1.
例えば、あなたに守りたいものがあるとしよう。
その守りたいものが人だろうと物であろうと構わない。自分の中でも最も守るべきものを思い浮かべて欲しい。
もしその守りたいものが、死んだり無くなったりする危機にあるとして、あなたはどうするだろうか。
命を賭けて守るか。他人事のように見過ごすか。
その判断は、その人自身の判断によって変わってくるだろう。事実、この世界での歴史において、究極の決断に迫られた人間というものはその二択のうちどちらかを選ぶ。
彼は、その前者だ。
彼にとっての大切な人たちは、今もなお様々な危機に直面している。主への忠信を誓った騎士たちは、主のために戦う。だけれども、11年前......あの日を境に生まれてしまった悲劇を引きずり、そしてその行動に枷を填めてしまっている。
彼女たちは、彼女たちの意思によって苦しんでいるのだ。
あの日。ローガンにとっては、全ての終わりであり、同時に全ての始まりでもあった。
あの時、誓った言葉......交わした約束は、自分の象徴のようにいつも胸の引き出しに仕舞っている。そして、忘れないために自らに降り注いだ『呪い』を甘んじて受け止め、そして苦しむ。
底なしの泥沼を必死に藻掻く長い人生であったが、彼のやってきた事は着々とゴールへと近づいていた。
闇の書事件の根本的解決のために彼が編み出した答えは、文字通り彼の全てを賭けるようなものだった。
自らの知識と文献からの調査の結果、あの闇の書と呼ばれる外部ストレージは、過去に悪意ある改編を受けている。
闇の書の意思とも呼べる自立型管制融合騎と、闇の書の主を守るための防衛システムであるナハトヴァール。闇の書事件の発生は、後者のナハトヴァールがその改編によって機能を書き換えられたことによって発生したものだと確定している。
単なる防衛システムではなく、魔力の貯蔵により闇の書が完成と共にその蓄えた膨大な魔力をもって暴走を始める......只の破壊神とも呼べる存在へと成り代わった。
事実、これまでの闇の書事件では、闇の書の完成と同時に奇妙な蛇の形をしたものが全てを食らいつくし、その土地に渦巻く文明き破壊と滅亡をもたらしてきた。闇の書の主は、闇の書の完成と共に......ナハトヴァールにより、その魂までも食いつぶされた。
そうなれば、これまで管理局が行ってきた闇の書事件の対処法......『闇の書の主を逮捕して、闇の書自体を厳重に封印する』だけでは全く通用するはずがない。
闇の書が作られたのは、古代ベルカの時代。それが意味することは、闇の書に与えられているのは古代ベルカ最先端の技術であることだ。
知っての通り、古代ベルカとはかつて進みすぎた文明同士が内部争いを始め、最終的に滅びてしまった先史文明だ。当時の技術は今の技術でさえも遠く及ばない、全く別次元の技術だ。
未だに発見される古代ベルカ時代の技術は『ロストロギア』と呼ばれ、その研究と解析は現行の技術をもってしても思うように進んでいない。そうなれば、今の封印技術で当時の最先端技術の塊である闇の書を完全に封印出来るかどうかは、些か疑わしいものだ。事実、先の闇の書事件では厳重封印したはずの闇の書は主の魔力を奪って暴走を始めている。
では、どうすれば闇の書事件を根本から解決し、金輪際事件の発生を無くすことが出来るか。
答えは簡単だ。『書き換えられた闇の書のプログラムを、元あった形にもう一度書き直す』のだ。
それがどんなに難しいことか、ローガンはもちろん知っていた。
闇の書が改編された時期や、誰が改編したのか、そして......どのように改編したのかなど、管理局には未だに一切の情報が無いのだ。
闇の書についての情報すらあることが珍しいのに、その中からそんな情報を見つけ出すことなんて、さらさら不可能に近いのだ。
だが、これしかないのだ。
ローガンは、闇の書の全てを終わらせ、彼女たちに降り掛かった呪いを断ち切るつもりだ。全てに替えてでも。
あれから11年。ローガンは、並々ならぬ熱意と情をもってそのための研究と勉強に没頭してきた。
魔術的に闇の書のプログラム改編をするための技術を学び習得し、そのために必要な道具や機械も特殊式魔法による精製で作り上げてきた。
何度も失敗し、何度も傷ついてきた。時には心無い上司に罵詈雑言を浴びせかけられたりもした。
それでも、彼は折れなかった。むしろ、それを聞く耳すら持たなかった。
なぜなら、彼には......果たさなければならない約束があったのだから。
それを成し得るために必要な技術と道具は手に入れた。だが、あと一つ......絶対に無ければならない、重要な要素があった。
改編がどのようにされたのか。それに関する情報だった。
これは、闇の書単体を見ても分かることはない。元々のプログラムの形がどんなものだったのかが分からないことには、書き換えられたプログラムを再度改編することは不可能だからだ。
これに関しては......以前あることを頼んだユーノに懸かっている。彼が見つけてきてくれる情報如何によっては、ローガンの全てを賭けたチャレンジは頓挫するか......あるいは飛躍的に進むかのどちらかになる。
いずれにせよ、彼が情報を見つけてきてくれないことには全く進むことのない要素だ。こればかりは、待つしかない。
その間にやるべき事は、来るべきその時のために力をつけておくことだ。
そのために、彼は自分を追い詰めるかのように力を行使してきた。武器を作り、機材を作り、仲間をまもるために戦ってきた。文字通り、身を削るように。
それが祟ったのか、この日......それは起きたのだった。
最初に異変に気づいたのは、やはりと言うべきか、エレンだった。
リビングで、彼のその日の疲れを癒すためにいつも用意しているコーヒーを作っている時に、それは起こった。
ローガンがいるはずの地下の作業室から、物が倒れるような音がしたのだ。
それも、かなり大きめのものが。床の揺れ方と音からしてタンスみたいなものが倒れるかのような感じだった。
しかし、エレンの胸に残った突っかかりは、その音と同時に他の道具のような小さいものが落ちる音が聞こえたことだ。
タンスか何かが倒れたのなら、その小さいものが落ちる音にも納得できる。だが、あの地下の作業室には......タンスなど、置いてあるはずがないのだ。
そこまで思考が回った瞬間のエレンの行動は早かった。
今やっている作業を全て投げ出し、自らのもてる最速をもって木製の階段を降り、装飾のない質素な廊下を右に曲がって地下室に飛び込む。
果たして、彼はそこにいた。
床に倒れ込み、口元から真っ赤な血を吐き出しながら蹲りながら。
そこから先は、頭の中が真っ白で何も覚えてはいなかった。どうやって管理局までそれを伝えたのか、どうやって彼を医務室まで連れていったのか。
ただ覚えているのは......自分が泣きながら彼に必死に呼びかけていたことだけだ。
そして、今に至る。
病衣に着替えさせられた彼は、真っ白なベッドに横にされ、呼吸器と心拍数を計測する機械と点滴に繋がれている。管理局最強のスナイパーとは、全く想像もつかないほどに、痛ましい姿だった。
額に脂汗を浮かべ、今もなお苦しむように息をするローガンの手を、エレンは握ってあげることしか出来なかった。
彼が死ぬはずがない。だって、昔の約束を果たすためにいまからまた戦おうと決意を胸にしたばかりじゃないか。
そう思い込もうとする傍らで、どうしようもない焦燥感に駆られる。ローガンは、まだ生きている。けど、次にどうなるかは、エレンにも分からなかった。
『次に発作があったときは、覚悟をした方がいいかもしれない』
彼のこの発作の専門医の男性は、悔しながらにそう言った。
彼の発作は、実はかなり前から続いていた。
エレンが使い魔としてローガンと共に過ごすようになる前から、この発作はずっと続いているのだという。リンディ提督やクロノ執務官、クライド提督もそれは知っていた。
この発作は、病気などでは無い。
ローガン曰く、『全てを終わらせるまで決して解き放たれることのない呪縛』という。彼が昔に受けた酷い仕打ちは、こんな所で彼の命を蝕んでいた。
結局、この発作の原因はよく分かっていない。ただ一つわかっていることは、彼のリンカーコアは、正常な人のそれとは『全く別のもの』であり、その異常の起こっているリンカーコアを“極力使用しない”、あるいは使っても酷使しないことで発作の発生を抑制できるということだった。
しかし、最近の闇の書事件一連のせいで、彼はここのところ魔法を使ってばかりだった。あまり関係ないかもしれないが、その肉体もかなり使ってきている。
あまり無理をするなと言ってきたが、とうとう彼は、来るところまで来てしまったようだ。
「失礼します」
医務室の扉が開くと、そこから複数人の足音が聞こえてきた。
後ろを振り向くとそこにいたのは、なのはとフェイト、そしてリンディ提督とクロノ執務官だった。彼が倒れたということを聞いて、駆けつけてきたのだろう。
「彼の容態は?」
「......よくありません。今回の発作は、今まで見てきた吐血量のなかでもかなり多い方でした。最近の情勢の中で魔法を酷使し過ぎたようです」
「ローガンさん......」
なのはの重い言葉が、エレンの肩にのしかかる。
全てを本能的に悟ってしまう自分が、怖かった。いつもは彼を支えるための勘が、彼を殺してしまっている。それが現実になるということは、エレンにとって......もはや死ぬに等しかった。
「ローガンさんは、病気なんですか?」
「......ある種の、病気ではある。でも、彼のそれは病気じゃないんだ」
状況を飲み込めていないなのはとフェイトに、クロノは悲しげに教えるのだった。彼の発作のことを。
「僕達も、彼の発作については全く分からないんだ。彼のリンカーコアに黒い影のようなものが見えること以外は、異常なんてないんだ」
「理由が分からない限り、対処するための薬も治療も出来ないの。彼いわく、これは呪いだ、全てを終わらせるまで解けることのない呪縛なんだって。今は......次の発作が起こらないように務めるしかないのよ」
悔しそうに語るリンディの拳は、固く握られていた。
「そんな......じゃあ、どうしようもないんですか?」
「その、影のあるリンカーコアを調査して解明するとか......」
「そんなこと、出来たらやっている!!」
2人の声を遮るように怒鳴るエレン。こんなにも取り乱す彼女を見たのは、リンディとクロノさえ初めてだった。
無理もないだろう。
エレンにとってローガンは、大切な主であり、守るべきかけがえの無い親友でもあり、互いに情を誓いあった相棒だ。そんな彼が命の危機に瀕しているなんて。
一体誰が、この世で最も愛した人間を失う不安に取り付かれた彼女の心境を理解出来ようか。
「......すまん」
「気にしないで下さい」
唯一、彼女たちがエレンにしてやれることは、何も言わず、そっとしてあげることだけだった。
謝るエレンに潰れた笑顔で答えると、フェイトは俯いた。
つい半年前、彼女は目の前で母親を失った。
例えフェイトが母体をもとに作られたクローンであっても、プレシア・テスタロッサは紛れもなくフェイトの母親だった。
愛した人に暴力を受けても、裏切られても、それに絶望しても......あの人は、フェイトの心の中では母親であることに間違いはなかった。
そんな母親を、フェイトは目の前で失った。その時に感じた悲しみと無力感はいつまでも消えることなくこの胸に残っていた。言いようもない喪失感と共に。
今目の前にいる使い魔の女性は、まさにその心境であることに違いない。
彼女はまだ、ローガンを失ってはいない。けれども、人は目の前に突きつけられた現実を受け入れまいとしても、頭の中で考えたくない想像をしてしまう。
それは、使い魔であっても同じだ。彼が死ぬはずがない。また目を開けて笑顔で戻ってきてくれる。その願いに反して、今彼女は苦しんでいるのだ。
彼女を咎める理由など、ないのだ。
「エレンさん。私たちはもう行くわね。まだやるべき事がある。......何もしてあげられなくて、ごめんなさい。彼のことを、宜しくね」
リンディの目配せに、なのはとフェイトはエレンの背中に向けて一礼し、医務室を出た。彼女の背中は、しかしとても小さく見えた。
扉がしまる音と共に、この部屋にメトロノームのように正確な機械音が谺した。その波長は、エレンが昔、彼に助けられたときと全く同じもののように聞こえた。それだけが、彼女の心を落ち着かせた。
「......この音を聞いてると、まだお前が生きてるってことがよく分かるな」
彼に話しかける。返事はない。聞こえているかすらも分からなかった。でも、エレンは口を開いた。
「あの時、お前から感じたこの心音......まるで子供に戻ったみたいだった。そして今また、私は子供だ」
彼の手を両手で包み込みながら、エレンはその彼の温もりを感じる。
「お前が私を使い魔にしてくれたとき、私は......嬉しかった。死にかけていた私を助けてくれて、そして行く宛も無かった私を拾ってくれて」
懐かしがるように、エレンはその美しい瞳を細めた。
彼に拾われる前、エレンは孤独に暮らしていた。大人になり親とは別れ、一人になった寂しさを心から感じた。
あの時。確か、土砂降りの降り注ぐ正午だったと思う。
食料を求めて空を飛んでいると、エレンは別の鷹に襲われた。怪我を負いながらも何とかそいつを追い返したのだが、しかし彼女には......もう動くための力は残っていなかった。
怪我に雨粒が当たる。激痛が走る。助けを求めても誰も来ない。挙句の果てには、近くにいた小動物の群れに囲まれた。
もうダメか、と諦めかけたその時に......彼は、現れた。
当時11歳だった少年は、背中に黒光りする長物を取り出しその小動物にむけて乱射した。私の目の前にしゃがみこんだ彼のその表情を、今でも忘れない。心配するような顔の、優しい男の子だった。
気がつけば、エレンは少年の部屋にいた。怪我をしたところは包帯が巻かれており、痛み止めも塗られていた。
エレンは、その時......初めて、人に感謝をした。
怪我が完治し、空も飛べるようになったエレンは......しかし彼の元から離れたくはなかった。
昔から義理堅い鷹だったエレンは、彼に恩返しがしたかった。彼と共に過ごし、あの時助けてくれたお礼をしたかった。
そんなエレンを見かねてか、当時まだ元気だったローガンの母親は、エレンを使い魔にしてくれたのだ。彼女には感謝の念しかない。
ローガンに与えられた『エレン』という名前。これほど誇らしいものはない。ギル・グレアム提督とクライド提督の手回しやリーゼ姉妹からの講義などを受けて晴れて管理局に入局し、彼と共に得たどんな功績よりも輝かしいそれを、エレンはいつも大切にしていた。
そして、共に過ごしていくうちに......彼女は、ローガンに対する愛に目覚めた。
エレンは、彼が好きだ。人間としてもそうだし、異性としてもそうだ。
彼と共に過ごしていくうちに聞いた、彼の全てを知った後も......その心は変わることは無かった。
彼は、私が守ってあげなければならない。
その時から、エレンは彼の体を心配するようになった。
戦場にも共に趣き、どんな過酷な作戦でも共に切り抜き、生き残り、管理局最強の称号も得た。
彼となら、どこへでも行ける。
そんなローガンが、今では目の前で横たわっている。
彼を失えば、エレンは消える。共に逝けるという意味では嬉しいことなのだが、彼にはまだ、やるべき事があったはずだ。
それを成し遂げる前に逝くのは、寂しかった。
「あの時の恩を、私はまだ忘れない。お前と共に生きる。だから......死なないで......」
いつの間にか、意識は無くなっていた。
張り詰めた緊張が解け、疲労が一気に彼女を睡魔として襲ったようだ。
うわ言のようにそう呟きながら、エレンは深い眠りに落ちた。
「んっ......?」
胸のあたりに息苦しさを感じたローガンは、ゆっくりと目を覚ました。
まず目に入ったのは、真っ白な天井だ。そこからカーテンレールが視界を縦断し、ここが病室だと理解するのにそう時間はかからなかった。
「そうか、発作が起きたんだ......」
意識の途切れる直前のことを思い出し、頭の中を探る。
たしかあの時、新型のライフルを作り終えてひと段落しようとしたはずだ。そのとき、唐突に胸が苦しくなったのだ。
一体誰が、ここに連れてきたのだろうか。
倒れた時に打ったのか、まだ痛む頭を抑えながら起き上がると......その疑問は、すぐに吹き飛んだ。
ローガンの足に転がっている、茶髪の美人が目に入った。その切れ長の瞳を閉じて、すやすやと寝息を立てている。こうして彼女の寝顔を見るのも、なぜだか遠い日のように感じた。
「......ありがとうな、エレン」
彼の大切な相棒の頭を撫でながら、ローガンは優しく笑みを浮かべていた。
彼女も大変だっただろう。その心労を考えると、どうしてもいたたまれないものがあった。彼女には、迷惑をかけてばかりだ。
......それにしても、ついに起こってしまったか。
胸に拳を置きながら、ローガンは険しい表情を胸元に落とす。
前の発作は、確か一年前くらいだったろうか。
魔法の使用を極力避けていたおかげか、どうにかそこまで持ったのだが......やはり、最近の情勢を鑑みると、魔法を使いすぎていたのだろう。
「......もう、時間が無いんだな。分かってる」
自分に言い聞かせるように、ローガンは諦めにも似た自虐的な笑みを浮かべた。
分かっていた。自分には、やるべき事がある。そのためなら命を捨てる覚悟すらもてる。現にこうして、彼は命を賭けてまでこの事件の解決に臨んでいる。
自分の体のことくらい、分かっていた。
日に日に蝕まれていくローガンの体。彼の特殊な能力と人外的な桁外れの狙撃技術は、使えば使うほど彼の命を削り取っていく、いわば諸刃の剣。
こうして生きてるだけでも、彼の命は......少しずつ削られているのだ。敵は、目の前にいるそれだけではないのだ。
......どちらにしろ、あと10日だ。
約束のあの日まで、俺は死ねない。この身が崩れようとも、必ずあの日までには終わらせてみせる。
拳を、力いっぱい握った。彼にはもう、やるしかないのだ。
外部通信が入ったのは、そのときだった。
管理局、無限書庫が司書、ユーノからのようだ。通信を開いたローガンは拳を解いた。
「......ユーノか」
『はい、ローガンさん。お体の方は、大丈夫なんですか?』
「ああ。俺の優秀な鷹さんのお陰でなんとか生きてるよ」
『それは良かった。それなら、こちらの調査結果も報告できそうですね』
その言葉に、ローガンはゆっくりと息を吐いた。ついに、この時がやってきたのだ。
今まで見つけることの出来なかった、全ての解決に至るために必要な大切なピースが、今、見つけられた。
『ローガンさんの言われた通り、古代ベルカの歴代の闇の書の主に関する本を何冊も発見しました。その中でも気になった主の情報を整理したので、ご拝読を』
送られてきたマルチタスクを開き、目を通す。
そこには、古代ベルカ文字で書かれた文献の一部があった。
スクロールしていくと、5名に絞られた闇の書の主に関しての資料にたどり着く。ゆっくりと下にスクロールし、それを読む。
『他にも色々な情報があったのですが、ローガンさんの提示した条件にピッタリ合うものはそれくらいでした。それらはいずれも、今で言う闇の書事件に関する事件がが出現した後の闇の書の主です。でも、登場した時代がいつなのかまでは分かりませんでした。すみません』
「いや、十分だ。ありがとう。そっちの任務に戻ってくれ」
『お大事に』
通信が切れ、ローガンはゆっくりとそのディスプレイを眺めた。
書かれてある内容は、疎らなものだった。
凄惨な虐殺を起こした者から、闇の書の力を平和に利用しようとした者まで。
書かれてあることに、偽りはないようだ。
「......ん?」
書かれてある内容の中で、気になるものを見つけ出したローガンは、その主の資料を重点的に眺めた。
そして、最終的に......それが、今必要な情報だという結論を導き出した。これが、ローガンの求めていたものだった。そこに書かれてあったのは、『物と物を合わせて別のものを作ることのできる魔法を使う魔導師』についての記述だった。
「......」
その能力に、ローガンは心当たりがあった。
空気中の魔法の源を1箇所に集めて形成するのがハンニバル家に伝わる精製技術だとすれば、それはいわゆる『錬金術』と呼ばれるものであった。
そして、彼の記憶の中でその魔法を使える人間といえば......
「......まさか、嘘だろ」
その魔導師の名前を見て、ローガンは驚愕することとなった。
『エーベルバッハ・ヴェンスキー』。
ヴェンスキー。それは、ローガンにとって......最も忌まわしき名前だった。
ローガンの暖かい家庭を壊し、そして彼に地獄を強いさせた、あの名前。あの一族の名前であった。
11年前の、前回の闇の書事件の主の......子孫だった。
□ □ □
はやてが、入院した。
理由は、突然の発作だ。先日の朝、ベッドから起き上がったはやては、唐突に倒れたのだ。
あの時、シグナムたちがリビングにいたからなんとかなったものの......もしあのとき彼女たちがいなければ、はやてはもしかしたら死んでいたかもしれない。
入退院を繰り返していたはやては、またしても入院を余儀なくされてしまったのだ。
発作の原因は、分かっていなかった。
病院ではやての主治医をしている石田先生でさえ、その発作の原因を突き止めることは出来なかった。それだけ、彼女の病は深刻だといつことなのだろうか。
守護騎士たちは、それに対する原因を導き出していた。
闇の書の保護システムが、はやての体を蝕んでいたのだ。
それについては、前々から分かっていたことだった。彼女の足は、その保護システムがはやての魔法を吸い取っていたことが原因で起こっていることなのだから。
だけれども、今回の発作は......それが意味することはつまり、闇の書がはやての体を蝕む速度がだんだんと早くなってきている、ということだった。
今のところ、まだまだ大事に至るほどの速度ではない。何かが枷になっているのではないか、と疑いたくなるほどに、その侵蝕のスピードの上がり方は緩やかだった。
だが、このまま放っておけばどうなるかは想像に難くない。それを避けるために......また、収集に勤しまなければならないのだ。
「......なぁ、シグナム」
とある無人世界に降り立った鉄槌の騎士、ヴィータは、隣で目の前を見詰めているシグナムに話しかけた。
目の前には、バカみたいに広大な密林が広がっていた。
「あのスナイパーのことなんだけど、どう思う?」
「......どうして、急に?」
「分からねぇ。けど、どちらにしろ近いうちに会う事になるんだ、情報くらい交換しようぜ」
彼女の言うことに、内心納得するシグナム。
ヴィータの言うスナイパーとは、たびたび彼女たちの前に立ちはだかっては邪魔をし、蒐集を阻止してくるとんでもない化け物だ。
シャマルのレーダーにも探知されず、視界にも入らない敵は、今や誇り高き守護騎士たちの中でも最も恐怖している存在だった。
見つかることなく、こちらを正確に撃ち抜いてくる。対処のしようがないのだ。
「あいつ、妙だと思わねえか?あいつの腕なら、あたしらを生かして捕まえることくらい造作もないはずだ。それなのに、あいつは、こちらを無力化しても捕まえることをしない。管理局の連中にしては、妙な動きだ」
「......確かに。この間も、我々を撃っておいて結局逃がしているからな」
シグナムは、青空を見上げた。
あのスナイパー。見つけてしまえば、早めに摘み取らなければならない危険分子なのだが、どうしても見つからない。
あいつは、こちらにとってはとんでもない敵であることに間違いはない。早く敵を潰して、蒐集を終えて闇の書を完成させて、はやてと共にずっと静かに暮らしたい。
だけれども......
「......変な胸騒ぎがするな。まるで沼地に藻掻いているかのようだ」
「ああ。あれだけの見事な狙撃をしてくるスナイパーなんて......『あの時』のあいつしかやったこと無い」
あの時のあいつとは、古代ベルカの時代、とある丘で対峙したスナイパーのことだ。
先陣を切って突撃しようとした守護騎士たち率いる10000の兵が、そのスナイパーのお陰で何週間もそこに膠着させられた。
あのときのスナイパーも、やはり凄腕だった。
「名前、何てったけか」
「たしか......ハンニバル家、と言っていたな。......懐かしい名前だ」
その名前を、別の人物でおもいだしたシグナムは、柔らかい笑みを浮かべた。
「ザフィーラが、この間のスナイパーについて勘ぐってた。どうも、そいつが気になるらしい」
「奇遇だな、私もだ。超弩級のスナイパー、か」
あの名前を反芻しながら、シグナムは暗い表情を見せていた。
「あいつ、元気にしてるかな」
「......出来ることなら、また会いたい」
だけれども、彼女たちには......まだやるべき事がある。
あの優しい主と、また穏やかな日々を送るために。彼女たちは、命を賭けて戦うのだ。
......それが、運命だとしても。
「いくぞ、シグナム!」
「ああ!」
背中に背負ったものは、とてつもなく重い。しかし彼女たちは、それを重荷とは捉えない。
軽やかに飛び立った2人は、それぞれ剣と槌を構えた。
作品の質向上のため、評価や感想をお待ちしてます!