聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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そろそろ、物語も終盤に差し掛かってきました。主人公と、守護騎士たちの再会。そして次は、オリジナルな展開ではありますが、決戦です。
残すところ、あと数話です!思ったよりも早く終わってしまうとは......予定では30話とかいくと思ってたんですがね^^;
どんな感じになるのか......お楽しみに!





第10話 明くること無き夜
1.


 それは、ローガンが再び目覚める数分前に遡る。

 あまりに唐突すぎて、あまりに非現実的すぎて、そこにいるスタッフたちは何も状況を理解出来ていなかった。

 闇の書の完成を確認した管理局の大型次元航行艦アースラのスタッフたちは、クロノの考案した作戦のためにアルカンシェル発射を準備しようとしたとき、それは起こった。艦橋に本来ならば居てはいけない人間と使い魔が乱入してきたのだ。

 

「......アルカンシェルは、発射させん。リンディ提督」

 

 開いた口が塞がらない、とはまさにこのことを言うのだろう。

 臨戦態勢の猫の使い魔2人に挟まれるようにそこに立っていたのは、2人の男性だ。右側の白髪の多い男性は、優しそうな表情にあからさまな攻撃意識を潜ませている。そして、左側にいるのは、少しだけ申し訳なさそうに立っているが、それでもクロノやリンディたちの動きを止めるには充分過ぎた。

 

「グレアム提督......クライド......?」

「......すまない。だけど、アルカンシェルは発射させない」

「もし、強制的に発射させようとすれば......私の優秀な使い魔のリーゼロッテとアリアがスタッフたちを捕縛する」

 

 グレアムのその鋭い目線は、それが嘘でないことを明確に暗示していた。正確に、リンディとクロノの瞳を突いている。

 

「グレアム提督、クライド提督!お2人は、今何をしていらっしゃるのかお分かりなのですか!?」

 

 たまらずクロノが叫ぶ。

 そう。これは、管理局に対する明確な反逆行為に等しいのだ。

 信じたくなかった。自らの父親が、自らの師匠が、そして管理局の提督が、こんなことをするなんて。

 

「分かっている。しかし、我々は......『あの青年』のためにも、アルカンシェルを使わせられないのだ 」

「ですが、これがなければ闇の書事件を全て終わらせることなんて、出来ないのです。ここで闇の書事件を終わらせなければ、多くの人々......いえ、この星自体を滅ぼしてしまいかねないのです!」

「リンディ提督。これは、上官命令だ。アルカンシェルの発射を中止しろ」

 

 両者1歩も引かない舌戦を惚けたように見守るアースラスタッフたち。

 これは、グレアムやクライドにも、絶対に譲れない境界線だった。

 アルカンシェル。管理局の大型艦船に搭載される、空間歪曲と反応消滅を発生させて対象を破壊する、いわゆる魔道砲。クロノの作戦とリンディの案で行われようとしていた闇の書停止プログラムの中に、無くてはならないものである。クロノたちにとって、それをつかえないということは、即ち闇の書の封印をするなと言っているようなものだった。

 だけれども。

 

「......頼む。アルカンシェルの発射準備を止めさせてくれ。この闇の書事件には、『ローガンの全て』がかかっているんだ」

「ローガンの?」

 

 その名前に眉をピクリと動かしたリンディは、体に命令していた緊張をいくらか解いた。

 ローガンは、数日前に辞表を提出して謎の失踪をしたまま行方不明になっている。今彼の所在を知っている者はいないはず。ということは......2人は、ローガンの失踪について何か知っている?

 詳しく話を聞こうと思った、その時だった。

 

「闇の書から高い魔力量を検知!これは......未知のエネルギー反応......!?」

「いえ、違います!紫色の魔力光......まさか」

 

 艦橋に映し出されたモニターから、眩いばかりの光が差し込んだ。スタッフたちの動揺を他所に、クライドとグレアムだけは......「始まったか」と言ったふうにつぶやくと、モニターを凝視していた。

 光が晴れ、スタッフたちが状況確認のため奔走する。

 モニターに、先程まではいなかった青年が現れたことに気づいたのは、エイミィだった。

 

「艦長!」

 

 リンディは、その映像を見て......少しだけ、いや完全に凍り付いた。だって、そこにいたのは......

 

「ロー、ガン......?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ローガン、なのですか......?」

 

 思わず、シグナムは惚けた顔で呟き、周りにいた全員の心を代弁するようだった。守護騎士たちは、痛む体に鞭を打って起き上がる。

 静かに、青年は彼女のその青い瞳を見据える。確かに、彼女にも思うところは沢山あるだろう。他でもない、ローガン自信も......彼女たちを見つけた瞬間に色々な話したい言葉が思い浮かんだが、言葉を見つけては泡のように消え去っていく。人は、そういうものなのだろう。

 今この場で泣き出してしまいたい......あの時のように。そのような衝動を必死に抑え、彼女たちの近くに歩み寄ると、口の端を僅かに上げ、彼女たちの前に膝をついた。

 

「......俺以外に、誰がいるっていうんだ?」

「......お怪我は、もう?」

「ああ。誰かさんが治療を施してくれたおかげでな」

 

 彼女たちの瞳が、心が、みるみるうちに揺らいでいくのがわかった。

 今までは、戦場で敵として遠距離から対峙してきた守護騎士たちは、今は目の前にいる。

 11年前の彼女たちと、まったく同じ姿だった。唯一違うのは、その身に纏う騎士甲冑のデザイン。所謂本の虫であるはやての考えそうなその可愛らしいコスチュームを見て、ようやく出会えたと実感した。

 華麗で美しくも凛々しいシグナム。可愛らしいけれども強さを感じるヴィータ。優しくて何処か抜けているところもあるが頼りがいのあるシャマル。狼形態ではあるが、猛々しい体つきと隆々とした筋肉を纏うザフィーラ。

 降りしきる雪粒が、頬を濡らす。何度も衝突し、殺されかけたが、それでも、これは......ローガンが待ちわびていた、あの日々を支え続けてくれた、守護騎士たちとの再会なのだ。

 

「......久しぶり。みんな。11年も待った。この日を。話したいことは沢山あるけど......言葉は、いらないな」

「っ......!」

 

 ブーニーハットを地面に置くと、遅れて胸に熱いものが走った。

 

「ローガン......ローガン!!」

「無事で......良かった......!」

 

 飛びついてきたヴィータの可愛らしい紅い帽子がゆっくりとコンクリートの上に落ちる。大声で泣き叫ぶ、あの頃よりも随分と小さくなった彼女の頭の上にポン、と手のひらを置いた。シャマルはその綺麗な顔を涙にぐしゃぐしゃにしながらその場に崩れた。

 その光景をずっと見ていたなのはとフェイトは、事情を知っているからこそ......11年という永遠にも似た時間を過ごしてきた彼と、ずっと心を痛めてきた守護騎士たちに、思わず涙を零すのだった。

 

「......すまないな。迷惑を掛けて。ザフィーラも、元気そうでよかった」

「......有難うございます。よくぞ、ご無事で」

「シャマルも。そんなに泣いていると、折角の美人が台無しだ」

「いいんです。だって、ようやく会えたんだもの......泣いても、いいじゃないですか」

「このちびっ子も、そんな感じみたいだしな」

「ちびっ子って......言うなよ!お前だって昔はこんなに......ちっさかったじゃねえかぁ......!」

「昔は、ね。でも今は俺は......もう大人になってしまった」

 

 彼女たちも、苦しかっただろう。

 旧アルベルト邸での戦闘で彼を殺しかけ、またしても過去の呪いに縛られた彼女たちの心がどんなものだったのか......想像に難く理解に易しい。

 時は、雲が流れるように過ぎていく。あの時は9歳の病弱な少年だった自分が、今はスナイパーとして戦いを続けている戦士となった。人生とは、まったく不可解だ。彼女たちも、それは分かっているはずだ。

 かつて、彼女たちが自分にしてくれたように......ローガンは、柔らかい笑みを向けてあげるのだった。

 

「ローガン......」

 

 その声に振り返ると、1人だけ、呆然としている女性を見つけた。

 桃色の髪を黒い髪留めで背中に流している桃色の騎士甲冑を纏った女性......シグナムだった。

 ふと気付いたヴィータとシャマルは、1度顔を見合わせて、少しだけローガンから距離を置いた。

 

 いざ彼女と向かい合うと、溢れ出る思いがとめどなく流れそうになった。冷たい風が、2人の頬を撫でた。

 守護騎士、ヴォルケーンリッターが将。凛々しく美しい、古代ベルカ指折りの最強の騎士。そして......11年前、あの地獄の中で自分をずっと支え続けてくれた、一番の功労者。

 何を話そうとして口を開くが、上手く言葉が繋がらず、結局閉じてしまう。それを幾度か繰り返す。彼女も同じように、少し目を逸らしたりしながらも何かを喋ろうとする。

 

「......相変わらず、綺麗だな」

「......お戯れを。貴方こそ、11年見ないうちに、凛々しくなられました」

「世話をしてくれた人が良かったからな。その人は、いつも俺を支えてくれた。優しい心の持ち主だ」

「っ......!」

 

 俯いたシグナムは、肩を震わせていた。

 彼女の負ってきたものは、たぶん守護騎士の4人の中でも一番辛かっただろう。

 ローガンの父親を殺して彼の全てを奪った彼女は、その罪に心を痛めてずっと後悔をしてきた。もしあの時、自分が彼の父親を殺していなければ......ローガンは、今よりももっと幸せな時間を過ごしていたに違いない。その罪を贖うことは、一生掛かっても無理だった。それこそ、無限転生の呪いがあっても。だからこそ彼女は、ローガンのことを守り、支えていくと誓った。

 そして、この間は......今度は自らの手でローガンを殺めかけてしまった。守ると誓った彼を、その手で。

 失ったものは、騎士としての誇りだけではないのだ。

 

「......ローガン」

「......なんだ?」

 

 確かめるように、彼女は彼の名前を呟いた。

 

「......ローガン」

「......ああ」

 

 何度も、何度も。シグナムは繰り返す。

 常人には耐えきれないような絶望を抱いてきた彼女にしか理解することの出来ない、雪解け。

 今までの努力を蔑ろにする雲は、全て去っていくような気がした。

 いつの間にか、彼女の頬に彗星のように美しく儚いものが流れた。空には、オリオンが悠々と鎮座しているように見えた。

 

「......会いたかった。貴方に。もう一度。そして、謝りたかった。私が、あなたにした事は......」

「......気にするな。今はもう......気にしないでくれ」

 

 ふと、自分の頬が風もないのに冷たくなっていた。心と頬が織り成すコントラストは、何にも例えることの出来ない感情を導き出していた。

 

「......少し、目を瞑ってもらえませんか?」

 

 シグナムのその言葉に素直に従い、少し切れ長の瞳を閉じた。

 体に強い衝撃が走り、少し驚いたが......ローガンは、目を開けることは無かった。

 甘い女性特有の香りとともに胸に飛び込んできた彼女をそっと抱いてやると、耳に彼女の嗚咽が届いた。

 

「......辛かったな。痛かったな。俺もまた、会いたかった。シグナムに、礼を言いたかった。貴女のおかげで俺は、あの事件のあと、力強く生きることができた。シグナムたちが支え続けてくれたからこそ、俺は今こうして、またシグナムたちと会えたんだ。長い旅路だったけど、こうして......」

 

 溢れ出そうになった思いを口を噛んで抑える。

 懐かしい、なんてものは無かった。あるのはただ、1つ。ようやく出会えたという、言葉では形容し難い感情が、彼の心を満たしていた。

 何度も絶望し、何度も諦めたくなった。その度に、あの時シグナムたちが見せてくれた笑顔を思い出してここまで歩いてきた彼女たちを救うために、努力してきた。それこそ、血のにじむような努力を。

 あのローガンが人間では無くなった日。ローガンは、闇の書とアルベルト・ヴェンスキーの生み出した負の遺産になった。今もなお体は蝕まれ続けている。

 だから......燃え尽きるまでに、終わらせる。闇の書事件も。守護騎士たちと、その主にかけられた呪いも。そして、自分の背負ってきた......重たすぎる過去も。

 その覚悟は、ようやく成就した。大切な人と。11年待ち続けた。それは、永遠に続くような時間と月日だった。

 痛み。悲しみ。寂しさ。張りつめていたものが、二人とも弾けたように......少しの間、抱き合って、2人で涙を流すのだった。

 

 しばらくして落ち着きを取り戻したシグナムは、ゆっくりと名残惜しそうにローガンから離れた。もう彼女には、荷物は無くなったようだ。

 それを見計らって、ずっと空気だったなのはとフェイトに顔を向ける。

 

「......なのはとフェイトにも、心配かけたな」

「いえ、私たちはそんな」

「大変だったろう。そんな傷だらけになってまで戦って」

 

 見ると、彼女たちのバリアジャケットには切り傷を含めて破れたり血の滲んだ痕がある。激しい戦闘だったことが伺える。

 自分がいない穴を、彼女たちはしっかりと塞いでくれたのだ。

 不意に、寒気がした。腕時計を見ると、もう夜も進んで10時になっていた。今頃、サンタクロースの訪問を楽しみにしている子供たちが布団に入って、眠れぬ夜を過ごす。

 ローガンには、時間が無かった。

 

「......そろそろ、奴が動き始める」

「......え?」

 

 ヴィータがそのつぶやきに反応し、声を上げた。

 

「奴って?」

「この闇の書事件を引き起こす原因でもあり、そして俺の体に宿っているそれの本体でもある防衛プログラム......『ナハトヴァール』。あの黒い蛇みたいなやつだ。あいつは、もうじきお前達の集めた魔力を使って暴走を始める」

 

 皆の心に緊張が走る。

 ついに、始まるのだ。闇の書事件......その最期が。

 

「ここに来る直前、俺は闇の書の中に閉じ込められていた。闇の書の管制融合騎と共に。そこを抜け出す時に俺が放った魔力弾は、闇の書とナハトヴァールの結合を切り離す専用の弾。闇の書の管制を離れたナハトヴァールは、どっかで動き出す。あれだけの魔力量を保有してたんだ、この星1つ潰すくらい簡単だろう」

「ど、どうすんですか?!」

 

 堪らずなのはが叫ぶと、ローガンは皆の方に向いて、言い放った。

 

「俺が止める。全力でな」

「しかし......いくら貴方でも、闇の書の強大な力を相手にするのは危険すぎます!」

 

 フェイトの言い分は正しい。

 確かに、闇の書の力は巨大で、並の魔導師ならまず勝率は0と言ってもいいだろう。ローガンは、狙撃のスキルこそ誰にも負けないとはいえ、魔力量から言えば一般の魔導師と変わらない魔力量を保持している。そんな彼が1人で挑んでも勝てる相手ではない。......もし、普通のまま戦ったのならば。

 

「この11年もの間俺が行ってきた研究の一つは、そのナハトヴァールを止めるものでもある。停止のプランは用意してある。あとは、それを実行するだけだ」

「でも......」

 

 シャマルは、ローガンのその瞳を見て押し黙った。彼は、やる気だ。

 昔から、彼は1度決めたことは絶対にやり遂げるという信念がある。この目は、あの時と同じだ。こうなれば、何を言っても無駄なのだと分かっていた。

 けれど、だからといって彼を1人で行かせるのは危険過ぎることに変わりはない。

 

「それなら、私たちも加戦します。貴方だけでは行かせられ......」

「だめだ」

 

 シグナムのその訴えも、ローガンは言い切る前に切り捨てた。

 

「どうして!?」

「お前達はさっきリンカーコアを蒐集されたばかりだ。魔法も使えず、動くこともままならないお前達を、危険に晒したくない」

「なら、私とフェイトちゃんが行きます!」

「君たちも、シグナムたちとの交戦で疲労が溜まっているはずだ。危険すぎる」

 

 尚も食い下がらない女性陣に、ローガンはゆっくりと手をかざして彼女たちを黙らせた。

 目を閉じ、静かになったのを確認すると、息を吐いた。

 

「......これは、俺1人でやる。いや、俺1人でやらなければならない。

 11年前に受けた実験で俺の体に埋め込まれたナハトヴァールは、闇の書本体に備わっていたその半分を持ち去った。俺の体に宿ったナハトは俺の中で変異を起こし、俺の体と密接に絡むことになった。そのほとんどの機能は本体から独立し、新しい活動機関として動くことになったが、一部がまだ本体と繋がっていた。俺の心の闇を食らったナハトヴァール本体は、恐らく本来のそいつとは全く別の形となってここに現れる。

 だから、闇の書は従来の改変の影響とさらにプラスして別の影響を及ぼすようになった。暴走を開始するナハトヴァールは、恐らく危険度が高い。万全な体制でなければ、あいつとまともに渡り合うのは無理だろう」

 

 言うと、ローガンは足元に魔法陣を展開。手を前に翳すと、なのはやシグナムたちも見たことがないくらいに巨大で無骨な長物が現れる。それを握ったローガンがストックを地面に落とすと、地が揺れた。

 

「AMR-15。この日のために作り上げた、対ナハトヴァール専用の50口径スナイパーライフル。弾薬も従来のものとは違う。貫通性能、威力を極限にまで高めたヘヴィバレットは、着弾貫通と同時に周囲の魔力を吸収し、爆発を起こす。これがあれば、ナハトヴァールを粉砕することが出来る」

 

 巨大なマガジンを差し込み、コッキングレバーをこれでもかと言うほど引いたら手を離す。ガシャン、と重低音を響かせながら初弾を装填すると、スコープのバトラーキャップを外した。

 

「......闇の書が誇る守護騎士、ヴォルケーンリッター。君たちをそこまで追い詰めさせたのは、他でもないこの俺だ。俺への思いとお前達の主への忠誠との間に板挟みにされたお前達の心労は、計り知れないものだっただろうな。それも、もう終わりにしよう」

 

 スリングを肩に通してアンチマテリアルライフルを背負ったローガンは、ビルから数キロ離れた所で突如として現れた黒みがかった紫色の光の柱に目を向けた。

 恐らく、なのはやフェイトにとっては見覚えのある色だろう。その光に不吉なものを感じたのか、フェイトは心配そうに口を開いた。

 

「本当に、1人でやるつもりですか」

「そうだ。アルベルトの作り出した地獄に終止符を打つ。そのための、こいつだ」

 

 親指で背中の兵器を指さす。

 今日この日のためだけに作り上げたAMR-15ほど強力な武器は無い。

 フェイトに笑を向けて、ローガンはつづけた。

 

「それに、俺には優秀な使い魔がいる。本当は、お前達がいてくれたらなお心強かったんだけどな。危険は避けたい。俺のために死なれちゃ困る」

 

 シグナムたちの表情が曇る。

 腕に自信のあるシグナムたちにとって、それはある意味での侮辱でもあった。自分たちが、見たことのない生物になんかに負けるはずがない。

 ローガンは、その気持ちを分かって言っていた。確かに、彼女たちならナハトヴァール相手にも素晴らしい戦いを繰り広げてくれるだろう。だが、彼女たちの状況を鑑みると、もともとの力を最大限発揮することは出来ないだろう。

 

「どうして、そこまでして?」

「何のために戦うか。それが分かったからだ。あのときは確かに地獄だった。その中で共に過ごした友人の優しい心は、俺に生きる活力をくれた。守護騎士たちが、俺に生きるという選択肢をくれた。今度は、俺が与える番だ」

 

 このローガン・ハンニバルという青年にとって、守護騎士たちを救うことは、彼の生きる理由だった。裏を返せば、そのために“生かされて”いる。

 ローガンの全てを奪った守護騎士たちは、恨んで当然の人生の仇であり、それでいて彼の命の恩人でもあった。

 くどいようだが、ローガンには......やるべき事がある。

 全てを終わらせること。それが、彼にとっての最期の任務(ラストミッション)なのだ。

 

「ロー......兄......?」

 

 話についていけていないはやてが、不安そうな表情でこちらを見ていた。

 ローガンがナハトヴァールの機能の半分を持っていることにより、彼女には足が使えないという症状が現れていた。彼女も、闇の書......いや、ローガンに振り回された被害者の1人。彼女も、対象である。

 車椅子から落とされた形でそこに座らされていた彼女の元に歩くと、その小さな体を優しく抱き上げた。

 

「......今まで黙っていてすまない。俺の仕事はなのはやフェイトと同じで、こんなのだからな」

「通訳をやっとるんやないの......?」

「それは表向き。本当の仕事は、スナイパー。その辺は、これが終ったら話す」

「何を、言うとるん?スナイパーって、映画か何かのとちゃうん?」

 

 混乱しているはやての不安そうな顔に、軽く息を吐いた。

 

「......お前は、強い子だ。正直、もしかするとはやては、シグナムたちが倒れたのを見ると吾を失うかもしれないとかおもってた。でも、間違いだった。お前は、こうして......絶望に負けてはいない」

「それは......」

 

 恥ずかしそうに、目をそらしながら。

 

「前にうちに来てくれた時に、ロー兄が教えてくれたこと、覚えとったから。シグナムやヴィータ、シャマルとザフィーラがそこに倒れているのを見て、私......怖かった。また、1人に戻るんかなって。逃げたくなったけど......ロー兄の顔が、頭に浮かんできて......もう一回教えてくれたんよ。『夢は、叶わないからこそ夢なんだ』って」

 

 そう言って笑うはやて。彼女は、自分が思っていたよりも考えのしっかりした子だったようだ。心配する必要は無かった。

 はやてをシグナムに渡す。やはり少し不安なのか、微妙な表情でこちらを見るはやてを元気づけるように、ローガンはニッと唇の橋を上げた。

 

「大丈夫。俺、強いから」

 

 踵を返して、ローガンは歩き出した。あの、光に向かって。その拳は、固く握り締められていた。

 数歩進むと、ローガンは少し立ち止まって、背中を向けたまま口を開いた。

 

「シグナム。ヴィータ。シャマル。ザフィーラ。帰ってきたら......必ず、約束を果たそう。君たちの主と一緒に。豪華な食事も、絢爛なイルミネーションもいらない。みんなで集まって......ここには、はやてもなのはもフェイトもいる。あの時よりも、楽しくなるかもしれない。11年越しの、聖夜を」

「......ええ、必ず」

「うん......」

「気をつけて」

「承知した。ご武運を」

 

 それを聞いて、ローガンはビルの端に立った。地と宙の境界線。踏み超えれば、落ちる。

 目の前に見える光は、変わらずそこにいる。

 

『大切な者は命を賭けてでも守り抜け』

 

 父親が教えてくれた先祖の言葉が、父親の声とともに脳内で再生される。

 あの時父は言っていた。『いずれわかる』と。今が、その時だ。

 父親の大切な人。その人は、もうここにはいない。今そこにいるのは、その教えを継いだ青年だ。

 

「父さん......父さんの教えてくれたこと、ようやく分かったよ。これが、父さんの言っていたことなんだよな」

 

 後ろで見守る人たちに聞こえない声で、ローガンは天を見上げて囁いた。

 空は曇っていた。絶えず降り注ぐ雪の粒たちが大地に降り積もり、白くコーティングしていく。その中に黒い野戦服に身を包んだローガンは立っているのが、不思議と気にならなかった。

 

「行ってくるよ、父さん。母さん。大切な人を守る戦いに」

 

 冷たいはずの空気が、妙に温かく彼の背中を押した。まるで、行ってこいと言っているかのように......。

 悔いることなど何も無い。

 その風に乗って、ローガンは......隣のビルへと飛び越えた。

 

 ただ一直線に............あの、光の元へ。

 

 全てを、終わらせるのだ。

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