銀の狐と幻想の少女たち   作:雨宮雪色

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月面戦争 ③ 「ギザミミ玉兎は帰りたい」

 

 

 

 

 

「……ねえ藍、私は夢を見ているのかしら」

「安心してください、私も同じものを見ています。というか、その質問はもう四度目です」

 

 だって仕方ないじゃないか、本当に信じられないのだから。

 最強の妖怪とは一体誰か――紫たち妖怪の間ではしばしばそんな議論が交わされる。昔と比べると妖怪の数が随分と増えたし、力自慢として名を上げる者も多くなったから、起こるべくして起こった議論だったといえよう。金毛九尾、酒呑童子、フラワーマスターなど、強大な妖怪として天下に知られる二つ名は今やそう珍しいものではない。

 にもかかわらず、その議論において口々に挙げられる名といえば、ほぼ間違いなくたった二人の少女に集約される。

 八雲紫と藤千代である。

 実力を高く評価してもらえるのは満更でもないが、名を挙げられた当事者として紫は訴えたい。藤千代と比べるのだけはやめてほしい。だってそのせいで、「実際どっちが強いか闘って決めません?」みたいな話を藤千代から吹っかけられるのだから。本当にやめてくれ、自分はまだ死にたくないのである。

 確かに、自分でも敢えて言おう、紫は途轍もなく強い妖怪だった。身体的な力自体は普通の鬼とどっこいどっこいだが、それを補って余りある強大な能力を引っ提げている。『境界を操る程度の能力』――この力の限界がどこにあるのかは、紫本人さえ把握していないし想像がつかない。割とどんなことでもできてしまうのではないかと思っているし、事実、割とどんなことでも実現させてきた能力であった。

 そしてそんな、割とどんなことでもできてしまう紫がこの世で唯一恐れる妖怪が、藤千代という鬼の少女なのである。

 もちろん、紫と藤千代は友達同士だ。月見の話で一晩中語り合える程度には仲が良い。しかしそれでも、闘うのだけは冗談抜きで御免被る。

 おかしい。あんなの生物として致命的に間違っている。単純な腕っ節の時点で、すでに並べる者がこの世に存在していない。しばしば組み手と称して、仲間の鬼たちをぽんぽんと空へ放り投げ遊んでいる。そしてその中には、伊吹萃香や星熊勇儀といった屈指の実力者も含まれている。

 石を真上に投げたら二度と落ちてこなかったとか、一度腕を振っただけで山が崩れたとか、緑豊かな平原を一発で荒野に変えたとか、ある戦で数万の戦力差をたった一人で引っくり返したとか、彼女が日常的に放っている妖気だけで弱い妖怪は失神してしまうとか、ともかく藤千代に関する噂話は休まることを知らないし、事実彼女の実力なら、それらがすべて真実ではないかとも思えてしまう。

 能力に頼るまでもなく、あらゆるものを腕一本でひねり潰してしまえる――そんな少女。だから本音をいえば、藤千代をこの戦に参加させたくはなかったのだ。彼女が戦に出たら、それだけで勝負が決まってしまうから。この戦は、妖怪たちが溜まりに溜まった鬱憤を爆発させるための宴であり、藤千代が月人を蹂躙する見世物ではないのだから。

 紫とて、月の技術の恐ろしさは知っている。瀕死の月見を泣きながら手当したあの夜のことは、今でも忌々しいほどよく覚えている。

 だがそれすらも、藤千代という少女は力ですべてをねじ伏せてしまう。

 そう思っていたのだ――ほんの数分前までは。

 呆然として呟く。

 

「夢にも思ってなかったわ……藤千代と互角に戦える人間がこの世にいるなんて」

「まあ……ありえないような光景なのは否定しません」

 

 遠くから、声が聞こえる。

 

『――来られませ、天津甕星!!』

『きゃー』

『『『おぎゃああああああああああ!?』』』

 

 順に、馬鹿デカい光の柱を天より落とした依姫、それを軽々飛んで躱した藤千代、着弾地点で巻き込まれて地面と一体化した妖怪たちである。

 

「……なによあれ。神の力をあそこまで使いこなす人間なんて初めて見たわ。よく体が壊れないわね」

「そういう力を持っているのかもしれませんよ。月人の歴史は、尋常ではないほど長いと聞いてますし」

 

 また声、

 

『――ちぇやぁっ』

『……なんのっ!』

『『『のぎゃああああああああああ!?』』』

 

 順に、拳圧で衝撃波を放った藤千代、紙一重で躱した依姫、着弾地点で巻き込まれて吹っ飛んだ玉兎たちである。

 

「――ってかちょっとっ、あっちこっち駆け回りながら戦うのやめてよ!? みんな巻き込まれてるじゃない!?」

「止めてきてはどうですか?」

「……藍、お願いっ」

「私に死ねと? 紫様の方が適任でしょう」

「私に死ねと?」

 

 二人揃ってため息。

 

「うう、もう滅茶苦茶よお……やっぱり藤千代を連れてきたのは間違いだったんだわ」

「それは仕方ないですよ。月見様と違って、藤千代様は鬼の頭目ですから。隠し通すなんて不可能です」

「もおどーにでもなーあれー……」

 

 藤千代と依姫は絶好調である。お互い競い合える最高の敵を見つけたことで、彼女らは完全に周りが見えなくなってしまっていた。縦横無尽に戦場を駆け巡り、敵味方問わずどんどん巻き込んで、戦を混乱の坩堝(るつぼ)へと叩き落としていく。しかも、二人ともまだ様子見で全然本気を出していないと来た。ということは、彼女たちの戦はこれからますます激化の一途を辿り、そうなれば巻き込まれる人数もグンと跳ね上がるわけだ。

 もうダメだ、おしまいだ。

 いじけて丸くなっていたら、背後から名を呼ばれた。

 

「紫殿、藍殿。もう少し距離を取った方がいいですよ。巻き込まれては大変です」

 

『犬走』だった。目の前の光景にただただ圧倒されている紫と藍をよそに、彼は秋のそよ風のような佇まいを寸分乱してもいなかった。まるで普通の妖怪と普通の人間が戦っているところを見るような目で、藤千代らの激突を冷静に追いかけている。

 興味本位で、紫は尋ねた。

 

「……ちなみにあなただったら、あの剣士とどこまで戦える?」

 

『犬走』もまた剣を使う。その太刀筋を紫は実際に見たわけではないが、剣術に長けた天狗の中でも一頭地を抜いているとは聞いている。

『犬走』は苦笑、

 

「いくら私でも、あれの相手は骨が折れますよ」

「……そう」

 

 勝てない、とは、彼は言わなかった。骨が折れるけれど、まあやれないことはない――そう言われた気がした。この男まで戦好きでなくてよかったと、紫は心の底から思う。そしてだからこそ、これほどの男を部下として使役する天魔の実力に、底の知れない薄気味悪さを感じる。

 鬼なら藤千代。狐なら月見。各々の種族で最も強いといえる者の実力はおよそ把握している紫だが、天狗の長である天魔だけはいまひとつ読みきれない。

 もしも天魔の力が世に知れ渡るようになれば、「最強の妖怪は誰か」という議論も、今とはまた違う形を見せるのかもしれない――。

 ようやく、気づいた。

 

「そういえばあなた、……操はどこに行ったの?」

 

 あのお調子者な次期天魔候補の姿が、いつの間にか消えている。

 物静かだった『犬走』の表情が、初めて崩れた。彼は「え?」と頓狂な声をあげ、後ろに誰もいないのを確認すると周囲を見回し、しかし操の姿はどこにも影もなく、

 五秒、

 

「……ふふふ」

 

『犬走』は、にんまりと笑った。

 

「さてはお嬢、どさくさに紛れて……ふふふ、本当にやんちゃなんですからあの駄天魔候補は」

 

 あっこれダメなやつだ、と紫は思う。『犬走』が、背から大剣の鯉口を物騒に切る。

 

「紫殿、藍殿。ちょっと急用ができてしまいましたので、私は行きます」

 

 それは問答無用で背筋を凍らす、とってもステキな笑顔であった。

 

「申し訳ありませんが――邪魔はしないでくださいね?」

「「は、はひっ!」」

 

 藍と揃って、必死にコクコク頷く他ない。

 紫がこの世で恐れる妖怪は藤千代だけだと先ほどは言ったが、訂正しなければならないだろう。

 

「お嬢……そんなに折檻してほしいのならそう言ってくれればいいのに。しょうがないですねえまったく、ふふふふふ」

 

 犬走怖い、超怖い。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

「……まったくもう、依姫ったら」

 

 ため息とともに肩から力を抜いて、豊姫はうんともすんとも言わなくなった通信機をしまった。それから忘れないうちに、頼まれていた注意喚起を部下に指示出ししておく。

 正直今でも信じられない。依姫の部隊が、依姫だけを除いて全滅してしまっただなんて。しかし妹の性格は自分が一番よく知っているから、嘘ではないのだろうとも思う。

 必勝の戦になると高を括っていたが、とんだ強敵もいたものだ。

 首を振った。妹の性格を一番よく知っている豊姫は、妹の実力だって誰よりもよく理解している。依姫が誰かに負ける姿なんて想像ができない。だから心配はしていない。むしろ、依姫の部隊を壊滅させたという謎の強敵に感謝すらしていた。

 高鳴る興奮で、今にも胸が張り裂けてしまいそうな。

 あんな依姫の声は、もう随分と長い間聞いていなかった。

 だから豊姫は前を見る。依姫が月の使者を率いる者として敵と戦っているように、豊姫もまた己の役目を全うしなければならない。

 凛と響く声音で告げた。

 

「――ご協力に感謝します」

 

 豊姫の目の前で、地上よりやってきた妖狐の男と亡霊の少女が、両手を上げて恭順の意思を示している。豊姫の部下たちがそれを取り囲み、皆一様に銃口を向け、いつでも撃てるよう引鉄に指を掛けている。相手がなにか不審な動きをすれば、豊姫が一言命令を下せば、その瞬間に敵を蜂の巣にできる必殺の距離である。

 できることなら、こういう形では出会いたくなかったのが本音だった。妹同様、月の使者のリーダーを務める豊姫は所謂『お偉いさん』の身分だが、その中では珍しく地上の生命体を嫌悪していない。それどころか、案外仲良くできるのではないかとすら思っている。

 きっと、かつてともに暮らしていた師の影響なのだろう。師は豊姫が生まれる前から、地上の命に一定の理解を示していた。地上の生命体=悪と断ずるお偉いさんの頭の固さを、常々嘆きため息をついていた。その思いはやがて師を、大罪人として罰せられた輝夜に付き従い地上の世界で生きていくと決断せしめるに至る。

 恐らく豊姫は、師が望んで下りていった世界の者たちと、理解し合えることを信じたいのだ。自分たちにそれができるなら、師だってきっと、地上で平穏無事に生きているはずだから。

 けれど、今は状況が状況だった。豊姫が妹と同じく月の使者を率いる者である限り、不審な妖怪を見つければ捕らえなければならない。戦に目もくれず戦場の隅でコソコソしている者があれば、武器を突きつけて誰何(すいか)しなければならない。

 

「ごめんなさいね、手荒な真似をしてしまって」

 

 軽く謝罪をしつつ、豊姫は問うた。

 

「教えてください。あなたたちは、こんなところで一体なにをしていたのですか?」

 

 亡霊の少女が、不安げな顔で男を見上げた。男は少女に目配せをしてから、臆した素振りもなく答えた。

 

「形のいい石を探してたんだ。おみやげにいいと思ってね」

「……なるほど、そうですか。ですが生憎ながら、月の石をおみやげに持って帰るのは重罪で――おみやげ?」

 

 豊姫は狐を二度見した。狐がああとはっきり頷いた。豊姫は少しの間考え、それからようやく、自分が『月の石をおみやげに持って帰るのは重罪』という謎の新法律を口走ったことに気づいた。慌てて首を振り、

 

「えっと、その、正直に答えてください。あなたたちは、ここでなにをしていたの?」

 

 今後は亡霊が、

 

「ですから、おみやげに持って帰ろうと思って、綺麗な石を探してたんです」

「待って待って」

 

 えっと。

 どうやら豊姫の質問が悪かったようだ。訊き方を変えることにする。

 

「あの、ここに戦をしにきたのよね?」

 

 狐が、

 

「いや、私たちは観光に」

「ねえ、ねえ待ってお願い!?」

 

 おかしいのは向こうの頭だろうか。それとも、豊姫の耳なのだろうか。思わず前のめりで尋ねる、

 

「そ、それ、本気で言ってるの?」

「もちろん。……それでさっき、石を持って帰るのは重罪とか言ってた気がしたけど」

「あ、いや、あれはなんというか時差のせいで……とにかく、石くらいは別にいいけど」

 

 当然、真っ先に嘘を疑った。この二人は、例えば月の民を陥れる罠を張るなど、なんらかの白状できない悪事を働いていて、それを隠すために潔白を偽ろうとしているのではないか。もしくはそうやって豊姫たちを混乱させ、油断を誘い隙を作り出そうとしているのか。

 部下が皆、一様に戸惑った面持ちで豊姫の指示を待っている。なので豊姫は即座に決断した。幸い自分の手札には、こういうときに頼れる秘密兵器がある。

 

「師匠が作った嘘発見器の出番ね」

 

 豊姫の師であった八意永琳は、その活動分野を医学のみに限らない博学多才の女だった。いろいろと発明品を残している。それは大部分の人がガラクタと呼ぶようなものばかりだけれど、中にはキチンと役立つものも混じっている。

 周りの部下から、「えっ」みたいな反応な返ってきた。

 

「大丈夫なんですかそれ。八意様の発明品ですよね?」

「そうだけど、嘘発見器は大丈夫なやつよ。依姫と何度も使って遊んだもの」

 

 今でもよく覚えている。――「依姫は男の人に興味がないー。マルかバツか!」「無論、マルです。私は剣の道一筋で」バチーン、「いたい!?」「依姫のウソつきーっ! やっぱり興味津々なんじゃない!」「ぐっ……なら今度は私の番です! お姉様は最近太った! マルかバツか!」「……ふ、太ってなんか」バチーン、「いたい!?」

 部下が『八意』の名を口にした瞬間、狐の耳が一瞬ピクリと震えていたことに、豊姫は気づいていない。

 

「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ取ってくるから」

 

 豊姫の能力は『海と山をつなぐ程度の能力』であり、平たくいえば瞬間移動(ワープ)の能力である。移動対象は自分のみならず、ある程度の範囲の物体をまとめて転移させることもできる。何千何万という月の軍隊を、一瞬でこの戦場に出現させたのは他でもない豊姫だ。自分の部屋へ転移し、嘘発見器を取って戻ってくる――豊姫の能力なら恐らく五秒も掛からない。

 狐と亡霊を見た。

 

「一応言っておきますが、妙な動きをすればタダでは済みませんからね」

 

 とはいえ戻ってくるまではほんの数秒なのだ、妙な動きができるとしても程度は知れている。狐が首を傾げて何事か考え込んでいるが、豊姫は気にも留めない。この場の警戒を部下に任せ、瞳を閉じ、意識を集中させ、自分一人を月の都まで転移させる、

 

「――ああ、思い出した。八意ってもしかして、八意永琳のことか?」

 

 研ぎ澄まされていた豊姫の意識が、一発でぶちのめされた。

 十秒くらい石化していたと思う。

 

「――え、」

 

 ようやく声が出た。

 

「……ま、待って、どうしてあなたがその名前を」

 

 狐は答えず、ひとりだけ腑に落ちた様子で頷いた。

 

「そうか、彼女も月の人間だったものな。ここで名前を聞いてもおかしくはないか」

「答えてっ!!」

「豊姫様……!」

 

 冷静でなどいられるはずがなかった。胸倉を掴む勢いで詰め寄ろうとして、近くの部下に慌てて止められる。それでも豊姫は叫ぶ。

 

「知っているんですか!? 師匠を――八意永琳様を!?」

 

 確かに、考えてみれば可能性はゼロではない。永琳が地上へ下っていったのはもう数百年昔の話だが、妖怪であればその倍以上を生きる者もさして珍しくはない。だから目の前の狐が、もし地上へ下りた永琳となんらかの縁を持っていたとしても、ありえない話だと否定はできないのだ。

 もしも。

 もしもこの狐が、本当に永琳を知っているのなら――。

 話を聞きたい。いや、聞かなければならない。永琳は公式記録では行方不明という扱いになっているし、事実、彼女が地上へ下りてからというものその行方は(よう)として知れない。今となってはもう、生きているのか死んでいるのかすらわからないのだ。もちろん豊姫は師を信じているが、確かめようがない以上はどうしても不安がつきまとう。

 この狐は、豊姫が長年求めていた答えを知っているのかもしれない――その気持ちで逸る豊姫を宥めるように、彼が小さな笑みを浮かべた。

 

「すまないけど、私は永琳と親しかったわけじゃない。一度会ったきりでね」

 

 でも、と続けて、

 

「……輝夜とは、まあそれなりに、仲が良かったよ」

「っ……!」

 

 豊姫は、己がやるべきことを悟った。嘘発見器なんてもうどうでもよかった。地上の妖怪が永琳の名を口に出す時点で、嘘を疑う余地などないのだから。

 部下へ命じた。

 

「みんな、武器を下ろして」

「……しかし」

「下ろしなさい。彼らは敵ではありません」

 

 豊姫が求めている答えを与えてくれるかもしれない、重要な客人だ。

 部下たちが、戸惑いながらもゆっくりと武器を下ろした。絶好の隙だったはずなのに、狐も亡霊も、両手を上げた姿勢のまま身動きひとつしなかった。

 本当に、戦をしに来たわけではないのだろう。

 

「あなた方の目的が戦でないのなら、私たちにも戦う理由はありません」

 

 そう。きっと自分は、こういう言葉で出会いたかったのだと。

 この巡り合わせを与えてくれた神に感謝しながら、豊姫は微笑んだ。

 

「――もしよければ、お話を聞かせてくれませんか?」

 

 

 

 

 

 ○

 

 

「――みぎゃーっ!?」

「よっしゃあーっ!」

 

 チビが小石みたいに宙へ吹っ飛ばされ、ノッポはガッツポーズをした。

 

「はい萃香一点減点ーっ! これで私が一点優位だね!」

「はあああああ!?」

 

 チビは空中で猫のように回転して叫ぶ、

 

「なに言ってんのっ、今まで私が一点優位だったんだからまだ同点でしょ!?」

「あっははは萃香、いくら私に負けるのが嫌だからって嘘はダメだよー? 鬼の名が泣いちゃうよ?」

「泣いてんのはそっちでしょうがっ! 私は六十四人倒してこれが五発目の被弾だから合計五十九点、勇儀だって六十三人撃破の四発被弾だから五十九点でしょ!?」

「残念、私も六十四人倒してるんだなー」

「ウッソだーっ!!」

「ホントーっ!!」

 

 おうちかえりたい。とあるギザミミな玉兎は心の底からそう思う。おうちにかえってあったかいお布団にくるまって一日丸々ぐっすり眠って、美味しいものをお腹いっぱい食べられる幸せな夢を見たい。かえりたい。もうやだ。

 すべての悪夢は二週間前から始まった。その日の稽古の時間、上官にあたる依姫がとんでもないハイテンションで道場にやってきた。品のある立ち振る舞いはいつも通りだったが、目が子どもみたいにきらきら輝いていたので、間違いなくハイテンションだったはずだ。

 ギザミミ含め、それなりに長い間依姫の部下をやっている同僚はその瞬間に本能で察した。――あっ、これ絶対ロクなことになんないやつだ。

 しかして、やはりロクなことにならなかった。玉兎たちを整列させ、前に立った依姫はぐっと拳を握って声高に叫ぶのだった。

 

『――今から二週間後に、地上の妖怪たちが月へ攻め込んできますっ』

 

 この時点で勘のいい同僚が二匹ほどバックレようとするも、神速の依姫に回り込まれ竹刀で美しいたんこぶをもらう。依姫は続ける、

 

『月の平和を守れるのは、私たち月の使者を除いて他にありません……!』

 

 ここまで来ればギザミミにも、これから自分たちにどんな不幸が降りかかってくるのか想像できた。デカいたんこぶを押さえてぷるぷる震えている同僚がいなければ、ギザミミもバックレようとしたはずである。

 依姫の瞳は、もはや遠足前の子どものそれだった。

 

『――というわけでこれから二週間、スパルタであなたたちを鍛えあげますからねっ』

 

 もうやだ、このスポ根戦闘狂(バトルジャンキー)

 あれから今日に至るまでの記憶は、正直あまり振り返りたくない。依姫は毎日きらきら輝く瞳で、戦に備える重要な稽古という名目の下、ギザミミたち部下をひたすら遠慮なくボコボコにした。強すぎる者の宿命というべきなのか、周りに誰一人として対等に渡り合ってくれるライバルがいないから、いろいろと鬱憤も溜まっていたのだと思う。お酒なしでは生きていけない者をアル中、違法な薬物に依存している者をヤク中と呼ぶなら、戦い大好きな依姫はバト中だ。恐らくこの少女は、一日一回必ず剣を握らないと禁断症状で死ぬに違いない。

 どうやって生き残ったのかは記憶が曖昧だが、とにかくギザミミは奇跡的に地獄の二週間を乗り越えた。

 そしてとうとう迎えた此度の戦で、またしても悪夢のような不幸に直面しているのである。

 そもそもギザミミは開戦前からおうちかえりたい状態だったのだが、曲がりなりにも依姫の特訓を生き抜いた身であるので、まあそれなりに上手いこと戦っていた。雪崩れ込んでくる異形の妖怪どもを衝撃弾で吹っ飛ばし、浮足立ったところを電磁弾で痺れさせて、トドメに封印の御札を貼って何体も行動不能にした。

 その繰り返しで終わってくれれば楽だった。そうなってくれれば自分がこうして、馬鹿デカい熊のような妖怪の体をバリケードにこそこそ隠れることもなかったのに。

 戦の差し迫った喊声(かんせい)とは少し違う、少女の場違いなほど元気な声が聞こえる。

 

「……だあーっもぉーいーしいーしっ! こうなったら一点じゃきかないくらいの大差つけて圧勝してやるし! 見てろーっ!!」

「あっはっは、そうこなくっちゃねえ!」

 

 鬼である。チビのノッポの二人組である。人の姿をしている妖怪は、そうでない者より高い力を持っている場合が多い、と話には聞いていた。しかしあのチビとノッポはその中でも更に頭抜けた力を持つ鬼らしく、ギザミミの仲間たちがもう何十人もやられてしまった。ギザミミも、五回くらい「あっ死ぬ」と思った。お陰様で、今は随分前に倒した熊らしき妖怪の体をバリケードに、こそこそと隠れて戦況を窺っている。月の技術を集約させた最新の戦闘服(バトルスーツ)を着ているといっても、やっぱり怖いものは怖い。おうちかえりたい。

 

「たりゃーっ!」

「ゲフッ」

「おりゃーっ!」

「ゴフッ」

 

 猟犬のような速度で一気に距離を詰めたチビとノッポが、それぞれ素手で玉兎を殴り飛ばす。チビに殴られた方は水切り石みたいになって地面を転がり、ノッポの方は打ち上げ花火みたいになって空を飛んだ。一拍遅れて二匹の憐れな玉兎は青い光の粒子で包まれ、転がる体が止まるより先に、もしくは地面に落ちるより先に、それぞれの武器だけを残して虚空へと消えた。戦闘続行不能のダメージを受けたと判断した戦闘服が自動で転送(トランスポート)システムを起動し、主人を都の医療施設へ転送したのだ。

 絶対おかしい。戦闘服には魔術呪術その他諸々で幾重にも防護の術式が織り込まれているため、一見普通の布切れだが実弾すら弾き返す堅牢な防御性能を誇る。それなのに一発もらっただけで戦線離脱なのだから、つまりはあのチビとノッポのパンチが実弾以上の破壊力を持っているということではないか。生身で喰らったらお陀仏ということではないか。おうちかえりたい。

 

「よーしこれで六十点っ!」

「なんのっ、こっちだって六十一点さ!」

 

 ちなみにチビとノッポがさっきから点数を叫び合っているのは、どうやらそういうゲームをしているかららしい。玉兎を一匹倒すごとに一点獲得、攻撃を喰らってしまうたびに一点減点、先に百点取った方が勝ち。バカじゃないのか。おうちかえりたい。

 つまりは、そんなゲームをやりながらの遊び半分でも玉兎を圧倒してしまえる猛者なのである。なんとか動きを止めようと味方が懸命の弾幕を張っているのだが、これがまた当たらない。さっきから何百発も撃ち続けているのに、まだほんの数発しか当たっていない。まさに『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』というやつだが、奇跡的に当たったところで足止めできるのはほんの一瞬だし。

 結局、すっかり戦意喪失したギザミミができたことといえば熊さんの陰でガタガタ震えることくらいで、そうこうしている間に周りの味方はみんなやられてしまった。

 もうダメだ、おしまいだ。いよいよ絶望し始めるギザミミには未だ気づかず、チビがノッポに、

 

「みんな倒しちゃったね」

「そうだね。……まだ百点取ってないし、次はあっちの方にでも行こっか。みんなの様子も気になるし」

 

 はいそうですみんな倒されちゃいましたここにはもう誰もいません誰も隠れてなんかいません私なんか殴ったら一点どころかマイナス百点ですだからどうかお気になさらず行っちゃってくださいさようなら!

 

「んじゃ、よーいドンで行こうか。位置についてー……」

 

 やったああああああああああ。

 ギザミミが心の中でグッとガッツポーズをした、まさにその瞬間であった。

 

「よーい、」

 

 ギザミミの頭上を越えて放たれた光弾が、脇目も振らずチビとノッポめがけて殺到した。

 

「「……!」」

 

 二人の反応はギリギリで間に合った。弾き飛ばされたように大きく跳躍し、着弾と同時に炸裂した光の不意打ちを見事躱しきる。なにかが起こったのかわからないギザミミの背後から声、

 

「大丈夫っ!? 助けに来たよ!」

(あ――――――――――――――――――――――――――――)

 

 ギザミミは痙攣しながら振り返る。三十以上にはなろうかという、とても頼もしい数の援軍であった。わぁい助けに来てくれてアリガトウゴザイマス、とギザミミは白目を剥いた。

 そういえばとっくの昔に戦線離脱した同僚が、通信で援軍を頼んでいたっけ。

 着地したノッポが目を光らせた。チビも牙を見せて笑う。

 

「おや……向こうから来てくれたよ。これは手間が省けたね」

「そだねー。……ふうん、結構いるじゃん。じゃあそろそろ決着つけようか、勇儀」

「望むところだ」

(ひえええええええええええええええ)

 

 せっかく、せっかく、上手いこと見つからないままやりすごせそうだったのに。

 素晴らしいタイミングで駆けつけてくれやがった同僚が、使命感たぎる炎の瞳でギザミミの肩を叩いた。

 

「私たちが来たからにはもう大丈夫っ。さあみんなの仇を取るよ!」

 

 あ、じゃあお任せしますんで私は帰っていいッスかね――そう言いたい。言った瞬間この熱血玉兎からビンタをもらい、更には依姫にチクられて地獄の特訓『あらあらそんな軟弱者に鍛えた覚えはありませんようふふ』コースが確定するだろうが。ほんと帰りたい。

 チビが、

 

「あー、そこに一匹隠れてたのか。気づかなかったなあ。じゃあ援軍呼んだのもあいつかー」

(ハイ違います誤解です濡れ衣です)

 

 ノッポが、

 

「んじゃまた援軍呼ばれる前に全員ノシて、みんなのとこに戻ろっか」

(いやあああああああああああああああ)

 

 熱血がにやりと笑う、

 

「さあ、それはどうでしょうかね。この者もどうやらお前たちの隙を窺っていた最中だったようですが、これでも依姫様の特訓を耐え抜いた猛者です! 一対一だってお前たちには負けやしませんっ」

(黙ってろてめえええええええええええええ)

「「へえ……そうなんだ」」

(んぎゃあああああああああああああああ)

 

 ギザミミは泣いた。心の中で泣いた。顔は笑っていた。それを見て熱血も微笑んだ。

 

「ふふっ……その余裕の表情、さすがですね。頼もしいです」

 

 ひょっとして今ギザミミがすべきなのは、目の前のお花畑を一刻も早く始末することなのではないか。

 

「さあ行きますよっ! 私がこの者とともに前を受け持ちますので、皆さんはバックアップをお願いします!」

 

 衝撃弾と電磁弾、どっちがいいだろうか。衝撃弾は相手を大きく吹き飛ばせるが殺傷力自体は低いから、百発叩き込んでもこのお花畑は倒せない気がする。ならば電磁弾はどうか。戦闘服の防護術式を考えても多少痺れさせることはできるだろうが、そんなんじゃあぜんぜんギザミミの気は晴れない。

 そうか、この銃を鈍器にして後頭部を殴れば、

 

「行きましょうっ、我々の勝利のために!」

 

 って待てやめろ引っ張るな、くそうこの不安定な体勢じゃあ思いっきり後頭部を殴っても致命傷は与えられない、いやそれでもやるしかない大丈夫だできる自分を信じろやるぞやるぞ私はやるぞいっせーの、

 と銃を振りかぶったところで、いきなり裂帛の声が轟いた。

 

「……操ちゃんとるね――――――――ぃどっ!!」

 

 このいかにも「必殺技ですっ!」とテンション高めな叫びを聞いた瞬間から、ギザミミの記憶には少しばかり空白がある。馬鹿デカい洗濯機の中に放り込まれたような、ものすごい遠心力で全身を蹂躙され、気がついたときには白い大地に横倒しでぶっ倒れていた。

 

(…………………………………………あー)

 

 体のあちこちがジンジンと熱くて痛い。しかし戦闘続行不能とは判断されなかったらしく、自分の体はいつまでも白い大地に転がったままである。前方にチビとノッポの背中があり、その奥には自分が先ほどまで隠れていたはずの熊さんが見える。どうやら自分は、勢いよく吹っ飛ばされるあまりチビとノッポの頭上を越えたらしい。

 チビとノッポが、背後のギザミミに構わず揃って空を見上げている。ギザミミもなんとなくつられて同じ方を見てみると、翼のやけに大きな天狗の少女が羽ばたいていて、

 

「危なかったな、萃香、勇儀……。じゃがっ、この儂が来たからにはもう大丈夫じゃよ!」

 

 チビとノッポは揃って半目で、

 

「「うわぁ……操だ」」

「ちょい待てぇっ、せっかくの助っ人になんじゃその反応!?」

「いや頼んでないし。ってか、これからせっかく面白くなりそうだったのにどうしてくれんのこの空気」

「ほんっと空気読めないよね操って」

「なんで!? なんで儂が叩かれてるの!?」

 

 そういえば、お花畑とその仲間たちはどうなったのだろう。見える範囲には影も形もない。みんな戦線離脱してしまったのだろうか。羨ましい、どうせなら自分もひと思いにやられてしまいたかった。そうして看護婦さんに優しく看病されながら、真っ白いお布団ですやすや眠りたかった。どうして自分だけここに取り残されているのだろう。取り残されるべきなのはお花畑の方じゃないか。おうちかえりたい。

 チビとノッポと女天狗の言い合いは続いている。女天狗が空で器用に地団駄を踏んで、

 

「い、いーじゃないかいーじゃないか、儂だってたまには暴れたいんじゃよ! 毎日毎日小父貴と剣の修業ばっか、やってられっかってんじゃ! 今日もここまで来といて戦には参加するなとか抜かすし、もう目を盗んで勝手に出てきてやったわっ」

「うわあ。知ーらないんだ、あとでこっぴどく折檻されるんじゃないの」

「ってかそれが狙いなんじゃない? あんたって好きなんでしょそういうの」

「徹頭徹尾違うんですけど!? と、とにかく、もう誰も儂を止めることなんてできないんじゃよ! なんか最近、みんなからただのダメなやつみたいに思われてる気がするし、ここいらでいっちょステキでカッコいい儂を見」

「――お嬢?」

 

 女天狗が泣きそうな顔をした。女天狗の背後に、いつの間にか鬼が立っていた。いや、鬼ではなく天狗なのだが、ともかくギザミミの目には鬼に見えた。

 笑顔の鬼だった。

 

「お嬢、こんなところでなにをしているのですか?」

「ひっく、」

 

 女天狗は早くも半泣きだった。チビとノッポが肩を竦めて、まー当然こうなるよね、やっぱ好きでやってるんじゃないのあいつ、と言い合っている。

 鬼の笑顔が三割増しになる。

 

「おやお嬢、無視ですか。いい度胸ですね」

「ど、どうしても我慢できなくて、ちょっとだけ羽目外してましたあああぁぁ……」

「なるほど。まあ仕方ないですね。ここのところ人間の恐怖心が過剰になっているせいで、お嬢も大変だったことでしょうし」

 

 女天狗がぱああっと救われた表情になって、

 

「まあそれは置いておいて」

 

 ひっく。

 

「何度言ったらわかるのですか、私が許可したのはあくまで月に来ることだけです。戦に参加していいとは一言も言っていない。そもそもちょっと人間の恐怖心が過剰な程度で力を抑えられなくなるとは、まったくもって修行が足りません」

「ぐすっ、」

 

 どうしてこんなことになってるんだっけ、とふとギザミミはそんなことを思った。ほんの二週間ほど前まで、ギザミミはとても平和な日常を謳歌していた。ほどほどに訓練をサボり、友達と楽しく遊んで、美味しいものをお腹いっぱい食べて、すやすやと気持ちよく眠っていた。

 

「いや……これは私の落ち度でもあるのかもしれませんね。お嬢が力を抑えられなくなってしまったのは、私の修行が甘かったからという見方もできます。そうですね、申し訳ありませんでした。ささやかな罪滅ぼしとして、明日からは真心を込めてビシバシ行きますので」

「えぐっ、」

 

 だが二週間前からすべてが狂った。依姫が遠足前の子どもみたいな目で道場に飛び込んできたから――いや、そもそもの話、妖怪がギザミミたち月の民に宣戦布告をして、それが依姫の耳に入ったからだ。

 妖怪とは、ちょうど目の前にいるやつらのことだ。

 

「……まあ、こんなところで積もる話をしてもあれですね。まずは戻りますよ。大丈夫です、私が責任をもってお嬢をお守りいたします。そうしないと折檻できなくなってしまいますからね」

「あ、あの、小父貴」

「――また、私に同じことを言わせるつもりですか?」

「…………うぇぇぇ」

 

 ああそうか。つまり私が依姫様に二週間ボコボコにされたのも、こんなところでぶっ倒れているのも、おうちかえりたいのもぜんぶこいつらのせいか。

 堪忍袋の緒が切れる、という表現をよく見かけるけれど、実際のところそんな感覚はまったくといってなかった。ギザミミの堪忍袋の緒は、切れるまでもなく一瞬で消滅した。

 

「それでは萃香殿、勇儀殿、失礼いたしました」

「ばいばーい。操のことよろしくねー」

「いっぱいかわいがってやってねー」

「ええ、それはもう」

「うえええええぇぇぇぇぇ……」

 

 ギザミミは幽鬼のように音もなく立ち上がった。堪忍袋の緒が消滅する高純度な怒りの為せる技か、ギザミミの気配は完璧に遮断されていた。もし依姫がこの場にいれば、「ほう、特訓の成果が出ていますね」とさも自分の手柄であるかのように顎を撫でたはずである。

 鬼に襟首を掴まれ連行されていった女天狗は無視し、チビとノッポのみにターゲットを絞る。武器なんていらない。封印の御札を馬手弓手に一枚ずつ握り締め、ギザミミは己の体ひとつで前へと足を踏み出す。

 足音は響かない。チビとノッポは気づかない。

 

「あーあ、せっかく強そうなやつに出会えたと思ったのに……天狗たちはあんなの天魔にしてほんとにいいのかなー?」

「実力はあるんだろうけどね……あの竜巻もかなりすごかったし」

 

 あと十五歩、

 

「……さて。操が全員やっちゃったことだし、やっぱりあっちの方に行こうか」

「そだねー」

 

 あと十歩、

 

「そんじゃあ行くよ。位置についてー、」

 

 五歩、

 

「よーい、」

 

 三。

 

「――ッシャオラアアアァァッ!!」

「「……ッ!?」」

 

 ギザミミは野獣の如き絶叫で跳びかかった。チビとノッポが咄嗟に振り返る。遅い。遅すぎてあくびが出た。

 チビのおでことノッポのお腹に、ぶん殴る勢いで封印の御札を叩きつけた。

 

「「あーっ!?」」

 

 鬼二人の体がビクンと震え、そのまま糸を切ったように呆気なく崩れ落ちた。

 

「やられたーっ! なにこれっ、体に力入んない!」

「こなくそっ、こんなの力ずくで――あばばばばばばばば!?」

「勇儀ーっ!? くそうだったら私が――だばばばばばばばば!?」

「萃香ーっ!?」

 

 ギザミミは肩で息をしながら二人を見下ろす。二人はじたばたと喚く、

 

「くそーっ、背中から不意打ちなんて卑怯だよ!」

「そうだよ! 正面から正々堂々と勝負しなよ卑怯者ぉ!」

 

 ギザミミは叫んだ。

 

「じゃぁかしいわ!! 後ろからいきなりぶっ飛ばしてくれたてめぇら妖怪にゃ言われたくないっつの!!」

 

 チビとノッポの目が点になる。ギザミミは続ける、

 

「ったくさんざ好き勝手暴れてくれやがってクソッタレ!! てめぇらのせいでこっちは大迷惑だよ、あの頃の平和な日々を返せよこの野郎が!! ……聞いてんのかゴラァッ!!」

「「え、えっと」」

「謝れよ!! てめぇらが売ってきた喧嘩だろうが!!」

「「ご、ごめんなさい……」」

「謝って済む問題じゃねえっつーのっ!!」

 

 ギザミミはラリっていた。自分がなにを叫んでいるのか自分でもよくわかっていない。とにかく感情の針が振り切れるまま、喉の奥からせり上がってくるドス黒いモノをひたすらに言葉に変えて吐き出す。

 

「だいたいなんだよ、先に百点取った方が勝ちだあ!? アッハハハ随分と楽しそうでござんすねえっ、戦中に遊んでんじゃねえよ!! 戦すんのか遊ぶのかどっちかにしろよ!! 私らはてめぇらの遊びに付き合わされて病院送りにされてんのか、アァン!?」

「「あ、あの、落ち着いて」」

「さっきの天狗も天狗だよ、なにしに来たんだよアイツ!! 私らぶっ飛ばしてそれで終わりか!! アイツのわけわかんねえコントのために私らはぶっ飛ばされたわけか!! アッハッハッハーウケるーッ!! モブキャラ馬鹿にすんのもいい加減にしろよド畜生め!?」

 

 チビとノッポが「ねえ、もしかして操の竜巻で頭が……」「うん……気の毒だけど」みたいなことをぽそぽそ耳打ちしている。当然、今のギザミミにそんなものは聞こえない。

 

「もういい、もうおうちかえる!! 帰ってあったかい布団で寝る!! やってられっかバーカバーカッ!!」

「「あ、帰るんならこの御札剥がしてから」」

「ア゛ァッ!?」

「「……自分たちでなんとかします」」

 

 よろしい。

 ギザミミはため息をついた。だんだん気持ちが落ち着いてきた。そして冷静になってくると唐突に、この戦のことがひどくどうでもよく思えてきた。

 依姫の地獄の特訓の賜物か、それともひとえに月の最新技術がもたらす優れた装備のお陰か、戦慣れしていない玉兎たちはみんなよく健闘している。見渡す限り、御札を貼られ行動不能になった妖怪が山のように見えるし、通信で援軍なんかを要請した部隊もウチくらいだろう。戦況は至って優勢のはずだ。

 ギザミミひとりがひっそりと消えたところで誰も気にしないし、なんの問題もありはしない。同じ部隊の仲間は、チビとノッポの手でみんな病院送りになったのだから。

 そのチビとノッポは、あれこれ御札を剥がそうと試行錯誤しては「あばばばばば」と痺れている。気を失いもしないなんて呆れた体力馬鹿だが、この様子なら当分の間は動けまい。自分は強力な鬼二体を行動不能にしたのだ。戦果としては充分だ。自分はよくやった。仲間の仇は取った。依姫様、やりましたよ。

 よし、おうちかえろう。

 踵を返す。遥か彼方の空で、謎の光の柱がゲリラ豪雨みたいに降り注いでいるのが見える。なんだろうあれ、いや違う、凄まじい勢いでこっちに近づいてきてってちょっと待て

 

「「「グェーッ!!」」」

 

 チビやノッポと仲良く揃って、ギザミミは降り注いだ光の柱に叩き潰された。

 声、

 

「ふふふっ、数を増やせばいいってもんじゃないですよーっ」

「こんなものはまだまだ序の口です! 更に密度を上げますよっ、その余裕がいつまでもつでしょうか!」

 

 風のように遠ざかっていったその声を聞いて、ギザミミは自分の身に起こった悲劇をすべて理解した。

 ああ、そっか。あの光の柱って、依姫様の。

 依姫。

 

「……………………………………………………」

 

 ギザミミは今、泣いていいと思う。

 確かに、なにやらとんでもない強敵が現れて、依姫が珍しく全力で戦うらしいことは、通信で聞かされていたけれど。

 なんだろう。なんなのだろう。自分は、なんでこんな目に遭っているのだろう。

 依姫直々の地獄の特訓でボコボコにされ、やりたくもない戦に強制出撃させられた。チビとノッポに仲間を次々病院送りにされ、自分も何度かやられそうになって寿命が縮んだ。お花畑が現れて、余計なことだけやらかして勝手に消えた。女天狗の不意打ちでぶっ飛ばされ、少しの間怒りで理性が飛んだ。そしてもういいおうちかえると心に決めた瞬間、依姫の天津甕星に巻き込まれて叩き潰された。

 神様、私のことが嫌いなら嫌いってはっきり言ってください。こんな回りくどいやり方でいじめるんじゃなくて。

 

「……あんた、消えるのかい」

 

 ギザミミは地面にめり込んでいた顔を抜いた。似たような恰好で地面にめり込んでいるノッポが、どこか気遣わしげな顔をギザミミに向けていた。

 そこでギザミミはようやく、自分の体が淡い光の粒子に包まれつつあると気づいた。

 ああ、そっか。

 やっと、終われるんだ。

 そのとききっと自分は、笑ったと思う。ノッポも笑った。チビは体の半分以上が地面にめり込んで、もうピクリとも動かなかった。

 

「まあ、あれだよ」

 

 ノッポが、友人に話しかけるような気さくさで言った。

 

「今回は、なんかめちゃくちゃになっちゃったけどさ。また機会があったら、そんときこそ一対一で勝負だよ」

 

 ギザミミはもちろん、満面の笑顔で応えた。

 

「――絶対に嫌ですっ」

 

 目の前に光が満ち、ギザミミの全身が不思議な浮遊感で包まれる。そうしてまた一匹の玉兎が、音もなくそっと戦場から消える。

 ――ようやく、楽になれた気がした。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

「……うわー、また随分とこっぴどくやられましたねえ。誰にやられたんです? 鬼? それとも天狗?」

「……依姫様」

「えっ」

「依姫様です」

「……えっ」

「依姫様なんですっ!!」

「…………えぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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