銀の狐と幻想の少女たち   作:雨宮雪色

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東方緋想天 ③ 「修行といじめは紙一重」

 

 

 

 

 

「――いやあああああ!? こ、こっち来ないでえええええ!?」

 

 本来、天界とは呆れるほど平和な世界である。

 透き通る清水が流れ、七色の花が咲き乱れる土地はもちろんのこと。なによりこの世界に住んでいる天人という種族は、俗世のしがらみを捨ていわゆる悟りの境地へと至った者たちであり、恨みや妬みといった負の感情を一切持たず、日々を享楽的に遊んで暮らしている。無論、そんな天人たちが下らない争いなどを起こすはずもなく、天界は地上の人間たちから見れば、紛れもなく『天国』と呼んで差し支えない桃源郷なのだ。

 本来であれば。

 

「ちょ、ちょっと待ってえええ! 一旦タイム、タイム! お願いだからやめてえええええっ!?」

「……」

 

 桃の木陰に座って夏の日差しを凌ぐ月見は、目の前で繰り広げられる光景と、耳をつんざく少女の悲鳴を前に、深呼吸をするように長いあくびを噛み殺した。

 ――気のせいだろうか。同じことを、つい先日もやったばかりのような気がする。

 広い天界の土地を、あてどなく逃げ惑う少女。その後ろから猛然とした勢いで迫ってくるのは――本日は、紙吹雪、だった。

 数は百を下らない。一枚一枚が完璧に統率され、遊泳する小魚の群れのように空を舞うのは、人形(ひとがた)という名の式神だ。それぞれは掌くらいに小さくとも、百を超える大群を成し、見上げるほどの巨体を作り上げる様は、まるで人智を嘲笑うモンスターだ。真後ろから追いかけられる天子の心境はたまったもんじゃないだろう。

 

「つっ、月見っ、見てないでとめてよおおおおお!?」

「……いや、でもねえ」

 

 右方向から天子の緊急SOS信号を受信した月見は、けれど腰を上げず、それどころか桃の木にゆっくりと背中を預けて、空を仰いだ。やっぱり前もこんな感じのやり取りをしたばかりな気がするな、と思いながら、

 

「……修行だし、自分の力で頑張ってくれー」

「ばかあああああ!!」

 

 そう、修行。比那名居天子という少女と出会い、弾幕ごっこの修行を手伝うことになった翌日、早速月見はこうして、教師役を全うするため遥々天界までやってきたのだけれど――

 

「もうやだあああああ!! いきなりこれはレベル高すぎでしょおおおおおおおおっ!?」

 

 修行開始から、早十分。

 比那名居天子は今日も今日とて涙目で、天界を逃げ惑っている。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 要は、『弾幕みたいななにか』でさえあればいいのである。圧倒的物量で襲いかかってくる攻撃に怯まずに立ち向かう精神力を磨けるのであれば、月見が無理にスペルカードを作ったりする必要はない。

 だから式神を使うことにした。一晩かけて内職みたいにせっせと作った千枚の人形(ひとがた)を携えて、月見は早速天界へと向かった。

 天界の平原では、決して遅くない時間にもかかわらず既に天子が待っていた。夏の日差しを凌ぐ桃の木陰で、心なしか、まるでデートの待ち合わせでもしているかのようにそわそわと、あっちを見たりこっちを見たり。そして月見の姿に気づくなり、ぱっと明るい笑顔でとてとて駆け寄ってくる様は、さながら人懐こい小動物だろうか。

 

「こ、こんにちは、月見」

「こんにちは。待ったか?」

「う、ううん、今来たとこ」

「……」

 

 なにやら、図らずとも本当にデートみたいな会話が成立してしまった。なぜかはわからないが天子は相当緊張しているらしく、強張った上目遣いで月見の顔色を窺っている。人見知りなあの人形師と似た、相手との距離感が上手く掴めず不安になっている瞳だ。意外とこの子も、そういうのを気にする臆病な一面があるのだろうか。

 苦笑。

 

「そんなに怖がらなくても、私は操みたいに竜巻を起こしたりはしないよ」

「え、あっ、いやその、別に怖がってるわけじゃなくて」

 

 天子は両手を振ってから、やっぱり不安げな上目遣いで、

 

「その……天人以外と話すことってあんまりないから……」

 

 天人以外の相手とどう付き合えばいいかわからない、ということだろうか。

 

「気にしすぎだよ。私は、自分で言うのもなんだけど気が長い方だからね。練習でもするつもりで、気楽に話してくれると助かるよ」

 

 そうでないと、これからしばらくは曲がりなりにも教師と教え子の関係なのだから、苦労することも多いだろう。地底で橋姫の罵詈雑言を乗り切った経験もあるし、少しくらい失礼なことを言われても、月見は特に気しない。気にするほど若い時代は疾うの昔に過ぎ去った。

 

「そ、そう……そう言ってもらえると、助かるわ」

「堅苦しいのはあんまり好きじゃなくてね」

 

 ニッと歯を見せながら笑えば、天子の表情も和らいだ。

 夏の日差しを浴びながらの立ち話もなんなので、天子が月見を待っていた、桃の木陰まで移動する。月見は木の根元に、目印をつけるように突き立てられている一振りの剣を見て、

 

「そういえば、この剣は?」

 

 思い返せば先日も、天子はあの剣とともに舞い空を描いていた。鍔のない細身の剣は、たった今炉から上げたばかりのように強い緋色を帯びており、ひと目でそんじょそこらの業物ではないと見て取れる。

 

「ああ……あれは、緋想の剣。人の気質を集めて、霧に変えるの」

「へえ……じゃあ、あれを使って私たちの気質を集めてるのか」

「そうなるわね」

 

 てっきり月見は、天子自身がそういう能力を持っているのだと思っていた。『気質を集める程度の能力』とか。

 一度木陰に腰を下ろし、持ってきた袋の紐を解く。中は人形の紙片で満たされており、袋を覗き込んだ天子が疑問符を浮かべた。

 

「これ、なに?」

「人形。式神の一種だよ」

 

 へえー、と頷いた天子は、またすぐに首を傾げて、

 

「……なんでこんなにたくさん?」

「これを弾幕の代わりにするんだよ。私は、弾幕を撃ったことはないけど、式神を使うのは得意だから」

 

 論より証拠だ。袋越しに軽めの妖力を流し込むと、力の供給を受けた人形が数十枚、勢いよく空に飛び上がって、月見たちの周囲を旋回し始める。驚いた天子が、ひゃっと声をあげて縮こまる。寸分も乱れもなく生き物のように、或いは機械のように旋回を続ける人形たちに、少しおっかなびっくりとしながら、

 

「うわ、す、すごい」

 

 月見が妖力を通して指示を送ると、飛んでいたすべての人形が同時に旋回を中断。吸い込まれるように月見の背後へ集合し、滞空したまま待機状態に入るまでは、一度息を吸って吐くよりも早い。

 天子が、口を半開きにしてぽけーっとしている。

 

「……とまあ、こんな感じでね。これを弾幕に見立てて動かせば、躱す訓練くらいにはなるだろう?」

「な、なるほど」

「習うより慣れだよ。私も弾幕の躱し方は、実戦で学んだ」

 

 弾幕はこう飛んでくるからこう躱せ、なんて口で説明できるものではない。スペルカードが十枚あれば十の弾幕。カードを宣言する人によってその軌道は千差万別に変化するのだから、言葉で論じていては夏が終わってしまう。

 月見が、フランとの『人形遊び』を通して体で学んだように。こと弾幕ごっこに限って言えば、百聞は一見に如かないし、また百見は一践に如かないというのが、月見の確かな実感だった。

 天子が神妙な顔で頷いた。

 

「確かに、そんなに時間があるわけでもないしね……」

「そうなのか?」

「うん。多分あと二~三日もすれば、異変を起こすのに充分な気質が集まると思う」

 

 であればなおさら、口を動かしている暇はない。

 

「じゃあ、早速始めようか」

「わかった」

 

 天子が地面に突き立てていた緋想の剣を抜き放つ。太陽の光を弾き返した刀身が、火の粉のように赤い煌きを散らした。

 月見が座る桃の木から、弾幕ごっこに必要なだけ距離を取って。

 

「よし……じゃあ、来なさい!」

 

 振り返り凛と剣を構えてみせたその姿を、月見は、案外様になってるなと感心しつつ、

 

「では――」

 

 浅く右手を挙げて、始め、と静かに宣言した瞬間、動いた人形は一枚、

 

「ひゅい!?」

 

 飛燕を欺く速度で風を切り、天子のおでこを強襲した。さながらハリセンを思いっきり打ちつけたような、痛快な音があたりに響き渡った。

 

「いっ――たあああああ!?」

 

 天子が真っ赤になったおでこを押さえて叫ぶ。人形は見た通り紙で作られた式神だが、今は妖力で硬化をかけ、だいたい木の板と同じ程度の硬さになっている。当たればそれなりに痛い。

 

「といった感じで今くらいの速度で動かすから」

「えええっ!? ちょっ、ちょっと待ってよ! いきなり速すぎるし、あとなんで硬いの紙なのに!?」

「速いのは、実際に私が撃たれた弾幕がこれくらいだったから。硬いのは……当たっても痛くないんじゃ緊張感がないだろう?」

「いじわるー!!」

 

 知ったこっちゃない。一度教師役を引き受けた以上は、中途半端な育て方などしないのである。

 

「じゃ、あとは適当に動かすから、頑張ってくれ」

「ほんとに!? ほんとに今みたいな感じでやるの!?」

 

 天子の悲痛な訴えを無視して、月見は人形に弾幕の動きを組み込んでいく。イメージは、紅魔館でフランに撃たれた弾幕だ。あの弾幕は幻想郷でも間違いなくトップクラスの速度と密度を持っていたが、いずれ天子が闘うことになる博麗霊夢は、操曰く幻想郷の五本指に入る実力者だというから、ひょっとするとフラン以上の弾幕を操ってみせるのかもしれない。異変開始まで三日程度しか猶予がない以上、ぬるま湯から修行を始める余裕はない。

 数百の人形たちが一斉に行動を開始し、そして天子は逃げ出した。

 しかし当然ながら、走った程度で人形を振り切れるはずもなく、後頭部や背中にビシビシバシバシ当たりまくる。

 

「いたっ、まっ待って、あう! せ、せめてもうちょっと――ひゃん! お、お願いだからきゃう!? あうっ、やめっ、いたっ、ひうっ、あうっ、いたっ、痛い痛い痛い!? いやー!?」

「……」

 

 平原の彼方へ逃亡する天子を見送って、まったく、と月見はため息をついた。修行を通して強くなろうとする心懸けは殊勝だが、あれでは弾幕ごっこをマスターするのが先か、それとも秋がやってくるのが先か。

 

「ひにゃー……」

 

 足をもつれさせて転ぶ天子の姿は、これから異変を起こそうとしている黒幕とは思えないほど、情けない。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 とまあそんなこんなで、比那名居天子は今日も元気に逃げ回るのであるが。

 

「お願いだからやめてえええええっ!!」

「……」

 

 天子が許しを乞い続けて更に十分が近いため、月見はさすがに、少し休ませてやることにした。妖力の供給を切れば、天子を容赦なく袋叩きにしていた人形たちが、ただの紙に戻ってはらはら舞い落ちていく。月見が桃の木陰から腰を上げ、近くまで行ってみると、地面に崩れ落ちた天子は半泣き状態だった。

 彼女は月見に気づくなり怒りで戦慄き、ギリッと強く歯軋りをすると、

 

「いじめないでよバカ――――ッ!!」

「おっと」

 

 いきなり投げつけられた緋想の剣を、月見は危なげのない動きで躱した。刺さったらどうするつもりなのだろう。

 剣が背後に転がっていったのを感じながら、

 

「お前って結構、怖がりなのか?」

「あんなのに袋叩きにされたら誰だって怖いわよ!」

「しかし三日後くらいには、あんな紙ぺらじゃなくて弾幕に袋叩きにされるかもしれないんだぞ?」

「う、ううっ」

 

 やはりあれだろうか、自分の命が懸かっていないからだろうか。月見がフランと弾幕ごっこをした時は、負ければ殺されるかもしれないという危機的状況だったからこそ、砂漠が水を吸うように弾幕の躱し方をマスターできた。

 ……まあ、さすがに修行であのレベルまでやるつもりはないけれど。今の時点で既に半泣きなのだ、やったら恐らく、この少女はマジ泣きする。

 

「弾幕ごっこって、あ、あんなにすごいものなの?」

「まあ、あれはレベルが高い方だとは思うけど……でもお前がいずれ闘うことになる霊夢は、弾幕ごっこなら幻想郷でも五本指なんだろう? だったら、『レベルの高い弾幕』くらい普通に撃ってくると思うが?」

「そ、それはそうだけどぉぉぉ……」

 

 ううううぅぅ~、と天子が鼻をすんすんすすっている。

 

「お、お願い……! お願いだから、もうちょっとだけでいいから優しくして……! 私、もう、どうすればいいのかとか全然わからなくて、痛くて、なにも考えられなくて、本当にダメなのよぉぉぉ……」

「……」

 

 言い回しがなんかやらしい感じになっているのはさておき、ふむ、と月見は腕を組んだ。今の天子の主張には認められるべきものがある。なにも考えられないとまで言われてしまえば、『慣れ』でマスターするのにも時間が掛かりそうだから、少し低いレベルに見直す方が逆に近道かもしれない。

 天子自身、追い詰められて力を発揮するタイプでは……どう見ても、なさそうだし。

 

「……わかったよ」

 

 月見は、苦笑して。

 

「じゃあ、お前のレベルに合うところから地道にやっていこう。……ただし、異変に間に合わなくても文句は言わないでくれよ?」

「い、言わないわよ!」

 

 仄暗い水底に沈みかけていた天子の瞳に、再び光が差した。

 

「ほ、ほんとに!? ほんとに優しくしてくれるの!?」

「するさ。私だって、お前を泣かせに来てるわけじゃないんだ」

「そんなの当たり前でしょ!? ……あ、当たり前、よね?」

「当たり前だから。だから距離を取らないでくれるかい」

 

 頬を引きつらせてじりじり後退していく天子に、ため息一つ、

 

「……じゃあ簡単なところから始めるから、もう少し余裕があるとかキツいとか、教えてくれるか? それでお前に合ったレベルを探していこう」

「わ、わかった」

 

 具体的には、妖精たちが遊びでやっているような弾幕からだろうか。そこから、雛と椛が見せてくれたような、いわゆる決闘として一般的な弾幕を通過し、最終的に月見と同程度の回避能力を身につけられれば申し分ない。

 尻尾を伸ばして、背後に転がっていた緋想の剣を拾い上げる。それを天子の前に差し出し、

 

「じゃあ、やろうか」

「え、ええ」

 

 天子は緋想の剣を受け取るため、もふ、と尻尾に触って、

 

「……」

 

 もふもふ。

 もふもふもふもふ。

 もふもふもふもふもふもふもふも

 

「……天子」

「はっ、はいっ! そ、そうよね修行よね! わかってるわよ大丈夫!」

 

 とは言いつつも、その手は馬鹿正直に尻尾をもふもふし続けていたので。

 そのへんに落ちていた人形を一枚操作して、天子の背後から突撃させる。

 後頭部をぶっ叩かれ、ふぬぬと涙目で呻く天子を尻目に、月見の物憂げなため息が空に溶けた。

 

 

 

 

 

 ◯

 

 

 しかしよくよく考えてみれば、天子は荒れ狂う竜巻や踊り狂う人形の群れから、十分以上休みなしで逃げ回れるほど体が強いのだ。肌を若返らせ肉体を丈夫にするという天界の桃を常食している影響かはわからないが、とにかく天子の身体能力は、人としては相当上位に位置づけられる。

 であれば当然、優れているのが体力だけで終わるはずもなく。

 

「――せいやあああああっ!!」

 

 凛と響く気合を一発、天子が緋想の剣を己の前に突き出す。それと同時に剣先から無数の光線が放たれて、前方を舞っていた人形を一枚残さず撃墜する。弾幕ごっこの基本中の基本である、相手の弾幕を自分の弾幕で相殺する動き。

 更に天子は腕を前に置いたまま体を反転。振り返る動きで、

 

「ふっ!」

 

 背後を斬り払えば、剣の軌跡に沿って緋色の炎が立ち上がり、背後から迫ってきていた人形を焼き尽くす。間髪を容れず上から襲いかかってきた人形には、脚に霊力を込め背後に跳躍することで対応。すぐに剣から光線を発射して、これもまた即座に撃墜していく。

 修行を開始してから、早三日。もはや人形たちは、天子に触れることすらできなくなっていた。

 これが、始めた頃はひにゃーとかよくわからない悲鳴を上げていた少女と同一人物なのだから、なんともまあ。

 

「……よし! 月見、終わったわよー!」

 

 などと考えているうちに、天子がすべての人形を撃墜し終えていた。緋想の剣を足元に突き立て、こちらに向けて誇らしげに手を振っている。

 一日の修行を開始してから、月見がこうして腰を上げるまでの時間も、随分と短くなった。

 

「ああ、見てたよ。大分上達したじゃないか」

「ふふん、私にかかればざっとこんなもんよ!」

「初めの情けなかったのが嘘みたいだね」

「あ、あれは忘れてっ」

 

 あればかりは忘れようと思って忘れられるものではないから、無理な相談だ。人形に袋叩きにされ涙目な天子の姿は、ほんの数分前に見たばかりのように、おもしろおかしく思い出せる。

 

「ともあれ、お疲れ様。……じゃあこのあたりで、私の修行はおしまいかな」

「え……」

 

 まだまだ体力の有り余っている天子が、すっかり拍子抜けして目を丸くした。

 

「も、もう終わりなの?」

「式神も、全部使い切っちゃったしねえ」

 

 月見がせっせと夜なべをして、数え切れないほどの人形で満たした袋の中身も、今しがた天子に撃墜されたのを最後にすっからかんになってしまった。それに、単純な式神とはいえ何百という数をこさえるのはそれだけで重労働なので、そろそろ勘弁してほしい。

 

「か、紙ペラ斬っただけで終わりなの? 一回くらい、実戦やってみましょうよ!」

「……いやだから、私は弾幕を撃ったことがないんだって」

 

 しかし弾幕を撃った経験のない月見では務まらない役目とはいえ、一度は実戦で成果を確かめたいという天子の気持ちはもっともだ。一応、事前に操を連れてこようとしたのだが、椛に「天魔様は今日はお忙しいんです」と満面の笑顔で断られてしまった。執務室の奥から誰かのすすり泣く声が聞こえたのは、きっと錯覚ではあるまい。

 天子は引き下がらない。

 

「弾幕なんて簡単よ! こう……えっと、ふん! ってやって、うりゃ! ってやれば楽勝楽勝!」

「……そうか」

「ってか、式神操るのあんなに上手かったんだから、弾幕くらいどうってことないでしょ! ほらほら!」

 

 天子に急かされて、そうだなあ、と月見は腕を組んだ。弾幕ごっこは、幻想郷で一番人気の決闘方式であり、同時に遊びでもある。幻想郷に身を置いている以上、弾幕ごっこに関わらず生きていくのは難しいだろうし、いつかはフランの時のように、やむを得ず闘わなければならない時というのもやってくるかもしれない。

 それを考えれば、弾幕を撃つ感覚くらいは掴んでおいた方が身のためなのだろうか。

 吐息。

 

「……わかったよ。やってみようじゃないか」

「そう、その意気よ! 大丈夫大丈夫、私が保証するから!」

 

 出所不明の自信でたっぷり頷いた天子は、月見から充分な距離を取り、剣を構える。

 

「さあ、来なさーいっ!」

「はいはい」

 

 というわけで、弾幕である。究極的には妖力で弾を作り撃ち出すだけとはいえ、経験不足である以上なにが起こるかはわからない。幾何学的な軌跡で芸術性を演出する点など、ひとまず小難しい話は置いておいて、まずは単純に『撃つ』ことに集中すべきか。

 

「……それじゃ、行くぞー」

「おー!」

 

 元気な天子の返事を聞いて、月見は静かに妖力を開放した。周囲に銀色の弾幕を展開していく。妖力で弾を作る経験自体ほとんどなかったが、数に反して思いの外上手く行った。

 案外いけるかも。

 そう思って右腕を振り、撃ち出した、

 

「ひうっ、」

 

 瞬間、弾幕は一発も外れることなく、全弾天子を直撃していた。

 炸裂。

 

「ひにゃー!?」

「……」

 

 ……速すぎた。

 フランの弾幕をイメージしてやったつもりが、どうやら加減を誤ったらしく、なんだか本物の銃弾みたいな速度でぶっ飛んでいってしまった。撃ち出してから目標に炸裂するまでの時間が、コンマ何秒という世界である。人間に躱せるわけがない。

 ひゅー、とどこか寂しい風が吹いて、着弾地点から立ち上がっていた煙を運び去っていく。そうして視界が晴れれば当然、月見の目の前では天子がボロボロになって倒れている。

 

「……ふむ」

 

 月見は腕を組んで、一息。

 言うまでもなく、

 

「――ごめん、失敗した」

「殺す気かああああああああああっ!!」

 

 天子が爆発した。火山が噴火したみたいな勢いで飛び起きて、月見との距離を一瞬で詰めて、胸倉を鷲掴みにし、

 

「あっ、あああっあなたねえええええ! 加減って言葉知ってる!? あんなの人間が躱せるようなもんじゃないわよ!?」

 

 月見は激しく前後に揺さぶられながら、

 

「わ、悪かったって。結構難しいね」

「わざとやったんじゃないかってレベルよ!?」

「悪い悪い。……どれ、次はもう少し気をつけてみるから」

「も、もうやらなくていいわよっ! あなたに弾幕ごっこの才能はないっ」

 

 天子に一刀両断され、月見は仕方なく妖力を収めた。どうやら月見も弾幕ごっこに関しては天子と同じで、実戦より先にまずは一人で修行しなければならないレベルのようだ。

 天子がこちらの襟元を掴んだまま、はあぁぁ~と脱力していく。

 

「もお~……せっかくいい気分で終われそうだったのに微妙な感じになっちゃったじゃない~……」

「……お詫びと言っちゃなんだけど、尻尾触るか?」

「……まあ、触らせてくれるのなら」

 

 物で機嫌を取ろうなんて失礼ね! みたいな顔をしつつも、尻尾を差し出せば満更でもなさそうにもふもふし始める天子なのであった。

 

「ところで」

「なに?」

 

 もふーっとすっかり笑顔で尻尾をホールドしている天子を、月見はまっすぐに見据えて。

 

「そろそろ、異変が始まる頃合いなんじゃないか?」

「……」

 

 二~三日もあれば充分な気質が集まると、天子は言っていた。修行開始から、今日で三日目になる。

 笑顔を消した天子は、月見の尻尾をぎゅっと抱き締めて、

 

「……うん。気質は充分集まったし、そろそろ、みんなの気質に応じて天気が変わり始めると思う。……ここに来る途中に、緋色の雲ができてたでしょ? あれが、みんなの気質が集まったやつ」

「なるほど。それじゃ、いよいよだな」

「……うん」

 

 また少しだけ、尻尾を抱く天子の力が強くなった。

 そこに震えは、なかったけれど。

 

「なんだ、緊張でもしてるのか?」

 

 困ったように、天子は力なく笑った。

 

「……まあ、ちょっとだけ」

「そんなに肩に力入れてたら、霊夢にこっぴどくやられるぞ?」

「や、やられないわよっ」

 

 頬を赤らめて、それからぽそぽそと、

 

「……あなたに、こんなに手伝ってもらったんだもの。ただでやられたりなんてしない」

「……そうか」

 

 まあ、そうでなければ、わざわざ指南役を買った月見の立つ瀬もないというものだ。やれるだけのことはやったし、あとは霊夢たちとの闘いをしっかりと楽しんでほしいと月見は思う。

 

「……なあ」

「なに?」

「お前が異変を起こす本当の目的を、訊いてもいいか?」

 

 天子が驚いた目でこちらを見上げた。その反応が予想通りだったから、月見は眉を下げて笑った。

 

「お前、まさかあれで本当に誤魔化せてたと思ってたのか?」

「……」

 

 操だって、きっと気づいていたろう。ただ興味がなかったから、追及しなかっただけで。

 天子は、ひどく戸惑った様子だった。

 

「な、なに言ってるの? 別に私は、あの時嘘をついたわけじゃ」

「そうだね。天界の暮らしがつまらないからってのも、それはそれで事実なんだろうと私は思ってる」

「だったら――」

「けどそれは、いくつかある目的の内のひとつでしかないんじゃないか?」

 

 天子が閉口した。

 

「無理に訊くつもりはないけど」

「……」

 

 恐らく天子は、天界の暇な生活を紛らわす以外にも、なにか別の目的で異変を起こそうとしている。そうでなければ操に異変の目的を問われたあの時、一切の追及を封殺するように、毅然と相対することなどできなかったはずだ。

 ただの暇潰しで行動している割には、天子は『異変』というものに気持ちを込めすぎていると――そう、月見は思う。

 

「それは……ちょっと、言えないかな」

 

 やはり月見の尻尾をぎゅっと抱いたまま、天子は歯切れの悪い声で言った。誤魔化すように明るく笑って、月見の尻尾をめちゃくちゃにわしゃわしゃしながら、

 

「な、なんていうかな……は、恥ずかしくて! ほんと、言ったら笑われちゃうくらいしょーもない理由なの! だから、秘密っ」

「……わかった。わかったから、とりあえず尻尾を放してくれ」

「あっ、ご、ごめん」

 

 お陰様で尻尾が見事にやつれてしまった。月見はボサボサになった毛並みを手櫛で整えながら、あいかわらず愛想笑いではぐらかそうとしている天子を見て、ため息をついた。

 実はよからぬことを企んでいる、とか。

 どうやら彼女がそういう悪巧みと無縁らしいことは、ともに過ごしたこの三日でなんとなく感じていた。時々偉そうにすることもあるが、天子はとても素直でよい子だ。誰かを困らせたり泣かせたりして、笑うような人間ではない。

 だから、まあいいか、と思った。今の反応を見るに、恥ずかしくて言えないのは本当のようだし、恥ずかしがるということは本当に大したことではないのだろうし、無理やり聞き出すまでもないのだと。

 尻尾が元通りになったのを確認して、

 

「そうそう。明日と明後日は、用事があってこっちには来られないから」

 

 具体的には、温泉宿水月苑の営業日だ。炎天下の真夏日であっても、入りに来るお客さんたちはそれなりにいる。

 天子が頷く。

 

「うん、知ってる。温泉でしょ?」

「なんだ、知ってたのか」

「地上のことは、ここから結構覗いてるから」

 

 見えるわけでもないのに足元に目を遣って、呟く。

 

「……楽しそうよね、地上は」

「まあ、天界とはまったく違う世界だからね」

 

 争いのないきらびやかな生活で満ちた天界とは違って、地上では妖怪も人間も、優雅とはほど遠く好き勝手に騒ぎ散らしている。時々、喧嘩をしてしまうこともあるけれど、だからこそ一人ひとりの距離が非常に近い世界だ。

 天子の瞳には、羨望にも似た色があった。

 

「ほんと、ここなんかとは違って、楽しい世界なんだろうなあ。……羨ましい」

「だったら、遊びに来ればいいじゃないか」

 

 え? と、天子がぽかんとした顔で月見を見上げた。

 月見は、微笑んで。

 

「知っての通り、私の屋敷には温泉があってね。いつでも歓迎するぞ?」

「……、」

 

 天子は……こういってはなんだか、素っ頓狂な顔をしていた。月見の言葉が完全に予想外で、頭の動きが止まってしまって、そのまま身動きのひとつもできなくなってしまっていた。

 そんなに変なことを言っただろうか。

 

「天子?」

「えっ? ……あっ、えっと、その」

 

 正気に返った天子は、ちょっとわたわたしながら、

 

「いや、その……そんな風に言ってもらえるなんて、思ってなかったから……」

「そうか?」

「そ、そうよ。普通そういうのって、友達同士でするような話でしょ?」

「おや。私はお前のこと、もう友達みたいなものだと思ってたけどね」

 

 ひゅえっ、と天子が変な声を出した。

 

「今日でかれこれ三日付き合ってるわけだし、お互い気軽に名前で呼び合ってるし? 少なくとももう他人同士ではないと、思ってたんだけど」

 

 天子は、また完全に機能停止して石化している。けれど、なにやら並々ならぬ恥ずかしさがあるらしく、微動だにしない中でも喉の下から頭の先にかけて、じわじわと顔が赤くなっていっているのがわかった。

 そしてほっぺたがさくらんぼみたいになったところで、彼女は半開きになっていた口で、ふあっ、と喘ぐように息を吸った。

 

「そっ、…………そ、そうなの?」

「いやまあ、お前が嫌じゃなければね?」

「い、嫌じゃないわよ! 全ッ然!」

 

 ぶんぶんと大袈裟に首を振って、月見に抱きついてしまいそうになるくらい、大きく大きく体を乗り出してくる。友達になってみないかと、月見が声を掛けた時のフランととてもよく似ていた。こっちが思わず身を引いてしまうような勢いも、必死なくらいに月見を捉えて動かない瞳も、全部。

 

「そんな、初めて友達ができたみたいな反応しなくても」

「い、いや、さすがに初めてってことはないわよ!? 一応私、天界では有名人なんだし!」

 

 勢いのまま言い切った天子は、そこから気持ちを区切るように、ゆっくりと深呼吸をする。浮かべる微笑みは、はにかむように。青い髪を一房、指先で挟んでいじくりながら。

 

「でも……地上の、お友達は、初めて……かな」

 

 こんな真夏日には暖かすぎるくらい、本当に心地よさそうな笑顔だったから、月見も悪い気はしなかった。

 

「……まあ、まずは異変だね。上手く行くのを祈ってるよ」

「……うん。ありがと」

「それじゃあ、私はそろそろ帰るよ。明日の準備もしないといけないしね。お疲れ様」

「う、うん。……あ、あの」

 

 振り返ろうとしたところで、天子が躊躇いがちにそう言った。

 

「どうした?」

「えーっと……その……」

 

 天子はちょっともじもじしていた。少し、俯いて、ほんのり色づいた顔を横に逸らして、恥ずかしそうに両手の指を絡め合わせていた。

 月見が疑問符を浮かべながら、しばらく待てば。

 

「そ、その……」

 

 天子はやがて、告白でもするみたいに、

 

「ま、またね」

 

 やっとの思いで口にしたのは、そのたった三つ。そのたった三つに、どうしてそこまで恥ずかしがるのかがおかしくて、月見はつい、笑ってしまった。

 

「な、なんで笑うのよっ」

「や、悪い悪い」

 

 悔しそうにぽかぽか殴りかかってきた天子を、どうどうとなだめつつ。

 

「またな、天子」

 

 同じように三つ、言ってやれば、天子はしばらくうぐぐと唸ってから、でも最後には、

 

「……うん。またね」

 

 まだ赤みの残る顔で、はにかむように、微笑むから。

 本当に、上手くいけばいいと月見は思う。天子がやろうとしていることは決して褒められたものではないし、本当の目的もわからないままだけれど。でも個人的な感情でいえば、修行を手伝った分を抜きにしても、やはり上手くいってほしい。

 だって、比那名居天子は、こんなにも。

 

「ほ、本当にまた来るわよね? 修行終わったからもう来ないなんて言わないでよ、その、お礼もしてないし……」

「せっかくだし、異変が終わるまで見届けるつもりだったけど」

「そ、そう。ならいいのよ、うん。……ありがと」

 

 こんなにも、笑顔が似合う子なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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