闇の書事件。
かつて、多くの魔導師たちがその被害者となり命を落としてきた。そしてそれは、今もなお管理局にとっての最大の脅威の1つとして君臨し続けている。
その脅威が脅威たらしめる原因となっているのが、闇の書の自己防衛システム......ナハトヴァールだった。
ユーノ・スクライアの魔法技術と努力によって導き出された闇の書事件の全貌......の一部。それのおかげで、クロノやリンディたちがどうにかして闇の書を封じるプランを用意していた。
だが、4人の登場と......今まで行方不明となっていた管理局最強のスナイパー、ローガンの登場により、それは全て破綻することになるのだが。
リンディたちの目の前、艦橋に映し出される巨大ディスプレイでは、映画でよく見るような世紀末戦争が描かれている。
黒い、禍々しいその物体......生物と交戦するローガンの姿。
凄まじい砲火を掻い潜りながら好きを見て射撃に転じ、相手の動きを見ながら道路へ、壁へ、ビル屋上へ、ビル内部へと三次元的に動くその戦い方は、アースラスタッフたちだけでなく、長年最強魔導師として戦いに参加してきた歴戦の勇士、ギル・グレアムすらも初めて見るものだった。
黒い野戦服に身を包んで戦っているローガンと共に模擬戦をしたことのあるクロノは、思わず息を呑む。
今までやってきた模擬戦のレベルとは、明らかに違うローガンを見て絶句するしかない。
その模擬戦を思い出す度に、あの時の彼の強さがまるでお遊びのように感じるほどに、激しい戦闘。あんなことが出来る魔導師なんて、そうそういない。
「......すげぇ」
スタッフたちの中の誰かがこぼしたその言葉に、深く同意したくなる。
一体、どんな訓練をして、どんな風に技術を磨いてきたのか。あの動きであれば、もう何年もの間血のにじむような努力をしてきたに違いない。
かつての友人たちを救うために、どんな努力も惜しまない男。それが、ローガン・ハンニバルという青年だった。
だけれども、徐々に圧されてきているのが目に見えて分かってくると、クロノはいつの間にか拳を作っていた。
戦闘が始まってから、既に10分近くは経過している。さすがのローガンも、疲労が見え始めていた。
唐突に、彼がビル屋上から飛び降りる。その瞬間、ナハトヴァールが放った何か弾丸のようなものが爆発し、ローガンはビル屋内へといとも簡単に吹き飛ばされていた。
ナハトヴァールは追撃のために壁に飛びつき、先ほどの弾丸を放っている。
ガラスを突き抜けて飛び降りたローガンの動きが先程よりも緩慢になっている。腹部から止めどなく流れる真っ赤な血液が地面に花を咲かせるのが見えた。
このままでは、ジリ貧だ。いずれ体力の限界が訪れるのは、明白だった。
「艦長......僕に、ローガンの支援に行かせてください」
「......え?」
恐らく、そのクロノの訴えはリンディにとって予想外のものだったに違いない。
今しがたギル・グレアム提督に全てのプランを潰されたばかりである。それは、プラン続行を望む声とも聞き取れるのだ。
「このままでは、ローガン一尉は死んでしまいます。僕なら何とかできます。そのために、鍛えてきましたから」
「でも......それだと、ローガンの邪魔になりかねないわ。彼が背負ってきたもの。それを、知らないわけではないのでしょう?」
リンディの言い分ももっともだ。
彼はこの11年間、この日のために血の滲むような努力をしてきた。
もしここで、クロノが彼の邪魔をするような事があれば、どうなるかは分からない。
けれども、それでも......クロノは、ローガンを放っておけなかった。
彼は、色々あったけれども、クロノの師匠のような存在であり、兄のような存在であり、そして尊敬すべき、魔導師としての鏡のような存在である。
いつも1人で戦う、そんな彼を......どうしても助けてやりたかった。
「......行ってきなさい、クロノ」
「......グレアム提督?」
不意に背後からかけられたその言葉に、クロノは思わず聞き返していた。二つ返事で了承されるとは、思っていなかったのだ。
「君の両親は、ローガンに救われている。恩を返すのであれば、今だろう。ユーノとアルフも連れていきなさい。彼女たちなら、良い働きをしてくれるはずだ」
無表情でそう放つグレアムに、少しだけ違和感を覚えた。
何か、企んでいるのだろうか。そんな黒い想像が頭を過ぎったが、振りかぶって忘れることにした。
いまは、こうしてはいられない。
「ありがとうございます、グレアム提督」
敬礼を返すと、クロノは駆け出していった。
彼は、気づいていなかった。
グレアムが、少しだけ寂しげな表情を見せていたことに。
ゆっくりと、視界が本来の明度を取り戻した。
声すらも、出てこなかった。まさか、彼女たちが来るなんて。
だって、有り得ないのだ。彼女たちは先の戦闘のため負傷、魔力も変異したナハトヴァールと戦うには欠乏していたのだ。
ところが、今目の前にいる彼女たちは、さっき見た時のような負傷や疲弊が見られない。何が、あったのか。
しかし、そんなことよりも。
「どうして来たんだ......!」
ローガンを抱き上げていたシグナムに向けて放った言葉は、刺々しい。
まだくぐもったように聞こえる自分の声が、不思議と大きく感じた。
彼女たちは、ローガンが命を賭けてでも守りたい、大切な者たち。少し前の戦闘と蒐集により行動が規制されている彼女たちがこの場所に来ようものなら、まともに戦えず撃墜される可能性は九割以上。それは即ち、彼女たちは命を落とすということになる。
11年前に果たせなかった約束のためにここまでやって来た。こんなところで彼女たちを失うことは、彼の全てが終わることに等しい。それだけは、嫌だった。
「......すみません。ですが、戦況を見ていると、いても立っても居られなくて」
跪くようにして目線をこちらに合わせたシグナムは、申し訳なさそうに一礼する。その青い瞳には、漲る闘気が垣間見える。気付けば、守護騎士たち4人と、小さな戦士3人が、同様にこちらを見ている。
勘の良いシグナムが、ローガンの行為に含まれた意味を察していないはずがない。それならば......これは、彼女たちの意思か。
「私たちは、貴方を助けたいんです」
「それは俺のセリフだ。この11年間の地獄は、全て今日のためのものだ。ここでお前達が死ぬようなことがあれば、それすらも達成できなくなる!」
「それこそ、私のセリフです。もし貴方が死ぬようなことがあれば、貴方が私たちのために努めてきたことさえも果たせなくなるのですよ」
「っ......」
思わぬ反撃に、珍しく言いとどまる。思考が回らなない。
確かに、彼女たちがあそこで登場しなければ、ローガンは確実に死んでいた。
彼女の言う通り、自分が死ねば、積み重ねてきた努力を全て水の泡にしてしまうのと同意だ。
だけれども、この戦いは、ローガン自身のツケの精算でもある。過去に受けた実験で人でなくなったローガンは、死ぬのであれば、大切な者のために死にたいと思っていた。かつて、彼の父親がそうであったように。
それは、ローガンにとって......超えなくてはならない一線であった。
「だけど、これは俺がやらなければならない。あいつは......ナハトヴァールは、俺がやらないと倒せない。そうしなければ、ナハトヴァールは止まらない。闇の書事件を終わらせることが出来ない」
俯いて、重く言葉を紡ぐ。
「それは......分かっています。貴方が11年前に背負うことになったその宿命、私にもその重さはわかりません。ですが、あなたの心の痛みは私にも理解できます。
我々も、これまで......望まぬ無限転生の呪いをかけられ、自分たちの力ではどうしようもない壁に、心を閉ざされました。それは、あなたにも同じです。望まぬ運命を突きつけられ、それを担いで生きていくことを強いられた。1人で」
シグナムは、これまでローガンが行ってきたことを、なのはとフェイトから事細かに聞いていた。
誰にも明かすことのなかった、研究。
痛めつけるくらいに過酷だった訓練。
そして......守護騎士たちに対する、想い。
彼がどれだけの苦労をしてきたのか。シグナムたちは知っている。
彼女たちがローガンから与えられた影響。それよりももっと大きなものが、ローガンをそこまでの無茶に突き進ませていたのだ。
「だからこそ、私たちは、貴方を放ってはおけない。貴方はかつて、私たちに多くのものをくれた。私たちの、友人だ。友人の危機に、我ら騎士が助けに向かわないはずがないでしょう」
その強い瞳に、僅かに目をそらす。
シグナムたちをかき分けるように現れた、白と黒の騎士甲冑に身を包み、いつもの茶髪を淡い色に変えている少女が、悲しそうな表情で口を開いた。
「......ロー兄。闇の書事件は、貴方が引き起こした事件じゃない。わたし、闇の書の主がおこすことになった悲劇なんよ。何も、貴方1人が思いつめることはないんやで?」
「......」
沈黙を無視して、はやては続ける。
「貴方が11年前にされたその実験というものを、わたしはよう知らん。けれど、だからといって、闇の書事件の全てをあなたが終わらせる必要は、なんもあらへん。
わたしは、いつの間にか闇の書の主として選ばれとった。それは偶然かもしれんし、必然かもしれん。私の足も、闇の書の機能不全によって引き起こされたものやし。
でも、これは......多分、必然やったんやと思う。かさだからこうして、わたしはここにおれる。闇の書事件は、私たちが引き起こしたもの。だから、それを止める権利は、私たちにもある」
はやてのその強い意思に素直に驚かされ、思わず目を見張った。
少し前にあった時は、得体の知れない恐怖と不安に駆られて弱々しくなっていた彼女が、今ではこうして......言葉を発している。
「私からも、一言言わせてもらっても良いですか」
「......リインフォース?」
銀髪の女性が、ホログラムのようにしてはやての目の前に現れる。彼女は確か、闇の書の管制融合騎。あの世界で、唯一共に過ごした女性だ。
「この一連の流れは、古代より同じように続いてきました。古代ベルカの戦乱の時代に書き換えられた闇の書は、今のように闇の書の暴走という形で悲劇の歴史を残しています。
それを止められなかった責任は、私にもあります。これは、貴方が1人で背負っても良いものではありません。小さな戦士たち、守護騎士たち、主はやて、そして貴方が背負うべき、運命なのです」
彼女の言葉に、脳が揺さぶられるようだった。
欠けのある欠陥品のようなパズルが、音を立てて崩れさる。糊付けされていなかったそれは、激しく、そして跡形もなくバラバラになり......消えていく。
そうか......そうだったのか。
そんな言葉が胸に響いた気がした。それが本当に思ったことなのかは分からない。しかし、今まで背負ってきた荷物が光のように消失していくのははっきりと感じた。
「ここに一つ、信じて良いものがあります。
誰かのために命を賭けて事を進めてきた人は、いつか必ず報われる日が来ます。功を焦らず、1人で抱え込まず、1歩1歩確実に進んでいけば、遠からず終端に辿り着きます。
わたしは、貴方がそうして全てを終わらせることが必ず来ると信じています。だから......もっと、他人を頼ってください」
温かい風が頬をなでた。しかし、同時に冷たく擦る。
「私が言えたことではありませんが......もう少し、貴方の帰りを待っている人の声も聞いてください」
視界が歪む。とめどなく溢れ出る感情が心を包む。
誰にも明かすことのなかった胸中。ローガンにとって、この闇の書事件を解決させて、守護騎士たちを開放することは全てだった。
自らのせいで全てを狂わせてしまった。だからこれは、自分1人で終わらせなければならないと思っていた。
最後に彼は、真実を見たのだ。
理解されることのなかった気持ちが、とどまることを知らず流れる。
......自分は、1人ではなかった。
流れ出そうになった涙を堪えて、ローガンは口元に無理やり笑みを作った。
「......名前、貰ったのか」
「はい。『祝福の風』、リインフォース。良い名前でしょう?」
「ああ......リインフォース。綺麗な名前だ」
ゆっくりと立ち上がってそこにいる全員を見渡すと、皆一様に......目元を麗せながら口の端を上げている。
「ローガンさん。私たちは、あなたに助けてもらいました。今度は、私たちが助ける番です」
「わたしはあなたに多くのことを教わりました。おかげでわたしは、ずっと気になっていた気持ちを晴らすことが出来ました」
「恩をもらってばっかりやったけど、それも......今日で終わり。借りは、返させてもらうで」
......こいつら。
いつの間にか1人前の如く立ち振る舞う彼女たちに、思わず表情が綻ぶ。
彼女たちも、大変なことに巻きこまれた。それでもこうして笑っていられる。強い子たちだ。
だけれども、それがどうしてか心強い。彼女たちは、立派な魔導師だ。将来は、エースにもなれる。
「俺は......オリオンじゃなかった」
最初から恐れるものなんて、何も無かったんだ。
失うことの悲しみを知っている俺は、ずっと心に枷を嵌めてきたのだ。それはもう、無くなった。
残してきたものは、しっかりとそこにある。もう、心積りなど無い。
存分に、戦える。
その時、下の道路で咆哮が轟いた。
地面が揺れ、辺り一帯に凄まじい殺気にも似た重い空気を撒き散らしている。
覗いてみると、そこには......まるで透明度のない紫色の煙を纏うナハトヴァールの姿が。
その中で聞こえる、おぞましい呻き声にも似た音。またしても変異を起こしたのかもしれない。中身は見えない。
「これは......まずいな」
ナハトヴァールを中心に、物凄い勢いで不穏な塊が吸い寄せられている。凄まじい、殺気にも似た空気がナハトヴァールを半球状に包み込んでいる。
「遅くなってすまない!」
その時、上から声が聞こえた。
見れば、それはクロノとユーノ、アルフだ。魔法杖を握ったクロノと、スクライア家の服に身を包んだユーノと、使い魔形態のアルフがローガンの目の前に降り立つ。この辺り一帯を覆う結界をどうやってか入ってきたようだ。
「クロノか。その姿を見るのも久しぶりだ」
「こっちとしては、あなたの姿を見る方が久しぶりですよ」
「そうだな......すまなかった」
「気にしないで下さい。事情は、色々あるようですし」
そう不敵な笑みを浮かべながら、錫杖を地面に突き立てる。冷気が一瞬で、溶けかかった雪を氷にさせる。
「......それで、グレアム提督から聞きました。本来我々が用意していたプランを台無しにされた分、相当効果のある作戦があるのでしょう?ローガン・ハンニバル一等陸尉」
......グレアム提督、いったいどんな説明をしたのだろう。
目が笑っていないクロノに若干引きながらも、いつもの真剣な表情に戻して、ポーチから、1発の大きな弾丸を取り出した。
金色の薬莢に、黒い弾頭。今まで彼が持っていた魔力弾とは、少し違うようだということはすぐにも分かった。
「......魔力弾?」
「そう。名前を、対ナハトヴァール用消失弾......通称『サジタリウスの矢』。見た目から分かる通り、これはただの魔力弾じゃない。対ナハトヴァール用に開発した、ナハトヴァールを分解させる専用の弾だ。これを使う」
闇の書に関する研究に研究を重ねて、ようやく完成させた、特殊な弾丸だ。
これさえあれば、どんなに変異していようとナハトヴァールを分子のレベルで分解。消滅させることができる。
「こいつさえあれば、ナハトヴァールも分解ができる......?」
「そうだ。ナハトヴァールに関しての記述は、夢元書庫の中にも見当たることは無かった。ユーノにも頼んで探してもらっていたが、それらしい文献は見当たらなかった。......アルベルト邸に、行くまではな」
そう。ローガンがアルベルト邸に向かったのは、その為でもあったのだ。
昔、アルベルトはローガンに対して非道な実験を行った。それは、ナハトヴァールの力をアルベルトが自由に使うための実験。
となれば、アルベルトはナハトヴァールのことについて詳しく研究しているはずに違いない。アルベルトは確かに非道な人間だったが、科学者としてはかなりの名声を得ていたのだ。
結果は大当たり。欲しい情報が全て手に入った。そして、この弾丸が生まれたのだ。
「だけれども、これはたったの1発しかない。さらに、この弾丸は単に何処にでも当てればいいってものじゃない。奴のリンカーコアにぶち当てて、再生機能から何から何まで全てを消失させなければならない。そのために、奴の動きを封じる必要がある」
「それを、私たちにやれってことですね」
なのはの声に頷いて、ローガンはディスプレイを表示。彼女たち全員に、プランの全てを簡潔に説明する。
ナハトヴァールを包んでいたその不穏な塊が、一気に弾ける。
紫色の魔力光が眩く辺りを照らし、その光から悠然とナハトヴァールは姿を現す。
先ほどの姿とは打って変わって......今度は、あの黒々しい体表は全体的に真っ白なものに変わっており、角も生え方が変わっていて真上に、炎のように向いている。
体つきも最初よりも大きくなり、翼は未発達だった第一形態よりも翼らしくなっている。
その外見は......もはや、ゲームにでも出てきそうな龍そのものだった。
変異ナハトヴァール第二形態、とでも呼ぶべきか。
ナハトヴァールが、凄まじい咆哮を上げる。ナハトを中心に何百メートルも地面が削られ、ビルが消え、そしてそこをあの紫色の鉱石が覆い尽くしていく。
奴に有利なスケートリンクの完成だ。
「みんな、見えてるか?」
山の展望台に伏射姿勢で陣取るローガンは、ディスプレイで全員にコンタクトを取る。
『わたしは準備出来ている』
『私もです』
『準備、オーケーやで!』
元気そうな声に若干苦笑しながら、そこに置いていたULR-24のバイポッドを立ててスコープのバトラーキャップを外す。
スコープは調整済み、測距レーザーシステムもちゃんと起動している。
「エレン、シャマル。準備はいいか?」
「サポートは任せろ」
「みんなのケア、頑張ります!」
2人の声を聞き、安心したローガンは......あるだけ全部のマガジンを地面に並べていく。数は5個。少し少ないかもしれ内が、今回は......こんなにも、多くの仲間がいる。支援するだけなら、ここまでの数はいらない。
「みんな、作戦を開始するぞ。準備はいいな? 」
シャコン、とコッキングレバーを引く。響く金属音が耳に心地よい。
全員の息を飲む声を聞いて、ローガンは......スコープを覗くのだった。
「さあ......全てを、終わらせるぞ」
ビルの間を抜けると、そこあるはずの建物やビルは軒並み無くなり、地面には更地が広がっていた。ナハトヴァールの咆哮が、全てを狩り去っていったようだ。
「......こりゃひでえや。今からこんなことするヤツと戦うんだな」
前を飛んでいるヴィータが苦笑しながら、カートリッジをロードする。
一見美しい鉱石のような地面も、ナハトヴァールが生み出したナハトヴァール専用の戦場。どんなことがあるか分からない。油断は、一切できない。
「それでも、我々はやらねばならない。私たちのためにも、彼のためにも」
「そうですね。じゃあ、しっかりしないと」
言って、ヴィータの横を飛んでいたなのははACSをスタンバイ。フルドライブモードに変更した。
彼女のデバイス、レイジングハートは変形して、彼女自身のバリアジャケットも形を変える。なのはの隠し玉らしい。
それを見た、シグナムの横を飛ぶフェイトも、カートリッジをロード。デバイス、バルディッシュを変形させてザンバーモードで待機する。
「いいか。これから相手をするのは生半可な力では倒せん。気を抜くな」
将らしく言い放つ。
......何故だろう。いつもよりも、背中が温かいような感じがする。
今まで敵として、天敵として存在していたあのスナイパーが、いまは、彼女たちの背中を守ってくれている。敵となれば恐怖や不安に駆られ、味方になれば絶対に安心出来る。
これが、ローガンという青年なのだ。
「おうよ。私たちが先行する。後ろは頼んだぜ、ローガン」
『任せろ』
ヴィータとなのはが速度を上げて、あの白い龍と化したナハトヴァールに向けて突撃敢行する。ヴィータが正面、その背後をなのはが守るようにして。
「行くぞ、高町......なのは!」
「うん!」
カートリッジロード。ヴィータのグラーフアイゼンが変形し、初代な槌となる。
視界に、白い龍が入り込む。目標は、ナハトヴァールの頭部。より大きなダメージを狙っての殴打だ。
「でやあぁぁぁっ!!」
ヴィータの存在に気づいたナハトヴァールが、ゆっくりと顔だけをこちらに向けて紫色の塊を数発打ち込んで来る。
無論回避したヴィータはナハトヴァールに肉薄。その突き出た角を上から叩き潰すように振り下ろした。
鈍い音が響く。シールドが張られていなかったナハトヴァールは、そのままの勢いでハンマーの一撃を受けた。
痛みに悶えるナハトヴァールの叫び声が轟くが、しかしそれでもまだ当たり前のように立っている。
「ヴィータちゃん!」
「っ!?」
なのはの警告にその危険を察知したヴィータが飛び退く。先程まで自分がいた場所を、地面から勢いよく飛び出した鉱石の尖角が貫く。
ヘタをすれば串刺しだった。
「野郎......!」
ナハトヴァールが周りに金色の魔力光をともし、ヴィータに完全にロックオン。放たれた魔力弾は、凄まじい速度でヴィータを追随する。
得意の空戦機動で回避行動を取るが、しぶとく角度を変えてくる。このままでは、やられてしまう。
後ろでそ魔力弾が勝手に爆発したのは、その瞬間だった。
振り向けば、少し離れた距離でデバイスを構える、なのはの姿が。心の中で称賛しながら、ヴィータはナハトヴァールから距離をとる。その時、声が聞こえた。
『ナイスタイミングだ、ヴィータ』
ヴィータたちの動きを、ナハトヴァールを旋回しながら攻撃タイミングを測っていたシグナムとフェイトは、その絶好のチャンスに、ビルの谷間を蛇行しながら高速で接近し......あの広いナハトヴァール自身のフィールドへ、ナハトヴァールの死角から飛び出す。
まだ、こちらには気づいていない。
「テスタロッサ。準備はいいか」
「もちろんです、シグナム」
心強くうなずくフェイトの瞳には、自信に満ち溢れた炎が
「......行きます!」
シグナムを追い抜いたフェイト。カートリッジをロードして、魔力刃を打ち出す魔法クレッセントセイバーを放つ。
「クレッシェンド......セイバー!」
大きく振りかぶり、薙ぐ。
回転しながらブレードから離れた魔力刃は、狙い過たず、ナハトヴァールのその白く長い尾にヒット。ナハトヴァールが、苦痛におぞましい悲鳴を上げる。セイバーが通過した数刻後、時間差でそこから先が吹き飛んだ。
「いいぞ!」
『シグナム、今よ!!』
シャマルの管制。返事を介さずカートリッジをロード。通り抜けたフェイトに気を取られているナハトヴァールの背後から、ビルを抜き地面スレスレを飛び、そして剣を炎に滾らせて肉薄し......
「紫電......一閃!!」
その頭部、禍々しく歪曲している角目掛けて振りかざした。
パシャン、と水の跳ねるような音とともに、その雪のように白い角は断絶され、虚空を舞った。
ナハトヴァールが猛々しく咆哮を上げたのは、その時だった。
もともと大したダメージではなかったのか、すぐにも立ち直ったナハトヴァールは、気づけば、必殺の一撃を放ち終えた直後のシグナムに向けて、その大きく鋭利な爪を振りかざしていた。
『シグナム!』
シャマルの声が聞こえた。だが、聞き取れてすらいなかった。
目の前の光景が、どうしてかゆっくりと、スローモーションのように見える。このままでは、死ぬ。
覚悟を決めた。ナハトヴァールの爪が悲鳴とともに吹き飛んだのは、その瞬間だった。
「なっ......!?」
好機。慌ててその場を退くシグナムの耳に、遅れて爆音が轟いた。
聞き覚えのある音。はじめは恐怖の対象、そして今は......自分たちを支えてくれる希望の波。
それが放たれたであろう、その山に振り返る。
一際開けた場所。そこで、何かが光るのが見えた。
ドカン、とアニメでよく聞く効果音のようなものが耳に届く。ナハトヴァールは、後ずさりしている。
『大丈夫か?』
今しがたシグナムを救った男の声が、心地よく彼女の鼓膜を揺すった。
「ああ......助かった」
『気を抜くなよ。できる限りのフォローはする』
通信が切れ、再度あの化物と対峙する。再攻撃を恐れてか、ナハトヴァールの行動には慎重さがあらわれていた。
......不思議だ。
気分が重かったはずの心は、不思議な程に静まり返り、そこに何も無いのではないかと思えるほどに空虚な空間がなにかに満たされていた。
雪が1粒、シグナムの頬を撫でる。見上げると、その曇天の奥に、神話の世界の勇士か見えた。
何も知らなかったシグナムが摘み取りかけた、尊い命。彼は、しかしながら、オリオンでは無かったのだ。
「本当に......」
そこから先は、喉からは出ることは無い。
再びシグナムは、目の前の敵に目を向けた。
「ふぅ......」
張り詰めていた息を吐き出すと、肺が無性に酸素を求めた。
気合を入れ直して、風速を再度計算しなおして角度を調節したローガンは、息を整える。
スコープの十字線に移り込んでいるのは、真っ白い体表のナハトヴァール変異体。その第二形態、とでも言うべき化け物だ。
なのはやヴィータ、フェイト、シグナムが適当に攻めてくれているので、相手の動きも鈍くなってきている。確実に、少しずつではあるが、削っていっている。
そう考えると、胸が少し苦しくなり、せっかく整いかけた息が若干上ずったように音を立てた。
「ローガン、大丈夫か?」
「ああ......呼吸の配分を間違えただけだ」
「無茶しないでね、ローガン」
エレンとシャマルの心配をよそに、ストックのチークパッドに頬を付ける。触れる面は少し、冷たく感じた
今この3人がいるのは、ナハトヴァールのいる位置からなんと1500メートルも離れた、山の展望台と呼ばれるサラ地だ。ここは、かつてなのはが魔法の練習をするために使っていた場所で、海鳴市全体を見渡すには絶好の場所だ。
着弾までのラグ、風、湿度、温度、その他諸々の事象を計算して狙撃する必要がある。より正確な作業が必要とされる。
とはいえ、その作業はすべてエレンに任せているのだが。
「ナハトヴァールが翼を広げた。敵が移動を開始するぞ。空を飛ぶつもりだ。飛び立つ前に落とせ」
「了解」
ローガンのスコープにもその光景は見えている。微調整したレティクルにナハトヴァールの翼の根元を合わせる。
引き金を引き絞った。
エジェクションポートが稼働し巨大な薬莢が排出され地面に落ち、マズルブレーキが、吹き出す硝煙があたりの土を吹き飛ばす。塵芥が空を舞い、エレンの茶色い髪の毛を揺らした。
「......命中。流石だ。翼根元の骨を砕いたぞ。これでやつは飛べない」
無慈悲に告げたエレン。ナハトヴァールが苦しんでいるだろうその痛みは、あのナハトヴァールを地面にのたうち回させるほどのものだったらしい。開発した自分が言うのもなんだが、恐ろしい兵器だ、と改めて誇った。
しかし、これは好機である。動きの激しかったナハトヴァールはその動きを止めている。やるなら今だ。
マガジンを引き抜いて、そこに......黒い弾頭の魔力弾を詰め込む。それを挿して、もう一度、大きくコッキングレバーを引いた。
「今から、『サジタリウスの矢』発射準備に入る!狙撃支援が止まる。気をつけろ」
「私が5番機銃で援護する」
そう伝えると、ローガンは伏射姿勢の自分の真下に魔法陣を広げた。
紫色の四角い光が、ここにいる全員を包み込み、魔力弾にありったけの魔力を注ぎ込む。
......魔力充填完了まで、あと1分。
「ザフィーラ!行って!」
『心得た』
それを見計らったようにシャマルが叫ぶ。
裂帛の気合とともに、ザフィーラが立ち上がったナハトヴァールに強烈な一撃を食らわせたのがスコープで確認できた。
さらに、5番機銃による頭部狙撃で追い打ち。さすがのナハトヴァールも、これは予想外だったようで......足をふらつかせて、ビルの表面にもたれかかる。
奴は死にかけている。全てを終わらせる、絶好のチャンスだ。待ちに待った瞬間が、近づく。
「アルフ!ユーノ!今よ!」
『了解!』
『わかった!』
ユーノとアルフがナハトヴァールにバインドを掛ける。体力の少なくなったナハトヴァールは必死に抵抗するも、解くには足らなかった。
動きが、完全に止まった。
「バインド確認。クロノ、凍らせろ!」
ローガンは、空でタイミングを待っていた少年に声を上げる。
一瞬、息を整えるような息遣いが聞こえた。
『......凍てつけ!エターナルコフィン!!』
魔法名を唱えたクロノ。その瞬間、ナハトヴァールに上空から光のカーテンが降り注いだ。
目の前が真っ白になるくらいに激しい閃光。大気が震え、地が喚く。その光の奔流が過ぎ去った後......そこにあったのは、先程よりもさらに白くなり、もう動く気配すら無くなったナハトヴァールの変わり果てた姿。
......作戦通り。
『なのは!フェイト!はやて!』
クロノが合図すると、まるで色気のない暗い空に、桃色、金色、白の巨大な魔法陣が広がった。
そのひとつひとつが、まるでイルミネーションのように輝き、光を増幅させてゆく。
それぞれの魔力名を詠唱し終えると、無線が開く。
『ローガン。あとは......頼みますよ』
はやてとユニゾンしていたリインフォースの声に、大きく吐いた息で答える。
安堵したように笑みを浮かべた3人は、口を揃えて。
『ブレイカー!!!』
その瞬間。
......世界が、反転した。
まるで世紀末戦争のような光景。3本の太い魔力光が、氷漬けにされたナハトヴァールを包んだ。
スコープが光をカットし、余計なものを入り込ませないようにする機能が初めて作動した瞬間だった。今まで使うのとのなかった機能。彼女たちの必殺魔法の凄まじさを物語る一つの媒介といえよう。
スコープに映る赤外線映像が、ナハトヴァールがゆっくりと融解していく光景が、しっかりと写っている。
首がもげ、手が消え、足が消え。そして、その大きな体も消失しかけた。
スコープに、狙うべきそれが映る。
その時、エレンとシャマルが叫んだ。
「......見えたッ!!ローガン!!」
「ローガン......お願いします!!」
耳に、チャージ完了の電子音が響く。
心が踊りかける。一体どれほどの間、この音を聞きたいと思っていただろうか。
11年間、この日のためにどんな努力もしてきた。
大切な人のために。あの日の精算のために。
閉じていた瞳を開ける。
極小の塊がスコープのレティクルに写っている。大きさにして、直径30センチメートル程度。1500メートルの狙撃で狙うにはあまりにも小さい。
けれども。ローガンは、外す気はしなかった。
どれだけ、自分が身を削ってきたのか。
どれだけ、自分が人生を削ってきたのか。
どれだけ、自分が彼女たちに迷惑をかけてきたのか。
11年前に狂わせてしまった人生。運命。そして、世界。すべてを、終わりにする。
『大切な者は、命を賭けてでも守る』。
ローガンはこの1発の弾丸に全てを託し、引き金に指を掛けた。
「全員、退避完了!」
「ローガン......やって!!」
すべてがゼロに戻され、全てが1から始まる。
地球に住む人々、アースラのスタッフたち、そして......今ここにいる、大切な者たち。
「..................終わりだ」
その運命を任された指が、引き絞られる。
マズルから放たれた、黒い弾丸。
空気を裂き、雪を壊し、風を跨ぎ。
重力や風速のを影響受けながら、突き進む。
苦難を越えた魂は、寸分の狂いも無く。
終わりは、何ともあっけないものだった。
砕かれたナハトヴァールのコアが大気に消える。なのはたちのトリプルブレイカーにも耐えた残った部位が、光の粒となって消滅していくのがシグナムの目にも見えた。
スコープから目を離したローガンが、立ち上がる。排出されなかった薬莢を手動で排出すると、柔らかな雪山に、薬莢がポトリと落ちた。
「やった......のか......?」
ヴィータのつぶやき。
それを待っていたかのように......地上を覆っていた鉱石のフィールドにヒビが入っていき、そして、音を立てて......光の粒となって、爆散した。
ああ......やったんだ。
その言葉は、ついにシグナムの喉から放たれることは無かった。胸に、熱いものがこみ上げてくる。
悲願。あの小さく病弱だった少年が、その命を賭けて望んできたことが、今そこで、起こっている。
闇の書の闇。ナハトヴァール。守護騎士たち、彼女たちの主、そして......過去に実験台にされた少年に降り掛かっていた呪いは、ついに、消滅したのだ。
「っ......!」
シグナムは、無意識に彼の方へと向かっていた。それについていく、他の守護騎士たち、そしてなのはたち。
今一番、共に喜びを分かち合いたい人の元に。
展望台には、シャマルとエレン。そして、立ちすくむようにそこにいた、ローガン。その表情には、どこか気迫がなかった。
彼の元に降りる。
噛み締めていた思い。それが、とめどなく瞳から溢れ出る。
ようやく、ようやく。待ち望んできた瞬間が現れた。
「ローガン......やったんですね」
「......」
「私たち、もう、これで......呪いから解き放たれたんだよな。もっと、喜べよ......お前が、11年も待ち望んでた世界だぞ」
呼びかけるヴィータ。しかし、当のローガンは、まるで遠くの景色を見ているかのように、静かに、目を細めていた。
「......もう、終わったんだよな」
その静かな問いかけに、誰ひとりとして反応できなかった。
心を押し殺し、ローガンを労う。彼のおかげで、闇の書の事件は......。
「はい。あなたが求めていた、平和な世界ですよ。呪いも、呪縛も無い......夢にも見てきた世界です」
ユニゾンを解いたリインフォースが、ゆっくりとローガンの元に歩む。
闇の書の管制融合騎。その名前は、もう彼女を意味するものではない。
リインフォースが、共に喜びを分かち合おうと笑顔でてを差しのべる。命の恩人でもある彼に、経緯をひょうしながら。
「そうか......俺は、もう......」
目尻に涙を浮かべたローガンが、その手を取ろうと手を伸ばす。
そうだ。彼の選んできた道が、ようやく、たどり着くべき場所にたどり着いたのだ。
全てを失ったあの日。あの日のことを、永遠に忘れることは無い。あの時の幸せな日々は、2度と戻っては来ない。
けれども守護騎士たちは、すべてに絶望した少年を支え続けてきてくれた。その恩も、忘れない。
11年前の聖夜にか交わされた葉。果たされることのなかった約束を、やっと果たせる時が来た。
地獄を耐え、苦痛を凌ぎここまでやってきた。それが全て、終を迎えるのだ。
口元に柔らかい笑みを浮かべたローガンの、その勝利をつかんだ右腕は、ゆっくりと彼女の白い手に近づいて行き............
不意に、糸の切れたマリオネットのように、ローガンは膝を折った。
次回、最終回です。
作品の質向上のため、コメントや評価お願いします