銀の狐と幻想の少女たち   作:雨宮雪色

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第139話 「年越しは水月苑で ③」

 

 

 

 

 

 今年という一年も、あと六時間そこらで終わりを迎えようとしている。

 あっという間だった気もするし、そんな一言で済ますのが勿体ないくらい濃密な毎日だったとも月見は思う。或いはあとほんの数時間で終わってしまうのが惜しいと感じ、また一方では、来年からの新しい日々が楽しみだとも思える。ただひとつだけ間違いなくいえるのは、今年一年をしみじみと振り返る空気などこの水月苑には存在せず、少女たちは今宵も元気に満ち満ちているということだった。

 

「――妖夢ーっ、おかわり!」

「ちょ、またですか!? さっきおかわりしたばっかりじゃないですか! ちゃんと味わって食べてくださいよっ!」

 

 年越しのスーパー大宴会が始まってから、そろそろ一時間ほどの頃合いだろうか。幽々子が二回目のおかわりを所望している声を聞きながら、月見は残り少なくなった自分の膳に最後の舌鼓を打っていた。

 季節野菜と大和芋、そして冬筍を色とりどりにあしらった前菜から始まり、鮪、鯛、甘海老の刺身、飛龍頭と鯛の子と(フキ)の煮物、山菜天麩羅、桜煮、酒蒸しに八目鰻のひつまぶしとエトセトラ。ひとつひとつ書きあげていたらキリがない豪華絢爛の会席料理は、藍や咲夜たち料理自慢の叡智と技術の結晶であり、乾杯をしてから最初のうちは誰もが会話よりも食事に没頭していたほどだった。

 しかしそれも、次第に腹が満たされ酒も入れば過去の話。見回せばすでに箸を置いている少女も多く、手よりも口を賑やかに動かすいつも通りの宴会が花開きつつある。気が短い者はそろそろ盃や猪口を片手に席を立ち、あちこちで好き勝手な相手と好き勝手に深酒を始めるだろう。

 月見も箸を置き、胸の前で両手を合わせた。

 

「……ごちそうさま。一年の締めにふさわしい料理だったよ、藍」

「ありがとうございます。腕によりをかけた甲斐がありました」

 

 隣の藍が涼しげな笑みで答えると、背中の九尾がもっふもっふと感情豊かに波打った。

 人間妖怪入り混じった数多の客で賑わう水月苑大広間、その最南にして最奥、上座付近の席に月見はいた。そんじょそこらの妖怪とは一線を画す幻想郷の実力者、ないしは権力者が集まって最も賑やかなエリアである。月見の左には月の姫君である輝夜、右には金毛九尾の藍、向かいには鬼子母神の藤千代と天魔の操が座っており、少し離れれば吸血鬼のスカーレット姉妹、フラワーマスターの異名を取る幽香、冥界の最高責任者である幽々子、鬼の四天王に数えられる萃香と勇儀、神話にその名を刻んだ諏訪子と神奈子など、気の弱い妖怪が放り込まれたら泡を吹いて失神しかねないそうそうたる面子が一堂に会している。もしもなにかの手違いが起これば、水月苑どころかあたり一帯がたちどころに焦土と化すだろう。

 月見が盃を手に取ると、すかさず藍が徳利を構えた。せっかくの宴会なのだから掛け構いなくしてくれてよいのに、藍はこれこそ己の存在意義と言わんばかりの目をしている。

 

「今年は、お前には本当に助けられてばかりだったねえ……」

「いえ、むしろ私の方がお手伝いさせてほしいくらいで」

「いま、ちゃっかりここで寝泊りしてますもんねー。紫さんほったらかしで」

 

 藤千代からジト目を向けられ、藍は危うく酒をこぼすところだった。

 

「ま、まあ、今は紫様が冬眠中で向こうの家事をする必要がないから」

 

 長年紫の式神として尽くしている影響で、どんなことでもいいから毎日働かなければ満足できない体質になってしまっているのだ。こんなときくらいゆっくり休んでいいんだよと言葉を掛けたい――が、悲しいかな、現在進行形で彼女に生活を支えられている月見が言えた義理ではないのだった。

 では来年からは藍に面倒を掛けないよう努力すべきかといえば、これが一概にもそうとは言えない。月見が水月苑の家事をなるべく一人で済まそうとすると、決まって少女たちからブーイングが飛んでくるのは知っている。彼女たちが水月苑の手伝いに一定以上の意義を見いだし、自ら望んで縁の下を支えてくれているのも理解している。みんなの厚意に甘えるような言い方かもしれないけれど、恐らくはそれ自体が水月苑におけるひとつの交流として成立しているのだ。

 月見が月見であるだけで、この場所がこの場所であるだけで、私たちはいつも支えられていると――藤千代と操から贈られたばかりの言葉が、ふと脳裏に甦った。

 

「うん……不甲斐ない狐だけど、来年もどうかよろしく頼むよ」

「そんな。こちらこそよろしくお願いいたします」

「はいはいはいはい! ギン、私も手伝うわよ!」

「お前は座っててくれ」

「なんでよぉ!?」

 

 左隣から挙手とともに割り込んできた輝夜をそっと押し戻す。もうひとつ隣に座る妹紅がこれみよがしに肩を竦めて、

 

「あんた、今回の大掃除でどんだけやらかしたかわかってんの?」

「ぐっ……そ、それはあ! ちょっと調子が悪かっただけで……!」

 

 竹取りに行って泥だらけで帰ってきただけではない。あのあと輝夜は周囲の制止を振り切って大掃除に参加し、ほうきを持っては壁を凹ませ、雑巾掛けをしては障子を突き破り、風呂掃除に挑んでは背中からすっ転んで、せめて庭の落ち葉集めだけでもと思えば池に落ちるなどしていた。世の中には「右に出る者がいない」という表現があるけれど、彼女の場合家事ではまさしく右に出る者しかいない、一周回って天賦の才ともいえるぶきっちょお姫様なのだった。

 

「あんたは遺伝子レベルで、毎日ごろごろ暮らすために生まれてきたようなやつなんだから。身の程弁えて縁側で大人しくひなたぼっこしてればいいのよ」

「ひどい! 妹紅のゲス! 藤原妹ゲス!!」

「藤原妹ゲス!? い、言ってくれたな蓬莱山ダメ夜あああああっ!!」

 

 今宵も始まりました。

 本当にこの二人は、ちょっとした隙さえあればレミリアとフランよりあっという間にケンカを始める。二人の向かい側の席で、永琳が静かに嘆息しながら食事の手を止めた。隣の鈴仙も苦笑いを浮かべる。

 

「まったく、あいかわらずなんだから……」

「あはは……いやー、昔から仲直りしてほしいとは思ってましたけど、まさかここまで仲良くなっちゃうなんて予想外でしたよー」

「「仲良くないっ!!」」

「めちゃくちゃ息ぴったりですけど」

「「きーっ!!」」

 

 ますます激しさを増す仲良し蓬莱人の取っ組み合いに、周りがちらほらと野次馬をし始める。いいぞいいぞと持て囃す河童、カメラのシャッターを切る鴉天狗、美少女二人のかしましいケンカを目の保養にする男衆。「なになにケンカ!? 私も交ぜてっ!」と立ち上がった萃香に、月見は座ってなさいとジェスチャーを送る。

 しかし実際、輝夜と妹紅は本当に仲良くなった。月見が幻想郷に戻ってきた時点で、妹紅はすでに輝夜を恨んではいなかった。殺し合いという手段でお互いの命を確かめ合う、仲がいいとも悪いとも表現しづらい関係だった。それが夏の半ばあたりからどうも様子が変わって、最近は二人で行動を共にすることが多いようだし、気が置けない腐れ縁としていい付き合いをしているようにも見える。

 今だって、なんだかんだ隣同士の席に座って宴会を楽しんでいる。本当に仲良くないのならこうはいかない。

 特に輝夜は紫が冬眠してから少し寂しそうにしていたから、こうして思うまま感じるままぶつかれる友達がいるのは月見としても嬉しかった。――まあ、本人は血相を変えて否定するだろうが。

 永琳と目が合った。彼女は小さく頭を下げる仕草をして、

 

「こんな姫様だけど……来年も、よろしくお願いしてもらえると助かるわ」

「ああ。こちらこそ」

 

 むしろ、こんな姫様だからこそ。来年も好き勝手に水月苑まで押しかけてきて、満点の笑顔でお転婆に跳ね回る姿を見られればと思った。

 

「はいはいお前たち、ほどほどにするんだよ」

 

 輝夜と妹紅の頭をそれぞれ尻尾で軽く叩き、月見は盃を持って席を立った。どうやら、もうどの少女も料理を食べ終え四方山話に花を咲かせているようだ。せっかく幻想郷中の住人が集まる今年最後の宴会、ずっと同じ席に座ってばかりではもったいない。

 

「どれ。じゃあ私は、みんなのところに挨拶回りでも行ってくるよ」

 

 月見がそう言った瞬間、視界の端でぱっと飛び跳ねる影があった。

 フランドール・スカーレットが膝立ちになって、きらきらした瞳で月見に両腕を広げている。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 というわけで、まず月見は紅魔館の少女たちが集まっている席へ向かった。

 

「つくみーっ!」

「はいはい」

 

 輝く笑顔のフランにぐいぐい裾を引っ張られ、彼女とレミリアが並んで座るそのすぐ傍に腰を下ろす。レミリアが一瞬、休ませていた羽のやり場に迷うような素振りを見せたが、これといって文句は飛んでこなかった。

 

「お邪魔するよ」

「……別に邪魔なんかじゃないわよ」

 

 努めて感情を抑えた声音で、レミリアはぶっきらぼうにそれだけ言った。しかしそのたった一言が返ってくるだけでも、月見は今年育んだ紅魔館との友誼を実感せずにはおれなかった。出会って間もなかった頃のレミリアなら「ふん」で終わっていただろうし、ともすれば月見が傍に座るのを嫌がっていたかもしれない。

 

「楽しんでもらえてるかな」

 

 フランが元気に手を挙げて答える。

 

「はーい! お料理、すっごく美味しかったよー!」

 

 フランもレミリアも、慣れないはずの会席料理をほとんど綺麗に食べきっている。スプーンとフォークは使われた様子もなく置かれたままになっているから、どうやら二人とも箸だけで完食してしまったらしい。

 

「おや、上手に食べたじゃないか」

「えへへー」

 

 フランは胡座を掻いた月見の膝に両手を乗せながら、

 

「お姉様が、最近和食にすっかりハマっててー。毎日食べてるからオハシの使い方も覚えちゃった」

「は、ハマってるのはフランの方でしょ。今日は月見があれ食べてたから私も食べたいーって、そればっかりじゃない」

「それはお姉様の方でしょ!」

「違うわよ!?」

「お姉様ー!」

「フランーッ!」

 

 仲良く押し付け合いをしているところ生憎だが、実際は二人とも五十歩百歩で和食の虜になっており、咲夜が毎日の献立に頭をひねっていると月見は知っている。そして最近は二人の興味が日本文化そのものにまで拡大し、空き部屋をひとつ改造して和室にしようとか、庭の一部を日本風にしてみようとか、新年は日本式でお祝いしてみましょうとか、紅魔館で軽い和風ブームが巻き起ころうとしている――と、大掃除のときに咲夜がこっそり教えてくれた。

 館を日本風に改造するとなれば、外部から萃香や妖夢など専門家を招くこともあるだろう。来年からは、紅魔館と幻想郷の交流もますます活発なものとなっていきそうだった。

 

「つくみさぁーん!」

「うおっと」

 

 などと考えていたら、突然美鈴が後ろからのしかかってきた。どうやら早くも酔いが回っているらしく、月見の肩に両手を置いてなれなれしく体重を押しつけてくる。酔っ払った紅美鈴がだらしないほど陽気な絡み上戸になるのは、幻想郷苦労人同盟の宴会で包み隠さず証明されていることだった。

 

「いらっしゃいませぇー。月見さんもぉ、一緒に呑みましょおー!」

「お前はあいかわらずペース速いなあ」

「うへへー。さあさ、私がお酌して――グェ」

 

 潰れたカエルに似た悲鳴がして背中が軽くなる。振り向けば襟首を引っ張られた美鈴が背中からひっくり返ったところで、引っ張ったのはいつの間にか出現していた咲夜だった。冷たい微笑みで美鈴を一瞥し、

 

「申し訳ありません月見様、ウチの門番がご迷惑を」

「うう、もう月見さんに迷惑掛けた前提になってる……咲夜さんのいじわるぅ……」

「どこからどう見ても迷惑だったでしょ」

「そんなこと言ってえ、咲夜さんだってほんとはこういうことやってみ――あっちょっと待ってくださいマウントはダメですってば、あばばばばば!?」

 

 赤くなった頬をまるまると膨らませ、咲夜が美鈴に渾身の張り手をビシバシ振り下ろす。向かいの席からパチュリーがやれやれ吐息で呆れる。

 

「まったく、月見が来ただけではしゃぎすぎよ。みっともない……」

「まあ、パチュリー様も負けてませんけどねー。今日も出掛ける前にきっちりシャワー浴びて、鏡の前で一時間くらいずっゴフ」

 

 隣で迂闊なことを言った小悪魔が、獣のように機敏な魔導書の一撃で粉砕された。このところ、パチュリーが虚弱体質というのは嘘ではないかと月見は疑っている。

 そろそろ、涙目の美鈴に助け舟を出しておく。

 

「ところで咲夜、料理美味しかったよ。いつもありがとう」

「、」

 

 美鈴にマウントを取っていた咲夜が動きを止めた――と思ったときには、彼女は一瞬で月見の目の前に正座していた。少しばかり狼狽えながら背筋と両腕をぴんと張って、

 

「い、いえ、そんな。料理は、好きですから……」

 

 妹様ぁ~咲夜さんがひどいんですよお~、と泣きつく美鈴をフランがよしよし慰めている。

 

「来年も、たくさん作りすぎてしまうと思いますのでっ。そのときは、よろしければ……」

「ああ。楽しみにしてるよ」

 

 後ろの方で、「いつまでそんなこと言ってるのよ」とパチュリーが小声でぼやいた。月見も咲夜の言う「作りすぎ」がただの建前で、本当ははじめから差し入れするつもりで作ってくれているとはなんとなく気づいている。咲夜はあれで意外と恥ずかしがり屋な一面があるから、はっきりとした理由もなく差し入れするのは変なことだと思っているのかもしれない。

 きっと、日頃から持ちつ持たれつしている彼女なりの礼ではあるのだろうが。

 

「はいはーい、私もオシャクしてみたーい! 咲夜、やり方教えてっ」

「あ、はい。いいですよ」

「もう、あなたはほんと落ち着きがないんだから……。吸血鬼のレディたるもの、もっとお淑やかに」

「お姉様は興味ないって! ほっとこ!」

「誰もそこまでは言ってないでしょお!?」

「月見さぁーん、私にもお酌してくだ――まままっ待ってください咲夜さんこれくらいいいでしょ!? みんな仲良く、仲良くですよおっ」

 

 ――この一年、月見の生活を一番賑やかに彩ってくれたのは間違いなく紅魔館だ。

 家が近所だからよく遊びに来てくれるし、月見もまた向こうをしばしば訪ねては、フランの遊び相手をしたり、お茶をご馳走してもらったり図書館から本を借りたりしている。周囲との交流も近頃は非常に良好であり、フランに至ってはみんなの妹のようなポジションで紅魔館の新しい顔となり始めている。行く先々で騒ぎを起こすとトラブルメーカーのように評されることもある月見だけれど、紅魔館の方がよっぽどそうに違いないと思うのだ。

 来年の彼女たちは、果たしてどんな喧騒を月見のもとまで運んできてくれるのだろう。

 フランのお酌で表面張力ギリギリまで満杯になってしまった自分の盃を見ると、月見はそう予感せずにはおれなかった。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 月見が次に向かったのは、萃香と勇儀と霊夢が一緒に座っている席だった。少し前のフランと同じく、萃香がぱっと膝立ちになって歓迎してくれた。

 

「おー、月見ー! よっしゃ一緒に呑むよっ!」

「他のところも回るんだから、ちょっとだけだよ」

「ぶーぶー」

 

 勇儀が愛用の大盃をなみなみ満杯にして、まさしく酒の方から吸い込まれていくがごとき馬鹿げた呑みっぷりを披露している。あの体のどこにそれだけの量が入っていくものなのか、隣の霊夢が猪口をちょびちょび傾けながら半目で呆れ果てている。

 

「――ぷは。やっほぉ月見。楽しませてもらってるよ」

「それはなにより」

 

 今年最後のめでたい宴会ということで、勇儀は目に映える空色の着物を着ていた。普段の豪快な振る舞いばかり見ているとつい忘れがちだが、彼女も幻想少女の例に漏れず相当なべっぴんさんなのだ。元々体型がよいのもあり、夏場に胸元を緩くはだけさせる艶な姿は、しばしば同胞の男衆を血の海に沈めている。

 もっとも今は真冬であり、下に襦袢を着込んでしっかり防寒しているため素肌はほとんど見えない。宴会が始まる前には、露骨に残念がる男衆を萃香がはっ倒して回る一幕もあった。

 

「でも残念だよ。まさか天子がいないなんてさあー」

「ほんとにねえ。本人もこの世の終わりみたいに残念がってたわ」

 

 勇儀と霊夢が揃ってため息をつく。

 

「天子って、あれで結構いいとこのお嬢様なわけだし……そんな設定完全に忘れてたわよ」

「ぜんぜんお嬢様らしくない、てかそもそも天人らしくないしね。あんな天人、他にいやしないよ」

 

 比那名居天子の不参加は、『天子ちゃんマジ天使!クラブ』の面々にも甚大な衝撃と絶望をもたらした。つい先日、白蓮の登場に際して何人か裏切り者が粛清されたらしいが、今でも幻想郷屈指の会員数を誇る一大ファンクラブなのは変わっていないそうな。

 それにしても。

 

「勇儀は、天子といつの間に仲良くなったんだ? このあいだの異変のときか?」

「んー、まあね。いろいろあったのさ」

 

 二人の接点といえばそれくらいしかなかったはずだが、勇儀の口振りからは単なる知り合い以上に友好的な響きが感じられた。にやりと唇を曲げ、

 

「これといって進展もないみたいだし、ほんとやる気あるのかねえ」

「今が幸せの絶頂ってやつなのよ。見ててもどかしいったらこの上ないわー」

「あー? 霊夢はあいつのこと応援してんのー? 裏切りだぞ裏切りー」

「……なんの話だ?」

 

 霊夢も、なにやら意味深な笑みを顔中に張りつけている。

 

「なんでもないわ。女の話よ。さ、呑みましょ呑みましょ」

「そうか?」

 

 結局なんの話だったのかは教えてもらえず、天子はなんだかんだ教養があるからいいお嫁さんになれるとか、紫は家事こそ苦手だけど夫には心から尽くすタイプだとか、妙に二人の褒め言葉ばかり振られるものだから相槌を打つのが大変だった。このままだとどんどん答えづらい方向に行ってしまいそうだったので、月見は頃合いを見計らって話題を入れ替える。

 

「ところで、霊夢。今年はいろいろ厄介を掛けたね」

「んー? ……なにかあったっけ?」

 

 ほろ酔いの霊夢がこてんと首を傾げる。楽園の巫女はいつだって過去に縛らせず自由奔放だから、終わりよければすべてよしの精神の下、一件落着に終わった事件のことなんてもう気にしていないのかもしれないけれど。

 

「それはほら、異変絡みで」

「……あー。確かに、月見さんはいろいろやってくれたわよねえ」

 

 天子の異変にしてもおくうの異変にしても、根本的な原因は月見にあった。どちらの異変も月見の行動がことごとく裏目に出た結果、恐らくは本来『異変』と呼ばれる騒動の範疇を遥かに逸脱した大事件となって、霊夢と魔理沙には本当に危ない思いをさせてしまったはずだった。

 萃香が暢気に酒を呑みながら言う。

 

「顔が広すぎるのも考えものだよねー。なんかあったときすぐ一枚噛んでるんじゃないかって疑われるし」

「次異変が起こったら、もう月見さんが黒幕の前提で洗いざらい吐かせるわ」

「うん……そうしてくれ。できる限り協力するよ」

 

 あら、と霊夢は可憐に破顔一笑し、

 

「ふふ、じゃあ今度は月見さんを一緒に連れてくってのもありかもね。永夜異変じゃ紫に協力してもらったわけだし、大妖怪を味方にしちゃいけないなんてルールはないし」

「弾幕ごっこまでは役に立てないかなあ」

「でも月見さんがいれば、めんどくさい妖怪が寄ってきてもスルーできるかもしれないわ。どいつもこいつも人の話を聞かないから困るのよね」

「霊夢も大概人の話聞かないけどねー、ぶぎゅ!」

 

 余計なことを言う萃香をチョップで黙らせ、

 

「ま、異変自体はすごく大変だったけど……その分、いろいろ経験になってるし。天子とか、いい方向に変われた人も多いわけだし。どさくさで神社も新しくできたし。そんな悪いことばっかでもなかったんじゃない?」

「……そうか」

 

 月見はにじむような感情とともに思う――誰よりも面倒くさがりで、お調子者で、なによりお金とご飯に目がない筋金入りのぐうたら少女に見えるけれど。

 博麗霊夢は間違いなく、この幻想郷という楽園の素敵な巫女さんなのだ。

 

「不甲斐ない狐だけど、来年もよろしく頼むよ」

「月見さんが不甲斐なかったら幻想郷の男妖怪はみんな腑抜けかしら……」

「勇儀がちょっと着物着ただけで鼻の下伸ばすやつらばっかだしね」

「あっはっは、萃香はいつまで経ってもちびっこいからねえ」

「ぶーっだ!! いーもんいーもん月見一緒に呑み比べしよ!」

「あ、ちょっとズルい! 私も交ぜてよおっ!」

 

 冗談ではない。幻想郷屈指のうわばみ二人と呑み比べなど、さして左利きでもない月見ごときでは命がいくつあっても足りない。

 片手が盃で塞がっているので、暑苦しく迫ってくる鬼二人をもう片手と尻尾でべしべし押し返す。もちろん霊夢はまったく助けてくれる素振りもなく、口の端をほんのわずかな笑みで曲げながら、素知らぬ顔で新しい酒瓶の封を解いている。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 月見が次に向かったのは、幽々子と妖夢と幽香が一緒に座っている席だった。呑兵衛の鬼二人が際限なく酒を呑ませようとして聞かないので、早歩きで逃げるようにやってきたのであるが。

 

「……あいかわらず食べてるねえ」

「堪能してまーすっ!」

 

 月見が仏像の眼差しを向ける先で、幽々子は未だにぱくぱく食っていた。箸も喉も一秒たりとも止まることなく動き続ける、見ていて痛快なほどの食いっぷりである。彼女が二回目のおかわりを所望していたところまでは把握しているが、それにしても膳の上で山を築いている皿は五枚や六枚どころの話ではなかった。

 一体何回おかわりしてるんだこいつは、と月見があいかわらずに思っていると、

 

「あのー……私、もうお腹いっぱいになっちゃって。これ、余ったんですけど」

 

 とある河童の少女が、食べ残したらしい小皿一枚を手に持ってやってくる。幽々子は瞳を爛々とさせて答える。

 

「ここに置いていってっ。他にもあったら遠慮なく持ってきていいわよ!」

「わかりましたー」

 

 なるほど、と月見は納得した。つまり幽々子は藍たちが用意していたおかわりなんてとっくにすべて片付け、みんなが食べきれなかった分まで根こそぎ平らげるフェーズへ突入しているのだ。道理で皿の山ができるわけである。『冥界の掃除屋』の面目躍如で、此度の宴会も無事残飯ゼロを達成しそうだった。

 誰にも真似できないその活躍を褒めればいいのか、白玉楼の日頃の苦労を憂うべきか。

 

「月見さん、ありがとうございます」

 

 妖夢に突然礼を言われた。疑問符を浮かべる月見に彼女は笑顔で、

 

「幽々子様、この宴会でお腹いっぱい食べるからって、今日はお昼もおやつも抜いてまして。お陰で食費が浮きました」

「……そうか」

 

 たった昼夕二食分、されど昼夕二食分、幽々子の場合ともなれば私とは量も食費も桁が違うんだろうな、と月見は菩薩の心地で思う。

 向かいの席で幽香が顔をしかめている。

 

「見てるこっちが胸焼けしてくるわ……」

「私も、ここまでの食べっぷりを見るのは久し振りです……ほんとどこに入ってってるんですかね……」

 

 いっぺん永遠亭で、幽々子の腹を検査してみてはどうだろうか。割と冗談抜きで、この世ならざる暗黒空間につながっていたりするかもしれない。

 

「来年も、疲れたと思ったときは気軽においで。温泉くらいいつでも貸し切りにするよ」

「あはは、ありがとうございます。皆さんのお陰で、この頃はちょっとずつ羽の伸ばし方もわかってきたといいますか」

「ロクに休みももらったことなかったって、はじめ聞いたときびっくりしたわよ」

 

 妖夢は、最近ちゃんと定期的な休暇を幽々子から言い渡されている。月見はまったく与り知らなかったのだが、友達の過酷な労働状況をひょんなことから知った幽香が、その身ひとつで白玉楼に殴り込みをしたらしい。妖夢をそこまで大切に思ってくれる友達がいると知っては、さしもの幽々子も無下に扱うことはできなかったようだ。

 はじめはなにをすればいいのか悩んでいた妖夢も、今はもっぱら太陽の畑まで足を伸ばして、幽香と仲良くガーデニングトークを楽しんでいる。そして一方の幽々子はといえば、従者がいない生活もそれはそれで楽しいと気づいてしまったらしく、幻想郷をあちこち放浪して友人と酒を呑んだり、宴会に飛び入り参加して料理を食べ尽くしたりしている。水月苑にもしばしばやってきて、来客用の菓子をやっぱり根こそぎ食べ尽くしていく。

 

「まだまだ半人前の私ですが、来年もご指導ご鞭撻いただければ嬉しいです」

「そんな大袈裟な。気軽によろしくしてくれると助かるよ。幽香もね」

「もちろん。なんてったって、私たち友達だものねっ」

 

 そこで月見は、いつの間にか幽々子の姿が席から消えていると気づく。

 見回してみると、「ごはん残しちゃった人ー!」とあちこち呼びかけながらずうずうしく広間を徘徊している。いつ如何なるときも決して自重することのない食い意地には呆れるばかりだが、己の幸せにどこまでも従順な彼女の生き方は、ある意味私たちも見習うべきなのかもしれないなと月見は思った。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 月見が次に向かったのは、文と椛とはたてが一緒に座っている席だった。

 周りの友人とそれなりに親しく話をしていた文が、月見の姿に気づくなりすっと一切の感情を消し、いかにもよそ行きらしい澄まし顔で口を閉ざした。『清く正しい射命丸』が、『射命丸文』に切り替わった瞬間だった。

 

「あ、月見様」

「いらっしゃいですー」

「お邪魔するよ」

「……」

 

 椛とはたては快く歓迎してくれるものの、文は無言のまま眉ひとつ動かさず酒を傾けている。すっからかんになった一升瓶が早くも三本ほど転がっている。日頃から萃香の酒に付き合うことも多い彼女は、天狗の中でも折り紙付きの酒豪としてその名を知られている。

 

「そんなペースで呑んでると、また悪酔いするぞ」

 

 少しからかうつもりで月見が言うと、文は酒の手を止め露骨に顔をしかめた。

 

「これくらい普通よ普通。あんなヘマはもう二度としないわ」

「……月見様、文が酔い潰れるの見たことあるんですか? ザルみたいなやつですよこいつ」

「まあ、一度だけね」

 

 文の方から「話したらコロス」と凄まじい威圧が飛んできたので、月見ははたての質問を適当にはぐらかしておく。はじめは食い下がろうとしたはたても、文の形相に気づくと顔を真っ青にして諦めた。

 文の隣が空席になっているので、そこに腰を下ろす。すぐに文が、酒瓶を片手で掴んでぶっきらぼうに持ち上げてくる。月見は盃を差し出して応える。文は片手のまま瓶の口をガサツに傾け、いつこぼしてもおかしくないくらいいい加減に酒を注いでいく。最後に、お互い目も合わせず軽く乾杯。

 

「あ、あのー……」

 

 月見が酒を一口味わったところで、はたてが恐る恐ると尋ねてきた。

 

「改めてお尋ねしたいんですけど、月見様と文って一体どういう関ひいっ!?」

 

 文がドスで突き刺すようなひと睨みで黙らせる。それから派手なため息、

 

「ちょっと、あんたからもなんか言ってくれない? 私とあんたがやけに仲いいとかなんとか、変な詮索してきていい迷惑なのよ」

「私とお前が?」

 

 月見は束の間虚を衝かれ、すぐに軽く吹き出した。

 

「まさか、そんなバカな」

「ねえ。ほんと下らないわ」

 

 まさかはたては、月見と文がただの知人友人とは違う男女の仲にでも見えていると言うのだろうか。将来有望な新聞記者として、この程度は容易く見抜ける眼識を身につけてもらいたいものだ。

 

「えー……?」

 

 はたては釈然としない。

 

「でもでも、いま一言も喋らないでお酌受けて乾杯して、完全に通じ合ってたじゃないですか!」

「別に普通じゃないかい。場の流れというやつだよ」

「空気が読めないはたてにはわからないかもねえ」

 

 こうして隣同士で座っている以上、相手がお酌の素振りを見せればそれとなくわかる。人に無言でお酌をする者なんて滅多にいないから物珍しく見えただけで、相手が文でなかったとしても月見は同じように反応できただろう。文だから特別だったということはまったくないのだ。

 

「えぇー……?」

 

 はたてはまだ納得しきっていない。月見はふむと少し考え、

 

「……しかし、そうだね。ならどんな関係なのかと言われても、表現が難しい部分はあるよな」

 

 とはいえ、はたてがかくのような疑問を抱くのも一理あるのかもしれない。なぜなら月見自身も、文との関係をどう言い表せばよいのかはいまひとつわかっていないのだから。

 つい最近まで険悪だったとはいえ、500年以上昔からの仲なのだから、ただの知人というほど薄っぺらくはない。しかし今となっては、ごく普通に友人という言葉を使うのもしっくり来ない。古馴染にしてもそうだし、腐れ縁では少し含みがありすぎる。

 椛が言う、

 

「でも、気が置けない関係みたいには見えますよ。お互い遠慮してないというか」

「まあお前相手に遠慮はいらんさな」

「こっちのセリフよ」

 

 文は毒づくように言って、

 

「まあそう言われてみれば、しっくり来るのはないかもねえ……」

 

 ぼんやりと酒を呑もうとして、そこではじめて自分の盃が空になっていると気づく。月見はすでに近く酒瓶を手に取っている。文が盃を突き出すのとほとんど同時に、こちらも遠慮なく片手で注ぎ返してやる。

 

「……ねえ椛、絶対おかしくない? なにも言わないどころか目配せすらないのよ? 完全に以心伝心じゃない」

 

 暗に同意を求められた椛は数拍考え、月見と文の仲をこう一言で結論した。

 

「つまり月見様と文さんは、一言では言い表せないとても深い関係ということですね」

「はっ倒すわよ」

「なななっなんでですか!? 間違ってないですよね、そういう話ですよねいたたたたた!?」

「いちいち語弊があんのよ放っといてってばもぉーっ!!」

「うわちょっなんで私まで、ん゛あ――――――――っ!?」

 

 少女の姿をした局地的な台風が椛を強襲し、案の定というべきかはたてがついでで巻き込まれて絶叫する。周りの天狗たちが呆れた様子で避難を始め、そのとき誰かが迂闊にも、「ほんと素直じゃないんだから」「ねー」などとこぼしたばかりに暴風域はますます拡大してゆく。

 天狗が総じてゴシップ好きなのは充分承知しているが、それにしたってなぜ、よりにもよって月見と文の関係を疑ったりするのだろう。

 色恋の沙汰からこれほど程遠い相手も他にはいないというのに、不思議なものだ。

 

 

 

 

 ○

 

 

 月見が次に向かったのは、白蓮たち命蓮寺の面々が集まる席だった。

 そこにはすでに先客がおり、藤千代が白蓮の隣に座って何事か話をしている最中だった。

 

「おや、千代」

「あ、月見くん! いいところに来てくれましたっ」

 

 立ち上がった藤千代が早速月見の手を取り、二人の間に問答無用で座らせてくる。ともすれば肩が触れ合うほどの近距離に、白蓮がうわわっと慌てて身を引いた。

 

「月見くんと白蓮さんの、ふかーい関係について聞こうとしていたところです。月見くんも聞かせてくださいな!」

「それは一昨日話したろう?」

「一昨日よりも根掘り葉掘り、なにからなにまでぜーんぶぜーんぶ聞かせていただきます。月見くんの未来の妻として、知らぬわけにはいきませんからっ」

 

 仏に帰依する少女たちなので宴会も節度を持って楽しんでいるかと思いきや、ちゃんと戒律を守っているのは白蓮だけである。水蜜と一輪は周りの少女たちと朗らかに酒を楽しんでいるし、ナズーリンに至ってはもうすっかりできあがって、酔っ払い独特の不発弾のような目つきになりつつある。星もケロリとしてはいるがだいぶ呑んでいるようだし、少し前までは幽々子に引けを取らない有様で肉料理にかぶりついていた。

 戒律とは、仏の教えをより深く理解したいと願う者が己の意思に従って順ずる道であり、決して人を無理やり縛る枷ではないと白蓮は言う。昔は厳しい戒律に耐え抜くことこそが僧侶のステータスであるように言う者もいたけれど、彼女は柔軟な思考で清濁併せ呑む尼僧だった。仲間の飲酒や肉食も、常識的な度を越えて乱れない限りたしなめるつもりはないようだった。

 そんな白蓮は、藤千代の『妻』発言にあっさりと耳まで赤くなる。

 

「つ、妻、ですかぁ……」

「白蓮さんは、そういうの考えたことは?」

「い、いえいえそんな!? けけけっ結婚だなんて!?」

 

 遠くの席で山の男衆が腰を浮かしかけるも、すぐさま水蜜と一輪の妖気が飛んで全員座った。ナズーリンがにやりとして、

 

「これはあれだねえ。もし月見が誰かと結婚したら、聖にとってはお母ぶぎょ」

「ナズー!?」

 

 白蓮の恐ろしく速い手刀がナズーリンの首筋を刈り取った。ナズーリンの意識は一発で闇の底に沈み、正座したまま顔面から畳に崩れ落ちる。星が血相を変えて揺するが反応はない。ナズーリンが悪いので月見はなにも言わない。

 

「な、なんでもありません、あは、あはははは」

「むむ? ……これはどうやら、詳しく話を聞かせていただく必要がありそうですねえ」

「そそそっそれより、私もお聞きしたいことがありましてぇっ!!」

 

 ナズーリン一人にバレただけでも布団にくるまって不貞寝する有様だったのだ、こんな大勢が集まる中でバレてしまったら白蓮はもう生きていけない。窮地に追い込まれた彼女は面白いほどてんてこ舞いに慌てふためきながら、もはや自分でも制御が利かない大声で叫ぶのだった。

 

「ふ、藤千代さんと月見さんこそ深い間柄のようですし、そちらのお話も聞いてみたいです!!」

 

 座敷中が静まり返った。あっこの人やっちゃった――という、全員が心ひとつに黙祷を捧げるような沈黙だった。

 月見もまた、後悔してもしきれない痛恨の表情で俯いた。

 

「……へ? あ、あれ? 私なにか変なこと」

「あー、白蓮、その話はまた今度」

 

 なんとか再起動して話を逸らそうとしたが、もちろん、どうしようもなく手遅れだった。

 

「――よくぞ聞いてくれましたっ!!」

「ふや!?」

 

 喜色満面欣喜雀躍(きんきじゃくやく)とはまさにこのことか、藤千代がその顔どころか全身を輝かせて白蓮の手を取ると、

 一息、

 

「そうですよねそうですよね気になりますよねわかりました私と月見くんの馴れ初めですねあっ『馴れ初め』は恋人同士に使う言葉でしたねえへへちょっと気が早かったですもちろん私は今から恋人同士ってことでもぜんぜん構いませんし将来的にはその先まで行く所存ですが今は置いておきましょうそれより本題ですねいやー最近誰も語らせてくれなくて寂しかったんですよ素晴らしいご質問ありがとうございます任せてください一から十から百から千までなにからなにまでぜーんぶぜーんぶ語って差し上げます語らせていただきます覚悟してくださいねわたし月見くんのことだったら丸一日休まず語り尽くせますから今夜は眠らせませんよ朝まで行きましょうではそうですね最初はやはり諏訪大戦ですねあそこからすべてが始まったんですもう何千年も昔のことなんですけど今でもはっきりくっきり覚えてますよあんな素敵な戦い忘れるなんて不可能です私と月見くんがはじめて出会ったのは戦場だったんですそのときはなんと敵同士だったんですよ運命的ですよねあそこに座ってる神奈子さんと諏訪子さんの戦いだったんです私が諏訪子さんの軍月見くんが神奈子さんの軍で戦」

「ちちちっ千代おおおおおっ!! 待って待ってストッ――ぶぎゃ!?」

 

 始まってしまった暴走(トリップ)を止めるべく操が遥々すっ飛んでくるも、藤千代は振り向きもせず一瞬で組み伏せ、

 

「どうしたんですか操ちゃん邪魔しないでくださいいくら操ちゃんでも私ちょっと怒っちゃいますよあっもしかして操ちゃんも聞きに来てくれたんですかそうですよねやっぱり操ちゃんも交ざりたいですよねいいですよ一緒に語りましょうでもまずは私の番なので大人しく聞いててくださいね大丈夫です朝までには終わらせますからでは続きですけど神奈子さんの軍にいた月見くんが私」

「お願い待ってえ!! 話を聞いてえっ!? ほっほらみんなそろそろ食べ終わってきたみたいじゃしアレ始めるのにちょうどいい頃合いだと思わんか思うよねねえねえ千代もそう思うじゃろぉ!?」

 

 操がビチビチ暴れながら命乞いするように叫んだそのとき、誰も予想だにしなかった出来事が起こった。

 

「――あ、そうですね。私ったらすっかり忘れてました」

 

 藤千代が、拍子抜けするほどあっさりと正気に戻ったのだ。名残惜しそうに操から両手を離すと、昂ぶるあまり漏れ出ていた妖気が霧散する。

 

「せっかく準備したからには、やらないのももったいないですし……ごめんなさい白蓮さん、この話はまた今度ということで」

「――はっ。あ、いえ、お気になさらず……?」

 

 放心していた白蓮も戻ってきた。今し方目の前で起こったのが一体なんだったのか、あまりよく理解できていない顔をしていた。わからなくていいと月見は思う。幻想郷にやってきてまだ日が浅い白蓮に、藤千代という少女を一から十まで受け止めるのは荷が重い。

 月見は、未だ起き上がれないでぷるぷる震えている操の背を優しく撫でた。

 

「操……よくやった」

「ふ、ふふふ、儂だってやるときゃあやるんじゃよ……投げられたとき死んだと思ったけど」

「それじゃあ操ちゃん、早速始めましょー」

「あーい……」

 

 どこか離れた席で、「おれ、天魔様のことちょっと見直したわ……」と誰かが呟いている。藤千代は操の襟首をずりずり引きずり、上座の片隅に置いてある荷物から何事か準備を始めた。今年最後の宴会ということで、どうやらなにか出し物を企画していたようだ。

 ――出し物。

 なにやらカオスの予感、

 

「それでは皆さん、ちゅうもぉーくっ!!」

 

 藤千代の威勢のよい掛け声が、座敷の隅から隅まで朗々と響き渡る。取り出したのは片手で持てる程度の、白い小さな玉がたくさん入った回転式のカゴ。そして、二十四のランダムな数字が印刷された厚紙の束。

 その二つを両手に、彼女の宣言はかくのごとく。

 

「ビンゴ大会始めますよ――――――っ!!」

 

 そりゃあもちろん、これは幻想郷屈指の愉快痛快な住人たちが集結する今年最後の宴会なのである。料理に舌鼓を打つ時間が終わり、酒もほどよく回ってきたならば、あとは新年がやってくるその瞬間までわちゃわちゃ騒ぎ散らすのみ。

 はぁ――――――い!! とみんな仲良く盛り上がる大砲のような喧騒が、夜はまだまだこれからとばかりに水月苑を沸き立たせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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