銀の狐と幻想の少女たち   作:雨宮雪色

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第81話 「銀髪兄妹里歩き ②」

 

 

 

 

 

 人里の通りは、毎日が縁日みたいなものだ。その場で買ってその場で食べられる、持ち帰り前提のお店がいろいろ軒を連ねている。品揃えは豊富で、団子や饅頭のお菓子類から始まり、油揚げ、天麩羅、焼きおにぎりなどなどが店先を色とりどりに彩る。しかも店員も客も実に活気がいいものだから、ただ歩いているだけでこっちまで楽しくなってくる。

 はじめは、二人分のお代を払う月見に申し訳なさげな妖夢だったけれど。

 当てもなく店をいくつか回り、だんだんとお腹も膨らんでくる頃には、それも吹っ切れたのかすっかり感心しっ放しになっていた。

 

「こんなにいろんな食べ物が売ってたんですねー……知らなかったです」

 

 魂魄妖夢は食べ歩きをしない。それ自体は別に悪いことでもなんでもないが、ともかく原因は白玉楼の食事事情である。出来合いのものを買うと、食材から自分で作るよりどうしてもお金が高くつく。西行寺幽々子という健啖家が支配する白玉楼において、余計な食費をかければ家計はあっという間に炎上する。よって妖夢は必然的に、「買い歩きをするくらいなら自分で作って安く済ませる」という超経済思考な女の子へと成長したのである。

 そんな妖夢にとっては、食べ歩き云々より、そもそもお金を出して食事をすること自体が新鮮だったようで、

 

「なんだか、里の様子がいつもの違って見えます」

 

 すれ違う人々を眺める妖夢の口元には、ほのかな笑みの形があった。

 

「私が今まで見てきた里の姿は、ほんの一部分でしかなかったんですね」

「たまには悪くないだろう、こういうのも」

「はい。あの女性の方が言っていた言葉の意味が、ようやくわかってきました」

 

 新しい経験は新しい視野を生み、新しい視野は見慣れた景色をまた違った姿で見せてくれる。

 

「確かに、この経験がこれからの人生で役に立つとはあまり思えないですけど。でもなんだか、今までの半人前な自分から一歩前進できた気がします」

「……そうか」

 

 いや、それはさすがに気のせいだと思うのだが――敢えては言うまい。

 

「さて、次はどうする? もう少し、なにか食べてみるか?」

「そうですねえ……」

 

 食べ物を扱う店にとっては、今がこの日一番の書き入れ時だ。あっちでもこっちでも出来立ての匂いをガンガン飛ばして、まるで容赦なく道行く人々を誘惑している。もう少し、あとちょっとだけと言い訳しながら、ついついいつまでも食べ続けてしまいそうだ。月見は別にそれでもいいのだが、しかし、それだと後日体重計に乗った妖夢が悲鳴をあげるかもしれない。

 妖夢と一緒に目移りしていると、突然名を呼ばれた。

 

「月見ーっ!」

「ん?」

 

 わいわいと賑やかな大通りの喧噪を通り抜けて、鈴のようによく響く声だった。月見が声の主を捜すと、たい焼き屋の前でぴょこぴょこ手を振っている少女がいる。瑞々しく揺れる緑の髪と赤いチェックのスカートが、青空の下ではまるで一輪の花そのものに見える。

 

「おや、幽香」

「こんにちは!」

 

 子ども顔負けの元気な挨拶だった。

 妖怪の巷では強大な大妖怪として、そして人間の巷ではお花が大好きな女の子として知られている、フラワーマスターこと風見幽香である。夏が過ぎ去ると同時に幻想郷放浪の旅を終えた彼女は、この頃は人里でもよくその姿が見かけられるようになっていた。里の花屋へ顔を出しに行く途中か、はたまたその帰り道か。トレードマークであるおしゃれな日傘は、大通りでは邪魔になるため綺麗に畳まれている。

 ちょいちょいと手招きをされたので、月見は妖夢を連れてたいやき屋に向かった。風見幽香は大変な友達依存症だ。一度名を呼ばれ手招きをされた以上、これを無視すれば笑顔の鉄拳制裁が待っている。

 妖夢の姿に気づき、幽香が小首を傾げた。

 

「あら? 冥界んとこの庭師じゃない」

「こんにちは、幽香さん」

「ええ、こんにちは。……どういう風の吹き回しかしら、あなたが男を連れて歩くなんて」

「い、いえ、むしろ私が連れていただいているというか」

 

 これまでの顛末を妖夢が説明すると、幽香はふーんと喉だけで相槌を打った。

 

「そういうこと。あなたらしい話ね。どうせ、普段から家事か庭仕事か剣の修業しかしてないんでしょ」

「お恥ずかしいです……」

 

 幽香だって、普段から花の世話しかしていないような気もするが――口にはしない。風見幽香の扱い方その一、『揚げ足取りをしてはならない』である。

 

「それで、お前はここでなにを?」

「なにって、これよこれ」

 

 幽香はたい焼き屋を指差し、

 

「美味しそうだから買って帰ろうと思って。……なによその顔は。私だってお菓子くらい食べるわよ」

「まあ、そうだけど」

 

 しかし、人里でたい焼きという庶民のお菓子を買い食いするのは、彼女が志す『クールビューティな大妖怪』にふさわしいのだろうか。ふさわしいのだろう。風見幽香の扱い方その二、『子ども扱いをしてはならない』である。

 

「ところで月見。あなた、私が作った花壇の手入れはちゃんとしてる?」

「水は毎日やってるよ」

「よろしい。今度手入れしにいくからよろしくね」

 

 いきなり、

 

「……ちょっと待ってください。それ、なんの話ですか?」

 

 妖夢だった。人が変わったように真剣な目つきで、

 

「まさかとは思いますが……その花壇、水月苑のお庭に作ったとかじゃあ」

「まさかもなにも、そうに決まってるでしょ。それ以外のどこに作るのよ」

「――……」

 

 妖夢が二の句を失い硬直する。ここまで来れば月見にもわかる。幽香が花壇を作ると言い出したとき、月見の心の片隅で薄ぼんやりと生まれた不安の種が、いよいよ芽を出してしまったのだ。

 

「――月見さん」

 

 振り向いた妖夢は笑顔だった。けれどその瞳は、まったくといっていいほど笑っていなかった。

 

「ちょっと急ぎの用事ができました。すぐ戻りますので、ここで幽香さんと待っててくれますか?」

「……ああ」

 

 有無を言わせぬ凄みがある。幽香が眉をひそめる。

 

「なに、私も?」

「幽香さんにも関係する大事なことなんです。大丈夫です、本当にすぐ戻ります」

「……まあいいけど。ここでたい焼き食べてるから、その間は待っててあげる」

「ありがとうございます。では、ちょっと失礼しますね」

 

 会釈をした妖夢は空へ飛びあがり、つむじ風を置土産にする結構な速度で、あっという間に水月苑の方角へと消えていった。

 幽香が肩を竦め、

 

「なにあれ」

「……よほど大事な用事を思い出したんだろうね」

 

 具体的には、自分が真心込めて世話をしている水月苑の庭に、一体どんな改造が施されてしまったのか確かめに行くとか。場所が庭のほんの片隅だから、妖夢も朝の時点では気づかなかったのだろう。

 やはり、事前に話くらいは通すべきだったのかもしれない。

 

「まあいいわ。それより、たい焼き食べましょたい焼き」

「せっかくだし、奢ろうか」

「そう? ありがとう、あとで必ずお礼はするわ」

 

 たい焼きを二つ頼む。すでに焼いている途中のものがあったらしく、さほど待つことなくほかほかの出来立てを渡された。妖夢に待っていろと言われた手前、店の横で立ち食いすることとする。月見は喉仏から、幽香は脳天から食べる派である。

 

「美味しいかい」

「ぼちぼちね!」

 

 言う割に幽香の食事ペースは早い。はむっとめいっぱい笑顔で頬張って、口全体を躍動させもごもごと咀嚼する。なかなか見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。それにつられて足を止めた何人かの里人が、店の前に列を作り始める。

 妖夢が空の彼方からすっ飛んできたのは、月見がたい焼きを食べ終わり、とっくの昔にごちそうさまをしていた幽香が二つ目を頼むか悩んでいる頃だった。

 声がはっきりと聞こえた。

 

「――幽香さああああああああん!!」

「え? ……な、なによあれ」

「……」

 

 幽香が空を見上げて目を丸くする。その横で、すべてを悟った月見はひっそりとため息をつく。やはり、月見の独断で幽香に好き勝手をさせるべきではなかったのだ。

 幽香の目の前に降り立った妖夢は、胸倉に掴みかかるような剣幕で、

 

「み、見てきましたよ! 幽香さん、あなたなんてことしてくれたんですか!?」

「な、なんの話よ」

 

 あまりの勢いに、さすがの幽香も気圧されている。妖夢は更に詰め寄り、

 

「花壇ですよ花壇っ! あんなところにあんなものを作ったら、せっかくのお庭の景観が台無しじゃないですか!?」

「……へえ」

 

 妖夢が言わんとしているところを察して、幽香の両目がすっと細くなった。

 

「ひょっとしてあなた、こう言いたいのかしら。――私の花壇が邪魔だって」

「当たり前じゃないですかっ!」

 

 ブチ、といっそ清々しい音、

 

「言ってくれるじゃないこの半霊庭師! あんなに色とりどりで綺麗なお花たちが邪魔ですって!? あれのよさもわからないでよく庭師なんかやってられるわね!」

「私が言ってるのは花じゃないです! 水月苑のお庭にはそぐわないですけど、お花自体が綺麗なのは認めます! 問題は花壇ですっ! 柵で囲って『ゆうか』って、日本庭園ナメてますよね!?」

「自分の花壇に名前書いてなにが悪いのよっ!」

「よそでやってください!」

 

 あっという間の大喧嘩だった。普段は押しの弱いの妖夢が、庭師のプライドを傷つけられたからか幽香相手にまるで臆していない。言われては言い返し、言い返されては反論し、二人の舌戦はみるみるうちに白熱していく。抑えきれなくなった霊力妖力が体からあふれだし、驚いた里人たちが慌てて退散していく。散り散りになるたい焼き屋の行列、ちょっとちょっとこんなところでやめてくれよと店主の悲鳴、妖夢と幽香は止まらない、

 

「幽香さんにはわからないでしょうけどね、日本庭園においては景観の調和が最重要課題なんです! 綺麗なお花も、ただ置けばいいってものじゃないんですっ! あれじゃあお花たちが可哀想ですよ!」

「さっきから随分と私のセンスにケチつけてくれるじゃないの!? たった数十年生きただけの半人前が、いっちょまえに名人様気取りかしら!」

「あんなのそれ以前の問題です! ともかく花壇をどけてください! 私は、あのお庭の手入れを月見さんや藤千代さんたちから頼まれてるんです! 勝手なことしないでくださいっ!」

「あら残念、だったら私の勝ちね。だって、月見の許可をもらった上であそこに花壇を作ったんだもの」

 

 妖夢が絶望の表情で月見を見た。さすがに黙ってはいられまい。

 

「……すまない、妖夢。事前に相談するべきだったね」

「つ、月見さんっ……本当なんですか? 本当に……」

「隅の方なら大丈夫かと思ったんだ。本当に申し訳ない、すべて私の浅学故だ」

 

 日本庭園のいろはについて門外漢なのは当然として、なにより妖夢の庭師としてのプライドを甘くみてしまっていた。広い敷地のほんの片隅、ほんの一部に作られた花壇を見て、まさかここまで強い拒絶反応を示すとは思っていなかった。昨日今日に始まった付き合いではないのだ。魂魄妖夢という少女の性格を、正当に評価できていなかった月見の落ち度としか言いようがない。

 妖夢が唇を引き結んだ。震える手できつく拳をつくる。

 

「……わかりました。それであれば……仕方ない、ですね」

 

 そして、幽香が己の勝利を確信した瞬間、

 

「――じゃあ今から勉強しましょうっ。あの花壇はどかすべきですっ、月見さんが言ってくださればあとは私がやっちゃいますので」

「こらああああああああああっ!?」

 

 振り出しに戻った。

 

「あなたねえ、月見に媚びを売るのは反則でしょ!?」

「幽香さんだって似たようなものでしょうがっ! そして媚を売るとか言うのやめてください!」

「だいたいさっき言ったでしょっ、月見は私の花壇に賛成してくれたの! あなたがなんと言おうとムダよ!」

「それは、月見さんがお庭のことをよくわかっていなかったからです! 人の知識の隙につけいるなんて、大妖怪のすることですか!? しかもそれでお庭の景観を台無しにしてるんですから、フラワーマスターの名が泣くんじゃないですか!?」

「むぎーっ!!」

 

 幽香はもちろん妖夢も一向に折れる気配がなく、もうお互いのおでこがくっついてしまいそうだ。そのうち紫と輝夜の喧嘩のように、頭をぺしぺし叩いたりほっぺをむいむい引っ張りだすのではないか。お陰様で、たい焼き屋店主の突き刺さる半目で背中に穴が開きそうな月見であった。

 しかし、際限なく続くと思われた舌戦にも終止符が打たれる。意外にも、幽香が先に身を引いたのだ。肩から力を抜いて吐息し、

 

「……わかったわ。まったくもう、しょうがないんだから」

 

 そして次の瞬間、地面を強く踏み鳴らして彼女は叫んだ。

 

「――なら弾幕ごっこで決着よ!!」

 

 そっちかよ。

 今のはどう見ても、幽香が若者の意見を尊重する大人の余裕を見せつけて和解する流れではなかったか。しかし彼女の瞳は、言葉で解決するなら弾幕ごっこは要らぬとばかりに燃えあがっており、

 

「あなたが勝ったら花壇は大人しく撤去するわ。でも私が勝ったら、もう私のやることに口を挟むのはやめてちょうだい! これなら文句ないでしょう!?」

「……わかりました。受けて立ちます!」

「上等よ! 月見もいいわね!?」

 

 月見はこめかみを押さえ、

 

「……わかった。わかったから、迷惑が掛からないように離れたところでやるんだよ」

「わかってるわよそれくらい。……よし、じゃあついてきなさい半霊庭師! 勝負よっ!」

「言っておきますけど、私、負けませんからね!」

「それはこっちの台詞よ! フラワーマスターの実力を見せてあげるわ!」

 

 勇ましく啖呵を切り合いながら、少女二人が空の彼方へすっ飛んでいく。その背中をひとしきり見送って、月見は疲労と安堵が半々に混じったため息をつく。

 ともかく、周りに迷惑を掛けず決着できるならもうなんだっていいような気がしていた。振り返る。たい焼き屋の店主が、同情的な苦笑いを浮かべている。

 

「月見さんも大変っすねえ」

「すまないね、店の前で騒いじゃって」

「まあ、被害はなかったんでいいですよ」

 

 嵐は過ぎ去り、散り散りになっていた客が少しずつまた集まってきている。店主が腕を捲り直し、はいはいもうすぐあがりますよーと己の仕事場へ戻っていく。

 月見は人差し指をひとつ立てた。

 

「店主、私にももうひとつ頼む」

「あいよー」

 

 こういうときは、甘いものを食べたくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 よほどの熱戦だったらしい。妖夢と幽香は、どちらも煤けてボロボロになった恰好で帰ってきた。ただしそのみっともない姿とは裏腹に、どちらも秋晴れみたいな笑顔を浮かべていた。

 

「なかなかやるじゃない。まさか引き分けられるとは思ってなかったわ」

「正直ギリギリでした……。やっぱりお強いですね、幽香さんは」

 

 互いのおでこを擦り合わせんばかりだった喧嘩腰は、空の彼方に置き忘れてきたのだろうか。たい焼き屋の店主が思わず手を止めて呆けてしまうほどの変わりようだった。先ほどまでとは別人のように、まるではじめから友達同士だったかのように、二人は互いの健闘を惜しげなく称え合っている。

 月見が二つ目のたい焼きを片付け、店主が差し入れしてくれたお茶をゆっくり飲み終えた頃だった。

 

「おかえり。話はまとまったかい」

「はい」「ええ」

 

 妖夢と幽香はまったく同時に頷き、

 

「引き分けでしたので、折衷案とでもいいましょうか。幽香さんのお花を取り入れた庭のデザインを、私が考えることになりました」

「これからは、二人であなたの庭をつくっていくってことね。もちろんいいでしょう?」

 

 妖夢と幽香も、そして持ち主の月見も納得できる素晴らしい着地点だった。安堵しながら頷く。

 

「構わないよ。好きなようにやってくれ」

「ああ、よかったです。……では早速なんですけど幽香さん、あの花壇のお花ですけど、他にもっといい場所があるのでそっちに移動してみたらどうでしょう?」

「そうね、少し意見を聞かせてもらおうかしら。私も、日本庭園の勉強をしないといけないし」

 

 考えてみれば、仲良くできない方がおかしいのだ。幽香が花をこよなく愛しているのは周知の通りだし、妖夢だって、植物が嫌いなのだったら庭師なんて仕事はやっていない。互いに植物の魅力をよく理解している似た者同士だからこそ、ひとたび歯車が噛み合ってしまえば、あとはもう二人だけの世界が広がるばかりとなる。

 仲良くたい焼きを注文して、近くの茶屋で弾幕ごっこの疲れを癒しながら、新しい水月苑の庭について意見を交わし合う。

 お陰で月見は、まあ、すっかり蚊帳の外となってしまったのだけれど。

 今日は妖夢のための一日なのだから、彼女が笑顔であるのなら、それでよいのであろう。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

「……ど、どうもすみませんでした。私たちだけ盛り上がってしまって」

「ッハハハ、すっかり仲良くなっちゃって」

 

 一時間くらいはずっと話し込んでいたはずである。幽香と別れ、月見たちがまた里の通りを歩き始めた頃には書き入れ時もすっかり過ぎ去り、里の賑わいは少しばかり落ち着きつつあった。だがこの時間もこの時間でおやつ時というやつなので、静かになったかといえばそうでもない。通りを往来する里人はとても減ったとは思えず、定食屋の代わりに今度は菓子屋や甘味処が客引きの声を張りあげている。あのたい焼き屋の前にも、小腹を空かせた老若男女が列を作っている。

 妖夢と幽香の話は、後日一緒に庭の手入れを行う形で決着した。頑張って幽香さんのお花を活かさないといけないと、妖夢は今から大層張り切っていた。やる気に満ちた瞳の中には、同じ趣味を持つ仲間と出会えた喜びも少なからず浮かんでいる。それで二人の仲が深まるのなら、庭なんてどうぞ好きにしてくれて構わないと月見は思う。

 妖夢が月見の後ろをくっつきながら、

 

「それで、次はどこのお店に向かうんですか?」

 

 妖夢と幽香が二人で盛り上がっている間、月見はずっと蚊帳の外だったのだ。このあとの予定なんて、もう家に帰って寝るところまで十回以上考えた。

 

「呉服屋はどうだろう」

「服……ですか?」

 

 月見がちらりと後ろを見ると、妖夢は案の定「どうしてそんなところに?」といった顔で首を傾げている。月見はため息、

 

「妖夢、自分の恰好を見てごらん」

「え? ……あ」

 

 幽香との話があんまりにも楽しかったものだから、すっかり忘れてしまっていたのだろう。ひょっとすると気づいてすらいなかったのかもしれない。

 

「そんなボロボロの恰好のままというのはね。だから服を買いに行くよ」

 

 妖夢は知りもしないはずだ、茶屋で盛り上がる自分と幽香が、ボロボロの恰好故にだいぶ奇異の目で見られていたことなど。ともすれば月見がなにか乱暴を働いたように見えないこともないし、実際茶屋の店員からはそれとなく疑われた。なので多少財布に響くとしても、妖夢のそのみすぼらしい恰好は速やかになんとかしなければならないのである。呉服屋に向かうこの道の中ですら、すれ違う里人にどんどん誤解されているのではないかと不安で不安で仕方がない。

 

「な、なるほど……って、いやいや待ってくださいっ!」

 

 一瞬納得しかけたが妖夢はすぐ首を振り、月見の袖を引っ張ってブレーキをかけた。

 

「そ、それってもしかして……服を買っていただけるということですか?」

「そうだけど」

「だ、ダメですよそんなの!? さ、さすがにそこまでしていただくわけには。それに、屋敷に帰れば替えの服くらいはありますから……」

 

 服を買うと言い出したら、妖夢はこんな風になりそうだ――と月見が茶屋で十回以上考えていた想像を、寸分も違わない見事な反応だった。月見は苦笑し、

 

「気づいてないかもしれないけど、今のお前の恰好、結構誤解されるんだぞ。私がお前に乱暴をしたんじゃないかって」

「そ、そんな!?」

「さっきの店でも耳打ちされたよ。お狐さん、あんたこの子たちに変なことしたんじゃないだろうね――ってね」

 

 妖夢の顔がみるみる青くなっていく。

 

「す、すみません、私、そうとも知らずとんだご迷惑を――」

「だからこその呉服屋だよ」

 

 責任を感じて暗くなっていく妖夢の声を、月見はわざと明るく遮って、

 

「思うにお前、普段からあまりお洒落もしないだろう? これを機にいろいろ着てみるといい。新しい自分が見つかるかもしれないし、きっといい経験にもなるよ」

「う……」

 

 主人に一人前の従者と認められていないからなのか、妖夢はやたらと自己評価が低い。自分なんて人から世話してもらうほどの者じゃない、むしろ自分の方がお手伝いをしなければならないと、きっと本気で思っているはずだ。目上の相手からの厚意に極端な抵抗を持っている。今日のはじめに天子たちと井戸端会議をしたときもそうだった。

 しかし一方で、彼女は押されればNoとは言えないお人好しな女の子でもある。月見に決して少なくないお金を出してもらうことへの抵抗よりも、これ以上迷惑は掛けられないという責任感が勝ったらしく、

 

「わ、わかりました。今回だけ、甘えさせていただきます……」

「それに私自身、お前の着物姿を見てみたいっていうのもあるしね。絶対似合うと思う」

「へっ!? い、いいいっいえそのっ、わ、私なんて全然ですね」

 

 袖を掴む妖夢の手が緩んだ隙に、月見はさっさと歩き出す。あああっあのっ、ほんとに期待しないでくださいよ、私は幽々子様と違って全然スタイルもよくないですし云々と、妖夢の慌てた声が背中にくっついてくる。人知れずそっと笑う。

 月見の妹みたいだと、駄菓子屋の老婆が妖夢を見て言っていた。

 なるほど確かに、手の掛かる妹を持った兄の気持ちとは、ちょうど今のようなものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉など一言も必要ではなかった。呉服屋の女主人は、妖夢の恰好をひと目見るなり一発ですべてを察し、帳場の椅子を蹴飛ばして勢いよく立ち上がった。

 

「なっ、なんて恰好をしてらっしゃるんですかっ! なるほどわかりました、そんなお姿でここにやってきたということはつまりそういうことですね!? 任せてくださいっ、女の子がそんなみすぼらしい恰好で外を歩くなんてこの私が許しません! カモンッ!!」

「えっ、あの、ちょっとー!?」

 

 嵐みたいな人だった。妖夢はあっという間に店の奥へ連れ去られ、月見は入口にぽつんと取り残され、従業員の青年がどこか達観した苦笑混じりで、

 

「すみません。ウチの主人はどうも仕事熱心すぎて、服の汚れとかほつれとか、そういうのが許せないんです。……えっと、お連れ様の服を買いに来たということでいいんですよね?」

「ああ。なんか、任せちゃって大丈夫そうだね」

 

 店の奥で、「どんな着物になさいますっ? お好きな色は? 柄は? よく運動はなさいますか? あっ、採寸させていただきますねっ」と女主人は超絶に張り切っている。妖夢の声はまったくといっていいほど聞こえてこない。きっと、わけがわからずされるがままになっているに違いない。

 

「月見さん、妹さんなんていましたっけ――というのは冗談ですけど」

「別の店でも言われたんだけど、そんなに似てるかな」

「月見さんに狐耳と尻尾がなかったら……もしくは、お連れ様に狐耳と尻尾があったら、ですけどね。髪の色が似てますし、見た目の歳の差もそれくらいじゃないですか?」

「……そうかもしれないね」

 

 もっとも実際の歳の差は、妹どころか娘でも孫でも利かないくらいにかけ離れているのだけれど。

 

「しかし、あんなにボロボロの恰好でなにかあったんですか?」

「弾幕ごっこだよ」

 

 青年は、ああー、と長い納得の声をあげ、

 

「なるほど。俺も見たことありますけど、あれって結構服がダメになりやすいんですよね。この前里の空で、誰だったかな、まあ女の子二人が弾幕ごっこやってたんですけど、ウチの主人なんかもうカンカンになって。あんな風に服を粗末にする遊びなんか認めない、私が空を飛べればとっちめてやるのに――って」

 

 店の奥から声、

 

「……ちょ、ちょっと待ってください! 恥ずかしいです、そんな裾の短い……!」

「最近の若い方にはこういうのが人気なんですよ! 大丈夫です、絶対似合います私が保証します!」

 

 どうやら、月見が思っていた以上にお洒落をさせられそうだ。

 

「元気な主人だね」

「あれは元気すぎですよ、まったく年甲斐もないというか。……あ、ちなみに母です。お客様の前では『主人』で通してますけどね」

「へえ、そうなんだ。随分若いね」

 

 月見と妖夢が兄妹に見えるというなら、そっちだって姉弟に見える。

 青年は苦笑、

 

「女だからですかね。化けるのだけは上手いんですよ」

 

 月見も笑みを返し、

 

「それじゃあ、妖夢も大層化けさせられそうだね」

 

 時間にして、およそ十分ほどだったはずである。月見が青年と世間話をしたり、服を勧められては断ったりしていたところでいきなり、

 

「――でっきましたよーっ!!」

 

 店の奥から女主人が両腕を広げて飛び出してきた。両足をぴったり揃えたブレーキで立ち止まり、むふーっと鼻息も荒いまま叫ぶ、

 

「ほらほら、どうですかこれっ! もおーっ犯罪的なくらいキュートだと思いません!?」

 

 こっちを向いたまま自分の背後を手でぱたぱたするのだが、そこには誰の姿もない。よもや自分のことを言っているわけではあるまい。

 

「誰もいないけど」

「え? ……あっ」

 

 月見に言われ振り返った女主人が、また店の奥へすっ飛んでいく。

 床を踏み鳴らす音と、騒がしく言い合う声が、

 

「こらあっ妖夢ちゃん、なんで一緒に出てこないのっ? 早くお披露目しないと!」

「むむむっ無理ですよこんなの私はもっと地味な恰好で充分で」

「問答無用ーっ!」

「うわわわわわっ!?」

 

 ドタバタギャーギャーと賑やかな喧騒が次第に近づいてきて、女主人に背を押される妖夢が暖簾の向こうから姿を――

 

「――ほう」

 

 率直な感想としては、驚嘆という言葉を使うのが正しい。まず驚き、次に感嘆した。心機一転着物をまとった妖夢の姿はそれだけ新鮮であり、鮮烈だった。

 ほとんど白同然の淡い萌黄色の生地に、大小様々な花弁の模様が目を見張る職人技であしらわれている。花弁の数は決して多くなく、色もまた薄いけれど、その全体的に儚げな色彩が妖夢の大人しい雰囲気とよく調和している。頭にはいつものリボンと一緒に宝物みたいな花簪まで添えられており、幽香とはまた違った意味で、彼女自身が一輪の花のようである。

 そしてなにより目を引くのは、着物の丈だろう。短い。動きやすさを重視しているのか、膝にやや届かない程度の長さしかない。つまりは普段長いスカートで隠されている妖夢の素足が、目に悪いほど惜しげもなく晒されているのである。恥ずかしさで顔を真っ赤っ赤にし、少しでも素足を隠そうと裾を懸命に引っ張っているそのいじらしい姿は、なるほど女主人が犯罪的と評したのもうべなるかなと思える。

 

「はい月見さん感想を一言っ!」

 

 月見は頷き、

 

「マズいね。そんな恰好で外に出ちゃっていいのかな。新しい天使がやってきたって騒ぎになるかもよ」

「へぇあっ!?」

 

 妖夢の顔面がボフンと湯気をあげ、女主人がますますエキサイトする、

 

「ですよねーっ! もおーっかわいすぎって話ですよねー!」

「うえええっ!?」

 

 青年もううむと唸り、

 

「いやー、同感ですね。正直俺、彼女持ちじゃなかったらヤバかったかも」

「にゃあぅっ!?」

 

 人里の青春真っ盛りな少年たちが見れば、冗談抜きで見惚れるかもしれない。まだ幼さが残る今の時点でこれなのだから、将来はきっと引く手数多のはずだ。白玉楼庭師の跡継ぎ問題は安泰である。

 

「はあいっ妖夢ちゃん感想を一言!」

「恥ずかしいですっ! 下がスースーしますし、」

「あ、ごめん。服の感想じゃなくてほら、みんなにかわいいって言ってもらえた感想」

「恥ずかしいです!!」

 

 妖夢渾身の叫びだった。女主人はため息をつき、

 

「もぉー恥ずかしがり屋さんなんだからー。あっでもほら、見て見て」

「わっ、押さないでくださいっ!?」

 

 妖夢を月見の隣まで無理やり押し出して、一体なにを言い出すのかと思えば、

 

「同じ着物同士だと、ますます兄妹みたいに見えますよっ」

「きょっ、」

 

 せっかくなので、月見は笑顔で返してみる。

 

「今日はウチの妖夢がお世話になりました。まったく素晴らしい着物をご用意くださって」

「月見さんっ!?」

「いえいえー、素敵な妹さんで羨ましいですわ」

「――あぅ、」

 

 妖夢の顔が、赤に紅と朱を重ねて、もう爆発寸前みたいな有り様になっていく。

 

「将来は引く手数多だろうねえ。これは大変だ」

「えー違いますよう、これもう今から引く手数多ですよーう。うむ、またいい仕事したぜっ」

「俺の友人に恋人がほしいって毎日騒いでるヤツがいるんですけど、出会わないように気をつけてくださいね。その場で告白されかねないんで」

 

 すっかり茹でダコな妖夢の反応が面白かったからというのもあるが、ともかく三人揃ってべた褒めしていたら、妖夢の脳は遂に負荷限界(オーバーロード)を迎えたらしく、

 

「……かっ、」

 

 旬のトマトより真っ赤っ赤な顔で、胸いっぱいに大きく息を吸い込んで、このように爆発したのであった。

 

 

「――か、からかわないでよお兄ちゃんっ!!」

 

 

 ……。

 沈黙した。

 どうしようもないほど沈黙した。鳥肌が立つくらいに沈黙した。

 

「――あ」

 

 自分が叫んだ言葉の意味をようやく理解した妖夢が、早回し映像のように顔面蒼白となり、それからまた真っ赤になるという大変器用な芸当をかました。

 代表して女主人が、

 

「――あら、もしかして結構まんざらでもない感じ?」

「ふにゃあああああああああああああああっ!?」

 

 猫のような悲鳴をあげた妖夢は猫のような動きで店の隅っこまで転がって、しゃがみガードをしながらじゅうじゅうと蒸気をあげるヤカンとなった。

 だからあれほど、なにか言う前に一旦立ち止まって考える余裕を持てと。慧音のことをお母さんと呼んでしまう里の子どもじゃあるまいし、いくらべた褒めされて冷静じゃなかったとはいえ、それで月見を本当に「お兄ちゃん」と呼ぶなどありえるだろうか。しかし妖夢なら仕方ないと思ってしまうあたり、今日の彼女はやはり掛け値なしに絶好調なのだった。

 

「……ともあれ、代金は私が払うよ。おいくらだい?」

「あ、はいはい、ちょっと待ってくださいねー」

 

 女主人が帳場の方へ駆けていき、こなれた手つきでパチパチと算盤を弾く。立派な花簪が入っている分だけ、予想より少しばかり高かった。財布が一気に軽くなる。

 

「じゃあ、これ」

「毎度ありがとうございまーす」

 

 代金を受け取った女主人は妖夢の方を振り向き、にんまりと笑いながら、わざとらしい大声で言う。

 

「いやあー、優しいですねえ。――月見お兄ちゃん?」

 

 まさか妖夢が耐えられるはずもない。

 その後しばらくの間、店の中では猫の悲鳴が響きっぱなしだった。

 

「にゃあああっ! にゃああああああああっ!?」

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 だって、魂魄妖夢はひとりっ子なのだ。当然、もしも自分に兄がいたら、姉がいたら、弟が妹が、と考えたことはひつじ雲の数くらいはあるわけで。

 例えば、妖夢にとって一番身近な女性である幽々子。彼女が自分の姉だったら、という想像を昔は何度もしていた。例えば、十六夜咲夜。自分と違って非の打ち所がない従者で尊敬できるし、髪の色も似ているから、ああいうお姉ちゃんがいたらいいなあなんて常々考えている。例えば、人里を元気に跳ね回っている子ども。ああいう弟か妹がいたら楽しそうだなあと思ったのは一度や二度ではない。

 そして、月見。

 認めよう、妖夢は前々から月見をそういう目で見ていた。だって妖夢はひとりっ子で、兄弟姉妹という存在にぼんやりと憧れていて、月見が唯一親しく話せる異性の友人で、そんな月見は大人びていて、尊敬できて、髪の色が自分とそっくりで、父や兄という言葉がいかにも似合いそうな男なのだ。そういう目で見るなという方が無理だ。素直に認めるのは恥ずかしいが、もはやそれが紛れもない事実なのだ。

 妖夢はつい今しがた、上白沢慧音をお母さんと呼んでしまう里の子どもさながらに、月見をお兄ちゃんと呼んでしまった。思いっきり叫んでしまった。それが言い逃れ不可能の絶対的な証拠だ。

 いくら妖夢でも、別になんとも思っていないただの異性をそんな風に呼び間違えるほどバカではない。すなわち月見をお兄ちゃんと呼んでしまったのは、自分が心の奥でそういう感情を抱いているからに他ならない。

 白状する。

 駄菓子屋で、老婆から月見の妹みたいだと言われたとき。この呉服屋で、女主人から兄妹みたいに見えると言われたとき。

 ものすごく恥ずかしかったが、それでもほんのちょっぴりだけ、嬉しかったのだ。

 心の奥だけに留めておけばよかったものを。

 

(いっ、いくらなんでも本当にお兄ちゃんって呼んじゃうのはないよありえないようわあああああ私のバカああああああああああ)

 

 後ろで月見が着物の代金を支払ったり、妖夢の古い服の修繕をお願いしたりしているが、まったく振り返ることができない。店の隅でただひたすら丸くなっている。この日一番の自己嫌悪である。誰か、穴を掘って私を埋めてください。

 

「妖夢ー」

 

 自分の自爆癖が今日ほど恨めしく思えた日はない。自爆は自爆でも、今のは威力が高すぎて自分自身が跡形もなく消し飛んでしまうような大失敗だ。これと比べたら、今までの失敗なんてみんなシャボン玉が割れたようなものだ。もう誤魔化せない。月見にはもうぜんぶバレたと思っていい。心の奥に秘めるだけだった頃にはもう戻れない。これは呪いだ。これから妖夢は一生、月見の顔を見るたびに今回の大失敗を思い出しては、恥ずかしさのあまりしにたくなるのだ。

 

「おーい、妖夢ー」

 

 なんだかマズい。考えれば考えるほど混乱してくる。自分の心に整理をつけられない。いつまでもこんなところで丸くなってはいられないとわかっているが、じゃあ一体どうすればいいのか。どんな顔をして月見を振り返ればいいのか。というかよくよく思い返せば今日の妖夢はことごとく恥ずかしい失敗をしてばかりでああもうごめんなさい幽々子様おじいちゃん月見さん私はやっぱりダメな半人前でしたごめんなさいごめんなさいご

 

「こら」

「ひょい!?」

 

 いきなりうなじを突っつかれて、妖夢は文字通り飛びあがって驚いた。咄嗟に振り返るより先に、頭の上の方から声が降ってくる。

 

「いつまでもなにやってるんだい。もう会計は終わったよ」

 

 月見の声だった。振り向きかけていた首を慌てて前に戻した。

 

「つ、月見さん」

「ほら、そんな風にしてたらせっかくの着物が汚れちゃうじゃないか」

 

 それは、いつも通りの月見の声だった。耳に優しいバリトンの声音。彼はいつだってそう。どんなことがあっても決して取り乱さない。ちょっと予想外の事態が起こるだけですぐ面食らい、焦るあまり変な失敗をしてばかりな自分とは大違い。彼のような者が一人前の大人であり、自分みたいなのが半人前の子どもなのだ。

 天と地ほどにも違う。

 ため息が出た。

 

「……月見さん。なんだか、すみません」

「?」

「せっかく付き合ってくださったのに、みっともないところを見せてばかりで……」

 

 自分みたいな半人前が、月見を兄のように思うだなんておこがましい。月見の妹として、こんな自分はふさわしくもなんともない。咲夜や椛の方がよっぽど似合う。彼女たちは妖夢よりずっと大人だし、妖夢よりずっと優秀な従者だから。もしも月見に本当に妹がいるなら、きっとそういう素敵な女であるはずだ。

 髪の色が似ているからなんて、たったそれだけの理由で周りから兄妹扱いされて、なんだか月見に申し訳がなかった。

 きっと月見は、迷惑だったろうに。

 だから笑った。自嘲だった。

 

「……本当に、ごめんなさい。こんなの、ご迷惑でしたよね」

「そうか?」

 

 妖夢は振り返った。びっくりしてしまうくらい優しい顔をしている月見がいる。妖夢を慰めるための演技などでは、絶対にできない。

 

「私は、満更でもなかったけどね。白状すると、妹がいたらこんな風なのかなって思ってたよ」

「……え、」

 

 それはまるで、妖夢の心を読んでいたかのような。

 

「……で、でも私、みっともない失敗ばかりでご迷惑を」

「それはどこの月見の話だ? 私は、お前のそういうところも好きだよ。ああやっぱり妖夢だなって、安心するしね」

「月見……さん」

 

 わかってはいた。月見はそういう妖怪だ。人の決して好ましくない欠点も、どういうわけか好意的に受け入れてしまう。普通の人なら辟易しそうな八雲紫の暴走にだって、彼はため息をついたりぶつくさ言ったりしつつも、なんだかんだで楽しそうにしている。

 だから月見は、妖夢のみっともない失敗も笑顔で受け入れて――

 ――ってちょっと待て、

 

「あ、危うく騙されるところでしたっ! それってつまりあれですよね!? わ、私がみっともない失敗をすると、月見さんは安心するってことですよね!?」

「うん、まあね」

「うわあああああん!」

 

 妖夢は月見にぽかぽか殴りかかった。

 

「い、一瞬感動した私がバカでしたっ。優しいと思った私がバカでしたっ! いじわるです!!」

「ッハハハ、悪い悪い。でも、こういうのって日頃の行いが」

「あーあー聞こえませんー聞こえませんー!!」

「いてて。悪かったって」

 

 そんなことを言いつつも、月見はまるで反省しているように見えない。それが悔しかったのでますますぽかぽかぽかぽかしていたら、突然手を取って引っ張られた。

 

「ひゃ、」

 

 月見は笑う。

 

「ほら、元気になったなら行くよ。まだまだ、回っていない店はたくさんあるからね」

「……」

 

 ああ。

 本当に。

 彼の言葉を聞いていると、どうしてこんなにも、心が安らぐのだろう。どうしてこうも、肩から力を抜かれてしまうのだろう。

 もっと怒ってやろうと思っていたのに。言いたい文句の半分も終わっていないのに。まだまだ叩き足りないのに。

 その気持ちが、大地に吸われる水のようにどんどん消えていってしまって、

 

「――うん」

 

 結局最後には、それだけの言葉と、小さな笑顔が残ってしまうのだから。

 慕う兄を持った妹の気持ちとは、ちょうど今のようなものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

「――優しいお兄ちゃんでよかったねー」

「にゃ――――――――――――っ!?」

 

 三分前に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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