銀の狐と幻想の少女たち   作:雨宮雪色

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第113話 「いつか陽のあたる場所で ③」

 

 

 

 

 

「……ふーん。つまり、地上の妖怪がここに遊びに来るってことですか」

「まあ……そういうこと、みたいね」

 

 当然ながら、諸手を挙げて歓迎、というムードにはならなかった。ちょっぴりむすっとするおくうに当たり障りのない返事をしながら、さとりは内心で、ほんとどうしたものかしらと悩めるため息をついた。

 

 地上から月見くんのお友達を招待して、クリスマスパーティーをします! ――と藤千代が突然言い出したのは、つい昼間の話だ。詳しく事情を聞いてみれば、月見が一週間近くも地上に戻ってこないものだからみんなの心配が爆発してしまい、こうなったらお見舞いするしか! となったらしい。それで、クリスマスを間近に控えているのもあって、お見舞い兼異変解決記念宴会兼クリスマスパーティーを突拍子もなく開催する運びとなったのだ。

 ちょっと月見さんを独り占めしすぎたかなあ、とさとりは正直反省している。実際、月見の怪我はもうとっくに完治しており、日常生活への支障はなにひとつなくなったといっていい。それでも、あと一日だけ、あと一日だけとみんなついつい甘えてしまって、気がつけば一週間近くも月見を地霊殿に拘束してしまっていた。さとりがもっと早く月見を帰していれば、こんな悩める話が降って湧いてくることもなかっただろう。

 要するに、身から出た錆、というやつなのだった。

 それでそのあたりの話を、みんなを自室に集めて説明していたのである。

 

「ちょっと、私たちで月見さんを独り占めしすぎたわね」

「なんだかんだで、もう一週間近くですもんねー。あたいもさとり様がそれくらいいなくなったら、地上にだって様子見に行きたくなっちゃいますよ」

 

 まったくもって、お燐の言う通りなのだろう。

 こいしが、全身でぶーぶーと不満をあらわにする。

 

「いつもは地上の人たちが月見を独り占めしてるのに!」

「仕方ないわよ。だって月見さんは、地上の妖怪なんだもの」

「むー!」

 

 もちろん、あと一日だけ一日だけと、一番しつこく月見を引き留めていたのはこいしである。二番目は、ひょっとすると自分だったかもしれない。おくうは例によって口にこそしないが、内心では帰ってほしくないとちゃんと思っている。お燐は、無理にとは言わないけどいてくれた方が楽しいし、と中立寄りだ。

 

「そういうわけで……ごめんなさい、断りきれなくて」

 

 そう言ってから、さとりは慌てて付け加えた。なんだか、月見に悪いような気がしたのだ。

 

「あ、でも、事前に藤千代さんが私のことを話して、心を読まれても構わないっていう人だけ連れてくるみたいよ。むしろ、心を読まれたい人もいるみたいで……」

 

 こいしの目つきが氷点下まで落ち込んだ。

 

「お姉ちゃん……まさかそれ、旧都のアイツらみたいなのじゃ……」

「ち、違うわよ。そうだったら、藤千代さんがぶっ飛ばしちゃってるはずだし」

 

 鬼を中心とする旧都の男性妖怪たちが、藤千代によってぽんぽんぶっ飛ばされ、勇儀によってズガンズガンと地面に埋められたのは、地底の歴史に末永く刻まれる怪事件だったはずである。

 無論こいしの勘繰りはまったくの邪推で、「そっちが心を読んでくるのなら、こっちは月見との切っても切れない仲を思い知らせてやるわ!」というスタンスらしい。読まれてしまうのなら、読まれちゃってもいいさと考えるのだ。

 

「はあ……心を読まれたいって、さすがおにーさんの知り合いは変わり者というか……」

「……前向きな人たちなのよ、きっと」

 

 前向きすぎて、さとりは逆にちょっと怖いくらいだけれど。

 

「ともかく、私の方は心配しなくても大丈夫。だから、あなたたちがどうしたいか、教えて頂戴」

「あたいはいいですよー」

 

 お燐は即答だった。

 

「そういうわけだったら、さとり様にひどいことはしないでしょうし。それにあたい、最近ちょっと地上に興味が出てきてますし」

「私もいいよー!」

 

 こいしもぱっと両手を挙げて、

 

「月見のお友達なら、きっといい人たちだよね! ……あと、そっちばっかり月見を独り占めしないでって直訴するっ」

 

 さとりはほっとした。たとえ月見の友人であっても、地上のやつらを招くなんて絶対に御免だ――もしもそう言われてしまったら月見にどう説明したらいいかと、内心不安に思っていたのだ。

 とはいえ、こいしとお燐に関しては予想通りの回答ともいえる。問題は、

 

「……おくうは、どう?」

「……」

 

 おくうは、やっぱりむすっとしていた。おくうは地上に住む者たちを快く思っておらず、更にはかつての月見に対してがそうだったように、余所者をひどく警戒するフシがある。いくら月見の友人といっても、見ず知らずの他人を地霊殿まで招待するなんて嫌に決まっているのだ。

 否――ある意味では、月見の友人だからこそ、というべきなのかもしれない。

 

 ――だって、そいつらってみんな、あいつと仲がいいんですよね?

 

 おくうの心の声を聞いて、そのかわいらしいヘソの曲げ方に、さとりはどうしても頬が緩むのを抑えられなかった。おくうは大変なヤキモチ焼きで、心を許した人が余所者と仲良くしているのを見ると、とにかく面白くなくて仕方がないのだ。過日の異変を経て、その傾向はますます強くなってしまったように思う。

 世の中には、知らない方が幸せでいられることもある。

 それをさとりは、誰よりも身を以て知っているけれど。

 

「でも、おくう。これは逆に、チャンスかもしれないわよ」

「……?」

「月見さんのお友達みんなと仲良くなれたら。ひょっとしたら、いつでも遊びに来てねって、言ってもらえるかもしれないじゃない」

 

 食いついてきたのは、おくうではなくこいしの方だった。

 

「そっか! そしたら、いつでも堂々と月見に会いに行けるね!」

「ええ。もしかしたら、ね」

 

 今回のお見舞いパーティーが、或いは地底と地上を再びつなぐきっかけになるかもしれないとさとりは思っている。さとりは、さすがに能力の都合で難しいだろうけれど。もしもこいしたちが、地上に来てほしいと誰かから望まれるのなら。太陽の当たる場所に笑顔で出て行けるようになるのなら、それはきっと、素晴らしいことなのだろうと。

 不可侵の約定がどうこうとは言うけれど、結局のところは「行ってもいい」と許され、「来てほしい」と望まれたのなら好きに行き来できるのが実情だ。月見がそうなのだからまず間違いない。というか、地底の代表である藤千代の時点で、むしろ率先して約定を無視しているし。

 

「それなら月見さんが地上に帰っちゃっても、離れ離れというわけではないでしょう?」

「うん! ねえおくう、そしたらみんなで月見に会いに行こうよっ!」

「え、」

 

 おくうがたじろぐ。こいしは眩しいくらいの笑顔で、

 

「あのね、地上ってすごく綺麗な世界なんだよ! 太陽がまぶしくてー、緑がいっぱいでー、空気が美味しくてー、風が気持ちよくてー、空が青くてー」

「あーこいし様っ、あたいも見てみたいです!」

「うん、みんなで行こっ! 月見に案内してもらおうよ!」

「う、うう……っ」

 

 おくうの心が揺れている。お燐はもちろんのこと、おくうだってずっと地底で暮らしてきた妖怪なので、地上に一体どんな景色が広がっているのか少なからず興味はあるのだ。本の中でしか知らない夢の世界を、もしも月見やこいしたちと一緒に、探検することができたなら――。

 こいしに言われてしまえば、おくうに嫌と首を振れるはずもなかった。さとりの前で、誤魔化しは一切通用しない。

 

「じゃあ……おくうも賛成ということで」

「ううっ……こ、こいし様たちと一緒に地上に行くためですからっ。あいつに会いに行けるからとか、そんなの、ぜんぜん楽しみでもなんでもないんですからね!?」

 

 いっそなにも言わなければ、さとりに心を読まれるだけで済むのに。

 もちろん、みんな揃ってにこにこ笑顔を返した。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 幻想郷において、クリスマスとはほんの百年ばかり前まで影も形もない風習だった。

 ある古道具屋の薀蓄曰く、そもそもクリスマスの起源がなにかといえば、キリストの生誕を祝うキリスト教徒の祭日であるとするのが、あくまで一般的な説だという。『あくまで』、という部分をあの薀蓄眼鏡はやけに強調していた気もするが、特に興味もなかったので綺麗さっぱり忘れてしまった。

 だって妹紅は、キリスト教徒でもなんでもないし。

 つまりは、クリスマスが聖人の降誕を記念する祭日である以上、闇の存在である妖怪がそれを祝う道理などあるわけがない。そして幻想郷は、日本においてクリスマスが浸透する前に結界で隔離されてしまった。妖怪はクリスマスを祝わず、人間はそもそもクリスマスを知らず、結果として幻想郷では影も形もない風習だったわけだ。

 ほんの、百年ばかり前までは。

 変わったのは、外来人や、幻想入りした異国の妖怪たちの影響である。彼らがクリスマスという風習を幻想郷に持ち込んだのだ。

 ある外来人曰く、クリスマスとは独り身で寂しい思いをしている老若男女たちが、幸せいっぱいな恋人どもを爆殺して回る狂気の祭りだという。

 ある異国の妖怪曰く、クリスマスとは聖ニコラウスがトナカイを鞭で虐待しながら空を飛び回り、家主が寝ている隙にあちこちの家で不法侵入を繰り返す邪悪の祭りだという。

 もちろんそんなはずはなく、家族や恋人など大切な人と一緒に過ごしたり、いつもより豪華なご飯を食べてみたり、子どもが両親に欲しい物を買ってもらったり――そんな、『ちょっとした贅沢をする日』なのだという。

 ここで重要なのが、『子どもが両親に欲しい物を買ってもらう』の部分である。

 そんな話を外来人から聞かされれば、里の子どもたちはそりゃあもう食いつく。お腹を空かせた野良犬並に食いつく。そうしてクリスマスは爆発的な勢いで里中に広まり、大人たちのお財布事情を涙目にし、やがては妖怪たちにまで波及して、今や『なんかとりあえず羽目を外す日』としてそれなりに浸透しているのだった。

 で、そんな四方山話(よもやまばなし)がどうしたか。

 妹紅たちも、今日はちょっとした贅沢をするのだ。

 

「かーぐやーっ! あ、もこーもいる!」

「やっほーフランちゃーん!」

 

 来るクリスマスイブ当日、水月苑で合流するなり輝夜とフランがきゃいきゃいはしゃいだ。こいついつの間にレミリアの妹と仲良くなったんだ、と妹紅は意外に思った。もっとも、なにがきっかけだったのかは、簡単に想像がついてしまうのだけれど。

 そして座敷の中央に配置されたテーブルでは、レミリアが如何にも「仕方なくついてきただけなんだから!」とアピールしたげな仏頂面で頬杖をついている。妹紅は思わず、

 

「へえ、あんたが出てきたか」

 

 ギロリと睨まれた。

 

「なによ。私がいたらいけないのかしら」

「いやー、そういうわけじゃないけど」

 

 どうやら妹紅たちが二番乗りだったようで、水月苑の茶の間にフランとレミリア以外の先客はいない。玄関に並んでいた二足のかわいらしい靴から考えても、紅魔館からはスカーレット姉妹だけが参加するということなのだろう。

 それが妹紅には心底意外だった。レミリアが出てきたのもそうだが、まっさきに食いつきそうな『あいつ』がいないではないか。

 同じことに気づいたらしい輝夜が、フランとはしゃぐのをやめて首を傾げた。

 

「あら? そういえば、あのメイドはいないのね」

 

 そう、紅魔館のメイドであると同時に水月苑のメイドにもなりつつある、十六夜咲夜の姿がどこにも見当たらないのだ。

 フランが口をへの字に曲げ、あふれる不満を隠しもせずに答えた。

 

「咲夜なら来ないよ。覚妖怪に心を読まれるのが嫌なんだって。つまんないよねっ」

「あー、」

 

 なるほど、あいつはそっち(・・・)のタイプか。

 考えてみれば、当然であった。妹紅たち外の連中に対してはいつも澄まし顔で、ともすれば無愛想な印象すら与える十六夜咲夜も、月見の前でだけは人が変わったように感情豊かな少女なのだ。

 輝夜が玄人顔でため息をついている。

 

「ふう……どうやらあのメイドもまだまだおこちゃまね。ギンを想う気持ちを読まれるのが嫌だなんて……」

「ねっ! なにも恥ずかしがることなんてないのにね!」

「そうよ、むしろ胸を張って語って聞かせるべきだわっ」

「「ねーっ!」」

 

 ほんと仲いいなあんたら。

 少し前の、まだ月見が死んだものと誤解していた頃の輝夜は、どことなく厭世的で人を避けていたような雰囲気があった。フランもフランで以前は狂気とやらに精神を侵されていて、長らく外にすら出してもらえないでいたと聞いている。そんな二人が今や元気に外を歩き、他所の家に集まって、まるでずっと昔から友達だったみたいにはしゃいでいるのだから、きっと先生の存在は大きいんだろうなあと妹紅は思うのだ。

 月見が幻想郷に戻ってきてくれて、本当によかった。そう思う。

 

「……しかしそうだとすると、あんたは心を読まれてもいいってこと?」

 

 レミリアの斜め向かいに腰を下ろしつつ、小声で尋ねてみる。無駄なプライドの高さに定評のあるレミリアまでもが、妹たちと同意見とは思えない。だからこそ、はじめその姿を見たとき妹紅は意外に思ったのだ。

 レミリアは、フランに聞かれないよう声をひそめて答えた。

 

「いいわけないでしょっ。私は、フランにしつこく言われて仕方なく……そう、仕方なく! ついてきてあげただけなのよっ」

 

 その言葉の真偽はさておいて、

 

「じゃあ、いいわけないのに行くってこと?」

「ふん。もちろん、なにも考えずについていくわけじゃあないわよ」

 

 ふふん、とレミリアはこれ見よがしに威張り、

 

「心を読まれないようにする、とっておきの秘策があるのよ。フランの思い通りになってたまるもんですかっ」

「ふーん」

 

 レミリアは果たして、気づいているのだろうか。そうやって秘策まで用意して心を隠そうとすることこそが、なにより彼女の本音を雄弁に語ってしまっているのだと。

 レミリアは、無闇矢鱈にプライドが高い。高潔で誇り高き吸血鬼として、他者へ気を許したり、歩み寄ったりするような心は絶対に見せようとしない。

 つまりは月見へのそんな心を、レミリアは必死に隠そうとしているわけだ。

 そしてそんな心をいい加減に暴いてやりたいと考えたからこそ、フランはこいつを連れてきたんだろうな、と思った。

 テーブルの上に、クッキーやマカロンなど、洋菓子の袋詰めをぎゅうぎゅう乗っけた小さなバスケットが二つ置かれている。その中にひとつだけ、口を縛るリボンに『月見様へ』と書かれた袋があった。中身を覗いてみるに、どうやら手紙まで添えられているらしい。

 あのメイドも参加できないなりに、きっちりポイントを稼ぎに来ているようだ。

 なお、お菓子作りはもちろん普通の料理すら夢物語な輝夜は当然買った物しか持ってきていないし、妹紅に至っては「どうせみんなたくさん持ってくるっしょー」と手ぶらである。

 玄関の開く音が聞こえた。わいのわいのと賑やかな話し声が近づいてきて、

 

「――お、いたいた! メリークリスマーッス! じゃ!」

「「クリスマース!」」

 

 わーい! と輝夜とフランが盛り上がる。やってきたのはハイテンションな天魔を筆頭に、萃香、幽香、幽々子、そして道案内役の藤千代だ。藤千代は手ぶらで、天魔は大きめのバスケット、萃香と幽々子は風呂敷を背負い、幽香は服と同じチェック柄の手提げバッグと、やたら豪華絢爛な花束を持っていた。

 色とりどりの花々がこれでもかと咲き乱れる花束に、フランも笑顔の大輪を咲かせた。

 

「わあ、すごく綺麗!」

「あら、この花の素晴らしさがわかるなんてやるじゃない。私が選びに選び抜いた傑作よっ」

 

 えへんとドヤ顔な幽香を尻目に、幽々子と萃香が妹紅のところまでやってきて、

 

「こんにちは~」

「おんや、冥界のお姫様じゃないか。また随分持ってきたねえ」

 

 幽々子が背負った風呂敷は、実は丸くなった妖夢が入っていたとしてもそう不思議ではないほど見事に膨らんでいる。食いしん坊な幽々子のことなので、中身はすべてお菓子であろう。

 

「そりゃあもう、月見さんとのクリスマスパーティーですもの~」

「全員で分けても食べきれないんじゃないの?」

「え? あ、ごめんなさい、これ私一人分なの……」

 

 うん、知ってた。

 萃香が少し前の妹紅と同じく、レミリアを見て目を丸くする。

 

「あんれ、レミリアがいるよ。へー、あんたが参加するなんて意外だなあ」

「言っておくけど、仕方なくっ、仕方なくよ! ……ってかあんた、背中にしょってるのぜんぶ酒じゃないの!?」

「は? そんなの当たり前じゃん。今日は呑むぜっ」

「すでに呑んでるじゃない……」

 

 いつも通り赤ら顔でふらふらしている酔っ払いの姿に、レミリアは「これだから鬼は……」と顔を覆って呆れ果てていた。

 ともあれ、詳しい参加者は知らないがこれで全員揃ったのではなかろうか。藤千代が指差し確認をしながら、座敷にいる人数を丁寧に数えあげて、

 

「んー、これで全員ですかー?」

「いや、藍のやつがおらんくないか?」

 

 あいつも来るのか、と妹紅はもふもふの九尾を脳裏に描きながら思う。いや、むしろ来るのが当然というべきであろう。月見へ向ける敬愛の念という一点に限れば、同じ妖狐である分だけ、あの九尾の右に出る者は恐らくいるまい。

 とりあえずもう少し待ってみようということになり、みんなでとりとめのない雑談をしたり、持ってきたお菓子を見せ合ったりしながら、およそ五分。

 

「――ああ、すまない。すっかり待たせてしまったかな」

 

 藍は、文句なしで一番のデカさを誇る大風呂敷とともにやってきた。

 

「「「……」」」

「……ん? どうした?」

 

 代表して妹紅が、

 

「えっと、さ。……それなに? なに詰め込んだらそんなになるわけ?」

 

 人が四人は突っ込めそうなほど巨大である。大昔の火事場泥棒だってこうは行かない。爆弾みたいな大風呂敷を背負い、更にそれを九尾で下から支える様はほとんど亀だ。八雲藍は、狐から亀にクラスチェンジした。

 藍は至って事もなげに、

 

「ああ、これかい? 今日のパーティーで作る料理の食材とか、道具とか、あとは月見様への差し入れとかいろいろね。あまり詰め込みすぎると運ぶだけで手一杯になっちゃうから、厳選していたらつい遅くなってしまって」

「あ、それで厳選したんだ……」

 

 妹紅は確信した。今回のお見舞いクリスマスパーティー、一番張り切っているのは間違いなく藍だ。

 

「で、もうみんな揃ってるのかな」

「藍さんにお連れがいなければ全員ですよー」

「よし、じゃあ行こうか。早めに行くに越したことはないからね」

 

 やっぱり一番張り切っている。

 各々荷物をまとめて外に出ると、わかさぎ姫が池の畔まで見送りに来てくれていた。

 

「あー、皆さん。出発されるんですねー」

「ああ。いつもすまないけど、留守番を頼むよ」

「はぁい。旦那様に、よろしくお伝えしてくださいー」

 

 今年の秋頃からここの池に棲みついているわかさぎ姫は、水月苑の番犬みたいな立ち位置を確立しつつある。見た目は如何にもひ弱で頼りないが、水のある場所で力が強化される能力を持っているので、実は見てくれ以上に強い妖怪だったりするのだ。

 もっとも、水月苑で悪事を働くような命知らずなど、そもそも幻想郷にはいないだろうが。わかさぎ姫はもちろん、床下には無縁塚のダウザー率いる妖怪鼠が棲み着いている他、天狗配下の鴉が近くを飛び回っていたりもするので、怪しい真似をしようものなら一発でバレる。バレれば最後、幻想郷トップクラスの大妖怪たち、果ては地獄の閻魔様までみーんな敵に回してジ・エンドだ。水月苑は幻想郷で最も平和な温泉宿であり、同時に幻想郷の最大戦力が常日頃から集中する恐怖の要塞でもあるのだ。

 

(そう考えると先生って、幻想郷で一番怖い妖怪なのかもしれないなー)

 

 敵に回してはいけないという意味で。本人は、大変遺憾な顔をするだろうが。

 交友関係が広すぎるというのも、時には問題なのである。

 

 

 

 

 

 

 ○

 

 

「――ばあっ!!」

「ひゃん!?」

「わーいおどろいたおどろいた。ねえねえ、みんな揃ってどこ行くの? あ、もしかして月」

「ふ、ふふフ、アハはハはははハハはははハ!?」

「あれっこれもしかして私しんじゃうやつで」

 

 ぴちゅーん。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 道中、大妖怪のカリスマとプライドを粉々にされた幽香が怒り狂って釣瓶落としを消し飛ばすという珍事があった他は、特に何事もなく。

 妹紅ら一行は、地霊殿正面に到着した。

 

「へえ……悪趣味じゃない紅魔館って感じだね」

 

 少なくとも外見は、海の向こうからそのまま幻想入りしたような純洋館だ。地上で真っ赤っ赤な洋館ばかり見慣れてしまっていた妹紅の目には、逆に新鮮で目新しく映る。そうかこれが普通ってやつなんだよな、と今更のように実感する。

 レミリアに半目で睨まれた。

 

「ねえ、それどういう意味かしら」

 

 天魔が半目で睨んだ。

 

「そのままの意味じゃろ。お前さんまさか、自分の屋敷が普通だと思ってはおらんだろうな?」

「な、なによ! カッコいいでしょアレ!?」

「趣味悪いと思うー。私は水月苑みたいな感じが好き!」

「フラァン!?」

「はーい行きますよー」

「ちょっと!」

 

 味方であるはずの妹に味方してもらえず涙目なレミリアを放置して、藤千代の先導で門をくぐる。庭に入ると、大自然の緑など皆無に等しかった町並みから一変し、折々の植物たちが紅妹らを出迎えた。日本庭園にはない左右対称(シンメトリー)の概念を取り込んだ、格式高く整然としつらえられた洋風庭園。植木はキチンと丁寧に刈り揃えられており、花々の彩りもいっそ地底には場違いなほどで、どうやら優秀な庭師がいると窺える。早速幽香が、仕事人の目つきであちこちを値踏みして回り始める。妹紅は拍子抜けした心地でぽつりと、

 

「へえ、結構ちゃんとしたお庭じゃん」

「そうね。……まっ、ギンのお庭ほどじゃないけどねっ!」

 

 なにゆえお前(かぐや)が偉そうな顔をするのかは謎だが、それ以外の少女たちも、みんな庭の彩りに目を奪われて――

 

「あら、この木の実美味しそうねえ。…………美味しくない!」

「なぜ食った!? なぜ食ったんじゃお前さん!?」

「ちょっと! どうしてあのよさがわからないのよ、赤っていうのは最も誇り高くて美しい色であって」

「その話もう終わったから! あと飛ぶな歩けいま羽がぶつかって枝がポッキリ飛んでったから!」

「ま、待ってくれみんな、風呂敷が植木に引っ掛かって……あっ折れた」

「藍は大丈夫だって信じてたのにっ! ……あっコラ待てフランお前さんも羽が引っ掛かってるいや『うんしょ』とか可愛く言ってもダメだから無理やり抜こうとするなブチブチいってるお花さんがブチブチいっちゃってるってばあああああ!?」

「なにやってるのよそこおおおおおおおおっ!! 乱暴禁止! ここは私に任せなさい、私の能力でこの子を動き回る植物(マンドレイク)に変えれば安全に」

「お願いだから変なことしないでえ!?」

「あ……ごめん操、重りがぶつかって花壇壊れちゃった……」

「もおおおおおおおおおおっ!!」

 

 ――いるはずもなく。天魔がツッコミ役に回っているあたり、早くも混沌として参りました。

 まともなやつは私と輝夜だけか、と妹紅はちょっと遠い目つきになった。

 そして当然、そうやって騒がしくしていれば気づかれるわけで、

 

「おい、なにやってるんだお前ら」

「月見――――――――ッ!!」

「ギ――――――――ンッ!!」

「つーくみ――――――――っ!!」

「月見さ――――――――んっ!!」

「つくみいいいいいいいいいっ!!」

「ぐあー!」

 

 玄関から月見がひょこりと体を出した瞬間、フランと輝夜と萃香と幽々子と天魔が目にも留まらぬ閃光と化して突撃し、扉をブチ抜いて月見諸共屋敷の中に消えた。フランと輝夜と幽々子はタックルだったが、萃香はクロスチョップで天魔は飛び蹴りだった。屋敷の奥から、「ちょっ月見さん大丈夫ですかというかなんですかこれ!?」と誰かの慌てた叫び声が聞こえた。

 妹紅はふっとニヒルな吐息で思う。やっぱりまともなのは私だけだったか。

 さておき、取り残された妹紅らも後を追って屋敷に入る。入ってすぐのエントランスでは、月見がフラン輝夜以下三名に押し潰され、足だけが見える状態でピクピクと痙攣していた。その傍では桃色の髪をした覚妖怪が、どうすればよいかわからずあわあわと右往左往していた。

 彼女こそが件の覚妖怪、古明地さとりだろう。藤千代が元気に挨拶をする、

 

「こんにちはさとりさん、みんなを連れてきましたっ!」

「あ、はい、いや、それはそうなんですけど、その」

 

 さとりが、藤千代と痙攣する月見の足の間で何度も視線を彷徨わせる。間違いなく、「え、なんでこれを見てなにも言わないの? 私がおかしいの?」と狼狽している。その反応を見れば、彼女が極めて常識的でまともな妖怪であるのは容易に知れた。あいつは私と同じ側だな、と妹紅は親近感を抱く。

 広いエントランスだった。天井は首が痛くなるほど背の高い吹き抜けになっており、良く言えば幽玄、悪く言えば少し頼りないランプの明かりの中で、ステンドグラスが一斉に妹紅たちを見下ろしている。正面では腕をいっぱいに広げても足りない幅の広い階段が鎮座していて、赤いカーペットが吸い寄せられるように二階への道筋を作っている。途中で左右に枝分かれし、壁に沿って突き出す形でこしらわれた二階の廊下は、意匠を凝らした白い石柱で荘厳に支えられている。

 そして面白いことに、床にもステンドグラスが張られていて、淡い光でエントランスを照らしあげてくれていた。好奇心から触ってみると、やけに暖かい。そこで妹紅はようやく、着込んできた上着が要らないほど屋敷の中が暖かいことに気づいた。どういう原理かはわからないが、優秀な暖房機能が備わっているらしい。

 レミリアと幽香が背後からすっ飛んできた。

 

「こらフランッ、はしたないわよ離れなさい!」

「そうよ、月見を殺す気!?」

「はいはい、皆さん離れましょうねー。月見くんが青い顔になってますからねー」

 

 藤千代と一緒に、元気すぎる五名を次々と引っぺがしていく。掘り起こされた月見は、だいぶ具合の悪そうな顔だった。人間の輝夜と亡霊の幽々子だけならいざ知らず、吸血鬼のタックルと鬼のクロスチョップと天狗の飛び蹴りを同時に喰らえばそうもなろう。もちろん月見だからこそこの程度で済んだのであり、普通の妖怪だったら三途の川まで下見に行けるし、妹紅だったらたぶんリザレクションが発動する。

 

「み、みんな待ってくれ、また風呂敷が引っ掛かって……ああっ」

 

 そして外では、藍が植物相手に孤独な戦いを続けている。外の空気が寒いのでさっさとしてほしい。

 

「……ああ、変な世界が見えた」

 

 月見が、血の気の戻りきらない顔色でよろよろと起きあがった。まったく、と呆れながら頭を掻いて、それでも最後にはほのかな笑みとともに、

 

「どいつもこいつも、あいかわらず元気そうでなによりだよ」

 

 地上に戻ってこられないほどの怪我をしたという割に、月見の見た目は普段と大して変わっちゃいなかった。強いて言えば服装が簡素な着流し一枚に変わっている程度で、怪我らしい怪我は特に見当たらない。着流しの下に隠されているのか、それとも妖怪の回復力でとっくに完治したのか。

 輝夜が、早速頬を膨らませて袖を振った。

 

「ギンこそっ。怪我をしたって聞いてすごく心配したし、寂しかったんだから! どうして永遠亭に入院してくれなかったの!?」

 

 しかし本気で怒っているわけではなく、妹紅の目にはむしろ嬉しそうにも見えた。こうして月見に会えた喜びが、今までの積もり積もった不平不満を一瞬で消し飛ばしたのだろう。そしてそれはきっと、他の少女たちについても同じに違いない。だってみんなも、嬉しそうに頬が緩んでいるから。

 月見は着流しを整えながら、

 

「そこまでの怪我でもなかったからね。それに、そっちじゃあゆっくり休めそうにもないし」

「なんでー!? 私がバッチリ看病するんだから、ゆっくりできるに決まってるわよ!」

「だからだよ。それで昔なにをされたか、私は今でも忘れていないからね」

「……う、うぐぅ」

 

 確か、月見にご飯を食べさせようとして喉を箸で突いた他、ご飯を作ろうとしてはボヤ騒ぎを起こし、本を持ってこようとしては本棚を倒して押し潰された、という話だったはずだ。絵に描いたような不器用ぶりを、妹紅はある意味で尊敬している。

 ようやく、藍が追いついてきた。

 

「ふう。……月見様、ご無沙汰していました」

「ああ、一週間振りくらいか。……やけに大荷物だね」

「月見様の身の回りの物など、いろいろ持ってきましたので」

「ねーねー月見ー!」

 

 フランが元気に手を挙げ、

 

「フラン、すごく心配したよ! お姉様も心配してたよ!」

「そんなわけないでしょ!?」

 

 脊髄反射で叫ぶ姉を無視し、はっとなにかを思い出した顔で覚妖怪を見た。

 

「そうだっ。えーと、あなたが藤千代が言ってた覚妖怪?」

「えっ……え、ええ、そうだけど……いや、そうですけど」

 

 いきなり気さくに話しかけられるとは思っていなかった覚妖怪が、若干面食らいながらも頷く。するとフランは、笑顔で姉を前に押し出し、

 

「お姉様の心を読んでくださいっ。お姉様は、月見のことをどう思ってますか!」

「フラアアアアアン!?」

「ぐええ」

 

 一瞬で沸騰したレミリアが、フランの胸倉を掴んで激しく前後に揺さぶる。しかしそうこうしている間にも、覚妖怪がその能力でレミリアの秘めた本心を、

 

「……?」

 

 本心を、

 

「……あれ? ご、ごめんなさい。なんだか、この方の心は……読めない……、みたい?」

「えーっ!?」

 

 フランがレミリアの両腕を引っぺがし、逆に胸倉を掴み返した。

 

「なんでどーして!? お姉様、なにしたの!?」

「……ふ、ふふん。どうやら上手く行ったみたいね」

 

 上手く行くかどうかはレミリア本人も半信半疑だったらしく、彼女は心底安堵した様子で、精一杯誇らしげに胸を張った。

 

「なぁに、気にすることはないわ。あなたは私の心を読めない運命(・・・・・・・・・・)だった――そういうことよ」

「お姉様のばかーっ!!」

「ぐえええええ!?」

 

 めちゃくちゃ揺さぶられるレミリアを尻目に、ああそういうことか、と妹紅は納得した。レミリアの持つ能力、『運命を操る程度の能力』――その力で心を読まれない運命に操作することが、彼女の言っていた『秘策』だったわけだ。

 スカーレット姉妹お得意の、姉妹(きょうだい)喧嘩の始まりである。

 

「信じらんないっ、どうしてそこまでして隠そうとするの!? 私、さすがにちょっと異常だと思うよ!」

「う、うるさいわね、自分の能力を自分の好きなように使ってなにが悪いのよっ! ってかおかしいのは、なんでもかんでも読まれても構わないって思ってるそっちの方でしょ!?」

「……むーっ!」

 

 フランがレミリアの胸倉から手を離し、頬をぷっくりと膨らませる。しかし、気にすることはない。そうやってかたくなに本心を隠そうとすることこそが、「月見のことをどう思ってますか!」に対するこの上ない回答なのだから。

 無論おバカなレミリアはまったく想像もしておらず、えへんえへんと更に鼻高々に、

 

「残念だったわね……そう簡単にあなたの思い通りにはならないわよ!」

「……」

 

 フランは冷ややかな半目でレミリアを睨み、それからいきなり笑顔で、

 

「まあ仕方ないよねっ。心読まれたら、月見のことめちゃくちゃ心配してたってバレちゃうもんね!」

「そーよ、まったくそんなの冗談じゃな――フラアアアアアァァァァァンッ!!」

「きゃー♪」

 

 言った傍からフランの思い通りになっているあたり、やはりこの吸血鬼、おバカである。

 盛大に自爆し発狂するレミリアと、してやったりなフランが、吹き抜けになったエントランスの宙でぐるぐると追いかけっこを始める。その騒がしくも微笑ましい喧騒に、覚妖怪が暖かな息をついた。

 

「ふふ、とっても仲良しな姉妹なんですね。月見さんが以前お話ししてくれた……」

「ああ、レミリアとフランだよ。……ついでだし、自己紹介でもしておこうか?」

「あ、そうですね」

 

 はじめはやや緊張した風だった覚妖怪も、おバカなレミリアを見ていたら気が解れたのだと思う。妹紅たちに向けて、ぺこりと行儀よく頭を下げた。

 

「皆さん、はじめまして。ようこそ地霊殿へ。わたくし、主の古明地さとりと申します」

「覚妖怪の力を悪用したりしない、とてもいい子だよ」

「はい、私はとてもいい子で――ちょっと月見さん、そういうのナシでお願いします!?」

「とっても優しい妖怪さんですよー」

「藤千代さんまでやめてくださいってば!」

 

 さとりが赤くなって慌てている。昔から心を読む力を恐れられてきた影響で、ストレートに褒められる耐性がないのかもしれない。もしもそうだとすれば、

 

「大変だねえ。先生って、ああいうことを息するみたいに言うでしょ」

 

 さとりは大きく三回も頷いた。

 

「はい、もうとっても大変で! ちょっとは自重してほしいです!」

「……なんで私が悪いみたいな話に?」

「知りませんっ」

 

 自然と女の子を褒められる性格も、まあそれはそれで問題なのだ。

 さとりは改めて妹紅を見て、

 

「ええと……藤原妹紅さん、ですね? 月見さんから、お話を聞かせてもらったことがあります」

「へえー。先生、私のことなんて思ってた?」

 

 さとりは少し考え、月見を一瞥し、それから微笑んで、

 

「輝夜さんとこれからも仲良くしてほしいと……今だって、輝夜さんと一緒に来たのをすごく嬉しく思ってますよ。……あら、輝夜さんが誘ったんですか」

「ああそうだよ。もおー、お願いだから一緒に行こうってほんっとしつこくってさー」

「妹紅、喧嘩なら買うわよ」

「また私の圧勝でいいわけ?」

「はー? あのときは慈悲深く手加減してあげただけですー」

「あとは、そうですね……釣りバカトリオの一人、と」

「へえーそうなんだ、まあ私も慎み深く手加減しまくってたけどいやちょっと待ってなに釣りバカトリオって」

 

 月見が「やべ」みたいな顔で目を逸らした。

 

「……せーんせえー? 釣りバカトリオって、橙やルーミアと合わせてってこと? ふーんそんな風に思ってたんだー知らなかったなー」

「待て妹紅、落ち着け」

「とりゃあーっ!」

「いででででで」

 

 月見の背中に飛びかかって耳をぐいぐいと引っ張る。ちょうどその上の天井付近では、遂にレミリアに捕まったフランが頭にグリグリ攻撃を喰らって、「ふみ゛ゃあ゛あ゛あ゛……」と潰れた猫みたいな声をあげている。

 はいっ! と輝夜が手を挙げ、

 

「今度は私ね! 蓬莱山輝夜ですっ。ギンは私のことなんて言ってた?」

「ええと……お転婆なお姫様で、でもそんなところをかわいらしく思ってるようでしたよ」

「えっ……そ、そう。もぉーギンったらぁ、普段はそんなことちっとも言わないくせに」

「あと、紫さんとこれからも仲良くしてほしいと」

「ギイイイィィィィィン!?」

「あだだだだだ」

 

 輝夜は月見にぽかぽかと殴りかかった。

 

「なんで!? なんでそんなこと考えてるの!? あいつと仲良くしろとか冗談でしょ!?」

「いや……お前実は、あいつと結構仲良」

「ぜ――――――――ったい違うありえないっ!! あいつは……宿敵だし! 倒すべきライバルだし! 冬眠して清々してるしっ!」

「実際どうなんだい、さとり」

「えーっと、それはですね」

「にゃー! にゃーっ! にゃあぁぁーっ!!」

 

 猫みたいに絶叫して必死に隠そうとするあたり、どうやら満更でもないらしい。輝夜をイジるネタがまたひとつ増えたな、と妹紅は頭の片隅にしっかりとメモを取った。

 はいはーい! と今度は天魔が、

 

「天魔こと天ツ風操ちゃんでーっす! 儂は儂は? 儂のことはなんて言っとった?」

「幻想郷一のサボり魔ですね」

「コンチクショ――――――――ッ!!」

 

 操の悔し涙あふれる突進攻撃を、月見は尻尾でもふんと弾いた。

 次は幽々子である。

 

「はーいっ、西行寺幽々子でーす! 私は私は?」

 

 自己紹介の目的が、『さとりに挨拶すること』から『月見が自分をどう思っているのか聞き出すこと』へとすり替わりつつある。

 さとりは、少しだけ答えを躊躇った。

 

「ええと……従者の方が、すごく大変みたいで……」

「……私のことは?」

「その……従者の方が……」

「私……」

「従者の……方が」

「私のことはなにも言ってないんですか月見さんのいけずーっ!!」

 

 やっぱり幽々子も突撃して、やっぱり尻尾にもふんと弾かれた。

 幽香が、

 

「風見幽香よ。私のことはもちろん聞いてるでしょう?」

「あ、はい。主に友情が重いと」

「重いってなによこれくらい普通でしょ月見のばか――――っ!!」

 

 やっぱり幽香も以下略。

 萃香、

 

「はいっ伊吹萃香です!」

「あ、はい。あなたのことは……特になにも聞いてないです」

「嘘でしょぉ!? なんでどーしてひどいよ月見のいじわる――――――――ッ!!」

 

 以下略。

 そして最後に藍が、

 

「ああもう、お前たち……ここは他所の屋敷なんだからもう少し静かに」

「ちなみに藍さんのことは、世界で一番優秀な式神だと仰ってましたよ。紫さんには勿体ないくらいだと」

「へっ……そ、そうか。そうかそうかっ……」

「「「藍ばっかりズル――――――――いっ!!」」」

「みんななにしてるの――――っ!!」

「あっフラン待ちなさい話は終わってないわよおっ!!」

 

 褒めてもらえなかった少女たちのブーイングが飛び交い、更にフランとレミリアが合流して喧騒はますます加速する。そんな珍妙で愉快な光景を眺めつつ、妹紅は月見の背にぶら下がりながら喉で笑う。

 

「賑やかなパーティーになりそうだねえ」

 

 月見は、肩を竦めるような仕草をした。

 

「本当に、騒がしい子たちだよ」

「……でも先生、楽しそう」

 

 む、と一言唸る。

 そうなのだ、月見というやつは。自分は元気すぎる少女たちに振り回されているのだという(てい)をしてはいるが、そんな境遇を嫌がるどころか内心では楽しんでいて、ある意味で望んで振り回されている。間違いない。妹紅はいつも周りより一歩引いた位置で彼の姿を見てきたから、岡目八目というやつだ。

 さりげなく月見の腕にひっついている輝夜が、むふーっと得意げな鼻息で、

 

「地上に、早く戻りたくなったでしょ。というかもう今年も終わっちゃうんだから、早く戻ってきなさいっ」

「そうだよ。年越しの宴会は水月苑でやるんだって、みんな今から楽しみにしてるんだからね。家主がいないなんてそんなのダメだぞー」

「年越しの宴会って……またお前たちは勝手なことを」

「「でも満更でもない」」

「……」

 

 ……そうなのだ、月見というやつは。

 ほんのちょっぴり――本当にほんのちょっぴり気恥ずかしそうに頬を掻く月見が、なんだかものすごくおかしかったので。

 妹紅と輝夜はにかっと笑い、今よりも少しだけ、強く月見にひっつき直してみた。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 淡い森の中を行く。

 今日も今日とて空には厚い雲が層を成し、幻想郷に降り積もったたくさんの雪を太陽の光から守っていた。人の手が入り込んでいないこのあたりの山奥は、雪かきをするような者もおらず地面が白一色に染まっている。天も地も限りなく白で覆われた冬の景色は、新しい季節の訪れがまだまだ遠いことを見る者に物語っている。事実、時折雪を舞いあげながら吹きつけてくる風は目も開けていられないほどで、主人の手作りであるふかふかコートと手袋が命綱みたいに手放せない。

 そんな白の山奥で、橙は動物たちの往来で踏み固められた雪の獣道を、御供の化け猫たちと一緒に進んでいた。

 

「うー、今日も寒いねー」

 

 足元の猫たちが、ふみゃーと半分挫けたような声で鳴いた。本当にその通りだと橙は頷く。猫はこたつでなんとやらの例に漏れず、橙も冬の厳しい寒さが決して得意な方ではない。冬はやはり、火鉢や囲炉裏をみんなで囲んで惰眠を貪ったり、こたつにもぐりこんで溶けた餅みたいになったりするのが一番快適な過ごし方なのだ。

 ではなにゆえ橙が、わざわざマヨヒガを離れてこんな寒い山の中を歩いているかであるが。

 

「でも、藍様に頼まれた大切なお仕事だからね。頑張るよっ」

 

 具体的には、異変の影響で発生してしまったあちこちの間欠泉が、ちゃんと活動を止めているか経過観察するお仕事だ。藍は冬眠した紫の代わりに――否、冬眠関係なく常日頃から――いろんな仕事を担当していて忙しいので、せめて橙がちょっとでもお手伝いをするのである。

 とりわけ今日は、藍がバカみたいにデカい風呂敷をこさえて地底に出掛けていった日。およそ一週間振りに月見に会える今日という日を、藍はずっと楽しみにしていた。鼻歌交じりで支度をするほど楽しみにしていた。藍はいつもお仕事を頑張っているから、せめて今日一日くらいは思う存分羽を伸ばせる日であってほしいと思う。よって橙が式神として果たすべき役目は、任された仕事を抜かりなく成し遂げて、帰ってきた藍に「お前に任せてよかった」と安心してもらうことなのだ。ついでに頭を撫でてもらえるととても嬉しい。

 ふんすっ、と気合を入れた。その瞬間一際冷たい風が木々の間を駆け抜けてきて、ぴいっと縮こまった。

 

「……うう、早く春にならないかなー」

 

 そうすれば紫だって冬眠から目覚めて、また賑やかな毎日を送れるのに。

 今の生活に不満があるわけではないけれど、紫が冬眠していて、月見まで地上を離れていて、やっぱりちょっぴり寂しい。

 

「せめて、お日様が出てくれれば……」

 

 ぶ厚い雲の層を恨めしく睨みつけた、そのとき。

 橙は視界の片隅で、雲の向こうに影を見た。

 

「……?」

 

 しかしその方向へ目を向けたときには、すでになんの変哲もない白が広がっているだけ。

 

「??」

 

 思わず足を止めて見入っていたら、足元で仲間が鳴いた。

 

「あ、ごめん。なにかが飛んでた気がして……」

 

 あまりに一瞬だったので、気のせいだったのかもしれないけれど。

 

「なんだか……すごくおっきかったような……」

 

 鳥や妖怪の類ではなかった、と思う。それよりももっと大きな、ともすれば人工物のような(・・・・・・・・)――。

 仲間の胡乱な声、

 

「……あはは、そうだね。見間違いに決まってるよね」

 

 ここは幻想郷だ。気球や飛行機のように(・・・・・・・・・・)空を飛ぶなにか(・・・・・・・)が、まさか存在するはずもない。

 さしずめ天狗あたりが、群れを作って遊んでいたのだろう。そう自分で自分を納得させた途端、また冷たい風が吹きつけてきて、

 

「さぶゅい! あーっ、早く終わらせてあったまろっ!」

 

 束の間その場で駆け足、橙は仲間たちを引き連れて足早に目的地へ向かう。

 そしてそれっきり、このときのまるで些細な出来事の記憶は、冬の北風に吹かれていずこかへ消えてしまった。

 

 

 考えてみれば、当たり前のことだったのだ。

 今年はまだ、終わってすらいない。

 

 春は、まだまだ遠い。

 冬は、まだまだ続くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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