残してしまった。そうするしかなかったとはいえ、その非は大きい。
彼の約束された未来を潰えさせてしまったことに対する懺悔と償いは、必ず果たさなければならない。いつか、彼がこの地獄から開放されて自由に暮らせるようになったとき、前よりも幸せに過ごしてもらえるように。
失った過去は、もう二度と取り戻すことは出来ない。彼の父親や、温かかった暮らしは、戻っては来ない。だから、彼には......その暮らしを取り戻すのではなく、もう一度作って欲しかった。
自分で壊しておいて、そんな都合のいいことを言うことはおかしな事だと理解していた。だけど、彼にしてしまったことは、重大な罪だ。だから、シグナムたちにはローガンに幸せに暮らしてもらえる基盤を作る義務がある。
そのためにも......多少アルベルトと衝突することも、覚悟の内だった。
「どうしたの?」
顔に出ていたのか、気づけばローガンがこっちの顔を覗いていた。
「いえ、何でも」
「変なの」
「そ、そうでしょうか?」
「そうだよ。笑ったと思えばシュンとして。騎士なら騎士として、キリッとしとかないと。シャマルやヴィータ、ザフィーラのまとめ役で、守護騎士の将なんでしょ?」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったシグナムはしどろもどろになって言葉が詰まった。
そんな様子を笑って見ていたローガンは、うつ伏せのまま起き上がって......紅くなったシグナムの頬に、小さな手のひらを触れた。その手は、少し冷たかった。
「貴女が僕にしたことは、確かに許される事じゃない。僕の父親は死んで、あの楽しかった日々はもうそこにはない。それは、シグナムにも分かってることなんでしょ。だから、僕のことをそんなにも大切に思ってくれる。あの男に命じられたからじゃなくて、心からそう思ってくれてる。みんな、本当は優しかったんだよね」
思わず、少年のその黒い瞳を見つめた。
あの日見た、あの荒んだ瞳とは、全く違う......彼の目は、今までにないくらいに、光に満ちていた。
少年は、シグナムが初めて見る、自身と頼もしさに満ちた優しい笑みを向けて、その目を閉じていた。
「だからこそ、僕のことを気にかけすぎないで。僕のことを考えてると、どうも貴女たちは思い詰め過ぎるところがあるみたいだからね。僕なんかのために、シグナムたちの時間を全て費やす必要なんて、無いんだから」
反論しようとしたシグナムを手で制し、ローガンは続けた。
「いいんだよ。どうせ僕はいつかあの男に殺される。死ぬ運命なのに、あんまり過保護にされても......シグナムたちが悲しむだけでしょ」
言葉に詰まった。
あの書斎での会話を思い起こすと、弁解の余地もなかった。ローガンは、シグナムたちが思っていたよりも頭の冴える少年だった。
寝転がると、ローガンは檻の天井を見詰めていた。少年の表情は、どこか悲しげだった。
「......私たちのこと、恨んではいないのですか?」
「恨んでる相手と仲良く話したくなるほど僕はお人好しじゃない」
それに、と言って、少年はシグナムの方に体を向けて、笑みを浮かべた。
「こんなに優しい人を恨みたくはないからね」
......本当に、私は罪の多い騎士だ。
ローガンの頭を一撫でし、笑みを返した。
一体、どんな風に育っていればこんなふうな思考が持てるのだろうか。彼の言うその一言一言は、9歳の少年が言うにはあまりにも重すぎるように思えた。作っているのか、あるいは本心なのか。
何れにせよ、彼がシグナムたちに対して親しみを持っていることは確かだろう。
出会いの日に見た顔と、今の彼の顔は全くもって一致しない。この数日の中で、彼の心は穏やかになっていっているのだろうか。
否、違う。自分たちが丸くなっていってるのだ。
彼と出会い、世話をしていくうちに......優しさというものと触れ合うようになった。シグナムだけではない。シャマルやザフィーラ、そしてあれだけ尖っていたヴィータまでもが、角が取れたように笑うようになった。
今まで、様々な主のもとに仕えてきた。その中に、あれだけの優しさと......何か、惹き付けられるようなものを持っている人間は誰1人としていなかった。
このローガン・ハンニバルという少年は、シグナムが出会った人間の中でも異色の存在であることには間違いない。
道具としてではなく、1人の人間......いや、女性として扱ってくれることに、心のどこかで素直に喜んでいるのかもしれない。
......もし、彼のような人が、私たちの主だったなら。
自分たちは、どんな風に変わって行くのだろうか。いつか、彼のように優しい人間のもとに仕えてみたい。願わくば、彼のもとに......。
「ローガンローガン!夜食持ってきたぞ!」
階段をかけ降りる音がしたと思ったら、この地下室唯一の扉が大きな音と共に開け放たれた。その元気そうな声は、ヴィータのものだ。
風圧に消えそうになったロウソクの火がなんとか復活する。
「ヴィータ。ローガンはまだ病み上がりなんだ。静かにしないか」
「っと、そうだった。それはそうと、今日は料理長が宴で出す料理を私たちに分けてくれたんだ。半分、やるよ」
......全く反省の色はなかった。
そのままの調子で配膳用の板を箱から取り出したヴィータを見て、ローガンは楽しそうに笑っていた。
「ありがとう、ヴィータ。こんなの初めてだよ。というより、よく落とさなかったね」
「鉄槌の騎士を舐めないでくれよ。旨そうだから、冷めないうちに食べちゃえよ。これ一応、内緒だからさ」
「そうなの?じゃ、早めに貰わないと後が大変だ」
そういって皿を受け取るローガンを見て、シグナムはホットしたようにため息をついた。
あの子も自分たちも、本当に丸くなっている。初めて出会ったあの日のことが嘘みたいに。
「シグナムも早く!」
「ああ、そうだな」
痛々しい檻の隣。そこには、壁などなかった。
1週間が過ぎて、2週間目に突入しようとしていた、ある日の夜。
監視の目が緩んだのを見計らって、守護騎士たちはローガンを連れてこっそり外に出ていた。ちなみに、入口にいた門番には話は付けてある。全員が、敵ではないのだ。
この日も宴があるといって、空には雲は一つも上がっていなかった。このトートエンゼールの天候は、全てアルベルトの魔法で制御されているのだ。
今日は新月で、満点の星空がそこには広がっていた。
シグナムの腕の中で目を輝かせているローガンは、久しぶりに見る外の世界に......涙を流していた。口元には、笑みが浮かんでいたことに気づき、シグナムは口を紡いで共に空を見上げた。
「あの星、見える?」
「あの一番明るい、白い星ですか?」
「明るくて綺麗な星ね」
抱えられながらローガンが指を指す先には、天の川の近くで最も輝いている大きな星があった。
「僕のいた世界とここはとても離れているみたいだから、星の見える角度も違うんだね。あれは、僕のいた世界ではこと座のベガと呼ばれていた星なんだ。こっちの方がベガとの距離が近いのかな。向こうじゃ、もっと暗かった」
「ローガン、そんなのどこで覚えたんだ?」
ヴィータのその発言に、シグナムは静止をかけようとした。が、遅かった。
目を伏せて、ローガンは懐かしげに笑っていた。
「昔、父さんが教えてくれたんだ。星の位置とか、明るさとか。興味を持ったから、自分で調べたんだ。あ、気にしなくていいよ。昔の話だからさ」
慌てて謝罪を入れようと、シグナムはローガンの顔をみた。
その表情には......歳に不相応な、深い意味を持った笑みが浮かんでいた。いつも意味ありげに笑うローガンだったが、今日のそれは群を抜いてそうだった。
思わず魅入っていると、こちらの視線に気付いたローガンが不思議そうな顔をしてこっちを見た。
「どうしたの?」
「い、いえ......何でもありません」
「そんな気にするなって言ったのに」
「いえ、あの......はい、すみません」
そんなやりとりをしていると、ヴィータが声を落としながら近づいてきた。
「......ごめん、シグナム。ちょっと下ろして」
「あ、はい」
ゆっくりと、シグナムはフカフカな草の上に少年を下ろした。すると、ローガンはすぐに地面に寝転がり、空を見つめた。
「......こうしてると、全てを忘れられるんだ。やってみてよ」
「こ、こうですか?」
言われるままに、シグナムとヴィータ、シャマルはローガンの隣に寝そべった。
重力から開放された世界が、そこには広がっていた。
戦うために空を駆け抜けるあの感覚とは似て非なるものだった。
満点の星空の下、そこにある全てのものが、自分たちの心ときょうめいして光った。点滅するように輝く星々。視界の中を跨ぐように駆ける流星。その全てが愛おしく、惹き込まれるような美しさを持っていた。
「あの時見た星空と、同じ。今僕らは、あの空と同じ下じゃないけど、あの空と同じ世界を見ているんだ。争いなんてない。悲しい世界なんてない」
ザフィーラの頭を撫でながら、ローガンは自分の腕で枕をつくり、遠くを見ていた。その瞳には、一体何が映っているのだろうか。それは、彼にしか分からない。
「ねぇ。いつか、僕らは離れ離れになる。どういう経緯で、どういう結末でかは抜きにして。僕らが空を見上げれば、見ている空は同じなんだ。僕らは、離れ離れになっても繋がっている。こうして培った信頼や絆は、いつでも繋がっている。切れることなんてない。だから......」
ゆっくりと体を起こしたローガンは、暗闇でも見えるくらいの笑顔を向けて、口を開いた。
「寂しくなったら、星空を見て。僕は、いつだって同じ空の下にいる。離れ離れになっても、いつかはまた、会えるから」
「......はい、必ず」
星空の下で交わされたその言葉。
いつまでも、守護騎士たちの心に深い意味を刻みつけていた。
こんなにも楽しかった思い出は、他になかった。
彼と出会い、彼と触れ合い。そして彼が守護騎士たちに教えてくれたことは、全てが尊く、重たいものだった。
絆。それは、シグナムたちが初めて抱いた、彼と自分たちとの友情の架け橋だった。どんなに離れていても、その橋は崩れることは無い。私たちは、繋がっている。
ローガン。彼との出会いがもう少し早かったら。シグナムたちは、もっと穏やかな気持ちで、どんな非道な主とも向き合えたのかもしれない。
あの楽しかった月日は、ゆっくりと、早く過ぎていった。
それは、長くは続かなかった。
ローガン。そして守護騎士たちの後後の運命を左右することとなったそれは、もう既に......。
作品の質向上のため評価を貰えると非常に助かります。今後の活動の参考にさせて頂きます