ゆっくりといろは短編を書けて行けたらなと思ってます。
「せーんぱーい、もう疲れましたぁー」
「うるせえ、あざとくサボる暇あんならとっとと手を動かせ」
「ぶー、わたし別にあざとくないんですけどー」
「なに、無自覚?余計にあざといんだけど。そんなことより早く手を動かせ。このままじゃ終わらねえぞ」
俺と一色は向かい合った机に座り、パソコンとにらめっこをしてる。
俺はカタカタと高速でタイピングをしていき、テキストをどんどん埋めていく。
一方一色の方は俺の返事がお気に召さなかったのか、手を止め頬を膨らませてこちらを睨んでくる。
なんだこいつかわい……じゃなくて仕事しろよ。
「どうして私たちだけこんなことしなくちゃいけないんですかー」
「んなもん若手だからに決まってんだろ。年上の方々には逆らえないのが縦社会のこの国だ」
「でも、平塚センセイだってわたしたちが高校生の頃たくさんお仕事回されてましたよ?」
いろはすそれは言っちゃいけません!
それじゃあまるで、平塚先生が若手じゃなかったみたいじゃないですか!
いや、若手、だったよね?
うん、多分。間違いない。
でもこの前先生が飲み屋で「あー、何で私にばかり仕事が回ってくるのだ……さすがにもう若手って歳じゃ……いや十分若手だよな、うん……はあ、結婚したい」とか愚痴ってたけど、これってもしかして理由は他にあるんじゃ……
おっといけねえ、こんなこと考えてたら仕事は終わらねーし先生に殺されそうだ。
あの人異様に感が鋭いからな。
「てかそもそもこれお前の仕事だからな。何で俺までやんなくちゃいけねーんだよ」
「それはー、先輩がわたしの指導係りでー、わたしのミスは先輩のミスになるからって自分で仕事引き受けてくれたからじゃないですかー。自分で言ったこと忘れちゃうとか先輩はおバカさんですね」
口に手を添えてプププーと小馬鹿にした笑みを浮かべる一色。
くそぉ、殴りたいこの笑顔!
……まあ一色の言ったことは最もなのだが。
何であんなカッコつけちゃったかなー俺。
べ、べつに困ってる一色を助けてポイント稼ごうとかそんなこと思ってないんだからね!
勘違いしないでよばかぁ!
「うっせえ、だからこうやって必死に手伝ってやってるだろうが。てかなんで俺がお前のクラスの通信簿作らなきゃ行けねえんだよ。お前のとこの授業一つも受け持ってないんだけど」
「だって先輩文章書くの昔から得意だったじゃないですかー。わたしは元々理系ですし、こっちの計算ある方が得意ですもん!」
えっへんと胸を張る一色。
そんな薄い胸を、と言いたいところだが、一色の胸は高校の頃よりいくらか成長していて正直ムラッとしてしまった。
「あー先輩、今イヤらしい目でわたしのこと見てましたね!先輩のえっち!変態!八幡!」
両手で体を抱き締めて胸を隠し、ジト目を向けてくる一色。
すごいわこの子、ムラッを一瞬でイラッに変えてしまったわ。
錬金術師か何かかしら。
錬成陣もなしに、こいつやりおるな。
てか八幡って悪口なのかよ。
「あーはいはいすみません。俺が悪かったからとにかく作業進めてくれ」
「はー、仕方がないですねぇ」
しぶしぶと言った様子ではあるものの、なんとか作業に戻ってくれた。
いや、実際は俺何も悪くないんだけどね?
それからしばらく部屋の中には二人がパソコンをカチャカチャとする音だけが響く。
時刻はまもなく22時を過ぎようかという頃。
公務員なのに残業とかあり得なくない?
とうとうここまで黒の波動がぁ!
まあ単に仕事が終わってない自分達が悪いだけなんですけどね。
全く、教師というのも楽な仕事ではない。
俺は今、とある中学校で国語の教師をしている。
2年目でまだ不慣れなことも多いが、なんとかやっていけているほうだ。
そつなく仕事をこなすので、他の先生達からの評判はまあ悪くない。
生徒からの評判は……この際置いておこう。
いや、人気ないとかそんなこと全然ないからね!
この前廊下を走ってる子に注意したら「ヒキガエルのやつうぜぇ」とか言われたこと全く気にしてないからね!
あだ名付けられるくらい好かれちゃってます☆
……死にたい。
そして一色は今年が赴任1年目の新米教師。
皆から、いろは先生、と呼ばれる超人気者。
高校の頃と違って、女子からの人気もかなり高い。
ちなみに言っとくが別に羨ましくともなんともない。
嘘じゃないからぁ!!
まあその分他の女の先生からはよく叱られている。
初仕事だからミスが多いというのもあるが、どことなく私念が混じっている様な気もする。
女子っていくつになってもこえー。
そんな後輩教師の指導係にと、高校と大学で交流のある俺が抜擢された。
めんどくさくはあるが仕方がない、これも上司からの命令だ、逆らうことはできない。
あらやだ、働き始めて二年もたってないのにすでに社畜根性染み付いてる。
なんならわたくし公務員なんですけどねー。
まあそんなこんなで今に至る。
一色は例によって女の先輩教師から大量の仕事を押し付けられ、それを俺が手伝っている状況だ。
指導係はつらいよ、マジで。
「あれ、何でこんなところに入力されちゃうんだろ?せんぱーい、ちょっとこっち来て下さい」
一色はパソコンを上手く操作できないのか、ちょいちょいと俺を呼ぶ。
「お前さっきそれが得意分野とか言ってたじゃねえかよ」
「それとこれとは話が違いますよーだ。パソコンはまだなれてないんですー」
またもぷくーと頬を膨らませると、一色はふんとそっぽを向く。
本当にあざとすぎませんかねー、この子。
うっかり好きになっちゃいそう。
万が一にもうっかりなどしないだろうけど。
仕方なく席を立ち、向かいの席へと行き、後ろから覗き込むようにして画面を見る。
どうやら書式設定がいつの間にか切り替わっていたらしい。
「ほらここ、設定変わってんぞ」
「ああ本当だ!なんだそのせいだったんですか。いやー
先輩ありがとうございます!」
「別に大したことじゃねえよ」
そういって自分の席へと戻ろうとすると、右腕をぐいっと掴まれた。
突然のことで「うぇっう」と変な声が漏れる。
「先輩なに気持ち悪い声だしてるんですか、気持ち悪い」
「お前が急に引っ張るからだろうが。あと、今気持ち悪いって2回言わなかった?」
「そんなことよりー……」
あれ、俺への罵倒はスルーですか?
なにこのいろはす全然あざとくない。
「せっかくなんで文章のチェックお願いします」
「はあ?やだよめんどくさい」
「ええー、いいじゃないですかー。すぐ終わりますから」
「つーかお前計算とかしてたんじゃねえのか?」
「それはもう終わりました。だから苦手な文章のチェックを先輩にお願いしてるんです!」
「はぁ。…新人つったってお前も立派な社会人なんだからそういうの自分で出来るようになれよ?」
「いーんです別に!これからも先輩のことどんどん利よ…頼らせてもらいますから☆」
「今利用するとか言おうとしなかった?ねえしたよね?」
てかこれからずっと職場が同じ訳でもないのに、一体どうやって俺を利よ…利用するのだろうか?
「もーう、つべこべ言わずにさっさと確認してください!」
そう言って席から立ち上がると、一色は俺の体をぐいっと押し込み無理やり自分の席に座らせる。
「……ったく、今回だけだぞ?」
「ありがとーございまーす!」
どうやら俺は一色に甘いらしい。
高校の頃も大学の頃も、何かある度にこうやってコキ使われてきた。
俺のお兄ちゃんスキルがオートで機能してるのも原因かもしれないが、少々甘すぎるような気がしなくもない。
まあ今さらこの習慣は変わりはしないだろう。
画面に目を向け、書いてある文章をスクロールして読み進めていく。
その間、何故か一色の手が俺の肩に乗せられており、少しどぎまぎしながらの作業だった。
こういうボディタッチはいまだに慣れない。
ぼっちの俺には相当に精神的疲労が来るもんだから勘弁してほしい。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、一色は肩にかける力を少しだけ強くすると唐突に質問をしてきた。
「ところで先輩」
「なんだ?」
「先輩はどうしてこの仕事をしようとしたんですか?」
「……えらく突拍子もない質問だな」
「なんとなく聞きたくなっちゃて。それでどうしてなんですか?」
「それは……」
俺が教師となるきっかけ……それはやはりあの人に憧れたからだろう。
「……高校時代にある人に憧れてな。その人と同じ職に就きたいと思っただけだ」
「それって平塚先生ですか?」
「まあ、その、なんだ。その通りだ」
正直照れ臭いのでこの話はあまりしたくなかった。
だって、なんか俺に似合わないんだもん!
あの頃は専業主婦になるとか言ってたわけだし。
「ふーん……なんかあんまり先輩に似合いませんね」
ほら、一色もそう思ってるし。
くそー、妙に顔が熱い。
「でも、だったらなんで高校じゃなくて中学校の先生にしたんですか?」
それは……それは本当にマジでいいたくない。
恥ずかしすぎる。
「……ほら、あれだ、就職口が高校は少なかったんだよ。だからたまたま中学校教師になっただけだ。」
「……せんぱい、嘘ついてますね?」
ギクッ!?な、なんでわかるんだいろはす!?
「しょ、しょんなかことないにょ?」
「カミカミです先輩。本当のこと言わないと、夜の学校で先輩に襲われたって学校中に言いふらしますよ?」
なんだと!?
そんなことされたらただでさえ悪い子供たちの評判が取り返しのつかないことになる!
てか俺の人生が取り返しのつかないことになる!
「………………」
「せーんーぱーいー?」
「…………あーもうわかったよ。言います言わせてもらいます」
「ふふん、最初からそうすればいいんです」
得意気に鼻を鳴らして嬉しそうにする一色。
その時肩を少しだけ揉んでくれた。
ああ、超気持ちいい。
こうして肩も揉んでくれたことだし、少しだけ話してもいいだろ。
比企谷八幡安い男である。
「その、平塚先生は高校で俺を助けてくれただろ?奉仕部に連れていってくれて、ぼっちだった俺に……と、友達と呼べる存在を与えてくれて」
ああ、二十歳をいくらか過ぎても口に出して友達とか言うのは恥ずかしすぎる。
一色はどういう思いで俺の話を聞いているのだろうか。
後ろにいる彼女の表情は全くわからない。
くそ、こうなったらもうやけくそだ!
「それで俺も、平塚先生みたいに高校の時の俺みたいなやつを救いたいと思って。そんで救ってやれるなら、少しでも早いうちに……俺みたいにひどい中学生活を送るやつが少しでも減るようにと思って、高校じゃなく中学の先生にしたんだ」
誰にも言ったことのない、平塚先生や小町にだって言ったことのない本当の理由を一色に伝える。
俺は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
今日は帰ったら布団でゴロゴロと悶えるの確定だな。
しばらく流れる沈黙。
あ、あのー、一色さん?
何かしらリアクションくれないと流石にきついんですけど。
「……だぁークソ、似合わねえよな俺なんかが。そんな大層な理由なんかで働いてるなんざあ、昔の俺が知ったら大爆笑間違いなしだ。ほら、お前も我慢しないで笑っていいんだぞ?」
そう言って少し前のめりになって画面を睨み付ける。
恥ずかしくて後ろを見ることができない。
かといって目の前の文章も全く頭に入ってこず、軽いパニック状態だった。
あーもうやだお家帰りたい。
すると、ふっと肩が軽くなった。
一色が手を離したのだろう。そのまま腹を抱えて大笑いするのかと身構えると、彼女は全く予想外の行動に出た。
少し冷たくて女の子らしいほっそりとした手が、優しく後ろから俺の頬を包み込む。
一瞬ビクッと反応して何が起こったのかわからないでいると、俺の顔がくいっと引っ張られ上を向かされた。
そこには一色いろはの顔があった。
息が触れあうのではないかと言うくらいの距離にあった。
あまりにも急な出来事に一瞬息が止まる。
俺が目を見開いて口をパクパクとさせていると、一色が上から語りかけてきた。
「…………先輩、今のお話に笑えるところなんか一つもありませんでしたよ?恥ずかしいところも一つもありませんでした。とっても……とっても素敵な理由です、先輩」
一色はとても真剣な顔で、それでいてとても優しい声で俺の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
彼女の表情に俺をバカにしたところはどこにもなく、それが彼女の本音なのだとすんなりと理解できた。
「だから先輩、もっと自分に自信を持ってください。胸を張ってその理由を言ってください。先輩は……今も昔もすっごくかっこいいんですから」
そう言うと、彼女は俺の顔をゆっくりと離して数歩さがった。
……心臓がバクバク鳴っている。
顔がやたら熱い。
一色の真っ直ぐな言葉に、俺は羞恥で顔を赤く染めた。
だがそこにあるのは恥ずかしさだけではない。
むしろそれ以上に、嬉しいという感情で胸が満たされる。
だめだ、恥ずかしすぎて後ろ見れねえ。
けど……こんな俺のくさい理由を素敵だと、こんな俺をかっこいいと言ってくれた彼女に、俺は面と向かって感謝を述べたいと思った。
俺はゆっくりと後ろに向き直して、息を大きく吸い込み感謝の言葉を伝えようとした。
すると、
「でも先輩……」
一色の言葉にはまだ続きがあったようだ。
俺はぐっと息を飲み込み「なんだ?」と続きを促す。
「今のままじゃ、目標達成できそうにありませんね」
……………………………………………………………………………………え?
「せ、先輩、生徒たちの、ほとんど全員から、き、嫌われてるのに、ふふ、助けることなんて、く、出来るんですか?」
見ると一色は笑いを堪えていた。
……あれ?さっきの感動ムードは?
とうとう耐えきれなくなったのか、一色は声をあげて笑いだす。
「ふ、ふふふふふふ、あは、あはははははは!あーおかしい!生徒皆から嫌われてる先輩が、み、みんなを救うだなんて、ぷふ、もうおかしすぎますよ!あははははは!」
それからしばらく、彼女は笑い続けた。
もうこれでもかって位に笑ってた。
いろはすー?
さっきと言ってることちがくない?
笑うとこなんてどこにもないんじゃないのー?
俺の聞き間違い?
てかいつまで笑ってんだこのやろう!
…………はあ、俺の感動を返してくれ。
人生でも過去最大の溜め息をつくと、やっとこさ一色は笑い止んだ。
「はー、おかしかった。先輩すみません笑いすぎちゃいました☆」
全く反省の色がないよいろはす。
もう俺の心は傷だらけだ。
「うっせー、ちょっとでもお前に感動した俺がバカだったよ」
そう言ってパソコンへと向かい直す。
「せんばーい、拗ねないでくださいよー。ごめんなさいってばー」
「拗ねてなんかない、ちょっと傷ついてるだけだ」
「それを拗ねてるって言うんですよ」
うるさいうるさい、あんたの言葉なんかもう信じてやらないんだから!ふん!
八幡はご立腹である。
「もー、仕方ないですねえ。じゃーあ、帰りにラーメン奢ってあげるんでそれで許して下さい」
「……しゃーねえ。ラーメンに免じて許してやるよ」
「わーい、先輩って本当にちょろ……優しいですよね☆」
ちゃんと今のも聞こえてたからこのやろう。
それにしても、俺はやはりこいつに甘すぎるようだ。
もう、どうとでもなれ。
「そんじゃこれ確認したらさっさと帰るぞ。俺の方はもうほとんど終わってるからな」
「りょーかいでーす!それじゃわたしは戸締まりしてきますね!」
一色はビシッと敬礼をすると、職員室の戸締まりを確認し始めた。
俺も作業をさっさと終わらせようと思ったが、そこで一つ気になる事があった。
「なあ一色」
「なんですか先輩?」
「お前はどうしてこの仕事を選んだんだ?」
それは本当に、ただなんとなく気になったことであった。見るからにOLとか受付嬢をしてそうなこいつが、どうして教師なったのかそれは不思議なことだった。
「それはですねー、先輩とおんなじ理由ですよ?」
「俺と同じ?」
「はい!わたしも憧れの人が学校の先生で、その人に少しでも近づきたくてこの仕事に決めたんです」
ほーん、こいつも平塚先生に憧れてたのか。
まあ一色も何だかんだ先生を頼ってること多かったしな。納得がいく。
あれ?でもそれじゃあ……
「お前こそなんで中学校なんだ?俺みたいな理由もないだろうに。平塚先生に憧れてるなら高校いきゃよかったじゃねーか」
すると一色は先ほどの俺よりももっと大きな溜め息をついた。
「はー、まったくこれだからこの先輩は……先輩のバカ!鈍感!八幡!」
え、なんで俺罵倒されてんの?
なんか悪いこと言ったか?
てか八幡てやっぱり悪口なの?
「もういいですから!ほら、早く終わらせてラーメン屋さんに行きますよ!」
そう言うと俺の顔をパソコンの画面へとぐいっと押し付けた。ちょっと地味に痛い。
「あーもう終わったよ。特におかしなところもなかったしいいんじゃねえか?」
少し文章に違和感を感じるところもあったが、まあそれほど問題ではないだろう。
俺はデータ保存をクリックしてシャットダウンしようとする。
「…………先輩、本当によく見ましたか?」
じろりと睨み付けてくる一色。
なんだよ、ちゃんとやったぞ俺は?
「ああ、少し文章に違和感があるとこもあるが大した問題じゃない。これで大丈夫だ」
そう言って電源を切ろうとするが
「いーえ、絶対ちゃんと見てません!もっとしっかり、穴が空くぐらい見てください!」
そして一色は俺の頭をがっしりとつかみ逃げれないようにした。
なぜこいつはこんなに確認させようとするのだろうか。
おそらくは、また例の女の先輩にイビられたくないからだろう。
しかしそれにしては、先ほど見えた少し赤い顔が疑問に思える。
まあいい、もう一度確認してやろう。
そう思って再びテキストを読み直す。
「………………せんぱい、ちゃんと見ましたか?」
「………………ああ、ちゃんと見た。やっぱりダメなところはない。ほらさっさと帰るぞ」
「ああ先輩、ちょっと!……もう!」
俺はさっさとパソコンの電源を落とし帰り支度を始める。さあ、ラーメンが俺を待ってる。
戸締まりを終えて職員室の鍵も閉め、一色と二人並んで夜の校舎の中を歩いていく。
二人の距離は少しだけ、いつもより離れていた。
だって、あんな……あんなことされさら……
俺は一色との距離を少しでも広げたくて、一色を置いて一人先に進む。
「ちょっと先輩!なんで置いていくんですかー!」
またいつものごとく頬をあざとく膨らませて俺の袖をぎゅっと掴む。
そして横から俺の顔を見上げると、彼女は小さな声で「わぁ」と呟いた。
そして、少し恥ずかしそうな声で再び尋ねてきた。
「先輩……本当の本当にちゃんと読みましたか?」
「…………ああ、ちゃんと読んだって何度も言ってるだろ」
俺が答えると、一色は「そうですか、そうですか……」と何度も呟き、突然ニヒヒと笑うと俺の腕に飛び付いてきた。
「お、おい一色」
「せーんぱい!!早く行かないとお店閉まっちゃいますよー!!」
そう言って、彼女は俺の腕を強引に引きずって走り出すのだった。
その横顔は耳まで真っ赤だったが、とても幸せそうな顔だった。
そして、俺の顔も一色と同じような表情をしていたのだろう。
仕方ない。
これもぜんぶあいつのせいだ。
だって今どき、今どきそんな…………まさか文章に縦書きで
『せんぱいだいすきです』
なんて書かれているとは全く予想出来なかったのだから。
やはり俺と後輩の職場ラブコメは間違っている。
感想、指摘などコメントをいただけるとうれしいです。
お付き合いいただきありがとうございました。
次回がいつになるかはわかりませんが、また読んでいただけるとうれしいです。
それではこの辺で。