聖夜よ、永遠に【完結】   作:皮下脂肪弁慶。

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活動報告の通り、今までは一人称でやってきましたが、どうにもうまく行かなくなったので、回想やヒロインたちの想い以外は基本的に全部三人称に、戻しました。
1話から全部直してますので、もう一度1話からご覧になってもらえれば、と思います。


2.

 一体、誰が......俺にこんな運命を強いたのだろうか。

 あの時、たしかに俺は、あの人たちに襲われ、目の前で優しかった父親を殺された。

 あの、明るくて楽しくて、暖かい日常は、呆気ないほどに一瞬で終わった。まだ9歳の俺にとっては、最悪の形で。

 血にまみれ地面に倒れた父親が言った言葉を、おれは今でも忘れない。

 

『自分を貫き通せ』と。

 

 その日から、俺はずっと......地獄のような苦しみに耐えることになった。

 拷問のごとき過酷な体罰。毎日のように痛めつけられ、次第にオレの心はすり減り、もう死んでしまうのかとも思った。

 その地獄を和らげてくれたのは、他でもない......彼女たちのお陰であった。

 父親を殺し、『あの男』のもとに連れてきた張本人たち。俺の人生全てを根本から崩し、崩壊させ、呪われた負の遺産としての運命を強いる理由を作った彼女たちだ。

 本当なら、恨んでもよかったのかもしれない。彼女たちは、俺の大好きだった父親を殺した。

 だが、俺は彼女たちを恨めなかった。それどころか、軽い同情すらも覚えていた。

 あの暴虐な主のために振り回され、あまり良く思っていないということも理解出来た。彼女たちは、俺の敵でもあり味方でもあった。

 牢に繋がれ、僅かな食事しか与えられないという地獄。それを、なんとか苦痛を和らげてあげようと懸命に接してくれた彼女たち。あんなに優しい笑顔を向けてくれる彼女たちが、悪い人間なはずがない。俺は、そう理解していた。

 だからこそ、俺は......彼女たちを恨めなかったのかもしれない。

 だからこそ......あの、約束を交わしたのかもしれない。

 

 今年で、11年目か。

 もう1週間とちょっともすれば、クリスマスがやってくる。

 それまでには......カタをつけなくてはならない。

 呪われた鎖から彼女たち、そして夜天の書を解き放つために。

 俺は、人をも辞められるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンディ提督の救出は、何とか成功に終わった。ローガンさんに連れられて、私は彼から医務室で手当を受けていた。

 私の右手は、さほどひどい傷ではなかった。

 もともと防御魔法が得意でなかった私は、守るより避けることに重きを置いて大半のの装甲は薄く、防御力の低さを補うために速度を上げることに専念した結果らしい。

 あの時、私はベルカの騎士......シグナムの斬撃を自らの体を捻り、ギリギリで手首を切断されることを避け、守った。ローガンさんはそれを聞いて、まったく、若い子というのはそんな無茶ができるものだと呆れていた。

 ......あなたが、守ってくれていたお陰です。

 そう心の中で呟きながら、管理局の医務室を借りていたローガンさんは私のの右手にゆっくりと包帯を巻いていた。

 

「っ......」

「大丈夫か?それほど深くまで入ってないから、エレンの魔法があればすぐにでも治せる。今は、少し我慢してくれ」

 

 浅い切り傷ではあったものの、やはり触れられると鋭い痛みが走る。心配することはない、とローガンさんは笑いながら、優しい手つきで消毒を済ませる。

 ......少しむず痒いな。

 男の人にこうして近くで接してもらうのは、初めてだった。苦楽の間に、私は少し体を捩らす。

 

「あの......すみません。ご迷惑おかけして」

「気にすることは無い。よく慣れたベテランだって戦闘の中で怪我することは日常茶飯事さ」

「あの、そうじゃなくて......あの時、助けてくださって」

 

 助けてもらったのにこうして治療までしてもらっていることが、どことなく彼の手間を取らせてしまったようで申し訳なくなった。

 優しく包帯を巻いてくれる彼の手は、不思議な程に暖かく、大きかった。やっぱり、管理局最強のスナイパーという人は人が違うのかもしれない。

 ......だから私は、人に迷惑しかかけられないのかな。

 あの時、右手を使えなくなった私は一瞬もうダメかとも思った。

 大袈裟だな、と思われることもあるかもしれないけど、初めてシグナムと交戦した時に覚えたあの太刀筋には、本能的に恐怖心を抱いていた。

 あの人が構えに入ってから防御が不可能なことに気付いた私は、本当に死ぬんじゃないかと直感した。だけど、右腕を犠牲にしながらなんとか体を捻って避けることができた。あんな芸当、もう二度とやりたくはない。

 

「戦場じゃ、後方支援担当だからな。これからこんくらいのことで謝られたら、苦労するぜ?」

「いいんです。私が、私の気持ちを伝えられるのなら。何度でも......」

 

 薄い笑みを浮かべたローガンは、何も言わずに優しく包帯を切った。そんな彼の仕草に、私はいつの間にか右手で小さな握り拳を作り、胸の前に置いていた。

 

「......何か、不安げだな」

「......」

 

 その表情を見てか、ローガンさんは私の小さな拳を両手で包み込んだ。

 ......この人には、隠し事は通用しないんだ。

 スナイパーという役職は、確実に敵を仕留める正確性だけではなく、瞬時に物事を判断する能力にも長けていると聞いたことがある。

 狙撃手が放つその1発は、たった少しの魔力量でもとても大きな騒乱を巻き起こす力を持っている。その時その時の現場の判断は、司令部の命令よりも重要な意味を持つ。

 噂程度でしか聞いたことは無かったが、どうやらそれは本当のようだ。

 その様子に、私が何かを心の内に溜め込んでいることを察したのか、ローガンさんは苦笑いを浮かべて息を軽く吐いた。

 

「......心の中で溜めていても、何のいいこともないぜ。そういった負の感情は、出せる時に全部吐き出した方がいい」

「......」

 

 その黒い瞳は、まっすぐと私の瞳を......いや、私の心を見透かしていたのかもしれない。

 不安、恐怖、焦り、悲しみ。その全ての負の感情を見透かしたかのように、ローガンさんはゆっくりと私の手から離した。

 多分彼は、資料で見て知っているだろう。

 私......フェイト・テスタロッサは、なのはのような普通の人間ではない。誰かによって意図的に作られた、いわゆる『クローン』だ。

 プロジェクトF.A.T.E.。私が、フェイト・テスタロッサとして生まれてきた時の、記憶転写技術の降り混ざった計画の名前だ。

 私は、半年前の事件、PT事件の原点ともいえる、プレシア・テスタロッサの実の娘、アリシア・テスタロッサのクローンとして生まれてきた。

 プレシアは、ある魔導炉の実験の失敗によって愛する愛娘であるアリシアを失った。アリシアを蘇らせるために、プレシアはその計画を実行した。

 計画は、形としては成功を収めた。アリシア・テスタロッサとして生まれてきたはずのフェイトは人間としての知能も体も正常に機能していた。計画としては、成功のはずだった。

 だが、クローン技術は......必ずその元の原体と同じ人間として生まれてくることは無かった。

 それに激怒したプレシアは、忘却の都『アルハザード』に向かうための原動力として、ロストロギアの回収のために......こういう言い方はしたくはないのだけれど、私を道具として使った。

 そして、今まで誰にも向き合ってもらうことのなかった私は、高町なのはの優しい心に救われた。管理局の手際の良さによってプレシア・テスタロッサの起こした次元震は止まり、結局母さんは行方不明。その後半年にもわたる裁判の結果。私は、アルフと一緒に保護観察処分にされることとなった。

 これが、半年前の事件......PT事件。

 私が母さんの言う事をしっかりと聞いていなかったから巻き起こした、その事件はもう幕を閉じた。だけど......私の中では、PT事件は終を迎えていなかった。

 

「......ローガンさんは、私のこと、知ってますよね?」

 

 ......もしかしたら、彼なら。私の追い求めている答えを見つけてくれるかもしれない。

 つい最近出会った彼だったが、なんども助けられたからなのかもしれないけど、私は彼のその器に引き付けられていた。

 いつも優しく、しかし強い彼に、心のどこかに惹かれるものがあったのかもしれない。彼の優しさは、どこか懐かしいような気がした。

 初めて会った時から、彼は良い人だと直感していた。だからこそ、出会って間もない彼のことをすぐに信頼することが出来た。裏のない人間であることが、分かっていたから。

 あれから半年。

 私の中で未だに尾を引いている1本の時の流れは、私に多くのことを問いかけてきた。

 誰も知ることのない、私にしか......母さんやアリシアにすら分からない、遠い演繹は、答えのない重石として私を押さえつけていた。

 その負の塊を取り除くために......私は、彼に心のどこかで頼った。

 

「ああ。資料で見た」

「時々、私は心配になるんです。私は、何のために生きてるんだろうって。

 あの事件以来、私はまるで抜け殻になったように、自由を得ました。前まで、大好きな母さんに認めてもらおうと必死に頑張ってきたのに、結局は無駄になって、今はこうして......過ごしています。リンディ提督にも優しくしてもらって。今、養子にならないかって言われてるんです。まだ答えは出してないんですけど......」

 

 自嘲気味に言う私に向けられる彼の真っ直ぐな瞳を感じる。

 

「でも、私は......守られてばかりで。なのはにも、アルフにも、リンディ提督にも。そして、ローガンさんにも。気づけば、私はいつも誰かに守られていて。そんな私は誰かに迷惑かけてばかりで......それを思うと、私は何のために生きているのかなって、いつも不思議になるんです。

 お姉ちゃん......アリシアの記憶と体を受け継いでおきながら、母さんに何一つしてあげられなかった。これじゃ、母さんに劣化品と言われても、仕方が無いのかなって......不安になるんです」

 

 ......あれ、おかしいな。

 視界がぼやける。一滴の水が私の膝上にこぼれ落ちた。私は、どうして泣いているのだろう?

 誰かのために戦ってきたのに、今では誰かに守られている。

 半年前、私の愛した母さんは......恐らく、亡くなった。

 記憶が始まってからあの時まで。私は、どんなに暴力を振るわれようともプレシアに付いてきた。認められようと努力をしてきた。

 昔のように、楽しく暖かい日常を送りたかった。

 もう二度と、訪れることはないと心のどこかでも分かっていたに違いない。それでも、私は......プレシアに認められれば、またあの時のように戻れると信じていた。

 結局は、その努力は無駄になってしまった。プレシアは私を見限り、そして、死んだ。

 心にぽっかりと穴が空いてしまったように、私の生きる理由というものはその大半を失ってしまったに等しいのだろう。なのはという親友、リンディ提督やクロノ、そしてクライド提督の暖かい応援がそれをカバーしようとしてくれるが、それでも......今は欠落してしまった、私が今まで持っていた全てを覆い尽くすには至らないだろう。

 私は、プレシアのために、アリシアの代わりになろうと務めた。多分それは、未だにあの時のことを引きずっている私の心のどこかに今でも残っているに違いない。

 私が失ったものの代わりにのしかかる様にそこに鎮座している壁という重石は、とても重たくて......。

 

「......いいんじゃないか?分からなくても」

「......え?」

 

 思いもよらない答えに、私は呆けた顔を上げていた。

 ローガンさんは突き放すように......その言葉を放った。その言葉は、重荷を押しかえすように強い衝撃を与えた。

 

「すまんな、こんなつっけんどんな答え方で。そうして泣いている君を見てると、昔の俺を思い出すようでね」

 

 全く意味のわからないことを言うローガンさんは、しかし強い口調で私に問いかけていた。その言葉の意味を。

 

「俺は、一度全てを失った。それでも生きてる。お前も、同じだ。一度全てを失った。だが、お前にはまだ残ってるモノがあるじゃないか。思い出してみろ。お前が辛く困難な道を歩いている時、お前を支えようとしてくれた人はいなかったのか?」

 

 私は、ゆっくりと自分の心を振り返った。

 そこには、心配そうに彼女を見ている親友と家族がいた。一度はぶつかり合い、互いに敵同士として戦いあった。でも今は、かけがえの無い友達として、彼女はそこに立っている。

 いつも、どんなときにでも私を支えてきてくれた私の使い魔は、私のために母さんにまで反旗を翻し、戦っていた。いつもは泣き虫な彼女は、いつもどこかで私のことを心配してくれていた。

 ......どうして忘れていたのだろか。自問自答を繰り返しながら、しかしローガンさんは続けた。

 

「お前は誰だ?名前はなんて言う?」

「......フェイト、テスタロッサ、です」

「お前は、お前だ。アリシア・テスタロッサじゃない。たしかにお前はアリシアのクローンだ。それはもう覆せない。だが、こうして涙を流すお前が。こうして、正体もわからない不安に怯えるお前が。いざと言う時は、誰にも譲らない強い心を持つお前が。劣化品なわけが無いだろう?」

「......」

 

 彼の一言一句は、私の氷のような心をゆっくりと溶かしていくように......不思議な力を秘めていた。

 彼の言葉は、偉人に問われているかのような重厚な響きをもって私の心にとけこむ。それはまるで、詩でも聞いているかのように......。

 

「フェイト。お前がどう思おうと、それはお前のことだ。だが、周りを見てみろ。お前には、守るべき仲間と、家族がいる。そして彼女たちにとっても、お前は守るべき仲間であり家族だ。

 彼女たちの目の前にいるのは、優しくて強くて、だけれども少し心配性な女の子だ。お前が誰のコピーだろうと、誰も気にはしない。お前はお前らしく生きてりゃいいんだ。当たり前の話だ」

 

 「そして」と付け加えるように口にしたローガンさんは、私の肩を力強くしっかりと掴んだ。

 

「お前の生きるべき未来は、お前自身で掴むんだ。お前のその手は、そのためにあるんだ。生きる理由なんて要らん。お前のやりたいことを、やればいい。自分を貫き通せば、自ずと求めるものは見えてくる」

 

 視界が崩れていた。止めどなく流れるものが私を洗い流していた。

 思い描いていた空間が、音を立てて壊れていく。それはまるで、ガラスのように。いつの間にか私はガラスの部屋に閉じこもっていたのだ。

 全てを失い、道すらも見失った私は、自分の中で1番望んでいた世界を勝手に作り上げ、そこの永遠の住人となることで自分を守ってきたに過ぎない。まだ自分には分からない世界が、そこには、あった。暗く、足元の見えないその空間に、一筋の光が流れ込んだ。それは複雑に絡み合いながら、一筋が一掛けになった。

 彼が、私に手を差し伸べていた。また涙が止まらない。彼の顔が、よく見えない。

 

「本当は、こんなこと偉そうに言える立場じゃないのは分かってる。だけど、これだけは理解してほしい。ひとがこの世に生を宿している限り、生きてはならないひとなんていない。お前は、そうして泣いてる。そうして涙を流せるお前が、失敗作なわけないじゃないか」

 

 彼の大きな手のひらが、私の頭に触れた。

 恥ずかしかった。この身の愚かさが。

 いつの間にか、私はこの人の胸に顔を埋めていた。厚い胸板が私を包み込んでいた。

 この人は、知らないはずの私の過去を見通していたのかもしれない。こんなに綺麗に返されたのは、初めてだった。

 生きる理由とは何か。

 それは、私にとって............。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ......今日もまたかなり疲れたな」

 

 自宅のソファにどっぷりと座ったローガンは、風呂上りの火照る体に満足しながら真っ白な天井を見渡した。

 あの戦いも、なかなかに辛いものだった。

 何が辛かったかといえば、敵にバレないために張っていたステルスバリアだ。レーダーに探知されないという利点はあるものの、魔力消費がほかのどの行為よりも大きく疲労が現れやすいのだ。

 今回もステルスバリアを常時展開していたのでかなりの疲労がローガンには溜まっていた。

 エレンがお盆に乗せて持ってきてくれたキンキンに冷えたお茶を飲み干したローガンは、カラになったコップの中身をぼうっと眺める。

 そんな様子に気づいたのか、エレンはお盆をテーブルに置いて彼の隣に座った。

 

「お疲れのようだな」

「ああ。ずっと魔力消費してたからな......風呂入ったはいいけど、やっぱりまだ疲れが取れない。もっと小さい時は、こんなこと気にならなかったんだけどな」

「そういえば、お前は昔はどんな辛い任務でも帰ってきたときにはまだ動いてたな」

「そんな時もあったな。今じゃ考えられないよ」

 

 割と年寄りのような発言をしながら、ローガンはコップをテーブルの上に置いた。

 

「......フェイトの様子はどうだった?」

「ん?ああ、治療した時にはまだ元気そうだったんだけど......」

「......?」

 

 俯いて突然押し黙るローガン。その姿に何かを思ったエレンは、彼の曇った表情に目を向けた。

 

「どうしたんだ?そんな深刻そうな顔をして」

「......あの子、フェイトを見てるとな。昔の俺を見ているようで。彼女は彼女で、とても辛い人生を送ってきたんだからな。ああやって苦しんでる姿を見ると、あの時を思い出す」

 

 その物々しい言い様に、エレンは心中を察した。

 エレンがローガンの使い魔になったのは、今から9年前。彼がまだ、11歳になったときのことだ。

 そのときから、ローガンは......『あの時』の事件のことを相当に引きずっていた。今となってはそこまで気にはならない程度になったものの、彼があの時受けた心の傷はそう簡単に治るものではなかった。

 幼い頃に受けた心の傷は、大人になっても癒えることはなく、大抵はいつまでも『トラウマ』として心の中に留まりつづけて、蝕む。

 このローガンという青年も、例外ではなかった。

 エレンが彼と共に行動し始めた数年は、彼の心のケアに没頭する毎日だった。

 毎日のように過去のトラウマで発作が起こり、そのたびにリンディ提督やクライド提督に助けを求めたのは記憶に古くない。

 ようやく鳴りが収まったのは、それから2年後だった。

 その当時の様子を考えると、昔彼が受けたことは、とんでもなく悲惨なものだったに違いなかった。

 彼は、果たさなければならないことがあった。11年前、果たすことの出来なかったことが。

 ローガンは、決着をつけるつもりだ。全てを喪う覚悟で。

 それほどまでに、彼の過去に対する思い入れというものは強いのだろう。

 

「......ローガン、お前は辛くないのか?昔のことを思い出して」

「......辛いさ。フェイトが受けたことは、申し訳ないけど、俺が経験したそれよりもまだ優しいほうだ。だけど、彼女の心の辛さもわかる。俺の余計なお節介さ。過去に暗い闇があるから分かり合えるものだってある」

 

 そういって、ローガンは笑みを浮かべて俯いた。その瞳には、何が写っていたのだろうか。

 

「......あまり、無茶をしないでくれよ。お前が辛く思っているのを見ると、私は不安で仕方なくなるんだ」

「やっぱり、お見通しだったか」

「当然だろう。私はお前の使い魔だ。お前のことはなんでも知ってるんだぞ?」

 

 ......お前が、本当は不器用だってことも。

 独りごちながら、エレンは彼の身体に手を回した。その背中は、思ったよりも小さかった。

 

「......すまないな。いつも、迷惑かけてばかりで」

「なぜ謝るんだ?使い魔が主人を支えるのは当たり前のことじゃないか」

「それでもさ。最近、あんまりお前に感謝をしてない気がしてね。言える時に言ってればそれでいいんだよ」

「......変なやつだな、お前」

「今更気付いたか?」

 

 笑い合いながら、エレンは彼の肩に体をあずけた。

 ローガンは、この前のことを思い出したのか少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべて、しかし何も言わずに同じくエレンにも体を傾けた。

 ......相当、弱っているみたいだな。

 いつもなら「よしてくれよ」とかなんとか言いながら柔らかく離してくるのだけれど、今日の彼はそれをしない。

 想像以上に、追い詰められているのかもしれない。ここのところ、彼は魔法を使ってばかりだ。少しは自分の体のことも考えてもらわないと。

 

「......この手は、何のために」

「......ん?」

 

 唐突に呟いたローガンに驚くと、彼は寂しげな表情で自分の手を見詰めていた。

 

「や、何でもない。気にしないでくれ」

「そうか......」

 

 彼の思っていたことが飲み込めたエレンは、少し思考したのち、思い立ったようにローガンの方に体を向けた。

 そして、彼のその手を......握ってあげた。

 冷たかった。まるで氷でも握っているかのようだった。

 彼の手は......いや、彼の体自身が、もはや『彼ではなくなっていく』のを感じている。

 それは暗に、時間が刻一刻となくなってきていることを明確に暗示していた。

 カレンダーを見てみると、“あの日”までもう数日だった。彼が焦るのも、無理はなかった。

 ......彼が、目的を果たすまで。私は、どこまででも付いていこう。

 ふと彼に目を向けると、ローガンはこちらに体を傾けて軽やかな寝息をたてていた。疲れ果てて眠ってしまったようだ。

 その穏やかな寝顔に思わず口元が綻ぶ。彼は、やっぱりまだ人だ。

 

「......おやすみ、ローガン」

 

 そのまま彼の頭をゆっくりと自分の膝に載せたエレンは、その切れ長の瞳を閉じた。

 

 

 

 『あの日』まで、あと10日。




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