1.
それは、あまりにも唐突すぎるものだった。
ようやく、全てが終わった。ナハトヴァールを倒して本当の意味で開放された守護騎士たちとはやて、そして、ローガン。
ナハトヴァールが展開していた大規模結界が消滅し、街が本来の明るさと賑わいを取り戻す。
声を大にして祝福すべきこと......であるはずだった。
リインフォースが彼に手を伸ばす。ガシャンと音を立てて彼のライフルが、真っ白い雪原に落ちたのは、その時だった。
「ローガン!ローガン!」
後ろにいたシグナムは、崩れるように倒れゆく友を咄嗟に抱きとめる。彼の体は、不思議な程に......軽く感じた。
何度も、何度も名前を呼ぶ。信じたくはなかった。
かつて、共に地獄を過ごしたローガンの口元からは、苦しげに吐息が吐かれている。
ローガンが瞳を閉じていたので一瞬ドキリとしたが、すぐにその瞼は薄く持ち上がった。ローガンは、穏やかに微笑むと......囁くように言った。
「......ようやく、終を迎えることができるみたいだな」
その言葉の意味を理解したシグナムが、涙を浮かべながら必死に彼の体を揺さぶる。
「そんなことはありません!あなたは、ようやくナハトヴァールを倒して、欲しかった世界を取り戻すことが出来たではないですか!すべては、ここから始まるんです!」
「そ、そうだ!あの時の約束を果たすんじゃなかったのか!?こんなところで......!」
「......心配、するなって。少し休めば、また......すぐによくなるよ」
言い換えるようにつぶやき、ローガンは微笑む。
彼を囲む、その場にいた誰もが、彼の声が先ほどとは打って変わって震えていることに気づいていた。無論......シグナムにも。
悟り始めた皆が心に思うことを張り詰めさせていたとき、ローガンはポケットから何かを取り出し、シグナムに渡した。
「......これを」
「これ、は?」
受け取ったのを見て、彼は顔をこちらに向ける。その瞳は、暗く濁っていた。
「本当に、すべてを終わらせるための......キーアイテムだ。それを管理局のマリーか誰かに渡してくれ。そうすれば......書き換えられた闇の書のプログラムを......元の形に戻すことができる」
「そ、そんなことができるんですか!?」
クロノの声に、シグナムの腕の中でゆっくりと首肯する。
「闇の書、いや夜天の書は......もうずいぶんと昔に、1度プログラムを書き換えられているんだ。それは管理局にいた間にも、気づいてはいたんだけど......」
少しずつ饒舌になっていくローガンは、再び瞳を閉じる。
「夜天の書の暴走を終わらせるための方法は、2つだけだった。夜天の書自体を破壊するか、書き換えられたプログラムをもとの形に書き換え直すかのどちらか。理由までは分からなかったけど、管理局が行ってきた封印処理では機能を停止することは不可能だった。
俺はユーノに、過去の歴代の夜天の書の主の資料を漁ってくれと頼んでいた。目的は、夜天の書のプログラムを書き換えた者が誰なのかを調べるため。それさえ分かれば、プログラムの書き換え方も発見できるからだ」
吐息混じりに囁くローガンに、シグナムははっと気づく。
夜天の書のプログラム書き換え。それを、自分は何処かで知っている気がしたのだ。それもかなり最近に。
「そして、ついに......求めていた資料が見つかった。そしてそれを見た時、俺は本当に驚いた。最初に、闇の書のプログラムを改変したのは......あのアルベルト・ヴェンスキーの祖先にあたる人物だったんだ。
そこから俺は、アルベルトの旧邸宅に調査に入った。だから、管理局を抜けたんだ」
つい1週間ほど前。彼がだれにも言わずに飛び出していった理由は、そういったものだったのか。
驚きに声を出しかけたが、それをなんとかこらえるなのはとフェイト。
「あそこで調べた結果、興味深い資料がいくつも見つかった。その闇の書を改編した当時の主は、あることを目的にそれを行っていた。それが......」
「ナハトヴァールの、私有化......?」
心につっかえていたものが、ようやく取れた。
アルベルト・ヴェンスキーが行った、あの非道な実験。あれこそが、闇の書の改編の一環だったのだ。
アルベルトは、その祖先が行おうとしてきた事を文献から見つけ、その事実に心を踊らせて自分もやりたいと願ったに違いない。
思えば、アルベルトはいつも異常なまでに『力』というものに固執してきていた。ローガンの両親をシグナムたちに襲わせ、ローガンの母親を連れ去って奪い取ったのも、それが理由だ。ナハトヴァールの力が使えるようになるのであれば、彼にとっては何千、何万の兵を得るよりも心強い。飛びつくのも無理はない。
そして、改編を受けた闇の書が不具合を起こすのは、普通に考えて当たり前のことだろう。
だからこそ、古代ベルカの時代に改編を受けた闇の書はナハトヴァールの変異を起こし、以後闇の書事件と呼ばれる悲惨な事件を起こすきっかけとなった。そして、最近でいえば、アルベルトがナハトヴァールを我がものにしようとしたおかげでローガンは希望もしない運命を押し付けられ、ナハトヴァールはまたしても変異した。
芋づる式に暴かれていく真実に、守護騎士たちだけでなく、管理局員のクロノも絶句していた。
「その日俺が導き出した答えは、アルベルトが行った実験とその前の改編時の闇の書の主が行った実験の文献を調べて、それらの逆をすることで、書き換えられたプログラムを書き直すことができると踏んだんだ。その成果が、そのチップだ」
震える指で指さすローガン。シグナムは、握っていたケースを一瞥する。
「......これさえあれば、夜天の書を破壊しなくても良い、と?」
「そうだ。あの日の約束を果たすためには、お前も必要だからな。闇の書......いや、リインフォース」
口の端を僅かに上げたローガンは、何とも清々しそうな表情で曇天の空を仰ぎ見た。とどまることを知らない氷粒が頬に落ちる。黒い野戦服は、白く染まり始めていた。
「ああ......これで俺はようやく開放される。少し、肩の荷が下りたよ」
「っ......!」
この時ほど、シグナムは自らの勘の良さを恨んだことは無かった。
ナハトヴァール。確かにその全ての脅威は消え去っただろう。おかげで暴走寸前だったナハトヴァールは、暴走する前に消滅させることができた。彼の長年の研究が、奇跡を起こしたのだ。
奇跡は努力した者にしか舞い降りてこない、とはよく言われていることだが......しかし、こんな矛盾を起こすなんて神はなんと無慈悲なのだろうか。
「どうして......貴方はようやく、ようやく原点に立ったというのに......!」
突然、リインフォースの顔がくしゃっと歪み、そのルビーのように美しい瞳から涙がぼたぼたとこぼれ落ちた。
「リインフォース......」
心配そうに言葉を挟んだシャマルの頬も、二筋の涙できらきらと光っていた。最早あふれる涙を隠そうともせず、シグナムを含めたその場にいた全員が自らの拳を握り、彼の姿を見ていた。唯一、輪から外れて腕を組んで立っていた彼の使い魔、エレンを除いて。
「......俺の体に取り付いていたナハトヴァールは、完全に変異してしまっていた。アルベルトは、ナハトヴァールを俺に組み込む際に、俺を道具としても使えるようにナハトヴァールを命と直結させたんだ。そしてそれは日々の生活と共にリンカーコアとも癒着し始め、随分と経ってから、ナハトヴァールは俺の命とリンカーコアと同化した。
失敗したときのための安全装置として、俺の命を使ったんだ。失敗してナハトヴァールが予期せぬ暴走を開始した際、即座に俺を殺せば停止することが出来るように。
ついにそれが成されることは無かったが、その複雑で無理矢理に組み込んだ組織構成は、あの日からずっと俺を蝕むようになってきた。魔力を使いすぎれば、その分空きの出来た場所にナハトヴァールが入り込み、同化していく。俺が倒れた時、ナハトヴァールの侵食は既に9割を切っていた。だからあれから、魔法を使うことは避けてきた」
そしてそれが解かれたのが他でもない今日であるということは、言わずとも知れていた。
「さっき、俺がナハトヴァールを消滅させるときに用いた弾。あれは、俺のリンカーコアから変異したナハトヴァールごと魔力を直接弾丸に溜め込んで放つ方式なんだが......。俺の中にいたナハトヴァールを、本体のナハトヴァールに溶け込ませることで消滅させるという仕組みなんだ。ちょうど、冷たいガラスに熱湯を掛けるように。
それは見事に成功。その代わり、俺の魔力は、尽きるんだけどね......」
疲れきった様子で、ローガンは天にその震える手を伸ばした。
「......ローガン?」
その明らかに異常な行為に、シグナムは涙を拭き取ることもせず惚けたように言う。
彼の手は、空に向かってはいるのだが、手を差し伸べて何かに触れようとしているようにも見えた。
その行為の意味を察したシグナムは、彼の手をそっと握ってやった。
「ローガン......まさか、目が......?」
「......こんなに早いとは思わなかった。もう少し......君らの美しい瞳を、見ていたかったんだけどね」
ヴィータの問に、ローガンは力なく笑った。その黒く輝いていたはずの両眼にも、光るものが滲んだ。
「いつか......こうなるとは思ってた。初めて発作で倒れた時からかな。あの時俺は、俺の体で起こっていることを何となく察していた。そんなに、長くないともね。こんなぎりぎりで、守護騎士たちに会えるなんて思わなかった。これもまた......奇跡なのかもしれないな」
「ええ......」
元気づけるように言ったつもりだが、上ずった声は隠しきれなかった。
彼と出会うために、一体どれだけ待ち続けていただろうか。
11年間という、永遠で短い時の流れを経てようやく巡り会えたローガン。
あの日の約束を果たそうとして、こうして......血の滲む努力を続けてきたのに。
そして、ついにその悲願を成し得、あの時約束したように......あの日よりも楽しい生活を送る第一歩が踏まれようとしたのに。
何も出来ない自分が、情けなくて......拙くて......惨めだった。悔しさの濁流がシグナムたち守護騎士の心を流し去ってしまいそうだった。
「ローガンさん......」
フェイトが両目に涙を溜めて、シャマルとシグナムの間から現れる。
察したシャマルが、なのはとはやてのために場所を譲る。
「......お前達にも、苦労をかけたな。すまない」
ローガンの瞳がなのはたちの瞳を温かく抱きとめ、その手がフェイトの頬に優しく触れた。その手からは、『彼』は感じられなかった。それが無性に悲しくて、寂しくて、溢れる涙が止まらない。
「私たち、まだ......あなたに恩を返しきれていないのに......」
「こんなお別れなんて、さみしいよ......!」
雪が1粒、ローガンの指先に落ちた。砕けず残ったそれを優しく取り去ったはやては、言った。
「ロー兄......貴方は、こんな最期を、望んどったん?」
「......イェスかノーかと言われれば、勿論ノーだ。俺は昔、君たちと同じ人間“だった”。両親と温かい暮らしをしていたあの日を、忘れたことは一度もない。もし今、あの時のような生活をが続いていたら......そんなことを思ったら、キリがないよ。
だけど......俺には、大切な人がいた。俺の母親のように優しく接してくれた人達が。その人たちは、俺と同じように、望まぬ宿命を延々と繰り返すという呪いを掛けられていた。彼女たちは、その自らの状況をも顧みず俺を支えてくれた。感謝してもしきれないほどの恩を貰った。
だから、今度は俺がその恩を返す番だった。彼女たちを開放し、自由にする。その為に命を落とすのであれば、それもまた本望だったんだ」
『大切な者は、命を賭けてでも守り抜け』。
かつて、ローガンの父親が言っていたという言葉を、シグナムは思い出した。
「どっちみち、こうなる運命だったんだ。どうせ逝くなら......大切な者を守り抜いてから逝きたかった。
......君たちには、まだわからないだろうな。だけど、いつかわかる日が来るかもしれない。
ゆっくりと、ローガンはその手を自らの胸に置く。
少しの逡巡の後、軽く息を吐くと、彼はもう一度、なのはとフェイト、はやてに顔を向けた。
「......ひとつ、頼みごとをしてもいいか?」
「私たちに出来ることなら、何でも」
微笑んだ彼は、言った。
「俺には......ミッドチルダに、弟がいるんだ。君たちよりも2つ年下の、優しくて物静かで、魔導師としての素質が高くて......俺の、自慢の弟で、今となっては唯一の家族。
俺が逝けば、彼はひとりになってしまう。孤独を与えてしまうことになる。もし、君たちが向こうに行く時があれば、彼の苦痛を和らげて上げて欲しい。あの日の俺のように、悲しみと孤立感に絶望しないように」
「......分かりました。必ず」
それを聞いて安心したのか、ローガンは力なく顔を上げ、天を仰いだ。
「クロノ。リンディ提督とクライド提督、そしてグレアム提督に......よろしく言っておいてくれ」
「はい......必ず」
一度閉じた瞳を開き、まるでそこに何かを見つけたように、瞬きをした。その瞳には、二筋の光が滲んでいる。
「嗚呼......見えているか?この美しい星空が。俺は今、君たちと同じ空の下にいる」
流れゆく厚い大気の層を見つめながら、シグナムは、勤めて口元に笑みを浮かべた。
守護騎士たち、そして彼とともに戦った戦士達は、心の奥で思い思いの感情を抱いた。
「......君たちの無念を、無駄にはしない。俺は君たちのその優しい気持ちを抱いて、もう一度歩み始める」
ローガンの隣に、静かにエレンが座り込み、彼の頬に両手を触れた。悲しげに、しかし笑っていた彼女は、ゆっくりと......光の粒に包まれ始めた。
2人の残された命の最後の1滴までが、燃え尽きようとしていた。シグナムの腕の中で、2人は透き通っていくようだった。
ふとシグナムは、彼の瞳を見つめる。陰りの見えるような色をしてはいたが、それでも......いつかのような、全てを見通したような、悲しい瞳には見えなかった。
彼女の腕の中で、彼はまさに、本当の英雄であった。
「ローガン......」
「......すまない。先に、逝ってくれ」
「分かった。......すぐそばで、待っているからな」
完全に光に飲まれる寸前、エレンは、ローガンの体に擦り寄るように抱きつき、彼の口に己のそれを押し付けた。
そして、ローガンの使い魔として長年連れ添ってきた最高の相棒は......元の姿に戻り、ローガンの胸の上で眠るように蹲った。
そっと、茶色く美しい毛並みの鷹を抱き寄せると、ローガンは口を開いた。
「シグナム。ヴィータ。シャマル。ザフィーラ。そして、リインフォース。11年間、待たせてしまったな。あの時の約束を、果たそう..........」
シグナムたちが最後に見た、彼の笑顔は......この世界でも、最も美しく、勇敢で、優しい笑顔だった。優しく閉じられた瞳から、一筋の流星が流れ落ちた。
「メリークリスマス。みんな。そして......ありがとう。この世界に......生まれてきて、良かった......」
降りしきる雪の中、守り抜くと誓った人が、眠るように瞳を閉じていた。
その姿を、シグナムたちは呆然と見つめた。1粒の雪の結晶が彼の頬に落ちる。形の残っていた雪を払い除けると、シグナムは、堰を切って溢れそうになる思いを断腸の思いで切り捨てると、そっと、彼の体を抱き寄せた。
「......メリークリスマス、ローガン」
その時、1日の終わりを告げる鐘の音が彼女たちの耳に届いた。
深く、ゆっくりと、時を刻むように響き渡った。
この優しい音を、彼は聞くことは無かっただろう。
管理局最強のスナイパー、ローガン・ハンニバル。
かつての友人たちのために力を使い果たした青年は、この地に羽を下ろし......約束の日、聖夜を永遠の旅へと羽ばたくのだった。
ローガン・ハンニバルの葬儀が正式に行われたのは、あの日から1週間後のことだった。
冬季休業を利用して、なのはとはやて、そしてフェイトも参列した。勿論......守護騎士たちと、彼が助けることになった、夜天の書の管制融合騎、リインフォースと共に。
ローガンが渡してくれたあのチップのおかげで、夜天の書の書き換えられたプログラムは全てを元に戻すことが出来た。
リインフォースは現世に留まり、守護騎士たちやはやてと一緒に、楽しく暮らしているそうだ。
そんな彼女たちも含めても、参列者は、100人程度ではあったが、厳かに執り行われた葬儀は、彼の勇気と名誉を称えて取り計らわれた。
葬儀の後、喪服姿のなのはたち3人と守護騎士たちは、葬儀の会場でもあり、そして彼の墓のある聖王教会の特別墓地へと足を運んでいた。
よく晴れ渡った空には雲一つ無く、墓前に備えられたたくさんの花たちが、彼女たちの鼻腔をくすぐる。
そこには、白い大理石で丁寧に作られた墓石が。ローガンは、共に過ごしてきた相棒のエレンと共に、ここに埋葬されていた。生前の写真は無く、遺影はそこにはない。彼の立場上、写真が取られることは無かったのだ。
「......とても、綺麗な場所だね」
「......うん。ここなら眺めもいいし、ローガンさんも、きっと退屈しないね」
「そやけど、お墓参りする度にここの門を潜るのは少し大変かなぁ」
雑談をする彼女たちの心は、あまり晴れ晴れとしていなかった。
背後から、ローガンの昔の友人であった、地上本部の一等陸尉、クリス・ヴェクターという男の哀悼の言葉が風に乗って聞こえる。
「『失ったものは、もう2度と手に入れることは出来ない』、か」
シグナムが、かつて彼から聞いたその言葉を思い出してつぶやいた。
ようやく出会えたあの時の友を失った喪失感。それがどれほどに重いものなのか。あの時、ローガンが感じていた悲しみも、これくらい重たかったのだろうか。
「......結局、こうなるんだな」
「ローガンは、私たちのために命を落としたということになっているわ。陸の人たち、特にローガンを尊敬してきた人からすれば、気持ちの良い話じゃないでしょうね」
呟くように言ったシャマルは、細い腕を胸に置いた。
闇の書事件。その裁判は、あと数日後にも行われることとなった。
どのような判決になるのかは分からないが、ローガンが生前に残していた遺書のようなものに、守護騎士たちとその主が悪いことをしていた訳では無いと弁明が書いてあったそうだ。
守護騎士たちを嫌う勢力の根回しがあることを予測して、彼が先手を既に打っていたのだ。流石、頭の切れる青年だ。
「我らのしてきたことは、決して許されることではない。我らの命は、ローガンが残してくれた。今は......彼が悲しまないように、生きていくことが......彼に対する、感謝の意となろう」
「......そう、だよな。こんなところでくよくよしていても、あいつ、悲しむだけだよな」
今や闇の書事件は、魔導師たちにとっては忌むべき存在である。
過去に身内を無くした者は、当たり前のごとく、守護騎士たちやはやてを恨むだろう。それを、甘んじて受ける覚悟はあった。
しかし......世界中のどの報道組織も、闇の書事件を解決に導いたローガン・ハンニバルの存在を報道することは無かった。まるで彼が、世界から拒絶されているかのごとく。
あの優しかった人が、だれにもその存在を知られることなく歴史の闇に葬り去られるなんて......それが、皆の心の中でずっとつっかえてきた。
......ローガンは、闇の書事件を解決したんだぞ。あいつは、すごいヤツなんだぞ。
声を大にして伝えても、だれにも理解される事がない。そんな悲しいことが、あっても良いのだろうか。
「......時間だ。行こう」
いつの間にか現れたクロノとエイミィが、はやてたちに声をかける。これから、彼女たちは裁判に向けての準備に出なければならなかった。
名残惜しいが、彼と彼女とはこれからあまり会えなくなる。裁判の後から、管理局の更生プログラム等を受けて、魔導師を目指すことにしたのだ。
なのはとフェイトもそうだ。あの日、ローガンに頼まれたことを、果たすために。
彼の墓石に、背中を向けた。数歩歩いたところで、なのはたちは......気づいた。
「......あ」
とても温かい風が吹き抜けた。
懐かしい匂いが、彼女たちの鼻腔をくすぐる。つい最近、何処かで嗅いだことのある、優しくて......強い匂い。
どうしてだろう。それは、彼女たちの心を優しく包み込み、不安を取り除いていく。何故か、懐かしい感じがした。
後ろを振り向くと、そこには。花びらが風に舞い、彩色豊かな花吹雪を作り出している墓石の前で、2人の男女が見えた。
黒髪の青年は、少しばかり背の高い茶髪の女性に後ろから抱きつかれながらも、二人とも、笑顔でこちらを見ている。彼の唇が、僅かに動いた。
『行ってこい』
直接声は聞こえなかった。いや......むしろ、それだけで十分だった。
そうだ。彼は、だれにも理解されることなく亡くなったわけじゃない。
ちゃんと......自分たちの記憶に、人生に、その名前を刻んだじゃないか。共に戦い、共に笑い、助け、時には助けられ。一緒に過ごした記憶は、薄れることなく彼女たちの心に残り続けるだろう。
彼の望んでいたことは、何だったのか。
自分たちのすべき事は、何か。
彼は、あの聖夜を、永遠に旅し続けているのだ。
彼女たちを包み込んでいた塊は、風に乗ってどこかへ運ばれていった。
見届けたように、はっと気づけば、その二人の影は消えていた。
風が止み、舞っていた花びらが地面を彩る。
なのはたちの表情に、ようやく......本当の笑みが浮かんだ。
「じゃあみんな、行こうか」
「うん!」
彼が、命を賭けて残した、大切な者たちは......明日に向けて、新たな旅路へと向かうのだった。
11年前、俺は全てを失った
家族を引き裂かれ、人生を狂わされ
絶望に打ちひしがれた俺は、生きる希望も失った
だが俺は、約束を果たした
大切な者との安らぎの一時
彼女たちの笑顔
俺は、あの聖夜のことを忘れないだろう
全てをゼロに戻し、また一から歩き始めたあの日
Fin
どうもみなさん、おはこんばんにちわ。NEW BOSSです。
今回のストーリーで、『聖夜よ、永遠に』は最後となりました。みなさんのあたたかいご支援のおかげで、ここまで来ることが出来ました。本当に、ありがとうございました。
この『聖夜よ、永遠に』は、私が将来就きたい仕事に関係して、誰かのために自分の力を使いたいという希望か、生まれた話です。
私のSSは基本的に欠陥だらけなので伝わりにくかったかも知れませんが、そのSSの主人公、ローガンが自分の力を誰のために使うか、がメインとなってきました(......のつもりですw)
うまく伝わっているとうれしいです。
そして、告知ですが......現在、この『聖夜よ、永遠に』の続編の設定を作っております。少し時間がかかりますが、このSSの2期、です。そちらも是非、よろしくお願いします。
最後になりましたが、これまでのみなさんのご支援、本当にありがとうございました。またこれからも、よろしくお願いします。