うわぁぁぁぁ表現が難しいよぉぉぉぉ(号泣)
やばい。書いているこっちが訳分からなくなりそう。こんな複雑過ぎるストーリーにするんじゃなかったと今更後悔。
何か変なところとか絶対あるわこれ。悲しいなぁ......。
とりあえずは、今ここで書き直すわけにもいかないので、この作品は一応ちゃんと書き終えます。そのあと2期やって、それが終わったら今度はそんな事がないようにもう一度設定を洗い直して、リメイクします。
本当に、変な文章になってたら申し訳ない。何かありましたら、メッセージや感想欄にてお願いします。
1.
白い大粒の冷たい結晶が形の良い鼻の先に触れた。美しくも脆い雪は、触れるとすぐに熱によって溶けて崩れ去った。辺りには、あの日のような......大粒の雪が降り積もっている。
不思議な程不気味な静けさが響くその広い魔法の囲いの中に、4人の女性たちがいた。全員その手には......武器が握られていた。
「どうして......はやてが、闇の書を......?」
「......お前たちの、知ったことではない」
抜き身で構えたシグナムの重苦しい声音は、フェイトの神経を撫でるには十分すぎた。何合も打ち合って体が疲労感を訴えていたが、絶え間なく放たれる殺気に、フェイトは思わず生唾を飲んだ。
それは、僅か数時間前に遡る。
アースラでの会談後、なのはとフェイト、そしてそのクラスメイトである月村すずかとアリサ・バニングスと共に、前々からすずかの友達だというとある少女の家に、クリスマスイブを楽しく過ごすためにその少女の家に遊びに来ていたのだ。
もともと、すずかが図書館で知り合った読書友達だったらしいが、足が不自由で高いところにある本を取ろうとしていたのを代わりに取ってあげたことから知り合ったのだという。そして何度も家に通ったりして親睦を深め、そして今回のパーティに発展した。
そこで、彼女たちと鉢合わせになるなんて......思ってもみなかったのだが。
本来ならば楽しく和気あいあいと行われるはずだったパーティは、予定よりも早く終りを迎えた。もちろんその理由は、彼女たちが......出会ってしまったことだ。
すずかとアリサが帰った瞬間に、これである。
後戻りは、既にできない。なのはとフェイトが管理局に戻れば、はやてが闇の書の主だと伝えられ、間違いなくここに制圧部隊がやってくる。そうなればはやての身が危ない。
それに......シグナムの部屋には、かつて彼女たち守護騎士が守っていこうと決めた青年が、生死をさ迷っている。彼にも危険が生じ、そしてもちろん、そのことがはやてにも露見する。そうなれば、はやては怒るかもしれない。もう、ほんの数ヶ月前の時のように、笑ってはいられないのかもしれない。それは、嫌だった。
最初に動いたのはヴィータだった。なのはは唐突に迫り来る彼女をシールドで何とか防ぎ、バリアジャケット展開と共に空へと逃げた。それを追いかけるようにヴィータも騎士甲冑を装備すると、狭苦しい空を駆け抜けた。
そこから、シグナムとフェイトも交戦を開始。今に至る。
あるビルの真上で構えを取る少女。唇を舐めると、塩の味がした。
「シャマル。お前は別の場所で封鎖を続けろ。通信されては困る」
「わかったわ。......後は、任せたわよ」
そう言い残すと、シャマルはふわりと宙を舞い、飛び去っていった。
視線を落とすと、そこには構えの姿勢をとったシグナムがいた。
「......私たちには、成さねばならない大義がある。闇の書を完成させ、主はやてを闇の書の呪縛から解き放つために」
ゆっくりと愛機レヴァンティンを構えたシグナムは、頬が少し冷たくなるのを感じた。戦いを前に昂らない心を諦めの気持ちで諌めながら、今頬に流れているものが何なのかを少しだけ理解した。
「闇の書は、昔に悪意ある改変を受けています。それにより、歴代の闇の書の主は闇の書完成とともに、闇の書に殺されています。今ここで完成させれば、はやてにも同じことが......」
「黙れっ!!管理局の言う事など、聞く耳は持たん。我々は、もうすでに最悪な犯罪者だ。我ら守護騎士、主の笑顔と、昔誓った『あの日の約束』のためなら......騎士の誇りさえも捨てると誓ったのだ」
足元にベルカ式の魔法陣を展開させたシグナムは、その長い前髪に表情を隠されていたが、それが実像と虚像を帯びていたなんて、フェイトには分からなかっただろう。
ふと、優しい主の笑顔と、過去に自分のせいで苦しめることとなってしまった、あの少年の笑顔が重なった。
それに勘づいたフェイトは、まさか、と言うような表情を浮かべた。
ローガンは、確かに管理局の人間だ。それなら、同じ管理局の彼女とは知り合いなはずだ。あの異常なまでの狙撃能力。彼は、管理局で......相当優秀な魔導師として働いていたに違いない。
摘み取ってしまったものは、何なのだろう。
「......お前は、もう知っているのだろう?ローガン・ハンニバルについて」
「......はい。共に戦い、何度も命と、そして心をを救われました。11年前、貴女たちと何があったのかも」
月夜の明かりに照らされたシグナムは、構えているものの先程のような気迫がない。剣先を少し落とすと、彼女は重たい口を開くのだった。
「......あいつは、今は眠っている。ある場所で交戦し、私が彼の胸を貫いた」
「なっ......!?」
あまりの驚きに、フェイトは思わず言葉を失った。
あんなに強かったローガンが、倒された。じゃあ、彼が失踪したのはつまり......。
「あれから早くも11年もの年月が経った。まるで大気のように。ローガンは昔、ある主の研究のための材料にされた。......あの日の約束は、結局は果たされなかった。
実験が終わり、彼が私たちの前に運ばれてきたとき......彼は、もはや人としての意識を保ってはいなかった。実験は、成功。そう豪語するアルベルトを、しかし私たちは許せなかった」
重苦しい声音と共に、シグナムは続ける。
「管理局がアルベルト邸に突入した際どうして私たちがいなかったか、知っているか?」
「いえ......」
「ならば、教えてやろう。私たち守護騎士は、初めて主に対して反抗した。言葉や態度でではなく、力で。あの優しい少年を自らの私利私欲のために実験台として使う非道。我々守護騎士には、そのことが許せなかったんだ。そして私たちは結局は返り討ちにされ、リンカーコアを蒐集されて、消滅した」
抜け落ちたパズルのピースが、ようやく埋まり始めた。
ローガンは、ある非道な実験で実験台にされて意識を失い、彼を守っていかなければならないと決心していたシグナムたちは、失意のうちに暮れた。
そして次に巻き起こった感情は怒りだった。
少年のあの笑顔は、もう二度と見れない。それを思うだけで、自分たちのやってしまった過去の罪を再度確認させた。
彼女たちの心に火をつけるには、十分すぎる火種だった。
11年前の闇の書事件の結末......その少し前に起きた、アルベルト邸突入作戦。闇の書の覚醒前に取り押さえることができたという、管理局の歴史に残る快挙。
それができた......もとい、死者無しに作戦が成功きたのは、図らずとも、やはりあの青年が関わっていたのだ。
「......じゃあ、その実験って......?」
「闇の書の自己防衛プログラム......通称、ナハトヴァール。その力をどうやってか知ったアルベルトは、その力を得ることによって世界を制圧しようと画策した。そのためにナハトヴァールを体に取り込みたかったのだ。その実験に選ばれたのが、ローガンだった。
お前も見たろう?あの超人的な狙撃能力。あれは、ナハトヴァールの力を利用して動体視力や直感力を跳ねあげさせる。だからこそ、空中戦をしている我々を撃ち抜いたり出来るのだ」
剣を鞘にしまうと、肩幅に足を開いた。
「早めに、気付くべきだった。彼を私の手で再び殺めかけてしまい、治療している時にその事実に気付いた。その力を行使する度に自らを侵食され、体に不調を起こすことに。ローガンは、使えばそれだけ死に近づくその能力を、今まで使い続けてきたんだ」
「そんな......じゃあ、ローガンさんが苦しんでいた発作というのは......」
フェイトは何かを思い出すかのように目を見開いた。
何を思い出しているのかは知らないが、どうやら思い当たる節があるようだ。
「私たちが押し付けてしまった罪は、あまりにも大きい。9歳の少年が負うにはあまりに辛すぎる運命を強いさせてしまったんだ。それでも、ローガンは自分たちを責めるどころか、労りの言葉を掛けてくれた。優しい笑顔と一緒に。
......あの日の約束を、守ってあげられなかった。あの子を、私は自らの手で失いかけた。そして今は、我らが主をも失いかけている」
「......まだ、引き返せます。私たちは、貴方たちを助けたいんです」
「もう、遅い。闇の書はほぼ完成している。もうじき、完成する。その前に......お前達は、我々の邪魔になる。......すまない。もしこんな出会いをしていなければ、良き友になれたのにな」
そう言って、シグナムはもう一度柄を握り、腰を落として抜刀術の構えを取った。あまり、長く話してはいられない。
「あれから11年。今日は、あの日......12月24日。聖夜は巡ってきた。図らずとも、この日が全ての決戦となった。主はやてのためにも、そしてローガンのためにも。我々は、もう......止まれんのだ」
そうして、守護騎士が将は......地面を蹴った。
「......ここは、夢の世界なのか?」
爽やかな風が吹き抜ける緑の絨毯に腰を下ろして、場違いな黒い野戦服に身を包んだ青年は呟いた。
空を見上げると雲一つ無い青い空。吹き抜けた風に巻き上げられた草本たちがリズムを刻む。ここは彼にとっては複雑な気分になる場所な筈だったが、今は......どうしようもなく、心地よかった。
懐かしかった。
この景色、この風、この空。そこに悠々と広がるもの全てはまるでかつて自分の体の一部だったかのように親密に感じる。あの頃は何となく味気なく感じていた大地は、匂やかな香りと共にそこにある。
「......夢は、見ないのですね」
後ろから聞こえた凛とした女性の声。ローガンは、振り返ることなく、口の端を上げた。
「夢はもう見飽きたよ。あの頃に」
「......そうでしたね。貴方は、もうあの時の貴方ではない」
草本を踏みしめて隣に座った女性は、そのルビーのような瞳を彼と同じ景色に向けた。心地の良い風が頬に媚びるように擦り寄った。
間違いない。ここは、闇の書の中だ。
あの日の実験によってローガンの体に植え付けられたナハトヴァールは、ローガンと闇の書に本来ならばあってはならない一種の『道』が出来てしまっていた。人としての意識を失った時、ローガンは初めて闇の書の管制融合騎である彼女と出会った。
そして、そこで今まで自分が何の実験に使われてきたのかを知り、その後目が覚めた後の行動基盤となった。もしあの時この同じ『中の世界』に呼び込まれなければ、今の努力は無かったかもしれない。
そしてここは、ローガンが昔経験した......楽しかったあの日々を映し出したものだ。薄れかけていた様々なディティールが昇華する。
11年前......そこで何があって、どうなったのか。
その長いようで短かった歴史の数直線上にある帯を見つめながら、2人は少しの間口を閉ざす。
「......大きくなられましたね、ローガン」
「そういうお前は......変わりなく綺麗なんだな」
「お褒めに預かり光栄です。私......いえ、私たち守護騎士は、ずっと闇の書の鎖に囚われておりますから」
「そうだな。そういえば、お前は俺がここにいた頃には姿を表さなかったんだったな」
温かい風が、女性の銀色の長い髪を靡かせた。彼女は、柔らかく笑みを零していた。
「ええ。闇の書はまだ完成していなかったので。貴方と“直接”お会いすることはありませんでした」
「そして今も、“間接的”だしな」
彼女と出会ったのは......あの非道な実験の最後に、苦痛に耐えきれず意識を失った後のことだったか。あの時の彼女は、両目いっぱいに涙を溜めていたのを今でも思い出す。何か、質量の持った霧のようなものが心を覆い尽くしていくのを感じた。
「やはり、記憶がお戻りに?」
「みたいだ。外じゃ、大変なことになってるんだろうな」
「はい。私の騎士たちと、貴方のご友人方が......」
「大方、クリスマスイヴをはやての家で過ごそうとしてたら鉢合わせ、とかいう感じだろ。ま、そうなることは予想してたんだがな」
緑の絨毯に寝転がる。不思議な程に安心感を抱いたローガンは、そのまま移りゆく大気の流れを見詰めた。
そこにある空は、どこと繋がっているのだろうか。
今頃、ローガンの守りたい者たちは、ローガンを殺めかけてあの日の約束をまた果たせないことと、彼女たちの今の主であるはやてを守らなければならないという二つの重荷に挟まれているに違いない。
救いの手を差しのべることができる者は、あそこにはいない。彼女たちは、逃れることの出来ない一種の呪いのような地獄に苛まれている。
思わず口を噛んだ。彼女たちを救うために始めてきたことが、今では彼女たちを苦しめてしまっている。旧アルベルト邸調査の際にもっと注意をしていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
「......なあ、闇の書」
「何でしょう?」
対照的に淀みのない澄んだ青空をぼんやりと眺めながら、青年は呟く。
彼女は、同じように空を見あげていた。
「この11年間、俺は守護騎士たちを呪いから解き放つために、血のにじむような努力をしてきた。使い魔のエレンの支えもあったけど、それでも俺は、お前達を救うためにどんなことでもした。勉強もした。技術も磨いた。全ては、この日のために。でも......」
言って、息を吐く。
「俺のしてきたことって、やっぱり土台無理な話だったのかな。あの実験で、俺は確かに......この力を得た。狙撃手の家系だったことと相まって、とんでもない狙撃能力も得た。頭だってかなり鍛えてきた。でも今は......助けたいと思った、あの優しい守護騎士たちを苦しめている。そして今、俺はここで足を止めてしまってる」
自嘲するように乾いた笑いを吐き出したローガンは、胸の上に固く握った拳を乗せた。それなのに、まるで力が入っていないかのように肉が震えた。
全ての準備は、もう整っているはずだった。
足りなかった全てのピースは埋まり、事件解決に必要なものも準備した。
だけれども......それよりも、ローガン自身のことが問題になっていた。
心臓を貫かれた怪我は、シャマルの治療なら大方治るだろう。だが、体が治っても、まだ目覚めることが出来ていない。その結果、この『世界』に未だに囚われてしまっている。出ることは、出来ない。
そして、彼の精神状態はハッキリ言って最悪だった。
簡単に言ってしまえば、本当にこのまま進めて彼女たちに幸せをもたらすことが出来るのか、と疑心暗鬼になっていた。
彼女たちは今、自分のせいで苦しんでいる。それが何とも言えないほどに、辛かった。
もう、彼女たちに辛い思いはさせないと誓った。だが、結局はそれすらも守れていない。それなのに、11年間の約束を果たそうだなんて。
このまま、自分の努力を突き通して彼女たちを救えたとしても、後に残るのは、彼女たちを苦しめたという事実だけなのではないのだろうか......。
「......私は、そうとは思いません」
彼女は、ずっと澄んだ瞳でローガンを見詰めた。
「貴方は、優しい騎士たちのために、あなたの全てを賭けて下さいました。あの日のことを胸に、貴方はずっと......力を使い続けてきました。その身がボロボロになろうとも。騎士たちを呪いから解き放つために努力している貴方を、私はずっと知っていますから」
それに、と言って銀髪の美人は、その凛々しい瞳を閉じ、白い手を青年の頬に伸ばした。少し、冷たかった。
「痛みや辛さ、時には御身を貫かれても諦めずに努力してきたことが、無駄であるなんてことは、有史以来ありませんよ」
心の中で、ずっと重たかったその
旧アルベルト邸以来、現実と空想の最中で思い描いていたことは、実に滑稽で、なんとも浅はかな考えだったことが少し思いがけなかった。
言われてみれば、何のことは無かった。この11年間もの間、今日この日のために努力してきたんじゃないか。
今更、ためらうことも無い。いつかこうなることは予想していたし、それでその結果になるのだとすれば、いいのではないのか。それはそれで。
「......何故かな。今日は、ちょっと気分が良い」
息を吐きながら、遠い空を見つめた。
活力の戻った瞳は、空を見てはいなかった。そこに存在するはずの、燦然と輝く虚の命に向かって、ローガンは心からそれを美しいと思えた。
この胸に宿る、“負の遺産であり自らの星”を感じながら、眠りから覚めようとしているそれに呼び掛けるのだった。
俺は、全てを終わらせるよ。
何の意思表示か、それに反応するように体が熱くなった。まるで、この子もそれを望んでいるかのように。
歪んだパズルは、もう一度書き換えられるべきなのだ。そして、もう一度やり直す。
全てを取り戻す。ローガンはそのための所謂『兵器』なのだ。
「......ありがとう。そして、すまない。心配は掛けさせたくなかったんだけどな」
「お気になさらず、ローガン。私は、11年前に全ての罪を貴方に押し付けてしまった。望まぬ未来に手繰り寄せられ、人としての存在を失い、常人には耐えられない苦しみを与えてしまった」
「気にするな。あれはあの男がやったことだ。お前は関係ない。それに......俺、意外とこの状況、楽しんでるんだ。これで、全てを終わらせられると思えば、あの地獄も、相殺される」
「......優しい人です。主はやてと同じ。もう少し、貴方と早く出会っていれば......また世界も変わっていたかもしれませんね」
思いつめたような笑みを浮かべながら、彼女は目を落とした時。
突然、今座っている緑の絨毯......いや、大地が耳に残る轟音と共に震動を開始したのだ。
「外で、大きな動きがあったようです。これは......闇の書が、完成した?」
「......どういうことだ?完成まであと少しのページが残っているんじゃないのか?」
初めてローガンは、焦りに胸を焼かれた。闇の書の完成。それはすなわち、全ての終わりを意味する。
しかし、彼女の反応は......必ずしも、そうではなさそうだった。
「恐らく、騎士たちのコアを蒐集することによって調達したのでしょう。主はやても、同戦場に召喚されているようです。......ですが、少し様子が変です」
「おい、何があったんだよ」
彼女が、ゆっくりとこちらに振り向く。その瞳には、不相応な焦燥が垣間見えた。
「私にもよく分かりません。ですが、何だか......全てがおかしい気がします。今起こっている全てのことが、私が今まで見たことの無い事象になっているんです。......この世界自体が私には分からないのですから」
そこでローガンは、ようやく気付いた。
11年間で積み重ねてきた研究。それによって導き出された答えは、“太古に起こった事象と同じ”だということは、あの実験を執り行ってからは勿論起こりうることだとは、検討がついていた。
その時、もう一度地面が激しく揺れた。バランスを崩した彼女を抱きとめながら、ローガンは崩れゆく『夢』を見上げた。
「......もう、限界か」
揺れる大地を遠目に、口の端を強く結んだローガンはゆっくりと立ち上がった。一緒に立った彼女は、黒い服をゆらしながらこちらに振り向いた。
「......はい。主はやてと、そして闇の書を蝕んでいる自己防衛プログラム......『ナハトヴァール』は、その主な機能を貴方に譲り渡しています。少しだけ残っていたのですが、しかし貴方に取り付いている呪いが貴方自身を蝕むものなら、主はやてには世界を蝕む呪いを保持しています」
「俺がはやての病気の重荷を肩代わりしていんだな。ま、足の方は彼女に残ったようだが」
「ナハトが一度暴走を始めれば、もう手のつけようがありません。前の主、アルベルトが闇の書のプログラムを弄ったおかげで、外の世界で本来起こるはずだった事象が形を変え、変質し、私の見たことないような起動の仕方を見せました。外に出れば、貴方の予想もしていなかったことが起こるかも知れません」
痛ましい表情が、今しがた外で起こっているであろう状況をローガンの脳裏に浮かぶ情景に不穏なものを撒き散らした。
この11年間、そしてこの間の旧アルベルト邸捜索で成しえたものは、かなり大きい。管理局ですら解決策の見いだせなかったこの闇の書事件を一気に解決に導くような研究成果だ。
それを基に、既に停止のプランは用意してある。何百、何千、何万年もの時をさ迷い続け、破壊と憎悪など様々な爪痕を残し、悲劇的な事件を作り出してきた闇の書を完全に停止させ、無限転生の呪いを掛けられた守護騎士たち、そして主の悲惨な末路を回避できる。
文字通り、『全てを終わらせる』ことが出来る。
その全ての計画と方法を彼女に伝えると、最初は真摯に聞いていた表情がどんどん驚きに変わり、そして彼女は思わず聞き返していた。
「ローガン。貴方は、正気なのですか?」
「どういうことだ」
「貴方の計画、確かに闇の書の呪い全てを終わらせることができるはずです。あなたより長く生き、誰よりも闇の書のことを知っているはずの私でさえ......その方法は思いつかなかった。ですが、その計画には重要なことが抜け落ちています」
噛み付くように、声を震わせながら彼女は口を開くのだった。
「貴方は......どうなるのですか?」
「......」
その計画は、かつて彼女が考えて実行しようとしてきた方法とは全く異なっていた。時が流れ、時代が変わり、彼女たちの記憶も薄れてきた今だからこそそう思えるのかもしれない。だがそうだとしても、彼のその方法は、今まで彼が血のにじむような努力をしてきたということが心を痛めるほどに伝わってくるようだった。
何故なら......その救済策には、他でもない“彼自身”が、含まれていなかったのだから。
「貴方は......英雄にでもなるおつもりですか?この呪いを作ってしまう原因である私に何かを言う権利などないのかもしれませんが、こればかりは言わさせて下さい。貴方は、重大なミスを犯しています。私たち守護騎士と我が主と貴方が乗せられた天秤は、等しくはなりません」
「......いいんだよ」
「ダメです!貴方は優秀で、努力家で、なおかつ徳があります。貴方は、素晴らしい御方です。だからこそ貴方は、あの世界に必要なんです。そんな方法で私たちをお救いになるのだとすれば、私は望んで自らを破壊します!」
「止めてくれ。一度決まった心が揺らぐ。もう、止まれないんだ」
綺麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにした彼女の頭に手を乗せたローガンは、全てを見通したような瞳で彼女の相貌を見詰めた。
「あの日、あの約束から早くも11年。長かった。とてつもなく。死にたくなるくらいに。お前の言う通り、俺は身を削るような過酷な環境で過ごし、その後も身を削って努力をしてきて、ここに来た。何度も傷つき、何度も絶望し。使い魔のエレンの助けもあって、俺は......ようやく、この
死にかけることなんて数え切れない。それもこれも、全て......君たちを、あの地獄の中俺を支え続けてくれた守護騎士たちを救うためだ」
啜り泣く彼女の滑らかな肩線に両手を乗せると、そして彼女を優しく抱きとめた。驚くような声を上げた彼女だが、すぐにその意味を察し、俯いた。
「俺は、お前達を救うよ。絶対に。お前達の愛する主、八神はやても救う。忙しくて、あいつとはほんの数回しか会ってやってないけど、はやてはお前たちに必要だ。俺は、それを......“見守って”いるだけでいいんだ」
そうだ。もう、恐れるものは無い。
11年間というその長い、長い地獄は......今日、ようやく終りを迎える。守護騎士たちや闇の書の主たちを苦しめてきた、“呪い”と共に。
青い、強く揺れる透き通った空を見上げた。そこに、星は存在するのだ。
「......さあ、泣いている暇はないぞ。『祝福の風』は、俺達に向かって吹き込んでいる。こんな好機はない。外に出れば見たことの無い怪物が俺の友人や、お前の守護騎士たちを襲っているはずだ。はやても、そこにいる」
レッグホルスターにしまってあったHG-45を抜き取り、ローガンはゆっくりと彼女を離した。名残惜しそうに涙を拭う彼女は、強気の笑みで返した。
「行こう。全てを、取り戻しに。あの日の約束を、果たす」
「......はい」
空から轟音が響く。真上には、青い空とは対照的に、黒い世界がこちらを覗いていた。そこからひび割れが辺り一帯に渡り、ついに......彼らを包んでいたガラスの箱が破られ始めた。
視界が暗転し始める。だけれども、不快感は無い。
「魔力弾、弾効シフト......『
......ありがとよ、トートエンゼール。あの日々は辛かったけど、楽しかったぜ。
もう、何も考えることは無かった。
俺は、ここを出て......全てを終わらせる。この身が滅びようとも、必ず。
ひび割れの大きくなった天井に、ローガンは躊躇いなく引き金を引いた。
先程まで足が着いていた場所が、目の前にあった。やけに体が冷たい。まるで熱を奪われるが如く。ザラザラとあまり気持ちの良くない地面に頬を剃っていることに気づいたのは、少し遅かった。
ガンガンと鳴り響くような頭痛を耐えながら地面に手をついたフェイトは、少しだけぼやける記憶を探りながら、今しがた自分の身に何が起こったのかを考えようとした。
しかし、まるで腕に力が入らず、カクリ、と腕が曲がってまたしても地面に倒れ込んでしまった。
「っ......ぅ」
まだ痛みの残る頭を抑えながら、すぐ隣から声が聞こえるのを感じてそちらに顔を向けると、そこには......白いバリアジャケットを身にまとった親友が同じように頭を摩りながら起き上がろうとしていたところだった。
「な......のは............」
「うぅ......フェイトちゃん、大丈夫?」
「な、なんとか......」
シグナムたち守護騎士との戦闘が佳境に入り、なのはがあと少しでヴィータを必殺のディバインバスターで仕留めようとした時、それは起こった。
唐突に現れた闇の書は、その最強の一撃を簡単にはじき飛ばし、顕界した。
その周りに、黒い蛇のような不気味な動く物体を纏わせながら。
瞬間に、自分たち......守護騎士たちも含めた全員にバインドが掛けられ、そして闇の書は、聞いたこともない非道なことを、守護騎士たちに施した。彼女たちのリンカーコアを蒐集したのだ。
その様子は、近くのビルの屋上に強制転送されてきたはやてにも見えていた。目の前で彼女たちに苦痛を与えさせるという拷問に、はやては泣き叫んでいた。
その声には聞く耳を持たず、蒐集を終了させた闇の書は、完成と同時に黒い光に包まれ、爆発にも似た衝撃波を撒き散らした。その衝撃に吹き飛ばされた全員は、はやてのいた屋上に転がされ、今に至るのだ。
「っ......!そうだ、はやては!? 」
弾けるように周りを見回したフェイト。
ユーノから聞いた、歴代の闇の書の主の末路。それは、闇の書の完成と同時に他でもない闇の書に殺されるという悲劇が起こるのだと。となれば、はやては......。
それが杞憂だと分かったのは、直後に後ろから聞こえてきた、恐怖と絶望に取り付かれた少女の声だった。
「な、なんでや......何でそんなことをするん......?」
全身を襲う痛みに耐えながら立ち上がると、そこには、あのパーティで着ていた服のままそこに力無く座っているはやてと......黒い光を放つ闇の書があった。
『......』
「なんでや.....なんで返事してくれへんのん......?」
闇の書は、答えない。押し黙ったまま、怪しい光を放つだけだ。
闇の書の後ろにいる彼女たちに目を向けた。リンカーコアを吸収され、痛みがあるのかうめき声を上げながら、シグナムたち守護騎士は、そこに横たわっていた。
「主はやて......はやく、逃げて下さい......」
「し、シグナム......?」
呻くようにそう口を開いたシグナムは、こちらにその瞳を向けていた。
「闇の書は、貴方のことを......っ!?」
シグナムの声が途切れた瞬間に、はやては背筋が冷たい指で撫でられる感覚を覚えた。その不穏なものを放っている闇の書を上げると、そこには......怪物がいた。
その背後から刺々しい針の付いた触手をうねらせながら、その1本を、はやてに向けていた。そして、そのうちの1本を......はやてに向かって、突き刺そうとした......
「え......?」
「はやてっ!!」
「はやてちゃん!」
「主はやて!」
おもわず、はやては目をつぶった。
その、瞬間だった。
『やらせはしない!』
聞いたことのある男の声が、この場にいる全員の耳に届いた。直接ではない。何か、間を通して聞いたような......不思議な感覚。
辺りが、今度は眩いばかりの真っ白な閃光に包まれた。
しかし、眩しいとは感じなかった。いやむしろ、どうしようもなく心地の良い光。
まるで......“あの青年”が、彼女たちに与えてきた希望のようだった。
まるで数十分もの時間が流れたような錯覚に陥った。気づけば、そこは間違いなくさっきまで座っていた場所だ。
はやてだけでなく、その場にいた全員が思わず目を疑った。
なのはとフェイトは、数日前にいなくなってから会っていないから。シグナムとヴィータ、シャマル、ザフィーラは、自らが犯したことを鑑みていたから。はやては......そこにいる人間が、彼女の知っていた人間では無かったから。
だって、有り得ないのだ。
彼が、そこにいること自体。
「......間一髪、だな」
黒い服。黒い帽子。そしてその背中が語る強さ。
そこにいる彼は、間違いなく......ローガン・ハンニバルだった。