聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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なぜか間違えて消してしまったので再投稿しました

今回は新兵器続々出てきます

※一人称は辞めて主人公視点のとこだけすべて三人称視点に戻しました。もう一度1話からご確認いただけたらと思います


第4話 その手は何のために
1.


 懐かしい、甘い香りがした。

 と言っても、別にスイーツみたいな甘い食べ物のようなそれじゃない。それとは、全く別のもの......。

 あれから一晩経った、朝。今週の食品を調達しにスーパーに寄ってたまたま出会った車椅子の少女、はやての家にローガンは来ていた。

 家に久しぶりに招待したいと言ってくれたはやてに、今日が非番なこともあり、お言葉に甘えてお邪魔しているのだ。

 

「ロー兄、紅茶でええか?」

「ああ。ありがとう」

 

 綺麗な木製の棚に手を伸ばし、そこにあった真っ白なティーカップと皿を渡してあげる。

 車椅子に乗っているというのに鮮やかな動きで別の棚に手を伸ばすはやては、いつもよりも楽しそうに笑っていた。

 これを1人でやるのはいつもの如く大変そうなので手伝っていると、ふと流しに目を向けた。そこにあった食器やお椀は、どう見てもはやて一人のものでは無さそうだ。

 

「ごめんな、ロー兄。前に紹介したいって言っとった人らなんやけど、今日もどっかに出掛けとるんよ」

「......まあ、そういう日もあるさ。仕事か何かしてるのか?」

「う〜ん......実をいうと、よう分からんのんよ。いつの間にか外出しとって、気づいたら夜になってしもうたりしとる時もあるんよ」

 

 ......なるほど、こいつらはその人らのってわけか。

 それにしても、犬用のお椀が置いてあるのは、どういうことだろうか?

 少し寂しそうに、食洗機の影でカップにお湯を注ぐはやて。彼女の様子からすると、そういう日は結構多そうだ。

 ......彼女たちも、色々と大変なんだろうな。

 

「......はやてみたいな優しい子が主なら、彼女たちも幸せなんだろうな」

「ん?何か言った?」

 

 心の中で呟いたつもりが、どうも漏れていたらしい。内心慌てながらも誤魔化した。

 多分、はやては闇の書に関しての説明は大まかだろうが受けているはずだ。ここでうっかり『主』とか聞かれてしまったら、はやては頭が良いからすぐに勘づいてしまうだろう。

 これからは、少しだけ発言にも注意しておかなければならなさそうだ。

 

「さ、出来たで」

 

 そう言って、はやては真っ白なティーカップをお盆の上に置いて持ち上げようとしていた。

 車椅子でそれを運ぶのは至難の技だろうからお盆は持ってあげる。おおきに、と言ってはやては別の棚からお菓子を取り出し、装飾はないが木目の綺麗なテーブルに置いた。

 

「抱き上げるぞ」

「うん」

 

 さすがに一人で椅子に座るのは無理だろうから、膝裏に手を伸ばして抱き上げる。

 はやては、なのはと同じ9歳。本来ならば小学3年生の女の子である。やはりと言うべきか、長い間車椅子生活を余儀なくされていたからか、なのはよりも少し軽いぐらいだった。女性特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 ......流石に、20歳を過ぎれば節度というものは弁えている。それに、こいつはたまに何かと変なことするんだが、その辺についてはエレンで耐性も付いている......と、思いたい。

 

「ありがとう。さすがロー兄、腕っ節強いなぁ」

 

 椅子に座らせると、何やら不敵な笑みでローガンの腕を叩いてくる。

 ......なぜだか知らないが、はやてはこうして触れ合うと俺の体の至るところを叩いたり触ったりしてくるんだよな。困ることは無いが、将来それをいろんな人にやりそうで心配だ。

 

「鍛え方が違うからな」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、俺は手をはやてからゆっくりと離した。

 それはそうだろう。はやては知らないだろうが、ローガンは管理局のスナイパーだ。伊達にこれまで多くの任務をこなしてきてはいない。

 

「どうやったらこうも筋肉つくんかなぁ。でもまあ、ザフィーラに比べたらそうでもないんやけどな」

 

 なにやら得意げなはやてに適当に返事を返すと、椅子を引き出した。

 テーブルについたローガンは、さっそく紅茶を頂くことにし、カップを持って口に付けた。

 ......旨い。

 どこで買ってきたのかは分からないが、茶葉はかなり良いものを使っているように思える。砂糖のほのかな甘みとまろやかなミルクも合わさってマイルドな口溶けになっている。

 ローガン普段はコーヒーで済ませているけれど、久しぶりに飲む紅茶も良いかもしれない。香ばしさのあるコーヒーとは逆で、美しく上品な香りがアクセントのように効いている。

 

「どうや?」

「久しぶりにこんな美味しい紅茶飲んだ。これ、どこで手に入れたんだ?」

「えっと、この前遠出したとに買ってきたんよ。シグナムとシャマルが選んでくれたんやで。あ、さっき言っとった人な。とてもカッコ良くて、ちょー美人さんや。ロー兄なんか、一目見るだけでイチコロかもしれんよ?合わせた時がいろいろと楽しみやなぁ」

 

 美人、と言われてふと先日の1件を思い出したローガンは、顔が火照り始めたのを内心慌てて取り繕った。

 美人はもういい。この前ちょっと、鷹に食われかけたのでもう十分だ。

 まあ......確かに、美しい女性なのは確かだろう。あの時も、その凛々しさでローガンを導いてくれた。

 

「そうか。それは楽しみだ」

「なんや、狙っとるんか?20歳にもなって未だにカノジョいない歴=歳なロー兄ならまあわからん事も無いけどなぁ」

 

 何か黒い笑みで口元に手を当てるはやて。どうしたのだろう、彼女のお尻から黒い尻尾みたいなのが見える。

 それはそうと......その言葉どこで覚えたんだろうか。普通の小学3年生なら言うことはないだろう。......いや、そういえばこいつは普通の小学生じゃないんだった。

 暇さえあれば図書館の恋愛小説棚に行ってはそこの本読み漁ってるんだから、その類いに関しては、もしかするとかなり博識だったりするのかもしれない。

 ......俺の知ってるはやては、こんな小悪魔みたいな女の子じゃないはずなんだがなぁ。

 そんな他愛もない会話をしていれば、時間はすぐに過ぎていく。

 気がつけば、話題ははやての足のほうになっていた。

 

「足の方の調子はどうだ?」

「あんまり効果出てないって、先生がお薬増やして様子を見るって」

「先生って、あの石田先生だろ?」

 

 石田先生とは、はやての足の治療を担当している女性だ。

 ローガンがはやてと初めて会ったときにお礼を言われたからよく覚えているが、彼女は間違いなく名医だ。

 あの病院をネットで調べてみれば、実績の欄に必ず彼女の名前が、しかもズラリと並んでいるのを見ることが出来る。

 前までははやてを病院に連れていってあげたりしていたから、面識はある。とても優しく、しかし面白い人だ。彼女の説明はわかりやすく、初めての患者にも理解は容易なように教えてくれる。

 そんな様々な面でのエキスパートである彼女ですら、治療は難航している。はやての足は、相当悪いものになっているようだが......。

 

「うん。それと、この前シグナムたちと一緒に病院に行った時からみんなの様子が少し違うんよ。なんだか、妙に優しくなって......それから、みんなの外出が増えたんよ」

「......」

「もしかすると、私の足......凄く悪うなっとるんかなぁって」

 

 俯いたはやては、ティーカップを皿にゆっくりと置いた。

 ......頭の良い子だ、はやては。

 とても優しくて、賢くて......勘が鋭い。少しの態度の変化で、おおよそのことは当ててしまうのだ。

 彼女の病は、しかし病ではない。だからこそ、彼女たちが焦るんだ。石田先生には悪いのだけれど、これは......高度に次元的な事象なのだ。

 

「辛いか?」

「うん。このまま、治らへんのかなぁって思うと、ちょう心細くなる。でも、シグナムやシャマル、ヴィータもおるし......それに、ロー兄だって、こうして寂しいときに来てくれるんやし、平気や」

 

 笑顔を浮かべるはやての本当の心を、ローガンは知っていた。

 前に、石田先生に言われたことを思い出す。

『穏やかで優しくて、とても頭の良い子で物わかりも良い。でも、どこかで他人を拒絶している』

 はやては、彼女自身のその足の状況に対する諦めや未来の無さ、そして弱い人間として同情されることを嫌っているのだ。

 いつも、自分で何とかしようとしている。どんなことでも。他人に干渉されることを避けようとしている。つまりは、悲しみや苦しみ、そういった辛さを自分の中に封じ込めてしまっているのだ。

 恐らく、彼女たちに対しても同じことを思っているのだろう。

 例え唐突に現れた彼女たちを家族として受け入れ、どれほどまで信頼していても。

 多分、自分のことで誰にも悲しんで欲しくないのだ。

 

「......なぁ、ロー兄」

「ん?」

 

 とても寂しそうに、はやては俯いていた。

 

「夢って、何やと思う?」

 

 唐突なその質問に、ローガンは思わず言葉を失った。

 夢。それは大まかにわけて二つの夢に分けられるのだが、はやてがそれを俺に聞く理由が分からなかった。

 はやてはまかり間違えても、本当は普通の小学3年生の女の子なのだ。足が少し悪いが、心はまったく変わらない。そんな少女が、どうして唐突にそんな難しいことを、聞いてくるのか。

 彼女の心は、いつもは底抜けに明るいはやてらしくない、とてもネガティブな雲行きに違いない。

 

「どうした、急に?」

「最近、変な夢見たんよ。いつも優しく接してくれとるみんなと、別れる夢。そんでな、その夢には、もう1人の私が出てきて、その子は私に声を掛けてくるんよ。『これが全て、夢だったらいいのに』って」

 

 そう話すはやての表情は、年相応、とも言えるような......不安に包まれた、ある意味での恐怖に彩られていた。

 はやては、とてもフレンドリーで誰とも友人になれるくらいなのは知っている。彼女の周りには、いつも優しくしてくれる人たちがたくさんいる。

 その人たちと別れを迎えることは、自分の負の感情を押し込めているはやてにとっては、耐え難い恐怖なのかもしれなかった。

 誰しも、別れというものは悲しいと感じる。ローガンも、時として戦場で散った戦友の顔を思い出す。失った物の価値は、何にも替え難い。

 それを、まだ心の強くなっていない、たかだか小学3年生の女の子が迎えてしまおうものなら......その続きは、容易に予想できる。

 

「朝起きて、思うんよ。夢だったら、どうなってしまうんやろうって。なんかよう分からんけど、何か引っかかるような感じがして......でも、それが何なのかは分からんくて......」

 

 恐怖に取り付かれたように、はやては体を抱いた。

 もし、その別れが夢であるのなら、安心するだろう。そんな辛いことを避けることが出来るのであれば、それがどんなにその人にとって幸せだろうか。

 どんな辛いことも、苦しいこともない世界。それこそが、その人の夢の世界だ。自分の好きなことだけして生けることができるし、自分の嫌いなことは気にする必要が無い。

 多くの人間が夢を見る。多くの人が、その日の辛かったことを忘れる。目が覚めるとその微睡みの中で夢をもう一度見たいと思うだろう。そして、次に目をつぶると、そこが夢の世界であれば、と願う。

 誰にとっても、夢というものはその人の『理想郷』なのだ。

 ......でも。

 

「説教臭くなりそうだが......夢、というものは多くの人が誤解しがちだが、それは決して良いものじゃないぜ。中には悪夢だってあるしな。お前が見た夢も、あまり良い夢じゃ無かったろ?」

 

 優しく諭すように、ローガンは優しくはやての頭を撫でた。

 

「俺もそうだが、多分多くの人が夢を見る。その大半は、夢を見ているとき、それが夢だと気づく事は無い。中には明晰夢ってのもあるけど、少なくともそれはそんなすぐに起きるもんじゃない。

 夢の恐ろしいことは、誰もがその夢が夢だと気づかないから、現実までも夢に振り回されてしまうことだ。いくら楽しい夢を見ても、起きてみれば目の前にあるのはただの現実だけだ。夢と現実の間に囚われてしまった人間は、やがて夢に浸るようになり、人間が崩壊するんだ。

 現実から逃れようとしたがために、夢を自らの理想郷と勘違いした人間は、辛いことから逃れるために夢にすがり付き、辛いことが夢であって欲しいと願うようになる」

 

 彼女の両頬にそっと手を起き、瞳を優しく見つめる。はやては、少し驚いた表情を見せたが、構わずローガンは続ける。

 

「それと、こいつはかなり高度な話になるんだが......夢には、人間達に必要な絶対的な要素が欠けている。それは『色』だ。夢の世界というものは、いつもモノクロで、それは現実の世界の光景とは全くもって違う。そんな世界は、現実にはない。

 夢は、叶わないからこそ夢なんだ。もし、はやての夢に出てきたものが現実になったとしても、はやてはそれに立ち向かわなければならない。どんなに苦しくても。どんなに辛くても。それは、まだまだ子供のはやてには耐え難いくらい辛いことだと思う。だけど、一度起きてしまったことは覆らない。絶対的な事象だ。

 いいか、はやて。お前には、これから逃げたくなるくらい辛いことだってある。でも、だからといって逃げてはいけない。それが、『絶対的な運命』であっても、抗う努力をしろ。自分の理想郷は、自分で作り出すものなんだ」

 

 11年前。俺は、全てを失った。人ではなくなった。

 幾度となく、辛いことに立ち向かってきた。時には、死にたくなるくらいに苦しいことも経験した。

 それでも、俺は生きている。はやての前に立っている。はやてに触れている。

 そして......こうして、運命と向き合っている。

 俺の生きた道は、平たくいえば地獄だった。生きてる心地すらしなかった。

 逃げることなんて、いつでも出来た。でも、しなかった。

 ............俺には、果たさなければならない義務がある。

 

「ロー兄......?」

「いいか。夢は、単なる幻だ。そこに求める世界なんて、何も無い」

 

 まだよく理解出来ていないのか、はやては呆然とこちらを見ていた。

 まだ、それだけでいい。いくら賢いとはいっても、これはそうそう理解出来るようなものではない。俺も、これを理解したのはつい最近と言ってもいい。

 彼女には、できればそんな道は歩んでは欲しくない。こんなに優しい子なのだ。できれば、平穏に元気に暮らして欲しかった。

 

 これも全て、俺が招いた結果なんだ。自分の犯した過ちは、自分でケリを付ける。

 あいつらには借りがある。これは、罪の償いでもあり、そして全ての終焉から守りたい人たちを守るための戦いなのだ。

 俺は、全てを終わらせる。そして......

 

 

 あの約束を、果たすんだ。

 

 

「求めるものを得るために、お前は立派なものを持ってるじゃないか」

 

 それは、と問う彼女に手を伸ばそうとした。

 ポケットに入れていた端末が着メロと共に振動し始めたのは、その瞬間だった。

 宛先は......管理局?しかも、非常通信だった。

 これが鳴ったということは、恐らく何か動きがあったのだろう。

 答えまで言ってあげたかったが、仕方がない。ちょうど、クイズみたいで良いかもしれないしな。

 

「......すまん、急用だ」

「うん。ええよ。お仕事、大変なんやろ?」

「まあまあな。まあ、どっか遠くに行くわけじゃないから、また今度会おう」

 

 急いで支度を整えた俺は、見送りに出ようとしていたはやてを止めながら、玄関を飛び出した。

 外にいたエレンと合流した俺は、近くに人がいない事を確かめ、魔法陣と共に装備を展開する。

 

「準備はいいか?」

「行こう、エレン」

「承知した」

 

 大きく翼をはためかせたエレンは、転送魔法陣を展開。結界の張られているエリアの中に突入するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、前になのはとフェイトの襲われたとき張られたものと同じ、エンシェントベルカの結界だった。

 強固な壁で阻まれたそれは、しかしローガンのジャミングシステムとエレンの巧みな魔法運用で難なく突破。敵に気づかれることなく結界内部に侵入することが出来た。

 ビル群を低空飛行しながら、エレンはこれまでの経緯を話してくれた。

 

「今回狙われたのは、我々の友人リンディ提督だ。アルフと共に買い物に出かけていたが、結界発生と同時に消息が途絶えた」

「やっぱりか......そろそろ狙ってくるとは思っていた」

「もう既にあの子たちが守護騎士たちを食い止めに掛かっている。流石、未来のエース級魔道士なだけある。あの短時間で完全に回復して、あのベルカの騎士たちを追い詰めている。リンディ提督は、無事に回避したみたいだ」

 

 エレンに抱えられながら耳を済ますと、確かに爆音が反響して聞こえてくる。少し距離があるのだろう、断続的に聞こえてくる音はくぐもったような音に聞こえる。

 確か、技術部のマリエルが彼女たちのデバイスに、エンシェントベルカの技術を応用してつくられたというCVK-792を搭載したのだとか。あの騎士たちとの戦闘はやりやすくなるだろうが、あれはまだ試作段階だったはずだ。危険だが......まあ、インテリジェントデバイスに直接的組み込んであるわけだから、多少は大丈夫なのだろう。

 とはいえ、彼女たちだけであの騎士と戦うのはまだまだ危険だろう。フェイトは、まだリンカーコアを奪われていないのだから騎士たちもフェイトを落とすのに全力を使ってくるはずだ。

 最悪、全員で襲い掛かってフェイトだけを落として帰ることも有り得なくもない。

 闇の書の完成を防ぐためにも、それだけは何としても避けたい。

 

「狙撃ポイントはどうする?」

「一応、敵のレーダーと観測に引っ掛からないように2人の交戦距離から700mくらい離れたビルの中にしよう。出来れば、若干撃ち上げる形になるくらいが丁度いい。それに、今日はこいつもあるしな」

 

 次々と移り変わるビルの表面を眺めながら、ローガンは背中のバックパックを親指で指さす。

 大きく膨らんだこいつの中には、開発段階だったあるものが入っている。こいつを使えば、戦況を有利に進むめていくことができる。

 エンシェントベルカの騎士たちなら、スナイパーの相手も多少は知っているはずだ。それに、以前の交戦でノウハウも分かっているに違いない。それに対抗してのこいつなのだ。

 狙撃の基本は、上から撃ち下ろす形だ。重力計算や風速の計算も2分の1で済むし、まず当てやすい。

 前回のときもそうしている。相手のバックアップ担当は手強い。1度やられた作戦を2度も引っかかることはまず無いだろう。

 となれば、あいつらを負かすために、できるだけ重ならないように、しかし捻った考えの作戦出なければならないのだ。

 そのために、今回は狙撃のセオリーを無視してみることにしたのだ。

 

「ここで良いか?」

「ああ、ここで良い。早速アレを試してみよう」

 

 エレンが指さした先にあったのは、少し年季の入ったビルの10階部分だった。たしかにここなら、若干撃ち上げる形になる上に、敵に見つかりにくい。

 狙撃をするために、壁に丸く丸く穴を開けた俺は、背中に背負ったBMR-9のスリングを外し、その重たい銃身を持ち上げて、アンダーバレルに装着してあるGL-7の装弾部分を子気味良い金属音を響かせて開いた。

 これは、M203というグレネードランチャーをモチーフに作ったものだ。

 銃口側に押して開くこのグレネードランチャーに、40mm特殊炸薬のグレネード、『対ベルカ式魔法結合阻害煙弾』、通称ABMMBS弾を装填し、閉める。一気に重たくなったこのライフルを手に、俺は膝立ち姿勢を取った。

 

「エレン、観測手を頼む」

「ああ。任せてくれ」

 

 腰のポーチから、測距機能搭載の高倍率双眼鏡を取り出し、エレンに手渡す。

 彼女は、言うまでもないが、鷹の使い魔である。その視力と能力はケタ違いであり、狙撃手の俺にとっては、彼女は無くてはならない相棒だ。

 その相棒が観測手としての計測精度を上げるために、ローガンはこいつを開発した。

 現行の軍隊が持つどの測距機能付き双眼鏡もこいつに勝ることは無い。ケタ違いの精度、並外れた計算能力。フィールドに放っている全てのリモートスナイパーとも連動しているため、距離を超えた偵察にも広域ネットワークを駆使して正確な計測を可能としている。

 

「風速、東に3m/s。距離は、長い髪の女性までが612m、小さい赤い少女までが651m。ちょうど間を狙うと良いかもしれない」

「了解。指示を頼む」

 

 ファインダーを覗いたエレンは、切れ長の瞳を細めながら計測を開始する。

 ライフルを斜めに構え、結界の影響で若干赤みがかった視界を眺める。

 距離600mを超えようものならば、人間の視界には対象物は豆ほども映らない。観測手無しでこの距離を40mm擲弾で砲撃しようものなら、それはほぼ命中しない。狙撃の達人でもあるローガンでも無理だ。

 だが、エレンがいてくれるのなら話は別だ。

 

「右に4度、上に32度修正。......いや、もっと上だ。+9度......そこだ。風に波はない。そこで撃てば、確実に炸裂する」

「了解。......タイミングは任せる」

 

 ストックにしっかりと肩をつけ、指を引き金に乗せる。

 遠くには、かなり激しい動きをして閃光を迸らせている豆粒ほどの大きさのなのはとフェイト、そして敵の2人がいた。

 相手は、今もなお移動を続けている。タイミングを少しでも逃せば、上手く効果は現れない。

 この40mm擲弾は、弾速が遅い。通常の弾丸が音速て飛ぶのに対して、こいつはものすごく角度をつけないと当たらない。

 600m越えは、正直射程ギリギリだ。当たるかどうかは分からない。エレンの計算は、大体正しい。あとは、運だけだ。

 無線を開き、念話でなのはとフェイトに連絡を送る。

 

「なのは。フェイト。いまから援護射撃を開始する。エレンの合図でその場から離れろ」

『ろ、ローガンさん!?りょ、了解です!』

『お願いします!』

 

 念話だから分からないが、彼女たちは相当疲弊しているに違いない。何せ、相手はあの守護騎士たちだ。真正面からなら、そう簡単に倒せる相手ではない。

 40mm擲弾を使うのは初めてだが、念のために息を整える。少しでもズレれば、相手はこちらに意識を向け、位置を割り出してくるに違いない。

 向こうには、後方でバックアップを担当している凄腕の騎士がいる。彼女のレーダーはかなり優秀で、こちらもなるべく位置がバレないように気をつけている。ステルスを多用して何とか誤魔化してはいるが、それでも向こうはこっちに気付いているのではないかと不安になることもあるほどだ。

 あれに捕まれば、今はいない騎士もこちらにやってくる。ここで正面きってサシで戦えば、ローガンでも勝てるかは分からない。見つからないことに越したことはないのだ。

 

「スタンバイ......」

 

 エレンのコールが始まる。ここからは、彼女の声が全てを左右することになる。

 引き金を引く指に軽く力を入れ、身構える。

 

「ファイア」

 

 ポンッという可愛らしい音を放って、40mm擲弾はその砲弾を虚空に踊らせた。

 40mm擲弾は炸裂までに約10秒ほど時間を要する。その着弾時間となのはとフェイトを退避させる時間を正確に計算しなければ、試作段階のこの砲弾によってどんな影響があるか分からない。

 

「3......2......1............ブレイク」

 

 エレンの声が響く。遠くで、ピンクと黄色の魔力光が一瞬散ったのが見えた。

 その光が放たれた空間を、何かキラキラしたものが舞いはじめたのはその瞬間だった。まるでその一帯の空気だけが銀雹を巻いたかのように散りゆくそれは、広範囲に渡って拡大を始めた。

 ABMMBS弾が、炸裂したのだ。

 

『炸裂を確認......!』

 

 なのはの歓喜の声が届く。射撃姿勢を解き、ローガン肺に溜まった二酸化炭素を吐き出した。

 ABMMBS弾は、対ベルカ式魔法結合阻害煙弾の名前の通り、ベルカ式魔法の魔力結合を阻害する働きを持っている。

 端的にいえば、飛行魔法程度なら使えるのだが、極端に魔力消費量が多い技は使うことが出来なくなるのだ。

 これを使えば、敵はあまり大きな攻撃は出来なくなる。それはつまり、なのはとフェイトの有利さがぐんと上がることを意味している。

 

『攻撃再開します!』

「了解。援護する」

 

 装弾口を開いて薬莢を落としたら、今度は伏射姿勢になってスコープを覗く。

 より鮮明に、ABMMBS弾の塵が視認できる。確かに、まるで粉雪だ。

 ベルカの騎士たちには......いい具合に効果はあったみたいだ。倍率を上げて確認すると、そこにはなかなか魔法を使えなくて戸惑っている2人の姿があった。

 そこに、フェイトとなのはが切り込んでいく。鮮やかな手際だ。

 

「さて、バックアップの準備だ。エレン、『ブラックイーグル』を放て」

「了解した」

 

 エレンは、伏射姿勢のまま足を大きく開いているローガンの背中にあるバックパックを開き、中から折り畳まれた玩具の飛行機のようなものを取り出し、組み立てた。

 これは、玩具の飛行機にエンジンとプロペラ、そして機体下部に偵察用の測距機能付き赤外線カメラを搭載した、れっきとした無人偵察機だ。

 コントローラーによる操作と、エレンの視覚的アウェアネスに直接繋ぐこともできるこいつは狙撃をする際には重宝する。

 ステルス機能がついているから相手にもバレることはない。距離と周りの状況さえ分かれば、例えこちらのスコープの射程外でも狙撃が可能になる、優れものだ。

 

「ブラックイーグル、投下。視覚的アウェアネスと同機開始。操作を開始。上空1500mで旋回待機させる」

「敵の様子を探りながら、伏兵に注意。ついでにリモートスナイパーも同調させて、いざと言う時の狙撃支援も頼んだ」

 

 ブラックイーグルで捉えた映像はエレンの視界に直接反映させることもできる。そのため、リモートスナイパーにその情報を流せば、コンピューターが自動で風速と距離を計算。命令次第では、こちらの死角に入った敵さえも撃ち抜くことが出来る。

 

「なのはとフェイト、膠着状態に陥った。......フェイトの方が少し圧され気味だな」

「向こうも蒐集を早く終わらせようと躍起になってるんだ。早めに決着つけないと、取り返しもつかないことになりそうだ」

 

 スコープで少し上側を覗きながら、戦闘機動を描く敵、そしてなのはとフェイトの動きを捉える。

 鉄槌の騎士の方は、一度蒐集してしまっているなのはの相手を面倒がった動きをしながらしている。対して将の方はというと、これでもかというほど過激に動き、フェイトに肉薄しながら斬撃を浴びせかけている。

 ......支援するなら、フェイトの方だろう。

 

「フェイト、被弾。右手に切り傷を負った」

「どんどん不味くなってきてるな。そろそろ支援してやった方がいいか」

 

 こちらのスコープでも視認できた。将が、フェイトの一瞬の隙をみて篭手返しを繰り出したようだ。

 右手を抑えながら、フェイトは後退する。

 フェイトの利き手は左手だが、斧型のデバイスを持った彼女は、片腕持っていかれるだけでとんでもないハンデになりやすい。これはまずい。一気に不利になってしまったようだ。

 焦ったローガンは、腰のポーチから308口径魔力弾20連マガジンを取り出してBMR-9に差し込み、左側のコッキングレバーを引いて初弾を装填する。

 スコープを覗き、肘と頬で完全にライフルの動きを制御する。

 

「弾効シフト、『バリアピアス』」

 

 弾種を変更、息を整える。ここからは、気力とタイミングが勝負だ。

 呼吸をほぼ一定に保ち、ブレを最大限なくす。

 スコープの倍率を上げて、ターゲットの体全体を捉える。

 

「風速変わらず毎秒3m。吹き上げている。距離は610〜630m。右に2.12度、上に3.35度修正」

「修正完了。指示を待つ」

 

 敵は絶えず動きを変えている。ベルカの騎士たちは、空中で剣を交える航空剣技という技を駆使して戦う。そのため、距離は絶えず変わる。あとは、エレンの動体視力と勘に任せるしかない。

 息を殺し、指に軽く力を込める。ターゲットを常に十字の真ん中に捉えながら、じっとその時を待つ......。

 

「......ファイア」

 

 エレンの低いトーンと共に、引き金を絞る。

 軽い反動と共に、BMR-9の顎が咆哮を上げる。地面の砂塵を巻き上げ、人が一人通れそうな穴を撃ち上げる形で弾丸は放たれた。

 空気を裂き、風と重力の影響を受けてカーブを描きながら飛翔する弾丸は、しかし狙い過たず、ターゲットの胸の中央に着弾。バリアジャケットを貫通した弾丸は、しかし彼女の体表面で弾頭変形を起こしながら効果を発揮。

 将は、体を弾き飛ばされながら近くのビルに粉塵と共に追突した。

 

「フェイト、離れろ」

『は、はい!』

「弾效シフト『エアバースト』!間に合えよ......」

 

 魔力弾の効果を変更し、フェイトが安全圏に退避した瞬間に、余計な弾道計算することもなく、ビルに追突した将目掛けてさらに引き金を引いた。

 放たれた弾丸の効果は、『エアバースト』。文字通り、空中で炸裂する弾丸だ。狙い通りの場所に弾は向かい、しかし弾着直前で、真っ白な閃光が炸裂した。

 

『あ、ありがとうございます』

 

 フェイトの弱々しい声が耳元に聞こえた。とりあえずは、何とか無事だったようだ。

 相手にも、弾が効いたようでなかなか動く気配はない。どうやら、気絶か何かしているのか......と思ったが、気配がしない。どうも逃げたようだ。

 

「なのはの方も、相手は撤退していくぞ。局の増援が到着したようだ。あとは彼らに任せよう。何とか勝てたな」

「ああ。よくやった、エレン」

「そっちもな」

 

 安堵のため息と共に起き上がったローガンは、エレンと拳をぶつけ合う。大きく息を吸うと、久しぶりの新鮮な空気に肺が喜んで酸素を奪い取る。

 ABMMBS弾、なかなかに効果的な弾だったな。これは今後の作戦でも使えるし、なによりこれを元手に色んな兵器が開発できそうだ。

 

「なのは、フェイト。怪我の治療をしよう、こっちで合流点だ」

『はい』

『わかりました』

 

 なのはたちの無線を最後に、スリングを肩にかけた。

 ローガンも、帰投準備だ。

 空を見上げたら、赤っぽかった空は次第に青くなっていく。結界が解けたようだ。

 ......これで、今日の襲撃はなんとかなったな。

 ブラックホークに自立軌道周回させながら、予定通りなのはとフェイトと合流した彼らは、転送魔法で局へと戻った。




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