いろはす短編   作:ちゃんぽんハット

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後編です!
予想以上に長くなりましたが楽しく可愛いいろはすを書けたと思います。

それではお楽しみ下さい。

全然関係ないけどゆきのんお誕生日おめでとう!


いろはす虫歯になるの巻 後編

砂糖八つの入った紅茶を飲んだあと、一色はしばらく白眼を剥いて気絶していた。

全く、人の言うことを聞かないからこんな目に遭うのだ。

まあ砂糖のことは何も言わなかったけども。

 

雪ノ下がこめかみに手を当て嘆息し、由比ヶ浜は一色の側でおろおろとしていた。俺はとりあえず読書を再開する。

端からみたら結構カオスな状況だなこれ。

 

すると何を思ったのか、由比ヶ浜が小声で

「……ショック療法……」と呟き、一色の痛めている左頬を人差し指でズビシッと突き刺した。

 

「ふぐぅん!?………………いっひゃぁぁぁぁぁぁいいい!?!?」

 

突然襲ってきた痛みにカッと目を見開き、意識がはっきりしたことで更に押し寄せる激痛の波に悲鳴をあげる一色。

 

………………え?何してんのガハマさん?

 

「おお!!ショック療法大成功!」

 

俺に向けてブイッとピースをする由比ヶ浜。

いや何が大成功なの?なんでそんな得意気なの?

 

由比ヶ浜はやはりメロン悪魔であった。

 

雪ノ下が更にこめかみを強く押さえる。

このままではこいつのこめかみがいくらあっても足りない。

ここは一つ俺のこめかみを……アイアンクローされそうなんで止めておこう。

 

「ひっぐ、ううぅ、な、なにひゅるんでふぁゆひふぇんふぁい、うぅ、ぐすっ」

 

とうとう一色は泣き出してしまった。

 

「え!?私何か悪いことした?」

 

心底ビックリした様に答え、眉根を寄せてムムムと唸る。

マジかよこいつどんだけアホなの?

悪気がないとはいえ、さすがにこれはひどい。

 

「おーい、一色。大丈夫か?」

 

本を置き、涙を流している彼女を労って優しく頭を撫でてあげる。

 

「何どさくさに紛れてセクハラをしてるのかしらロリ谷君?通報してほしいの?」

 

「セクハラしてないしロリコンでもねえ。これはあれだ、お兄ちゃんスキルが働いてしまっただけだ。」

 

お兄ちゃんスキルはフルオートなので仕方がない。

ほら見ろ、一色も心なしか落ち着いてきて……

 

「何勝手に後輩の頭撫でてるんですか先輩そうやってわたしの弱味に漬け込んで心をゆるゆるにする狙いですか犯罪臭がしますしそういうズルいのはあんまり好きじゃないので正々堂々正面から来て下さいごめんなさい。あ、頭はもう少し撫でて下さいお願いします」

 

……めちゃくちゃ罵倒されて振られた。

歯が痛くてもいつものそれはできるのね。

そして頭を撫でるのは続行らしい。

なにこの子ワガママすぎ。

 

「そもそも、先輩が悪いんです。あんなお砂糖いっぱいの紅茶を飲ませるなんて。先輩の鬼!悪魔!年下好き!」

 

「や、どう考えても自業自得だろ」

 

それから鬼で悪魔なのはそこのメロンさんだからな。

あと年下好きは関係無くない?

 

それから一色が落ち着くまで頭を撫で、雪ノ下には罵倒をされ続け、由比ヶ浜には三つのボタンを押された。

いやだからそれ時報だって。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「紅茶がダメだとすると、どうしよっか?」

 

「あれを紅茶と言えるかは甚だ疑問だけれど……そうね、やはり歯医者に行ってちゃんと治療してもらうしかないのじゃないかしら」

 

「ええーそんなぁ……」

 

「諦めろ一色、虫歯は俺たちじゃどうにもならん」

 

「うううぅ……」

 

痛いのは嫌かもしれないが、このまま放置しておく訳にもいかない。

それにここであれこれやっても悪化するだけの気がする。主に由比ヶ浜のせいで。

 

「それじゃあ比企谷君、一色さんの送迎をお願いね」

 

「ちゃんと連れていってあげるんだよ?」

 

「………………は?」

 

二人は俺にそう告げると、いそいそと帰り支度を始めた。

 

「おいちょっと待て、どういうことだ?」

 

「この状態の一色さんを一人で行かせるわけにはいかないでしょう?」

 

「いや、だったらお前か由比ヶ浜が連れて行けば……」

 

「私はこれから優美子たちと約束があるし、ゆきのんはお家の用事があるんだって。だからごめんねヒッキー!」

 

それじゃあ後は任せたよーと言って去っていく由比ヶ浜と雪ノ下。

……え、ちょっと無責任すぎない?

お前ら薄情すぎるだろ。

 

二人だけが取り残された部室。

しばしの沈黙が流れる。

すると一色がゆっくりと口を開いた。

 

「……先輩……連れてってくれますか?」

 

不安でいっぱいなのだろう。

袖をぎゅっと握り、涙目で見つめてくる。

 

「……はぁ、仕方ねえ。」

 

頭をガシガシとかいて渋々承諾する。

俺達が行けって言ったわけだしな。

このまま見捨てるのは奉仕部の仁義に反する。

 

ほら行くぞと一声かけ、俺と一色は歯医者へと向かうのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

時は移って歯医者さん。

一色は受付を済ませると俺の隣に腰かける。

予約はしていなかったが、すぐに治療をしてくれるとのことだ。

二度手間にならずにすんだので非常にありがたい。

 

二人並んでソファーに座り、自分たちの番が来るのを静かに待つ。

すると突然、何かに引っ張られた感じがした。

見ると、一色が俺の袖をきゅっと掴んでいる。

彼女の体は小刻みにプルプルと震えていた。

 

「お前始まる前からそんなにビビって大丈夫かよ?」

 

「だ、大丈夫じゃないからこんなんになってるんじゃないですか。馬鹿なんですか先輩」

 

こんなになっても俺を罵る力だけはあるみたいだ。

まあこの待ってる時が一番怖いのは理解できる。

ジェットコースターとかに並んでる時と同じ感じ。

だからって俺の袖掴んじゃうとか……

さすがにあざといですね一色さん。

 

ふと奥から、キィィィン、と患者の歯を削る音が聞こえてきた。

 

「ヒィッ!?」と小さな悲鳴を上げて俺の腕に抱き着いて来る一色。

柔らかい。なんかすごく柔らかい感触が右腕に……

ダメだ、気にしたら負けだ。

ここは冷静に心を落ち着けねば。

 

そう思った直後、更に奥から一際大きな音で、

キィィィィィィィン、と甲高い音が聞こえてきた。

 

「ウンヒャァ!?」と言って今度は完全に抱き着いて来た。

だあぁぁぁぁぁ!!やーわーらーかーいぃぃぃ!!

クソ!このままでは理性が!

さすがに理性の化け物と言われた俺でもここまで引っ付かれるとぉ……!

 

一人ヤイヤイと葛藤を繰り広げていた俺であったが、隣からすすり泣く声が聞こえてきて我に帰った。

 

「うぅ、ひっく……ぐすん……もういやです……おうちかえりたいですぅ、えぐっ……」

 

ポロポロと涙を流し嗚咽混じりに呟く一色。

こいつは本当の本当に歯医者が嫌なようだ。

初めは馬鹿にしていたが、ここまで嫌がる姿を見るとさすがに可哀想になってくる。

 

「あー、そのなんだ、一色。今日はやめとくか?」

 

無理矢理やっても彼女が傷付くだけだと思い、治療は今度にするかと提案してみる。

しかし彼女は、首を縦には振らなかった。

 

「……ぐすっ、どうせ、きょ、今日止めても、またいつか来ないとじゃない、ですかぁ……ひっく、なら今日ここで、頑張って、早くおわらせまず。」

 

目をぐしぐしとこすり、涙を拭きながら一色はそう告げる。

こいつ、なかなか根性あるじゃねえか。

ちょっと見直したぜ。

 

一生懸命に頑張ろうとする年下の姿を見たからだろうか。

俺の手は、自然と彼女の頭を撫でていた。

 

「うぅ、先輩またそうやって、どさくさに紛れて頭ナデナデする……先輩の変態……」

 

「変態じゃねえ。嫌ならお好きに振り払ってくれ」

 

一色はブスッとした顔をしながらも、手を振り払おうとはしない。

俺は一色が泣き止むまで優しく頭を撫で続けた。

 

 

 

しばらくして、受付から名前が呼ばれる。

とうとう一色の番だ。

先程やっと落ち着きを取り戻したのだが、今から行われる治療のことを想像したのか、再び体が強ばってしまった。

 

「お前、行けそうか?」

 

一色は数秒の間、俯いたままぎゅっと目を閉じる。

そしてゆっくりと目を開くと、意を決したようにコクりと頷いた。

 

「大丈夫です先輩。わたし、頑張ります!」

 

はっきりとした口調でそう宣言する。

「よし、なら行ってこい」と、軽く一色の背中を押してやろうとしたのだが、俺のその手は彼女にぐいっと捕まれた。

 

……え?何で俺の手掴んでんの?

 

すると一色は下から俺を見つめ、少し頬を赤くしながら語りかけてきた。

 

「……わたし、今から痛い治療を頑張るので……その間、その…………手、握っててくれませんか?」

 

…………ふぁ?

突然のお願いにすっとんきょうな声をあげてしまう。

え、なにその羞恥プレイ、本気なの?

言った本人も相当恥ずかしかったらしく、耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「や、やっぱりいいです!ごめんなさい先輩……今のは忘れて下さい……」

 

そう言ってシュンとしてしまう一色。

 

……はぁったく、そんな不安そうなところを見せられて嫌って言えるかよ。

俺は恥ずかしさで悶えそうになるところをぐっと堪え、すっと彼女の手を握る。

ヒンヤリとしていてとても小さい手を、少しでも不安が和らぐようにそっと包み込む。

 

「ほら、早く行くぞ。あっちの人が待ってる」

 

そう言って彼女の手を引き治療室へと連れていく。

予想外の行動に心底驚いた顔をした一色であったが、とても小さな声で「……ありがとうございます」と言うと、黙って俺に引っ張られていった。

 

治療室の中へ入ると、歯科医師の方々から生暖かい目でみられた。

くっ、なに勝手に見てんだ!見世物じゃねえんだぞ!

 

恥ずかしさのあまり逃げ出そうかと思ったが、俺の手をぎゅっと握り、歯を削られる痛みと恐怖に懸命に立ち向かっている一色を見てその考えはすぐに捨てた。

そうこうしているうちに、治療はあっという間に終わった。

 

よく頑張ったな、一色。

余談だが、治療されているときの彼女の姿は、その……こう、かなり来るものがあった。

そこは想像にお任せしまする。

 

 

☆☆☆

 

 

 

無事治療を終わらせた帰り道、俺と一色は二人並んで歩く。

彼女の顔は先程とはうって変わって晴れ晴れとしていた。

 

「いやー!なんとかおわりましたぁ!」

 

「お疲れさん」

 

「はい!……先輩もその、ありがとうございました……」

 

「……いや、別に大したことしてねえよ」

 

「「……………………」」

 

お互い先程のことを思い出して、恥ずかしさのために会話が止まる。

改めて思うとかなり大胆なことをやったものだ。

今日は帰ったらお布団ゴロゴロ悶え八万分コースかな。

 

気まずい空気を振り払うように、俺は疑問に思っていたことを尋ねてみる。

 

「つーかお前さ」

 

「はい?」

 

「何で虫歯なのに雪ノ下のクッキー食べたの?」

 

「いやー、なんといいますかー。前々から薄々虫歯なんじゃないかなーとか思ってたんですけど……認めたくなくて現実逃避してました!…………えへ☆」

 

えへ☆じゃねえよ馬鹿じゃねえのこいつ。

まあ今回は早めに治療したからいいものの、今後もこの調子だといつか大変なことになるかもしれない。

 

「はぁ……今度からはもっと早く歯医者にいくんだぞ」

 

「うぅ、仕方ないです。次からはそうするかもです」

 

「かもなのかよ」

 

「だってー……あ!その時は、また先輩が手を握っててくれますか?」

 

「……お前わざわざ掘り返すなよ」

 

「ああ、先輩なに意識してるんですかー?正直かなりキモいですよー?」

 

「……うぜえ」

 

先程までのしおらしい一色からは一変して、いつも通りのこいつに戻ってしまった。

くそ、こんなんなら一生虫歯だったらいいのに。

 

「……まぁ、その……先輩が繋ぎたいっていうなら……虫歯の時じゃなくても、繋いであげないこともないですよ?」

 

「え?なんだって?」

 

ボソボソと放たれた一色の言葉はよく聞き取れなかった。

決して俺が難聴系主人公というわけではない。

断じて違う。

 

「もー!別になんでもないです先輩の馬鹿!」

 

一色は頬をぷくーと膨らませるとそっぽを向いてしまった。

 

先輩に馬鹿とはなんだ馬鹿とは。

少しは礼儀をわきまえんしゃい!

 

そんなやり取りをしていると、少し先に自販機が見えた。

 

「悪い一色、ちょっと飲み物買ってもいいか?」

 

「いいですよー」

 

そう言って小銭を入れ、Maxコーヒーのぼたんをポチッと押す。

出てきたマッ缶のプルタブを引っ張り、濃厚な香りを楽しみつつぐいっと飲む。

 

一色はそんな俺を、うえーとした顔で見ていた。

 

「なんだよその顔」

 

「いえ、よくそんな甘いのを飲めるなーと思って」

 

「この甘さがいいんだろうが」

 

「ええー、わたしにはよく分かりません」

 

この絶妙な甘さが分からんとは。

お前もまだまだお子様だな。

そんなことを考えていると、今度は恨めしそうな顔をして俺を見つめてきた。

 

「てゆーか先輩、いっつもそんなお砂糖ばっかりの物飲んでて、よく虫歯になりませんね?」

 

「ふん。俺にとっては、マッ缶は水みたいなもんだからな。当然だ」

 

「むー、なんかムカつきます!」

 

そう言うと、一色は俺の頬を人差し指でツンツンつついてきた。

 

「……なにやってんだ」

 

「こうしてたら虫歯になるかなーって思って!」

 

えいえい、となおも続ける一色。

 

「いや、そんなんでなるわけないだろ。馬鹿なの?」

 

軽くその手を払いのけ、マッ缶に口をつける。

全く、マッ缶のスペシャリストのこの俺が虫歯になるわけがないだろ。

 

しかし、それは突然やってきた。

 

「ごく、ごく、ごく……ごぐごぉっ!?」

 

右の奥歯に激痛が走る。

…………あれ?これってもしかして……

 

一色を見ると、一瞬驚いていたがすぐにニヤァと不気味な笑みを浮かべた。

 

い、いろはす?ちが、違うんだよ今のは……

 

「…………なんか今カエルの鳴き声が聞こえたな?」

 

「先輩それはさすがに無理があります」

 

いろはすは騙されなかった。

ちくしょー!まさかこの俺が虫歯になるとは……

マッ缶スペシャリストの名が聞いて呆れるぜ。

 

「ふっふっふー、先輩もしかして虫歯ですか~?」

 

「ニヤニヤすんじゃね腹立つ。ああ、そうみたいだな」

 

「あらあらー、これはすぐにでも治療しないと行けませんねー」

 

「ああ、明日の放課後行ってくるよ」

 

面倒だが早いに越したことはない。さっさと行って治すことにしよう。

 

しかし一色は予想外のことを言ってきた。

 

「いーえ先輩!今すぐ行きますよ!」

 

「……え、今?」

 

「そうです今です!早くしないと大変なことになっちゃいます!」

 

そう言って俺の腕を引いてくる。

 

「いや、一日くらい大丈夫だ……」

 

「あー、もしかして先輩こわいんですかぁー?」

 

挑発的な笑みを浮かべる一色。

なにこの子すごくウザいんですけど。

アザはすからウザはすにジョブチェンジかしら?

 

すると突然、一色は俺の腕から手を離し、代わりに空いている手にゆっくりと指を絡ませてきた。

え、ちょっとなにしてんの一色さん?

 

俺の混乱は他所に、一色は優しく俺に語りかけた。

 

 

「大丈夫ですよ先輩、わたしがこうしてずーと手を握っててあげますから!」

 

 

そう言って笑う彼女の笑顔は、今日見たたくさんの表情の中でも、とびきり魅力的だった。

 

……はあ、やれやれ。さっさと行って治して来ますか。

 

そして俺と一色は来た道を再び歩き出す。

まだ歯医者ではないのに、その手は繋がれたまま。

沈んでいく夕日が、繋がれた二つの影を地面に映す。

 

 

 

たまには虫歯も悪くない。

そんなことを考える不思議な一日だった。

 

 

 

余談であるが、歯医者はもう閉まっていた。

…………ちゃんちゃん☆

 

 

 




最後までご覧頂きありがとうございました。

それから少し遅ればせながら、お気に入りや評価を付けて下さった方々ありがとうございます!
おかげさまでやる気が溢れて仕方ありません。
この気持ちを少しでも文章に載せられたらと思います。

今後ともお付き合いお願いいたします。

それでは今日はこの辺で。

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