聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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第2話 重なり合う想い
1.


 暗くなるのも早くなり、もうすっかり日が沈んでしまった夜。

 都市部にしては夜空が綺麗に見えるこのベランダで、シグナムは一人、空を見上げていた。

 目の前には、冬の大三角の一角を担う星座であるオリオン座が浮かんでいる。その右腕にある一番明るい赤い星......確か、ベテルギウスと言ったか......が煌びやかに輝いていた。

 はやてからは、星座ひとつひとつに物語があるということを聞いた。オリオン座は、ある神の策略により誑かされた恋人に弓で射殺される、というものだったはずだ。

 いずれにせよ、一人の戦士としては孤独な死に方だったに違いない。シグナムは、一人の戦士として彼のその不遇な死に方に同情していたのを思い出す。

 

「よう、シグナム。また1人で考え事か?」

 

 ぼうっと考え事をしていると、後ろからヴィータの声が聞こえた。振り返ると、寝る準備をしていた最中だったのか、はやてからもらった寝巻きを着ていた。

 

「ああ。どうにも寝付けなくてな」

「その気持ちは分かる。あれだけの大敗北を喫したからな......」

 

 あれからもう二日経つというのにまだ熱が冷めていないのか、ヴィータは握り拳を作る。

 そう。二日前、ある魔導師を強襲した際に偶然か必然か交戦することとなった狙撃手に逆に襲われてしまったのだ。

 最初にやられたヴィータは、あの時の感覚を未だに覚えている。

 気配はおろか殺気すら全く感じることも無く、文字通りいつの間にか体に電流が走っていた。しかもそれは殺傷用ではなく、気絶させるためのスタン設定のされている電流で、食らってしまった瞬間に体が動かなくなってしまっていた。

 その後、シグナムが撃墜したという魔導師の蒐集を妨害され、さらにシグナムすらも狙撃の餌食にされ、一人ほど蒐集出来ずに逃してしまっている。

 そしてシグナムと合流し、再度白い魔導師から蒐集を開始しようと思ったら、シグナムと共に狙撃で無力化されてしまったのだ。

 誇り高きベルカの騎士として、非常に悔しい負けであった。

 

「その狙撃手、相当な腕だ。お前がやられたとき、銃声は聞こえなかった。妙な感じがしたのですぐにビルの影に隠れたのだが......その後、やられてしまった」

「あいつ、殺気すら感じさせなかった。それに、魔導師のクセしてシャマルの探知網にすら引っ掛からなかったなんて、おかしすぎるだろ」

「ああ。もう一人の魔導師を落としたとき、あいつは相当な痛手を被っていた。あそこからあの傷で動けるはずがない。ということは、やはり誰かが連れていったということになる。それも、こちらに気配すら感じさせずにな」

「一体どんな奴なんだよ、その狙撃手ってのは......ッ」

 

 いら立ちを覚えて悔しさに歯ぎしりする。

 ただでさえ、自分たちは闇の書の完成を急がなければならないのに。あのスナイパーさえいなければ、今頃もっと頁数を稼げていたはず。

 時間が無い時に限ってそういうトラブルに襲われる。それが、ヴィータやシグナムの心を大きく締め付けていた。

 

「はやてを、助けなくちゃならないのに......!」

「ああ......」

 

 二人は、静かに手元に目を落とした。

 あれからシャマルの治療により何とか元の状態に戻った。つい昨日までは、体中に痺れがまだ残っていたのだ。その状態で蒐集に赴こうなら、敵が来た時に応戦することはまず出来ない。

 それに、管理局の手も着々と伸びつつある。あまり長い時間は掛けてはいられないのだ。

 ......はやてが、闇の書の呪いによって命を落としてしまうのが何時なのか、全く予想出来ないから余計に焦るのだ。

 今までの彼女たち、守護騎士の運命は凄惨を極めるものだった。

 ただ闇の書を完成させるために手を汚し、まるで道具のように扱われる。そして不要となれば、闇の書の主は自分たちのリンカーコアをも蒐集し、死ぬ。気がつけば、また新たな主の目の前に跪き、そして同じ過ちを繰り返す。

 そんな毎日に、心は磨り減っていき、いつしか彼女たちの心中には『諦め』の二文字しか無くなっていた。その運命からは逃れられないと、心のどこかで悟った。

 新しい主、八神はやてとの出会いは、彼女たちの全てを一変することとなった。

 初めて、人の温かみというものを知った。闇の書の蒐集はさせず、ただ穏やかに、静かに暮らすことだけを望んだ彼女に、守護騎士たちの凍った心は融解していった。

 そんな愛すべき主はいま、自分たちのせいで......闇の書の呪縛のせいで、死の危機に瀕している。

 はやてのためなら、騎士の誇りさえも棄てると誓った。彼女を救うために、どんな罪も背負う覚悟で、今日まで騎士甲冑を纏い、数多の魔導師を襲い、リンカーコアを奪ってきた。ただ、主を救うために。

 

「......」

 

 一人、黙り込むシグナムを見てヴィータは少し心配そうにその顔を見上げた。

 彼女の心には、どうにも煮えきらない思いがあった。そしてそれは、シグナムだけでなく守護騎士全員に言えることであった。

 

「どうかしたのか?」

「いや、少し思い出してな。昔のことを......」

「ああ......『あの時』か。覚えていたのか」

 

 ヴィータの問いかけに、シグナムはどこか遠くを見るように顔を上げ、ベランダの手すりを掴んだ。

 

「忘れるはずが無いだろう。今の私たちが、私たちである理由を......」

 

 シグナムの脳裏に、一人の幼い少年の姿が浮かんだ。

 守護騎士たちに、人としての心を取り戻させる切っ掛けとなった、彼のその笑顔。自分たちが行った所業により、彼の全てを狂わせてしまったことを、忘れるはずが無いのだ。

 

「あれから、十一年も経つんだよな。私達は眠っていてそんなこと知るよしも無かったけど」

「そうだな。“もし生きていれば”、彼は今年で二十歳になる。早いものだな、時が経つということは」

 

 古い友人を思い浮かべるように懐かしむシグナムとヴィータ。その心には、言うほど決して穏やかな感情は無かった。

 自分たちが、狂わせてしまった運命。もしあの時、と口にしていればそのまま何日も経つことになる。

 心に残る彼と共に過ごしたあの日々はとても言葉では言い表せるようなものでは無かった。それは、彼女たちが思っているほど楽しかったものなどではない。むしろ、地獄のような日々と言ってもよいほどに残酷な日々であった。

 自分たちが闇の書に関わったことによって奪ってしまったものは、魔法だけではなかった。今まで幸せな時間を過ごしてきた彼の辿るべきだった輝かしい未来は、もう既に無い。あるのはただ、自分たちが強いてしまった『地獄』という二文字だけだった。

 

「......ということは、『あの約束』からも、か」

 

 そう呟いたシグナムは、あまりの悔しさに顔色を滲ませた。

 彼と話した、最後の日。辛い日々もようやく終わりを迎えんとしていた、あの日に結んだ約束。

 自分たちが壊してしまった未来。歪めてしまった運命。しかし彼は、それをシグナムたちに責めることはせず、彼女たちを新しい家族として、優しく笑顔を向けてくれた。

 あんなに酷いことをしたのに。全てを狂わせてしまったのに。少年は、最後の最後まで自分たちを責めるようなことはしなかった。そして、あの約束を結んだのだ。

 

「......約束、果たせなかったな」

「私が不甲斐ないばかりに、な」

「お前一人のせいじゃねえよ。私だって......」

 

 手すりに縋るヴィータを横目に見ながら、シグナムは空を見上げた。真上には、二人寄り添うように立っている双子座が見えた。

 

「......アイツ、生きてるかな」

 

 寂しそうに口にする彼女に、シグナムは静かに切れ長の瞳を閉じた。

 

「とても顔向け出来ないくらいに、罪を犯したからな......だが、会えるのならば、また会いたいな。彼に」

 

 ゆっくりと、また空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、聞いているか............ローガン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに帰ってきた本局で最初に出迎えてくれたのは、クロノやエイミィ、大勢囲んできたこっちでのローガン友人たちや教え子、そしてフェイトの使い魔だというアルフ、そしてスクライア家の人間だというユーノだった。

 お久しぶりです、と声をかけてくれる教え子たちの笑顔が眩しい。彼らはかつて、ローガンと共に任務をこなし、技術を磨き、切磋琢磨した......ローガン曰く、野郎どもだ。歳は疎らだが上下関係を卓越した堅い友情で結ばれている。

 今では彼らは管理局の魔導師、そして後方支援のスペシャリストとして働いている。聞いた話では、このローガンが技術を教えたというだけで部隊に優遇されるとかなんとか。彼らは十二分に強い。そうして他人に貢献してくれているのなら良い。

 隣では、なのはとフェイトが彼女たちの身内に囲まれている。こちらも色々と有名人なので見物にくる人間も多い。なのははユーノ、フェイトに至ってはアルフに泣き付かれている。彼女たちは彼女たちで放っておくとしよう。

 と、色んな管理局員に囲まれるこちらを見ている、苦笑の浮かんだ表情をこちらに向けている少年少女がいることに気が付いた。

 懐かしい顔ぶれ。クロノとエイミィだ。

 

「ローガン一尉、お久しぶりです」

「お久しぶりです、ローガンさん」

「半年ぶりかな」

「そんなところです。......相変わらず、手厚い歓迎ですね」

 

 クロノは後ろの野郎どもを一瞥して苦笑する。多分、こんな数でのお出迎えされるのはローガンくらいのものなのだろう。

 

「まあな。こう見えても有名人らしいから」

「管理局のスナイパー、と言えば真っ先に浮かんでくるのはローガンさんですからね」

「あんまり特別視されるのは好きじゃないんだがな」

「それでもあなたは......僕たちにとってはかけがえのない友人ですから。リンディ提督がお呼びです。こちらへ」

 

 クロノとエイミィに連れてこられたのは、次元航行艦隊司令官であり、同時にクロノの実の母でもあるリンディ・ハラオウン提督の部屋の前だった。

 プシュッと扉が開き、失礼しますと断りを入れてエレンが先に入室する。

 とても広い部屋。さすが、次元航行艦隊司令官の部屋は他のそれと全く違って内装はとても綺麗だ。煌びやか、というわけではないが......質素な作りの中に高級感溢れるデザインの装飾や備品が置いてある。

 そして、そのソファーのような椅子に腰掛ける一人の女性の姿を捉える。こちらを向いた緑色の長い髪を背中まで下ろしている女性は、ローガンの姿を見るやいなや立ち上がる。敬礼を返し、久しぶりの再会に素直に笑顔を向けた。

 

「リンディ提督。お久しぶりです」

「ローガン一尉、長い任務お疲れ様。エレンさんも、大事無かったかしら?」

「お陰様で。彼と共にいられるのならどこでも楽しいですから」

「愛されてるわね」

 

 にっこりと笑顔を向けてくるリンディ提督。ローガンはため息にも近い返答を返すしかなかった。

 

 ソファーに座った彼は、リンディ提督とクロノと対面していた。

 先程までの再会を喜ぶ表情はどこにも無く、あるのは仕事の際見せる真剣な面持ちだけだった。無論、ローガンも遊びに来たわけではない。

 話しておかなければならない事があるのだ。

 

「それで、一体なにがあったの?」

「先日の戦闘......私は、古代ベルカの騎士たちと交戦しました。急行した時既になのはとフェイトは撃墜されており、恐らく向こうは明確な目的意識があって二人を撃墜したのだと思います」

 

 ベルカ式魔法は、限りなく一対一の戦いに特化した魔法。その使用目的は、明確な目的があって成されるものと大体予想がつく。

 なのはのリンカーコアから魔力を奪ったのは、そのためかと思われる。何かの用途で彼女や他の魔導師、そして各世界の生物からリンカーコアを奪うことが、彼女たちの『目的』になるはずだ。

 そして、その『魔力を奪う』という行為そのものは......ローガンの心の中で、無音で警告を発していた。

 

「その魔導師からの蒐集、そして一連の動きを鑑みると......恐らく、これは闇の書事件の一部分ではないかと思います」

 

 重苦しいため息と共に、リンディ提督とクロノの表情の雲行きが怪しくなる。

 闇の書。それはかつて、彼らの夫を殺しかけた事件。そして......

 

 

 俺の全てを狂わせた原因の一つであった。

 

 

 

「......間違いないのね?」

 

 リンディ提督に、エレンがディスプレイを開いてこの間の画像を映し出す。

 赤い騎士甲冑を纏った小さな少女が、撃墜されて動かなくなったなのはからリンカーコアを奪うために何かの書物のようなものを持っている。

 拡大すると、魔力組成パターンをグラフで表した表を側に添付する。

 

「リンカーコアの蒐集に使っていた、この本。管理局のデータベースでの照合の結果、かつて確認されていた闇の書とほぼ百パーセント一致しています。つまり......そういうことです。闇の書事件は、もう一度その悲劇を繰り返そうとしている」

 

 一つ前の闇の書事件では、被害者はかなりの数にまで上り詰めた。

 リンカーコアの蒐集のあと殺された魔導師だけでなく、封印しておいた闇の書を運んでいたアースラ内での死者も多数含まれている。

 厳重封印しておいたはずの闇の書が、当時の闇の書の主のリンカーコアを蒐集することで完成してしまい、暴走したのだとか。その影響は艦橋にも及び、あと少しでここにいるリンディ提督まで死にかけていたそうだ。

 

「......これは、休暇を返上しなければならなさそうね」

「はい。フェイトやなのはたちにも伝えておかなければ......」

 

 これが闇の書事件だと分かれば、管理局の行動は早い。すぐさま捜査に乗り出して闇の書の主を特定し、闇の書を封印する。

 本来は、リンディ提督たちの仕事ではないのだが......それでも、管理局の中で闇の書事件に関することをどの部署より知っているのはこのアースラのスタッフたちだ。いずれにせよ、こちらに捜査願いが出されるのは、もはや時間の問題であった。

 急がねばと動き始めようとしたクロノを......ローガンは「待ってくれ」と制止した。

 

「ローガン一尉?」

「クロノ......リンディ提督。非常に厚かましいものではありますが、この闇の書事件一連の動き......私に捜査を協力させてはもらえませんか?」

 

 その言葉に、リンディ提督とクロノは......不思議と驚くような素振りを見せなかった。

 そう。彼らは知っているのだ。ローガン・ハンニバルが昔、どんな過去を過ごしてきたのかを。

 じっと彼の瞳を試すように見つめるリンディ提督。負けじとにらみ返す。これは......ローガンにとっては、絶対に譲れないものなのだから。

 

 ローガンは、『彼女たち』との約束を果たさなければならない。たとえ、この手を血に染めようとも。どんな手を使ってでも。

 もうこれは、逃れることの出来ない宿命なのだ。

 

 それに、恐らくこの中で闇の書についてもっとも詳しいのは他でもないローガンだ。かつて色々とあったからな。この事件には、いずれにせよ彼の全てを費やす価値がある。

 しばらくして、リンディ提督は諦めるように顔をほころばせた。

 

「そうね......貴方なら、確実にやってくれるでしょうし。わかりました。

 ローガン・ハンニバル一等陸尉。本件が私達アースラスタッフに任されたときには、闇の書事件捜査の協力を要請します」

「了解しました」

 

 ぴしりと、最大限の敬礼を決める。

 今まで、リンディ提督には様々なところで支援してもらったり助けてもらったりした。彼女には死んでも返しきれないような恩があった。

 この1件で、ツケ全てを精算させてもらおう。そして......“残り少ない”人生を、最高の形で終わらせよう。

 一度ローガンは、地獄に堕ちた。そして、いまからさらに堕ちることになるかもしれない。

 だけど......望んでもいない悲惨な運命を背負わされた彼女たちに比べれば、こんなものどうということは無い。

 彼女たちを救うためなら、この命など......。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンディ提督の部屋を出たローガンは、外にいたなのはとフェイトと合流した。どうやらずっと待っていたらしい。

 その後には、額に宝石のようなものを付けた、なかなかにスタイルの良い長身の女性がいた。エレンに勝るとも劣らないワガママボディを12月に入っているというのに軽そうな服装で済ましている彼女は、どこか恥ずかしそうにこちらを見たり視線を外したり。

 多分彼女は、こっちに来た時にフェイトに泣き付いていたフェイトの使い魔の人だ。名前は、なんて言っていただろうか......。

 

「律儀なもんだな。別に待ってなくてもよかったのに」

「いえ、あなたは私たちを救ってくれた命の恩人ですから。それと、アルフがあなたに会いたいって言うので......」

 

 フェイトが反則的な笑顔を見せる。

 ......会いたい、ね。

 フェイトの後ろで恥ずかしそうにしていたアルフは、まだ少し赤くなりながらもこちらに近づき......。

 

「あ、あの......フェイトを、ありがとね」

 

 軽く頭を下げた。耳は隠しているのか見えない。犬歯までは隠せないようだったが。

 こうして素直な気持ちを向けてもらえるのも、主人の良い影響なのかもしれない。どこぞの鷹は、こんなにどストレート素直な女性じゃないから、どこか新鮮みがあって思わず顔が綻ぶ。

 

「大したことじゃない。あの時外で同じくやられたんだろう?それなら仕方ないじゃないか」

「......どうして、それを?」

「リンディ提督から聞いた。とても優秀な使い魔だとか」

「い、いや!そんなことないよ。あんたの使い魔さんの方がよっぽど。それに......あんたの、大切な相棒なんだろ?」

 

 上目遣いで、アルフはこちらをちらりと見る。

 ......なんというか、見た目に反してシャイなんだな。

 

「まあな。俺がここに来てからの付き合いだ。今まで何度も助けられてきた」

「私も助けられることはあったがな。お互い助け助けられで、今もこうしてここにいる」

「まあ、そんなこんなだ。お前も、フェイトのことしっかり守ってあげてな」

「ああ、勿論だよ。......強い人だ」

 

 そう呟くように言った彼女は、こちらとエレンに目配せして下がる。

 

 ......俺は、そんな強い人間では無いと思うんだけどな。

 その言葉に、内心引っかかるものを覚える。ローガンとしては、自分はただ少しだけ狙撃に能があるだけの、ただの二十歳の青年である。特別視されるような人間ではないのだ。

 

「あ、それとローガンさん。リーゼロッテさんとアリアさんが呼んでましたよ。訓練用武道場に来てくれ、と言われてます」

 

 フェイトの声に我に返ったローガンは、何だか妙に嫌な予感がした。

 リーゼロッテとリーゼアリア。双子の姉妹で、ある人の使い魔。

 ローガンとエレンがここに来るまでは彼女たちが二人合わせて管理局最強だったのだが、彼とエレンがその構図を打ち砕いてしまったがために何故かライバル視されているのだ(主にアリアに)。

 困ったことに、会う度に模擬戦を申し込まれるんだ。面倒なことこの上ない。

 そんな二人が呼んでるってことは......つまりは、そういう事なのだろう。大体の予想が付いたローガンとエレンは、二人揃ってため息をついた。

 

「わかった。行こう」

 

 本来なら即刻無視してやるところだが、久しぶりということでそれは止めてやろう。

 フェイトに連れられて廊下を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 管理局本部広しといえど、これほどまで充実した訓練施設があるのはここやミッドくらいのものだろう。

 その中でももっとも大きな......階級の高い人間が使う訓練施設の目の前に、ローガンとエレン......後ろになのはとフェイト、そしてアルフが付いていた。

 なのはの方はリンカーコアも既に回復しているという。若さがゆえの驚異的な回復力だ。並の魔導師では絶対に無理だ。

 

「ここに来るのも、もう一年近く前だったか?」

「そうだな。最後に“やった”のもそれくらいか。月日が流れるのは早いな」

 

 懐かしさ、というよりもまた来たか、という半ば笑いにも似たため息をつく2人。

 ちょうど一年前にここに来たきり、ローガン達は任務で各地を転々としていたので、ここに来ることはなかった。。こう来てみると、無駄に重たそうな扉の上に第一訓練所なる札が立ててあるだけといつ非常に簡素な作りなのだが、蓋を開けてみれば......

 

「わぁ、広いですね」

「管理局本部に、こんな大きな施設があったなんで」

 

 開放的な明るい空間が広がっていた。

 流石は士官専用の訓練施設。内装もとても美しく、ところどころに見える装飾もいかにも豪華というような感じだ。

 ......まあ正直、質素なものが好みな俺にはその美しさとかはどうでもいいんだけど。

 

「本来なら、君らはここにら入れないんだ。滅多に入れるようなとこじゃないから今のうちにしっかり見ときな」

 

 彼女たちは嘱託魔導師と民間協力者。普通は、ここに入ることは出来ない。将来が明るいとはいえ、これは、多分かなり貴重な体験になると思う。

 とはいえ、彼女たちほどの実力があれば、ローガンと同じような......いやそれ以上の場所にすぐにでもいけるからそんなに珍しいものではなくなるかな。

 

「さてと、やつらはどこにいるのかなっと」

 

 荷物を置いて、訓練所の重たい扉を開けた。

 と、少し離れた目の前に見慣れた猫耳娘がいた。とある人の使い魔のリーゼアリアだと分かり、ローガンは彼女に手をふろうとした。視界右端から拳が目の前に突き出されたのは、その瞬間だった。

 ビュッと風を切るように放たれたその拳はローガンの顔を狙ったものだった。狙いは正確、鋭さ抜群。そう来ると予想していた俺はもちろん、そんなものは簡単に避けてやる。

 まさか避けられると思わなかったのだろう、その拳の持ち主は次の動作に移行しにくい左腕での突きだった。間合いを取るため後ろにバックステップしようとした彼女の腕を寸でで捕まえ、こっちにたぐり寄せる。

 

「っ!?」

 

 驚く彼女を尻目に、自らの体を彼女に巻き付けるようにして体を捻り、その力を利用して背中を支点に彼女のバランスを崩し......そのまま地面に叩きつけた。

 要領としては背負い投げに近いそれは、彼が近接戦闘用に編み出した特殊な体術の技の一つだ。

 地球で学んだ、柔道と合気道、そしてたまたま知り合いに師範がいた縁で教えてもらった、中国拳法。それらを極め、近接戦闘に相応しいものを寄せ集めて再構成したもの。それが......新生『CQC』だ。

 こちらと向き合うように地面に寝そべっている彼女にホルスターに仕舞っていた黒光りする45口径拳銃HG-45の銃口を向けた。これで、彼女が少しでも抵抗しようとすればショックボルト弾(当たった相手に電撃を与える)が炸裂する。

 負けたことがわかっているのかないのか、彼女は灰色の耳をピコピコさせながら、なんで?といった顔を向けていた。

 

「久しぶりの組手は、俺の勝ちかな?」

 

 口元に笑みを浮かべながらローガンは、倒れて惚けていた彼女......リーゼロッテに言った。

 すると、ロッテは突然両目に涙を浮かべ......やぁやぁと恥も臆面もなく泣き始めた。周りに局員がいないとはいえ、ローガンの後ろには管理局の未来のエースたちがいるんだぞ。へんな印象与えたらどうするんだ、とツッコミたくなる。

 

「だぁぁぁ!!また負けた!!」

「俺が気づかないと思ったか?訓練所に誘われた挙句目の前にアリアしかいなけりゃ奇襲を予想し、左右を警戒するしかないだろ。お前らしくない」

 

 ......どんだけ根に持ってるんだよ。あれからもう3年経ったぞ。見てみろ。なのはとフェイトが状況が理解出来てないからポカンとしてるぞ。

 そんな二人を見かねてか、苦笑しながらアリアが歩み寄ってくる。

 

「さすがにそれじゃバレるって言ったんだけどね。聞かなくってさ......。ともあれ、久しぶり、ローガン。何年ぶりかしら?元気そうで何よりよ」

「2年は確実に会ってないな。流石は使い魔、変わってないな。ロッテは言わずもがな」

 

 横目で、立ち上がってぶー、とハブてているロッテを一瞥するローガン。

 ......こう見えても、こいつは管理局最強のタッグなんだかな。

 なのはとフェイトはさらに混乱したのか、エレンに救いの手を求めている。

 

「あの......エレンさん、この方たちは?」

「彼女たちは、リーゼロッテ・アリア姉妹だ。ある提督の使い魔だ。一昔前までは、管理局最強の姉妹とか言われていた」

「何年か前にローガンとエレンに負けてからは、そうとは言われなくなったんだけどね」

「ああ......」

 

 理解したのか、二人は微妙な顔色を見せる。

 このリーゼロッテがなぜ突然奇襲してきたのか、ライバル視しているのかとかとかとか。

 

「狙撃さえなければ勝てると思ったんだけどな〜」

「俺の格闘技術を忘れんなよ」

「私が加わっていればもっと悲惨な目に遭ってただろうけどな」

「あんたは一言余計だよ」

 

 そんな茶番はさておき。

 

「ローガン。父様が会いたいと仰ってたわ。私達も行くけど、貴方とエレン二人にだけと」

 

 ロッテよりもかなり落ち着いた雰囲気のアリアが、柔らかな笑顔で尻尾を振っていた。

 父様。彼女たちの言うその人は、管理局で最強の魔導師と謳われていたギル・グレアム提督のことだ。もう歳をとって魔導師としての活躍はしていないが、管理局の人間として様々なところで活躍している。

 昔はローガンもグレアム提督にお世話になっていた。彼はとても優しく、しかし厳しい真面目な人だ。元々がなのはと同じく地球、イギリスで生まれたということで。

 ローガンが最も尊敬する紳士だ。

 

「ん、分かった。行こうエレン。あ、なのはとフェイトはリンディ提督がマリーのところへ行ってこいとか言ってたから、技術部の方に行ってくれ」

「わかりました」

 

 三人と別れると、ローガンとエレン、アリアとロッテと共にグレアム提督のもとに向かう。

 この二人とも久しぶりに会ったが、グレアム提督とはもう5年も会ってない。部署が変わったりしてたから会う機会が無かったからだ。

 ......もう今年で70とかだったと思うけど、元気にしてるだろうか。

 グレアム提督の部屋の目の前に着くと、アリアが「多分ビックリすると思うよ」と笑顔で言ってきたが......何があるのだろうか。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 ノックをして、アリアとロッテが先に入室する。

 流石はグレアム提督。内装はリンディ提督と同じように質素な作りだ。何も無さそうな素朴な感じが、返って豪華さを感じさせるような不思議な部屋。

 リンディ提督のそれと全く違う点といえば、ここはまるで書斎のような場所だということだ。古臭そうでそうでもない。グレアム提督の美の観点が、紳士の国らしい。

 そして、目の前には......こちらを向いている、白髪の老人と、若作りの男性の姿が見えた。

 白髪の男性、グレアム提督は俺の姿を捉えると立ち上がって笑顔を向けてくれた。

 

「グレアム提督、お久しぶりです」

「おお、ローガン!久しぶりだな。5年ぶりか?君の活躍はよく聞いているよ。スナイパーとして立派になっているそうじゃないか。エレン君も、また一層美しくなって......」

「ご高説賜り、光栄です提督。私と彼が共にいられるのも、貴方のお陰です」

「相変わらず仲が良いな。羨ましい限りだよ」

 

 久しぶりの再開に、笑顔で手を取り合い言葉を交わす。

 ローガンがこうして管理局のスナイパーとして活躍できるのは、偏にこのグレアム提督のお陰だと言っても過言ではないだろう。

 身寄りの無かったローガンを引き取り、魔導師として働く切っ掛けを作ってもらった。彼には、感謝してもし切れないものがある。

 ひとしきり会話が終わると、グレアム提督はちらりと彼の目の前のソファに座っていた男性に目配せをした。

 それを合図に、男性はゆっくりと立ち上がり、こちらを向いた。グレアム提督は、笑顔で彼を見ている。

 そしてローガンは、その男性の顔を見て......アリアの言ったとおり、ビックリすることになったのだ。

 

「久しぶりだな、ローガン。大きくなったな」

 

 青い髪のその男性は、瞳といい口元に浮かべる笑みといい、様々なところで“クロノ”と似ている。

 その姿、忘れるはずがない。彼は......

 

 

 

 

 

 

「く、クライド提督っ!?」

 

 

 リンディ提督の夫、そしてクロノの父親。

 11年前の事件で俺が命を救ったことになっている......クライド・ハラオウン提督その人だったのだ。




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